幻想奇譚東方蟲師   作:柊 弥生

13 / 78
<前回のあらすじ>
 幻想郷に最近やってきた男、蟲師のギンコは、八雲紫に奇妙な噂を吹き込まれた。

 ゆかりんは胡散臭いくらいがちょうどいいです(褒め言葉)。そう思わない方がいらっしゃったらごめんなさい。それでは。




幻想奇譚東方蟲師、始まります。





第二章 筍の薬 弐

 紫に教えられた噂をもとに、ギンコは人里から南にあるという竹林を目指していた。一度行ったことがある場所は大まかに記憶しているため、人里を経由、起点として、ギンコは竹林に向かうことにした。

 人里のわきを通り抜け、一路南へと足を向ける。日差しがちょうどよく雲に隠れ、気温は高いものの、まだ過ごしやすいと言えるだろう午前の刻。苔が群生し、ただ立っているだけで転びそうになる湿地の森とは比べるべくもなく歩きやすい道を、ギンコはゆったりと進んでいた。

 そんな折に、道の向こうから歩いて来る人影を見た。

 

「おや」

 

 人里以外で、人に会うとは珍しい。人外妖魔(じんがいようま)(たぐい)かと少々警戒もしたが、近づいてみればなんでもない、ギンコもよく見慣れた、旅の装束に身を包む一人の人間だった。

 まるで顔を隠すように頭の傘を目深に被り、草履を擦って歩いている。甚平(じんべい)のような服に身を包み、背丈はギンコの胸ほどで小柄だが、背負っている木箱はギンコのものと同じくらいで、少々不釣り合いだなと、ギンコは思った。

 どうも、と黙礼を交わしてすれ違った後、ギンコは竹林への道を聞いてみるかと思い至り、振り返って旅人を呼び止めた。

 

「あの、もし」

「はい?」

 

 若い女の声だった。なるほどそれで顔を隠していたのかと、妙なところで得心がいったギンコだったが、呼び止めた理由はそこではないので、気にせず言葉を続けた。

 

「あんた、この先から来たんだろう?」

 

 ギンコは南を指差して聞いた。女はギンコの指差す方を、傘を持ち上げて確認し、頷いた。

 

「ええそうですけど」

「なら、この先に竹林はあるかい?」

「ええ。道をまっすぐ行けば竹林です。竹林にご用ですか?」

 

 そう聞かれてどう答えたもんかと一瞬迷ったギンコだが、素直に答えた。

 

「ちょいと、妙な噂を耳にしてね。光る竹を探しに行くんだが、お前さん、何か知らないか?」

「光る竹、ですか? ……わかりませんね。聞いたことあるような気がするんですが」

 

 ギンコの問いに、女は首をかしげて考える素振りを見せた。ギンコもそれ以上は追求せず、そうか、変なことをきいてすまなかったと言って話題を打ち切った。

 

「ところでお前さんは、これから里に?」

「え? あ、はい。私は里へ薬を売りに行こうと」

 

 なら、その背中のは薬箱か。とギンコは納得した。もしかしたら同業者かもという思いも込めて尋ねたが、希望的観測はどうやら外れてしまったらしい。

 なるほど、とギンコが頷くと、女が聞いてきた。

 

「あの、何かご入用ですか? 一応、一通りの薬は揃えていますけど」

 

 背負う薬箱を降ろすような仕草をした女を見て、ギンコはその動きを、片手を上げて制した。

 

「いや、そういうわけじゃない。商売の邪魔して悪かったな」

「はあ」

 

 降ろしかけた荷を背負い直し、じゃあ、と女は会釈(えしゃく)をして、再び歩き出す。ギンコも、その薬箱で隠れてしまうほど小さな背中を見送ってから、振り返り、歩き始めた。

 

 

 

 しばらく歩くと、鬱蒼(うっそう)と茂る竹林が見えてきた。二(じょう)にとどこうかというほどの立派な竹が乱立し、見事に群生(ぐんせい)している。青々と壁のごとく並んで直立する竹のてっぺんを、ギンコは見上げた。

 

「こりゃあ見事な竹林だ」

 

 見上げた先で、平たい竹の葉が風に揺れている。しなやかに風を受け流すそれは幾重にも折り重なっており、空を一部隠すほどだ。見事だと言ったのは美的感覚からではなく、自然に対しての敬意、つまりは人を意に介さない、その瑞々(みずみず)しい生命力に対してのものだった。

 ギンコは竹林の切れ目に、人一人通れそうな獣道を見つけた。ギンコは目的のものを探すべく、竹林へと足を踏み入れた。

 竹の落葉が積もる道をざくり、がさりとかき分けるように進んでいく。時折ひらひらと舞い落ちる葉が顔にかかり、竹の成長に始まる夏の季節を感じた。

 獣道を行くと、少し、開けた場所に出た。そこには一軒の家があった。ひっそりと隠れるように建つ、掘っ建て小屋のような小さな民家だ。竹の葉がかかる茅葺(かやぶ)き屋根が、物悲しさを助長している。こんなところに人が住んでいたのか、とギンコは少し驚いて、そろりと一歩、近寄った。

