雁夜おじさんが勇者王を召喚して地球がやばい   作:主(ぬし)

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後編で終わらせる予定だったのに、字数が馬鹿みたいに多くなったので中編が挟まれてしまいました。ギルはまだ泣いてないです。ちくせう。
予定していたよりも文量がどんどん多くなっていく。僕にブレイブが足りないせいだろうか。


雁夜おじさんが勇者王を召喚してもうなにがなにやら 中編

「時に小娘、その赤いペンダントはなんだ?妙な宝石が埋め込まれているようだが」

「“マスター”って呼びなさいよ、金ピカ。

この宝石はね、私のお父様が家から出てく時に寄越したものよ。遠坂家に代々伝わる御守りだとかなんだとか言ってね。底が見通せなくて胡散臭いから仕舞いこんでたけど、今回ばかりはありがたく使わせてもらうわ。魔力が充填された宝石であることに違いはないのだし、もしもの時の魔力タンクにはなるでしょ。

あ、ちょっと!勝手に触らないでよ!」

「ほう、これはなかなか比興だな。魔力を流してやるとそれを溜め込むが、仕掛けはそれだけではないらしい」

「アーチャー、アンタこれの正体がわかるの!?」

「いや、我にもそこまでしか分からん。おそらくはこの星とは違う星で創られたものだろうな。隠された機能があると見えるが、全ては見通せん。小賢しいが、並大抵の宝でないことは認めてやろう」

「あによ、もったいぶって結局分かんないんじゃない。役立たずなんだから」

「……小娘、たしか貴様の父親は我に最高級の敬意を払っていたと聞いたが」

「敬って欲しかったらしっかり働きなさい。さ、学校に行くから霊体化して着いてきて。優等生は無断欠席なんてしないのよ」

「……ふん。だが小娘、此度の戦争は短期決戦ではなかったのか?」

「聖杯戦争は夜に執り行われると相場が決まってんの。日が暮れたら街中を飛び回ってサーヴァントを倒しまくるんだから、覚悟決めときなさい。アーチャー」

「言われるまでもない。有象無象どもなんぞに遅れを取る我ではない。例え雑種が数千数万と束になろうと我の敵にはなりえん。何であろうと掛かってくるがいいわ、ふははは!」

「……何故かしら、嫌な予感しかしないわ」

 

 

 

「そういえばこの()()()()、魔力を流すと表面に()って紋様が浮き出るのよね。なんでかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

アインツベルン城地下200メートル

GGG本部『ベイタワー基地』 司令部

 

 

「むうッ、この反応は……!?」

「どうした、ケイネス?」

 

地球全体の霊脈を監視する魔術監視衛星から送られてきた緊急シグナルに、GGGのチーフオペレーターを務めるケイネス・エルメロイ・アーチボルトは思わず呻いた。その内容が驚くべきものだったからだ。珍しく色めきだった同僚の様子に、GGGの参謀兼戦闘アドバイザーの衛宮 切嗣がケイネスの手元のディスプレイを覗き見る。一時は命を狙い合っていた両者だが、今や互いに信頼しあうGGGメンバーの仲間である。

ディスプレイに表示されていたデータに目を通した切嗣もまた驚愕に仰け反る。

 

「このエリアのマナの数値は異常だ! しかもこのエリアは……ふ、冬木市じゃないかっ!?」

「霊脈の流れも見てみろ、切嗣! ここ数年沈静化していたはずの霊脈が極端に励起している!この流れを辿ると―――」

 

魔術コンピュータが弾きだした分析結果を冬木市の俯瞰画像と重ねる。冬木市の霊脈は、10年前に円蔵山が聳えていた場所を目指して赤々と脈動していた。

 

「まさか、聖杯が復活したというのか!?」

「断定はできないが、その可能性は高い! 冬木の地に詳しい彼にならもっと詳しいことが分かるはずだ!」

「ああ、そうだな! 時臣、いるか!?」

 

切嗣の声を受けて、司令部の前面に据えられた大型スクリーンに、ベイタワー基地研究開発部の映像が表示される。数秒して、スクリーンに一対の男女が映り込んだ。清潔かつ整頓された空間を背景に立つ、壮年の夫婦だ。朱色のスーツに身を包む紳士然とした男が、顎に蓄えた適度な髭を撫でながら()()に問う。

