蒼光を仰いで   作:試製橘花

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第六話 「遅れているのか先を往くのか、先往く彼は正しいか」

 演習を終え横須賀へと戻った第一航空戦隊は一時の休息を与えられていた。竹田としては神宮寺に紹介された転生者に会いたいと思っていたが、残念ながら先方が多忙につき望み叶わず。友人の山城も今は大陸にいるとなっては会うことは出来ないだろう。ちなみに神宮寺に至っては佐世保での宴会の後から居場所さえわからない。

 第一航空戦隊はその司令官を変えて動き出す事になるそうだが、平時とはいえ多くの海軍将兵には状況が悪化してきているのだろうと言う漠然とした思いがあった。山本司令も軍令部と海軍省への出仕と言う事になったらしい。実働部隊である連合艦隊の一司令官が軍政と軍令をそれぞれ担当する組織に出入りすると言う事自体に何らかの政治的な意図を感じられずに入られないが、深く考えても意味の無い事であった。

 

「今年はこのまま終わるといいですねぇ」

 

 後に過去を思い返さねばならぬことがあったならば、この言をしてフラグだと思ったかもしれない。つまりは特筆すべき事が何も無かったのである。

竹田拓海の1935年は多忙ではありはしたが平和に終わったのだ。

 

 

 

 

 

 

第6話 「遅れているのか先を往くのか、先往く彼は正しいか」

 

 

 

 

 

1936年

 

 

「北郷少佐。どうでしょう?新艦戦脚の具合は」

「非常に良いですね。九五式と比べるべくもなく速いですし運動性も高い」

「それはよかった。先行生産分をこうして試験に回しているのですが実際にウィッチの方に意見をいただけるのはやはりありがたい」

 

 海軍のある飛行場にてペラが回る心地いい音が響く。海を染めるためか、はたまた海の色を映しているのか解らないほどに無限に広がる青い空はこの扶桑の美しさの一つだろう。

 数年前から桜の開花予想を中央気象台が出しているが今年は例年よりも早く開花するとのことだ。それはそれで嬉しいが、その分早く散ってしまうのかと思うとそれはそれで寂しいもの。

 扶桑皇国海軍少佐、北郷章香は思いのほか早く暖かくなる気候に季節の移り変わりを感じると共に今もなお続く平和な日々を楽しんでいた。

 

 

「長島の九五式も悪いユニットではありませんが、こいつは根本的に新たな設計を採用して将来にわたって使い続けられます。まだ信頼性が高くないのでうちの宮藤博士が欧州で改良型の開発を行っていますね。九六はそれに向けての習作とも言えます」

「へぇ。――宮藤博士と言えば竹田商会の社名が博士の名前を取って宮菱になるとか」

 

 

「お耳が早いですね。詳しい事はよく知らないんですが、重工系は幾つかの部門を統合して宮菱重工とするそうでして。企業に多大な貢献をしている宮藤博士の名からとったとも皇族の方から功績を認められて改称を行うとも言われています」

「今まで使ってきた名を変えなくとも」

 

 竹田の名に悪い印象を抱いている人間が少なくないのだと、技師は笑いながら語った。確かに御維新の時に他の財閥を出し抜き、巨万の富を得、現在の皇国最大の重工系企業として君臨する竹田商会、その創業家を妬む人間は多い。北郷はさして興味も無い話題であったので知りはしなかったが、社名の改称自体はかなり昔からあった話なのだった。宮藤博士の功績などは後からついてきた理由に過ぎない。

 何よりも自分達に特に関係の無い話だと結論付けた彼らは試験へと戻っていった。

 彼女が今履いているユニットは扶桑皇国海軍次期主力魔導戦闘脚である宮菱九六式艦上戦闘脚。これは九試戦闘脚で初めて試みられた宮菱重工の宮藤博士の所謂「宮藤理論」を採用した事で、世界で初めて背嚢式発動機とそれを繋ぐ伝導部を廃し、魔導エンジンを呪符及び環と直結させる事で従来機では到底実現不可能な高性能を実現させる事に成功した新世代ストライカーユニットである。

