ゴルゴナの大冒険   作:ビール中毒プリン体ン

39 / 42
逆襲のキラーマシーン

シャドーは知る由もない。

いや、シャドーだけでなく…彼の生みの親のミストバーンも、

その主である全知全能に最も近い大魔王バーンも知らぬこと。

この世界の運命には変革が巻き起こっている。

本来辿るべき運命はある出来事を境に大いに狂い、

そしてこの世界は全く別の道を進むことになった。

 

元々あるべき運命の姿。

その運命においては、大勇者アバンは早々に戦線離脱し、

知力やカリスマはともかくとして肉体や魔力面では大きく弟子たちに劣る。

マァムは、師アバンから授かった魔弾銃に頼り

僧侶戦士という中途半端な存在として長年を無為に過ごすことになり、

武闘家としての素質を伸ばす時期が遅れる。

ポップは、しばしの期間、肝心なところで踏ん張りがきかず逃げグセに悩まされるし、

また自分が普通の一般家庭出身であることに強い劣等感を抱く。

ダイはアバンの特訓を完了することが出来ず、紋章の力を制御することにも苦労し、

またオリハルコン製の武具と出会うまでは全力で戦うことも出来なかった。

マトリフとブロキーナは、年齢的な理由もあって

勇者達に教えを授けることはあっても直接に力を貸すことはギリギリまでしなかった。

ネイル村は滅びないし、

そのことでミーナが幼少よりブロキーナに英才教育を受けることもない。

普通の少女として生きていく筈だった。

魔剣戦士ヒュンケルは、

この時期にはアバンへの誤解を解いて、マァムに説得されて正義の使徒に目覚めている。

 

そして、鬼岩城はロン・ベルク作の『ダイの剣』を携えたダイによって一刀両断。

脆くも崩れ去る。

それが鬼岩城の末路であった。

 

だが、その運命はもはや破却された。

今、鬼岩城は白く輝く鉄板に覆われた白亜の大魔神となっていて、

大魔導士マトリフとポップ…そして勇者ダイの一撃を受けても依然健在だった。

ダイの剣による大地斬で真っ二つとなるはずの鬼岩城は、

覇者の剣によるアバンストラッシュを受けても頭部の破損で済ましてしまった。

B(ブレイク)タイプでなら話は違うだろうが、

先程鬼岩城に放たれたのはA(アロー)タイプのストラッシュだ。

射程と速射性に優れるが威力に劣る。

鬼岩城は、元々の運命の()()と比して

比べ物にならない程、頑丈に、高密度に、強力に、多機能に、巨大になった。

今のダイ達では外部からの完全破壊はかなり難易度が高いといえる。

 

一方で勇者一行は、鬼岩城からの一斉砲撃と

大魔砲〝いかずち〟によって大ダメージを負っていた。

ダイの竜闘気全開防御、マトリフらの連続ベホマのお陰で

なんとか生き長らえて、ようやく彼らは鬼岩城に突入出来ていたのだ。

 

「内部から破壊するしか、このデカブツは倒せねぇ」

 

とはマトリフの言。

シャドーが思っているよりも、勇者達には余裕はない。

中央の間のトラップが発動し、

モンスターハウスと化した大広間での怒涛の連戦も辛い。

デッド・アーマーには魔法が効かぬし、

ガストはマホトーンを連発してくるのでマトリフ、ポップは苦戦を強いられている。

通気口を通れるガストやあやしいかげ達は次々に増援として参上し、戦局は膠着状態だ。

ジリジリと勇者達が押しているが、消耗は避けられない。

 

「ふぅー、魔王軍の本拠地ってのは…伊達じゃないわね」

 

桃色の髪を後ろで結わえた美少女・マァムが呼吸を整えつつ片眉をしかめる。

 

「へんてこな罠で閉じ込められるし…モンスターは変なとこから飛び出してくるし…。

 色んなとこから攻撃は飛んでくるし…歩くし!へーんなお城!」

 

姉弟子と並ぶ小柄な、これまた美少女のミーナは怪物城に文句たらたらのご様子。

 

「どわ~~~~~!!マァムぅ!!早くこいつ何とかしてくれよぉ~!」

 

人垣(モンスター垣)の向こう側で

ポップがガスト数匹とデッド・アーマーに追い回されているのが見えるが、

いくら一撃で倒せる雑魚相手とはいえ

無限増殖する魔影軍団系、不死騎団系のモンスターが相手だ。

まとめて一掃する手段に乏しい武神流奥義ではどうしても多少時間がかかる。

 

「ポップ!今行くぞ!」

 

なので、対集団戦を得意とすると魔法使いか勇者の出番が求められるのだ。

 

「ダイ!テメェは温存してろっつったろ!下がれ!俺が――ぐっ!?」

 

「マトリフさん!?あなたこそ休んでてください!」

 

勇者の温存を考えたマトリフが極大閃熱呪文(ベギラゴン)の構えをとるも、

胸を押さえ僅かに喀血したのを見てダイは自分が飛び出していった。

パーティー全員を飛翔呪文(トベルーラ)で長時間飛行させ、

あまつさえ鬼岩城との前哨戦での大火力を掻い潜るのにマトリフはかなりの労力を割いていた。

100歳近い彼には堪える作業といえるだろう。

 

「アバンストラーーッシュ!!」

 

〝いかずち〟の防御で消耗した竜闘気もそのままに、ダイはアバンストラッシュA(アロー)を放つと、

眼の前に立ち塞がっていたさまようよろい達が木っ端微塵に弾け飛び、

 

「バギ…クロスッ!!」

 

続け様、ポップを負っていたガスト達を引っ掻くように腕をクロスに振り下ろす。

かつて紋章の力を発現していた時しか使えなかった

最高位の真空呪文を使いこなせるようになっていた。

ポップが慌てて伏せると、ガストの群れが引き裂かれ四散。

デッド・アーマーそのものには魔法は効果がないが、最高位真空呪文の暴風は足止めには充分だ。

 

「たああっ!!」

 

気合一閃の通常攻撃でデッド・アーマーは脳天から股下まで両断され、どぅ、と地に突っ伏した。

 

「大丈夫か、ポップ!」

 

