ドラゴンクエストⅢ~それは、また別の伝説~   作:ルーラー

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第五話 それぞれの想い

○バラモス城

 

 ネクロゴンド大陸の際奥にある、断崖絶壁に囲まれた巨城――バラモス城。その玉座の間に巨大な体躯(たいく)と漆黒の翼を持ち、片手にハルベルトを携えたモンスターが入ってきた。

 彼の名はミノタウロス。この城の主たるバラモスの参謀にして、強大な力を持つ将軍でもある。

 

 玉座の間にはすでに、八つの首を持つ竜――『やまたのおろち』と、この城の主――バラモスの姿があった。――いや、それともう一人。

 

「やあ、ミノタウロスさん。なにやら慌てていらっしゃるようですが、どうかなさいましたかぁ? オルテガの息子がアリアハンから旅立ったようですが、それがそんなに問題ですかねぇ?」

 

 年のころは十四、五歳といったところだろうか。首もとのあたりで切り揃えられている金色の髪。なにもかもを――そう、光さえも吸い込んでしまいそうな青い瞳。そして、男性にも女性にも見える、中性的な顔立ち。

 もっとも、ミノタウロスを初めとするモンスターたちにとっては、目の前の人間の性別など、本当に瑣末なことでしかない。重要なのは、この人間がバラモスと同格の――人間でありながら自分たちの主であるバラモスと同格の存在であるという事実、それだけだった。

 

「なぜ、そのことを知っておられるのです? 魔人王殿」

 

 ミノタウロスはつい先ほど、部下のホロゴーストからその報告を聞いたばかりだった。それを伝えるためにここへ来たのである。しかし、目の前の人間はすでにそれを知っていた。

 ミノタウロスはそのことに軽く恐怖を覚える。一体、この人間はなんなのか、と。

 見れば、同格であるはずの魔王バラモスは、驚きのあまりにか玉座から腰を浮かしていた。

 

 魔人王は、なにを驚くことがあるのか、という風に答える。

 

「もちろん、()たからですよぉ。いやぁ、なかなかに強そうでしたねぇ、勇者アレル」

 

 以前にもこういうことを言われたと、ミノタウロスは思い出した。魔人王は遠く離れた場所を『視る』ことができるという。その能力の名は確か――そう、『霊視(れいし)』。

 

 魔人王は次に、腰を浮かせたままのバラモスに向き、ニコリと笑いかけた。

 

「そう心配する必要はありませんよぉ、バラモスさん。強いといってもしょせんは、普通の人間よりも、といったくらいのもの。いまのままならミノタウロスさんにすら敵わないでしょう」

 

「……本当か? メフィスト」

 

 不安は拭えないのだろう。とりあえず玉座に腰を落ち着けはしたが、バラモスは魔人王――メフィスト・フェレスに疑念たっぷりに問いかけた。

 

「おや、言葉だけでは信じられませんかぁ? なら――」

 

 瞬間、メフィストの顔がニタァと邪悪に歪む。

 

「ボクの配下を使って、試してみましょうかぁ」

 

 その表情を目の当たりにして異論を挟める者など、そこには誰一人いなかった――。

 

 

○クリスサイド

 

 アレルと謎の魔法使いルーラーと共にアリアハンを旅立って二日目の昼。その日もまた、アタシたちは襲いくるモンスターたちを相手に戦っていた。

 

 しかし、アレルはいいとしてルーラーの奴、まったく役に立ちゃあしない。なんと、魔法使いのくせに魔法をちっとも使おうとしないのだ。「呪文は全部修得しているけど、最大魔法力は少ないみたいで……」とかなんとか奴は言っていたけど、それじゃ覚えてないのとまるで変わらないじゃないか。旅に出た日からずっと戦おうともしないし。このぶんだといざというときにちゃんと呪文を使ってくれるのかさえ、怪しいもんだ。

 そんなわけで、アタシはもうアイツのことは戦力外とみなしている。モンスターと戦えるのは実質、アタシとアレルだけだ。

 

