蒼光を仰いで   作:試製橘花

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第二話 「新たな任地と新たな出会い」

同じ現代出身の友人が出来てから暫くして、竹田は『紀伊』が改修の為、地上に置かれた戦隊司令部へと戻っていた。

 

 

「お帰りさん。艦本はどうだった?」

「阿部参謀…。そうですね、研究熱心な方が多かったように思います」

 

当時の第二戦隊の参謀を務めていた阿部は部下からの信頼も厚い優秀な士官であり、竹田も困った時にはよく頼っていた。

 

「お前さんもな。届いたレポートを司令部で回し読みしたが、大体の理解は得られた。演習内容については俺のほうから言っておく。ということで先日から始まった改修について説明しておこう」

 

竹田は短い返事とともに頷いた。

 

 

「まず『紀伊』型1・2番艦の主砲換装についてだが、取り止めになった」

「予算ですか?それともその手間をかけるほど時間が無いと判断された?」

「両方だな。『紀伊』に関しては通信装置の更新、電探の搭載が予定されてる。他の同型艦についても同様だ」

 

『紀伊』型戦艦は優秀な高速戦艦ではあるが、タイミング悪く主砲の開発が順調に進まず、1・2番艦については45口径41cm砲となっている。3・4番艦については新型の50口径が搭載されているが、戦艦の砲戦距離が隊内で異なるというのはあまり好ましくないのではなかろうか。貧乏海軍の悲哀と言ってしまえばそれまでだが…。

 

「それとお前が提案していた魔女隊との共同訓練、都合が合えば検討してもいいそうだ。第一航空戦隊との共同訓練も予定されているから…今後も宜しくな」

「はい」

 

 

嬉しい事は嬉しいが話の流れを止めぬよう返事は簡潔に務める。

 

「加えて、旧式化してきた第六駆逐隊の吹雪型と第三水雷戦隊隷下の二個駆逐隊の吹雪型について改装が始まる事になった。大まかにだが主力艦の通信・索敵能力の向上に対応させるため各種装置の更新、雷装を一部取り外す事と対空火器の増設が予定されてるな。よかったじゃないか、お前さんが望んでた通りだぞ」

「はぁ…、それは兎も角として第三水雷戦隊の残りの二個駆逐隊は吹雪型よりも旧式の東雲型ではありませんでしたか?」

「そっちに関しては後継艦の登場を待つらしい。改修にかける手間より新型艦を充てたほうが安く済むと判断されたんだろう。うちの改修だけでも数ヶ月は掛かるからな。その間君には…」

 

 阿部は少し寂しそうに顔を曇らす。周りで作業をしている者達も興味ありげに声を抑えてこちらを見ていた。若い海軍士官を遊ばせておくような甘い組織ではないのだからこのような場合、竹田にどのような命令が下るかは明白だった。

 

 

「航空母艦『赤城』乗組、謹んで拝命いたします。荷造りは出来ていますし、その他の雑務も済ませております」

「何時もどおりだな。暫く会えなくなるが心配するな、帰ってくる場所は用意されているんだから」

「出来ればまた空母で願います」

「はっはっは!だが次は古いが空母、しっかりとやれ。わざわざ俺にまで別れを告げに来てくれて、ありがたいとは思っとるんだぞ?」

 

 豪快に笑う阿部とは対照的に、竹田からはどこか乾いた笑いしか出なかった。正直全く笑えなかったのだ。ウィッチに近づけると思って空母乗組を目指し、長期の航海でも役立つ運用術航海学生まで修了したのに、砲術で下手に功績をあげたせいで寧ろ遠ざかるとは何の冗談なのだろう。そんな彼からしてみれば待望の空母乗組。長い道のりだったという事で再び艦隊を後にし、第一航空戦隊の根拠地へと向かった。

 

(異動となった訳ですし、山城君に何か一報送っておく事としましょう。尤も今送ったところで届くにはかなり掛かってしまいそうですがね…)

 

 

■  ■  ■

 

 

航空母艦『赤城』

 

 

「竹田拓海大尉、只今着任しました」

「空母『赤城』艦長の塚原二四三大佐だ。報告は受けていたが…若いな」

「………」

「誤解するな。能力を疑問視している訳ではない。寧ろ君に寄せる期待は君が思うよりも大きいと自覚しろ。竹田見張指揮官兼航海長補佐官」

 

