ドラゴンクエストⅢ~それは、また別の伝説~   作:ルーラー

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第三話 絆のかたち(前編)

○アレルサイド

 

「記憶喪失!?」

 

 僕は隣を歩く黒髪の武闘家――クリスにオウム返しに尋ねた。

 彼女はこともなげにうなずいてみせる。

 

「そう、記憶喪失。アタシはね、十年くらい前にこのアリアハンにやってきたんだけどさ、そこで城の兵士に『どうしたんだ』って尋ねかけられたのが、記憶にあるアタシの『最初』。……着の身着のままでどこかから飛び出してきたのか、ボロボロの格好をしてたらしいよ」

 

 記憶をまさぐるように、クリスはそう僕に語ってくれた。それも、にこやかな表情で。でも、記憶がないという事実はこの十年間、きっと彼女の精神を蝕んでいたはずだ。だってそれは、誰もが当たり前に持っている多くのものが、彼女にはないということを示すのだから。

 

 そんな僕の心情を知ってか知らずか、クリスは続ける。

 

「王様がアレルと旅に出ろってアタシに命じたのは、アタシのことを案じてくれていたから、というのもあるんだろうね。きっと」

 

「……? どういう――って、ああ、そうか。父さんが消息を絶った場所――つまり、魔王バラモスが居城を構えているのはネクロゴンド大陸。でもいきなりそこに行けるわけじゃないから――」

 

「そう。当然各地を旅することになる。あるいはその途中で、アタシが生まれ育った場所が見つかるかもしれないし、環境の変化が記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないって考えてくれたんだろうさ。――ま、ムダなことなんだけどね……」

 

「え?」

 

 嘆息混じりにつぶやかれたその言葉に、僕は首をかしげた。ムダって、決めつけることないと思うんだけど……。

 

「あ、いやいや。なんでもないよ、アタシの独り言。――ところでさ」

 

 首をぐるりと回して、クリスはちょっと居心地悪そうな表情をした。二つくくりにしている彼女の髪がもう少しで顔に当たりそうになる。

 

「アタシたち、なんでこんなところ通ってるんだい? アレル?」

 

「え~と、それは……」

 

 僕たちがいま歩いているのはアリアハンの貧民街(ひんみんがい)だった。あちこちに生ごみが散乱していて、正直、ものすごく匂う。クリスが『こんなところ』と言うのも当然だった。

 

「表通りは……通りたくなくてね……」

 

 もの欲しそうな目を向けてくる、ここに住んでいるのであろう男性からすぐさま目を逸らし、僕はクリスに答える。

 

「下手に表通りを通ったら、リザと鉢合わせしてもおかしくないし……」

 

「リザ? ああ、あのアリアハン王立アカデミーの天才?」

 

「そう言うとものすごく優秀な人間に聞こえるね、リザって。僕からしてみれば、ただただ暴走しているだけの幼なじみって感じなんだけど……」

 

 言って苦笑する僕。でも、そうだな。その幼なじみが大切だから、僕は――

 

「そういえば城でも言ってたね、連れて行かないとかなんとか。でもさ、だったら酒場に向かわないで別のところから町を出ればいいんじゃないかい?」

 

「う~ん、そうしたいのは山々なんだけど、王様との謁見が終わったらちゃんと顔を出すようにって言われてるんだよ……。でもって、母さんがルイーダさんの酒場にいるんなら、もうリザは僕が旅に出るって知ってるだろうし。さらに彼女、行動的だからさ、僕がまだ城にいると思っていまごろ城に向かっていてもおかしくないんだ」

 

 王城に向かって全速力で走っているリザの姿を想像し、僕は軽くめまいを感じて額を押さえた。同時にちょっと胸が痛みもしたけど、まあ、それはそれ。

 

「そりゃ、母さんの言いつけを破るっていうのもひとつの手段ではあるよ。でもさ、僕の母さんって、元・武闘家でけっこう強いんだよね。バラモスを倒して、父さんを連れて帰ってきたとき、出会い頭に殴られたり蹴られたりっていうのは、正直、ご免こうむりたい……」

 

 なんというか、色々と台無しになってしまうだろう。感動とか、感動とか、感動とか。

 

「なるほど、ね」

 

 僕の言葉に秘められた決意に気づいてか、クリスはニッと笑って返してきた。――決意。それは必ず生きて帰ってくるという、もはや僕の中では当たり前のものとなっている心構え。

 

「じゃあ手早く挨拶を済ませて、その幼なじみに見つからないうちに出発しようか」

 

「うん、そうだね。リザのことだから、城に行っても僕がいなかったら町中を捜そうとするだろうし。――っと!?」

 

 嘆息気味にクリスに返した瞬間、正面から来た人とぶつかってしまった。普段ならこんなドジはしないんだけど、相手に『殺気』とかがなかったからなぁ。というか、人間なら誰でも持っている『気』そのものがあまりにも希薄だったような……。

 

「おっと、ごめんだべ」

 

