蒼光を仰いで   作:試製橘花

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凪の巨木
第一話 「同郷の仲間」


「荒れていますね……予想通りではありますが」

 

「若き参謀は荒天の先に目を向け、うら若き戦乙女に思いを馳せるか。青春だね」

 

あまり調子付かないでいただきたい。

 

 戦艦『紀伊』参謀、竹田拓海少佐はそう笑いかける上官を戒める。自分よりもキャリアを積んできた相手には不敬とも思われたが、当の本人は微塵も気にかけていないようだった。

 ここは扶桑海――どちらかと言えば大陸に近いといえるだろうか。嵐の中を進むのは扶桑皇国海軍新鋭戦艦、『紀伊』型戦艦のネームシップである戦艦『紀伊』であった。長門が他の拡大発展版として優秀な高速戦艦として完成したそれは、第一艦隊第二戦隊の中核をなす戦闘艦として荒波にその巨体を浮かべていた。

 

 

「構わんさ。戦闘中の私語は厳禁だが任務中ぐらいは司令も許してくださるだろうからな」

「ん?呼んだかね」

「竹田少佐が本艦の航海を懸念を示しているそうですぞ」

「ほう…」

 

 

 待って欲しい、色々と弁明しなければならないことが出来た気がする。どうにもこの上官、参謀長である林家伸介大佐は苦手だ。飄々とした立ち振る舞いもそうだが、それゆえの掴み所の無さが困るところである。

否、それよりも今は為すべき事がある。

 

「司令、誤解であります。自分は今後の気象についての観測及び作戦遂行への影響等を思考しておりました」

 

適当な言い訳だった。当たらずも遠からずといったところだろうか。

 

「ふむ、では君の意見を聞いてみようか」

「はっ!!」

 

 

 受け答えに失敗したようだとこの時点で気づくとは……。否、海軍軍人としてこのような振りにも対応できるようにならねばということだろうかと、竹田は考えを改めた。

 

 

「現状の気象状況は当初から予測はされているものであります。艦隊の機動運用には極めて好ましくないといえます。周辺の嵐によって電探の効きは悪く通信もノイズが走っております。駆逐艦等の小型艦は現在も操船に細心の注意を払っており、日々の訓練の成果で被害こそ出ておりませんが、今後天候が悪化する場合、改修された我が戦隊所属艦船にとっても危険な状況といえます」

 

 今も荒い波が甲板を洗い、大型の船体を持つ故に比較的安定している「紀伊」においても船酔いを訴える乗員が出ている。先程から護衛艦の動きなどを見ていると、波を乗り越えるたびに大きく艦首が浮き上がっては沈みを繰り返しており、恐らくこの戦いが終わった後に整備を行ったら幾つもの亀裂等が見つかる事であろう。

 

「従いまして艦隊の速力を下げ、合成風力の低下を図ることで艦船及び乗員へのふたんを減らすべきであると進言いたします」

「扶桑皇国海軍連合艦隊第二戦隊の主任務は作戦海域に於ける広域警戒、そして第一戦隊の支援であります。現状のままの艦隊運動では現場到着前に艦隊から落伍する艦が発生することが懸念されます」

 

 艦橋の空気は重い。それは「青二才が何を偉そうに」などという煩わしさを含んだものではなく、自分達に第一戦隊程の活躍の場が与えられない…それどころか今まで下に見てきたウィッチ達に皇国の命運を任せなければならないという情けなさであるように感じる。恐らくそれが大きい。護るべき少女を護るだけの力が自分達には無く、そしてなけなしの力を発揮する場すら与えられないかもしれないという不安と自嘲が感じられた。

司令もそれを感じ取ったのか皆を安心させようと笑みを含んだ顔で口を開いた。

 

「確かにこのまま進むと危険だという君の意見は正しい。我が戦隊の任務には第一戦隊の支援が含まれているが、主目的はこの海域を広範囲にわたって警戒し怪異の動きを掴む事だ。…竹田参謀、第二戦速で第一戦隊の支援に向かう場合、合流までの所要時間は?」

