幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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<前回のあらすじ>
 天狗を治療したギンコはヌシを探そうと試みる。しかしそこに白狼天狗が襲い掛かった。

 オリジナルも書いてみたいと思う今日この頃。だからなのか今回の蟲師は俺色です。それでは。




幻想奇譚東方蟲師、始まります。








第三章 偽主になる 肆

 ムグラノリに失敗したギンコを襲ったのは白狼天狗の犬走椛だった。大きな反りのある刀を片手に、山への侵入者たちを睨み据えている。警戒心をむき出しに再びギンコへ斬りかかろうとする椛を制するように、河童のにとりが椛の正面に飛び出した。

 

「待った待った! この人たちは敵じゃないよ!」

「どきなさい! 里の仲間たちをこんな風にして……そいつら、許せない!」

「だーかーらー!」

 

 この人たちは天狗の里の異常に気付いてそれを収めるために行動してるの! とにとりに説得され、椛はとりあえずといった様子で刀を下ろした。

 

「……死んだと思ったねえ」

「優秀でしょう? 私の式は」

 

 まるで自分の手柄であるように語る紫に、そりゃもう、とギンコは言った。

 尻に付いた土を払うように立ち上がり、藍に礼を言った。フサフサの尾が、礼を受け取るようにゆらりと揺れる。

 未だ警戒心を解かない椛に、にとりが話しかける。

 

「てか椛は今までどこに?」

「私は山に異変を感じたから見回りしてたのよ。そしたら里にすり鉢をひっくり返したみたいな霧がかかって、里の様子を確認できなくなったから戻ってみれば……」

 

 貴方たちが仲間をここに運び出しているのが見えたのよ! と椛は紫、藍、ギンコの三人を指差して言った。運び出していたことは疑いようのない事実だが、危害を加えていたのかどうかは別の話である。そのあたりを、椛は誤解しているようであった。

 にとりが事情を椛に説明する。自分たちは霧の中で昏倒していた天狗たちを安全なここまで運んできただけである、と。

 

「え? じゃあそこで倒れている仲間は……」

「山の異変のせい。さっきも言ったでしょ? ま、詳しくは蟲師のギンコさんに聞いてね」

 

 紹介されたギンコは、椛の視線を受けて、本日何度目かの説明をする。

 

「天狗たちは皆酒気という霧状になった光酒を吸って体調を崩している。ここにいれば、とりあえず回復するだろうさ」

「そ、そうなの?」

 

 椛はにとりを見た。にとりは大きく頷いた。

 

「……すみませんでした」

 

 知らなかったこととは言え、里の恩人に斬りかかってしまった。椛の耳はしゅんと俯き、謝罪の言葉を口にした。誤解が解けたならいいさ、と命を狙われたギンコの態度も軽いものだった。

 しかし椛の乱入でうやむやになりかけたが、ギンコがしようとしていたことは失敗に終わっていた。ムグラノリをして山のヌシの居場所を突き止めようとしていたのだが、それができない。こうなったら山全域を一から探さなければならないが、さてどうしたものかとギンコは首をひねった。

 

「ヌシの居場所がわからない以上、山を虱潰(しらみつぶ)しに探るしかないな」

「ムグラノリとやらはできなかったのか?」

 

 藍が問う。ギンコは地面に置いてあった桐箱を背負い直しながら答えた。

 

「ああ。ヌシの方からムグラが抑え込まれていた。山が緩く閉じられている」

 

 桐箱を背負ったギンコが、その場にいる一同を前にこれからの方針を話した。それは主に、八雲に関わる内容である。

 ヌシになりかけている橙という妖獣を探す。ヌシへの変容を助け、苦しみを和らげる。それを目的に行動することを藍に確認した。

 そしてその目的を達成するためにはまず、橙をギンコの前に連れてくることが前提となる。

 

「ヌシを元の獣に戻す術は見当もつかない。しかし、ヌシへの変容が苦しみを伴うものだというのならば、それを和らげる方法はあるかもしれん」

「じゃあ私は橙を捕まえればいいんだな」

「ああ。お前たちでうまくやってくれ」

 