 無論未だ荒削りな点が非常に多いために実用化には時間が掛かるが、それでもこのユニットが持つ発展性は性能向上に限界が見えていた従来機と比べて非常に魅力的だった。故に海軍のみならず陸軍や各国の軍を巻き込んで共同開発へと持ち込み、扶桑の技術力のアピールに加えて技術協力によって他国に恩を売り、尚且つ優秀な他国技術を安価に取得する事に成功した扶桑外交部の手腕は称賛されるべきだった。

 折からの陸海での機材共通化を推進するために宮菱から他社への技術提供の際に部品等の統合を図ることが出来たのも、エポックメーキングな装備に更新するという大転換があったからこそなのである。

 

 宮藤博士はそういった組織の期待を一身に背負って欧州に送り出されたと言ってもよい。既に後の十二試戦闘脚の構想は始まっており、陸軍と機体運用に関わる合同での検討会を開いたり、同盟関係にあるブリタニア軍や関係について良いとも悪いともいえないが協力関係の構築を進めているリベリオンとの相互運用性も考慮に入れつつ新世代戦闘脚計画は進められていた。

 技術の拡散は宮菱の技術的なアドバンテージを自ら手放す事に繋がりかねないが、技術提供に際して取得した特許によって得られるロイヤリティは同社の経営方針までも決定付けたと言われる。

 

 

「ところで武装についてはどうです?七粍七機銃は」

「中々良い銃ですよ。狙えば当たりますし」

「火力は問題ありませんか?艦艇用に生産中のボヨールド40㎜も候補に入ったのですが……」

「え」

 

 技師の顔は真剣そのもの。対する北郷の顔は笑っているようで笑っていない。火力不足は叫ばれているがおふざけが過ぎると言うものだ。七粍七固定機銃は今まで他国の優秀銃のライセンス生産を続けてきた実績を活かして開発された国産の機銃。弾薬や部品等で陸海共通化が図られたという点で大きな意味を持つ銃だった。

 

「問題が無いならよかったです。何かあれば仰ってください」

「はい。お疲れ様です」

 

 ユニットを脱ぐ。――ふと思ったが足を異空間に飛ばすおかげで蒸れないというのは好ましい点だ。北郷は後で報告に加えておこうと記憶にとどめておく。

 

 

 

■  ■  ■

 

 

扶桑 各務原

 

 

「扶桑皇国陸軍第20師団第10独立飛行隊所属大尉山城賢哉です。機体の受領に参りました」

「ん?報告にあったっけか…。暫く待っていろ」

「はっ」

 

 極寒の大陸でいきなり本土に戻れと命じられたので一体何のへまをやらかしたかと思ったが、ふたを開けてみれば新型機の受領とは一体自分の心配は何だったのか。しかし――

 

(こっちは暖かいな……)

 

 向こうでは命を危うくするほどに冷たかった風も、此方では寧ろ心地よい。長く居過ぎると向こうに戻ったときが大変だと心に戒めておく。そんな彼の後ろでは同じく命じられて山城と共に本土へと戻ってきた二人の部下が久方ぶりの祖国にはしゃいでいた。

 

「何ていうか寒さから開放されただけで、こっちに来た甲斐があるってもんですね大尉」

「自分は新型機受領の命を受けて此方に出向きましたので、来た甲斐を述べるならばその任を果たすという一点のみであります」

「固い固い。防弾でもする気か?」

「山城大尉、天田中尉、先方がこちらに……」

 

『ん?』

 

 ふとそちらを見るとここの責任者らしき男性が小走りでやって来た。階級こそ自分達よりも下だが年季では比較できないほど上だろう。軍曹の階級章と服の上からも解る鍛え上げられた体は見習わなければならない。

 

「お待たせしてしまい申し訳ない。自分が皆様の機体責任者であります岸軍曹であります。ささ、ご案内いたしますので」

 

 促されるままに幾つか並ぶ格納庫のうちの一つに入る。先程まで照っていた日光が屋根で遮られているためか若干の肌寒さを覚える。

 少しだけ自分達の基地よりも立派な設備に見とれていた山城だったが、ふと自分の部下達を見ると言葉も発さず、口をあけたまま棒立ちになっていた。見ると岸軍曹はそんな二人を見て予想以上の反応に喜ぶ父親のような顔でいる。山城はそこで初めて二人の驚愕の理由を見た。