ダイが親友へと駆け寄ると、

 

「バカかおめぇー!あとちょっとでおれにもバギクロスあたるとこだったぞ!?」

 

ガバッと起き上がったコミカル顔のポップに肩を掴まれシェイクされる勇者なのであった。

 

「へへ…技から魔法、そして間髪入れずの通常攻撃。流れるような三段攻撃だ。

 アバンの野郎にしごかれた成果が実ってやがるな」

 

ダイの仕上がりっぷりにほくそ笑むマトリフだが、今も胸のあたりを抑えて苦しそうにしている。

それに勇者の力を温存しておくつもりが、

ダイが息切れる程に疲れさせてしまっている状況は全く宜しくない。

今も、ダイは竜闘気の残量を懸念して

B(ブレイク)タイプではなく低燃費のA(アロー)タイプを無意識に放ったのだろう。

今は元気に敵を殴り砕き蹴り潰している武闘家三人組も

このペースで暴れていれば早晩スタミナ切れを起こすだろう。

 

(…魔王軍どもの…まるで時間を稼ぐみてぇな戦いっぷりも気に食わねぇ。

 さっさと決めてトンズラこきてぇところだが……)

 

パーティーの誰もがカッカしてる中でも魔法使いはクールに。

マトリフはその信条通りに戦場を見通していた。

 

「おい馬鹿弟子。いつまでも遊んでんじゃねぇ。……気付いてるな?」

 

ダイとほっぺを抓合ってじゃれるポップに、その師は鋭い眼光で問う。

 

「ああ師匠…魔王軍の奴ら、増援待ちでもしてんのかな?

 動きがどうも消極的な気がするぜ」

 

不肖の愛弟子が、ちゃんと自分の教えを忘れていなかったのに老魔道士はニヤリと笑った。

 

「ブロキーナの大将。オメーどう見る?」

 

今度の言葉は、木の葉のようにゆらゆらと舞い跳び敵の攻撃を流し、

撫でるような気安さで蹴撃を叩き込む老爺へと向けられていた。

彼もまた自分と同程度の百戦錬磨。その意見は必聴に値する。

 

「そうだね~。何だか不自然さを感じる。

 だけど、ここでわしらが退いたらこの巨人がどれだけの惨劇を生むか…。退却はできん。

 不退転の決意で進む…ワシってかっこいい?」

 

モンスターの頭から頭へ飛び移りながら、

きちんと頭部を踏み潰しアンデッドの息の根を止めつつビシッと決めてみる。

 

「かぁーうぜぇジジイだ!

 まだまだ余裕ありそうで結構なこった。まだまだ死なねーなこりゃ」

 

「ひゃー、ジジイにジジイって言われちゃ敵わんなぁ」

 

老人二人の軽口の応酬。

さすが、気心の知れた古くからの仲間だ。

軽口の裏には互いへの深い信頼と理解がある。

 

「つまり、奴らが時間稼ぎをしたいってことは、

 なるだけ早くここを突破しなきゃならん…ってこったな」

 

骨が折れるぜ、とマトリフが自分で自分の肩を揉みほぐす。

息をゆっくり吐き出しながら奮闘している若人達を見ると、

 

「おじいちゃん達とダイくんは休んでてね!

 こんなザコ達、わたしとお姉ちゃんが倒しちゃうから!」

 

「ポップ!今のうちに皆の回復してて!」

 

特に元気な少女二人がモンスターの群れに猛然と突撃。

タックルで数体を吹き飛ばしそのまま「どりゃあああああ」とか叫んで

武神流の美人義姉妹はモンスターに会心の一撃の嵐を見舞うのだった。

 

「うへぇ…可愛い顔してゴリラみてぇ…」

 

ポップがあんぐりと恐ろしい膂力を誇る可憐な二輪の花を眺めていた。

ブロキーナでさえ、「…鍛えすぎたかな?」と若干不安気になる程に凄まじい。

元々辿るべき運命では、マァムは僧侶戦士から転職し僅か2ヶ月弱で武神流を修めた麒麟児だ。

そのマァムが5年もの間みっちりと修行すれば…、

 

「ちまちまやっててもキリがないわね…

 ちょっと疲れちゃうけど…猛虎破砕拳、連打でいくわよ!!」

 

一発で体に負担が来る猛虎破砕拳を完全に使いこなしている。

それどころか、マシンガンのように連打するという無茶も叶ったりする。

16歳という油の乗り始めた肉体と天賦を持つ彼女だからこそできることだ。

若過ぎて体が完成していないミーナや、

老境に入り肉体が衰えているブロキーナでは完璧な猛虎破砕拳は放てない。

極めれば一発でオリハルコンさえ砕くと云われている拳聖ブロキーナの秘奥義を

マァムは神速の拳でもって前方全ての敵へぶち当てる。

威力と速度が相まってマァムの前方にはちょっとした闘気の暴風地帯と化す。

 

「アギャギャギャッ!?」

 

哀れなあやしいかげ達が叫んで消失。

半身がひしゃげてろくに動けなくなったデッド・アーマーが2体。

同じように痛々しい姿のさまようよろいは数十体。

無残な姿になりつつもギシギシ動いて殺意を失っていないのはさすが魔影軍団だ。

拳の嵐から溢れた生き残りモンスターにも、もれなく妹弟子ミーナが仕留めにかかった。

見る見るうちに大部屋内のモンスターは減っていき、程なくして…。

 

「ふぅ…ざっとこんなものね」

 

「あ~ん、もうアンデッドとか暗黒闘気体とかやだー!気持ち悪いし殴り辛いし疲れちゃうよ!」

 

パンパンっ、と両手で誇りをはたく少女2人に男どもはただただゾーッとするのみだった。

しかも直後にツカツカと白に輝く大扉に向かうと、

 

「ふんっ!!」

 

掛け声と共にオリハルコン鋼板のその扉をゴンガンゴンガンしこたま叩き蹴り出す。

薄く伸ばされて鋼鉄表面に貼り付けられているとはいえオリハルコンである。

それがどんどん凹んでいく。

形を変えていく。

メキメキっベコベコっと凹んでいく。

その光景に男どもの肝は先程以上に冷えていくのだ。

 

(あの太ももに見惚れるのはやめよう・・・!あれは凶器だ!)