 

『どうしたね、切嗣。そんなに慌てて私たちを呼び出すなんて君らしくないな』

「それほどの事態なんだ! 二人とも、このデータを見てくれ!」

『……!!こ、これはっ!? そんな馬鹿な、あってはならん、あってはならんことだ!聖杯は破壊されたはずだ! 聖杯戦争が再開されるなど……!!』

『あなた、しっかりして!』

 

途端、遠坂 時臣はそれまでの優雅な立ち振る舞いを忘れてグラリと蹌踉めいた。この冬木の地を長きに渡り管理していた彼は、その霊脈の活動パターンが聖杯戦争の前兆を示していると瞬時に理解したのだ。衝撃のあまりたたらを踏んだ彼の背中を妻が支える。

去りし第四次聖杯戦争の折、アーチャーを擁する勢力として戦争に挑んだ遠坂 時臣とその妻である遠坂 葵。この二人こそ、現在、GGG研究開発部を纏め上げる主任と副主任だ。

愛妻に励まされた時臣が数度頭を振り、冷静さを取り戻す。彼ら夫婦は互いを補い、二人で一個の完成形を成す。

 

『ありがとう、葵。こんな醜態を晒しては遠坂家を支えて頑張っている凛に笑われてしまうな。

すまない、切嗣、ケイネス。取り乱してしまったが、もう大丈夫だ。こちらですぐに詳しい解析を進める』

「ああ、頼んだ。ケイネス、諜報部とも連絡を取ってくれ」

「もうやっている。映すぞ」

 

ケイネスが手元のタッチパネルを撫でれば、スクリーンの映像が瞬時に切り替わる。その慣れた手付きは、彼が機械嫌いなただの魔術師であった頃と一線を画していることの証だ。

赤を基調とする研究開発部から一変して、黒を基調とする部屋を背にして一人の男が投影される。鍛えあげられた肉体を神父服に包んだ彼こそ、GGG諜報部を父と共に牽引する元代行者、言峰 綺礼だ。

切嗣が事態を説明しようと口を開く寸前、宿敵だった男はスッと翳した手でそれを制す。

 

『たった今、こちらでも情報を掴んだ。サーヴァントの召喚を察知する霊器盤が先ほど起動したんだ』

「すでにサーヴァントも!?」

『ああ。今のところ召喚されたのはアーチャーだけのようだが、場所までは特定できない。諜報員を送って調べさせている。私もすぐに赴くとしよう』

「頼もしい限りだが、いいのか、諜報部のサブチーフが現場に出て?現場を退いて久しいんだろう?」

『おいおい、舐めるなよ、切嗣。私はまだ現役さ。それに、凛の様子もたまには見てやらないとな。また門前払いをされるだけだろうが』

「頼むぞ。ついでに僕の弟子の様子も見ておいてくれると助かる」

『任せておけ』

 

心強い笑みで親指をグッと立て、綺礼がスクリーンから姿を消す。宿敵として刃を交えたこともあるからこそ、切嗣は綺礼が未だに衰えていないことを理解している。

かつて第四次聖杯戦争で敵対していた者たちが互いを信頼し合い、情報を何の躊躇いもなく開示して最良の対処をしようと力を合わせている。この光景もまた、()()によって齎された奇跡の一つだと言えよう。

 

「切嗣、私の予想では聖杯戦争はすでに止められない段階に入っていると見ていい。私たちの誰にも令呪が分配されていないのでは、サーヴァントを使って抑止することもできない。すぐに()()を呼んだ方がいい。」

「僕もそう思っていたところだ。至急、各国の衛星を経由して彼らに通信を―――」

 

『カッカッカッ、その必要はないぞ、若造ども』

 

そう。奇跡でも起きない限り、この怪老人が味方になることなどあり得ない。

 

「「()()()()!!」」

 

突如、司令部全体を見下ろす中央ホールが重低音を響かせて駆動を始める。核攻撃にも耐えられる分厚い天井部のハッチが開き、独立したモジュールが降下してくる。それは地上にあるアインツベルン城から直接この司令部に移動できるように造られた長官席だ。そして、その席には現在、小柄な老人―――間桐 臓硯が端座していた。

