堂島金一の華麗なる食卓   作:神田瑞樹

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幸平創真は知り、大人達は騒ぐ

             Ⅰ 

 遠月学園の高等部に上がったばかりの生徒に待ち受ける最初の関門、宿泊研修。

 毎年数多の生徒を退学に追いやる地獄の合宿は今年もまたつつがなくそのスケジュールを消化し、玉を選別する振るいとしての役割を果たした。

 合宿に参加した1000名にも及ぶ生徒の中で無事に最後まで生き残ることが出来たのは全体のおよそ3分の2、その中には金一が一色と話している際に取り上げた極星寮のメンバー、そして幸平創真の名前もあった。

 そして遠月リゾートで過ごす合宿最後の夜。

 全ての課題を乗り越えた生徒達へのご褒美として振る舞われた遠月OB達による夢のフルコースを思う存分堪能した後、創真たち極星寮の面々はいつもの様に丸井善二の部屋に集まっていた。

 

「いやけど、終わってみりゃなんかあっという間だったな」

「う、うん。とっても大変だったのにすごく短いように感じちゃった」

 

 創真の言葉に同意しながら田所恵は手札のカードと場のそれを見比べた。

 極星の癒しとして名高い愛らしい顔を「う~ん」と悩ませてから選んだ選択は8流しからの7のトリプル。次番のプレイヤーに不要なカードを押し付けることができるという、中々にえげつないローカルルールの犠牲にあった榊涼子は一気に増えた手持ちの枚数に「あちゃー」と困ったように笑った。

 

「私は逆にずいぶん長く感じたわね。う~ん、パス。伊武崎君は?」

「別に……5日は5日だろ? 2とジョーカーのトリプル」

「げっ。ジョーカー持ってたの伊武崎かよっ」

 

 結局それが決め手となり勝負は伊武崎のトップ、榊の最下位で終わった。

 一通りの種類を終えたゲームを終えた4人は大きく背伸びし、だらりと手足を伸ばす。

 昼間のピリピリとした緊張状態とは打って変わって弛緩した空気が流れる中で創真がぼやいた。

 

「また伊武崎の勝ちかよ……」

「う、うん。本当に強いよね」

「……単に少し確率が偏っているだけだ。4人しかいないんだから大して珍しいことじゃない」

「もう伊武崎君ったらまたそんな風に……でも流石に飽きてきたわねぇ」

 

 ちらりと、榊はベッドの上ですやすやと寝息を立てる友人達に目をやる。

 最初は一緒になってトランプに興じていた彼らも合宿の疲れからか今や夢の住人。

 人数が半数になってのトランプはそう何度も繰り返しできるほど面白いものではなかった。床にカードを置いた彼らはどうしようかと顔を見合わせたものの、これといったアイディアは出てこない。自然と雑談へとシフトしていく中で話題の中心を占めたのはやはり合宿についてだった。あれが辛かった、あの課題は楽しかった、あのOBは怖かったなどなど。皆が皆学生らしくこの5日に対する感想や意見を述べていく。

 堂島金一という名前が話題に上がったのは丁度そんな時だった。

 

「そういやさ。金一って誰かわかるか?」

 

 創真がそう言うと、残る3人が不思議そうな表情で顔を見合わせた。

 なに言ってんだこいつ?

 そんな感じの表情だった。まるで十傑のことを聞いた時の様な反応に創真が少したじろぐと、恵が逆におずおずと聞き返した。

 

「えっと、金一って金一先輩のことでいいんだよね?」

「先輩? いや、よくわかんねぇけど一昨日堂島先輩が風呂でちらっとそんなことを……」

「えっ? 創真君、合宿で金一先輩と会ったの?」

「へ? いや俺が出くわしたのは金一って人じゃなくて堂島先輩で」

「だから金一先輩だよね?」

『ん?』

 

 どうも話が噛み合わずに創真と恵は一緒になって首を傾げた。

 それを傍から見ていた榊は年齢にそぐわぬ母性に溢れた微笑を浮かべ、友人の勘違いを優しく指摘した。

 

「恵。多分幸平君が言っている堂島先輩は金一先輩の方じゃなくて、堂島料理長のことだと思うわよ?」

「あへっ? そうなの、創真君?」

「おう」

「あっ、なぁ~んだ。ごめんね、私勘違いしちゃって―――って! 創真君、堂島先輩とお風呂一緒に入ったの!?」

「はは。相変わらず田所は反応おせぇな」

 