 

ポップはそう心に誓った。

 

「う~ん、だめね…。やっぱりこれもオリハルコンだわ。このままじゃ時間がかかり過ぎる」

 

最近いい感じに仲が深まってきている魔法使いの少年の内心は露知らずマァムは溜息を一つ。

大分歪んできているが、まだまだ勇者一行を閉じ込める防壁としては機能していた。

隙間から精々ゴメちゃんぐらいしか抜け出せないだろう。

 

「…ねぇポップ。魔王軍は時間稼ぎを狙ってるのよね?」

 

「え?お、おう。

 そんな不自然な消極さがあるなって師匠と話してただけで、狙いは分かってねぇよ?

 今もあやしいかげの増援が止んだのがやっぱり不自然だしな」

 

急に話を振られたポップはややキョトンとした顔でそう答え、

それを受けてマァムは何やら意を決したようだ。

 

「それだけ分かってれば充分よ。

 何より鬼岩城がこんな歩く巨人だって分かった今、放っておけばロモスが危ない。

 老師も言っていたとおり、

 こんなのにラインリバー大陸に上陸されちゃ大惨事が待っているわ!」

 

マァムはぐっ、と腰を落として利き腕を引き、右拳に闘気を収束。

またもや猛虎破砕拳の構え。今度は腰も腕も深い。

連発式ではなく、弩級の一撃を放とうしているのだ。

こちらの構えと用途こそが本来の正しい奥義の型といえる。

 

「えぇ!?マァム、また猛虎破砕拳を使うつもり!?無茶だよ!ここはおれが…!」

 

「おれのメドローアでもいけるぜマァム。お前こそちょっと休んだほうがいいんじゃねぇか?」

 

マァムへの負担の大きさを憂慮してダイが慌てて剣を構え、

ポップも鼻っ柱を擦りながら申し出る。

 

「ダイ、マトリフさんもいつも言っているでしょ?

 巨悪に対抗できるのは、最後には勇者の一太刀だけなの。

 鬼岩城の中枢にはもっと恐ろしいモノが待っているかもしれない。

 あなたはそれまで力をとっておいて。露払いこそ私達の役目。

 それにポップもマトリフさんも回復用にMPをとっておいたほうが良いでしょ?」

 

ダイとポップを制止し、

 

「武神流…猛虎破砕拳っ!!」

 

マァムは渾身の拳打を歪む白亜の大扉へと叩き込む。

と、扉が見る見るうちに、まるで虎の顔のようにひび割れていき、

そのまま大扉にぽっかりと大穴が穿たれたのだった。

 

「だ、だははは!たいしたもんだぜ。俺のメドローアもまっつぁおだなコリャ」

 

旧友の弟子の素晴らしい成長っぷりにマトリフが「たはは」と笑う。

少し鼻水を垂らしながらちょっと引きつった笑みを浮かべているのは、

 

(レイラの若い頃そっくりでこう、

 むちむちっとしてイイ感じだと思っとったけど…ありゃアカンわ。やめとこ)

 

セクハラは決してすまいと心に誓ったからだとかなんとか。

ポップとマトリフ…こんな所までこの師弟はそっくりだった。

マァムとミーナが奮闘している間に、

ポップが皆をすっかり回復させ、マトリフも呼吸を整え終わる。

しかし、やはり思っていたよりも損耗スピードが早い。

アバンより送られたシルバーフェザーも既に使い切っており

MPも今の分を使い切れば補給はできない。

鬼岩城突入時に

〝いかずち〟と一斉砲撃を凌ぐのにベホマを乱発せざるを得なかったのが痛かった。

だが取り敢えずはモンスターの波も一先ず絶えて、

皆ようやく落ち着きいざ出立しようとした、その時。

 

ガシンッ

 

鋼鉄の重々しき音が僅かに大部屋を揺らした。

 

「何の音だ!?」

 

ポップが、(また何かの罠が作動したのか!)と頻りに辺りを見渡すも特に何も無さそうだ。

しかし、

 

ガシンッ、ガシャンッ、ガシンッ

 

鋼鉄の音はどんどん大きくなり、音と音の幅は短くなり、

 

「これは…何かが近づいてくるね。廊下の向こうからだ…デッド・アーマーの足音ではない」

 

ブロキーナが眼光鋭く廊下の暗闇の向こうを睨みつけた。

マァムが打ち破った大扉のあちら側。

照明も灯っていない、暗く…恐らく長い大きな廊下のずっと向こう。

大きな質量を持つ鋼鉄同士が衝突する音が反響する暗闇の中。

怪しく光る紅い光がぼぅっと浮かんでいた。

 

ガシャン、

 

ガシャン、ガシン、ガシンッ、

 

ガシャンッ、ガシャンッ、ガシャンッ、

 

どんどんと大きくなる鋼鉄の音。

 

「先手…必勝だっ!!」

 

明らかに新たな敵。

そう見て取ったポップは右手にメラ系、左手にヒャド系を生成。

初手に最大の必殺技で戦いを決めようとする。

最初の一撃に最強の攻撃を放つのは悪手ではない。

両手の魔法力を擦り合わせ弓を引き絞るように構え、いざ放とう…とした時に、

 

「よせ、ポップ。初手で最強の攻撃を放つのは悪くはねぇが、メドローアでやっちゃいけねぇ。

 教えたはずだぜ……呪文返し(マホカンタ)を使うモンスターがいないとも限らん。

 それにこのデカブツの中にゃ、デッド・アーマーとかもうろついてんだ。

 他にも魔法が効かねぇ奴や、

 マホカンタみてぇな特性があるモンスターがいる可能性は充分ある」

 

師に腕をがっしと掴まれたポップは、ハッとした顔になって慌てて魔力を霧散させた。

 

「そ、そうだった…危ねえ危ねえ…!ありがとう師匠」

 

「ケッ、バカ弟子が。まだまだ俺がついててやんなきゃいけねぇみたいだな。ダハハハ!

 アバンの印ならぬマトリフの印でも近々くれてやろうかと思ったが、こりゃ延期だな」

 

「げぇぇ、なんだそりゃ。

 マトリフの印って…

 この前貰っただっっさいこのベルトについてる師匠の顔みてぇなこーゆーの?

