蒼光を仰いで   作:試製橘花

10 / 12
第十話 「不安を隠して」

フルン湖東部

 

 ハイラルより201号道を使って輸送車両で一気に南西方面へ移動。その距離40km。所要時間は一時間余り。予定通りの行軍の後に構築が完了した陣地にて敵集団の来襲に備える部隊があった。

 

「観測機から報告あり、第3陣地南15km地点にて敵集団を確認」

「後方の砲兵連隊に前線観測機と連携しつつ、敵集団に対して射程に入り次第阻止攻撃を加えるよう要請しろ」

「了解」

 

 

 数分後、指揮所を兼ねる中央陣地後方に展開する野砲連隊が開戦の号砲を鳴らす。105㎜砲のそれが発揮する火力は、従来の75㎜砲では到底実現する事はできない程に大きなものであった。陸上怪異の上方から40kgを越える流弾の雨が降り注ぐのだ。中型以上は堪える事が出来ても多数の小型怪異には有効打足り得た。彼らにとっては不幸な事に観測射故の精度の甘さもあって大部分は残存したが、これで中小の怪異に重砲が有効打足りえることを実証できたといえる。

 即座に観測班から射弾観測の報告が集まってくる。それらの情報を用いて速やかに射撃修正の判断を行わなければならない。

 

「修正指示、送りました!」

「司令、第4陣地東部から敵集団の接近を確認」

「魔女隊の展開陣地か…。今そちらに野砲連隊の火力支援を向けることは難しい、規模は?」

「凡そ一個中隊規模と……」

「堪えてもらうほか無い。こちらの敵集団の阻止が済み次第、第4陣地の支援に移行する。野砲連隊は移動準備を始めるように」

 

 魔導歩兵中隊はその希少性から配置される陣地は4つの陣地の中でも比較的強固な防衛陣地とされていた。重迫、中戦車、軽戦車によって構成されるそれは海拉爾と南部の町を結ぶ201号道を防衛するという重要な任務があり、車両の移動が楽な道沿いにあるために後方拠点からの支援も受けやすい。加えて東部は川になっているために怪異の不意打ちも避けられると判断されていたのだ。

 無論、敵主力が進出してくる南部からの攻勢には対処する必要があるが、それでもなおフルン湖から201号道までの60㎞余りの防衛線のなかでは最も堅い陣地といえる。

 

しかしそれでも、怪異との実戦経験の無さは戦闘に際し悪影響を及ぼすものであった。

 

 

「右!中型2!」

「竹中、叩いて!」

「了解しました……っ!」

 

 ちょうど彼女らを分断するかのような形で怪異が弾をばらまき、連射された砲弾が荒れた道に痕を描いていく。第4陣地は既に最も外周の防衛線を放棄、戦力を後退させ防戦を展開していた。見渡せば軽戦車や装甲車の残骸が見受けられ、戦況の厳しさを物語っている。

 

「糞っ!あの面倒な奴が居なければ……」

 

 少女はやや上空を睨む。中型や小型の陸上型が質量弾を撒き散らしながら前進する上空を飛ぶ奇妙な物体。空中で制止、低速飛行を繰り返しながら地上部隊を攻撃するその怪異は、まるで西洋の杯のようであり、その異様さも相俟って早くも扶桑陸軍から恐れられていた。

 

「堺、喧しいよ。味方で対空攻撃可能な車両が優先してアレに対処してるんだから文句言わない。まぁ3割程度しか減ってないけどね」

「あんたねぇ!大体、相手に航空戦力が確認されませんでしたってのは何処のどいつの大法螺よ!」

 

 後方の陣地から軽戦車から派生した自走式対空砲が、連装の機関砲を射撃し続けている。しかし悲しいかな、公算誤差の大きい自走式対空砲の射撃は飛行型に対し有効とは言いがたく、逆に撃破されている始末である。

 

「堺!竹中!前方に大型1確認。潰せ!」

「「了解!」」

 

 前方500mといったところだろうか。中型や小型の怪異から少し離れた位置に4脚の大型怪異がいた。人間に例えるのも可笑しな話かもしれないが、まるでブリッヂをしているかのような形体であり、人間で言う腹の部分に当たる位置にある球形の物体が大きな特徴となっている。

彼女らは自らが駆るユニットの速度を速め一直線に大型へと接近する。

 流れるように中小の怪異を避けながら、怪異の攻撃によって破壊された道を突き進むのはかなり神経を使うが、その間でも避けきれない攻撃に対してシールドを展開できるあたり、彼女らが数少ない陸上魔導歩兵として特別な待遇を受けている理由を物語る。