 僕の思考はその声に中断させられてしまった。改めてぶつかった相手を見てみると、黒髪の男性で、年の頃は僕よりもちょっと年下であろう十四、五歳といったところ。

 

「本当にすまんべ~」

 

 言ってその少年は駆けていってしまう。『人にぶつかっておいてその態度はどうだろう』なんて思っていると、クリスが地を蹴って一瞬で少年に近づき、その襟首をむんずと捕まえた。……それにしても速かったな、いまのクリスの動き。僕もスピードにはそれなりに自信あるのに、ちょっと彼女にはかなう気がしない。

 

 いやいや、そんなことよりも。

 

「いきなりなにやってるんだよ、クリス」

 

 ちょっと非難するように僕が言うと、どういうわけか彼女は呆れたような表情をこちらに向けてきた。

 

「なにって……。気づかなかったのかい? アレル?」

 

「気づかなかったって……?」

 

「……やれやれ、なんか先が思いやられるねぇ。コイツの『気』、妙に『薄い』と思わなかったかい?」

 

 そういえば思ったな。ずいぶんと『気』が希薄だって……。

 

「ほら、少なくともアタシには完全にバレてるんだ。いまアレルからスッた財布、おとなしく返しな。そうすりゃ一発殴るだけで勘弁してやる」

 

 空いているほうの手をグッと握り込むクリス。捕まっている少年はそれを見てハッキリと顔を青ざめさせた。

 

「……か、返さなかったらどうなるべ……?」

 

「決まってんだろ。返す気になるまで殴る」

 

 ……悪いのは少年であることは間違いないわけだから、止めに入ることもちょっと出来ないし。ええと……、とりあえず、少年に合掌(がっしょう)

 

 

○リザサイド

 

「アレルなら、つい先ほどクリスと共に城を出て行ったはずじゃが、会わなかったのか? リザ」

 

 城について階段を駆け上がり、肩で息をしながら『王様に『アレルは来たか』と尋ねたところ、返ってきた答えが、それだった。

 

「えっと、まあ……」

 

 アレルがわたしを置いて旅に出ようとしていることは、ゼイアスさんやマリアさんから聞いて知っていたから、いまこの場で茫然自失とはならなかった。けれど、王様からクリスを同行させた経緯を聞くにつれ、『どうして』という思いがどんどん湧きあがってくる。

 

 アレルはどうしてわたしを置いていったのか、どうしてクリスという武闘家は連れていったのか、そして、どうして王様はぶん殴ってでもアレルを引き止めておいてくれなかったのか。正直、王様の胸ぐらを引っ掴んででも問い質したかった。

 

 王様が言うにはクリスという女性、年齢は十八で、かなり優秀な武闘家らしい。実は記憶喪失だそうで、各地を旅することで記憶が戻るかもしれない、という読みもあるのだという。

 しかし、そんなことはどうでもいい。どうして王様はアレルの旅の供にそんな若い――わたしやアレルと二歳しか違わない、年頃の女性を選んだのだろうか。これならいっそ、アレルがひとりで旅立ってくれていたほうがずっと安心だったのに。

 

 大体、アレルだって十六歳の少年だ。かたときも離れることのない唯一の仲間に心を許しすぎて、特別な感情を抱いたりなんかしちゃったら、どう責任をとってくれるのだろう。

 

「……い、リザ? おーい、リザ? 大丈夫か?」

 

 王様の声でハッと気づく。わたしはすっかり考え込んでしまっていたらしい。きっと王様からは茫然としているように見えたことだろう。

 

「――あ、はい。それでは、わたしはこれで」

 

「う、うむ……」

 

 王様に頭を下げると、わたしはとぼとぼと城の一階に歩を進めた。それから再び考えごとをしながら歩く。

 

 大体、そのクリスという武闘家にアレルを支えることなんて出来るのだろうか。――無理だろう。アレルは確かに優しくて、来る者拒まず、といったところがあるけれど、それはアレルの一面でしかない。彼は想像以上の『がんこもの』でもあったはずだ。意見が衝突すれば自分のそれをなかなか撤回したりしない。

 まあ、自分が間違っていると感じたら、すぐに謝る性格でもあるのだけれど。

 

 ……うん、そうだ。わたし以外にアレルを支えるなんて、出来るはずがない。クリスと違って、わたしはアレルとのつき合いが長いんだから。大体、武闘家に出来ることなんて、たかが知れてる。魔法だってなにひとつ使えないはずだし。

 それに比べて、わたしはどう? 近接戦闘は確かに苦手だけれど、本来、それはアレルの役目。わたしはケガをしたアレルを魔法で癒せる。修行を積めばサポートも出来るようになる……はず。それに、僧侶ではあるけれど、攻撃魔法だって使える。

 

 これでもわたしよりクリスっていう武闘家のほうがアレルの役に立てるって言える? ううん。そんなわけないじゃない。アレルと二人で旅をするのなら、わたし以外にふさわしい人間なんているわけない!