 あっ!そういや師匠!これ全然はずれねぇんだよ!呪われてんじゃねえのかこれ!」

 

「あん!?ヒヨッコ風情が、俺様自ら手がけたオリジナルデザインのバックルをだせぇだと!?

 こーんなかっちょいいベルト見たことねぇだろうが!

 見ろ!この大魔道士マトリフ様の顔を模してるんだぜ!?」

 

ありがてぇデザインだなぁ…、と最後に言い足したマトリフは満足気にうんうんと頷いている。

 

「外れないのはオメェあれだよ。そんだけしっかりお前を守ってくれてるってことだぞ。

 呪いだなんてとんでもねぇ。むしろ祝福だ。感謝しなヒヨッコ」

 

ポップが何とも言えぬ表情で師匠を眺めている。

そのやり取りを見守る周りの仲間達も、概ねポップと似たり寄ったりの表情。

横暴が服を着て歩いている、とはポップの言だが、まさに今その真価が発揮されていた。

弟子と師匠の微笑ましい?やり取り。団欒の一時。だが次の瞬間、

 

ズズンッ!

 

それを強制的に終わらせる金属の重量音。

薄暗い廊下を抜けて大部屋へと足を踏み入れた巨大な人影が、その全容を見せた。

 

「ああ!?あ、あれは…!」

 

ダイが両目を驚愕に見開く。

ダイにとって忘れようはずがない。

無骨な2本の腕。4本の脚。

右腕の湾曲大剣。左腕の大型ボウガン。

他に幾らか見覚えのない武具が追加され、

色も当時と違って鮮やかなブルーに変わっているものの…それは間違いなく、

 

「キラーマシーンっ!!」

 

そう。見間違えることなど有り得ないその特徴的なロボット兵はキラーマシーンだ。

 

「キラーマシーン…!こいつが…!?

 アバン先生を倒すために作られた対勇者殺人機械兵士!」

 

ポップもまた驚きの声を上げて巨漢の機械兵を見上げていた。

キラーマシーンの紅い単眼(モノアイ)が、

スムーズな駆動音を微かに漏らしながら滑り動きダイとポップを見つめ、

 

『そう!その通りだ!!』

 

エコーする機械音声が勇者らに向かって投げかけられた。

 

『キラーマシーンはかつて人間になされた改造とはレベルの違う改造を受け、生まれ変わった…!

 そして…今では竜の騎士という勇者を殺すためのキリングマシーンなのだ!!」

 

言うと同時に機械兵士が跳ぶ。

 

「は、速い!!」

 

鈍重そうな見た目と、先程まで響かせていた足音からの推測を裏切る速度。

予測を遥かに上回る俊敏性と加速性が、幼い竜の騎士の対応を遅らせた。

 

「っ!」

 

『死ねぇぇ、ダイ!!』

 

巨大な曲刀が重量と速度を味方にし唐竹割りに襲いかかる。

ダイは受け止めるべく振り上げた覇者の剣で、

(このままキラーマシーンの剣を斬り折る…!)

つもりで竜闘気(ドラゴニックオーラ)を込めた。

しかし、

 

ガキィィィンッ

 

けたたましい金属音を響かせてガッシリとキラーマシーンの刀剣と鍔競ってしまうのだった。

 

『ハハハハハッ!モンスターハウスで相当消耗したようだな!

 貴様の竜闘気(ドラゴニックオーラ)の量は明らかに減少している!

 このキラーマシーンの目は誤魔化せんっ!!」

 

中身に人間が乗ることを考慮しなくなったことで、

キラーマシーンの内部には機械構造が詰まっている。

頭部にも古代ムー帝国の技術が導入されたコンピューターが搭載されており、

融合状態にあるシャドーはその恩恵を遺憾なく受け取っていた。

 

「くぅ…そ、それにしたって…コイツ、どんな改造を受けたんだ!

 竜の騎士のオリハルコン製の剣の一撃を受けて無事だなんて…!」

 

『フッフッフッ…キラーマシーンの湾曲大剣はプラズマコーティングソード!

 なに?何を言っているかわからんだと!?

 私だってよく分かっていないが、とにかく凄そうだろうっ!!

 とにかく!!

 神々の金属であるオリハルコンとて金属には違いない…!

 故に湾曲大剣が纏う磁場フィールドが貴様の剣の衝撃を吸収する!

 ゴルゴナ様がそう仰っていたのだからそういう事なんだ!』

 

ロボット兵のモーター駆動音が唸りを上げる。

更に出力を上げてぐぐぐっとダイを押し込みだした。

 

「こいつ…凄いパワーだぞ!こっちが疲れていることとは関係なしに、強いっ!!」

 

「ダイ!くそ…!近すぎて呪文じゃダイまで巻き込んじまう!」

 

ポップが舌を打つ。

冷や汗を一筋垂らすダイの助勢に、

 

「ダイっ!」

 

「ダイくん!!」

 

すぐさま2人の武闘家が舞うように参じようとするも、

 

―pipipipi!

 

恐ろしいほど速く正確な動きでロボット兵のバリスタ砲が放たれる。

しかもこの弩弓、やはりというか何というか、ムー人の手が入っていて連発式炸裂榴矢弾なのだ。

ボンッボンッボンッと立て続けに爆発が起き、

可燃性の粘液がばら撒かれて中央の間の大部屋は一瞬にして紅蓮の地獄と化す。

 

「広範囲を一瞬にしてっ!?」

 

「わー!?燃えうつった!」

 

マァムとミーナは持ち前の素早さで直撃こそ回避したが、

武闘着の裾に僅かにその可燃粘液が付着。

ムー人の悪辣な可燃液は燃焼部位を切り離すよりも速く火炎を燃え広がらせる。

 

「マァム!ミーナ!」

 

「ちっ…!ポップ、ヒャダルコだ!」

 

魔法使いの師弟コンビが燃える仲間に氷結呪文を放ち鎮火に努め、

その間に火炎地獄を引き裂くようにしてブロキーナが疾風の如く前面に躍り出た。

あっという間にダイと競るキラーマシーンの懐に潜り込むと、

 

「はぁー!!」

 

枯れ葉のような老人が繰り出しているとは思えない連打がメタルボディに打ち込まれる。

一撃一撃が、並のモンスターならば死に至る威力。

だが、

 

『馬鹿め!