 胸のムカムカをなんとか鎮め、アタシは目の前のモンスターに向き直る。敵はウサギに角が生えたようなモンスター――『アルミラージ』が三匹。これなら打撃だけで攻めていっても平気だろう。皮膚が硬そうでもなければ、タフそうにも見えないし――

 

「気をつけて! そいつは確か相手を眠らせる呪文、『ラリホー』を使ってくるよ!」

 

 ルーラーの言葉を耳にして、すぐさま気を引き締める。アイツは役立たずではあるが、モンスターのことにやたらと詳しい。昨日も『じんめんちょう』は幻を見せる呪文、『マヌーサ』を使ってくる、とアタシたちに注意を呼びかけ、マヌーサをくらってしまったあとはアレルに呪文での攻撃を指示したくらいだ。呪文を使わずに戦っていたら、負けていたとまではいかないだろうが、けっこうな怪我を負わされていたことだろう。

 そういうわけで、アタシは奴の持つ知識『だけ』は認めてやっているのだ。……シャクではあるけど。

 

 ルーラーの言ったとおり、アルミラージがラリホーを唱えてきた! ――ルーラーに向けて。

 

「ぐぅ……」

 

 思わず額に手を当てて空を仰いでしまいそうになる。アイツ、やっぱり知識以外はからっきしだ。

 

「むにゃ……、もう食べられないよぉ……」

 

 さらに寝言まで漏らしている。それもメチャクチャ定番なものを。次にルーラーは口元に笑みを浮かべ、

 

「クリスは弱いなぁ、スライムなんかにやられるなん――」

 

「やられるかあぁぁぁっ!!」

 

 思いっきり殴り飛ばす。まったく、なんて夢を見てやがるんだ。コイツは。

 

 軽く二メートルは吹っ飛んでから、うなりながらルーラーが身を起こす。

 

「眠った仲間をパーティーアタックで起こそうって発想はわかるけどさ、クリス。どうせなら『ザメハ』使ってよ。眠っちゃった仲間を起こす呪文、ザメハ」

 

「使えるか! アタシをなんだと思ってるんだ!」

 

「武闘家。呪文を使えない、武闘家」

 

 なんか、ルーラーがアタシにケンカを売ってきた。……もう一発殴るか。

 

「殴ることでしか人を起こせない、武闘家」

 

 どうも根に持っているようだった。おまけに殴るのを封じられた。心理的に、封じられた。ここで殴ったら負けだ。そんな気がする。

 

 落ち着くために深呼吸。殴らない。絶対に殴らない。……殴るのはせめて、そう、明日くらいにしよう。

 ニヤリと笑ったアタシを見て、ルーラーがぶるりと身を震わせていた。いい気味――

 

「ちょっと、いい加減加勢してよ! 二人とも!」

 

 声のしたほうを見ると、アレルがアルミラージ三匹と戦っていた。……マズい! 早く加勢しないと!

 

 そうは思ったものの、駆け寄っている余裕はない。――よし、ここはあれでいくか。

 

熱覇絶衝拳(ねっぱぜっしょうけん)!」

 

 気合いの声と共に拳を思いっきり振りぬき、その拳から強力な熱波を放つ! それは一匹のアルミラージを直撃したものの、しかし倒すまでには至らない。でも、それでもいい。アタシはモンスターたちが突然の攻撃に戸惑っているのを見てとると、一気に間合いを詰めた。

 

 ――と、そこに。

 

冥魔崩滅波(ラグナ・ストラッシュ)!」

 

 ルーラーが一匹のアルミラージに向けて黒い波動を放ち、見事に直撃させる!

 

 アタシはそれに呆然としてしまった。だって、いまルーラーが使ったのは、『アタシが住んでいた世界』の……。

 

 残り二匹となったアルミラージから少し距離をとり、アレルが呪文を唱える。そして左の掌を自分の持っている剣に向け、

 

「――メラ!」

 

 火の玉が剣に接触すると同時、アレルはアルミラージへと駆けた。間合いを一息の間に詰め、剣を振り下ろ――そうとした瞬間、小さな音を立てて剣が小爆発を起こす!