 この人、プレッシャー掛けて来ましたよ。予想よりきつい職場な気がして憂鬱ですね。もう着任の挨拶も済ませたことですし、失礼してもよろしいでしょうか…。

 

「そうだ、竹田大尉」

 

はい、駄目ですか。何でしょうか。

 

「君が第二戦隊司令部宛に送った怪異についてのレポートを読ませてもらった。興味深い内容であったが信頼性に欠ける。君は何を根拠に水上型ネウロイが存在しないと判断し、何故そこまでウィッチに期待するのかね」

 

 自分になんの断りも無く報告書を流す上官たちに少々苛立ちを覚えますが、この際良しとしましょう。

 そういえばこの人は砲術校や水雷校出身であった。確かに私は第二戦隊司令部宛に送ったレポートは「魔女隊をネウロイ掃討の主力とし、通常航空機はその支援に充て、艦艇はそれらが長期間にわたって十分な戦力として機能できるような海上拠点機能・警戒機能を強化すべきである」というのが主題なのだが、それは艦隊を直接戦闘に参加させるのを避けるべきと遠回しに言っているようなものだ。自らが打って出る砲術や水雷を学んだ人間には悪い印象を与えるかもしれない。

 

「私は過去のデータから怪異が海上での長期間の行動を避ける傾向があると判断しています。そしてそれは過去の著名な学者のレポートでも示されており、怪異の根源的な性質として水を嫌うというのは事実と思われます。大陸において歴史上、河川が防衛線となった例も多々ありますし」

「魔女に関してですがこちらも歴史上、怪異に対して有効な手段足りえるものが魔女とその魔法であったという事実を否定する事は出来ず。我が扶桑に置いても海上に於けるウィッチ隊運用の研究が長きに渡って続けられ、この『赤城』もその道上にあるものです。よって…」

「男は少女に頼らなければ国を護れないと言ったらどうだ」

「………」

 

 

遠回しに言っていたのが裏目に出た格好です。これは私の落ち度でしょう。

 

 あぁ、この人苦手です。言葉に怒気が含まれていますよ。自分の中で答えが決まっているのに人に聞こうとか考えている人間の面倒なことといったら…。しかし部下の責務とは上官の意に従う事。進めるといたしましょう。

 

「通常兵器で怪異に対処は不可能と我々は解答を導き出しました。我々人類は魔女達の持つ不安定且つ強力な魔法の力を組織に組み込む事でしか、存在する意義を満たせないのです」

 

 最後は自虐だったりする。実はこの世界に来たと知った時に自分に魔力が無かった事に幾ばくの不満を覚えはした。何故自分がウィッチではないのかと、そんな利己的で自己中心的な思いに浸りもした。だが今ここにいる竹田拓海は何の力も持たないただの男に過ぎない。自分よりも軍歴の長い塚原艦長は忸怩たる思いであったのかもしれない。この人は砲術や水雷の分野からこの扶桑空母部隊の象徴とも言える『赤城』の艦長を拝命した時、一体何を思ったのだろうか。そしてこんな事を一々新任の尉官に考えさせないで頂きたい。

 しかし竹田が見る限り塚原はその答えで一応の理解を示して満足したらしい。申し訳なくは思っていないだろうが少々気を使っているかのようだった。

 

「時間をとらせてすまないな。司令にも挨拶に行くのだろう?行っていいぞ」

「失礼いたします」

 

 出来る限り静かに扉を閉め、艦内通路へと出る。こうして通路に出ると古いが良い船だと漠然とだが思う。原作どおりに事が進むとすると何れ沈んでしまう事になる訳だが、こうして乗っているとそれも勿体無いように思えてくる。自分がどれだけここで過ごす事になるかはわからないが、早く馴染まなければと決意を固めた。

 

さて、戦隊司令にご挨拶に行かなければ。……確か今の司令は…。

 

 

 

 

■  ■  ■

 

 

航空母艦『赤城』

 

 

帽子を脱いで司令がいる部屋の戸を叩く。

 

「扶桑皇国海軍第一航空戦隊空母『赤城』所属、海軍大尉、竹田拓海、着任のご挨拶にまいりました」

「入りなさい」

 

