幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

32 / 78
 さて、みなさまお待たせしました。更新が遅れた弁明はあとがきにて。とにかく今は、東方蟲師をお楽しみください。それでは。





幻想奇譚東方蟲師、始まります。








第四章 火の目を掴む 伍

「この近辺にいないとなると、一体どこを探せばいいのかしら」

 

 紅魔館の裏庭、焼却炉の前でレミリアはギンコに尋ねた。ヒダネを探して屋敷の周囲を散策してみたものの、見つけることはかなわず、途方にくれる、とまではいかないが、若干の手詰まり感を匂わせながら、ギンコは考えを巡らせていた。

 蟲煙草の先端が赤熱している。煮詰まった思考を表すかのように、赤く明滅する。ギンコは黙考を続け、やがて口を開いた。

 

「ヒダネは火を恐れずに対応する人間を対象に体温を奪う蟲だ。もしいるとすれば、それは冷え込んだ場所ということになるが……お前さん、どこか心当たりはないか」

 

 未だ幻想郷の地理を完全に把握していないギンコはレミリアに聞いた。レミリアも咄嗟に答えを返すことはできなかったようで、口元に手をやり、考える素振りを見せた。

 季節はまだ残暑が我が物顔を続ける秋の口。羽織り一枚なくとも外を出歩ける程度には暖かい時節であるからして、ヒダネがどこにいるのか、見当がつけづらかった。

 ヒダネは人間から体温を奪うために、人がいて、寒い場所を活動場所に定めている。そこまで考えたところで、ギンコは人里の周辺を思い浮かべたが、それと同時にレミリアは思いついたように顔を上げた。

 

「ヒダネとか言う蟲の習性は火のふりをして人の体温を奪うのよね」

「ああ」

「なら人里はどうかしら。あそこなら腐る程人がいるし」

「……俺もそこを思い浮かべていた。探してみる価値はあるだろう」

 

 レミリアの物言いは置いておいて、その提案にギンコも同調した。その時、秋風を纏って二人の前に舞い降りる存在があった。何時ぞやの白狼天狗を抱え、黒い羽を羽ばたかせて、天狗の射命丸文が戻ってきたのだ。

 

「お待たせしましたー。ご注文の品でーす」

「ど、どうもお久しぶりです、ギンコさん」

「おう」

 

 文に連れられてやってきたのは白狼天狗の犬走椛だった。いつかの山の異変の際に、勘違いとはいえ、ギンコを殺そうとした椛は、その引け目も若干感じているのか少し緊張した様子でギンコに頭を下げた。ギンコの方は気にした様子もなく、片手を上げて椛に挨拶をした。

 

「いやー苦労しましたよ。ギンコさんの名前を出さなかったらこの子、私に噛み付いてたんじゃないでしょうかね」

「いきなり現れて人を物みたいに担ぎ上げた人がそれを言いますか」

「だって貴女、私の話なんて聞かないでしょうに」

「ええ」

「ほらー。だからさっさと運んでしまおうと思ったんですよ」

 

 二人は仲がいいのか悪いのか、よく分からない漫才を繰り広げていた。椛は先の山の異変の際にも、苦しむ文を見て心配をしていたので、根っからの関係は悪そうには思えない。

 

「それで、私は何をすればいいのでしょうか」

 

 文から大体の事情を聞いているのか、早速椛はそう聞いてきた。彼女の能力、千里を見通すその力でもってヒダネを探そうとしていたが、ちょうどいい、とギンコは人里の様子を見てくれないか、と椛に頼んだ。

 

「人里の様子、ですか」

「ああ。人里の周りに妙なものが飛んでいないか見て欲しい。あと人の様子だな。何か騒ぎになっていないかも見てくれ」

「了解しました」

 

 いつかそうしたように、椛は大雑把に人里の方角に当たりをつけると、深く息を吸って、目を見開いた。そうして椛の視界は千里を駆ける。

 ギンコはその能力を聞き及んではいたが、見るのは初めてで、興味深そうにほおー、とつぶやいた。

 

「便利なもんだな」

「でしょう。なんたって私の部下ですから」

「文さんが誇ることじゃないです」

 

 文の言動に口だけを挟み、遠くを見つめる椛は続けて言った。

 

「人里に変わった様子はないです。近辺にも、妙な物は飛んでいません」

「そうか。人魂のような物なんだが」

「人魂……はい、見られません」

「そうか……」

 

 椛の報告にレミリアが口を挟む。

 