 

「よし! そうと決まったら早速アレルを追いかけよう! 大丈夫! モンスターなんてわたしの攻撃呪文で――」

 

「なあ、お譲ちゃん」

 

 ふと、横手から声をかけられた。怪訝な表情でそちらを見やると、そこには牢屋に入れられた四十代前半ぐらいに見える男性の姿。……あれ? 牢屋? なんでわたし、こんなところに……?

 

「おいおい、お嬢ちゃん。首を傾げたいのはこっちだぜ」

 

「ああ、そうか。考えごとしながら歩いてたから……」

 

「……考えごとしながら歩いて牢屋にまで来ちまうヤツを、俺は初めて見たよ」

 

「ほっといてよ。まったく、まるで人をオルテガさんみたいに……。で、何の用なの? 用もなしに話しかけたわけじゃないんでしょ?」

 

「ああ、そうだった。お嬢ちゃん、アレルを追いかけるとかって言ってたよな? そのアレルってのは今日、王様から旅立ちの許可をもらったっていうオルテガの息子のことかい?」

 

「……そうだけど、だったらどうだっていうの?」

 

 男を威圧するように、わたしは言う。相手が牢屋に入っていても、怖いという感情は抑えることができなかったから。男はわたしの態度を気にした風もなく続けてくる。

 

「町から出た奴を追おうってことは、お嬢ちゃん、それなりに強いってことだよな」

 

「――まあね」

 

 胸を張って返すわたし。自分で自分のことを強いだなんて、本当は一度も思ったことなかったりするのだけれど。

 

「そんなお嬢ちゃんに頼みがあるんだ。俺にはモハレっていう十五歳の息子がいるんだが、俺はドジやってここにぶち込まれちまった。このままじゃモハレは飢え死にしちまう。俺は死ぬことだけはねえのに、だぜ?」

 

「……まあ、そうでしょうね」

 

「そこで、だ。お嬢ちゃん、オルテガの息子を追いかけるっていう旅に、モハレを連れて行ってやってくれないか? 本当はオルテガの息子に頼もうと思ってたんだけどな、お嬢ちゃんがオルテガの息子を追おうってんなら安心して預けられる」

 

 なんだか勝手な話になってきたなぁ……。わたしはひとつ嘆息して男を思いとどまらせようと言葉を紡ぐ。

 

「あのねぇ。預けられるわたしの身にもなってよ。旅費も倍以上になるでしょうし、それに第一、危険な旅なのよ? 町から出ればモンスターと戦うことにもなるんだから」

 

 しかし男はこちらの思惑に反してニヤリと笑ってみせた。

 

「危険な旅だっていうのなら、なおさら、さ。大体、この町を出てオルテガの息子に追いつくなんざ、お嬢ちゃんひとりで出来ると本気で思ってるのかい?」

 

「――それは……」

 

 思わず言葉に詰まる。さっきは『大丈夫』と自分に言い聞かせてたけど、不安がないわけがなかった。正直、とても自分ひとりで出来るとは思えない。それでも、言い負かされるわけにはいかなかった。誰かを巻き込むなんて、したくなかったから。

 

「でも、危険な旅っていっても、普通の人のそれとわたしのこれとはその度合いがまったく違うのよ。無事にアレルに追いつけたら、今度はその足で魔王を倒しに行くんだから」

 

 しかし、男はわたしの言っていることを嘘だとでも思っているのか、

 

「魔王を倒す、か。そりゃすごいな」

 

 そう言って笑ってみせた。それから真剣な表情に戻って、切々と訴えかけてくる。

 

「――旅の途中でどんな悲惨な死に方をしたって、俺やモハレにしてみりゃ飢え死にのほうがよっぽど屈辱的さ。旅に誘ったお嬢ちゃんのことをアイツが恨むわけがねえ。それに、アイツにはまだ未熟ながらも盗賊の技能がある。旅に連れて行けばきっと役に立つぜ?」

 

 ここに来て、わたしは迷い始めていた。自分ひとりで旅をするなんて、冷静になって考えれば無理なことだって、すぐにわかったから。いや、それは旅立ちを決めたその瞬間から、心のどこかでわかっていたから。アレルになら、あるいは出来るのかもしれないけれど――。

 

「それで、そのモハレって子はどこにいるの?」

 

「おっ。連れて行ってくれる気になったか。――アイツは貧民街にいるだろうよ。そこでスリの技術を生かして、とりあえず食いつないではいるはずだ。……多分な」

 

 スリ……。それはれっきとした犯罪だ。でも、そういうことをしなきゃ生きてもいけない人たちが、世の中にはいる。……嫌な事実だった。

 

「盗賊バコタから頼まれたって言えばアイツにもわかるはずだ。少しドンくさいところのあるヤツだが、よろしく頼むぜ。お嬢ちゃん」

 

 言って男――バコタは、モハレの特徴をわたしに詳しく話しはじめたのだった。


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