 

 

 

キ27――少しの差異こそあれ九七式戦闘機がそこにあった。

 

 

「おぉ……」

 

 まじまじと見詰めてしまう。今まで複葉機ばかり見てきたせいか前世の自分にとってはありふれたデザインだというのに斬新さを感じてしまう。全金属製単葉機はこの時代の人間にとって、この時代の人間になってしまった山城にとってそれだけ革新的な戦闘機だった。

 ジュラルミンの機体は銀色に輝き、普段邪魔に思っていた操縦席上の翼も無い。普段は液冷エンジンの機体に乗っているために空冷エンジンに違和感を感じてしまったが、それでも新たな玩具を与えられた子供のように気体に満ち満ちた気分になった。

 

「キ27、まだ制式化ではなく審査中ですので正式名はついておりません。皆様にはこの機体の寒冷地、設備の整っていない環境下における運用の問題点等を洗い出すために、そちらの基地でこいつを運用していただくということになっております」

「となると技術者もこちらに?」

「はい、開発元である長島と軍の技術者数名を派遣するとのことです。既に民間の旅客機でそちらに向かっているはずです」

 

 となると自分達と機体はその後で基地に着くという事で、つまりは整備等の面で心配はなくなったということである。制式化前の機体のテストなど自分達の部隊ではその環境ゆえに日常茶飯事であるのだが、もう少し前もって情報を与えて欲しいという思いを強くした。

 山城と天田が新品の機体に見蕩れていると一人考え込んでいた新任の少尉、間野大吾が岸軍曹に疑問を呈した。

 

「軍曹、ふと思ったのですがこの機体はどのように我々の基地に運ぶのです?」

 

 言われてみればという風に二人の上官が顔を見合わせる。自分達は愛機の九五式を浦塩まで飛ばし、その基地の空中勤務者に機体を預けたその後は船で本土に戻ってきた。受け取りという事はまさか……。

 

(いや、確かに洋上飛行の訓練を受けていないわけではないが)

 

 

不安は的中した。

 

 

■  ■  ■

 

 

 

 出発までいくらか日があるとのことで暫く基地でのんびりしている事にした山城は間野とともに自分達の新たな翼を観察していた。ちなみに操縦席に入って暫く何やらを弄繰り回していた天田は既に居ない。飽きっぽいといえばそれまでだが協調性に疑問符はつく。

 それに対して間野少尉は模範的な軍人だとまだ少ししか共に時間を過ごしていない山城でも感じることが出来た。同じく九七式に乗っている空中勤務者に詳細な操縦特性を教わったり、整備士に自分でも出来る整備を訊いたりと勉強熱心な事だ。

翻って自分はというと操縦席に座ってボーっとしていた。最初こそ空戦のイメージや洋上を飛ぶときを想像して教本を読みつつ操縦桿を触っていたが、今では何をする事もなく教本を眺めつつ前の機体より座り心地のよい席に身をゆだねていた。

 

「所々違うんだよなぁ」

 

 教本を見ていると史実の九七式とこちらの九七式の違いがよく分かる。技術の違いからだろうがやはりこちらの機体の方が高性能だ。自分の命を預けるものなのだから高性能な事は嬉しいが、こうした些細な歴史の差異というのは興味深い。

 山城が物思いに耽っていると隣のハンガーからだろうか。レシプロ戦闘機とは感じが異なるペラが回る音が響いてきた。

 

 

「行って見るか」

 

 特に基地内を出歩くなとも言われていない。現に天田が猫のようにふらついているのだ。ここで自分が物見遊山で出歩こうと注意される筋合いは無いというもの。

 そんな軽い気持ちで隣接するハンガーへとお邪魔した。入口に立っていた警備に挨拶すると、許可無く過度に魔女に接触しない事を条件に快く通してくれたので無駄を撫で下ろす。どうやら心配は杞憂だったようだ。

 さて、と山城は中を見渡す。一見して設備にそれほどの違いは無い事がわかるが、自分たちが乗るような戦闘機が無いために開放感がある。そしてその代わりに山城のお目当てがあった。

