蒼光を仰いで   作:試製橘花

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第四話 「万松楼への道中にて」

 扶桑皇国。「西のブリタニア、東の扶桑」と称されるほどの海洋国家として世界的に知られている。南洋島(パシフィス島)から生産される各種資源、大陸領内の資源によって国内の資源消費は安定しており、遠く中東地域から調達される原油等によって近代化による消費増大にも対応がなされている。つまりは史実日本のように他国からの輸出を止められても自給がある程度は可能ということであり、それは国家安全保障上とても大きな強みとなっていた。

 1934年当時の扶桑皇国の総人口は外地も含めて1億、経済規模を示す指標であるGDPも当時の交換レートでドル計算すると300億ドルに到達しており、恐慌の影響を未だに残していたとはいえ世界最大の経済力を誇るリベリオン合衆国が800億ドルであったことを考えると、いかに扶桑皇国が経済的に強国となってきていたかがわかる。政府主導で推し進められた機械製品の輸出が東南アジアを中心に扶桑の低い労働コストと地理的優位によって成功を収め、それによって進んだ近代化が高価になった労働コストを機械力や標準化された規格によって補う事で今も成長を助けている格好である。

 軍備は長大な海上交通路の安定確保のため海軍が重視され、広域監視のための航空機とそれを運用する空母を中心とした世界的にあまり例の無い編成である。史実以上の国力のおかげで造船能力は大きく。大神海軍工廠、室積海軍工廠(建設中)といった史実では未完成に終わった工廠も設置され、強大な海軍力を支えている。

 

 

 

■  ■  ■

 

 

「で、上陸するのかい?」

「ヤマ(万松楼)での集いに誘われまして。元々予定もありませんでしたし、今夜はそこで食事をさせていただこうかと思っております」

「いいたかり精神だ。その心を忘れずにいけ。俺は溜まった洗濯物を片付けにゃならん。楽しんで来い」

 

「はい」

 

 先輩士官とそのような遣り取りの後、竹田は荷物を纏めてから『赤城』をおりて佐世保へと上陸した。

 佐世保港から誘われた割烹料亭まではそこまで遠くは無い。軍港都市として栄えた佐世保の町並みは非常に活気付いて見える。いまだ戦争の惨禍無き欧州の地も、このような活気に満ちているのだろうか。時間に余裕をもてるように早く出てきてしまったために少々時間を持て余す事になってしまった竹田であった。今は道中にて見つけた古書店にて時間を潰している。

 基本的にこの世界でも史実の著名な作家などは存在している。出版業界の史実を知らないためにこの世界とどう違うのか、差異などは全く分からないが、こうして過去に呼んだことがある小説などを楽しめると言うのは竹田にとって非常に懐かしく思えた。

 軍事専門誌なども置いてあり、手にとって見ると一般に公開されている情報しか載せられていないが非常に分かりやすく説明されていた。特に艦船雑誌などでは高価な艦船模型の広告などが載っており、到底竹田の月収では手に入れる事が出来ない金額が並んでいた。離れたところに置いてあったカメラの雑誌の広告に並んでいた金額よりも高いものばかりなのだから、この模型一つで食費のどれだけを賄えるのだろうかと邪推してしまう。庶民としてはこうして広告を見て妄想に浸るしかない。

 艦船雑誌に目を戻す。やはり技術は扶桑のほうが史実より上のようで、史実ではまだ登場していない筈の技術が垣間見えた。無論それがしっかりと実用に堪える物なのかはこの資料から読み取る事は出来ないが、それでも歴史の差異は感じられた。ちょうど所持金にも余裕があったため記念に何冊か買っていくことにしようと決めたところだった。

 

店先の道を歩く人影の中に見知った人間を捉えた。

 

「……主人、これお幾らで?」

 

 

 

 店を出た竹田は先ほど見かけた男を追いかけるために周りから浮いて見えない程度の歩みでいた。道はそこまで狭くは無いが、それ以上に人がいるために追跡は困難に思えたが、思いのほか早く見つけることが出来た。

 

「ん?君は竹田君か。君もヤマに行くところかね」

 

 常装を若干着崩したスタイルのため『赤城』で話した時とは印象が異なるように思える。だがその口調、階級、そして何より何か意図を含んだような笑みは間違いなく神宮寺海軍造船大佐のものだった。

 どうやら目的地は同じらしい。聞くところによると山本長官との親交もあるらしいので、その繋がりで誘われたのであろうか。神宮寺は少し息を切らした竹田を近くの茶屋に誘うと竹田に話しかけた。

 

「しかし何でまた私なんかを追っていたのだね」

「それは……」

 

 ふと自問する。何故自分はこの男を追ってきたのだろうかと。そもそも赤城において会話こそしたが再会の約束などはしていない。では何故?そこまで考えて竹田はあることを思い出した。

 

「神宮寺大佐は次期空母の設計班に加わっていると聞きまして。空母に乗る人間としてその概要をお聞かせ願えればなと」

「…そうかい。私が言える範囲に限られるがそれでいいかね」

 

