魔物語   作:フール

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編集するつもりが間違えて消してしまいました申し訳ありません


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「おっ、久しぶりだね」

 

学習塾の入り口の前には廃墟ということもありフェンスで柵がしてある。小さな子供が遊び半分で入らないようにしているのだろう。そんな学習塾跡の入り口前で一人の男と出会った。

 

金髪に趣味の悪いサイケデリックなアロハシャツのおっさん。右耳には大きな十字架の飾りがついたイヤリング。見た目だけで言えば街中であっても関わりたくない人相なのは間違いない。

 

イフ曰く、「いけすかないアロハ」。

忍野 忍曰く、「アロハ小僧」。

 

彼の名前は忍野 メメ。年齢不詳、住所不定。自称、妖怪変化のオーソリティ。怪しすぎるおっさん。

 

しかし、彼こそが俺の一番の友人だったりする。何とも奇妙な縁で出会って以来、合縁奇縁でここまで持ちつ持たれつの関係でやって来た。こんななりだが、かなりの人格者であり、お人好しだ。

 

“自分は助けない。相手が勝手に助かるだけ”

 

と彼は言うが、そんなことはない。彼は誰でも助ける、誰にも救いに手を述べる。もちろん、彼は否定するが、ここまでのお人好しはなかなかいないだろう。俺が思うに阿良々木くんは彼の影響を強く受けてるんだと思う。まぁ、阿良々木くんは否定すると思うが、彼の誰これ助ける姿勢は忍野さんの行動そっくりだ。

 

そんな忍野さんは、ホームセンターセンターとスーパーの白いビニールを両手から下げて、タバコを加えていた俺に気づいたのか手を上げながら立ち上がった。足元には何かを焼いたような焦げ後、焚き火の後のような黒い後があった。

 

「久しぶり、忍野さん」

 

「三週間振りくらいかな。それと忍野と呼び捨てにしてくれっていいんだよ、阿良々木くんみたいにさ。僕らは親友なんだしさ」

 

「いくら親友でも呼び捨ては勘弁してくれ。こうして敬語が取れただけましだろ」

 

『えー。こんないけすかないアロハにさん付けなんて勿体無いよ!』

 

「イフちゃんも久しぶりだね。助かったよ、この前は」

 

そうニヤリと口端を上げて笑う忍野さん。男の俺の目から見てもかっこいいと思える笑みだ。きっと、若い時はもてたのだろう、阿良々木くんのように。

 

『ーーチッ』

 

そんな忍野さんに対しイフは舌打ちを一つ。女の子がそんなことしちゃいけません。

 

それからしばらくイフが話すことはなかった。

 

 

分かっていたことだが、イフは忍野のことを徹底的までに嫌っている。理由はわからないわけじゃない。

 

ここで賢明な読者の皆様に問いたい。誰かを嫌う一番の理由は、なんだと思う?

 

古今東西、人間は常に誰かを嫌ってきた、憎んできた。個々の喧嘩から、大きく言えば戦争まで、これらが発生する原因は誰かを嫌うから憎むからである。だからこそ相手を攻撃しようとする。相手を滅ぼそうとする。

 

人類の歴史は戦争の歴史であるとは誰が言ったのかは分からないがよく、言ったものだと思う。

 

歴史の教科書を広げても戦争の多さ、人類の負の遺産、負の感情は一目瞭然だ。人間はともに嫌いあい、憎しみあってきた。

 

戦争ほどの大きな問題ではなくてもいい、誰だって一度や二度は喧嘩をしたことも、いざこざを経験したことがあるだろう。

 

誰だって程度は違えど、嫌いなヤツの一人や二人いるはずだ。もし、人類皆を愛し、嫌いな奴が誰もいないなんて人間がいたらそいつが異常であり、歪である。そんな奴は人間ではない。もはや、神か何かだ。

 

さて、ではなぜ嫌いという感情は生まれるのだろうか、その原因はなんだ。

 

反りが合わないから? 違う。

話が合わないから? 違う。

性格が悪いから? 違う。

相手がこっちを嫌ってるから? 違う。

意地悪をされたから? 違う。

 

どれも違う。もっと、もっと簡単な理由だ。

 

ここまで言えば、賢明で聡明な読者の皆様なら分かるだろう。

 

そう、誰かを嫌いになる理由は簡単だ。

 

 