 

「ほう、あれがねぇ」

 

 扶桑皇国陸軍魔導戦闘脚。実は山城自身が純粋な戦闘用ストライカーユニットをこんなにも近くで見るのは人生初めての経験なのである。前に共に試験を行った時のユニットは偵察用であったし、任務や訓練中に戦闘を主な任務とするウィッチを遠くに見た事こそあれ、形がわかるほどに近寄った事は無かったのだから。

 視界に陸軍航空隊の制服に身を包んだウィッチが映った。扶桑人と遠目でもわかる黒髪、凛々しい顔はまさに大和撫子と言ったところだろうか。どうやら自分のストライカーユニットの整備に立ち会っているらしい。彼女の前の射出台に固定されたユニットの周りには整備服の男達が幾人かが集まっていた。そしてそんな中の一人が台の上に上るとユニットを装着する。

 

――待て。ちょっと待って欲しい。

 

 山城にはその男の顔に見覚えがあった。そして直ぐに思考を切り替えると先程警備の兵に言われた言葉を反芻する。曰く『許可無く過度にウィッチと接触しないように』と。その結果が今の自分だ。作業の邪魔にならぬよう遠めで見学するにとどめている。それ以上は望むまいと思っていたのだ。山城は管理責任者としての矜持と少々の怒りを込めてユニットへと駆け出した。

 

 

■  ■  ■

 

 

 

「うーん…う゛~ん!…はぁはぁ……」

「どう?動かせるかしら」

「駄目ですね。魔法じゃない何かが出てきそうです」

 

 途端に周りが笑う。人が集まってるんだから屁なんてこくなよと注意する整備班長はユニットを履く天田に感想を聞いた。

 

「いやぁ強引に足詰めてるみたいな感じなんで結構きつきつなんすけど。これで飛べたら気持ちいいでしょうね」

「あら、外気を遮るものや衝撃を和らげる装備が無いのは心細いのよ?」

「いざとなればシールドを張れるじゃないですか」

 

 緊急時にそれが出来るだけの冷静な判断力を維持できるならそう苦労はしない。そう言うと彼女は弾が込められていない自身の愛銃を天田に手渡した。

 

「うぉっと!」

 

 渡された瞬間に落としてしまいそうになった。魔法の力で基本的な能力が強化される魔女と違って、一般人である天田にとって一般歩兵が持つ小銃よりも遥かに重い機銃は構える事すら叶わなかった。堪らないとばかりに投げるように銃を返してしまう。

 

「いやいや、何でこんなの持てるんですか……。重機関銃なみですよ」

「持てといわれて持てるから持っている。ただそれだけよ」

「うはぁ……」

 

思わず呆れた声を出してしまった天田だったが、その肩を叩かれて振り返るところで般若を見た。

 

 

「やぁ天田中尉。お楽しみだな。ところで一般空中勤務者のウィッチとの接触についてはお前も理解しているな?」

「……どうも大尉。お楽しみでした」

 

真顔で拳を振り上げた山城が制裁を与える寸前、その手を止めたのは先程まで談笑に加わっていたウィッチだった。

 

「まあ待ちなさい。そこの彼がそうしているのは私が許可したの。だから責任は私が負うわ」

「貴女は……?」

 

 冷静に目の前の少女を観察する。先程まではただのウィッチだと思っていたが彼女の制服にある階級章が表すのは少佐の肩書き。山城はこの時点で対応に失敗したと後悔した。同級以下であればもう少し強く出る事が出来たかもしれないが、上官となると話が変わる。山城は天田にユニットを脱がせると姿勢を正して少女に向き直った。

 

「失礼しました。自分は扶桑皇国陸軍第20師団第10独立飛行隊所属、山城大尉であります」

「扶桑皇国陸軍飛行第1戦隊戦隊長、江藤敏子少佐だ。誤解を与えてしまったようですまない」

「いえ、こちらこそお騒がせしてしまい申し訳ありません」

 

構わない、と笑い飛ばしてくれた江藤に救われた気持ちになる山城。空気を読むことで知られる扶桑人にしては自分は全く読めていなかった。気づくと隣でちょこんと座っていた天田がこちらに向けてにやけ顔を晒していた。

