扶桑皇国海軍第一航空戦隊正規空母『赤城』艦橋
「竹田補佐官、この後の天候について何か報告があったか?」
「はい、昨日に発生した低気圧についてですが、予測どおり房総半島を掠めるかたちで北上しております。戦隊の予定針路上に然したる障害はありません」
「では問題ないな。だが不測の事態に備えて佐世保港までの予備の航路について再検討しておこう」
「了解」
竹田が乗る航空母艦『赤城』は『鳳翔』他駆逐隊と共に一路佐世保へと向かっていた。同型艦である『天城』が整備中のため、第一航空戦隊は現在空母2隻で運用されている状況である。航海訓練が主な目的ではあるが、到着後は佐世保を母港とする部隊との合同訓練も予定されている。
『赤城』は近々大規模な近代化改装が計画されており、今回の航海と訓練ではより詳細なデータを採ることも目的とされ、技術士官等も乗組んでいた。実際、現在の『赤城』『天城』については航空機運用、居住性、指揮通信能力について複数の問題を抱えていた。三段式とは実にロマン溢れる外観ではあるが、実用性という観点からすると些か難があった。だが幾つかの不満を抱えつつも誰もが任務に当たっている。竹田もそんな仲間達に触発されてか休憩中まで神経を研ぎ澄ませていた。
「ところで技術屋と言うのは変人でなければ務まらんのかね?」
「?…あぁ、艦政の方ですか?確かに少々個性的といいますか。しかし専門家と言う方は得てしてあのようなものでは?」
休憩中、竹田は先輩であり上官でもある航海長と駄弁っていた。彼としては今回の航海に同乗している技術士官が鬱陶しいらしい。聞くところによると周りに人がいないと何やら一人でブツブツと呟いていると言うのだ。それが実に気味が悪いと専らの噂である。
「しかし優秀な方だそうですよ?若くして次期空母の設計陣に加えられていると言う事からも本部での評価は良いのでしょうし」
「まあ用兵側の意見をよく聞いてくれるな。しつこいぐらいに…」
「あぁ…そういう」
つまり捕まって質問攻めにさせられ、時間を潰してしまったせいで印象が悪いようだ。何とも個人的な理由である。しかし自由時間が限られる航行中の艦船の中で貴重な時間を削られてしまうと言うのは確かに気持ちの良いものではないだろう。竹田は彼に若干の同情をするとともに件の技術士官に興味を抱き始めていた。
(史実においてそのような人間に該当する人間はいたでしょうか…?こちらの世界だけでの登場人物ということですかね)
史実の日本と全く勢力圏が異なる扶桑であるからして人間もそれ相応に変化していておかしくは無いのだが、竹田としては関心を持つと共に警戒すべき相手でもある。仮に原作に間接的に悪影響を与えるのだとしたら今後大きな懸念を残す事になる。特に自分が乗るような軍艦の設計に携わる人物である。竹田はこと自分の命が関わることについては必死の覚悟で望むつもりでいた。
「そろそろ時間だな。竹田、俺は上に上がるがお前はもう少し休んでいろ。見張りは体力使うからな」
「ありがとうございます」
その後、彼は艦橋へと上がっていった。訊けば答えてくれる頼りになる上官であるが、普段からの疲労やストレスが溜まっているのか竹田がその捌け口にされているようである。別に暴力を振るわれているわけでもなくただ愚痴を聞かされる程度なので聞き流せるのが救いであるが。
「ふぅ……」
航海というのは神経を使う。特に見張りは疲労が大きい仕事だ。しかし今後のためにもしっかりと任務を果たし、学ばなければならない。まともに休める日が無い……て、ん?