 扉を開く。そして静かに扉を閉める。この作法は候補生時代前から教官にみっちりと叩き込まれたおかげで問題なく動作が可能だ。知り合いには流れるような美しい動きをする化け物がいたが、自分も及第点ぐらいには言っていると自覚している。上官に向きつつ敬礼、のついでに室内を確認する。幸いにも山本司令以外に上級士官や将校はいなかった。状況が複雑化すると敬礼も面倒になって混乱するので個人的にはいいタイミングだったと安堵するほか無い。

 

「竹田拓海大尉、本日より第一航空戦隊所属空母『赤城』の見張指揮官兼航海長補佐官を拝命いたしました。今後とも願います」

「竹田……あぁ、あの竹田君か。話は聞いている。まあ座りなさい」

「はっ」

 

 挨拶をして帰るつもりだったのだが、よほど扶桑皇国海軍の人間は部下を弄るのが楽しいのか、それともただ単に暇なのか。取り敢えず近くにある来客用の椅子に座る。腰を下ろした竹田に山本がかけたのは意外な質問だった。

 

 

「ところで竹田大尉。羊羹は好きか?」

「は?」

 

 

■  ■

 

 

 

「君はブリタニアに行った事があるそうだな。どうだった?」

「はぁ…どうと申されましても古き良き伝統を残すロンドンにて本やらティータイム等を堪能した以外特には…」

 

会話が続くが表情が変わらない竹田。個人的には「ほぉ、これがかの虎屋の羊羹かぁ~」等と物思いに耽りたいものだ。今は従卒の方がお茶を入れているのを余所に、司令の話に付き合わなければならなくなってしまった。

 

 

「確か向こうの海軍兵学校に行ったんだって?HMS ブリタニアか」

「はい。仰るとおりです。向こうのほうで友人も出来ましたし、貴重な時間を過ごす事が出来ました」

「俺も軍縮会議でブリタニアまでついてったことがあるんだよ」

 

テーブルに扶桑茶が出された。紅茶と扶桑茶どちらが好み?と訊かれると「茶菓子とその茶席次第ですかね」と考える自分としては今は扶桑茶が素直に嬉しい。

 

「ところで君は今まで戦艦に乗っていたそうだが、海軍の今後についてはどう考える?」

「海軍、ですか…」

 

 

山本司令は静かに頷いた。

 

 

 この人はかなり前から航空主兵論者であった。史実のそれは戦艦で米国と建艦競争しても負けるといった理由も大きかったが、空母と航空機に力を入れているここ扶桑においてもその考えに変わりは無いようだ。

 

「これは現在の皇国海軍の方針とも重なりますが私は今後、航空機の性能向上に伴って空母と航空機体の戦力価値が飛躍的に増大していき、相対的に戦艦の地位が低下すると考えています」

「その心は?」

「航空機の航続距離と速力です。広い領域を防衛するためには艦船よりも迅速に脅威に対応可能なヴィークルが必要不可欠です。現在、航空機の発動機・設計・素材等々の発展は著しく、その搭載能力の増大も相俟って今後は艦隊の火力の大半を担うものとなってくると考えております」

「他にも、船と言う特性上、水平線以遠の補足が不可能な艦船よりも、高空から広域を警戒可能な航空機を優秀な無線によって友軍と連携させれば今までとは比較にならない探知能力を艦隊が保有する事が出来ます」

 

 考えたのは私から見て過去の人物達だがこの時代よりは未来にあたる人間達だ。否、今既にいるだろうが未来で活躍する人間達と言ったほうが適当かもしれない。

竹田の答えが予想と異なっていたのか、山本は少し意外そうだった。

 

「君は砲術の人間と思っていたが航空にも関心があったのか」

「今後、怪異の進化が続く事を考えると発展著しい航空機を活用していく事は至上の命題であると考えておりますから」

「ではウィッチは君としてはどういう位置にある?」

「ウィッチ…ですか」

「この世界にとっては救世主。そうとしか言えません。今まで我々が歴史上経験した怪異による災いの全てを彼女達は祓って来てくれました。我々にとって彼女達は単なる戦力ではなく、ある種の希望ではないかと最近は思っているのです」

「面白い男だな。塚原から新任の変な奴が挨拶に行くと連絡を受けていたんだが、中々に興味深い」

「恐縮です」

 