10年前、間桐 雁夜がエヴォリュダ―へと到達したその日、臓硯の人格は激変した。翠緑の輝きに心身を浄化されたせいかもしれない。己の子孫が体現する理想に、過ぎ去りし日に抱いていた尊い想いが蘇ったのかもしれない。変化の過程はどうあれ、臓硯は確かに変わった。もはやその目に嗜虐的な昏い想念は微塵もなく、自身が蓄積した知識と経験を世界平和に役立てようとする純粋な熱意が火の粉を舞わせて煌めいている。

切嗣とケイネスを制した臓硯が、訝しげな顔の二人に向かって「心配無用じゃ」と不敵に口角を釣り上げる。心なしか皺が減り肌にも張りが満ちているようにも見えるのは、彼の心が若かりし日の炎を取り戻した証だ。

 

「わざわざ機械を使う必要もない。人々に危機が迫る時、そこに必ず駆けつけるのがあ奴等じゃからな。のぉ、()?」

 

 

「―――勿論です、お義祖父(じい)様」

 

 

それまで口を開くことのなかった少女―――GGG参謀部機動部隊オペレーター、間桐(・・) ()が確信に満ちた声を返した。

一時は絶望の淵まで追い詰められた彼女だが、夏の碧天を思わせる強い眼差しにはその名残は一切見られない。彼女もまた、雁夜の覚醒と共に勇気の波動に目覚め、己の意思でGGGへ参加したメンバーの一員だ。

同年代の少女よりも二回りは豊かな胸部を揺らし、すっくと立ち上がる。煌めく蒼い瞳は、司令部の分厚い装甲天井を貫き、数千キロ遠くに聳える()()の背中を然と見据えている。

 

そう。彼らを呼ぶのに叫喚を上げる必要など無い。

ただ、手を伸ばせばいい。

ただ、目を瞑ればいい。

ただ、求めればいい。

誰かの生命が危機に晒された時、その名をそっと虚空に唱えればいい。

それだけで、彼らの心には必ず届く。

それだけで、彼らは必ず駆けつける。

 

 

「―――来て、おじさん、ガオガイガー」

 

 

 

 

 

 

数分前

南ヨーロッパ  某地方

 

 

 

 

「『ピアニストになりました。良かったら見に来てね』だと……?ロアの奴め、随分と腑抜けたものだ。盟友(とも)だと思っていたが、あのような地に落ちた愚蒙はもはや同類ですら無い」

 

絵葉書の文面に目を通し、途端に湧き上がってきた憤怒に唾棄する。絵葉書の表に印刷された写真―――地方の小さなコンサート会場らしき場所でピアノを演奏しているのは、盟友と思っていた男、“アカシャの蛇”の二つ名を持つ死徒、ミハイル・ロア・バンダムヨォンだ。額に汗を煌めかせながら恍惚の表情で鍵盤を叩くその横顔は、長い付き合いであるはずの自分も見たことのない満ち足りた様子で、それがまた気に食わなかった。

 

「ふん、実にくだらん。永遠を探求するために転生の技を極めつつあったというのに、志半ばでそれを放棄するなど愚の骨頂だ。如何に世界の理が乱れたと言えど、たかがその程度の障害で泣き寝入りをするなどあり得ん話だ」

 

憎々しげに独り言ち、絵葉書をグシャリと握り潰す。足元に向かって放り捨てたそれは、地に落ちる寸前にロングコートの隙間から()()()()()()()()()に喰われて消滅した。食い足りぬとばかりに首を激しく振り乱した狼は、宿()()の鬱陶しげな視線を受けると瞬く間にコートの中に吸い込まれる。狼の興奮に触発されたのか、コートの中身がザワザワと波打つ。その不気味な様子は、まるで奇術によって無数の獣がそこに潜んでいるかのようだった。

 

「やはり、永遠と混沌を求めるべきはこの私―――フォアブロ・ロワインを置いて他にはいない」

 

風のない草原に立ち、周囲の夜闇よりさらに濃い闇を纒った男が確信に満ちた声音で呟く。

暗黒を凝縮したような漆黒のロングコートに身を包む大男。彼こそ、ロアと同じく死徒二十七祖に名を連ねる人外の化け物。人間であった頃の名をフォアブロ・ロワイン―――二つ名を 黒き混沌 (ネロ・カオス)。死徒二十七祖、()()()()()である。