竹田は今、溜め息が不思議なハーモニーを奏でた事に気づいた。振り返ると海軍軍人らしき初老の男がコーヒー片手に満足げな顔で立っていた。
(何時の間に…)
しかし、疲労のせいで軽く不機嫌な自分がここにいては、この方の気分を害してしまうと思った竹田はさり気無く部屋を出る事にした。したのだが…。
「まぁ待ちたまえ青年」
あぁこの方ですか、と竹田は確信した。間違いない。今まで赤城で勤務してきてこの男の顔を見たことは無いし、階級章を見ると大佐――無論、この『赤城』でその階級にある人間など全て竹田は把握している。ということは。
「お初にお目にかかる。この私が艦政本部第四部基本設計主任、神宮寺正毅海軍造船大佐である。君の話はよく聞いているよ」
「扶桑皇国海軍第一航空戦隊航空母艦『赤城』航海補佐官兼見張指揮官、竹田拓海海軍大尉であります。大佐の設計に関する先見性は同僚よりよく聞いております」
姿勢を正し、候補生時代から叩き込まれた完璧な(筈の)形で敬礼を行う。自身の所属も含めた紹介を行った竹田。神宮寺と名乗った男は手にしていたコーヒーを飲み干すと手近な壁に寄りかかり腕を組む。
「それ程でもないさ。ところで君はこの艦に乗って何か思うところはあるかね?」
これかと、竹田は上官から聞いた話を思い出した。それによると神宮寺は始めにこの質問を行い、そこで何か不満を述べるとその詳細をしつこく訊いてきて、何も不満は無いと言うと今度は「では特にどこが素晴らしいのかね」としつこく訊いてくるそうなのだ。しばらくすると神宮寺自身の個人的な意見を聞かされ、それがまた長いらしい。要は面倒な御仁とのことだ。竹田はとりあえず適当な受け答えをする事にする。
「『赤城』は扶桑皇国海軍にとって貴重な航空戦力の一角を担っており、その能力は非常に強力です。ですが、不満が無いわけではありません」
「続けてくれたまえ」
「はい、戦艦からの改装空母であるために防御力は兎も角として航空機の運用能力には制限があります。今後の航空機の大型化を考慮しますと現在の上部航空甲板では長さが足りず、小型機の発艦しか出来ない下段、そして発着が不可能な中段は廃止し上段を全通式の飛行甲板に延長することが望ましいと考えます」
将来の大型の航空機を運用し始めるのと、この艦が沈むのとどちらが早いのだろうか。
「加えて本艦の特徴である下向きの煙突に関してですが、排気が居住区に流れ込み居住性に許容できない悪影響と見張りにおいて支障をきたしております。加えて艦が被弾し傾斜する場合、海水の浸水が考えられ、艦の排気能力が機能しなくなる可能性があります。従って改善を望んでおります」
「航空機運用に関しては?」
「本職は飛行科ではありませんので聞いた話となってしまいますが…」
「全く持って構わん」
「では…。発着艦作業の管制・指揮について現在の上甲板の航海甲板では能力不足でして、出来れば上甲板に航空機管制・発着艦指揮のための指揮所が欲しいと言う事でした」
甲板作業などの指揮はやはり専門の指揮所を必要とする。そのためには航空甲板の一部を占有してでもアイランドが欲しい。扶桑海軍は史実でもやらかした左舷艦橋を何の因果かこちらでも採用したようだが、その教訓はしっかりと反映されるとの話である。
「武装については何か思うところはあるかね」
「特には…対空火器の充実程度でしょうか。空母の戦闘能力は艦載機が主役でありますので。私としましては僚艦・友軍機との通信能力の拡充、目視によらない索敵能力についてご検討していただきたいです」
「ふむ、大体解った。しかし君は他の兵科の希望する事についてもよく知っているのだね」
神宮寺は一通り聞きたいことは聞けたとでも言うように話題を変えてきた。竹田もそれに軽く応じる事にする。
「乗員達での繋がりは強いものがありますので」
「まだ着任してそう経っていないだろう。そんなに簡単に情報を得られるのかね?」
「頼れる上官と優秀な先輩方がおりますので」
「……まぁ、そういうことにしておこうか」
神宮寺は何か含みのある笑みを浮かんで艦橋へと向かうために部屋を出る私を見送った。心に何か残るものがある。今まで人のいい人間ばかり周りにいたせいだろうか、ああいった人間には慣れていない。全てを見抜いているような、自分が見透かされているような寒さを感じる目であった。
扉を閉めるまで自分のことをにこやかに見送った彼の笑顔がとても不気味に感じた。作り笑顔でいるのも慣れてしまった自分が言うのもなんだが、神宮寺のそれはその笑みが作ったものと確信させると共に何か別のメッセージの様なものを発しているかと思うようなプレッシャーを含んでいた。