 褒め言葉でない気がするが褒め言葉として受け取る。そういうメンタルでないとこの先やってはいけないだろう。

 

「しかし時間も遅いしな…。最後に君は海軍で何をしたいのか、又は海軍を如何したいのか、その野望を聴かせてもらおうか」

 

野望…。この司令、確実に楽しんでいますね。目がいたずらっ子のそれですから。

 

「そうですね。今のところ私は海軍内部で粛々と任務に当たり、実績の積み重ねを行うつもりであります。海軍を如何したいかということについては…」

 

 

 

 

 

 

 

「私は扶桑海軍とその艦隊を『予想される対怪異戦に対応できる』ように変えていきたいですね」

 

 

 

 

 

 

 満面の笑みで申し上げました。その後、出された羊羹を平らげ、お茶のお替りを頂いた後に退室させていただきました。いやはや、扶桑の将校と言うのは変人が多い。山本司令にしても部下にも気さくにあたると評判でしたがまさにその通りでしたね。まさかただの尉官に対してここまで時間をとっていただけるとは…。

 

 

貴重な時間だったかもしれません。

 

 

 

 私は太平洋戦史において重要な人物と異世界とは言え直に会う事が出来て興奮していたのでしょう。その後、就寝まで気分よく過ごせましたから。後になって思えばこの時の言動やら何やらが原因だったのだなぁと、苦労させられる事になる訳でありますが…。

 

 

 

 

 

 

■  ■  ■

 

 

 

扶桑皇国陸軍第20師団第10独立飛行隊

 

 

「副長~お手紙ですよ~」

「んぁあ?ああ、そこ置いといてくれ」

 

 寒い。この時期の大陸は冗談抜きに寒い。本部がある半島のほうも今年は寒いと聞いているが山城にとっては今この身を刺すような寒さだけが気になるところであった。北からの寒波によって平均気温が氷点下となる事も珍しくは無く。基地の窓は凍った水によって開かなくなっている箇所すらあるそうだ。

 そんな中で山城は基地内の談話室に置いてあるストーブの温みを仲間達と満喫しつつ、トランプ遊びに興じていたのだった。部下が置いていった封筒を手に取ると、送り主を確認する。するとそこには見覚えのある人物の名が記してあった。

 

「竹田拓海…連絡先交換したんだった。確か異動になりそうとか言ってたな。何々…?」

 

 そこには数ヶ月前に出会い、転生者たる自分達の今後について話し合った相手が望みどおり空母に転属になったという内容が綴られていた。ぱっと見るだけでも字体の丁寧さが目に付く。自分もそこまで汚いと言う印象は無いが、他人の字と言うものは実際よりもうまく見えてしまうものであった。

 

「女か?」

「違う違う。俺が内地に戻った時に会った知り合いからだよ」

「海軍さんじゃあないか。何々…?『私、竹d――

 

暇を持て余すと人間はしょうも無い事で時間を潰す。山城の手紙と言う新たな玩具を手に入れた彼の同僚達がその良い例である。

 

「あ゛ぁ~。もううっさいな!静かに読ませろ!」

「「ん」」

 

 

 山城に場所を空けるよう指図する二人。この談話室の中は外と比べれば格段に暖かいが、ストーブから離れるとその恩恵は受けづらく感じてしまう。手紙をとるか、暖を取るか。勿論ここで手紙を後で読むという選択肢は無い。

 已む無く山城は近くの長椅子へと体を移した。一人分のスペースが開いたため、残った二人がそれを悠々と使い始める。実に嫌味な奴らだと山城は苦笑した。

 意識を手紙に移す。どうやら件の海軍士官はお望みどおり空母に乗り込むことになったらしい。確かにそれが飛行科の人間としては当然の流れであり、今まで戦艦に乗り込んでいたことが可笑しいのだ。所属する戦隊も第一艦隊第一航空戦隊。まさに航空屋の目指すべき夢にたどり着くためのベストな通過点だろう。

 素直に尊敬してしまう。そう考える山城であった。彼が今いるこの地域はオラーシャとの国境線近く。今はたびたび怪異が出現しており、偵察隊と連携してそれを潰していく事が彼ら第10独立飛行隊の役目であった。独立性の高い偵察隊との高度な協同能力が必要となるために小規模だが精鋭戦闘機部隊を付ける事によって、より迅速に怪異に対処可能としている。故にここの司令部は本部司令部からかなり大きな権限を与えられている。