「少々お待ちを……。第一戦隊は10分程前の最終連絡を基にすると現在「山」へと第三戦速で航行中です。作戦開始まで残り15分ですから我が方が最適針路を第二戦速で航行した場合……作戦開始後20分程度で合流が可能と思われます」

 

 もしかしたら獲物は全て取られているかもしれんなと司令が言った途端、艦橋は笑いに満ちた。緊張している者も、今も荒れた海を見詰める者も共に笑う。それは獲物が取られてしまう事に対するあきらめの笑いではない。

 

「旗艦より第二戦隊所属全艦に速力を第二戦速とするよう無線、手旗、発光等、持ちうる全ての方法で下令せよ」

「はっ! 旗艦より第二戦隊所属全艦に速力を第二戦速とするよう無線、手旗、発光等持ちうる全手法で下令いたします!」

「機関 第二戦速!!」

 

 命令を受けた士官が各部署に命令を伝えていく。この命令は各部署に送られた後に僚艦に伝えられる。そしてその命令はその艦の各所に伝えられて艦隊運動に反映されるのだ。21世紀とは比べるべくも無いが圧倒的に動きが遅い。だが史実の日本軍に劣るというほどでもないだろう。実戦経験においても我々に軍配が上がるはずだ。

 さて、命令は下された。後は合流まで友軍の奮闘を期待するばかりである。まさか敗北する事は無いでしょうね?作戦の決定に対して我が第二戦隊の参加に否定的だったのですから。海軍本部の出し惜しみの面もあるでしょうが、あからさまに功績を独占したいという顔でしたよ?

 

ねぇ?司令。

 

「竹田君、何だか意地悪な笑みだね」

 

 そう見えましたか。同期からは仏の竹田と言われるほどの心の広さなのですがね…。少々の悲しみと反省を覚えました。竹田がそんなことを思う間にも通信回線が開かれ司令の訓辞が始まる。

 

「さあ怪異(ネウロイ)諸君、我々支援艦隊が往くまで足掻いてくれ給え。よもや小娘と本隊だけが我が扶桑の切り札だとは思っていまいな?」

 

ノイズが走り、通信の状況はよくは無い。…だが、

 

「荒天はこと本作戦においては我らに利する。何故ならば嵐そのものが女神たちの光を隠し、怪異共を我らに拘束させる巨大な壁となるからだ。そう、現時点で作戦遂行に何一つ支障は存在しない」

「戦艦『紀伊』より第二戦隊全艦に通達。これより本戦隊は第一戦隊を中心とする連合艦隊主力と合流、魔女隊が怪異の巣を駆逐するまでの時間を最大限稼ぐ。扶桑男児としての本懐を果せ。以上だ」

「宜候」

 

主菜で満足してもらっては困る。我々はデザートまで用意しているのだ。心行くまで満足して逝ってもらわなければ。

 

時は1938年、『扶桑海事変』と後に呼ばれる怪異との戦いは、連合艦隊第一戦隊の砲火を持って幕が開かれた。

 

 

 

 

 

  ■  ■  ■

 

 

 

 私、竹田拓海は戦の神に目をつけられていると言われます。それはまだ誰にも言っていなかった特殊な出自のせいなのか。それはまさに神のみぞ知るという事なのでしょう。兵学校での成績も上位(上の下)ではありましたが特筆すべきことは何一つありませんでした。手を抜いていたわけでもありません。紛れも無い私の実力であります。社交的と自分では思いませんが、ブリタニアへ留学した時に友人に染められたおかげか、後々のために交友関係だけは広く深くしていこうと努力した結果、大学以外の方とも関係を結ぶ事ができたのは思わぬ収穫といえたでしょう。かつては技術屋を目指していたこともありましたが、金の事を考えると軍人、それも将校を目指すというのが最も割に合っていたという安直な考えから今のこの身がございます。

 