 

「堺、私は右からやるから」

 

 簡潔に宣言する少女と無言で頷く少女。左からいく場合、所々破壊されているとはいえ道を使えるが、雑魚が多いためにかなりのテクニックが必要とされる。対して右は雑魚が比較的少ない代わりに(無論それは左と比較した場合)道ではなく荒れた大地を行く事になる。加えて道よりも低い土地を進むために高所を敵大型に取られる事になり単純な戦闘技能だけで切り抜けるのは至難の業だ。それでもあえてそれを選び、決断したら即実行といった風に右へ逸れていったあたりに彼女の肝の据わりようがわかる。

 

 

(では私も行こう……)

 

 堺と呼ばれた少女は少し身を屈めると再び加速した。

前方には中型が2体、小型が5体、飛行型が1体とまず単独では突破は不可能な規模だ。彼女は走行しつつ腰の通信機を手に取ると頼りの仲間に助けを乞う。

 そうこうしている内に前方敵集団からシャワーのように攻撃が放たれてくる。彼女はまず中型が放った砲撃を左に避けつつ流れ弾をシールドで防御、その後に敵先頭の中型を盾にしつつ回り込み敵右翼の小型を突破した。

飛行型がこちらに接近しつつあるのを確認すると敵中型の下に潜り込み飛行型の第一撃を回避、攻撃の雨が小休止に入ったところで盾にしていた中型の底を射撃ついでに反動と共に離脱する。

 

(残弾は……まだある)

 

 手持ちの弾を確認した後、自身を囲みつつあった小型の内一体を踏み台にして奥の中型に飛び乗る。そのまま中型の砲台らしき部分に砲口をつきつけ、ほぼ零距離で射撃した。

 

「くっ……!」

 

 中型から飛び降りると、反動と爆風が展開したシールドに圧力をかけてくる。この時点で彼女は大型までの道中にある障害の内、中型2体、小型2体を撃破していた。中型の撃破を確認すると体勢を立て直して再び大型を目指す。

後方から撃ち漏らした小型が攻撃を加えてくるが気にしない。崩壊が始まっている中型を盾にしつつ一直線に大型を目指す。既に彼我の距離は200mまで詰まっているが、命中精度の悪い携行型対戦車砲で確実に動きを止めるためにはまだ接近する必要がある。

 右を見ると破竹の勢いで進む竹中が視界に入る。中型や小型を蹴散らしながら進むその姿はよく言えば勇往邁進、悪く言えば暴虎馮河といったところだろうか。所々擦り切れ、焼き焦げた服が戦闘の激しさを思わせる。そんな余所見をした一瞬の事だった――

 

 

「っ!」

 

 

前方の大型から轟音とともに大質量の砲弾が、堺に向けて放たれたのだった。

 

 シールドを展開すると共に直撃コースから速やかに離脱する。しかしその時、不幸な事に左脚を破壊された路面の瓦礫にぶつけてしまい大きく姿勢を崩してしまった。

直後、201号道上を光と熱、そして音の衝撃が伝搬していく。崩壊中の中型や、まだ残っていた小型の怪異、軍の装甲車の残骸や土嚢をも巻き込んで。

 耳をやられないように強く塞いでいたが、落ち着きと共に手を下ろす。其処には先程まで居た雑魚は姿も見えず、一部の小型と装甲車の残骸が大きく抉れた骸を晒していた。

 

「すぐに復帰しないと……」

 

 幸いにも目立った怪我は無い事を確認すると堺は倒れた身を起こす。直ぐにでも戦闘に復帰しなければ、今なお単独で戦闘を続行しているであろう竹中が危険に晒される事になるためだ。

その時、頭上に忌々しい影を見つけた。

 

 

「君も一緒にやられてくれれば良かったんだけどね……」

 

 

 飛行型が3体。何時の間にやら2体増えているが、それが迎撃に当たっていた味方部隊が壊滅した事を意味していなければいいなと、堺は不謹慎にも考えていた。飛行型の攻撃は単体ではそこまで脅威ではないが、こうして複数機でこられると単独で対処するのには骨が折れる。加えて今は体勢が整っておらず、迎撃もままならない。万事休すかと思ったそのときだった。

 

「うっ……!」

 

 激しい衝撃とともに飛行型のうち1体が一瞬で粉砕した直後、1体、また1体と飛行型が撃破されていく。

 

「これは……」

 

 驚愕に顔を染めた時、幸いにも泥を被った程度で済んだ通信機がノイズ交じりの声を響かせた。

 