 

「しかし『赤城』かぁ~。真珠湾攻撃の時の旗艦だった空母だっけ?うろ覚えだわ」

 

 どんどんと読み進めていく。検閲も考えて機密に関わるような事も転生者や原作知識に関することも書かれてはいない。その代わりと言っては何だが大陸で任に当たっている山城のために内地で話題となっている事や、その他の世間話などが多い。気を使わせているようで何だか申し訳なくなってしまった。しかし、その下の方の文に目が留まる。そこには海の事に疎い彼でも分かる、否、覚えていた名前が記されていた。

 

「そうか、1Sfの今の司令はあの山本五十六か…」

「お?副長何か気になる事でもあるんですかい?」

 

 気づくと先程までストーブに向かっていた二人がこちらに向き直っている。自分が抜けたおかげでゲームがゲームにならなかったようで、近くのテーブルにトランプのカードが山を作っていた。

 

「いや、名前を聞いたことがあるくらいだ」

 

 史実では連合艦隊司令長官まで上り詰める男だ。竹田がどのように彼に接触するのか、それとも関わりを避けるのかは分からないが、同じ世界出身の友人の頑張りを知ると応援したい気持ちに駆られてしまう。自分が人間として20代後半になって大人になったと言う感じがしないのが不安であるが、この手紙の送り主は彼なりに奮闘しているのだろう。前にあったときに思ったが、年下なのに年上に思えてくるのだ。一体彼は前世で何をしていたのだろう?今度あったら聞いてみようと決意した。

 

「おい!そこの遊び人共、1430に格納庫に集合だ」

「「了解」」

 

 

では寒空の下に飛び出すとしよう。

 

 

 

 

■  ■  ■

 

 

 

「てめぇら遅いぞ!集合かけてから何分たったと思ってる!」

 

5分も経っておりません少佐殿。

 

「「申し訳ありません!」」

「まあいい、今日はうちに新しく配属される隊員を紹介する。試験的な運用となるから今後の部隊行動は若干変則的…今に始まった事じゃないな。まあ慣れろ。そして変な気は起こすなよ」

 

 なんの忠告だろうか。確かにこの第10独立飛行隊は他の部隊とは一線を画す。それは他の独立飛行隊のように偵察や爆撃を専門とせず、偵察部隊と小規模戦闘部隊を統合運用した司令部直属の機動運用部隊である点だ。実際は飛行場が少ないこの地域において運用可能な部隊を一纏めにしておいたほうが管理しやすいと言う事務方や支援部門の意向も強く反映されているのだが、前線で且つ怪異に対処する事も最近は増えてきており、最新機材のテスト場としての面も強い。

 従って、機材や部隊の運用方針が変わることなど多々あるのだが、今回は態々飛行隊長自らが招集をかけるほどである。それほどに大きな話なのだろう。個人的には基地内部の暖房を完備して欲しい。割と重要な問題であるから金が無いとは言え検討はして欲しい。

 

 

そんな不埒な事を考える山城であったが、その後に隊長が連れてきた人物を見て言葉を失った。

 

 

 

「大室一葉少尉だ。試作偵察機の試験、及び我が隊の偵察部隊に配属となった。皆、宜しくやってくれ」

「…………」

「ご紹介に預かりました。大室一葉陸軍少尉であります。本日付で第10独立飛行隊偵察部隊に配属となりました。試験につきましてご迷惑をおかけする事もあるかと思いますので、今後ともどうぞ宜しくお願いいたします」

 

 

((ウィッチ……ッ!!))

