それは、仕事場に着いて仕事を始めてから一時間後の事だった。
高町なのはは午前は教導、午後は書類と仕事を分けている為まだ午前中である今は居ない。なので高町なのはがやらなくても済むような案件の処理をしていた時だ。
ソイツは来た―――
カリカリと書類に筆を走らす音が部屋に響かせる。その音を聞いて俺は実感する。ああ、集中できていると。
人間、集中する際には何かしらを鍵にすることが多いが俺の場合はそれが作業音だ。書類にペンを走らせる音、データを打ち込む音、それらが俺の集中力を引き出すための鍵となっている。
最近は高町なのはが途中で雑音を立てたり、居ない時でも聞こえて来る訓練音の所為で集中力が崩れたりするのだが今日はそれが無い。いい感じだ。
そう言えばよく同僚からは集中してる時のお前はメチャクチャ怖いと言われたりするな。何でも驚くくらいの無表情で淡々と作業してる所が人間らしさを感じさせないとか。
「……」
ペラッと書類を手に取り、そのまま横に積む。既に山一つ分は積んである。いいペースだ。
この調子で行けば、午後から高町なのはが来ても定時退社出来るくらいにはなるかもしれない。そう淡い希望が俺の胸の内に灯る。
今の集中力は崩されてしまえばもう今日はこれ以上集中できないだろう。だが崩される心配はない。既に他の雑音や視界の中で動いたり、移ったりするものに反応するレベルは超えた。もう目に入るのは書類と、自分の前にあるPCのモニターだけだ。精々が少しのミスをして取る消しゴム等くらいだろう…。
作業の効率はドンドン上がって行く。もしかしたらコレ、高町なのはが見ないといけない物以外全部終わるんじゃないかとと思ってしまうほどのスピードだ。
この前飯を一緒に食いに行って以来高町なのはの書類作業のノウハウが分かってきたのか、一人で幾つもの作業をこなせるようになった。彼女が見なければいけない物だけを残しておいて帰っても平気だろう。
―――このペースで昼休みも犠牲にして仕事をし続ければ高町なのはだけを置いて俺だけ早帰りできるかも知れない!
そう思った、その時だった。
「ヤッホー!ピースくん元気にしとるかーっ!」
バンッ!と、扉が壊れるんじゃないかと思うくらいの勢いで扉が開かれた。扉を開いた人物は有名人で、俺も知っている人物…
子狸、八神はやての襲来だ。
「おろ?何でピースくんは机に突っ伏しておるんや?書類が散らばっとるで」
「……」
怒りで体がプルプル震える…のではない。集中力を更に一段階上げようとしたその瞬間、こいつが現れた。その所為で先ほどまでの驚異的な集中は消えて、襲ってくるのはやるせなさと脱力感だ。
勢いで机に突っ伏してしまった為、先ほど八神はやてが言った通りに書類が散らばってしまっている。
拾わなければ、突っ伏したままそう思いはするがそれよりも先に口が動いた。
「八神はやて……何で貴女がここに居るんですか…?」
口調はギリギリ敬語で抑えられてる。まだオンモードのままだ。もしかしたら先ほどまでは行かなくても直ぐにこの子狸を追い払って仕事を再開すれば集中できるかもしれない。
そう思って突っ伏した状態から体を起こそうとすると…
「何故かって?それは君がなのはちゃんの書類補佐官になったって聞いたからや!」
我慢の限界だった
「遅せぇよっ!!もう一ヶ月近く経ってるしそれに理由にもなってねぇーーーっ!!!!!!」
もう喉から絞り出せるあらん限りの声のデカさで叫んだ。多分、基地中に響き渡ったと思う。でもしょうがない。だって限界だったんだ、あれ以上我慢したら頭の血管が切れてしまうんじゃないかって思ったんだ。