 卒業後は砲術校普通科学生、後に駆逐艦『響』乗組、各種講習員、中尉昇進後は運用術練習艦航海学生の後、巡洋艦『留萌』の副航海長兼分隊長として任務に当たり、人生で今のところ5本の指に入る窮地に陥ったと言えますでしょう。あれはまだネウロイが本格的な襲撃を行っていなかった頃です。民間船舶の不可解な失踪が相次ぐとの事で他国海軍の存在も考慮して我々海軍が借り出されました。尤も私は扶桑の船舶のほかにリベリオンの船舶も被害に遭っている、とのことでしたから杞憂に過ぎないと考えておりました。実際その考えは正しいものでした。展開としてはまったく喜ばしくはありませんでしたが…。

 

 濃霧の中、中型の怪異が周辺の海域に展開していたのです。数は少なく。個体としての能力も、今と比べれば赤子のように弱体ではあるのですが、何せ情報も少なく武装も貧弱な戦隊です。あっという間も無く僚艦の駆逐艦が大破、その他の僚艦も悉く被害を受けていき、我が艦も司令と艦長以下上級士官の多くが負傷され、無事だった最上級士官として指揮を私がとることとなってしまいました。全くもって“原作知識”が無ければどうしたのでしょうね。50口径三年式14cm砲が対空兵器として使用できませんから、四〇口径三年式八糎高角砲で強引に戦闘を行いました。無いよりはよほどマシでしたからね。

 

 接近しすぎていたたために僚艦を盾にして距離をとり、十分な仰角がとれるような位置に至ってから13mm単装機銃まで使って親玉のコアを露出させようと必死に抵抗しましたね。時代が時代でまだネウロイも弱かったですから(当時はコアも持たないラロスが主力であった)残存艦のみで撃退する事に成功したのです。霧の中で漂流する海兵を収容し、大破していた僚艦を最寄の港まで曳航。私を始めとして怪異を撃退した英雄として海軍のイメージ戦略もあって大々的に担がれました。(そのおかげで逃げるために高価な魚雷を捨てた事がチャラになったので一安心ですが、どこの同盟軍だと当時は思ったものです)。

 

 卒業時にはまあ上位といっていい程度だったハンモックナンバーはそれで大きく上昇しました。羨ましがれたり、妬まれたりもありましたが、大体はからかわれましたね。良く言えば仲がいいお嬢様クラスでしたし、気性の荒い者も多くはありませんでしたから。その後は何か作為的なものを感じる大尉へのスピード昇進等を始まりとして、知り合いの技術屋に拉致られては意見を求められ、かつての教官に捕まっては反省会をさせられ、同期に絡まれては飲み会で武勇伝を披露させられるという苦行の日々が続きました。昇進とともに扶桑最新の戦艦『紀伊』におかれた第二戦隊司附として拾っていただき感謝のきわみであります(棒)。恐らくは当時対応が迫られていた対怪異戦闘での意見を求められていたという事と、増強されつつあった航空部隊との連携について今後を見据えた教育という事があったのでしょうね。

 

 そして私が配属されて、暫くあってヨーロッパにおいても小規模な異変が始まりました。1936年あたりですね。将来脅威に備えて士官が大量に要求されていた頃ですが、その中でも私の出世は早すぎると愚痴られたものです…。この年にネウロイがまとまった規模で出没し始める事は知っていましたし、1939年の大規模侵攻に備えて私も持ちうるコネクションをフルに使って侵攻の可能性を示唆してみました。原作知識のおかげである程度は信憑性があるストーリーも作れましたし、それに何より早い時期に私と同じ類の人間と出合うことが出来たのは僥倖でしたね。

 

 

 

  ■  ■  ■

 

 

―1934年始め―

 

 

 

「貴方が竹田大尉ですか?そうであれば少し話がしたいのですが」

 

 そう声が掛けられたのは、とある事情で艦政本部の方へ出向いた(呼びつけられた)帰りの事。「小遣い」と渡された小銭を持って、本を買う足しにでもしようかとぶらついていた時です。クールを装ってはいるものの若干息が切れているということで、もしやこの人は自分を探していたのかと僅かながらの罪悪感にかられてしまいます。

 

「はい、確かに私は皇国海軍第二戦隊司令部附、竹田拓海海軍大尉であります。私を呼び止めるということは何か御用があってのことと思います。幸い時間もありますし、お付き合いいたしましょう。………で、どちら様ですか?」

