八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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五十六話:再会

 目の前に映るのは巨大な赤い結晶。ゆりかごを動かすための駆動炉。それ自体がロストロギアであり秘められた力は一級であることは間違いがないだろう。壊すどころが何度叩いてもかすり傷一つ付かない。鉄槌の騎士と鉄の伯爵が壊そうとしているにも関わらずにだ。

 

「なんでだよ……なんで壊れねーんだよ。ぶっ壊さねーと何にも守れねーのに!」

 

 まるで海の水を飲み干そうとしているかのようだ。何度挑んでも変わらぬ現状に心が腐っていく。絶望が押し寄せもう諦めろと握力を奪っていく。その度に叫び声を上げもがき続ける。だが、それでも現実は変わらない。絶望は破れない。

 

「あたしにできるのは壊すことだけ。なのに肝心なところで何も出来ねえんなら……何のために生まれたんだよ!」

 

 彼女は夜天の書を守る守護騎士として生み出された。主の敵を全て壊すためにこのような力を与えられた。だというのに主の敵を壊せないのなら自分は何のために生まれたのだろうか? 何のために生きているのだろうか?

 

「守りたい奴らの願いも叶えられなくて……何のために生きているんだよッ!」

 

 恐怖と悲しみが胸を覆っていくのを誤魔化すようにただアイゼンを振るい続ける。ただ、自分の生まれてきた意味と生きている理由の答えを探すように。がむしゃらに砕こうともがく。

 

「こいつをぶっ壊せなきゃ何にも答えられねえんだよ! そんなの認められるかぁッ!!」

 

 悲痛な叫びと共に最後のカートリッジを使い切る。もはやリミッドブレイク状態のアイゼンの重みを支えるのも難しい。だが、やらなければならない。例えこの行為に意味がないのだとしても、問い続け答えを出さなければならない。己の命の在り方を答えられないのは絶対に―――嫌だから。

 

「こいつで……終わりだぁあああッ!!」

Zerstörungshammer!!(ツェアシュテールングスハンマー)

 

 アイゼンのヘッド部を限界まで巨大化させ、ロケット噴射による加速と先端のドリル回転をもって全ての力を叩きつける。先端に込められた魔力はドリル回転により、一点に集中して捻り込まれ、いかなる防御も装甲も貫通し対象を内側から破壊し尽くす。ヴィータとグラーフアイゼンの最強の一撃である。これで砕けなければ文字通り打つ手はなくなる。

 

「うおおおおッ!!」

 

 故に魂そのものを燃やし尽くすような咆哮を上げる。誰も聞いていない。誰にも聞こえない。それでもその声は己の魂であるグラーフアイゼンに伝わる。出力を上げる。これ以上の出力を出せば壊れる。だが、無視をする。否、元より己の生死などどうでも良いことだ。ただ一つの目的を、主の願いを叶えるのみ。

 

「壊れろ…! 壊れろ! 壊れろォオオオッ!!」

 

 ヴィータとグラーフアイゼンの全てをぶつけ、そして―――二人の方が先に砕けた。

 

「―――あ」

 

 折れたアイゼンの柄を呆然とした表情で見つめながら落ちていくヴィータ。かつて一度たりとも折れたことのない誇りは完膚なきまでにへし折れた。もはやどうすることもできない。自分は役目を果たすことができず、守りたい物も守れなかった。薄れゆく意識の中で呟く。また、守れなかったと。

 

 

「そうでもないぞ、ヴィータ」

 

 

 気づけば固い床に叩き付けられるはずだった体はガッチリとした腕に抱きかかえられていた。目を開けるとそこには見慣れた顔ぶれがいた。

 

「ザフィーラ…シャマル……」

「よく頑張ったわね、ヴィータちゃん。さ、今手当てをするからね」

「なんで……ここにいるんだよ?」

「主はやてからの指示だ。ここは我ら守護騎士に任せるとな」

 

 ザフィーラの手からシャマルに移されながら疑問を投げかけるヴィータ。それに対してザフィーラが手短に説明を行う。はやてからの指示によりヴォルケンリッター達は全員がゆりかごの制圧に回っているのだ。

 

「そっか…はやてが……なら、ザフィーラ。あれを壊してくれよ、あたしには……無理だったからよ」

 

 残った力を振り絞って駆動炉を指さす。だが、ザフィーラはそれをじっと見つめるだけで動こうとはしない。一体何を戸惑っているのかと彼女が思い始めたところで口を開く。

 

「……私にはあれを壊すのは無理だ。元より、お前に壊せないのであれば我らには壊せない」

「な…っ!? ふざけるなよ…!」

 