勇者たちによってこの世界が激変し、死徒二十七祖の面々はネロを除いて全員が姿を消した。ある者は死徒として最期まで抵抗し、迫り来る巨大な拳を受け止めて壮絶な爆死を遂げた。またある者は大人しく浄化されてヒトに戻り、田舎でひっそりと余生を暮らすことを選んだ。ロアがその典型である。

しかし、ネロだけは未だ死徒として活動を続けている。永遠を求めるため、真の混沌を己の手に収めるために666もの獣の生命因子を取り込み続けた結果、かつてヒトだった頃のフォアブロとしての意識はアヤフヤになっている。彼を突き動かしているのはもはや永遠と混沌の探求という妄執だけであり、その妄執に群がる666匹の()()()こそがネロの正体なのだ。

獣の塊がギロリと遠方の目標を見据える。ネロの鋭い眼光は、遥か先で眠る村に固定されている。満月の月明かりを受けてしんと静まり返ったその村は、遠目でも小ささが見て取れる。人口が50人にも満たないような質素な家々を彼方の草原から睥睨し、彼はグルルと低く喉を鳴らす。それは獅子のようであり爬虫類のようでもある奇妙な唸り声だった。だがそれらが言わんとすることはただ一つ、「早く喰わせろ」だ。

GGGの追手から逃れるために人喰いを控えざるを得なかったネロは、ここ10年間たった一人すらヒトを喰らっていないのだ。永遠と混沌を探求するための苦い犠牲にネロは必死に堪えてきたが、彼を形作る獣たちにとって空腹は拷問に等しい。身体の内より叫ばれる渇きの鳴き声に堪え兼ねたネロは、遂に今夜、禁忌を犯すことを決意したのだ。

ロングコートの隙間から獣の唾液がボトボトと零れ落ち、大地を汚す。久方ぶりの獲物を前にして獣たちは興奮の絶頂にある。誰も気に留めることのない地方の寂れた村だが、贅沢は言えない。数分のうちに村民全てを食い尽くしてその場を足早に去れば、さしものGGGも気付くことはないだろう。そのために、わざわざこのような山の奥地まで足を運んだのだから。

 

「この空腹を満たせば、またしばらくは活動を続けられる。如何に強大な力を持ってはいても永遠に君臨し続けることは出来ない。エヴォリュダ―だろうが何であろうが、生命であれば何時かは寿命に敗れる」

 

例え獣の集合体と化しても、魔術師であった過去を持つネロは相当に賢しかった。馬鹿正直に勇者王に対抗するのではなく、敵が死に絶えるまで生き残る道を模索し、実行したのだ。ひたすらに逃げ、隠れ、人間社会と接触せず、飢えを忍びながら闇の中に潜み続けた。元より彼の探求するところは『永遠』であったため、この最良の選択は彼を二十七祖の中でただ一人だけ現在まで生き永らえさせることとなった。

 

「目障りな守護神気取りどもが死に絶えた後に、再び我らの時代が来る。それまで待てばいいだけだ。指を咥えて見ていろ、怠惰に溺れた同胞(はらから)ども。私だけは、如何なる犠牲を出そうとも必ずや真理に到達してみせる……!」

 

呪詛の如き台詞とともに、一歩を踏み出す。この一歩から、悲鳴が、苦痛が、恐怖、絶望が生まれる。目を覆うような地獄絵図が生まれる。次元の違う恐るべき化け物を前にして、弱者はただ恐れ慄き涙を流して地に伏せるしか無いのだ。涙で顔を汚す人間を頭から喰らう様子を想像し、ネロはニヤと嗜虐的にほくそ笑む。

ジャリ、と一歩目が地を踏みしめ、

 

 

 

ザアッと、一陣の風が吹いた。

 

 

 

「―――ァ、」

 

ただ、風が吹いただけだ。気配も感じさせない強風が突然背後から吹き抜けた。ただ、それだけのことだ。

 

「―――ぁが、」

 

だというのに、ネロは動かない。否、()()()()。指先一つ動かせない。声一つ上げられない。片足を踏み出した無様な格好のまま、その場に縫い付けられたように固まっている。