 あわあわと慌てる恵と大げさなリアクションを見て明るく笑う創真。

 今や極星では半ば日常と化した微笑ましい光景だが、そのままでは遅々として話が進まないと思ったのだろう。パンパンと榊が手を叩いた。

 

「はいはい、話をつづけるわよ。そういえば十傑も知らなかったんだから金一先輩のことを知ってるわけなかったわよね」

「ん? 有名なのか?」

「えぇ。さっきの質問だけど、多分幸平君が想像している人は私達が知っている2年の堂島金一先輩で間違いないと思うわ」

「堂島? あれ? ってことは……」

「そう。OBの堂島料理長の息子なの」

「あー。それで田所が」

 

 納得した創真に榊は「そういうこと」と優しく微笑んだ。

 創真はあの堂島先輩の息子かと風呂場で会った父親の姿から色々と想像を膨らませ、

 

「やっぱ凄いのか? こう、おっかない的な?」

「いったいどんな想像をしたのよ……確かに金一先輩は体格が良いし迫力もあるけど別に怖くはないわよ? ただ少し行動が突飛だったりするから驚くことも多いけど」

「おぉそっか。そういやあの堂島先輩の息子ってことはやっぱ料理も?」

「うん、凄いよ。遠月で色んな伝説を残している人だし、何でも噂じゃ二年の先輩の中で一番の料理人だって」

「え? それって一色先輩よりも?」

「……本人がそう認めている。堂島金一に一度も勝ったことがないってな」

「まじかよ……」

 

 寮の先輩である一色慧の凄さは創真も身をもって、いや舌をもって知っている。掴み所のない性格だが実力は間違いなく本物。それは十傑第七席という席次が如実に示してもいる。そんな彼が自分を上回ると断言する料理人。

 となれば、

 

「その金一って人は何席なんだ?」

 

 創真がそう誤解するのも半ば当然だった。

 その誤解を解消すべく、恵は「あのね、創真君」と語りかけた。

 

「その、金一先輩は十傑じゃないの」

「へ? でも一色先輩よりすげぇんだろ?」

「う、うん。それはそうなんだけど、何というか―――」

「授業サボり過ぎて選考から外されたんだよ」

 

 言い淀む恵に代わって伊武崎がバッサリと、この春先やたらと話題になった落選の原因を口にする。授業を休み過ぎて十傑落ち。料理のエリート校を謳う遠月にしては余りにも似つかわしくない理由に、さすがの自由人な創真も一瞬呆気にとられた。

 

「授業サボったからって……」

「普通はそう思うわよね? でも金一先輩のサボリはちょっと度が過ぎてたのよ」

「……去年の出席日数の内、約3分の1を欠席している。それに学年末も受けていなかった」

「3分の1……」

「まぁ。それでちゃんと進級できているのは凄いことなんけどね」

 

 真面目に授業を受けていても常に退学と隣り合わせにある大半の同級生にはたまったものではないだろうが、また同時に仕方のないことでもあった。何せ彼らが通っているのは弱肉強食を是とする遠月学園高等部、料理の腕こそが絶対のルールなのだから。

 ほへぇと無駄にスケールのでかい話を聞いていた創真の脳裏にふと、疑問が過った。

 

「そんだけ学校サボってその先輩は何してたんだ?」

「えっと……色んな場所に行って料理の修業をしてたらしいよ? 熊本とか札幌とか、香川とか。あっ、確か2月にはエジプトにも行ってたかな?」

「帰国した2日後にはヨーロッパに飛んでたけどな」

「相変わらずここ(遠月)の生徒は規模がでけぇな……そういや3人ともその金一先輩についてえらく詳しいけど、どうしてだ?」

 

 創真の素朴な疑問に三人は「あぁ」と声を漏らした。

 当たり前すぎて言うのを忘れていた、そんな反応だった。

 

「金一先輩はね、去年まで私達と同じだったのよ」

「同じ?」

「うん。同じ極星寮の寮生だったの」

「まじかよっ!?」

「つってもよく寮を留守にしてたからそこまで深い関わりがあったわけじゃないけどな」

 

 へーと、創真はこの数分で齎された新情報の数々に圧倒されていた。

 そして圧倒されながらも最も大事なことだけはキチンと頭に残っていた。

 “あの一色慧先輩より上の料理人”