 魔法剣――その力の暴発だ。どうやら今回も上手くいかなかったらしい。

 

 アレルはすぐに気を取り直して、剣でアルミラージを(ほふ)る。最後に残ったアルミラージは、敵わぬ相手と悟ったのだろう。まさしく脱兎(だっと)の勢いで逃げていった。

 

「……ふう」

 

 追おうとはせずに、剣を鞘に収めるアレル。それからポツリと、

 

「また、暴発しちゃったなぁ……」

 

 旅に出てから毎日、機会があるたびにアレルは魔法剣を使おうとしていた。魔法剣の詳しい説明は受けなかったものの、それがどういった剣技であるのかは感覚的にわかるらしい。

 そんな無理に使おうとしなくても、とアタシは言ったのだが、アレルは首を横に振った。戦わなければ勝てないように、求めなければ得られないように、使おうとしなければいつになっても修得できないのだから、と。

 

 とはいえ、一向に使えるようにならないのは、やはり落ち込むようだ。アタシは肩を落としているアレルに苦笑を向け、次に表情を厳しくしてルーラーを見た。先ほど奴が使った呪文――いや、『術』は、『アタシの住んでいた世界』のものだったから。

 

 無言で睨んでやっていると、ルーラーはなにやら居心地悪そうにし、それを振り払うように足を進め始めた。……スルーするつもりか。しかし、そうはさせない。

 ルーラーの隣に並び、アタシはアレルに聞こえないよう声を潜めて尋ねる。

 

「――あんた、『蒼き惑星(ラズライト)』から来た、あるいは来てしまった人間なんじゃないのかい?」

 

 『蒼き惑星(ラズライト)』、それはアタシが住んでいた世界の名前。ルーラーは思ったとおり、その単語にピクリと身体を震わせた。どうやら当たり、か。

 それなら、と続けようとしたアタシに、今度はルーラーが問うてくる。

 

「なんで『蒼き惑星(ラズライト)』のことを? ――いや、そうか。さっき『術』を使ったから……」

 

「そういうこと。<冥魔崩滅波(ラグナ・ストラッシュ)>はこの世界には存在しない術だ。それを知っていて、しかも使えるってことは、そういうことなんだろう?」

 

 まあ、『熱覇絶衝拳(ねっぱぜっしょうけん)』もそうだったりするのだけれど、ルーラーはアタシがなぜそれを使えるのか、とは突っ込んでこなかった。その代わりに小さくつぶやく。

 

「クリスが記憶喪失だっていうのは、嘘だったのか……。しかも『蒼き惑星(ラズライト)』の人間みたいだし。――下手に術を使うんじゃなかった、かな」

 

 それにアタシは思わず絶句する。瞬時にそこまで看破(かんぱ)されるとは思っていなかったから。

 

 そう、アタシは記憶を失ってなんかいない。物心ついてからいまに至るまでをすべて、ちゃんと憶えている。ある日、気づいたらアタシの住んでいた世界からこの世界に来てしまったということも含めて、だ。ただ、記憶がないということにしたほうが、この世界では生活しやすいだろうと思ったから、そう偽っていただけで。

 そもそも本当にアタシが記憶喪失になっていたとしたら、当然『熱覇絶衝拳(ねっぱぜっしょうけん)』も忘れていたわけで。

 

 つまり、あの技を使えるということが、アタシが記憶を失っていないというなによりの証拠であり、また、アタシが『蒼き惑星(ラズライト)』からやって来てしまった人間であると確信できる要素にもなっているのだ。おまけにアタシは自ら『蒼き惑星(ラズライト)』の名を口にしている。……なんだ、よく考えてみれば、奴がアタシの記憶のことや、アタシが別の世界からやって来てしまった人間だということに思い当たれるのは当然じゃないか。むしろ、看破してもらえないと、アタシが頭悪いみたいでみじめになるだけだ。

 