なぜ。馬鹿な。有り得ない。疑問と焦燥と後悔が背筋を震わせる。

疾うの昔に不要と切り捨てたはずの汗腺が復活し、全身から汗が噴き出て肌を濡らす。

 

「―――が、ガ、」

 

硬直した視界に、月明かりに照らされた草原が見える。涼し気な月光にも、さわさわと穏やかに靡く草原にも、ネロの動きを止める力などない。

あるとするなら、それは―――――月明かりを大きく切り取る、()()()()()()()に他ならない。

 

 

『―――ネロ・カオス』

 

 

それは果たして、“語りかける”と言える行為なのか。ただ名を呼んだに過ぎないというのに、その声は確かな圧力を伴ってネロを叩き潰した。喉が詰まり、全身から力が抜け落ちる。砂細工のように地に膝をつくネロには、もはや呼吸をする余裕すら存在しない。

その一歩は確かに、悲鳴を、苦痛を、恐怖を、絶望を生み出した。次元の違う恐るべき化け物を前にして、弱者はただ恐れ慄き涙を流して地に伏せるしか無い。

そう、()()()()のように。

 

「が、ガオ、ガィ」

 

顎が震える。呼吸が早くなる。下半身が言うことを聞かない。思考が回らない。だが、1つだけわかる。たった一つだけ、理解できる。

 

 

『ネロ・カオス。貴様のことはずっと()()()()。このまま静かに生きていれば滅するつもりはなかった。だが、貴様は今、無辜の命を奪おうとした。許すわけには、いかない』

 

 

自分はここで、死ぬのだ。

 

轟。

突如として大気が激しく捻り、周囲の木や草が根こそぎ巻き上げられる。巨木の群れがメキメキと音を立ててへし折れ、草原を埋め尽くしていた草花が宙に吸い上げられて消えていく。あまりの強さに質量を与えられた暴風が鼓膜を穿ち、カマイタチとなって皮膚と肉をズタズタに切り裂く。

 

「ぶ、ぶ、」

 

歯の根の合わない顎で呻く。ネロはこの現象を知っていた。天変地異にも等しいこの()を網膜に焼き付けていた。

それは、かつて最期まで抵抗を続けたアルトルージュ・ブリュンスタッドを、その忠実かつ最強の下僕であるプライミッツ・マーダーを、一撃のもとに彼らの居城ごと粉砕して葬り去った。その様子を見ていた死徒たちは一斉に「なんかもうどうでもいいや」と戦意を喪失してバタバタと卒倒した。ネロを形作る666匹の獣全てが恐怖に震え上がるあの悍ましい感覚を忘れられるはずがない。

 

「ろ、」

 

ネロは背後を振り返ることが出来ない。だけども、背後で何が起こっているのかは嫌でも理解できる。あの恐怖の光景が脳裏で再生されるのだ。

 

「う、」

 

天を突き上げる漆黒の巨腕が猛然と回転する。視認できない速度に達した腕は巨大な竜巻を形成し、空を覆っていた雲を散り散りに吹き飛ばす。物理法則を踏み越えた破壊力が轟々と渦を巻き、豪腕に蓄積されていく。

 

「く、」

 

大地が鳴動する。空気が引き攣る。空間が揺らぎ、ビリビリと悲鳴を上げる。この星そのものが、これから起こる大破壊を前に恐れ慄いている。

 

「ん、」

 

誰も逃さず、誰も許さず、誰も耐えられない。

絶対悪に永遠の終焉を齎す、()()()()

天を切り裂き、大気を震わせ、地殻を抉る、回避不可能防御不可能、文字通りの()()()

その名を――――

 

 

『ブロ゛ウクン゛ッッッ!! マグナ゛―――――!!!』

 

「ひぃいぎゃああああああああああああああああああああああああああっっっ!!??」

 

もはや体面も誇りもかなぐり捨て、ネロは泣いた。啼いて鳴いて泣き叫んだ。幼児のように、敬虔な信徒のように、頭を抱えて許しを請うた。迫り来る圧倒的な死の気配に、ギュッと目を詰むって身体を丸めた。死を切り抜けようとする走馬灯が脳裏を過ぎっては諦観に消えていく。

限界まで爆発力を蓄積したブロウクンマグナムが遂に解き放たれる、まさにその瞬間、

 

 

『―――ガオガイガー、桜ちゃんが呼んでいる。行かなければ』

 