立ち上がり、机から離れ八神はやての傍にまで俺なりに威圧感を込めて歩いていく。それでも八神はやては余裕そうな表情をしていた。というか、怒られるなんて微塵も考えてないような顔だ。
「なんや、ピースくん?態々私の傍にまで歩いて来て…はッ!もしかしてこの美少女はやてちゃんを襲う気やね!?薄い本みたいに!薄い本みたいに!」
マジで黙ってくれないだろうか。いや、どうにかしてこいつを黙らせる方法を知りたい。もしあったら俺は休みを半年無くされてもいいと思う。黙らせる方法に比べれば軽いものだ。まあ、そんなものあるわけない。
兎に角、このまま喋られると本当に頭の血管がどうにかなってしまいそうなので放り出すとしよう。
「…」
「あ、乙女の襟をそんな子猫持つみたいに掴まんといて!伸びてまう!服が伸びてまう!」
知ったことか。
八神はやての首根っこを掴みそのまま扉のほうまで引き摺っていく。そして扉を開けて――
「あれ~」
ポイッ
放り投げた。その後、入ってこないように扉を直ぐに閉めて施錠もする。ついでに集中執務室故についている防音モードをオン。これで外で喚かれようが、扉を叩かれようが関係ない。心置きなく仕事が出来る。…いや、仕事がそんなに好きっていう訳ではないのだが単純に仕事の邪魔をされたのがムカついただけだ。って誰に言い訳してるんだろう。
「そういえばこのままだと高町なのはが来たら分からないな」
もう俺はこのまま昼休憩を取らず仕事を少しでも終わらせる気マンマンなのだが、昼休憩が終わったあとの高町なのはが入れない。どうしようか……デバイスで今の内に昼休憩が終わって集中執務室の前に着いたら教えてくださいって連絡しておこう。
再び仕事中。八神はやてが来る前程ではないが中々に集中してやっている。御蔭で書類の半分以上が既に片付いている。この調子ならば、さっき胸に抱いたあの微かな希望も実現しそうだ。
なんて思っていると
ピピピピピピピッ
デバイスから通知音だ。内容はメール、差出人は高町なのは。
『来たよー、だけど何で鍵も掛けて防音モードまでオンにしてるの?』
直ぐに返信をする。
『分かりました。直ぐに鍵を開けます。後、理由は中に入ってから説明します。』
扉の方に行き、鍵を開けようとする。…が、そこで八神はやての顔が頭によぎったが流石にもう居ないだろうと思う。居たら逆に驚きだ。だってあれから五時間は経ってるんだし。
鍵を開ける。これで高町なのはも入って来れるはずだ。現に扉が開い……て…………
「やあピースくん、数時間ぶりやな?」
何故いるっ!?
「寂しくて悲しかったでぇ?確かにいきなり仕事中に邪魔したのは悪かったかもしれんけど放り出して鍵を掛けてそのままなんて…偉く傷ついたわぁー」
八神はやての後ろには何が何だか分からないと言った表情をしている高町なのは…しまった、そう言えばこの二人は友人関係にあったんだった!
「えーと…一体何事なのかな?」
「なのはちゃんはちょっとだけ黙っときぃ…私はちょっとこのさっきから黙りこくってる人の事を考えない社畜男と話をせなあかんのや」
ヤバイ、完璧にこれは怒ってる…確かに少しはやり過ぎてしまったかと思ったから後で(仕事が終わったら)謝罪メールでも送ろうと思っていたが…まさか五時間も外で待機していたとは思いもしなかった。
「それにな、ピースくん。私は一応上司なんやで?君より階級は上なんやで?それをさっきみたいな扱いするのは…ちょっとマズイと思わん?……なんか喋らんかいっ!!」
「はいっ!!」
最後の怒声に思わず返事をしてしまう。
八神はやては五時間ほど前の自分のように威圧感を放ちながらこちらに歩いて来て…ネクタイを掴み、思いっきり引っ張った。ちょ、苦しい!