 キラーマシーンの装甲はミスリル・オリハルコン合金ブルーメタルめっき鋼板!

 ゴルゴナ様が開発した新型装甲なのだぁぁ!!

 1万2000枚の新型極薄装甲を丹念に施されたキラーマシーンの防御に隙はなぁぁぁい!!!』

 

僅かに仰け反ったものの、

踏ん張るキラーマシーンの四つ足の一つが猛烈な脚撃をブロキーナへと見舞う。

だがブロキーナは、まさに枯れ葉となって強力なキラーマシーンの蹴りをふわりと舞って避ける。

 

『ぬ!?』

 

そして僅かとはいえ仰け反り、

踏ん張る脚の一本を持ち上げたキラーマシーンが見せた隙をダイが見逃す筈もない。

一気に押し返しキラーマシーンを持ち上げて、

 

『うおおお!?この力…!これが竜の騎士!!』

 

「でぇぇいっ!」

 

曲刀を弾き上げるとがら空きとなった胴体、胸部のガラス装甲目掛けてパンチを繰り出した。

が、しかし。

ぐわぁぁぁん、とダイの拳の方が痺れてしまう。

 

「い、いちちち!なんて硬いんだ!くっそー…前はあそこが壊れやすかったんだけどなぁ」

 

拳にフーフー息を吹きかける様は少し面白可笑しい。

 

『ハッハッハッ!

 生まれ変わったキラーマシーンに弱点はないと言っているだろう!

 計算しつくされた曲線フォルム!

 職人技光る重ね貼りの装甲!

 新型装甲の柔軟性と硬性!

 それらが抜群の衝撃分散性を発揮し、攻撃を散らす!

 そしてぇぇ、当然防御だけではないのだぁぁぁぁ!!!!』

 

シャドーのテンションがMAXとなり多少言動が怪しい。

だが、彼の言う通り間違いなく今のキラーマシーンはムー人の超ロボット兵と言うに相応しい。

 

ジジジジ――

 

キラーマシーンのモノアイが不穏に発光しだす。

 

「ふーようやく全部消え…なんだありゃ!?

 目がすんごーく光ってるんですけど?な、なんだか嫌な予感が――」

 

丁度、鎮火作業を終えたポップが振り向きざまに懸念を表明。

案の定…、

 

「みんな伏せろぉー!」

 

「ピピィ!?ピーピピピィーーっ!!」

 

鬼岩城の大魔砲には及ばないが、

それでも凄まじい光線がキラーマシーンの目が発射され勇者パーティー全員を薙ぎ払う。

光線が通り過ぎた軌道に沿って次々に火柱が立ち、

 

「きゃあああっ!?」

 

そしてキラーマシーンは左腕のバリスタ砲をも乱射し榴弾を更にばら撒くと、

 

「うわああああっ!!」

 

そこら中で爆発が発生し、勇者達が吹っ飛ぶ。

折角鎮火した大部屋内がまたもや阿鼻叫喚の火炎地獄になってしまった。

 

「ち、ちくしょー…!あの機械野郎好き勝手しやがって!あちこち火傷だらけだぜ!」

 

ポップがゲホッゲホッとむせながら感情豊かに悪態をつく。

だが、部屋中に広がる炎の壁。

それらを見てポップはニヤッと笑った。

 

「だがこの炎は良いかもしれねぇ…。

 キラーマシーンの野郎の目くらましにゃ丁度いいや」

 

頬の擦り傷からの血と煙塵を拭いながら立ち上がったポップが、

その両手に炎・氷両系統の魔力を漲らせる。

揺らめく炎の壁の向こう側では、切り結び、

或いは拳打の応酬に興じる機械兵と仲間たちの影がゆらりと見える。

ドンッ、ドンッ、という音も2度3度聞こえてきて、

(今のは爆裂(イオ)系の音…師匠か。どうやら魔法反射とかは大丈夫そうだな…ならっ!)

マトリフが魔法戦を展開しだしたのを察して、

そして現状、安全にメドローアを作り出せるのは自分だけとポップは判断。

残り少ない魔法力を収束させた両拳を擦り合わせ、弓を引き絞るようにして開き構え、

 

「みんなーー!今から()()いくぜー!避けてくれ!!!」

 

大声で仲間に呼び掛けると炎の向こうの、

一際大きな影から小さい影達がパッと飛び退いたのを、ポップは見た。

そして、

 

「いくぜぇ!極大消滅呪文(メドローア)っ!!!」

 

絶対消滅の光の矢が勢いよく放たれた。

ごうごうと音を立てて飛ぶ魔法の矢は、道中の炎や煙の全てを消し去って突き進む。

 

(ようし!直撃ルート!)

 

キラーマシーンがどんな装甲を持ってようが関係ない。

例えオリハルコンだろうが、

先に奴が言っていた通り計算しつくされた弾くフォルムだろうがメドローアならば一撃必殺。

タイミングも完璧だ。

ポップは勝利を確信した。だが…。

 

『それが〝いかずち〟をくり貫いた()()魔法の矢か!しかぁぁしっ!!』

 

シャドーが哮りキラーマシーンが左腕をズイッと迫り出す。

それとほぼ同時である。

 

バァァァァンッッ

 

という薄く伸ばした金属を叩いたような甲高い音が大部屋中に木霊した。

そしてその瞬間、

 

「ポップ!!呪文返し(マホカンタ)だ!!!」

 

(っ!!?やべっ!)