「失礼しました。僕は扶桑皇国陸軍大尉、山城賢哉です。貴方を呼び止めたのは他でもありません。ネウロイとウィッチ、そしてストライカーユニットについて貴方の意見を聞きたいのです」

 

 

ほう……。

 

 

「判りました。此処ではなんですし二人きりになれる場所に行きましょう。お時間は…?」

「問題ありません。今日は休みですので」

 

では今日の昼食はこの男の奢りで楽しむ事としよう。

 

 

 

 

 

「では、君も転生者ですか」

 

適当な喫茶店に入って注文を済ました後、この男は21世紀に生きていた人間で無ければ知らない事を口にし始めた。何も知らなければただの世迷言だが、私にとってのそれは彼が自身を別の世界から来たのだと証明しているのだとすぐに理解が出来た。

 

「はい、竹田大尉の仰るとおりです。では大尉、質問なのですが――」

「その竹田大尉というのはやめてください。そして話し方も普段どおりで構いません。慣れない事をして目的が達せられなくては本末転倒でしょう?何より貴方も私も同じ階級なのだから」

「気づいてたか。じゃあお言葉に甘えるとするよ」

 

訊いてみたら年齢は同じというではないか。学び舎こそ違えど同期とそう違わない。ならばこのような私的な場においてはフレンドリーに交流すべきだろう。同じ境遇の人間と出会えたとあって気持ちが高ぶっていたのもあるが。

 

「それで、質問はこの後の原作に私がどのように関わっていくか?ということでしたか。単純な事です」

「この国を強化しつつ人類の結束を強めていくよう働きかけを行っていく。“我々の”世界のようにはさせません」

「そうか…」

 

山城と名乗った男は目を瞑ると少し感慨深げに言った。

 

「それは俺が考えていた事と差異が無い。実は陸軍内にはブリタニアとの連携強化を目指す集まりや、カールスラントとの交流を活発化させようという集会等があって――」

 

 彼が言うには陸軍部内に各人の主義主張や好みに都合のいい国家との連携を強化すべきという動きが数多くあるそうで、今後それを放置していると皇国にとって不利益であるという事らしい。馬鹿らしいとは思わないが、それらの派閥が互いに対立しあって建設的な議論が出来ないというのはそもそも組織としては論外だ。陸の事を陸河童と嘲る風潮が未だにある我が海軍にも親リベリオン・親ブリタニア派や親カールスラント派等様々な派閥が存在するので全く人のことは言えないのだが…。

 今後ネウロイが猛威を振るう時勢となれば自然と各国協調の流れが出来上がっていくため、現在の状況に大きく介入することは不要だろう。しかし仮にネウロイを排除した後、つまり戦後の事を考えると現在の状況はあまり好ましくない。イデオロギー対立による戦争など勘弁して欲しいものである。何よりもネウロイ戦でウィッチの戦力としての優位性、兵士としての優秀性が示されているはずなのだ。

 

(原作のキャラが異なる陣営に分かれて撃ち合う状況など、私は断じて許さない……!!)

 

原作ファンの一人としても一人の人間としても、戦争という非生産的な愚行に罪無き少女達を組み込む事には虫唾が走る。絶対にその様な流れは防がなければならないと決意した。山城と名乗ったこの転生者が私と志を同じくするということであれば、協力関係になるというのは問題でない。ならば…

 

 

「我々は手を取り合えますね」

「よし!」

 

 

 私たちの目的、それは単純に考えると「世界平和」ということに尽きるのかもしれません。しかし魔力を持たぬこの身では眼前の敵に対してあまりにも非力。結局は銃後にて護るべき少女達に世界の命運を託さねばなりません。我々は我々に出来る事をなす。「零」でも加藤嬢が仰っていたではありませんか「それぞれに出来る事がある」のだと。戦争はウィッチとネウロイだけで成り立っているのではありません。兵站、指揮、通信、情報、技術、その他全ての要素で構成されるのです。

 

「私たちは『転生者』として出来る事を行う。それに集約されるのです」

 