『さっさと立て。遅れ馳せながら援護する』

 

 それは同じ部隊に所属する陸上ウィッチ、齋藤彩の声だった。彼女の戦闘脚は遠距離支援用に安定性を重視した設計となっており、先程の攻撃もこちらの手の届かない遠方からの狙撃だろう。

 

『速くしないか、此方は竹中の援護射撃も並行してるんだ。今の弾倉を使い切るまでには復帰しろ』

 

 言葉に叩かれるように屹立する。戦闘脚に目立った不具合は感じられない。魔力の流れを調整し、携行火器を握る手に力を込める。

既に自分が突破してきた雑魚は皮肉にも標的である敵大型によって一掃され、厄介だった飛行型も味方の援護によって脅威度は低下していた。

 

 

「不肖、堺文香……参る!」

 

 

疾風迅雷、一閃の魔力光とともに少女は駈けた。

 

 

■  ■  ■

 

 

 

 硝子が割れた様な繊細なようで雑多な不協和音とともに白い光が満ちている。彼女の目には部下の手によって完全に撃破された大型怪異の崩壊していく様が映っていた。サングラスのおかげで強い光には耐性があるためそう心配するほどでもないだろう。

 

「大型の撃破を確認。……まぁこれだけ戦果を上げれば申し分ないでしょう」

 

 戦闘の惨禍が形となって刻み込まれた大地にあって、その少女の声は対照的に陽気そのものだ。側に伏せて自動砲の照準器を覗き込んでいた齋藤が怒気を孕んだ目で睨む。

 

「隊長、貴女の指揮能力や作戦立案能力には敬服するが、少しは働いて欲しいものだ」

「私が働くその時は、恐らく部隊としての戦闘能力を大きく減じられている事でしょうが、貴女方が死ぬような事態を防ぐ程度には働きますよ」

 

一人ぼっちは嫌ですからね、と付け加えた。

 

「しかし貴女の“それ”はどうですか?試験も兼ねた実戦になってしまって、申し訳ないのだけど」

 

彼女は齋藤の横にある大型の銃を見る。

 

 九七式自動砲、それがその銃の名称だ。まだ部隊配備も進んでいない対戦車兵器。本来はさらに多くの人間によって運用される大掛かりな兵器ではあるものの、陸戦魔導兵として使い魔の補助、魔法力による補助を受けている彼女は、サポート役の陸戦魔導兵一人とペアを組む事で運用していた。

その威力は中小の怪異であれば正面から貫徹する事が可能であり、大型であっても有効な打撃力を有する。20㎜の大口径銃は既に砲として分類されるべき火力に昇華していた。

 

「取り回しが利きませんからね。角田と私の二人で運用できますから移動は楽ですけれど、完全な支援用火器になるかと…。それと装弾数を増やしてください。さすがに少なすぎます」

「では齋藤さんがそれを両手持ちして、敵陣深くで一騎当千の活躍は「有り得ません」…そうですか」

 

 海軍さんの機関砲でも盗ってきますかなどと不穏な事を呟きながら、目と口だけ笑ったまま困り顔になる。器用なものだと常々思う。

彼女は書きとめていた資料を纏めると、指揮下の部隊に交替で警戒に入るよう指示し、指揮所へ戻らんと身を翻した。

 

 

「あ、そうそう齋藤さん」

「何ですか?」

 

 さも今思い出したように振り返る。どうせこの会話の流れが好きでそうしただけなのだろうに、こういったことに妙に拘る当り、個性的な人間が集まるこの部隊を率いる人間らしい。

齋藤はやや疲れたように問いに応じた。ここで無下に扱うと暫く不機嫌になるのは経験済みである。表情や言動には表れないが、雰囲気で分かるそれは面倒なことこの上ない。

 応じられた彼女は笑顔を貼り付けたまま、もと居た位置に舞い戻る。土埃で汚れた髪が廻る身体を囲うように舞っている。彼女は齋藤の耳元に口をやると囁く様に言った。

 

 

「この後、我が隊はフルン湖西部を残敵を掃討しつつ迂回しバルグへ移動します。細かい説明は10分後、今のうちに休むよう伝えてください」

「……は?」

「上級司令部からの命令です。西方から今、フルン湖東部に展開した敵集団。哀れにもそれからはぐれた小集団がフルン湖西部に確認されました。包囲網構築のために無視は出来ません」

「機動力に優れる我々を遊撃部隊として運用するつもりですか、司令部は」

 