 

師の、心底焦った大音声が聞こえた。

反射的にポップはもう一発のメドローアを急速展開。

己へ迫る大光弾に向かって両腕を突き出す。

激しいスパークが起きて、消滅のパワーが相殺されていく。

 

「ぐぅ、ぐぐ…く、そっ!!」

 

メドローアは霧散した。

しかし、これで…。

 

「に、二発分の魔法力を使っちまった……もうメドローアは撃てねぇ…」

 

メドローアどころか、もはやポップにはメラゾーマ一発すら撃てない。

へたへたと座り込んで、その顔にどっと脂汗を滲ませる。疲労の大きさを物語っていた。

マトリフが弟子の無事を見てホッとしたのもつかの間。

呪文を跳ね返したロボット兵の腕を見てその顔を再び驚愕に染める。

 

「ま、まさか…あの銀の小盾は……『シャハルの鏡』!!」

 

「シャハルの鏡だって…!?」

 

聞き返すブロキーナはその名に聞き覚えがあるようだ。

ひょっとしたら昔、マトリフから聞いたことがあるのかもしれない。

 

「覇者の剣や覇者の冠と同じく、神々が遺したともいわれている伝説の武具の一つ…!

 あらゆる魔法を反射すると何かの文献で読んだが…どうも本当らしいな。

 チッ……なんてこった。まさか魔王軍の手に渡っていたなんてな」

 

キラーマシーンの左腕…

バリスタ砲の機構を隠すように括り付けられた

銀色に輝く小盾を、2人の老人は忌々しそうに見つめていた。

 

「ブロキーナ…シャハルの鏡、砕けそうか?」

 

「いんや無理だね…。何度かわしのパンチをあれで防がれているけど、とんでもなく硬い。

 オリハルコン級だよあれは。神々の遺産ってのも頷ける」

 

「オリハルコン級か……ならマァムはどうだ?

 おめぇの猛虎破砕拳ならいけるんじゃねぇか?

 さっき大扉べこべこにしてたろ」

 

チラリとマァムを見るが、

 

「いえ、ダメね。さっきの大扉はオリハルコンの薄い鉄板が貼られていただけ。

 あの盾と比べたら強度の厚みが桁違いよ。

 本来の溜め重視の猛虎破砕拳ならば砕けるかもしれないけど…。

 キラーマシーンの素早さに追いつこうとしたらどうしても()()破砕拳になってしまうわ」

 

不可能と断じた。

 

「くそっ……せめて俺に魔法力が残ってりゃあヤツの防御の裏をかけたんだが…、

 しかもポップの奴、メドローア二発分撃っちまったんだ…恐らくMP切れだろうな」

 

魔力が空っぽのフェザーを指でいじりながら悔しそうに老魔道士が呟く。

弟子は確かにやらかしてしまったが、彼の責任を追求するのは酷というものだ。

炎の壁がポップを隠してくれていたあの状況。

キラーマシーンと仲間たちの一進一退の攻防。

例え自分(マトリフ)でもあの状況ならメドローアを撃つという選択肢を選んだろうと思う。

このロボット兵がシャハルの鏡なんぞという

伝説の防具を装備していたことの方が想定外過ぎるのだ。

 

勇者らに取り囲まれているキラーマシーンは、

無機質な電子音を響かせながら機械の単眼で彼らを見つめる。

キング・マキシマムの得意技、解析(アナライズ)の機能を付与されたキラーマシーンの電子頭脳は、

勇者達が今現在、決して楽な状況にはいないことを見抜いていた。

 

『ククク…鬼岩城の猛攻を凌がれた時は勝ち目なぞ全く見えなかったが…!

 このキラーマシーンならば…いける!』

 

キラーマシーンが四脚の足で地を蹴る。

凄まじい馬力と巨体でダイへと突っ込んでくる鋼鉄の塊が、

その勢いのままに右手の大剣をブン回す。

バリスタとレーザーで武闘家勢への牽制もしっかり忘れていない。

 

「うぁっ!」

 

「きゃあっ!?」

 

光線と爆発の連発に流石の拳聖陣営も被弾が重なりつつあった。

機械の頭脳による的確かつ多面的な判断力と、高性能なボディ故の純粋な高スピードは、

まるで人間が一動く間に二を動くかのように素早いのだ。

 

「くっ!」

 

ダイは一撃を捌き、二撃目をいなし、三撃目を躱す。

と、思いきや。

 

「ぐっ!?うわぁぁぁ!!」

 

熱く鋭い斬撃がダイの土手っ腹に決まり、小さな竜の騎士を後方へと吹っ飛ばした。

 

「どういうことだ!?今、ダイは間違いなくかわしたじゃねぇか!」

 

心身疲れ果て、片膝をついて親友を見守るしかないポップが声を荒げた。

 

『フッハッハッハッ!!さっきも言っただろう!キラーマシーンの剣はプラズマをまとっている!

 磁場を一瞬解除し、

 まとったプラズマを暗黒闘気と共に解放してやれば…斬撃を飛ばすことができる!』

 

キラーマシーンが遮二無二、届かぬはずの距離で勇者達全てを目掛けて剣を振るいだし、

そしてその動きは次第に速くなる。

びゅうびゅうと風を切る音すらやがて一つの甲高い高周波のようにしか聞こえなくなり、

剣を振るうキラーマシーンの腕は、既に常人では目視で捉えられない程だ。

そして、

 

『ククククク!オティカワン様命名、〝ブレード光波〟の嵐をくらえいっ!!』

 

プラズマと暗黒闘気の斬撃がキラーマシーンの周囲全てを襲う。

 

「アバンストラッシュのお手軽版ってとこか…!

 あれなら剣の達人じゃなくても闘気剣(オーラブレード)を簡単に扱える…!」

 

胸をおさえ息荒いマトリフの眉が歪んだ。

超高速回転する腕の隙間を縫ってモノアイからレーザー、左腕からは焼夷榴弾を放つ。

周囲全てを襲うキラーマシーンの全体攻撃が怒涛の連続で繰り出されていた。

戦場である大部屋がオリハルコン鉄板で覆われていなければとっくに部屋は崩壊していただろう。

ポップとマトリフ、ゴメちゃんを庇うように竜闘気(ドラゴニックオーラ)を展開し守りに入っているダイだが、

 

(ダメだ…!鬼岩城を壊すために力を温存しておきたかったけど、

 こいつはそんなことを言ってて勝てるやつじゃない!)

 

「マトリフさん…ごめんなさい!計画通りじゃないけど…おれは全力でアイツを倒します!!」

 

ドンッ、と熱風が渦巻き溢れ出るドラゴニックオーラが

光波、レーザー、榴弾を押しのけ掻き消す。

一瞬で完全なる攻撃態勢に入った。

竜の騎士がその闘志を剥き出しにした時、圧倒的な破壊と暴威が地上に吹き荒れる。

 

『う、うぅ、ああぁ!?