 その一歩で、ギンコがやってきたのを察するように、家の中から人が顔を出した。

 

「誰だ」

 

 それは若い女のように見えた。ように、というのも、声のほどは少女に相違ないのだが、彼女の姿が非常に特異だったというのがある。

 色素の抜けた白く長い髪。遠目からでもわかるその特徴以外に、ギンコはある既視感を、彼女に感じていた。

 それはギンコだから感じることのできた微妙な違和感だった。とある村で、一年限りの豊穣をもたらす怪に触れた経験が呼び起こされる。まさかな、とギンコはその感覚を振り払い、家から出てきたその女に挨拶した。

 

「どうも。蟲師のギンコと申します」

「蟲師? 蟲師だと?」

 

 女は蟲師という言葉に反応して身構えたようだった。ギンコといえば、この世界に来てから初めて、蟲師という名乗りがすんなり通ったことに新鮮さを感じていた。この女は蟲師を知っている。警戒心らしきものを見せる女に、ギンコは続けて聞いた。

 

「おや、蟲師をご存知で?」

「……ああ。……それで? 蟲師がこんなところに何の用だ」

 

 女は(たたず)まいを正し、(りん)とした態度でギンコに対峙した。いつまでも離れたところから話しかけるのもどうかと思い、ゆっくり近づきながら、ギンコは自身の目的を女に話した。

 

「いやなに。ここいらで、妙な噂を聞いてきたんです。なんでも、この竹林に光る竹があるとか」

「光る竹だと? 馬鹿馬鹿しい。おとぎ話でもないんだ。そんなものあるはずないだろう」

「いやいや、これがどうしてなかなか。世にはまだ、珍しいこともあるもんですよ」

「……見たのか。光る竹を」

 

 女まであと十歩というところで、ギンコは足を止めた。それというのも、どこからともなく、赤子の泣き声が聞こえてきたためであった。その泣き声を受けて、会話は中断され、女ははっとした表情で家の中にとって返した。赤子がいるのか。ギンコは家に近づいた。

 相変わらず赤ん坊の泣き声が聞こえる。玄関横の格子窓から、ちらと中を覗けば、女が赤ん坊を抱き上げて、あやしているところであった。家の中からギンコに向かって、女の声がかかる。

 

「見ての通りだ。話がしたいんなら、中に入りなよ」

「じゃあ、そうさせてもらうかね」

 

 入り口に掛かった(すだれ)をくぐり、ギンコは家の中に足を踏み入れた。

 家の中はなんというか、寂れていた。生活感がまるでない。先ほど覗き込んでいた格子窓の下にある釜も錆付いていて、使われている様子はなく、居間の中央にある囲炉裏(いろり)に、(わず)かながらに灰が積もっているばかりだ。本当に、物置小屋か何かのようだ。ギンコはその感想を胸にしまったまま、土間からの小上がりに腰掛けて赤ん坊をあやす女に問いかけた。

 

「ここに、一人で住んでいるのか?」

「だったらなんだ?」

「いや……そうだな」

 

 これだけのものを見れば、よほどの唐変木(とうへんぼく)でもない限りは事情があると察するものだ。ギンコもただ「気の毒だ」と安い同情を向けられることが、どれほどその人自身にとって(みじ)めなものであるか理解しているつもりで、強い語気で返されれば、目を逸らして同調するほかなかった。

 ギンコは仕切り直すように女の隣に腰掛ける。さほど広くはない家の中に、ギンコの下した桐箱から、がちゃりと音が響いた。女もギンコが座ることを(とが)めようとはせず、代わりに先ほどの続きを話し始めた。

 

「あんた、光る竹がどうとか言ってたな」

「ああ」

「私の知る限りじゃ、それを見たことはない。竹林は歩き慣れてるつもりだから、今更探し直す意味はないと思うよ」

 

 赤ん坊の前だからか、先ほどより幾分か穏やかな口調で、女は言った。ギンコとしても、光る竹を探しに来たのは紫に言い含められたところが多分にあり、それほど心を傾けるようなことでもなかった。女の言うことを鵜呑(うの)みにしてもいいか、という考えがギンコの頭をよぎる。

 

「(どうすっかねえ)」

 

 出鼻を(くじ)かれた思いで、ギンコが考えていると、女にあやされていた赤ん坊がギンコに反応した。

 あぶあぶと言葉にならない声を発し、空中をつかむように手を動かし、ギンコへと視線を向けている。ギンコもその様子に気がつき、赤ん坊を見た後、女に視線を向けると、その視線がはたと交錯した。

 女の目は赤かった。稀にある性質で、体中の色素が抜け落ちて生まれ出でる動物がいるという。そういう動物は、血液の色が目に現れ、髪や肌が雪のように白くなるそうだ。女の見た目は、まさにその性質を表していた。

