ドラゴンクエストⅢ~それは、また別の伝説~   作:ルーラー

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第二話 動き出す時間(後編)

○アレルサイド

 

 アリアハンの王城は何年も前から変わらずに、そこに立派にそびえ立っている。

 少し呆けた表情で城門を見ている僕に、母さんの声がかかった。別にいいと言ったのに、母さんはここまでついて来たのだ。

 

「じゃあ、アレル。ここからはひとりで大丈夫? ちゃんと王様に挨拶できる?」

 

「大丈夫だよ。僕だってもう大人……ではないけど、子供じゃないんだから」

 

「そう? じゃあ私は先にルイーダのところに行ってるわね。王様への謁見が終わったら、ちゃんと顔を出すようにね」

 

「う、うん。わかったよ」

 

 ちょっと返事をためらった。ルイーダさんは酒場を経営していて――、まあ、それはいいんだけど、ルイーダさんの酒場は僕の幼なじみであるリザの家でもある。正直、僕の旅立ちのことはリザには知られたくなかった。あるいは恨まれるかもしれないけれど、それでも、彼女を危険な目に遭わせたくはないから。

 僕の旅立ちを知れば、行動的な彼女のことだ、きっとついてくると言い出すだろう。それは、僕としては出来る限り避けたかった。そのことは、母さんも知っているはずなんだけどな……。

 

「それじゃあアレル、くれぐれも王様に失礼のないようにね」

 

「うん、わかってるよ。母さん」

 

 過保護な母親オーラ全開の母さんに背を向けて、僕は城門をくぐった。その途端、場内のあちこちから視線が飛んできた。城に詰めている兵士たちのものだ。

 ぺこぺこと頭を下げながら、奥にある二階への階段へと歩を進める僕。やがて階段を昇りきると、そこには数人の兵士と大臣、そしてここ――アリアハン大陸を統べる王様がいた。

 

 玉座に座っている王様に、少しおおげさに頭を下げる僕。そして、静かに告げる。

 

「勇者オルテガの息子、アレルが参りました」

 

「うむ。よく来た、アレル。ここ十年ほどですっかり逞しくなったな。さすが、あのオルテガの血を引いているだけのことはある」

 

 そう言われるのは、正直、あまり面白くはなかった。でも、それ以上に父さんを偉大だと感じているのも、また事実で。

 この感情は、ときどき僕を悩ませた。誰もが僕のことを『オルテガの息子』として見る。それを誇らしく思う気持ちもあるものの、一方で自分が父さんの代替なのでは、と思うこともある。そして、結局この悩みに答えは出なくて、いつも複雑な感情だけが胸に渦巻いてしまう。

 

「お前の実力のほどはワシもよく知っておる。並みの兵士よりもずっと強い、とな。しかし、ひとりで旅となると、またもオルテガと同じ不運を辿ることになるやもしれん。それは、お前もわかっておるだろう? まあ、そこに関しては心配は要らんわけだが」

 

 王様は僕がリザを連れていくと思っている。確かに仲間がいれば、精神的にも実際の戦闘でも、助けられるところは多いだろう。リザは僧侶で、回復呪文を使えるのだから、なおさらだ。けれど、それでも――。

 

「王様。僕はひとりで旅立つつもりです。旅は危険ですから、リザを連れていくことはできません」

 

 王様は驚きに目を見開いた。当然、なのだろうか……。

 

「なんと! しかしそれでは危険すぎる!」

 

「それでも、もう決めたことですから」

 

「ううむ、頑固さまでオルテガゆずりとは……。仕方ない。――クリス! クリス!」

 

 手をパンパンと叩き、王様は声を張りあげる。クリスというのは、兵士の名だろうか。そんなことを考えていると、やはりそうだったらしく、周囲に控えていた兵士たちの中から、特に身軽な格好をした女性が一歩、前に進み出てきた。……って、女性?