 藍がギンコの言葉に頷いた。しかしそこで、ん? お前たち? とギンコの言葉に反応するものがいた。河童のにとりを見て、ギンコは口の端を釣り上げる。

 

「乗り掛かった船だ。人手が欲しいし、お前も手伝え」

「えー?」

「お前さんも山に住んでいるんだろ。なら住処を守るためだと思うんだな」

「あー……はいはい。了解しましたよ。じゃ、頑張ろうね、椛!」

「え!? 私もですか?」

 

 にとりに肩を叩かれた椛が、自分自身を指差して驚きの声を上げる。連鎖的にヌシの探索に巻き込まれた椛だったが、彼女の能力は今回のヌシ探索にはうってつけだった。それを理解しているにとりは、当たり前じゃん、と頷いた。

 

「こういうことには椛の能力が必要だよ。ギンコさんを襲った負い目もあるでしょ? 頼りにしてるからね!」

「う……わかったよ」

「二人とも、よろしく頼む」

 

 ためらいなく椛の罪の意識を利用して、河童は満面の笑みを浮かべた。藍が頼み込むように、二人に頭を下げた。

 こうしてヌシの探索へ、八雲藍、河城にとり、犬走椛の三人が行動を開始した。

 

 

 

 

 滝壺の縁に取り残されたのはギンコと紫である。ギンコは天狗たち一人一人の様子を見ながら、自分の中に生じた疑念を払拭するために動いていた。

 

「何をしてらっしゃるんですの?」

 

 一人の天狗の脈をとっているギンコの背中に、日傘を畳んだ紫の声がかかる。木の葉の影が作る斑模様が、服の上に映し出されている背中は、紫へと振り返ることなく答えた。

 

「いや、こいつらの症状が、酒気当たりにしてはひどすぎると思ってな」

「そうなんですか?」

「確証はないが、もしかしたら酒気とは別の山の異変が起きているのかもしれない。そして、もしそうなら、それはヌシの変調と深く関わっているだろう。お前の従者が可愛がっているそいつも、なんとかできるかもしれん」

「仕事熱心ですのね。素敵ですわ」

 

 作り笑いを浮かべている紫を、ギンコは見ようとしない。

 

「お前はどうなんだ。やることもないなら、ヌシを探すのを手伝ってやろうとは思わんのか?」

「貴方こそ。どうなんですの?」 

 

 天狗の少女を診察しながら、ギンコは答えた。

 

「ここに来るまで、河童と一緒だった。その時、お前ら妖怪の体力の一端を垣間見た。俺がいない方が、探索も(はかど)るだろう」

 

 それに、とギンコは続けて立ち上がる。暑くなってきたのか、土色のコートを脱ぎ去った。

 

「妖怪の体が強靭(きょうじん)だとわかっているから、この天狗たちの症状がわからないってのもある。かなり弱っているように見えるが……」

「確かに、そう見えますわね」

「せめて話を聞くことができればいいんだがな」

「……なにか、お聞きになりたいことがあるのですか」

 

 天狗たちの中の一人。ギンコも知る彼女が、弱った体を木の根元に預けて口を開いた。

 

「お前さん、大丈夫なのか」

「……大丈夫に見えますか? できれば手短に、お願いします……」

 

 弱った天狗たちの中で、最も妖力の強い射命丸文だけは、少しだけ体力が残っていたようだった。ギンコの問いに反応して口を開いたが、その言葉は弱弱しく、今にも消えてしまいそうだ。

 ギンコは文の横に腰を下ろした。

 

「なあ。霧の出始めはどんなだった?」

「……始めは天気が変わったのかと思いました」

 

 文がぽつりぽつりと語り出す。

 

「霧が雲のように集落を覆って、そこから霧が降りてきました」

 

 ギンコは妙だな、と思っていた。酒気は地表から吹き出すもの。空から降りてくることはない。文が見たものはなんなのか。弱々しい声は続いていく。

 

「霧を吸い込んだ者が倒れました。そして次々と……仲間が倒れていきました」

「そうか……」

 