 女はその奇異な性質が故に、里から離れてここで一人、赤ん坊を抱えているのだろうか、とギンコは考えた。

 赤ん坊の様子を見た女が、ギンコに聞いた。

 

「……抱いてみるか?」

「えぇ……」

 

 ギンコは困った声を出したが、そんな様子が面白かったのか、女は(なか)ば押し付けるように、ギンコへ赤ん坊を差し出した。まさか取り落とすわけにもいかず、ギンコは赤ん坊を抱え上げる。

 赤ん坊を抱き上げるなどいつ以来だろう。あるいは記憶にもないその行為に、ギンコは変な緊張を持って臨んだ。

 赤ん坊はギンコを見つめている。曇りのない、蟲とはまた違う輝きを放つ命。腕の中に収まるその命の輝きは眩しく、ギンコは知らず、微笑んだ。

 

「赤ん坊を抱いたのなんて、初めてかもしれねえな」

「そうなのか?」

 

 女は聞き返す。

 

「ああ。俺は蟲を寄せる体質でね。一つ所に留まれんのだ。だから旅をしているし、そうなれば必然、子供なんてものとも縁がなくなるってわけだ」

「へぇ。じゃあ、ずっと旅を?」

「ま、そうなるな。あちらこちらと彷徨(さまよ)って、気がついたらこんなとこまで来ちまった」

 

 そう言って、ギンコは紫の顔を思い出した。思えば全部あいつのせいだよなぁ、と考えると、光る竹の話など心底どうでもよくなった。自分は思ったよりも、気ままに足を向ける旅が好きだったんだなと自覚する。

 ギンコの話を聞いて、女が静かに同調した。

 

「……大変、だったな」

「いや、そうでもねえさ。昔はどうだったかしらんが、今はそれなりに、楽して生きてるよ」

 

 寄る辺がないというところで、女とギンコは共通点があるようだった。女のやけにしんみりした言葉の雰囲気に、そう、ギンコは考えた。

 またぐずり始めた赤ん坊を、少し慌てたギンコがぎこちなくあやす。あー、やっぱ母親がいいのかねえ、と呟くギンコを見て、女は笑いを堪えるように、口元に手を添えた。

 いよいよ泣き出しそうという時に、女がギンコから赤ん坊を取り上げる。途端に泣き止む赤ん坊を見て、ギンコも女も、苦笑した。

 

「ところでお前さん、蟲師を知ってたようだが、ここで俺以外の蟲師に会ったことが?」

 

 そうギンコに問われ、女は少し考えるようにして答えた。

 

「あー、いや、ここでは見たことないな」

「じゃあどこで知ったんだ?」

 

 幻想郷は閉じた世界である。そう、概要だけしか理解していないギンコから沸いた疑問だったが、女は少し答えにくそうだった。どうやら掘り下げられたくない部分に触れそうだな、と思ったギンコは、女が答える前に自分の言葉を覆した。

 

「いや、いい。蟲師を知ってるんなら、蟲についても、知識があるんだろ?」

 

 置いておいた桐箱の肩紐に手をかけて背負い直し、ギンコは背中越しに女に問うた。ごとり、と桐箱の立てる音に重なって、ああ、どんなものかくらいはな、と控えめな返事が聞こえる。それなら結構だ、とギンコは家の入り口にかかった簾を持ち上げた。

 

「何か変わったことがあったら、知らせてくれ。どうせ、この世界をぐるぐる回らなきゃならん身だ。たまに、様子を見に来るよ」

「ん、そうか」

 

 同情をするつもりはない。ただ、そうあるように生きているものを受け入れることが、ギンコの生き方でもあっただけである。だが女はギンコの言葉に情を見出したようで、微笑みをもって申し出を聞き入れた。

 

「なあ」

 

 最後に、ギンコは女に聞いた。

 

「あんた、その子は自分で産んだのか?」

 

 女は一瞬、驚いたような表情を浮かべると、少し目を伏せ、躊躇(ためら)いがちに答えた。

 

「……いや、捨て子だよ。竹林のそばでな。拾ったのさ」

「……そうかい」

 

 ギンコは玄関の外を見る。鬱蒼と茂る竹林。全てが地中でつながり、仲間はずれは一株もない。そういう繋がりを持った植物の生き様が、女の目にはどう映るのだろうか。

 嫌な沈黙を払うように、女が口を開く。

 

「あんた、蟲師のギンコとか言ったな」

「ああ」

「まだ、私は名乗ってないぞ」

 

 そういや、そうだな。とギンコは女の方を見る。

 

「私は妹紅(もこう)藤原 妹紅(ふじわらの もこう)だ。よろしくな」

 

 赤ん坊を抱く白髪の女は、人懐っこそうな笑みを浮かべていた。



















 タイトルと序章を見れば、蟲師ファンの皆様でしたら大体なんの話かは察しがつくはずです。でもそこは東方クロスの二次創作。これからの展開を、どうかご期待ください。




それではまた次回、お会いしましょう。




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。