苦しさから逃れるために必然的に顔は下げることとなり、そして―――
「フンッ!!!」
「ゴフッ!!!!」
頭突きを鼻っ柱に喰らった。それにより俺は吹っ飛んでしまう。しょうがないだろう、だって男とは言えただの事務職員だ。鼻っ柱に頭突きを喰らえば後ろに飛びもする。
飛ばされた後の俺は鼻を抑え悶絶、床をゴロゴロと転がる。
「乙女の心を傷付けた罰や」
「はやてちゃん、乙女はそんな豪快にヘッドバットはしないと思うんだけど…」
本当に、高町なのはの意見に賛成である。
「ったぁ~、よく鼻の骨折れなかったな…俺」
「鼻血は出てるけどね」
「アハハ!自業自得や」
しばらくして、ようやく痛みは引いたものの鼻血が出ていたので現在はティッシュを鼻に詰め込んでいる。高町なのははその間に今日の書類の遂行率に驚き、八神はやては俺の鼻ティッシュ姿を見て笑っていた。
「…で、何でこっちに来たんだ?」
「何でって最初に言ったやろ、君がなのはちゃんの書類補佐官になったって聞いたから休日のこの日に遊びに来たんや」
「そっちは普通に休みでもこっちは仕事だ」
因みに、現在の俺は完璧にオフモードだ。流石に仕事する気は起きないので…というか出来る気がしないので切り替えたのだ。
それにしてもこの子狸は…こっちは忙しいていうのに…そう思っていれば先ほどから黙っていた高町なのはが口を開いた。
「あの、二人は知り合いなの?」
「あー、なのはちゃんには…っていうか皆には確かに言っておらんかったな」
「一応知り合いだ」
「冷たいわー、これでも元同僚なんやけど」
「え、元同僚なの?」
「こんな元同僚居てたまるか。っていうかあの時はバイトの仕事としてお前の手伝いを申しつけられただけだ」
「お、聞いちゃうかなのはちゃん?私と彼の馴れ初めを」
「俺の話を聞けよ、子狸」
あぶねえ、コイツさてはこのまま回想に入るつもりだったな?
すると八神はやては頬をわざとらしく膨らませていかにも怒ってますみたいな仕草をする。
「なんや、人の事を子狸とは。私にはキュートな八神はやてっていう名前があるわ」
「もう二十一歳だろ、自分でキュートとかいうの恥ずかしくないのか?」
「全然」
「どうしようもないな」
さっきのあざとい仕草といい、今の発言と言い…もう少女っていう歳じゃないんだから少しは年相応の振る舞いをして欲しいものだ。
そうしていると高町なのはが
「…二人ともなんか仲いいね」
と、言った。
「まあ、管理局の中でもそこそこ付き合いは古いほうやからな」
「……一応、この子狸が管理局で研修中の頃から知ってる」
「だから、子狸はやめてくれへん?せめてもっと可愛い動物にして欲しいわ。まあそうやな…確か私が指揮官研修の為にあちこち回ってたころか…」
高町なのははどうやた完璧に仕事をする気が無い…っていうか休憩モードに入ってる。アレか、俺がオフモードに入ってるから休憩時間って認識してるのか。
そして八神はやては昔話をする気満々だ…これだと俺の帰りだけではなく、高町なのはの帰りも遅くなるんじゃないだろうか?確か先日にこの日は誰も居なくなるから早く帰らなきゃならないって言ってたような…
「そう、私が書類の整理で四苦八苦して「ちょっとまて子狸」…まだ少しも始まってあらへんのに」
「別に話をするのはもうこの際いい、だけどそっちの高町なのははまだ仕事が残ってる」
「え、けどコレって殆ど終わってるけど…」
「そっちじゃない、あっちだ」
そう言って指を指す。そこには山一つの書類があった。それを見て高町なのはの顔がげんなりとする。
「まだあるの…」
「因みに、あの書類の半分以上は教導官が見ないと意味のないものだ。俺がやることは出来ない」
「ゑ?ってことはつまり…」
「殆どは俺の仕事じゃなくてそっちの仕事だ」
「」
「うわー、可哀そうやわ…だけど他の仕事は殆どピースくんがやってくれてる御蔭で減ってる分マシやと思うわ」
昔話しようが、今の話しようが構わないが…仕事はしっかりとしよう。
うん、今日の高町なのはの教訓はこれだな。
「あ、言っておくが俺は残りが終わったら今日はもう上がるぞ?」
「え!?」
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小ネタ
ピース「今日も残業か…それにしても通勤ラッシュの時に来るの結構面倒なんだよな」
上司「なら私にいい考えがある!」
ピース「…何でしょう?」
上司「徹夜残業すれば通勤ラッシュなんて関係ない!」
そう言った瞬間、上司の顔面にピースの拳がねじ込まれた。