 原作知識、その最大のアドバンテージを活かすためには過度な介入は控えるべきでしょう。しかし、それでも出来ることが無いわけではありません。人類同士の戦争を続ける世界の住人だからこそ知るこの世界の美しさを護らねばならない。二度目の人生はもっと自由に生きても罰は当たらないでしょう。

 

「では私は陸で、そして貴方は海で。出来る事をしよう」

「はい。図らずも余所の人間に顔を覚えていただきましたから。『ネウロイとの戦いを生き延びた男』として色々とちょっかいを出していこうかと…」

「あんまり調子に乗ってるとしくじるぞ?」

「都合好くいけると良いのですがねぇ」

 

 いま海軍は海軍軍備計画として第二次補充計画を実行に移している。史実においては蒼龍、飛龍等の航空母艦といった太平洋戦争における重要な役者達を建造する計画だ。この世界においては軍縮条約が史実と異なるためにその規模も大きく、当初から史実翔鶴型に相当する空母として計画されている。先のネウロイ戦における戦訓も踏まえて策敵能力・通信能力が強化されており、レーダー等も就役時から搭載される事になっている。天城型から翔鶴までの技術的な課題をどのようにして克服したのかは甚だ疑問ではあるが、一介の尉官に過ぎないこの身では知る由も無い。

 

「ところで竹田、今日は艦政本部でお仕事だったみたいだが、一体何の用があったんだ?無論、応えてもらわなくても結構なんだが…」

 

コーヒーを飲みながらそう問いかけてくる山城。私は考え事で紅茶にさっぱり手をつけていないというのに、この男は既に注文したものをあらかた片付けているようだ。

 

「ああ、今私は史実朝潮型の設計に関して意見を求められてまして――」

 

 通常戦力でネウロイを撃退した数少ない指揮官である故に、意見を求められる事は多い。それだけこの世界の扶桑人と言うのは戦訓に貪欲なのかと驚いてしまったが、未知の敵を相手にする恐怖心から来るものと考えると理解も出来る。朝潮型は吹雪型とは違って大型の駆逐艦として計画されており、その容積も大きい。だからこそ今後急速な進化が言われているネウロイに対しても対応していけるような高性能駆逐艦が望まれているわけであるが……。

 

「友鶴事件……」

 

山城のそれに竹田は頷きで返す。

 

「まだ此方では発生していませんが懸念材料の一つではあります。加えて史実では来年、第四艦隊事件が発生します。何れにしろ軍縮条約がありませんから過度な重武装は避けられるでしょうが、扶桑伝統の重武装は継承されていく事になるでしょう」

 

 史実において発生したその事件は、日本軍艦艇の過大な武装、工作技術の未熟による重量超過からくる重心の上昇等により、艦の傾斜に対する復原性が不足したトップヘビーな状態を露呈し、不幸にもそれは艦艇の転覆という最悪の形で示された。その後、船体設計に大きな影響を与え情況はある程度改善したが、犠牲を少なくするためには何らかの働きかけを行わなければならない。日本海軍の重武装思考を助長させた軍縮条約はこちらの世界では存在していない事から、史実ほどの過度な重武装は今のところ扶桑においては存在しない。しかし、それ故に友鶴事件よりも大きな規模の事件が後に起きる事が考えられるのだ。

 

「しかし我々の立場はまだ弱い。用兵側には更なる火力の強化を願う人間が居ることも事実です」

「君のほうからは何を?」

 

その問いに私は諦めを含んだ笑いとともに回答した。

 

「『魚雷を降ろしてはどうか。』そう提言させて頂きました」

 

 その答えに彼は空を仰ぐようにして納得する。私は先の戦闘の時に戦闘機よりも高価な魚雷を捨てた事もあるのだ。恐らく話を聞いた水雷屋は私のことを殺してもいいと思っているのではなかろうか。史実に於ける重雷装艦はこの世界では無用の長物に過ぎない。断言できるが大型の魚雷を搭載するスペースを対空火器にした方がよっぽど有意義であろう。そう、ネウロイが航空タイプと陸上タイプ(陸中もいるが…)しか存在しない世界で対艦用の魚雷など高いだけの重りに過ぎないのだ。