 その後の彼の話は非常に興味深いものだった。竹田は原作知識として今後の扶桑海軍の建艦計画において史実蒼龍と飛龍が史実の翔鶴型相当の航空母艦になる事は知っていた。だが神宮寺の話は竹田の予想をかなりの部分で裏切るものだった。

 

「基準排水量で27000tですか」

「まだ案の一つに過ぎんよ。艦載機の大型化も理由の一つだが、武国と共同開発した油圧カタパルトを試験搭載するからそれ相応の大型化となったわけだ」

「射出機は軽空母用に開発が進んでいませんでしたか?甲板長の圧縮が出来ると言う触れ込みで」

「試験搭載と言っただろう?期待はずれなら取り外す事になる。その時に「カタパルト前提だったから航空機運用が出来なくなります」では困るのだ」

 

 先ず第一に艦そのものが大きい。史実の翔鶴型相当とするならば25000t級である筈なのだが、この時点で2000tほど大型化している。バルバス・バウ等の翔鶴型の特徴は全て受け継いでいるようであるが、それ以外にも史実とは異なる点が多々あった。

 カタパルトにしても確かに翔鶴型での搭載は計画されていたが、それは結局未搭載に終わっていたはずであった。実用化に向けた試験搭載としてもこんなところで歴史の相違を確認する事になるとは思わなかった。

 

「電装についても随分新機軸が多いようですが」

「第三部が電探について有力な発明をした技術者をかなり招聘してな。我が海軍は人手と船の数に比して領域が広いので何とか目を広げようとしているわけだよ」

「しかしそれは……」

 

 早すぎる。否、原作でも十分に早かった事は確かだ。だが神宮寺の言うそれは史実を何年先取りする形になるのだ?艦橋一体型の煙突、舷側昇降機、油圧カタパルトは翔鶴型では採用されていない。それどころか煙突以外の二つに限って言えば日本空母には最後まで採用されなかったものではないか。いくらなんでも史実、原作との乖離が甚だしい。これはまさか…。

 竹田はこの時点で、目の前の男が一体どういう人間なのかということについて一つの考えが浮かんでいた。

 

「君が言っていた居住性だが、前々から言われていた事ではあったのだよ。次期空母は習作の意味もあるのだが発展性を確保するために余裕を持った設計を行っていいとされていてね。新装備についても今後のための知見を得ると言う意味が大きい」

 

 神宮寺は酒も入っていないのに段々と饒舌になっていた。普段こういった話をあまり出来ないのだろうか?そんな事は無いはずだ。何故なら彼はそういった集団に置いて主要な立場にある人間なのだから。では何故彼は自分にこんなにまで楽しげに話してくるのか?

 

 

「扶桑近海は波も荒いですが昇降機を舷内ではなく舷側にして問題はないのですか?」

「廃止しているわけじゃない。それに被弾の際の損害を軽減するためには開放型格納庫が望ましいからね。甲板も広く使える上に航空機の大型化にも対応できる。短所が無いわけではないが長所も多い」

 

 質問をすれば返してくれる。そしてその答えは竹田が持つ未来の知識と照らし合わせると非常に開明的であった。神宮寺と言う男は新技術に貪欲と聞いていたが、これはそれとは別のことが理由なのではと竹田は思い始めていた。何故なら竹田の問いに答える神宮寺の眼はまるで、

 

 

絶対にそうなると確信している者の眼だったからだ。

 

 

「藤本さんの受け売りだが、やはりダメージコントロールというのは重要だね。復元性の確保と言うのは今後、基礎的な防御力よりも重要となるかもしれない」

「そうそう…戦闘を包括的に指揮が出来る専用の指揮所を設けると言う話も出ていて――」

 

 竹田は自身の考えが恐らく正解である事に自信を抱き始めていた。それと同時に目の前の遠回しな言い方を好む大根役者の希望に応えてやることにした。

 

「話は大きく変わりますが神宮寺大佐」

「何だね?」

 

竹田は神宮寺に向き直ると真剣な眼差しでこう問うた。

 

 

「貴方の個人的な希望としてどの様な艦名を希望していますか?」

 

 

 そういえばこの世界では中国に相当する国家が遥か昔に滅んでしまったが、扶桑には何時ごろ伝来したのだろう。日本においては蛇神神話との融合と言われてもいるそれは現代に至ってなお我々にその名を見せ付ける。

 さて瑞祥の動物名は見るも聞くも中二心を擽られる様で自分の幼さを再認してしまう気がしてもどかしいが、ことこの場に置いては竹田に恥も何も無かった。神宮寺の言葉はそれだけ彼らにとって重要な意味を持つのだから。

 神宮寺はその問いに我が意を得たりとでも言うように笑みを浮かべると、このときを待ち望んでいたかのように仰々しく答えた。この時点ではまだ誰も知らないはずのその名を――

 

 

魔を祓う為の霊獣。

 

無限に広がるかのような大洋に身を委ね、限りなく広がる空にその力を放つ侍達の母。

 

 

 

――蒼龍――、と。

 

 

 

 

 

 

「私は本当は鶴の方が好きなんだが、郷に入りては郷に従えと言うだろう?」

 