 

----------“嫌い”だからだ。

 

反りが合わない、 話が合わない、性格が悪い、相手がこっちを嫌っている、意地悪をされたから、そんなものは後付けだ。誰かを嫌いになるというのはそんなことではない。

 

根本的に、本質的に嫌いになる。苦手になる。だからイフが忍野さんを嫌っている理由は嫌いだからに過ぎないのだ。

 

もちろん、俺にだって嫌いな人はいる。機会があればその人のことをバラしてもいい位には嫌っている。まぁ、そんな機会はないと思うが。

 

「あらら、嫌われちゃったかな」

 

忍野さんはさも気にした様子なく言うとゆっくりときびつを返し、お化け屋敷にも似た廃墟へと足を進める。

 

「とりあえず、上がりなよ。何か荷物も多いみたいだしね。その右手に持ってるスーパーの袋はお酒かい?」

 

「あぁ、たまには飲もうと思ってな。忍野さんもどうだ」

 

「そうかい、そうかい」

 

忍野さんは学習塾跡の玄関の階段の二段目で立ち止まる。そしてそう言いながら俯いて、タバコを取り出し、口に咥える。火はつけない。ただ咥えるだけ。タバコ好きな俺にとっては非常にもったいないと思える。

 

「タバコは結局咥えるだけか」

 

俺の問いかけに対し、忍野さんは笑い、何時もと同じ返答を返すのだった。

 

「まぁね、僕はそもそもライターももってないしね。…………それにあれだよ、タバコを吸うとアニメ化できないからね」

 

「俺はたまに忍野さんが分からなくなるよ」

 

「そうかい、そうかい。僕も君が分からないよ。似たもの同士だね」

 

その言葉に俺は笑う。似たもの同士。……似たもの同士か。

 

そりゃいいや。

 

忍野さんは火のついていない煙草を咥えたまま最早玄関としての昨日を果たしていない、ただの枠となったドアをくぐる。

 

俺はその背中に問いかけた。

 

「そう言えば、街で神原と会ってな。何やら忍ちゃんが行方不明らしいが何かあったのか?」

 

「うーん、まぁ阿良々木君関係で忍ちゃんが家出しちゃってね。それと黒い委員長ちゃん、ブラック羽川が再び現れたってことかな。それで阿良々木くんはブラック羽川を抑えるために忍ちゃんを探してるってわけだ」

 

忍野さんは少しだけ考える仕草をした後、まるで煙草で外を指差すようにくいくいと煙草の先を揺らすとそう言った。

 

ブラック羽川。俺が二回目にこの街を訪れた時に出会った怪異。障り猫に憑かれた羽川さんであり、怪異である。

 

「な、ブラック羽川が現れたって! それに忍ちゃんもいないとなると俺が行かないと阿良々木くんが危ないんじゃ!」

 

あの時は障り猫と相性の良い俺と元 怪異の王にして最強の怪異であった忍ちゃん……いや、この時はまだ間もない吸血鬼の成れの果てだったな。まぁ、ともかくだ俺とその忍ちゃんで封じたのだ。

 

あの時は俺という存在と忍ちゃんという吸血鬼がいたから簡単に自体は収束したが、阿良々木君一人ではキツイだろう。

 

「元気が良いなぁ。何かいいことでもあったのかい? まぁ、焦るなよ。キミは今回何もしなくて良い。僕が行かせないよ」

 

気だるげそうな雰囲気が一変した。忍野さんは今日初めて俺の目を見た。黒の双眼はまるで射抜くように俺を貫く。

 

「笑わせないでよ、忍野さん。俺はまだ阿良々木君に仮を一つ返していないんだよ。知ってるだろ、俺は約束を契約を果たすってね。阿良々木くんがピンチなら駆けつけるさ。それに、それこそ忍野さんの方が詳しいと思うけど、逃げの一手を打つなら俺は誰であろうと逃げ切れる自信があるよ。それこそ、臥煙伊豆湖が目の前にいても逃げ切る自信がある」

 

「そうだったね。キミはそうだった。僕なんて足止めにもならない。だから、賭けをしよう」

 

「……賭け?」

 

目を細める俺の視線を、忍野さんは正面から受けとった。

 

「あぁ、そうだ。賭けさ、キミが駆け付けなくても阿良々木くんが無事にこの事件を解決できるか、を賭けようじゃないか。----賭けは好きだろ?」

 