「ちょっと、ちゃんと探してるの?」

「探してますよ」

 

 自分の能力を疑われたからか、椛がむっと口を尖らせた。

 

「そういうな。千里眼ってのは伊達じゃないみたいだぜ。探す手間が省けて、感謝するくらいさ」

 

 疑うなら、屋敷の中の自分の部屋でも覗いて貰えばいい、とギンコが言うと、レミリアはとりあえず納得することにしたようだった。

 

「しかし人里の周辺に現れないとなると、これはいよいよどこを探せばいいのかわからなくなったきたな」

 

 冷静に言うギンコだが、自体は思ったよりも深刻だった。陰火が無いとなるとあの娘をどう治せばいいのか。強力な蟲下しでも効果が無いことは前例で検証済みであるし、まさか腹を切り開くわけにもいかず、開いたところで腑に根をおろすヒダネを易々と引き抜ける保証も無い。

 やはりヒダネを見つけるしか無い。そこでギンコは次の可能性を考えた。

 

「この季節、一番寒いところはどこだ」

「一番寒いところ?」

 

 ギンコに問われたのはレミリアだった。ギンコの質問を繰り返し、レミリアはそれでも疑問符を浮かべた。

 ヒダネの目的は人間の体温を奪うこと。そのためには人が近くにいるということのほかに、人が暖を取ろうと自分に近づいてくる状況が必要と考える。ゆえに寒い場所。この残暑厳しい初秋の時節に、暑さを避けているのだとすればどこになるのか。ギンコにはわからないことであった。

 

「それなら氷妖精の周りじゃないでしょうか。ほら、門の前に吊るされてたあの」

 

 人差し指を立てて、文が提案する。確かに氷妖精の周りは、常に冷気が漂っている。冬の象徴ともとれる妖怪も存在するが、そっちはあくまで冬ありきの存在なので、この場合は妖精ながら比較的大きな力を持つ冷気の源が妥当と言えた。

 文に言われ、思い出したようにギンコが声を漏らす。

 

「あー、あれか」

「そういえば逃げ出してたわね。まったく、美鈴には見張りを頼んだのに……後でお仕置きかしら」

 

 まさか自分が逃がしましたとは言えず、ギンコも文も静かに心の中で、美鈴にお詫びを言った。

 何はともあれ、次に探すものは氷妖精である。頼む、というギンコの言葉に、椛が再び、遠くを見つめた。

 

 

 

 一方屋敷の中では、地下への入り口に立つ影が二つあった。一つはこの屋敷の門番である紅美鈴。そしてもう一つは、家主の妹、フランドール・スカーレットである。

 二人がなぜそこにいるのか。その理由は少しだけ時間を遡ると見えてくるーーー。

 

 

「咲夜を治すにはどうしたらいいの?」

 

 自分が涙を流した理由もわからぬまま、フランドールはそう美鈴に聞いた。美鈴自身、詳しい事情を知っているわけでは無いが、蟲師という人物が何をしようとしているのかは把握していた。

 

「それはわかりませんが、蟲師とやらは咲夜さんの病気を治すにはヒダネという蟲が必要と言っていました」

「……きっとあの蟲だわ」

 

 フランドールは姉の大きな声を思い出した。蟲を潰していた自分の行動を咎められたあの時。姉の怒りが咲夜のためだと、直観的な理解をしていたフランドールは、それが治療に必要なものだったのだろうと推察した。

 だとすれば、自分がしてしまったことはとても大変なことだ、と理解したフランドールは咲夜に謝罪した。

 

「こういう時には謝るのよね。ごめんなさい、咲夜。あなたが助かるのに必要な蟲は、全部私が殺しちゃった」

「……そう、でしたか」

 

 静かに、咲夜はフランドールの謝罪を受け入れた。怒るでもなく、悲しむでもない。そんな表情をしている彼女の心を、フランドールは理解できない。

 

「だからお姉さまが探しているものはきっといない。あなたは助からないわ」

「い、妹様。それはあまりにも……」

 

 でも大丈夫、とフランドールは美鈴の言葉を遮った。

 

「私もあなたが死なないような方法を探してみる。こういう時には、そうするのが正しいのよね?」

 

