幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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 お待たせしました。今回は紅魔館組との絡みです。蟲師らしさを失わないように、頑張ります。それでは。





幻想奇譚東方蟲師、始まります。








第四章 火の目を掴む
第四章 火の目を掴む 壱


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『蟲師ギンコ殿

 

 初めまして。初秋の月が綺麗な夜に、湖畔の城で優雅にこのメッセージを書いています。羨ましい? 羨ましいと思うなら、私の元へいらっしゃいな。用件はそれからよ。

 

 高貴なる紅月』

 

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「なんだこりゃ」

「私にもさっぱりです」

 

 夜陰に燃える焚き火色に染まる紙面を目で追うと、そんな意味不明な文章が目に入る。頰をギンコの肩にくっつけて、同じく手紙を覗き込んでいた文もギンコに同調した。

 ギンコが文からこの手紙を受け取ったのはつい先刻(せんこく)。今日も今日とて旅の身の上であるギンコの元へ、手紙を届ける手段は多くない。目的地を定めているわけではないので、それはなおさらのことだろう。文が手紙を届けに来たのは、幻想郷最速を言わずとも、空を行くことだけで十分適任と言えた。

 手紙ともつかぬこの紙片一枚は、月が輝き始める宵の口に、城への新聞配達に行くと、帰るついでに渡してほしいと頼まれたものらしい。

 手紙の主はこの時間から行動を開始するようで、文が城を訪ねた際に、寝起きの目を擦りながら渡されたというのだから得体が知れない。

 この手紙を書いた人物は自分にいったい何を伝えたかったのだろうか。理解できない行間に、ギンコは首を傾げて唸った。

 ああ、と合点のいった文が手を叩く。頰をギンコの肩から離し、手紙を指差して言った。

 

「これはもしや招待状では」

「それにしては場所の表記がねえな」

「……」

 

 にべもなく、ギンコが否定する。そしてその一言で、これからの自分の行動が決定づけられた文が眉を下げ、口だけで笑顔を取り繕った。

 ギンコが近くに集めておいた小枝を手に取る。それを焚き火に放り込むと、揺らめく炎の先から火の粉が舞い上がった。

 

「案内頼むぜ、天狗さんよ」

「はい……」

 

 ギンコの隣で、文が膝を抱えた。面倒臭い。顔にそう書いてある。

 炭が燃え、ぱちぱちと崩れる音が、文を笑っているようだった。

 

 

 

 ギンコに手紙を出したのはレミリア・スカーレットだった。彼女は妖怪の山の(ふもと)にある霧の湖の湖畔(こはん)に居を構え、その大きな西洋の屋敷は、幻想郷の中でもとびきりの異彩を放っている。

 先日、その屋敷に招待されたギンコは同行者に天狗の射命丸文を加え、道案内を頼み、屋敷を目指していた。野宿をしていた山の麓から歩き出し、霧が深い湖畔を迂回するように歩けば、豪奢(ごうしゃ)な洋館が見えてくる。(くだん)の屋敷はもう、目と鼻の先だった。

 ガサガサと草を踏み分けていたのも先程までのこと。今足元に見えるのは一本の獣道。草がはけ、足跡が残る程度に柔らかい地面が露出し、そこに二人分の足跡が刻まれていく。

 

「道中無言なのも飽きました。せっかくなので文ちゃんの情報をギンコさんに提供しましょう」

「ほう」

 

 一本下駄の不安定な靴底を器用に使いながら歩き、文は得意気に語り出した。人差し指を伸ばし、頭の中の内容を諳んじてみせる。

 レミリア・スカーレット。眼前に迫る洋館、紅魔館の主にしてヴラド・ツェペシュの末裔(まつえい)を自称する五百年目の吸血鬼。従者に人間の十六夜咲夜を連れ、数年前に紅魔館ごと幻想郷に移り住んだ。日光が弱点であり、浴びると消滅してしまうため、太陽を遮る紅い霧で幻想郷を覆い、自分にとって住み良い環境に作り変えようとした前科を持つ。もちろん今の幻想郷を見ればわかる通り、(たくら)みは失敗に終わっている。太陽光以外にもにんにくや(いわし)の頭も苦手としており、流れ水を渡れないことも合わせて弱点は多い。

 小気味よく語られる内容には、ギンコにはわからない単語も多数あったが、次の一文だけは聞き紛うことなく、ギンコの耳に届いた。

 

「人間を食する頻度は幻想郷で一、二を争い、それは彼女が人間の血肉を摂取しなければ命を保てない種族であることに由来する。それから……」

「……おいちょっと待て」

 