今まで何度か艦政本部に呼ばれたことがあるが、あの男と会った事は無い。それは担当している部署と自分が行く部署が一致しなかった事等があったのだろうが、今まであった本部の人間と彼は根本的に何かが違う気がしてならなかった。自分や山城もこの別の世界で生きていた人間ではあるため人のことは言えないが、神宮寺のそれは山城とは全く違う雰囲気であった。
竹田はその後、艦橋に到着して上官に言われるまで普段の優しげな笑みを忘れて考え込んでいた。
■ ■ ■
扶桑皇国大陸領満州 オラーシャ国境より約100㎞以遠 高度3000m
「では始めてくれ」
「了解」
フットバーを蹴り、機体を滑らせる。川滝製の九四式戦闘機は防空戦闘機として採用された機動性の高い液冷戦闘機である。それ故、整備製・信頼性に難があり当初の稼働率は高くなかったのだが、最近では改善が見えてきている。山城も従来機よりも機敏な本機を気に入っていた。今なら史実のイタリア人の言っていた事が解る。確かに風防が無いほうが風を感じられていい。空を飛ぶと言う事は機体と同化する事でより追及されるのだ。
「さむっ…!」
それは仕方が無いとして諦めよう。山城は意識を集中して操縦桿を強く握る。今彼がいるのは10000ftの空中。そしてその目的は…。
「目標を此方でも確認した。高度8000、右30度、距離3000、針路0-7-0。攻撃に移る」
通信機の向こうから了解の意を示す声がノイズ混じりに響いてくる。正直その性能はお世辞にも満足なレベルとは言えない。必要な物と言う事は原作知識というか未来知識で知っているが、外して軽量化したほうが賢明なのではないだろうか。
そんな事を考えつつも相手から目を離さない。幸い、こちらが雲に隠れて飛行していたために向こうは気づいていない。機体を相手の後方に位置させ速度を上げる。後方上空、絶好の条件である。
「参る…!」
強く握ったまま操縦桿を倒し機体の速度を最大まで上昇させる。高度優位とは速度優位の同義語であり、速度で空冷に勝る九四式戦闘機は防空戦闘機としての能力を今まさに見せつけようとしていた。
最大速度に到達、高度を犠牲に得た速度を維持したまま相手に射線に捉え、射撃した。
「やっ…ってない!」
寸前によけた相手は左にすべると7.7mmの銃口を向けてくる。山城もそれを避けるために角度を変える。一撃離脱の形になっていたためにその速度を活かしてその場を離れると、後ろを取った相手は何発かの射撃の後、雲に隠れてしまった。一旦仕切りなおしであるが時間にも燃料にも余裕があった。山城は体勢を立て直すと追跡を始める。
■ ■ ■
(あ、危なかった…)
大室一葉は試作魔導偵察脚を履いて雲の中を進んでいた。三次元空間把握に優れる固有魔法が無ければ弾を受けていた可能性が高かった。魔法に感謝するしかない。彼女はその事を再認しつつ今回の目的を思い起こしていた。
―偵察任務完了後の離脱に追撃を受けた場合を想定した試作魔導脚の性能評価―であったか。速度を最も重要な性能事項として開発されている本機は、その高速性を活かした戦略偵察を目的とした世界初の魔導脚である。これは今後、大陸での広大な戦場が想定される場合、怪異の発生源を偵察し戦力情報を収集する必要があったためであった。
よって武装は貧弱な機銃一つ。本職の戦闘機とはどうやっても勝てないだろう。だから逃げるのだ。
今回の訓練では決められた空域から敵役となる陸軍機に追撃を受けつつ離脱することが終了条件であり勝利条件である。無論、撃墜してしまっても構わないのだが、機動性で圧倒的に負けている上に練度も向こうが上なので抗う事は無意味だろう。彼女に出来るのは雲に隠れつつ高速性を活かして逃げるだけであった。
「針路を修正しようかしら。最短ルートの空がきれいすぎるわ」
雲を出た後、再び別の雲を目指して針路を変更した彼女。その行動が彼女を救った。
「な!?」
上空から降り注ぐ機銃弾はまるでシャワーのように先程まで大室がいた場所を彩った。先程振り切った彼が再び攻撃の態勢を整えて牙をむいたのだった。ペイント弾とはいえあそこまで盛大に撒き散らされると恐ろしくもなる。
「くっ!」
強引に姿勢を変えて後方から接近する敵機に向けて機銃を撃つ。しかし敵機はそれを流れるような機動で避けると今度は強引に突っ込んでくる。そのまま体当たりでも仕掛けてくるような勢いは経験の浅い彼女に反射的にシールドを張らせるに十分であった。
「やめて……!」
目をつぶって数秒後の衝撃に備えていた彼女だったが、何時までたってもそれは訪れる事は無かった。彼女の飛行帽に備えられた通信機に訓練の終了を告げる上官の声が響いている。
(へ…?)