 そもそもコイツは知識だけはある『魔法使い』だ。これくらいは瞬時に看破できて当然。ヒントも充分すぎるほどにあったわけだし。

 

 あ、いま思い当たったことだけど、ルイーダの店で会ったときにコイツが自分のことを『魔法使いみたいなもの』と言ったのは、だからだな。『蒼き惑星(ラズライト)』では『魔道士(まどうし)』が『魔法使い』のポジションにあるわけだから。……まあ、コイツが『魔道士』だと決まったわけではないけれど。

 

 アタシが思考を巡らせている間、ルーラーはルーラーで「あのときに手違いでもあったかな。だとするとちょっとマズいかもなぁ。別の世界に飛ばされた人間、他にもいそうだ」とかぶつぶつとつぶやいていたけれど、考えても無駄だと判断したらしく「仕方ない。とりあえず今度、ちょっと調べてみてリスト作っておこう」と結論を出して、再びこちらに顔を向けてきた。

 

「――で、アレルには言わないの? 記憶のこと」

 

「……アレルは、この旅でアタシの記憶が戻るかもって、本気で思ってくれてるだろ? だからちょっと、言うのためらっちゃってね。騙して旅について来た感じになってもいるし。だからまあ、アレルが気づくか、言う必要に迫られない限りは、隠しとおしたいんだ」

 

「……ふうん。まあ、僕としては正直、言ったほうが色々と楽な気がするけど。まあ、クリスがそれでいいっていうのなら、いいんじゃない? それでも」

 

「なんか、奥歯に物が挟まった言い方するね……」

 

「他意はないよ。ところで僕に訊きたいことはさっきので全部じゃないよね? 僕がどの世界の人間か推測できたところで、クリスにはなんのメリットもないもん」

 

 そうだった。すっかり忘れていたけれどアタシはコイツに、コイツがこの世界に『来た』人間なのか『来てしまった』人間なのかを訊きたかったんだ。もし前者ならこの世界と『蒼き惑星(ラズライト)』とを行き来する方法があるということに他ならないわけだから――

 

「まず、クリスの期待を裏切っちゃうかもしれないけど、僕は『蒼き惑星(ラズライト)』の人間じゃないよ」

 

 ――え? コイツいま、なんて……?

 

 ……い、いやいや、落ち着け、アタシ! ルーラーは『『蒼き惑星(ラズライト)』の人間じゃない』と言っただけだ。この世界にはない――『蒼き惑星(ラズライト)』の魔術を使った以上、『こことは別の世界の人間』であることは疑いようがない。

 

 さらに重要なのは、だ。

 

「それは別にかまわない。アタシが訊きたいのは、あんたがここに『来た』人間なのか『来てしまった』人間なのか、だ」

 

「? あ、ああ。そういうこと」

 

 一瞬、ルーラーは訝しげな表情をしたが、すぐにアタシの問いが持つ意味に気づいたのだろう。どこか気まずげに答えてくる。

 

「えっとね……。結論から言うと、僕は『来た』人間だよ。自分の意志で。でも、『僕の住んでいる世界の人間にしか使えない方法』で来たから、クリスに同じ方法は絶対に使えないんだ。――まあ、次元(とき)を超える手段があれば別だけど、ね」

 

次元(とき)を、超える……?」

 

 なんだ、それ。そんなことが出来るのか? そんな術、『蒼き惑星(ラズライト)』に存在したか? いや、そもそもルーラーは一体、どの世界から来たんだ? コイツの住んでいる世界の人間にしか使えない方法って、なんだ……?