 文が口にした物騒な単語をギンコは聞き逃さなかった。足を止め、口に咥えた蟲煙草を吸う。

 

「ん? 何ですか?」

 

 数歩先を行った文が振り返る。ふぅーっと吐き出された煙が揺らいで立ち上がり、ギンコは腰に手を当てて頭をかいた。

 

「あーなんだ。その……お前さんのせいで行きたくなくなったんだが」

「そんなこと言われましても。行かないほうが後で怖いと思いません?」

「……そうだな」

 

 どうやらあの招待状を受け取った時点で、ギンコの選択肢は一つだったようだ。柔らかい地面がまるで沼地のように感じる足取りで、ギンコはまた歩き出した。時折霧が重なる目の前の洋館が、ことさら不気味に思えた。

 外周を囲む鉄格子までやってくると、屋敷の全体像を見ることができた。正門を中心に左右対称の造りの屋敷は、大きな時計塔だけがその均衡を崩すように立っている。そして何より、紅い。血を連想する紅に塗り固められた壁を見て、これほど気の進まない訪問もないだろう、とギンコは思った。

 鉄格子伝いに左へと進んでいくと、やがて正門らしい場所までたどり着いた。すると、そこには奇妙な光景が広がっていた。

 一つは門柱にぶら下がっている、いや、吊るされている子供。全体的に青い装束を着ている裸足の子供が、麻縄でぐるぐるの簀巻(すま)きにされた状態で吊るされている。だらりと力なく垂れた頭が、最悪の想像を掻き立てた。

 そしてもう一つはその横で、鉄格子に背中を預け、立ったまま寝息を立てる女性。器用なものだ。ギンコは思った。

 拭えない不安と一緒に、首を文のほうに向ければ、文も少々戸惑っているようで、肩を(すく)めて首を傾げていた。

 再び視線を前に戻す。視界の右側は鉄格子の奥に見える紅い洋館がある。目の前には吊るされた子供。立ったまま眠る女性。これまでの経験則と、今までの直感を頼れば、二人とも人間ではないように感じる。特に子供のほうは、より蟲に近い印象を受けた。

 寒気がする。この場だけ、気温が低くなっているようだった。

 

「……新手の生贄かこりゃ」

 

 蟲煙草を地面に落とし、靴底で踏みにじりながら、ギンコは呟いた。

 

「いやぁ……さしずめ吊られた愚者でしょうね」

 

 文のほうは大体の察しが付いているようで、そう呟いた。

 ギンコと文の言葉に反応して、子供が顔を上げる。こうして吊るされてしばらく経つのか、胡乱(うろん)な目つきで力なく言葉をかけてきた。

 

「助けて……」

「……おい、どうしたらいい」

「私に聞かないでくださいよ」

 

 ギンコは旅の中で立ち寄ったある里での風習を思い出していた。大水で川が氾濫(はんらん)し、里にまで被害が及ぼうとした時、水神様の怒りを鎮めるためと言って若い娘を生贄とする。そういう風習は珍しいことじゃない。馬鹿な話だと一蹴できるのは根無し草の自分だけで、その里に生きる者にとっては切実な問題であることは多い。

 そういう時、ギンコはどうしてきたか。蟲にも関わりがない以上、ただの余所者(よそもの)が口を挟む余地はない。触らぬ神に祟りなし。里のためにも、自分のためにも、関わりを持たぬよう目と耳を塞ぎ、次の土地を目指した。今回もそうするべきか否か。ギンコは少し悩んで、子供のほうへ一歩踏み出した。

 

「助けるんですか?」

「お前が言わなきゃバレやしねえよ。見張りも寝てるしな」

 

 見張り。たったまま寝ている女性をそう称したギンコは子供に近づいていく。縄へと手を伸ばした時、文がギンコの肩を叩いた。

 

「その子は氷の妖精です。力は弱まっているようですが、直に触れれば凍傷になりますよ」

「なんだそりゃ。じゃあどうすんだよ」

「だから私に聞かないでくださいよ……まあ見ててください」

 

 乗り掛かった船だ、と文は嘆息(たんそく)しながら指先を振るった。彼女の能力は風を操ること。空気中の塵芥(ちりあくた)を風に乗せて加速させ、擬似的な(やいば)を生み出すことが出来た。そうして途端に縄が切り刻まれ、子供が自由になる。どんな手品を使ったのか。ほう、と原理のわからぬギンコは目を見張った。

 地面に落っこちた子供があいた、と言葉を漏らす。見張りはまだ寝ている。逃げ出すなら今しかない。

 子供と目線を合わせるように、ギンコがしゃがみこむ。

 