彼女が不審に思っていると先程まで自分を追い立てていたパイロットからの通信があった。
『お疲れさん。最後は撃墜で終わらせたかったんだがな。まさか自分からシールドを張るとは思わんかったぞ。まさか条件を忘れたか?』
そうであった。今回は機体の基本的な離脱時の性能評価であって機動と身体強化以外は使ってはいけないことになっていたのだ。ここで彼女は固有魔法を使ってしまった事を思い出す。罪悪感に駆られて仕方が無いが、後で謝る事にした。
「自滅したわけ……?」
まさしくその通りである。その後二人は評価のための観測を行っていた偵察機の先導に従い基地に戻ったが、大室が技師に捕まってその後の夕食まで山城に謝罪が出来なかったという話は女子に気を使わせた山城が悪いと言う事で部隊内は決着したと言う。
■ ■ ■
第10独立飛行隊基地食堂
「本当にすいませんでした!」
「やめろ。静かにしろ」
「私が悪かったんです!固有魔法なんて卑怯な真似をして…!」
「もう少し静かに喋ってくれ」
「山城大尉殿!謝罪の言葉も許されないのですか!?」
「今ここでするなと言ってるんだ!」
二人の男女が騒いでいる場所。それはこの基地内で最も人が集まり、最も活気付く場所――食堂であった。周りで食事をしている男達は実に興味深いものを見るように、普段の騒がしさは何処へか眠るように静かだった。
彼女によると訓練中に禁じられていたはずの固有魔法を使用していたということで、俺はそこまで気にしないのだが彼女は暫く思いつめていたそうだ。特に基地に戻ってから技術屋に捕まっていたせいで中々俺に会うことが出来ず、その後も俺を見つけることが出来ず怒っているのではと焦っていたらしい。心配性と言えばそれまでだが…。
「周りの目が痛い。話は後にしてくれ」
「しかし…むっ」
適当に皿にあったパンを彼女の口に突っ込んでみた。するとどうだろう、先程とは打って変わったように静かになったではないか。おぉ、創意工夫を大胆に仕掛けるとここまでの効果が生まれるのか。ラブコメ的奇襲の効果を称賛すると共にこの場を去ろうではないか。さらばだ諸君…
「待ってください」
無理ですか。
「後でお部屋に伺ってしっかりと謝りたいのですが…」
個人的には特に気にしないのだが、それで彼女の気が晴れると言う事ならそうした方がいいだろう。多感な年代の少女の面倒さを感じると共に、特に異議も無く了承しようとした時だった。隊長が山城の肩を叩いたのは。
「あ~、あまりウィッチに男子の寝床に来て欲しくは無いんだ。衛生面とかもあってな」
この人なんてこと言いやがる…。食堂の男達の頭の中には同じような言葉が浮かんでいた事だろう。山城もその中の一人である。
「山城、お前が彼女の部屋に行け。そうすればお前が手を出さなけりゃ問題は解決する。そういうことで頼むわ」
「…了解」
先程までの勢いは何処に消えたか、蚊帳の外に置かれておどおどしている大室を余所に山城の食事後の自由時間が削られる事が決定した。それは仲間達の嫉妬と好奇の眼のなか、大室の部屋に向かうことを決意するまで山城の憂鬱さの大きな要因となり続けた。
人生諦めが肝心とは、誰が言ったか時と場所によっては非常に慰めになる言葉であった。
■ ■ ■
同飛行隊基地 大室一葉陸軍少尉個室
「随分と部屋らしくなったもんだな」
第一印象――部屋になった、とは何とも味気ない感が否めないが彼にとってはそれ以外に用意できる言葉が無かった。この基地の幾つか在る空き部屋はそのほとんどが倉庫として扱われており、今回大室に充てられた部屋もその内のまだ足場がある方の部屋であった。先日彼女を案内した時には誰が何時の間に済ませたのか生活に必要な基地の最低限の備品を残して綺麗に片付いていたのである。恐らくは他の部屋が…いや、何も言うまい。
それが今見てみると人が暮らしていることが朧気ながらも感じる事が出来た。その端々に年頃の少女らしい生活感が感じられる事も、普段のむさくるしい空間に慣れてしまっていた山城には新鮮であった。
「はい、ところで先程の訓練に関してなのですが」
「俺は気にしていない。この程度の失敗だったらうちの隊は誰でもやってる。一々気にしていたら仕事にならんぞ」
「しかし…申し訳ないです」