 その情報だけでググンと関心が跳ね上がる。

 

「……会ってみてぇなぁ」

 

 それは奇しくも、堂島金一が幸平創真に対して抱いた想いと同じものであった。

 

 

 

            Ⅱ

「これで今年の合宿も終わりですな」

「あぁ。みな忙しい中でよく役割を果たしてくれた」

 

 厳しい課題を乗り切った生徒達が何の憂いもなく自室で羽を伸ばす合宿最後の夜、試験官を務めきった遠月OB達は特別に学園から用意された和室の大広間でささやかな宴を楽しんでいた。耳を澄まさずとも部屋のあちこちから聞こえてくる楽しげな笑い声。

 皆が皆中々自由な時間を持てない一流のオーナーシェフだけに、こうしてかつての旧友と盛り上がれる時間はこの上なく貴重なものだった。

 そしてそんな後輩達が羽目を外す姿を横目に入れながら、OBの中でも年長組にあたる堂島銀と関守平は静かに二人で日本酒を煽っていた。

 

「しかし。今年もまた面白かったですな」

「あぁ。幸平創真を初めとして興味深い料理人が多かった」

「確かに。しかし堂島先輩にとって一番気になったのは彼女ではないのですかな?」

「ふっ。わかるか?」

「えぇ、何せ自分も同じ気持ちでしたから」

 

 そう言って、関守は手にしていた白木の升を口元に運んだ。

 

「薙切えりな……金一君があの薙切の令嬢とまさか同居していると耳にした時は驚きましたよ」

「それは私も同じだ。半ば無理やりだったらしいがどうやら今の所はそれなりに上手くやっているらしい」

「おぉ、そうでしたか。となれば堂島先輩が孫の顔を見るのもそう遠くはないやもしれませんな?」

「さてどうかな。アレよるとそういう関係じゃないみたいだが」

 

 銀は面白おかしく息子から聞き出した情報を語る。

 1ミリも信じていないというのはその顔を見れば明らかで、関守は「青春ですなぁ」とまた一度日本酒を煽った。そうやって中年二人が10代の若者達の恋愛を肴に美味しくお酒を楽しんでいる時だった。

 

「どうじませぇんぱ~い。なんで金ちゃんを呼ばなかったんですか~!!」

 

 顔を真っ赤にした後輩がふらつく足で二人もとにやって来たのは。

 

―――ちょっ! 日向子!?

―――目を離した隙にどこ行ってんだあのバカっ!

―――日向子! そっちは魔境ですよっ!?

 

 後ろからかかる静止の声もなんのその。日本料理の名店『霧のや』の女将として名を馳せる乾日向子はその場にあった空の升に並々と日本酒を注ぐと、グッと一息で飲み干し「ぷはぁ」と淑女としてそれはどうなのよという酒臭い息を吐き出した。

 いつもとは明らかに様子の違う後輩に関守は冷や汗を垂らす。

 

「い、乾? お前随分と飲んでいるようだが大丈夫か? 俺が知る限りお前はそれ程酒が強いというわけじゃ……」

「飲まなきゃやってられませんよ、こんなもの! うぅ、今年はお正月に会えなかったからこの合宿で金ちゃんに会えるのを楽しみにしていたのに、いたのに……う、うわぁああああ!!」

 

 畳に臥せって泣きじゃくる、もうすぐ女性として勝負の時期が来る乾日向子28歳。

 いくら酒の場とは言え大人の女性として、そして大先輩に対する後輩として余りにも無礼な態度に先まで一緒に日向子と酒を飲んでいた四宮、水原、梧桐田の三人が慌てて酔っ払いに駆け寄った。

 

「すみませんでしたっ。堂島先輩、関守先輩」

「ほら日名子。先輩達の会話の邪魔をしないの。話なら聞いてあげるからあっちに行きましょう?」

 

 三人の中で最年少のドナート・梧桐田が先輩二人に深々と頭を下げ、同じ女性である水原冬美が後輩の介護に向かう。残す四宮小次郎も軽く頭を下げ早々に日向子を連れてその場から去ろうとしたのだが、

 

「ふむ。どうせだ。お前達も一緒に飲まないか?」

 

 見事に最年長の標的となった。

 誘いを受けた四宮の顔が露骨に歪む。彼からすれば堂島銀は色々と恩のある大事な先輩だが、それと同じくらい厄介な先輩でもあった。

 