薄暗くなりなった廃墟は薄暗く、視界が悪かった。今日は曇り、月はでてない、月明かりはない。しかし、そんな暗がりの中でも忍野さんの目はしっかりと見えた。久しぶりの本気の目だ。

 

「キミがまだここにいて悠長に買い物をしてたんだ。阿良々木くんの命に今のところ危険はない。僕は無事に阿良々木がこのまま委員長ちゃんを助けるに賭ける。だから、キミを向かわす訳にはいかない」

 

胸ポケットから新しい煙草の箱を取り出し、開ける。それから、煙草を咥え、火をつけ、ゆっくりと一息吸った後、間をとって俺は口を開いた。

 

「何を賭ける? 忍野さん」

 

その問いになんでもないように忍野さんは答える。まるでそれが当たり前かのように。

 

「僕の命なんてどうだい?」

 

『アハハハハハハハ! たまには面白いことを言うじゃないか! 人間!』

 

甲高い少女のような声が当たりに響く。イフだ。

 

しかし、何時ものような優しい音色はどこにもない。ただ、相手を脅し、騙し、恐れさす荒れ狂った暴風雨のような声。ビリビリと割れた窓ガラスが揺れる。建物全体が揺れたような気がした。

 

 

「どうした、イフちゃん。元気がいいねぇ、何かいいことでもあったのかい? それともなんだ。その対価じゃ不安だとも?」

 

そんな声をうけても忍野さんは変わらず平生に答える。さすがはあの臥煙伊豆湖の後輩であり、あの二人と同じサークルだっただけはある。

 

『いいかいアロハ。彼はあの吸血鬼もどきの人間に力を貸すと約束し、契約した。そして、命を賭けるとまで言っている。……どうにか、二つの恩は返し終えたが、あの吸血鬼もどきにはまだ一つの貸しがあるんだ。別に吸血鬼もどきが死のうが、生きようがワタシはどうでもいい、むしろ死んで欲しいと思っているくらいだしな。だが、貸しを返し終わる前にあいつに死んでもらうと困るんだよ! 彼が、ワタシの契約者がな! 約束を守れないなら罰を受けなければならない、契約を果たせないなら代償を払わねばならない。彼は命を賭けると言ったんだ。なら、契約を果たせないなら命をもって償うわけしかいないんだよっ!』

 

残り少ない窓ガラスが割れる音がした。きっと、この学習塾内にはもう窓としての機能を果たすものはないだろう。あるのは扉か窓かの分からぬただの窓枠だけ。

 

そんな中、忍野さんは何も言わない。

 

俺も何も言わない。

 

カシャンと足元で何かが割れる音がして、液体が流れる音がした。見るまでもない、一升瓶が割れただけのことだろう。

 

 

イフは続ける。暴風雨を撒き散らしながら。

 

『いいかいアロハ、良い機会だから教えておくよ。彼も命を賭けてるから俺も命を賭けると思ってんなら、思い違いも甚だしいよ。ワタシにとって人間の命の重さは圧倒的までに違うんだよ。ワタシにとって大事なのは、重要なのは彼の命だけ。他の人間が死のうが生きようが関係ないんだ! 彼以外は総じてゴミのようなもんさ! だから、これだけは覚えておけ、そのできの良い頭にな!--------』

 

咥えていた煙草が暴風雨で飛ばされた。日が落ちきりかけた時間帯の廃墟は真っ暗にも等しい。煙草は赤い光を放ちながら暴風雨に飛ばされ、何処かへ消えていった。

 

イフはここで、一旦区切ると十分に間をとった。その間は一分にも、十分にも、一時間にも、一日にも感じる長さだった。

 

『--------彼が死んだら、ワタシは世界を滅ぼすよ。全人類を皆殺しにしよう。いや、地球上の全生物を皆殺しにする。------------お前のわがままに、世界を賭けるだけの勇気はあるか?』

 

暴風雨は止んだ。静寂が再び訪れる。忍野さんはやれやれ、参ったよと小さく呟くとアロハシャツの袖で額を拭った。

 

そして、何処かへ飛んでいった煙草の代わりに新しい煙草を取り出し、加える。火はつけない、ただ咥えるだけ。

 