 

「……すまん」

「っ!……いいですって」

 

後で何か奢ってやる事にしよう。

 

「ところで山城大尉も見学に来たのかい?」

「ええ、新機体の受領に参ったのですが出発まで暇を持て余しておりました」

「噂のキ27か」

「はい」

 

 聞くと、ストライカーユニットでも同名の脚を開発中なのだそうだが、そちらは宮藤博士が提唱した宮藤理論への対応に時間が掛かっており実用化はまだだそうだ。開発開始はそこまで変わらぬ時期だったというのに、思わぬ新技術で完成が遅れる事になるとは長島もそうだが自分達にとっても災難だと江藤は笑った。確かに平時だからこその処置だろう。

 良くも悪くも陸軍は状況を楽観的に見ているのだ。まだ海軍のように実際に脅威に接した経験が無いからかもしれない。

 

「海軍さんはもう新型のユニットに更新を開始するらしい。この辺りは宮菱との関係が強い海軍の強みといえるね」

「戦闘機も海の方がうちより早く新型になるらしいっすよ」

「それもユニットと同名の九六式だったか」

 

 二人が頷く。新装備を早く受け取れることを羨ましいといえばそれまでだし、陸軍が海軍と比べて全体的に鈍いと言う事に不満があるといえばそれまでだ。ここは自分達の方が完成度が高いものを受け取れるのだと強引に考えることで乗り切ることにする。妥協は生き続ける上で非常に重要な能力であると身にしみる。

 

「天田、そろそろ間野少尉が心配しだす頃だ。帰るぞ」

「了解」

 

 こういう時には素直なので扱いはしやすい。掴み所が無い時もあるが今までの付き合いで優秀な事は十分理解しているし、超能力でも使えるのかという程に鋭い意見をいう時もある。一時期は天田も転生者で神様から何らかの反則的な能力でも与えられたのではないかと考えていたぐらいだ。

 

「では江藤少佐。お世話になりました」

「なりました」

 

気にしていないと軽く言った彼女は射出台に腰掛けるとその黒髪を揺らしながら笑う。

 

「出発まであとどれくらいあるのかしら」

「恐らくは……遅くとも明後日には」

「そうかい。ならそれまで暇があったらここに遊びに来るといい。ここの基地司令も寛大だし、何より熟練者ぞろいと名高い君らと触れ合うのはうちのウィッチにとってもいい経験だろう」

 

意外な申し出だった。山城は驚きを隠せないが天田は喜びを隠していない。

 

「本当ですか!?いやぁ自分いつもは男ばかりのむさい任地なんでウィッチに憧れてたんですよ」

「おい天田」

「はははっ、それならよかった。ナンパしたりしないならそれで十分よ」

「ありがたくあります」

 

 山城と天田は再び江藤に感謝をすると周りの整備士達に別れを告げてから自分達の愛機が置かれている格納庫へと戻っていった。その途中で先程会った警備の兵が山城に「あれくらいならば過度じゃありませんからご安心を」等と言って来た。陸軍に対しての印象が大きく変わった日だった、と隣で笑う天田を小突きながら山城は思った。

 格納庫に戻ってみたら普段は厳格な間野少尉が間抜けな顔で操縦席で眠っていたたので、山城の彼に対する印象も大きく変わった日となった。寝ている彼の顔に落書きしようとした天田を見て高揚した気分が冷めてしまったのは――人生そう万事易くはならぬものということで妥協しよう。

 その直ぐ後にも山城の鉄拳が天田の頭を直撃したが、彼にはそう堪えてはいないようで、面白おかしく笑う天田を見つつ疲労感を感じ始めたところだった。

 

「そうそう、大尉知ってます?」

「ん?いきなりどうした」

 

 唐突に中身の無い質問をしてくる彼に適当にかえす山城。大体このような場合の彼の質問の内容とはそう大したものではないと相場が決まっている。無論経験則である。

 

「江藤少佐たちの話を小耳に挟んだだけなんですけどね、配置転換ってあるじゃないですか」

 

有無を問われれば有るとしか言いようが無い。だが一体それが何だと言うのだろうか。

 