 あ、あれが…竜の騎士の真の力なのか!?

 す、凄い数値だ……今までのは弱っていたのではなく、温存していたというのか…!

 だが…いいぞ!もっと力を出せ!全力で来い!』

 

闘志漲る竜の騎士相手に物怖じせずに、

寧ろダイに比例するかのようにやる気に満ちるシャドー。

キラーマシーンの足のモーターをフル回転。

全速力で後退させ疾風のように迫るダイと等距離を保ち、

そしてやはりレーザーとバリスタ砲、ブレード光波の嵐をダイへと見舞うのだが。

 

「こんなものっ!!」

 

左手でレーザーを弾き、

覇者の剣でブレード光波を切り裂き、

榴弾矢はもはや避けよともせずに余裕で耐えきる。

 

「すごい…あれがダイの本気なのね!」

 

「いいぞいいぞ~ダイ兄ちゃん!かぁっこいい!」

 

マァムが感嘆しミーナは見惚れる竜の騎士の威風。

もはやキラーマシーンの攻撃では速度を緩めさせることさえ出来ない。

 

竜闘気(ドラゴニックオーラ)の防御力はデータを上回っている…!

 ダイめ…成長しているぞ!この短期間でこんなにも予測を超えるなんて!』

 

以前にゴルゴナが計測した数値を尽く超えていくダイが機械戦士の目前へと迫る。

キラーマシーンのモノアイが驚愕に見開かれ、そして次の瞬間。

 

「大地斬ッ!!!」

 

『ああっ!?』

 

振り下ろされたダイの斬撃にキラーマシーンの左腕が宙を舞った。

 

「うまいぞ!うまくシャハルの鏡を避けて関節をやった!」

 

ポップが歓声を上げる。

だがまだキラーマシーンの1つ目は強く暗い輝きを失ってはいない。

未だシャドーの闘志も闘気も尽きていないのだ。

 

『なんということだ…!鉄壁のキラーマシーンの腕を切り落とすなんて!

 恐るべき攻撃力…恐るべき防御力…!もはやレーザーや爆弾では……、

 ……こうなったら……!我が暗黒闘気の全てを込めたこの技を使うしかない!』

(バーン様……ミストバーン様……私に力を!)

 

ぶわりと湧き上がった暗黒の闘気が機械兵の装甲を伝い右腕の大剣へと収束していく。

プラズマの出力も限界まで引き上げられ目で見てわかる程にスパークする。

 

『これぞ闘魔最終剣…!』

 

さすがミストバーンから生み出された分身であった。

その執念と忠義心は見上げたものがある。

シャドーは己を構成するほぼ全ての暗黒闘気をキラーマシーンの剣へと込める。

その技名の通り、ミストバーンの奥義・闘魔最終掌の剣版…

先のブレード光波をアバンストラッシュAタイプの紛い物とするなら、

こちらは暗黒闘気版アバンストラッシュBタイプともノーザングランブレードとも言える。

キラーマシーンの巨剣が激しいプラズマと漆黒の闘気をなみなみと湛え、

暗黒の炎がゆらゆら立ち昇るようにも見え禍々しい。

 

「…!」

 

それを見たダイも構えを深くとる。

腰を落とし、足に力を込め闘気と膂力を溜め込む。

アバンストラッシュBタイプの構えだ。

 

『キラーマシーンのパワーと…我が渾身の暗黒闘気を……

 喰らえーーーーっ!!!』

 

キラーマシーンが四品の脚を跳ね上げてダイへ猛獣の如く飛びかかった。

 

「アバンストラッシュ!!!」

 

『闘魔最終剣!!!』

 

覇者の剣と大剣がぶつかり合う。

竜闘気(ドラゴニックオーラ)と暗黒闘気が絡み合い、そして反発。

爆発し衝撃波が周囲へと広がっていった。

 

「どわあああー!」

 

「ピィーーーっ!!」

 

「ゴメちゃんこっち!」

 

「ポップ!私の陰に隠れて!」

 

衝撃が大部屋を満たしていく。

転がるポップとゴメちゃんをその身を盾に必死に庇う美少女ら。

 

「ちぇっ!なぁんで俺はジジイに守られんだ?

 ムッチムチのマァムちゃんが馬鹿弟子だなんてズリぃぞ」

 

「あのねぇ…若いもんは若いもん同士が常識だって…。

 まだまだお盛んだねぇー、いやはやなんとも」

 

「色気と食い気失くしたらいよいよそりゃ~、オメェ、俺の死ぬ時だぜ」

 

「違いないね」

 

爺さんと爺さんは互いに頑張って衝撃波を凌いでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ダ、ダイ…!どうなった!」

 

マァムに庇われながら肩口からヒョコッと頭を出したポップが親友の様子を固唾を呑んで見守る。

そこら中が煙で包まれ、ポップには何も見えなかったが、

 

「…………ダイの勝ちよ」

 

気配を感じ取ったマァムがそう宣告した。

 

煙が晴れていく。

 

 

そしてそこには…。

 

「ダ、ダイーーー!やった!やったぜ!」

 

肩で息をするダイが、ちらりとポップを見て微笑む姿があった。

怪我も疲労も忘れてポップが一目散に友へと向かって駆け寄るが、

やはりポップの足取りは重々しくふらつく。

 

「はは…!足、フラフラじゃないかポップ」

 

軽口を叩く小さな竜の騎士の黒いボサボサ頭を乱暴に撫でながら

ポップは吹き飛ばされ壁にめり込むキラーマシーンへ視線をやった。

 

「……死んだ、のか?」

 

キラーマシーンの巨大な湾曲刀が真ん中から折れていた。

右腕はあらぬ方向へ曲がっていて、頭のミラーカバーは割れ光は灯っていない。

脇腹あたりの装甲は切り裂かれている…というよりも

巨大な大砲で抉られたとでも言う方が正しい。

四脚のうち二本の足も腕同様にひん曲がっていた。

所々裂傷した装甲からは内部の機械が火花を散らしていて、

黒煙と一緒に微弱な暗黒闘気が漏れ出たキラーマシーンは力なく項垂れている。

 

