幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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<前回のあらすじ>
 人里への道中。小川を見つけたギンコと魔理沙は一息つくことにした。一息ついて、その後は?




幻想奇譚東方蟲師、始まります。







第一章 骨滲む泉 参

「着いたぜ。ここが里だ」

「ほう」

 

 魔理沙とギンコは人里に足を踏み入れた。土の壁に草の屋根、紙の扉で作られた家屋が立ち並び、いかにも集落然(しゅうらくぜん)とした場所が、二人を歓迎していた。

 道中と変わらない歩調で、家並みの中央に伸びる土の道を歩く。太陽には薄く雲がかかり、幾分か過ごし易くなっていた。ギンコの反応をうかがうように、魔理沙が尋ねる。

 

「別に目新しいものでも無いか?」

「そうだな。むしろ懐かしさを覚えるくらいだ」

 

 ギンコの変哲もない返答に、魔理沙は自身の記憶を掘り返して、納得のいかない表情を浮かべた。(あご)に手を当てて、むむと唸っている。

 

「ふーん。外の話は結構聞いてたけど、あれは案外嘘だったのかな」

「なんて聞いてたんだ?」

「えーと、石と鉄で出来た建物がいっぱいあって、離れた相手にも思考が伝わるアイテムとか、光を閉じ込めておいて鑑賞する箱だとか、鉄でできた鳥とか牛が荷物を運ぶため東奔西走(とうほんせいそう)する世界だって」

「……そりゃすげえな」

 

 だよなーと魔理沙は両手を広げて、鳥の真似でもするようにギンコの周りを回り歩いた。

 魔理沙の語る外の世界の話は、ギンコには到底理解の及ばぬものであった。ギンコの知る世界は、あくまで自然という枠の中に、人間が納まっている世界だ。鉄でできた鳥や牛なんて、出会っただけで卒倒ものである。襲われればひとたまりもないだろう。だがギンコの知識で、なんとか再現できそうなことも幾つかあった。

 

「離れた相手と意思疎通を図るのは、案外、できることかもしれんぞ」

「え? ほんとに?」

 

 止められないのをいいことに、ギンコの周りを回り続けていた魔理沙はその言葉に反応し、ギンコの前で立ち止まった。魔理沙は瞳を輝かせて迫り、言外にギンコの話を促した。ギンコはそんながっつく姿勢の魔理沙から半歩引いて横を向く。顔を覗き込まれるのは慣れていなかった。

 

「ああ。舟少(かいろぎ)という蟲がいてな。そいつに寄生されると、宿主は水脈(みお)を通して、他人に想いを伝えることができるようになる」

「へぇー。便利じゃないか」

「そうでもない。舟少を使いすぎると、意識が体から離れて、いつか二度と戻れなくなる。水脈はヒトとヒトとを結ぶ無数の意識の交差点だ。舟少に引っ張られて、意識は水脈を迷いに迷い、元の体を見失う。そして廃人になってしまう、と言われているな」

 

 ギンコの語り口調は淡々としていて、独特の抑揚があった。期待に胸を膨らませていた魔理沙は、ギンコの話を聞いた途端に苦笑いを浮かべ、若干前のめりにしていた体を戻し、肩を落とした。

 

「急に怖いこと言うなよ。副作用が怖すぎて使えないだろ」

「すまんな。文句なら、舟少に言ってくれ」

 

 それに、蟲は使うものでも、使われるものでもないさと、ギンコは付け足した。

 その後も変わらず、二人は並んで里を歩いた。しかし、里の様子はどうも奇妙で、その様子を先におかしいと思ったのは、ギンコの方だった。

 

「なあ魔理沙さんよ」

「うひゃ。さん付けで呼ばれるとこそばゆいな。魔理沙でいいよ。なんだ?」

「じゃあ魔理沙。里の様子は、いつもと変わらないか?」

 

 ギンコは唐突にそんなことを訪ねた。

 

「里の様子? そういえば確かに妙ではあるけれど……人があんまりいないような気がする」

 

 ギンコの唐突な問いに魔理沙は答える。問われて初めて、違和感を持った魔理沙であったようだが、考え始めるより先に、ギンコは動き始めていた。

 

「人が少ない……か、よし」

「あ、ちょっと」

 

 手近な民家へと歩み寄り、門戸を叩く。後に続いて魔理沙もやってくるが、ギンコがなぜそのような行動に出たのかは、魔理沙にはわからなかった。

 再度民家の戸を叩く。どんどん、がたがた。ギンコが叩くに合わせて、敷居と引き戸の小さな隙間で音がなる。

 