「いや、俺らは別に……」

「四宮はきっと快く受けてくれるんだろうな! なんせ“哀れな”遠月の雇われシェフのささやかな頼みだ。あぁきっと受けてくれるんだろうな!」

「根に持ってんじゃねぇよ! ……はぁ、わかりましたよ。付き合えばいんでしょ、付き合えば」

 

 しぶしぶ四宮が畳の上に腰を下ろすと、それに倣うようにして水原と梧桐田もその場に落ち着いた。笑顔で日本酒を飲み交わす年長者2人に、どことなく落ち着かないながらもワインを嗜む3人の後輩と、未だ泣きじゃくる酔っ払い1人。

見る人間が見ればその層々たる面々に驚くかもしれないが、構図的に見ればそこらの会社の飲み会とそう変わらなかったりする。

 四宮はワイン片手にチーズをつまみながら、「ったく」と今の状況を生み出した後輩を半眼で睨んだ。

 

「いつまで泣いてんだよ日名子。そもそも一年対象の合宿にあのガキが来るわけねぇだろ」

「うぅ。でもですよ四宮先輩? 金ちゃん、毎年合宿の最終日には私たちに顔見せに来てくれてたんですよ? それが今年は学校あるからいけないってメールが……う、うわぁぁああ」

「めんどくせぇ。つーかそんなことしてたのかよあいつ。一昨年がたまたまってわけじぇなかったんだな」

「ハハ。四宮先輩はあまりこういう行事には最後まで顔を出していませんでしたからね。OBの間では結構有名ですよ?」

「……遠月リゾートの厨房を自由に使えるから毎年、お酒に合う料理を振る舞ってくれてる」

 

 日向子ほど露骨ではないものの、水原もまた小さい頃から知る少年がこの場にいないことを寂しがっていた。関守はそんな後輩達の姿に苦笑し、

 

「いやぁ。人気者ですな。堂島先輩のご子息は」

「ありがたいことにな。四宮や乾達にはまだ学生のころから色々とアレの面倒を見て貰っていたから感覚としては年の離れた弟にでも近いんだろう」

「弟ですか。自分には親戚の子供に近いですかな、金一君は。しかし乾ではないですが今回はどうしたんです? 毎年嗜めても結局は授業をサボってここに来ておりましたが」

「なに。どうも薙切の娘にキツく授業に出るように言われているらしくてな。破ると後が面倒だから今年は行けないと昨日連絡が――――」

「あのお嬢様のせいですかぁ!!」

 

 堂島の言葉を遮るようにそれまで伏せっていた日向子が顔を上げた。

 誰もがぎょっと目を剥く中、日向子の身体がプルプルと震えはじめる。

 

「くっ! なんてことでしょうか! 私が大事に大事に育ててきた金ちゃんがあんな小娘に奪われているなんてっ!?」

「いうほど育ててねぇだろ」

「……小娘」

「日向子。本当に少し飲み過ぎですよ?」

「あぁ。何で私はあの小娘の担当じゃなかったんでしょうか! 私が担当だったなら四宮先輩張りのイチャモンをつけて不合格に―――うっ」

 

 公私混同な台詞を堂々と述べている途中、日向子は突如として言葉を詰まらせその手を口元へとあてた。真っ青になった頬、そして何かを堪えているかのような表情。

 酒を嗜んだことのある人間ならそれらが何を意味しているのかは明白だった。

 瞬間、四宮と水原、そして梧桐田の顔も青くなる。

 

「ちょっ、日向子!? お前っ!?」

「水っ! ―――の前にトイレっ!」

「耐えるんですよ日名子っ! 頑張ってくださいよっ!」

 

 そうして碌な挨拶をしている暇もなく、三人は日向子を連れて銀と関守の前から嵐の様に去っていった。年長者二人はどちらともなく笑い合うと、再び静かに升を傾けた。

 




文量的にはまだ『ダイヤのA』の10分の1ぐらいなのにお気に入り数はほぼ変わらないという……みなさん金髪お嬢様大好きですねっ!(趣味が合うな、おい)

まぁこの話はそこまで長編にするつもりがないので、出来るだけサクサク行きます。

しかし早くソーマの新刊出てくれないかなぁ。毎週ジャンプを買ってるわけじゃないから新要素を把握するのが大変なんだけど……



追伸:作者が一番好きな金髪お嬢様はレンタルマギカに出てくる彼女です。





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