肩を貸しあった老人二人が、やはり足取り重そうにダイらへと寄り、

 

「完全にぶっ壊れてるな……。あれじゃ直すのも一苦労だろうぜ。

 まっ、今すぐ動き出すこたぁあんめぇ」

 

「暗黒闘気も感じない。

 心配はなさそうだ……おめでとうダイ君。見事だったよ。

 伝説の竜の騎士の力……完全に使いこなせるようになったようだね」

 

「はい!これもアバン先生にマトリフさんやブロキーナさん…

 ポップにマァムにミーナ…クロコダインも…

 みんなが修行を手伝ってくれたからです!」

 

「ピィ~~!ピピピィ!?ピィーっ!」

 

「あははは、そうそう!当然ゴメちゃんもだよ!いつもありがとう!」

 

マトリフとブロキーナも成長したダイへと賛辞を惜しまない。

マァムとミーナも笑顔でダイに駆け寄り、

ゴメちゃんは最愛の旧友の頭上を愉快そうに飛び回っていた。

だが、

 

「っ!?みんな、気をつけて!」

 

ダイが皆を庇うようにして一歩迫り出し、倒れるキラーマシーンへ向き直る。

ピクリ、とキラーマシーンの鋼鉄の指が動いた。

 

「げぇっ!?まさかアノ野郎…まだ生きてんのか~!?」

 

大仰に驚いたポップがまたまたマァムの陰へと隠れ、

すぐさま全員が再度戦闘態勢へと意識を切り替えた。

 

ギシ…ギシ…

 

鋼鉄が軋み摩擦の悲鳴を上げながら、

キラーマシーンはゆっくりと捻れた右腕を持ち上げてダイ達を指さした。

 

『さ、さすがは…(ドラゴン)の騎士……日々…恐るべき早さで…

 レベルアップしている……私の、負けだ……だ、だが……それでも…

 お前達は……我ら魔王軍には……か、勝てない、ぞ……絶対に…!』

 

「う、うるせー!負け惜しみ言ってんじゃねーぞ!

 このポンコツブリキ野郎!」

 

ポップが指を指し返して威勢よく切り返す。

だが、キラーマシーンの右肩から火と暗黒闘気を漏らしつつも、

それでもシャドーは〝負け惜しみ〟をやめはしない。

 

『フ、フフフ…!いや、これは確信だ…!

 今、私は安心しているのだ……!

 我が生みの親、ミストバーン様も………

 このキラーマシーンを改造した…ゴルゴナ様も……

 そして…当然、魔界の神…全知全能の大魔王、バーン様も…

 お前達よりも…強い……!!

 あの御方らが…お前達で遊んでいるから、こそ…お前達は生きていられるのだ……!』

 

不気味に赤く光る機械兵のモノアイが、鈍く明滅する。

その眼光は段々と力を失っていっているのに得体の知れない力強さに満ちていた。

 

ごくり…と勇者パーティーの誰かが息を呑んだ。

それ程の自信に満ちたシャドーの負け惜しみ。

 

『そして何より……お前達の冒険は、ここで…終わる!

 あの御方達の手を煩わせるまでもなく……!!

 勇者ダイ…お前達の負けだ!』

 

「ば、バカも休み休み言いやがれ!誰がどう見たってダイの勝ちだろうが!

 俺達のダイが完全しょ―――」

 

そこまで言い返してポップは思わず両膝をついた。

頭がクラリとして視界がぼやけてくる。

 

「――はれ?力が……入ら…ねぇ…!な、なんで……」

 

見ればポップだけではない。

魔力切れを別にしてもマトリフが青ざめた顔で突っ伏し、

マァムもミーナも…ブロキーナでさえ立っているのが辛そうだ。

そしてダイも。

 

「な、なんなんだ…これ…!」

 

「頭が…ふらつくわ…!力が抜ける……これは……!」

 

「毒っ!し、しまった……お、俺としたことが…!」

 

マトリフが気付く。

 

「マ、マァム…ミーナ…ホイミを…全身に、まと……い、いかん…意識が…」

 

「う、うぅ…!」

 

ブロキーナ達、武神流の拳士が得意とするホイミをまとう呼吸法も既に手遅れ。

キラーマシーンとの戦いで消耗し過ぎたダイもまた、

大部屋内をいつの間にか満たしていた毒ガスに意識を重たくされてしまっていた。

 

『フ…フハハハ…や、やったぞ!

 バカめ……お前達のような侵入者が現れた場合…

 この鬼岩城の防衛策が守備兵や防護壁だけだと思ったか…!

 魔界でも妖魔司教殿しか調合できぬ秘伝の毒!

 無味無臭の魔香気………疲弊した貴様らならばひとたまりもない!』

 

キラーマシーンが勝利に笑う。

シャドーの揺るがぬ自信の理由。

それは〝プランB〟が発動した瞬間から城内にばら撒かれる『魔香気』の存在だった。

生きとし生けるものを様々な状態異常に誘う恐るべき完全無刺激の毒ガス。

ザボエラが干からびて死にかける程に搾り取られ、

そしてゴルゴナによって改良・生産されたものだ。

 

「そ、そうか……このデカブツを…

 てめぇら無生物モンスターだけで…う、動かして、いた…のは…毒の影響を避ける、ため…

 今までの…攻撃は、全部…毒が回るまでの…時間、稼ぎ……か」

 

瞼が異様に重い。

疲労とMP切れ……特別強力な毒ガス……

マトリフでさえもはや呪文を唱えるコンセントレーションを発揮できない。

 

(ち、ちく…しょう……勝負に勝って、し、試合に…負けるたぁ……、

 俺も、焼きが回った………な………すまねぇ…アバン…)

 

薄れゆく勇者達の意識。

とうとう覇者の剣を支えに最後まで立っていたダイも、

 

「こんなところで……寝る、わけ、には……」

 

力なく呟き、倒れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………………か……勝った…!』

 

破壊の嵐が過ぎ去った静かな大部屋。

そこで静かに、だが確かに…シャドーの勝利宣言がなされた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。