 

 まあ、そこは考えても仕方ないか。アタシは魔術を使えないし、ルーラーの住んでいる世界に行けるわけでもない。どうしてもアタシが自分の住んでいた世界――『蒼き惑星(ラズライト)』に帰ろうというのなら、

 

次元(とき)を超える手段を探すしかない、か」

 

 どうやって、と考えようとして、アタシは思考を止める。これ以上はいま考えても意味のないことだったから。

 

 考えるのをやめてみて、ふと思った。アタシの記憶が戻るなんてことは絶対にないけれど。でもアレルと旅していれば、あるいは『次元(とき)を超える手段』が見つかるかもしれない。

 限りなくゼロに近い可能性に苦笑しつつ、アタシはアレルを見る。アレルは魔法剣の感覚をつかもうとしているかのように、真剣な表情で両の掌を握ったり開いたりしていた。

 

「あ、レーベが見えてきた」

 

 ルーラーの言葉にアレルが顔を上げる。

 

「本当だ! 今日中に着けそうでよかった~!」

 

 昨日は小さな村にあった家に泊めてもらえたものの、旅立った日の夜は野宿だったから、アレルが喜ぶのは無理ないと思えた。実際、宿のベッドで寝れるのはアタシも嬉しいし。――けど、さっきまでの真剣な表情はどこへいったのやら……。

 

 再度、苦笑して空を見上げると、ぶ厚い雲が太陽の光を遮り始めていた。これは、今夜はひと雨きそうだ。うん。今日中にレーベに着けそうで本当によかった。

 

 

○リザサイド

 

 窓際で頬づえを突き、ざあざあと降る雨を見るともなしに眺める。

 

 アレルのあとを追ってモハレとアリアハンを発った、二日後の夕方のことだった。そりゃ、この名もない小さな村にある家のひとつに泊めてもらえるのはありがたいのだけれど、雨が降ってさえこなければ今日中にレーベまで足を伸ばしたかったというのが本音で。

 

 あれから――モハレと会ってからすぐ、わたしはルイーダ母さんにアレルのあとを追うと告げに帰った。母さんは当然、慌ててわたしを止めようと――すると思っていたのだけれど、そう言いだすと思ったよ、と笑顔で言って、わたしとモハレを気持ちよく送り出してくれた。

 それはもちろんよかったのだけれど、少しは止めるそぶりを見せてほしかったなぁ、なんて矛盾した思いもあったりして……。

 

 ――まあ、もちろん気づいてはいたけどね。母さんの笑顔がどことなく寂しげだったことには。

 

 ともあれ、そんな感じでモハレと共にアリアハンを発ち、いまに至るのだけれど……。

 

「やむ気配ないなぁ、雨……」

 

 こうしてわたしが足を止めている間にも、アレルたちは強行軍で進んでいるんじゃないかって思うと、いまこうしていることが酷くもどかしく感じられて、ついつい口からため息を漏らしてしまう。

 

 ちなみに、わたしがいまいる部屋には、当然わたししかいない。モハレは物置きで寝させてもらうことになっている。

 

 何気なく部屋の扉に目をやった。するとタイミングよく扉がノックされる。

 

「モハレ?」

 

「んだ。ちょっといい物見つけたべ。――入っていいだべか?」

 

 いい物? はて、一体なにを見つけたのだろう。

 

「いいわよ」

 

 わたしがそう返すと、扉が向こう側から引かれてモハレが顔を見せた。すごく得意気な表情をしている。

 このモハレの表情、わたしはアリアハンを発ってから何度も見てきた。もう軽く十回は超えるだろう。

 

 初めてあの表情を見たのは、そう、確かスライムから『やくそう』を盗んでみせたとき。さすが盗賊、とわたしもあの時は彼を素直にすごいと思ったっけ。でも、モンスターと戦うたびに盗んでみせられると、なんていうか、『それが当たり前』って認識になっちゃうのよねぇ。実際、いまモハレが頭に被っている『かわのぼうし』も『おおありくい』から盗んだものだし。

 

 でも、いまモハレがあの得意気な表情をしたということは、まさか……!?