 

「アレルよ。彼女は去年・一昨年とアリアハン武道会で優勝した王宮兵士、クリスじゃ。まだ十八歳と若いが、充分頼りになる」

 

 ああ、どこかで見たことがあると思ったら、そうか。アリアハン武道会に出場していた人だったのか。

 

「リザを連れていかないのならば、アレル、せめてクリスを供につけさせてやってくれ。決してお前が弱いと言っているわけではない。ただワシも、この国の人間も、そしてなにより、お前の母であるマリアと大勇者ゼイアスも、オルテガのときのような絶望を味わいたくないのだ」

 

 懇願(こんがん)されるような口調で言われては、断ることなんてできやしなかった。ただ――

 

「クリスさんは、それでいいの?」

 

 なにしろ、生きて帰って来られるか、わからない旅なのだから。

 

「もちろんだよ。それとアタシのことはクリスで――呼び捨てでいいよ。よろしくな、アレル」

 

 言って笑顔で握手を求めてくるクリス。僕は手を出して、彼女の手をグッと握った。

 

「さて。大臣、アレルに『あれ』を」

 

「はい、王様」

 

 大臣が布に包まれた棒状の物をこちらに差し出してきた。少し怪訝に思いながらも、受け取る。

 

「これは……!」

 

 アリアハンの武器屋に置いてあるのも見たことがない。それはこの辺りの村や集落、町では手に入らないという『はがねのつるぎ』だった。

 

「これ、いいんですか……?」

 

「旅立つアレルへの餞別(せんべつ)じゃ。遠慮なく受け取ってくれ。それと――」

 

 王様が僕の近くの兵士に目配せする。その兵士は無言で布製のおおきな袋を差し出してきた。受け取って中を覗き込んでみる。そこにはずっと小さい皮袋がひとつと――、

 

「……玉? それと、巻物?」

 

「それはここから北東にある『いざないの洞窟』の封印を解くための玉――『まほうのたま』じゃ。そこからロマリア大陸に行ける。巻物のほうは、ロマリア王にあてたワシからの書状じゃ。ロマリア王に見せれば、きっと力になってくれるじゃろう」

 

 ――ロマリア大陸。僕にとっては一度も行ったことのない、未知の大陸だ。強いモンスターがうじゃうじゃしてるって聞いたことはあるけど……。

 

「こっちの皮袋は……お金?」

 

「先立つものは、必要じゃろう?」

 

 小さい皮袋は、しかし、見た目に反してずしりと重かった。こりゃ百ゴールドは入ってるな……。僕にとってはとんでもない大金だ。……と、あれ?

 

「あの、王様。クリスになにか装備は?」

 

「アタシはこの格好でいいんだよ」

 

 横から口を挟んでくるクリス。彼女の服装を見ると、王宮兵士の装備として『けいこぎ』を着ているだけ。それ以外特別なものはなにも身につけていないし、武器も持っていない。

 

「アタシは武闘家だからね。この身体そのものが武器なんだよ。適当な武器を使うと、かえって間合いを計り損ねたりするし、下手な防具を装備しようものなら、動きが鈍って本来の素早さが出せなくなるのさ」

 

「……なるほど」

 

 僕はレーベの村あたりで、ひと通り装備を整えようと思っていたわけだけど、なるほど、武闘家の場合は僕と同じ要領で装備を選ぶと、本領を発揮できなくなるわけか……。

 

「ではアレル、そしてクリスよ。頑張ってくるのじゃぞ!」

 

「はい! 王様!」

 

「お任せください!」

 

 こうして、僕とクリスは王城をあとにしたのだった――。

 

 

○リザサイド

 

 わたしは王城に続く通りを全速力で走っていた。もちろん、少し息を切らせながらも、だ。基本、わたしは運動があまり得意ではないから。

 

 朝起きて、一階に降りていったら、そこにはちょうどアレルのおじいちゃん――ゼイアスさんがわたしの家にやってきていた。もしやと思い、彼の首許を掴んでぶんぶんと振って問い詰めると、アレルはわたしには内緒でこのアリアハンを発とうとしているという答えが返ってきた。

 

 それだけでもショックだったのに、そこにアレルのお母さん――マリアさんもやって来て、アレルは既に王城に行ってしまったと聞かされた。こうなっては家でおとなしくなんてしていられない。

 

 わたしはマリアさんとゼイアスさん、そしてわたしの母であるルイーダの制止を無視し、ダッシュで自分の家を飛び出したのだった。もちろん向かうは王城。愛しのアレルと合流するために――。

 

 

○???サイド

 

 ――ここがアリアハン、か。思っていたよりも大きな町なんだな。ゲームをやっていた限りでは、もっと小さいイメージがあったんだけどな……。

 

 さて、とりあえずは『ルイーダの店』に行ってみるか。

 ゲームでは、あそこが『勇者』が仲間を集める場所だったからな。

 まあ、行ってみて損はないだろう。……多分。


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