 

すぐ近くで、精悍な声が囁かれた。強靭な精神力に満ち溢れた、若い男の声だ。きつく閉じた瞼の裏から、翠緑の輝きが透けて見える。

 

『―――わかった、カリ』

 

 

 

 

 

 

再び、ザアッと一陣の風が吹いた。

 

「………?」

 

何も、起きない。死んだ感覚はなかった。衝撃も感じていないし、痛みも覚えていない。

不審げに薄く目を開けて、恐る恐る周囲を見渡す。しんと静まり返った様子が逆に不気味だ。少し怖じた後、思い切って背後を振り返ってみる。

 

「こ、これは、いったい?」

 

今のは夢だったのだろうか。背後に聳え立っていたはずの勇者王は忽然と姿を消していた。動転して首を四方八方に動かすが、どこにも姿は見えない。それどころか、周囲の光景は一分前とまるで変わっていなかった。どこまでも続く若緑の海原がさわさわと波打ち、優しげな月の光が辺りをそっと包み込んでいる。穏やかな草原には、勇者王がいた痕跡は微塵も見当たらなかった。

アレは何だったのか。欲望に負けた己の理性が垣間見せた幻だったというのか。それとも、本当に―――。

 

「……いや、やめよう」

 

思い出すだけで汗が吹き出す。精神衛生上よくない。

未だ震えの止まらぬ足を叱咤して立ち上がり、涙で濡れた目元をコートの袖でグシグシと拭う。鼻水を啜り上げてキリリと表情を引き締めれば、後には常の“黒き混沌”ネロ・カオスが残った。生まれたての子馬のように足をプルプルと震えさせているのを除けば、の話だが。

あれが現実だったのか夢だったのか、そんなことはどうでもいい問題だ。これから為すべきことはすでに決まっているのだから。

 

目的の村まで辿り着いたネロは、まだ明かりの灯っている家に当たりをつけて歩み寄る。木製の質素な玄関扉まで近寄れば、中からは老夫婦らしき男女が談笑する声が聞こえた。思わぬ好都合にニヤと笑みを浮かべ、ドアを控えめにノックする。

真夜中の訪問者を訝しげな顔で出迎えた老夫婦に、彼は第一声を放つ。

 

「夜分にすいません。私は動物学者をしているフォアブロ・ロワインという者ですが、道に迷ってしまいまして……。あ、いえ、決して怪しい者ではありません。はは、」

 

誰だって死にたくはないのだ。

 

 

 

 

 

数時間後

衛宮邸 土蔵

 

 

 

 

 

「なんでさ」

 

彼がそう呟くのも無理はない。彼は完全なる被害者なのだから。

()()()()()()()の彼は、まだ少年だった。故郷の穂群原学園に通う、ちょっと変わった高校生である。彼はいつも通り学園に通い、常と変わらない学生生活を送り、ちょっと友人から頼まれた野暮用を済ませて、それから帰宅しようとしていただけだった。

10年前、冬木市の上空に顕現した勇者二人。黒鉄の巨体で天空に君臨する巨神と、それに匹敵する存在感を放つ翠緑の男。その神々しい波動、雄々しい背中、熱い魂は、当時幼かった彼の心に強烈な憧れを抱かせた。もしも勇者たちがいなければ自分も周辺住民も黒い泥に呑まれて死んでいたと知らされてからは、その想いは“信仰”と言っていいレベルにまで跳ね上がった。

「命の恩人たちに報いる。その隣に立ち、共に世界平和のために正義を行なう者となる」。

憚ることなくそう公言して止まない彼が“正義の味方”を本気で目指すようになったのは必然だった。

かくして、彼はGGGメンバーである衛宮 切嗣に何度となく頼み込んで弟子入りを果たし、日夜勇者になるべく修行に励んでいる。師匠がいない間は広大な武家屋敷の体を成す衛宮邸の管理を一人で担っており、努力を怠ることを知らない直向きな少年である。努力はやがて結果へと結びつく。そう信じて、彼は毎日を研鑽に費やし続けた。

 