「今度捕まっても、俺が逃がしたって言うなよ。逃がしたのはこの娘だからな」

「ちょっと。ひどくないですか? せっかく手伝ったのに」

「冗談だよ」

「あ、ありがとう……」

 

 ギンコの冗談には反応せず、文いわく氷の妖精は二人にお礼を言った。そしてそのまま、いずこかへと飛び去ってしまった。その行方が遠く湖の霧にまぎれて消えるまでギンコは妖精を見送り、立ち上がる。

 

「さて、こっちの方はどうするか」

 

 ギンコは立ったまま寝ているの女性を見て言った。子供がいなくなれば、この女性は門番なのだろうかとも思える。

 

「とりあえず起こしたらどうです? 直接触れるのはお勧めしませんけど」

「今度は火傷でもするのか?」

「蹴りか拳がとんできて、当たりどころが悪ければ死にます」

「……お前さんが声をかけてくれないか」

「えー」

 

 不承不承といった態度で、ギンコの言葉に文が従う。あのー。普段と変わらないその言葉のトーンで、女性は目を覚ましたように顔を上げた。もしかしたら最初から起きていたのではないだろうか。ギンコは思った。

 

「……これは新聞屋の。どうしました? いつもなら私に声などかけないのに」

「今日は人を連れてきました。貴女のご主人様から招待状をいただいたのですが、聞いています?」

 

 人? と門番はギンコを見た。ギンコは軽く会釈して、懐に忍ばせていた昨日の手紙を出して見せる。門番との距離を詰め、それを手渡した。

 門番はそれを開いて確認し、ああ……と残念そうなつぶやきを漏らした。そして目線を手紙からギンコに移す。

 

「あなたが蟲師ですか」

「ええ。ギンコと申します」

 

 ギンコは改めて挨拶する。門番の女性はその挨拶に会釈で答え、鉄格子の正門を開けた。

 ぎぎぃと金属の噛み合う音が耳障りに響く。やはりこの女性は最初から起きていたのだろう。その証拠というわけでもないが、子供が逃げ出していることに何も触れないのが奇妙だと、ギンコは思った。

 

「どうぞ中へ」

 

 人一人分が通れる隙間をくぐり、ギンコは紅魔館の敷地内へと足を踏み入れた。

 二人が門を通り、門番が鉄格子を響かせて門を閉じる。そして門番が先導となり、ギンコと文はその後ろについて歩いた。

 よく手入れされた庭を通る。左右対称の庭には、花弁の形がはっきりと分かれた、黄色や桃色の色とりどりの花が咲いている。見たことのない花だ。歩きながら、ギンコは門番に尋ねた。

 

「あの花はなんと言うんです?」

 

 歩みは止めず、門番はギンコの言うところの花を、首だけ動かして確認した。

 

「この時期は主にコスモスが咲いていますが、それが何か?」

「へぇ。いや、鮮やかに咲いているもんで、見惚れてしまったんですよ」

「おや。そう言っていただけると嬉しいですね」

「この庭はあなたが手入れを?」

「そうです。季節の花は別の方に揃えてもらっていますけど、植えたり雑草を抜いたりは自分が」

 

 ギンコからは表情を伺えないが、最近は雑草がひどくて大変なんですよ、と門番は言ってはにかんだ。これだけの広さを一人で? そりゃあすごい、と手放しに褒めるギンコに、恐縮です、と門番は返した。

 やがて洋館の玄関にやってくると、既視感のある動きで扉を開けて、その先に広がる闇へ、門番はギンコを誘った。

 玄関から洋館の中に入ると、まず思ったのは暗いということ。闇の中に立ち、自分の影が前方に伸びるのを見ながら、ギンコは後ろで扉が閉まる音を聞いた。扉が閉まると同時に、玄関の先に広がる空間に明かりが灯る。

 光源を探して上を見上げれば、豪奢な硝子細工に乗せられた蝋燭(ろうそく)が、天井から明かりを降らせていた。

 

「よく来たわね。歓迎するわ」

 

 声の主は正面にいた。闇が払われ、幼い姿が浮かび上がる。

 紅魔館の主である、レミリア・スカーレットは不敵な笑みを浮かべ、ギンコを歓迎した。


















 さてさて始まりましたね第四章。今回は紅魔館組との絡みです。西洋の塊みたいなやつらを相手に、少しでも蟲師らしさを出していけるようにと頑張っているつもりですが、どうなることやら(白目)
 いつもの通り、感想評価をお待ちしております。これを読んでいらっしゃるあなた。お暇ですか? もしそうなら、ぜひ前章を役立ててください。一章約40,000文字程度の短い作品です。おすすめですよ(小声)




それではまた次回、お会いしましょう。





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