 

 

 

正直なところ男連中はむさくるしい任地に少女がいると言う事実に興奮して話を聞いていなかったりする。

 

 

 彼らの目の前に立ったのはこの部隊の人間と比べるとやはり小柄な少女であった。肩までかかる美しい黒髪と整った顔立ちは息を呑むほどだった。彼らが女に飢えていたといえばそれまでだが、彼女のそれは内地でも中々のレベルだろうと言えた。

 

男達によるウィッチ観賞会は部隊長による喝があるまで続いたのだった。

 

「山城、彼女の部屋やら何やらはお前が教えてやれ。後で資料渡しとくから」

「は!……は?」

 

 何故自分なのか、当然の疑問である。他の隊員たちも疑問と嫉妬の入り混じる視線で山城と上官を見つめていた。一部の人間は面倒ごとから逃れられそうだと既に我関せずを貫こうとしていたが…。

 

「今回お前にはテスト飛行を行う大室少尉と観測班とともに試作飛行脚のテストに参加してもらう。それぞれの問題点を洗い出すから友人程度に交流を持っておけ。」

 

 テスト…。ウィッチが行うテストとなれば当然ストライカーユニットの試験なのだろう。だがそれと一人の空中勤務者に過ぎない自分と何の関係があるのだろうか。

 

「隊長、私は空中勤務者、それも戦闘機パイロットなのですが。一体何の役にたつのでしょうか」

「何ってそりゃお前…」

 

 

 

 

 

「敵役だよ」

 

 

 

 

  ■  ■  ■

 

 

 

 

「じゃあ行こうか」

「はい…」

 

 

 空気が重い。そりゃそうだ、「逃げる少女」と「追う男」――恋人同士がいちゃついているなら兎も角、今日知り合ったばかりの間柄である。任務だから仕方が無いとは言えやはり嬉しくは無い。格納庫から歩き出して今まで何一つとして会話が続かない。

 

 

「しかし凄いね。少尉なのにテストパイロットか…。よほど優秀なんだろうね」

「え!?あ、あの…偵察隊は希望者があまり多くなくて…テストにしても技術系出身だったからで…」

 

 この少女、先程のはきはきした挨拶は事前に準備していたからのようで、実際とはまるで逆であった。しかもあまり自分に自信を持っていないようで、確実に今の自分の発言をプレッシャーに感じている。山城は明らかに失敗であったと自らの発言を反省した。

 

 

 

「こっちは寒くて辛いけど、談話室と食堂にはストーブがあるから暖かいよ♪」

「は、はぁ…」

 

 

「………」

 

「………」

 

 

親しみを込めて話しかけた今の自分を客観的に検証する―――気持ち悪かった。

 

 

 そうこうしている間に大室に与えられた個室に到着した。戦闘要員ではないためにそこまで格納庫とのアクセスが優遇されているわけではないが、それでも大して遠くない位置にある部屋である。中は狭いが一人部屋としては十分だろう。掃除もいつの間にか済ましてあるようで清潔であった。

 

山城は大室を部屋に入れると扉の前で停止した。

 

「あの、どうされたんですか?」

「いや……仮にも女の子の部屋に男子が入るのはさ…」

 

 彼としては基地の地図やその他の書類だけ渡して帰りたかった。前世から待ち望んでいたウィッチと直に話しているわけだが、この世界で20数年と生きているとさすがに染まってくるもので、あまり男子がウィッチと接触するものではないよなと思ってしまう。手を出しそうとは微塵も思わないが、嫉妬を買うのが怖いのだ。

 

 

「1800に夕食だからその時に迎えに来るよ」

「あ、一人で…「食堂の位置、わかる?」……お言葉に甘えます」

 

 基地内部の構造を理解しても実際に足で赴かなければ完全ではない。出来れば今から案内出来ればいいのだが、残念ながら山城はこれから訓練が入っていた。副隊長としての責任を果たすためには参加する義務がある。大室も自分の荷物を整理する時間が必要であるし、食堂の場所やその他の事についてはまた後で教えておけばいいだろうと決めた。

 

 

「じゃあまた後で」

「はい。ありがとうございました」

 

 

 少しではあるが会話が出来るようになってきたと早々の変化に若干の嬉しさを感じつつ、山城はまた大地凍る寒さの中で空へと飛び立つのだった。

 

 

 

■  ■  ■

 

 

 

 

横須賀海軍工廠

 

 

 日が頭の真上に位置し、一日も残り半分をきった。扶桑皇国海軍の軍艦の建造を任されているこの工廠では、連合艦隊の明日を担う新型艦の建造が進んでいた。第一艦隊所属の旧式艦艇の一部にはここで改装されている物も多い。

 

 

「司令、竹田の奴が寄越した報告書。上の方ではどういう見方なのですか?」

「末次長官や他の司令官、後はネウロイについての報告書は軍令部のほうの知り合いにも送っておいた」

 