そんな彼の人生は、この日、唐突に激変した。

夜の学校で繰り広げられていた、人外たちの戦闘―――青装束に身を包む槍兵と、黄金の鎧に身を包む()()の戦闘を目撃したことは、彼の生涯の大きな転換点となった。

王者の風格に漲る金色の男が高笑いしながら槍兵を弄ぶ。その攻撃たるや、まさに異常だ。男の背後から綺羅びやかな宝剣が現れては飛び去り、槍兵を襲う。槍兵は間合いに近づくどころか、逃げることも構えることも出来ない。完全に圧倒されていた。圧倒されているのは少年も同じだった。早く立ち去ってGGGに報告をしなければならないのに、目の前の異能者たちの戦いは恐ろしくも見事で、その緊張感に呑まれて身動きが出来なくなっていたのだ。

よほどストレスが溜まっていたのか、勝者の楽しみを噛み締めた金色の男がカンラカンラと声高々に笑う。さも愉快そうな笑い声はこちらにもよく届くほどに五月蝿かった。次の瞬間、「遊んでないでさっさと止めを刺しなさいよ金ピカ!」という女の子の声と共に男の後頭部にスリッパが振り下ろされ、男の攻撃がピタリと止む。戦場に張り詰めていた空気がふっと緩み、身体の自由を取り戻す。逃げなければ、と摺り足で後退する。

それがいけなかった。

 

「誰だッ!?」

 

いったいどんな聴覚をしていれば、数十メートルも離れているはずのこちらの足音を察知できるのか。槍兵はギロリと少年を射抜くと、持ち前の俊足でぐんぐんと迫ってきた。

少年は走った。普段から鍛えていた彼の脚力はそれなりのものだった。命の危機ともなれば、その速度は眼を見張るものがあった。……とは言え、人外相手にそんなものは亀にも劣る。彼はあっという間に追い縋られ、異形の長槍に胸を突かれて苦しむことなく絶命した。

 

「……なんでさ」

 

と思いきや、彼は生きていた。血の跡はあれど、胸には傷ひとつ見られない。なぜか赤い宝石を埋め込まれたペンダントがその場に放置されていたが、それだけだった。誰かが治療してくれたのかもしれないが、礼を言おうにも相手がわからない。その内、死ぬ前に見た戦いの光景が幻覚なのかどうかもアヤフヤになってきて、彼は帰宅することにした。

首をひねりながら帰宅した彼は、一応師匠に一報を入れていくべきだろうと考えて電話に手をかけた。同時に衛宮邸に鳴り響く、けたたましい鳴子の音。衛宮 切嗣が対侵入者用に敷設した結界の音だった。

 

「小僧、まさかてめぇが魔術師だったとはな。道理で死なねえわけだ」

 

全身を走る怖気に振り返れば、先ほどの槍兵が獰猛な笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。彼は咄嗟に強化魔術を用いて防御を繰り出すが、人外の前ではまったく歯がたたない。

 

「なんでさー!?」

 

理不尽な状況に叫びつつ、彼は庭へ吹き飛ばされる。

骨まで痺れる激痛に、もはやこれまでかとグッと臍を噛む。だが、師匠から受けた数々の修行の中に「諦める」というものは無かった。最後まで戦って戦って、絶命する瞬間まで戦い抜いてやる。

 

「へえ、いい根性してやがるじゃねえか。鍛えりゃいい線行ってたかもしれねえのに、殺すのは残念だ」

 

心から残念そうに、心から楽しそうに、槍兵は少年を追い詰めていく。歯を食いしばって立ち上がった少年は、武器になるものを探して土蔵の中に踏み入った。記憶を頼りに暗闇を探り、目当ての物を掴む。

 

「行くぜ、小僧!精々頑張ってくれよォ!!」

 

地を踏みしめ、槍兵が槍を突き出して土蔵内に突入する。木刀を手にした少年が決死の反撃に打って出る。

一瞬にして木刀が木くずと化して散逸する。ペンダントが衝撃で滑り落ちる。床に落ちたペンダントが赤く輝く。

少年の眼前に切っ先が迫り―――

 

 

「プラズマソードッ!!」

 

 

土蔵を()()()が満たした。

 

 

 

 

次回予告:

対機界31原種撃滅用決戦兵器 恒星間航行型 ジェイアーク級超々弩級宇宙戦艦 VS ギル




ギルを泣かせるはずがネロが泣いてしまった。ネロかわいそう。全部ギルが悪い。

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