 

「受け入れられないだろうな…」

「でしょうね。まだ本格的なネウロイの侵攻も無く、艦隊決戦の思想も未だ多く残っています。同期と後輩の方には色々と入れ知恵しているせいもあって割りと手ごたえありなのですがね」

「先方には何と言われたんだい?」

「わかっちゃいるけどやめられない、そうです」

 

 設計側も理解している。水雷屋も薄々理解はしているのだろう。だが納得は出来ないのも解る。そしてだからこそやりようもあると言ったところだろうか。

 

「上手くいくかはわからないのですけど…」

「では何か策があると」

「まあ今回艦本第四部に顔出させる代わりに、最新の設計思想やら何やらをパクッてこいと言われておりましてね。それを今度の第二戦隊の大規模整備に併せて少々の改修が行われる事になりまして、改修後の演習内容も修正が加えられる事になりました」

 

(人事異動もありますしね…)

 

声には出すまい。

 

「という事で、うちの艦隊からまず……」

 

 

 

 

 

「対水上戦闘演習の削減と、対空戦闘演習の大幅な追加を提言しようかと」

「……それは心情的に理解が求められるのか?そもそも今の対空砲では精度なんて求められないだろう」

「少なくとも今後の艦隊型駆逐艦に魚雷と爆雷は不要です。帝大で出された最新の怪異研究の論文と、近年の戦闘データから水上型ネウロイの存在が皆無である事、航空型の脅威を強調して説得するしかないですね。精度に関してですが、確かに貴方の仰るように現在の技術で満足良くレベルの対空戦闘が可能だとは微塵も思っておりません。しかしながら、今後リベリオン海軍やブリタニア海軍との協同、空母の護衛が強く要求されるようになれば何れ必要となる事は確実です」

 

 自分の上官が頭が固いほうだとは全く以って思わない。艦隊の将兵達も最近は実戦で鍛えられているおかげか柔軟な思考になりつつある。今回は無理でも種を植えておく事は有効だ。扶桑海事変まであと2年しかないのだから。自分が出来る事は原作よりも状況を好転させられる種を蒔いては育てていく事だろう。

 

「で?貴方からは何を聞かせてもらえるのでしょう?」

「あ、やっぱり訊くかい?」

 

ここまで話したのだ。話し損ではいられないだろう。彼は自分が航空畑であることから地上装備についてはそこまで詳しい事は知らないと前置きしつつ話し始めた。

 

「まだ大陸のほうではネウロイの発生はあまり報告されていない。うちの方は南オラーシャ方面の防衛線を担当しててたまたま遭遇したようなものだからな。あの地域に関しては小説とアニメで設定に違いがあったが…」

「此方はアニメ版の世界。“土地”がある世界ですね」

「小説版のように海になっていたら戦略も大きく変わったのだろうが…」

 

 山城はそう言うと私の皿からケーキを一つ摘むと大きく口を開けて頬張った。まあ、あまり食べていなかったから構わない。どうせ金は出してもらうのだから。それよりも設定と実際との違いには確かに考えさせるものがあった。小説版では中国の大半が南ロシアに掛けて焼失、オーストラリアや中東も素敵な威力の爆弾でも落とされたかのごとく消失していたが、アニメ版では土地は存在しており、そこには史実とは違う国家乃至史実の大国をモデルにした他の大国に支配されている状況であった。中国があったはずの土地にしても過去に国家があった痕跡はあるが、現在では大半がノーマンズランドとなっている。過去の怪異との戦争が残した傷は人類が定住するにはあまりにも苛酷な環境を作り上げたのだ。

 扶桑にしても資源が豊富な南洋島、大陸側の領土、中東方面の租界等、その影響力が及ぶ範囲はとてつもなく広大である。従ってそれらを直接的に防衛する陸軍のドクトリンも史実日本陸軍とは大きく違ってくるはずなのだ。史実においては弱体な日本国内のインフラでは欧州で運用されたような重戦車の運用は不可能であり、結果として欧州戦線基準で考えると中型以下の戦車が多く運用される結果となった。四式や五式といった大型の中戦車も開発されたが、実際に運用されたわけではなく本土決戦で満足に戦えたかどうかは甚だ疑わしい。しかしその戦闘範囲が広大であり、想定される環境が全く違う扶桑では史実とは全く異なった戦車が生まれる筈なのだ。