「おい。急にどうしたってんだよ」

「なに、少し、気になることがあってね」

 

 不安げな視線でギンコを見上げる魔理沙が、ギンコの服の裾を引っ張った。魔理沙の方を一瞬だけ振り返ったギンコだったが、すぐに木の引き戸に視線を戻した。

 二度戸を叩いてからしばらく。もう一度ギンコが戸を叩こうと手を伸ばすと、控えめな物音が、扉の向こうから聞こえてきた。中に人がいるとわかったギンコは、その物音に言葉を滑り込ませた。

 

「もし。旅の者だが、ここいらで妙なことは起きてないかね。もし起きているなら、力になれるかもしれん。ぜひ、話を聞かせて欲しいんだが」

「おい。なに言いだすんだよ。私にもわかるように……」

 

 理解の追いつかない魔理沙の言葉を遮るように、木の引き戸が控えめに開かれる。隙間から顔をのぞかせたのは、ギンコと同じくらいの背丈の中年の男だった。目つきは鋭く、ギンコを睨みつけている。暗がりからこちらを見ている目というのはなんとも言い難い恐れを纏っていて、目こそ合わせなかったものの、そばで見ていた魔理沙は身震いした。

 暗がりの眼球が動いて、ギンコを観察する。上から下まで一頻(ひとしき)り見終わったのか、目の持ち主が口を開いた。 

 

「……旅の者とか言ったな。もしかして、あんたが(やまい)を持ち込んだんじゃないだろうな」

「病? どういう意味だ」

「悪いが、何も話すことはない。もし今の里を知りたいなら、寺子屋にでも行くといい。そして、二度とこの家に近づくな」

「あ、おい」

 

 ギンコの行動を遮るように、勢いよく引き戸がしまった。その有無を言わさずといった雰囲気に、ギンコと魔理沙は面をくらった。お互い顔を見合わせ、とりあえず、民家から離れることにした。

 

 

 

「……ここを訪れる者には、いつもあんな調子なのか?」

 

 歩き疲れた二人は甘味処(かんみどころ)軒先(のきさき)に置いてある木の椅子に腰掛け、休憩しつつ今までのことを思い出していた。それぞれの足元には、背負っていた(かご)と桐箱がある。

 ギンコが魔理沙に問う。魔理沙も考えているようで、首をひねっては唸りを上げていた。

 あれから何軒か家屋を転々と尋ねてみたが、皆一様に戸を閉ざし、話し合いに応じぬ者がほとんどだった。異常なまでの排他的雰囲気。ひとつ気になった情報は、病。里では今、ある病が流行っているらしい。だがにべもなく、その内情までは、誰も話そうとはしなかった。

 ギンコの問いに、魔理沙が絞り出すように答えた。

 

「いや……そんなことはないんだけど」

「……前に、ここを訪れたのは、いつだ」

「十日前くらいかな。正確なところは覚えてないぜ」

「そうか……」

「……一体何が起きているんだぜ」

 

 突き抜ける青を広げた今日の快晴はいつの間にか雲がかかり、曇りとは行かないまでも、里には大きな影がかかっていた。魔理沙は先ほど見た住人の異常な排他的雰囲気を思い出し、やはり納得がいかないと首をひねり、帽子を取って頭をかきむしった。

 

「あーもうなんで何もしてないのにこんなモヤモヤした気分にならなくちゃならないんだぜ!」

「イラついていても仕方がない。とりあえず、寺子屋に行ってみるか」

「おう!」

 

 気合を入れた雄叫びをあげ、魔理沙は椅子から飛び上がった。彼女の苛立ちは、理不尽な怒りや恐れの矛先を自分に向けられたことによるものだろう。意味もなく拳や蹴りを放ち、たまったものを発散していた。

 魔理沙とは対照的に、ゆっくりとした動作で、ギンコも立ち上がる。だが魔理沙とは違い、ギンコはすでにおおよその見当をつけていた。里で何が起こっているのかも、その原因も。

 背負い直した桐箱が音を立てる。ギンコの思いに応えるよう、彼の商売道具も、その出番を待っていた。


















 果たしてこれは蟲師と呼べるのだろうか……アニメの繊細さが羨ましいですね。
 さて、人里にやってきた二人ですが、何やら里は剣呑な雰囲気。戸惑う魔理沙を尻目に、原作並みの洞察力でギンコさんが不敵に笑っています。ギンコさんの万能性は外せないですよね。識者としてかっこよく描けるよう、頑張ります。



では次回。またお会いしましょう。

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