 太陽が照らしつける下で話し込むのは連合艦隊第一艦隊第二戦隊司令長谷川宗司海軍少将と同参謀長三科宥海軍大佐であった。彼らは改装をかねた整備を行っている自分達の部隊を眺めつつ、他の部隊へと転属となった弟分について話していた。

 

 

「功績を挙げただけでかなり大きく扱われますな。竹田大尉は」

「お前もそうは思うとらんのだろう?」

「ばれましたか」

 

 

 眼前では司令部がある『紀伊』がその巨体を見せ付けており、上部構造物には幾つもの足場が組まれ、船台にあるガントリークレーンでは重量物を吊り上げている。今回の改装では試作電探を搭載し、運用テストを行う事になっている。実用化に向けて問題点を洗い出そうと言う事なのだろう。尤も乗員の大半は電探など眉唾物と思っていたりするのだが。

 三科は以前、竹田が電探の開発と運用について熱心に語っていた事を思い出す。新技術に積極的なのは良いが、軍というものは基本的に新しいものを信用していないと言う事を彼は一体どれだけ理解しているのだろうか…。しかし勉強熱心なのは知っているし、三科としても竹田がその階級相応の能力がある人間であると認めていた。

 

 

「顔が、な。奴の家柄にしても軍としては無視は出来ないと言う事なのだろう。竹田の家は軍にとっても産業界にとっても大きな影響力を持つからな。奴が離れようとしてもそうそう簡単にいくものでもない」

「それもそうですが、彼と話していると何だか自分の師と話しているような気分になってしまって不思議なものです。彼の実際の年齢は一体幾つなのでしょうね?」

「確かに、俺もたまにあれを同年代だと思ってしまうときがあって困る。どういう育て方をしたらああいう人間が出来るのだろうな」

 

 彼らがたまに思うこととして竹田がその年齢以上に大人びて見えることであった。普通あの年代の士官と言うのはまだ娑婆っ気が抜けていない事も多いのだが、竹田に関しては自分達の同期、否それ以上に大人びて見えた。老けて見える程ではない為に違和とまではいかないが、彼の独特の雰囲気は共にいて不思議と頼もしく感じられるのだ。

 

「怪異についてもそうです。まるで彼はこの後起きる事を知っているかのように確信を持って持論を展開する。その内容に関しても納得できる部分が多いからまた感心してしまう…」

 

 先日送ってきた報告書。それらは過去の怪異の発生事案から歴史や伝承まで持ち出して、ネウロイの特性や基本的な法則等を纏めた物であり、その根拠にしても理解できる点が多く、今後の対ネウロイ戦に関して極めて有効と言えた。竹田からしてみれば前世での知識をこの世界での知識と組み合わせてもっともらしく纏めただけなのだが…。

 

「未来人なのかも知れんぞ?」

「巷で流行の空想小説のようですな。しかし彼はあまり現代人に入れ知恵はしてくれないようです」

「タイムパラドックスだったかを心配しとるんじゃないか?」

 

あまり無い知識を絞る長谷川。会話は既に雑談の域に入っていた。

 

「どうでしょうな。彼のことです、今頃『赤城』での新たな任務に慣れる為に勉強している事でしょう」

「そうだな、奴がここに帰ってくるかは解らんが俺達は俺達の仕事をするだけさ」

「大廠が稼動を始めましたし、S廠の建造も進んでいると聞いております。それに加え竹田や阿部を始めとした後進が育っているのを見ると、海軍の今後も明るく思えますな」

 

 少し遠い船台では駆逐艦群の改装が行われており、対空火器の増設や通信機器の新型への換装などが進められている。いずれも今後予想される戦場を考えての事だ。既に整備計画は承認され、既存の空母で得られたデータを基に次世代空母が建造される事になった。その他の艦艇についても同様である。航空機についても一部は陸海軍共同での研究開発が行われており、ネウロイに対抗可能とされるウィッチの養成、次世代魔導脚や航空機の研究も進んでいる。

 二人の男は海軍の象徴とも言える艦で勤務することになった可愛い弟分の苦労と頑張りを思いつつ、その彼が警告した未来の脅威を漠然とだが考え始め、明日来るかもしれない怪異の嵐の予感に心を曇らせていた。

 




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