初対面の時から思ったことだが、どうやら彼女は物事を深刻に捉えすぎるきらいがあるようで、此度の事もその一つであろうと山城は考えていた。彼が今ここにいるのは彼女が望むように謝罪させて自己満足させると共に、そういった心配性な面に出来る限り修正を加えられないかと思ってのことだった。
「君がどう思おうと俺達は気にしない。固有魔法?頼もしい限りだ。君のここでの目的は試作機のテストかもしれないが、俺達にとってここは戦場であり、ネウロイを落とす事が任務だ。仲間が強力なウィッチでしたなんて感謝こそすれ不満には思わないさ」
大室は真剣に話を聞いていた。それを慰めと思っているのか説教と思っているのか、はたまた別の何かと捉えているのかは山城の眠い意識では窺い知る事は出来なかったが、少なくとも彼女は先程までの自らの失敗を恥じるあまり周りが見えなくなる人間から脱していた。それが一過性のものか否かはここでは関係ないことだろう。
「確かにテストとしては失敗だった。技術系の奴らは小難しい問題でうるさく言うかもしれない。だが俺達はそんなことで君を疎んだりはしないし怒ったりはしない。シールドなんてウィッチの標準的なスキルなんだ。今回のテストの条件自体がおかしい」
後で釘を刺しておく事にしようと山城は思った。誰しも下手な事を言って拳骨を食らうのは勘弁願いたい。山城の頭に鬼のような形相で腕を振り上げる上官が思い浮かんだ。
「君はテストパイロットと偵察員という二つの顔をここで持たなきゃならない。その苦労は俺達にはわからないけれど、出来る限りフォローはしてやれる。ここの奴らは皆いい奴ばかりだからな」
「ありがとうございます。少し、気持ちが楽になりました」
「そうか。…ほれ」
山城の言葉が終わり、少し考え込んだ彼女は静かに感謝を伝えた。山城はそれをよしとすると持ってきた包みを大室に渡した。ちょっとしたサプライズである。
「?……これは」
「入隊祝いだ。選んだのは俺だが金を出したのは他にもいるからな。礼を言うなら皆が集まっていて暇な時にしておけ」
「はい。なんとお礼を申し上げてよいか・・・」
どうやら喜んでくれたらしい。中身は近くで調達した菓子が詰められている程度のものであまり大したものでもないが、贈り物と言うのは古今東西時を選ばず人を嬉しくさせるもののようだ。山城は入隊祝いを嬉しそうに受け取った大室を兄のような心で眺めつつ、時間も時間と退散する事にしたかったのだが、そこで再び彼女に呼び止められてしまった。
「明日もまたお相手願うわけですが、今回の私の機動、大尉殿から見てどうでしたか?」
「ん?…そうだなぁ。君は逃げる事が基本だから先ずは如何にして俺に見つからないかを考えるべきだよな。航空機と比べて小型だから元々見つかりにくいと言えばそれまでだが、今回のように現場空域の雲を利用するのは基本的だが有効だ」
ストライカーユニットと航空機はその双方が技術を共有したり応用している事からも性格は似ており、飛行特性が違うと言っても基本的な空戦機動に大きな違いがあるわけではなかった。よってこのように先輩空中勤務者が後輩ウィッチに対して教訓を垂れると言うのも無いわけではないのだ。
「最後はシールドを張ってしまったのですが、大尉殿が私だったらあの時に避けることは可能でしたか?」
大室の中で自分に凄まじい勢いで突撃してくる山城の九四戦が映った。軽くトラウマになっていることを自覚する。対して山城は冷静に状況を思い起こして客観的に考察を行っていた。
「出来ただろうね。高度は似たようなものだから高速性に特化した君のユニットならそのまま振り切ろうと思えばできただろう。あそこで振り返ってしまったのは君の敗因の一つかな」
「なるほど…」
メモ帳を取り出して律儀に書き連ねていく大室。山城はそんな彼女を自分達を見る眼で見ていたが、そんな直向な姿は今の自分達よりも上であると若干の反省も抱いていた。教える側とは常に教え子から何かを教わるものだが、今がまさにそれであったと言える。山城が彼女に質問攻めにされ部屋に缶詰をくらい、自室に戻り仲間達が話の種が戻ってきたとして群がってきたのは既に消灯の時刻であった。
山城による大室への戦技指導はその後、他の仲間たちも加えて集団での講義のようになり、それは大室が試験を終えて本土に戻るまで続いた。
感想やご指摘等いただけるとありがたいです。赤城はこの後史実と同様に改装工事に入りますが、その内容については原作の検証や史実との兼ね合いから幾つかの変更があると思います。