 齋藤が問い直そうとする時には既に姿は見えず。齋藤の頭には彼女、扶桑陸軍陸上魔導兵中隊長、伏見忍少佐の言葉が反芻されていた。

 

「厳しい戦況だからこそ、使い易い機動戦力としての魔女隊を最大限利用するという事ですか。暫く休めませんね」

 

 疲労感に沈みそうになる意識を現実に引き戻した齋藤は、警戒に入っていた魔女と部隊員に休む旨を伝えに行った。正確性を重視して自分だけで伝えにいったのが悪かったのか、結局彼女自身はゆったりと休む事が出来なかったというのは隊長である伏見の想定内だろうか、それとも――

 

 

 

■  ■  ■

 

 

 

フルン湖北部

 

 扶桑皇国陸軍所属の車両が、あまり満足に舗装されているとはいえない道に並ぶ。輜重部隊、工兵が多めのそれは、純粋な戦闘任務を目的としているというよりかは、別の目的を持っているかのような編成であった。

彼らが何をしているかと言えば、フルン湖とエルグン川とを繋ぐ用水路を埋め立てること。本々が多雨の年に湖から溢れる水を、出来る限り逸れることなくエルグン川へ合流させる事を目的に作られたものだが、この状況下では大部隊の移動に邪魔になるだけと判断されたらしい。

 リベリオン製や国産の重機が黒煙を吐きながら作業を行っている外を戦闘部隊が警備する。今のところ予想された敵襲は無いものの、急いで作業を完了させなければ西部の満州里市からの増援も満足には受けられなくなってしまう。

 

「しかしここまで敵が来ないとなると、逆に時間を稼いでくれているらしい味方部隊が心配になってくるな。本当に大丈夫なのか?」

「信じるしかあるまいて。連中もそれを覚悟した上で戦闘職なんだ。俺らに出来るんは、この作業を出来る限り速く終わらせる事っ」

「だな」

 

 重機から黒い煙が立ち込め、周りを油の臭いが充満する。国産機の割合は年々高まってはいるものの、やはりこの分野では自動車大国であるリベリオン合衆国に遅れているというのが悲しい現実であった。

 

「しかし、反攻ったって化物の本隊は北なんだろ?こっちの奴らを倒したって……」

「んなこと俺が知るかい。精々北に配属されなくてよかったと——」

「そこ!口を動かす前に手を動かせ!」

 

 無駄愚痴話に意識を移しがちだが此処は戦場。何時襲われたとしても不思議はない。既に夕刻に差し掛かり、赤い夕日はフルン湖を鏡に空と湖の両面から雲を染めるようだった。

彼ら工兵が只管に作業をするなか、その車列の一部の指揮通信車両の車内では指揮権を持つ人間が集まり、この広大な地域を図示した地図を広げ、時折表記を加えたり駒を動かしつつ黙々と作業を続けていた。

 

「埋め立て自体はまもなく完了します。部隊移動の準備は既に始めておりますので、作業完了次第移動を開始できます」

「ご苦労だった」

 

 視線を地図に戻す。司令部からは埋めたて作業が済み次第、満州里駐留部隊のフルン湖東北部への展開を支援しつつ東部に移動、司令部から来る野戦重砲連隊の支援に入る事になっていた。

フルン湖北部と海拉爾方面を往復する大移動、ここまでの道中で消耗した機材も多い。しかしその補給を受ける事は暫く叶いそうになかった。

 

「戦闘中の第8国境守備隊より通信、『ワレ所定ノ目標ヲ達シツツアリ、作戦計画ニ沿イ後退ヲ開始スル』、以上です!」

「工兵第26連隊、用水路埋め立てが完了しました!」

「よし、では往こうか」

 

 既に準備を終えた車両群が一両、また一両と煙を吐き出しながら前進する。太陽が沈み始めている。この地域は砂漠地帯特有の熱し易く冷め易い特徴を有しており、今までの苦しい暑さから解放される一方で車両の扱いに気を配らねばならない。

エンジンや足回りを強化した新型といえど、厳しい自然に立ち向かうにはやはり人の力が必要だ。

 砂漠迷彩が施された軽戦車を先頭に、埋め立てられた道を行く。支援部隊によって道が造られ、後方から来援する主力部隊によって着々と包囲網が構築されている。扶桑陸軍司令部は、敵怪異主力たる北部に展開する山の撃滅の前段階として、ここフルン湖東部に展開する敵集団の撃滅を企図した。

 

 

扶桑皇国大陸軍、その精鋭5個師団以上を投入する第一次反攻作戦『コ号作戦』である。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。