 

「モハレ! 今度はなにを盗んだの!? ダメでしょ! モンスターからならともかく、一晩お世話になる家で物を盗んじゃ!!」

 

 そんなことをしたら、恩を仇で返すようなものだ。いや、『ようなもの』じゃなくて、まんま恩を仇で返すことになる。

 

「戻してきなさい! いますぐに!!」

 

「ちょっ、ちょっと待つだよ、リザ」

 

 わたしの剣幕にたじろぎながらも、なにやら弁明しようとするモハレ。

 

「オイラはなにも盗んでないだ! ただ物置きでこれを見つけたから、もらってきただけだべ!」

 

 言ってモハレがとりだしたのは、木で出来た丸く平べったいお盆のようなもの。それも二つ。おまけに取っ手が付けてある。おそらくモハレが細工したのだろう。

 

「名づけて『おなべのフタ』だべ! 盾になるべよ!」

 

「名づけるなっ! ああもう、どうするのよ、こんな細工しちゃって……。こっそり返すわけにもいかなくなっちゃったじゃ――」

 

「だから盗んだわけじゃないべ。何度言ったらわかるだべか、リザ」

 

「……あのねえ、言葉を変えてもやってることは同じでしょ! モハレ、言ったじゃない! 『もらってきた』って!」

 

「んだ。もらってきただべよ」

 

「そういうのを世間一般の人は『盗んだ』って言うの!」

 

 声の限りにわたしがそう叫ぶと、モハレは少しの間硬直し、やがて手をポンとやった。

 

「ああ! そういうことだべか! リザ、勘違いしてるべよ。オイラはちゃんと、この家の人に許可をとって、もらってきただ」

 

「許可をとったって、盗みは盗――え? 許可、もらってたの?」

 

 子供に言い聞かせるような彼の口調に、わたしはようやく落ち着きを取り戻す。

 

「『持っていっていいよ』って?」

 

「んだ。処分する手間が省けていいくらいだって言ってただよ」

 

「な、なあんだ。それを最初に言ってくれれば……」

 

 安堵のあまりに身体から力が抜け、わたしは部屋にひとつだけあるイスにへなへなと座り込んでしまった。そのわたしの前にモハレが来る。

 

「勘違いしたのはリザのほうだべよ。オイラは最初からそのつもりで話してただ。――それよりリザ、なんだかイライラしてないべか?」

 

「……まあね。この雨のせいでアレルたちに距離を離されてるかもしれない、とか考えると、やっぱりどうしても、ね」

 

「この雨だべ。どこかの町や集落で足を止めてると考えるのが妥当だと――」

 

「わかってるわよ。それくらい」

 

 モハレの推測を遮って、わたしはピシャリと返した。

 

 そう。そう考えるのがもっとも妥当だ。でも、もしかしたらと思うこの焦りはどうしても消せなくて……。

 

 モハレがわたしの表情を見て、なにか考え込み始めた。そして告げてくる。

 

「じゃあ雨の中、レーベ――いや、『いざないのどうくつ』まで強行軍といくだべか?」

 

「えっ!? そんな無茶なこと――」

 

「そんなに無茶でもないだべよ。オイラとしては、このままイライラしているリザとここにいるほうが大変だべ」

 

 その言葉にわたしはムッとして、けれど口元に笑みを浮かべて返した。

 

「なによ、それ」

 

 モハレはわたしの不満を苦笑で受け流し、扉へと足を向ける。ここを発つ準備と、家の人に事情を話しにいくのだろう。なんだかんだで頼りになる仲間だった。

 

「――あ、リザ」

 

 出て行ったかと思ったら、再び扉が開いてモハレが顔を覗かせる。

 

「『おなべのフタ』、ちゃんと使うだべよ?」

 

「いや、さすがにこれを使うのは、なんていうか、ビジュアル的に……」

 

 それにモハレは呆れたと言わんばかりの息をついた。わたしに見せつけるように。

 

「またそれだべか。『かわのぼうし』のときもそんなこと言ってたべ、リザ」

 

「だって、『おおありくい』の持っていた帽子なんて、正直、被りたくないし……」

 

「仕方ないべ。じゃあ、レーベに着いたら売ることにするべよ」

 

「うん。そうしてそうして」

 

「……まったく、リザは贅沢者だべ」

 

 いや、でも実際、普通の女の子はイヤよね? モンスターの持っていた帽子を被るなんて……。


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