 私もこの世界に生れて以来、そうやって生きていますよ。大佐は少々自重してみてはいかがですか?と何か言ってやりたくなる竹田だったが、これで一つ結論付ける事が出来た。だとすれば今までの次世代技術に関しての知見も合点がいく。

 

神宮寺正毅は転生者だった。

 

 

「人生は有限だ。行けるところまで行くためには自身の力を最大限に使っていかなければな」

「使えるものも全て使うと?」

「君もそうしてきただろう?竹田拓海君?」

 

 楽しげに笑いかける神宮寺に竹田は溜め息をつくしかない。全く持ってその通りだ。

 

「はぁ…。ところで貴方と同じような方は他にどれほどいらっしゃるので?私は陸の知り合いに一人いるだけなのですが」

「陸と海に一人ずつ。今度暇な時にでも紹介するとしよう。変わりに君の友人も私に教えてくれると嬉しいな。同郷の者同士で交流を持つこと、連携が可能ならそうしたい」

「了解しました。先方には私からお伝えいたします」

 

 その後二人は夕闇に覆われていく町並みを世間話をしつつ、万松楼に至る道に消えていった。竹田はその胸に未だ見ぬ二人の転生者への興味を秘めつつ。

 

 

 

 

 

 

 

■  ■  ■

 

拝啓

 

 段々と暑くなって来たが体はしっかりとついていっているかい?今日といっても届くまでを考えると少々前となってしまうのが憚れるがこう書いておく。噂の青年士官に呼び止められてしまったのだよ。話してみると君の言っていたとおり日本人だった。全く、どうしてこう同じ類の人間同士惹かれ合うのか未だに私には分からないね。君が言うとおり何らかの不思議な力が働いているのかもしれない。それを確かめる術を持たないのが非常に残念だ。

 ところでこうして無い時間を使って君に手紙を書いているのにも訳があってね。君からの了承も何も得てはいないが勝手に紹介させてもらった。無論、噂の日本人に。代わりに彼からも新しい転生者についての情報を得ることが出来たよ。まだ詳しいところまで話は出来ていないのだが、今後の協力関係については中々に上手くいきそうな気がしている。暇な時にでも君たちのところに会いに行くといいと私が言ってしまったので、遠からず彼がそちらを訪ねることが予想されるが彼には何ら非は無い。快く歓迎してやってくれ。

 話した印象だがどちらかというと君好みの人間だった。56にも目をつけられているらしい。彼曰く「若手を中心に航空機への理解が深まっている。海軍の歩みは暫く止まる事は無かろう」だそうだ。今の若手や中堅士官たちの研究会もそうだが保守的な先輩や上官への反発もあるのかも知れない。君のところはどうかね。

 さて、同じ海軍ということで君には手紙を送ったが、彼の方には君の方から直接言っておいてくれ。我々の世代だと陸海軍で交流を持つと色々と厄介だからな。霞ヶ関から市ヶ谷までそう遠くは無いだろう。是非徒歩での移動をお勧めする。

 

敬具

 

神宮寺正毅

 

 

 

 

「ふむ…嫌味を混ぜたかったと言うのになんと意図を純粋且つ素朴に伝えるものとなってしまったか。全く私の素直さには自分のことながら呆れてしまうな」

 

 薄暗い自室の中で海軍造船大佐神宮寺正毅は友人への手紙を書き綴っているところであった。内容から読み取れるように、その相手とは彼と同じ転生者であり自らのあずかり知らぬところで他人に勝手に紹介されてしまった不幸な人物であった。恐らくは内容を見て日々の疲れが増す事は確実だろう。

 神宮寺にとってその友人は扶桑人としてではなく日本人として交流を持つことが出来る貴重な人間達だった。故にこうした手紙での遣り取りの場合も彼は自分の伝えたいことを出来る限り詰め込んでいたのだった。長い時は嫌がらせのように長いが、今回は内容が内容の為簡潔に伝えることに努めていた。新たな友人が出来たと言う事は彼らにとってそれほど重要な事なのだ。

 誰かに見られるわけにも行かないが(見られても信じられはしないだろうが)未だ検閲も行っていないため、こうして一般の郵便制度をフル活用して負担を極力抑えている。既に何十年も暮らしているために慣れてしまったが、それでも過去の思い出から電子メール一つが一瞬にして相手に届くという手軽さは消える事は無かった。

 封をして完了といきたいところだったが神宮寺は宛名を書いていない事に今更気がついた。

 

「何人かの分を一度に書いていたからな…。内容も似たようなものだし宛名は後回しにしていたのだった。危ない危ない…」

 

筆をとって名を綴る。

 

「海軍省軍務局局長 一ノ瀬遼平少将様、と。こんなかたちで構わんかな」

 

 昔も今も、そしてこれからも忙しい日々を送るだろう友人がこの手紙を読んだときの顔を想像すると愉快でたまらない。しばらくそんな妄想を楽しむと神宮寺は次の手紙に取り掛かった。大佐と言う階級を頂いている身は何時までも遊んでいられるほど暇ではないのである。

 

「アポは取って置くように言っておくか。否…竹田君ならその必要も無いか」




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