 思わず、フランドールの無表情からそんな言葉が聞けたことに、咲夜も美鈴も驚きを隠せなかった。それがたとえ、主人に対してとても失礼な行動にあたるとしてもだ。

 フランドールは何も常識が欠如しているわけではない。彼女は気が触れて、喜怒哀楽の意味を忘れてしまっているだけなのだ。いわば病的。自分の命も、他人の命も大切に思えないことからくる、心の磨耗が限界を振り切った状態。心は凍りつき、だから今回のことも、他人の怒りを通じてしか物事を判断していない。それがたまたま、姉の咲夜を思う怒りだったというだけだ。

 フランドールは思う。考える。きっとそうすることが正しい。その選択肢を選ぶことは、決して自分の感情が伴うことではない。強いて言うのなら、怒られたから。今回は、ただ、それだけだった。

 二人はそんなフランドールの心を理解できない。だから感動する。親に怒られたから従う子供のようなフランドールの言葉に、感動する。

 

「とりあえず、パチュリーに話を聞こうと思うの。これから大図書館に行ってくるわ」

「妹様。私も行きます」

 

 美鈴はフランドールの行動に同行の意思を示した。好きにすれば、そう素っ気なく言われても、美鈴は元気な返事をした。

 

 

 ーーーかくして二人は大図書館の賢人がいる地下へと赴くことになった。今は地下への入り口で二人は足を止めている。それというのも、地下へ続く道から、何やら不穏な気配を感じていたからだった。

 それは魔術的な波動。足元を這いずる冷気のように、濃淡を作りながら肌に絡みついてくるような気配。

 

「……じゃあ行きましょうか」

 

 そんな美鈴の言葉が合図になったのか、少し立ち止まっていたフランドールは再び歩き出した。この先に何があるのか、考える必要はない。何があるのか、気配だけで大体の事情は察したからだ。

 なぜそれがあるかなど二の次だ。フランドールの行動に理由はいらない。だからそれを踏んでしまった時も、素早い対応ができた。

 フランドールが踏んだ床の魔法陣。隠されていたそれが一瞬光を放ったかと思うと、進行方向の空中に、炎の槍が複数出現する。穂先は全てフランドールに向けられており、弩でも構えているようなその配列は、射出するような挙動で一直線に迫ってきた。

 反射的に炎の槍を殴り抜く。フランドールは吸血鬼。その齢は四百と九十五。古の魔法使いを軽く凌駕する神秘性はその肉体にこそ宿り、彼女の才覚は、ただの握りこぶしを対魔法の破壊術式並みの威力をもたせていた。

 槍の出現と射出は続く。何本かは美鈴が弾き飛ばすが、そのほとんどはフランドールが破壊した。

 やがてその射出が終わると、美鈴はフランドールに話しかけた。

 

「なぜ迎撃用の罠が作動しているのでしょうね」

「……」

「妹様?」

 

 美鈴の問いかけに、フランドールは答えない。うつむいたまま、静かに肩を震わせている。

 どうしたのだろうか。美鈴が気になってフランドールの肩に手を伸ばした時だった。

 

「あははっ! ふふ……あはっ!」

 

 大声の笑い声が地下への廊下に響く。フランドールが破壊したのは迎撃術式の一端だ。それが意味するところは、大図書館の入り口まで今みたいなことが数百は重ねられ、さらに言えばダンジョン化した通路が侵入者を拒むため、それはもう並大抵のことでは図書館にたどり着けないということだった。

 だがフランドールは笑う。その行動を、美鈴は理解できない。分かり合えない。

 楽しいから笑うのではない。もっと原初の、感情なんていう知性との混ざりものではない、行動の源流からこみ上げてくる、愉悦。自分の力を抑えなくていいという、ただそれだけの愉悦。

 フランドールは笑い出す。走り抜けるは、数十の罠の嵐。狂った魔法少女が、目的も忘れ、大図書館までの道程を進みだした。


















はい、みなさまこんばんわ。まず、更新が遅れてすみませんでした。弁明させていただきますと、忙しかった、その一言に尽きます。不定期にするつもりはなかったのですが、なんとかかんとか1日1話のペースに戻せればと思っています。
フランちゃんは個人的にも好きなキャラなので、ちょっと愛が溢れているかもしれません。ちゃんと蟲師する予定なので、次回をお楽しみに。





それでは。また次回お会いしましょう。


ー追記ー
 自分の作品に感想を入れて下さった方には原則というか礼儀というかgoodを一回ポチるようにしているのですが、これは自演になるのでしょうか。とあるユーザーの自己紹介を見ていたらこの行動について批判的なものがあったので、自演だと思われる方が多数いらっしゃったら自粛しようと考えています。教えてエロい人。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。