「まさか、彼女にそこまで言われるとはねぇ。一人間の俺は心臓発作で死ぬかと思ったよ。しかも、これでまだ全力でもなんでもないときた。こりゃ、彼女と喧嘩するのだけはよした方が懸命そうだね。さて----先ほどの答えだが、イエスだ。僕は僕のわがままのために全世界を賭けよう。オールorナッシング。ギャンブル好きな君ならわかると思うけど、僕にもどうしてか、こういう血の気が多い部分があってね。全てを得るか、全てを失うかをしたい時があるんだよ。多分、ここが僕の……いや世界の分岐点さ!」

 

「忍野さん……一つ聞きたい」

 

「なんだい? なんでも聞いてくれ」

 

少しだけ言葉を選ぶ。本当に少しだけ。

 

「なんでそこまでするんですか?」

 

その問いに忍野さんは目線を落として考える素振りをする。そして前をとったあと、

 

「きっと彼にはキミの力を必要とする時が絶対に来るからね。でも、今はその時じゃない、それだけさ」

 

そう言って笑ったのだった。

 

「そっか、なるほどね。分かったよ。なら、その賭けに俺は乗るよ。いいだろ、イフ」

 

『キミがいいならそれでいいよ! ボクはキミの全てを肯定しよう』

 

いつも通り太陽のように澄んだ声色に戻ったイフは言う。

 

俺はそう宣言したあと、右手の掌を開き、握る。いつの間にかそこには赤い紅い朱い槍が握られていた。

 

そして、そのゆっくりと右手を振りかざし、勢いよく振り下ろす。

 

----グシャ。

 

そんな生々しい音と共に俺の右太ももを貫通する槍先。少々血が落ちて床が汚れるが勘弁してほしい。まぁ、どのみち廃墟なのだから別に掃除をしなくてもいいと言えばいいか。

 

「よし、それじゃあ行こうか」

 

忍野さんはゆっくり俺に近づいて手を差し出す。

 

「いくってどこに?」

 

俺の疑問に忍野さんはさも当然のように答える。

 

「二階さ。お酒を飲むんだろ? あいにく、キミがもってきたお酒は割れてしまったが、ここにも酒はあるよ。儀式に使ったりする上等のやつが何本もね。今日がもし、人類最後の日になるなら開けても後悔はないだろうね、きっと」

 

「そっか、じゃあ今日は飲むか」

 

ゆっくりとその手を取る。俺の身長と忍野さんの身長は同じくらいだからちょうど肩も借りやすい。

 

 

 

 

 

 

二階へ向かう階段の踊り場、そこで忍野さんは唐突に歩みを止めた。

 

「あっ、思い出したよ」

 

「何をだ?」

 

「そう言えばキミにある人から渡してしいものがあると頼まれててね」

 

「ラブレターなら考えるよ」

 

しかし、俺へ渡したい物? 誰が、何だ。言っては悪いが俺の友達なんて片手で数え切れるぞ。しかも、ほぼ全員がこの街に住んでるし。全く心あたりのない俺をよそに忍野さんはズボンのポケットからその物を取り出す。

 

「……携帯?」

 

取り出されたのは白いスマートフォンだった。

 

「そう、実は僕の大学の先輩、臥煙伊豆湖先輩からキミへ贈り物だそうだ。キミもよく知ってるだろ臥煙先輩は」

 

「た、た、大変嬉しいんだけどですけど、先ほどのあれで壊れてしまったんじゃないかなーとか思ったりしたますです」

 

「大丈夫かい、日本語めちゃくちゃだけど。まぁ、それについては大丈夫らしいよ。なんでもミサイルを打ち込まれない限り壊れないらしいから」

 

「……」

 

「あぁ、あとそうそう。伝言もあってね。“今度から雑務で電話を掛けることはないから安心して欲しい。ただ、携帯を捨てたり、故意に出なかった場合は……殺す”だ、そうだよ。それと臥煙先輩が裏で色々と手回しをして色々してくれたみたいだよ。この前の依頼の報酬として」

 

「……神は死んだ」

 

『アアハアハハハハ! サイコーだね。やっぱあの人は大好きだよ! ボク!』

 

いい機会だから言わせて貰おう。

 

俺は臥煙伊豆湖が大っ嫌いだ!

 

 

薄暗い廃墟にはイフの声が高らかに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、俺はこの日賭けに負け、忍野さんは明朝この街を出て行った。

 

 


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