 天狗たちを見る限り、衰弱しているだけで、命の危険があるようには見えない。ものを考える力がなくなったり、めまいがするのは酒気の症状だ。体力を著しく消耗するというのは、おそらく空から降りてきた霧が関係している。しかし山の現状と照らし合わせた時、その霧状の蟲に、ギンコは心当たりがあった。

 

「それはおそらく、嫩草、という蟲だ」

「……わかくさ、ですか?」

 

 ギンコは頷く。そしてコートに忍ばせていた蟲煙草を取り出した。

 

「嫩草は、草木の形をした蟲の中でも、光脈筋に生えるものだ。普段は霧や雲に紛れて空気中を漂っているが、光脈筋にたどり着くとその土地に根を下ろす。外見は苔やシダ植物に相違ないし、特段害のない蟲だが、これらを乾燥させて葉巻きにすると、蟲煙草になるために、俺たち蟲師には馴染み深い蟲だな」

「……では、ギンコさんがいつも咥えていたのは」

「そう、嫩草を乾燥させたものだ」

 

 しかし妙だな。とギンコは言った。

 嫩草はギンコの言う通り、特段害のない蟲だ。霧として集合したのも、この土地が光脈筋に戻ろうとしているからであり、根を下ろしにやってきたものたちが集まっただけだろう。

 それが体力の低下とどう関係しているのか。ギンコにはそこがわからなかった。しかしその疑問を解く鍵は、突然降って沸くことになる。

 

「うづっ……!」

「! どうした!?」

「はぁっ……! せ、背中が……」

 

 話している最中、文が突然苦悶の表情を浮かべた。体がびくりと反応し、背を丸めて痛みを訴えた。背中がどうしたというのか。ギンコの腰が浮く。

 

「すまんが、服を脱いでくれるか」

「は、はい……」

 

 ゆっくりと、文が服の上着を脱いでいく。痛みが強いのか、震える手で首巻きを解き、上着のボタンを外していく。そして、露わになった背中を見て、ギンコは驚いた。眼前に広がる光景。おもわず、それに手を伸ばす。

 

「これは……苔だ」

 

 文の背中には苔が生えていた。背骨から肩甲骨周りにかけて、緑色の短い植物が、根を下ろしていた。そして、さらによく見れば、その苔は植物ですらなかった。

 うぞうぞと、根元の部分が動いている。まるでナメクジか何かのように、ずるりと緑のモノが白い肌の上を滑り、その領域を、ゆっくりとだが確実に広げていた。ギンコもこの状況は初めて見るが、これはどう見ても嫩草に他ならなかった。

 

「(体力の消耗は、こいつらが寄生していたからだったのか)」

 

 ギンコは立ち上がり、他の天狗たちの服も脱がして背中を見た。侵食の度合いは違えど、すべての天狗の背中に苔や短いシダ植物のような形状の嫩草が寄生していた。

 

「(霧を吸った者が寄生されているのか? いや、それなら俺も同じように寄生されるはず……)」

 

 ギンコは思考を巡らす。霧状の嫩草が、吸った者に寄生し、体力を奪って成長する苔を生やすなんて話は聞いたことがない。ましてやこれは嫩草だ。蟲師たちと長く関わり、その性質も生態もほぼ明らかになっている。

 紫、とギンコはここまで我関せずといった態度で奇妙なスキマに腰掛け、あくびをしていた妖怪に声をかけた。はい? と紫が返事をする。

 

「お前はなんともないのか? あの霧を吸っただろ?」

「ああ、あの時は私、自分の能力で霧を吸わないようにしていましたから。藍も同様ですわよ」

「なんだと? そんなことまでできるのか?」

 

 ええ。と紫は当たり前のように答えた。河童もなにやら怪しい覆面で霧を吸わないように気をつけていた。だとすればこの症状は霧状の嫩草を吸ったもの、それも妖怪にのみ出ていることになる。

 ここでギンコは一つの考えに至る。それは、ある意味でギンコも予見していた可能性。妖怪と人間の差。大きな仕組み。これらのことは理の範疇という判断。それを裏付けるような仮説が、ギンコの中に立ち上がった。