「自分らの部隊も色々と基地を転々としてきて今が有るわけなんすけど。ここの部隊も今度配置転換になるらしいんすよ」

 

 ふむふむ。陸軍航空隊の飛行第一戦隊と言えばウィッチ戦力では最精鋭と言ってもいい部隊だ。それがこの岐阜を離れてどこかに移ると言うのは何か軍内部でも大きな変化があったのかもしれない。山城はここにきて初めて天田の話に興味を抱き始めた。

 

「それで?何処に移るのかまで聞けたのか?」

 

 小耳に挟んだだけと前置きして天田はかなり焦らした。正直いらついてくる。この悪戯っ子のような嫌な笑みと言うのはあまり長い時間お目にかかりたくは無い。口に出したことは無いが非常に殴りたくなってくるのだ。山城がそろそろ文句を言おうかとする時、とうとう天田が勿体振ってこう言った。

 

 

「なんと大陸の基地に移るらしいんですよ!同じ基地ではないでしょうけど、とうとうむさい大陸にも花がきますね!」

 

 満面の笑みで嬉しそうに言う天田。間野は先程の騒ぎで一度起きたが既に二度寝の最中だ。周りの整備士達は既に知っている話なのかそれとも興味が無いだけなのか、こちらにはあまり関心が無いように黙々と作業を続けていた。

 

 

 

 

早い。

 

 山城は呟く。怪異に対して最も有力な戦力足り得る飛行第一戦隊の前線配備。これが意味することを彼は朧気ながらも理解していた。前言撤回しよう。扶桑陸軍は鈍くない。陸軍ではなく一部の人間が動いているだけなのかもしれないが、それでも組織としての動きなのだからそれで十分だ。確実に原作よりも早く陸軍は大陸で発生する怪異の脅威に対処する準備を始めている。前に竹田から届いた手紙にあった陸の転生者かもしれないが個人でこれだけの変化を生むのは不可能だ。

 海軍の方でも原作とは異なる動きがあることは知っていたが陸でもそうした動きが本格化していることに自分は気づいていなかった。

 自分が所属する組織故だろうか。灯台下暗しとはこのことかと山城は自嘲する。鈍かったのは自分だと。これでよくも他人を批判できたものだ。

 

「大尉?」

 

 上機嫌だった天田が怪訝な顔でこちらを見詰める。確かにいきなり考え込んだと思ったら突然天井を見上げ、小さく笑い出した人間が居たら不思議に思うことは必然だ。

 

「いや、いやいや天田。すまないな」

 

 前言撤回しよう。自分の経験則は間違いだった。こいつはどうでもいい話をする事も多いが、たまにはこうした話も拾ってくると言う事が十分に理解できた。

山城は苛ついていた自分を恥じると共にその相手に謝罪する。

 

「色々とお前のことを色眼鏡で見てたよ。本当にすまなかった」

「はぁ」

 

 よく分からないと言ったような顔をする部下に苦笑しつつ自分の機体へと歩み寄る。竹田は海軍で頑張っている、神宮寺とか言う男も聞く所によるとそれなりに仕事をしているようだ。陸軍も自分が誤解していただけで非常に先を見て行動していた。何のことは無い。自分を客観的に見つめられなかったために最も遅れてしまったのだ。

 だが、まだ間に合う。そう思いたい。自分の理想を叶えるにはまだ遅くない筈だ。肝心なところで無力感に苛まれる事だけは勘弁願いたい。

 

 

「さて、と!」

 

 先立っては取り合えず教本を再び熟読して機体についての理解を深めよう。何を企もうと何を願おうと、自分が死んでは元も子もない。

山城は不思議そうに自分を見詰める天田とやっと眠りから覚めた間野を呼び寄せてから、数時間にわたる勉強会を開幕した。

 目的ばかり見ていてその前提をしっかりと自覚していなかった。原作知識は自分の身を直接護ってくれるわけではないのだから。周回遅れにならないようにしようと決意する。後ろから友人に叩かれて自分の遅れを気づく事だけは避けなければならない。きっと自分の遥か先を行っているであろう友人を思いつつ、そろそろ本腰を入れる時分である。




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