 

「現在陸軍では97式中戦車…あぁ、まだ名称は決定されてないが、開発が進んでる。地上型ネウロイの脅威に対応できるように、ある程度の発展性を持たせるコンセプトらしい」

「歩兵直援ではないのですか?」

「いや、歩兵支援が主眼に置かれている。まだうちの前線のほうに出没するネウロイも大半は通常兵器で対抗可能なものばかりだ。大陸側も開発はされているが本土ほどじゃあない。エンジン技術に関しても重戦車に必要とされるレベルの物は扶桑じゃまだ無理だしな。恐らく史実とそこまで大きく変わらないと思うぞ」

「チハタンはこの世界にも…ですか」

 

 その他にも開発中の各種航空機、装甲車や、武国や狩国から研究用に輸入されている兵器について興味深いお話を聴く事が出来ました。その後私たち二人は今後のことと前世の話しに花を咲かせつつ連絡先を交換して別れました。いやはやまさかこの世界で同郷の者と再び出会えるとは思っていませんでしたから、久しぶりに故郷の事を思い出させていただきました。聞くと彼も大陸の方でそれなりに活躍しているとの事。私と同期で大尉ですからかなり昇進は早い方ですね。扶桑は南洋島もあって島嶼部がおおいのですが、大陸方面の領土も大きいですから陸軍の防衛範囲も広大となるのです。後の『扶桑海事変』で多くの領土を失う事になりますが…。

 

 

 

■  ■  ■

 

 

軽食を片付けつつ

 

 

「しかし大尉かぁ~。俺は明野の出なんだが昔より昇進早過ぎるでしょ。俺も大陸のほうで色々と頑張ったおかげで昇進は早い方だけど…」

 

 明野、10年前に飛行学校として独立してから戦闘飛行隊の戦技訓練、調査研究、教育普及、関係兵器の調査・研究・試験を行っている場所でしたか。名前ぐらいは私でも聞いたことがありました。

 

「その感覚が普通ですよ。私が巡洋艦『留萌』に乗ると決まった時は副航海長として中尉とされましたが、その直ぐ後に件の戦闘があって、戦隊の司令部附として相応且つ何らかの功績に酬いるためということでもうこの階級を頂きました。試験の件もありますし暫くは大尉どまりでしょう」

「となると…顔はもう覚えられてんだろうな」

 

そう彼は笑いながらいう。顔を覚えられるというのは色々な意味に聞こえるから厄介だ。

 

「残念ながら、しっかりと目をつけられてしまいました」

 

勿論ここでは面倒な意味である。

 

「ドック入りの期間中の予定は何か入っているのかい?さすがに暇を持て余すわけじゃないだろうが、改修が済んだ後の航海は長くなるんだろう?」

「ええ。この身がどうなるかはわかりませんが、同期を見る限り異動も有り得ると言われてしまいましたよ。個人的には今の任地でもう暫く勉強させていただきたいのですが、本部のほうは若手士官が暇を持て余すくらいなら異動させてでも技能を身につけさせる腹積もりのようです。正直なところ戦艦は勘弁ですね」

 

 この世界に来たと知った時はウィッチと会えると興奮したものだが、入ってみれば男だらけのむさい職場という悲しき現実である。世界が大戦へと突き進むに従って負担も増えるに違いない。

 

「お互い苦労しますね」

 

「全くだ」

 

 




初めまして。魔力も何も無い原作知識が頼りの転生者が、魔力を持たない人間にとっては過酷な世界で軍人として生きるお話です。原作設定上、原作キャラとの絡みどころかウィッチとの絡みもあまり多くは無いかもしれません。加えて不定期更新となりますので更新速度は現段階では何ともいえませんが、どうぞ宜しくお願いいたします。

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