 

「まさか……」

 

 考えが点となって浮かび上がる。嫩草という蟲。霧状の光酒。そして、ヌシ。

 点と点がつながり、線となる。

 何かを悟ったという風のギンコの様子を、紫は感じ取った。

 

「何かわかったのですか?」

「……ああ。こいつらがなぜ、こうなっているのかはな」

 

 だが確信が持てない、とギンコは言う。そして紫に、ある頼みごとをした。

 

「紫。俺をまたあの里に連れて行ってくれないか」

「? 構いませんが、天狗たちはこのままで?」

「今は何もできない。確信を持ったところで、どうにもできないかもしれんがな」

「?」

 

 ギンコの意味深な台詞に、紫も首をかしげる。だがまあ、最初からこの男を利用するために幻想郷へと招いた紫である。この男が蟲に関して、協力しろということを断る意味はない。紫は三度(みたび)日傘を降り、ギンコと共にスキマの中に消えた。

 

 

 

 

「それで、やってきたはいいですが探せるのって私だけですよね?」

「そうだね。ちゃっちゃとやっちゃって」

「投げやりだぁ」

「文字通りだな」

 

 緑も深い森の中。妖怪の山の一角で、河童のにとりは白狼天狗の椛をこき使おうとしていた。ヌシ、この場合は橙という妖獣を探そうとしている三人であるが、この広い山の中、隅から隅まで足で探すというのは現実的でないと誰もが理解していた。そのため、文句こそ言うものの、椛は自分がやるしかないとも思っていた。

 椛が持つ能力。千里を見通す能力。山のどこかにいるという大味な前提条件でも、探したいものを探すことができる。普段はこの能力を駆使して、山への侵入者をいち早く察するため目を光らせている。

 

「さて、探すのは妖獣でしたっけ?」

「そうだ。すまんが協力頼む」

 

 藍が頭を下げる。了解しましたよ、と椛が返事をする。目を閉じて、すぅっと息を吸い込み、それを詰めるように止めると、椛は目を見開いた。

 途端に意識が野山を翔る。草木を縫って、視点が走る。木々を回り込み、土の上を滑り、空を吹き抜け、千里を見通す。そうして山間をめぐり、彼女の視線は一匹の獣を捉えた。

 

「いました。ここから真東です。距離もあまり開いてません」

「よし。では行こう」

 

 その藍の一言を合図に、二人の妖怪は姿を消すような速度で駆け出した。その速度は目で追うことを許さないほどには、素早かった。

 

「ちょっと、置いてかないでよ!」

 

 出遅れたのは、河童だった。水の中ではわからないが、陸でのにとりの動きは他の二人に比べるべくもなかった。

 走り出しても、とうに姿が消えた二人には追いつけそうもない。しばらくそこで立ち尽くし、考えたにとりはガサガサと二人が言った方角とは違う方角へ歩き出した。

 先に走り出した二人は、駆け抜ける草木を尻目に、出遅れたとわかっているにとりを放っておいた。もっとも、藍は少しだけ後ろを気にしていた。走りながら背後を確認する。

 

「いいのか?」

「いいんですよ。どうせどこかで追いついてきます。将棋の時もそうですから」

「将棋?」

「こっちの話です……見えましたよ。あれで間違いありませんか?」

「……ああ」

 

 先行する二人の視線の先には苔を背負った化け猫がいる。ずっと遠くからこちらを見ていたようで、二人が発見した時には目が合ってしまった。そのためか、化け猫も二人から逃げ出すように走り出してしまう。

 疾駆する三つの影。追いかけても、すでに藍の言葉は橙に届かない。逃げ出す化け猫を追って、追いかけっこが始まった。




















 クロスオーバーであることを思い出させるようなオリジナル展開についてけねーって方もいらっしゃることでしょう。最近はのんびりとは縁遠いこの作品ですが、温かく見守っていただければと思います。

 さて、ストック切れたなぁ……がんばろ。



それでは、また次回お会いしましょう。

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