幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

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 この作品では、作者が考えた蟲が登場します。既存の蟲も登場しますが、状況に合わせた独自解釈も入っていく予定です。東方に関しては言わずもがな。なるべく原作設定に忠実にと心がけては参りますが、作者の独自解釈も抜け切ら無いと思いますのでご容赦を。あくまで、両作品に通ずる和系の異世界感を楽しんでいただければと思います。
 前書きが長くなりました。それでは。




幻想奇譚東方蟲師、始まります。







第一章 骨滲む泉
第一章 骨滲む泉 壱


 魔理沙と連れ立って歩くこと数十分。二人は森を抜け、日差しの元に這い出してきた。

 

「やれやれ、やっと出たか」

 

 薄暗い森から、一転してまばゆい光の世界へ。手で(ひさし)を作るようにして、ギンコは少し遠くの景色を見た。

 太陽は高く昇り、地平では陽炎(かげろう)が揺らめいている。かなりの気温だ。背負った桐箱(きりばこ)を一旦地面に下ろし、ギンコは土色のコートを脱いだ。

 

「こっちだぜ、お兄さん」

 

 早くも額に浮かぶ汗を手の甲で拭って、声のした方を見ると、白と黒で着飾った金髪の少女が立っているのが見える。ツバの広い帽子は少女の小さな体に大きな影を落とし、こう日差しの強い日なら便利そうだなと、ギンコは思った。

 脱いだコートを小脇に抱えて、桐箱を背負い直す。少し開いた魔理沙との距離を詰めるように、歩幅を大きくとった。

 鬱蒼(うっそう)とした森の道から比べれば、断然歩きやすい道を、魔理沙の後について、ギンコは歩いた。森の中では聞こえなかった、蝉のような声がする。寄せては返すその声に、気を留めないよう黙々と歩を進めた。

 ざりざりと、土を踏みしめる。遠くに見える緑と、澄んだ空気の匂い。多く土地を渡り歩いてきたギンコだったが、初めて見る土地だった。

 魔理沙の話を鵜呑(うの)みにするならば、ここはギンコが元いた世界とは違う世界なのだという。詳しくは聞いていないが、なんでも博麗大結界と呼ばれる不可視の境界で隔絶された陸の孤島だとか。笑えない冗談だ。

 しかし、今までも異界と呼べる領域に足を踏み入れたことのあるギンコは、そういう話もないことはないかと自分を納得させた。

 とりあえず、元の世界へと戻れる場所を知っているらしい魔理沙に同行することにしたが、そもそもなぜこの土地に至ったのか、ギンコは思い出せなかった。化かされているのか、はたまた、夢でも見ているのか。今はまだ判別が付きそうもない。

 

「なあお兄さん」

 

 延々と土を踏む音だけがしていた二人の間に、先に言葉を投げ入れたのは魔理沙だった。なんだ、とギンコが言葉を返す。

 

「お兄さんは、どこから来たんだ?」

「どこからと言われてもな」

 

 そう言われてギンコは、自分がここに至った経緯(いきさつ)を思い返した。

 ギンコは当てもなく各地を回り、とにかく一つ所に留まらないようにして生きている。東から西へ、北から南へ。一つ意識していることと言えば、冬はあまり北陸方面に近寄らないということであるが、これも夏の時分である今は関係ないことであった。

 たまにウロ(まゆ)に送られてくる手紙に従って蟲患い(むしわずら)を治しに行く以外、ギンコの目的地は定まらない。今回も目的地を定めずただ森の中を歩いていると……と、そこまで考えて、ギンコの思考は行き止まる。

 思い出せない。なぜここに来たのか。奇妙なことに、思い出せなかったのだ。

 気づいたらあの森を歩いていた。違和感を覚えた頃にはどっぷりとこの世界に、体ごと浸かっていたのだ。蟲の影響なのか? 自分の記憶が曖昧で、(もや)がかかっていることに、ギンコは不信感を持った。

 

「(どういうことかねぇ……)」

「お兄さん?」

 

 声の方を向けば、少し前を歩いていた魔理沙がいつの間にかギンコの隣にいた。帽子のツバを持ち上げて、ギンコを見上げている。

 

「聞いちゃまずかったか?」

「いや、大丈夫だ」

 

 伺うように聞いてきた魔理沙を見て、そこでギンコは一旦思考を打ち切った。改めて、自分がどこから来たのか考える。直前の記憶はないが、それより少し前なら思い出すことができた。

 

「そうだな……強いて言うなら、西からか。夜に追われていてな。東を目指していたんだ」

「夜に追われていた? 面白い表現だな。暗い所が怖いのか?」

「そういうわけじゃないが……とにかく、夜から逃げていたことしか思い出せない」

 

 夜から逃げていた。夜に追われていた。ギンコが覚えていたのは、それがすべてだった。自分でも、よくわからないことを言っているのは十分理解していた。だが今は、それ以上のことは言えなかった。

 前に向き直り、魔理沙が相槌を打つ。記憶喪失自体は、外から紛れ込めば不思議なことじゃない。だが立ち振る舞いと雰囲気から、奇妙な男だと、魔理沙は思っていた。

 

「夜から逃げる前は何をしていたんだ?」

「俺は、一つ所に留まればよくないものを寄せる体質でね。ずっと旅をしていた。今もそうだな」

「よくないものを寄せるってのがわからないけど……旅か。いいな。何か話してくれよ」

「ま、かまわんが。何を話そうか……」

 

 歩を止めることなく、ギンコは語り出す。人里へと続く土の道なりで、ギンコの語りが、どこからか聞こえてくる蝉のような声に溶けていく。話そうとして、長話なら結構と断られたことを、ギンコは忘れていなかったが、今度は興味深く耳を傾けてくる猫のような気性の少女に、言っても通じぬだろうと思った。

 蝉のような声がする。ギンコの耳元で鳴り響く。魔理沙には、その声が聞こえていないようだった。

 

「じゃあ……蟲の話をしようか」

「むし? 珍しいのか?」

「ああ、どこにでもいる、普通の隣人たちの話だ」

「なんだそれ」

「ま、そう言うな。そうだな、冬に鳴く蝉の話なんてどうだ」

「なんだそれ!」

 

 辺りに漂う不可視のモノたち。ただの人には、見えぬ聞こえぬ触れられぬ。そんな珍しい、普通の隣人の話を、ギンコは魔理沙に語ってみせた。




 














東方蟲師 第一章 骨滲む泉

 なるべくこまめにと思っておりますが、もう少し長い方がいいのかな? 当方も手探りですので、感想等でご指摘いただければ幸いです。

 さて、同行し始めた魔理沙とギンコですが。これからどうなるんでしょうね(丸投げ)。気まぐれ魔理沙に、振り回されるほどでは無いが揺らされるギンコ。いいと思います。

 東方世界ですが、正直どこからどこまで書いたものか迷い中です。おそらくwindows版の地霊殿あたりまでは書けそうですが、それ以降は地理の把握や役柄の設定で矛盾が生じ無いとも言い切れません。まあその辺りは、前書きをご覧いただいた皆様ならばご理解いただけるでしょう。こんな作品でも、お付き合いいただければ幸いです。

では次回。またお会いしましょう。


<追記10/19>
 ルビ振ってみました。読めない漢字等ありましたらご連絡ください。こちらで判断し、ルビを振ったり返信で読み方をご連絡させていただきます。

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