 何故諦めるのかと食って掛かるヴィータ。だが、相も変わらずザフィーラの表情は変わらない。反対にシャマルの表情は嬉しそうに笑っている。一体どうなっているのかと黙り込むヴィータにザフィーラが言葉を続ける。

 

 

「何より、既に壊れている物はこれ以上壊せず―――鉄槌の騎士と鉄の伯爵に砕けぬ物はない」

 

 

 何かが罅割れる音がヴィータの耳に届いてくる。目を向けてみるとどれだけ叩いても砕けなかった駆動炉が罅割れていた。まるで、最後の最後まで諦めることなく食いつく彼女の意思を体現したように突き刺さるドリルの先端から。

 

「へ…へへ。なんだよ、驚かせるなよ」

「すまないな。お前の手柄だと言いたかっただけだ」

 

 笑顔を取り戻したヴィータの前で何千年もの歴史を持つロストロギアは強度の限界を超える。そして、胸の内に巣くっていた絶望と共に―――砕け散る。

 

 

 

 

 

 駆動炉が止まったことでゆりかごが大きく揺れ動き始める。その様子は外からは微細な変化のために気づくことはできないが内部にいる人間にとっては大きなものであった。

 

「まさか駆動炉がやられるなんて……でも、陛下がいる限りはゆりかごは落ちない。防衛プログラムを新たに発動させて、後は念のためにディエチちゃんに陛下の援護をして貰えばどうってことはないですよねぇ」

 

 未だに自分達の優位は揺らがないと確信しきったクアットロは遊びのように笑いながらプログラムをいじる。そもそもゆりかごは囮のようなものだ。軌道上に到達して最強の武力を行使するのも面白いができなくとも問題はない。自分が生きてか弱い命を弄ぶことさえできれば他には特にいらないというのが彼女の持論である。

 

「ディエチちゃーん。色々と面倒が起きたからエースオブエース様を撃ち落としてあげてぇ」

【……わかった】

「あら? 迷っているの。大丈夫よ、命なんてプチッと潰して楽しむものなんだからぁ」

【……とにかく仕事はこなすよ】

 

 何かしら己の行いに罪悪感を抱いているように見えるディエチを内心で見下しながら指示を送る。それでもなお渋り顔のディエチが消えたところで心底不思議そうに首をひねる。

 

「ホーント、どうしてこんなに楽しいことを楽しめないのかしら。醜く踏みつぶされるような命なんて生きている意味なんてなーいのに」

 

 彼女はスカリエッティの因子でも残虐性を色濃く継いでいる。それ故にスカリエッティにはある生命への愛というものが薄い。彼女が興味を持つものはスカリエッティの理想と家族ぐらいなものである。

 

「できそこないの弱っちい命なんて殺されて当然なのにー」

 

 

「―――ならば君もそのように死になさい」

 

 

 突如として聞こえるはずのない声が聞こえてきた。口から掠れた声と生暖かい何かが零れてくる。続いて胸から鈍い痛みが伝わり、焼かれるような熱さが心臓を襲う。一体何事かと視線を下すと自身の心臓は杖らしきものに貫かれているのが見えた。

 

「……え?」

「生みの親に反逆したものなどできそこない以外の何物でもないとは言えないかね?」

「まさか……どうして生きて…!?」

 

 クアットロが振り返るとそこには死んだはずの男が立っていた。名前を捨て正義の歯車となったかつての英雄が瀕死でありながらも優雅さを捨てることなくそこに立っていた。

 

 

「この程度で死ねるのなら私は……英雄になどなってはいないッ!」

 

 

 そう言ってクアットロの心臓から杖を引き抜く彼の胸には強引に焼いて止血が行われた跡があった。まさかと思うが現に彼が立っている以上はその方法で延命しているのだ。もっとも、いくら止血したからといっても心臓がつぶれた以上死は確定している。その状況でここまで動ける怪物性もまた彼の英雄たる由縁。

 

Intensive Einascherung!!(我が敵の火葬は苛烈なるべし)

「あああああッ!?」

 

 ふらつくクアットロを男は一切の容赦もすることなく焼き払う。いくら戦闘機人といえど英雄の最後の一撃に耐えきることはできない。僅かの間もなく全身が焼きただれていき、苦痛に絶叫しながらクアットロは地面を転がりまわる。

 

「あ…ああ…ッ! た…たすけて…!」

「『醜く踏みつぶされるような命など生きる意味はない』確かそう言っていたはずだが?」

 

 助けを求めて叫ぶクアットロに対して男は冷たく言い放ちさらに炎をぶつける。せめて早く死なせてやろうという彼なりの気遣いだが殺される側からすればただ苦痛が増しただけだ。声にならない絶叫を上げ、身を焼き尽くす炎から逃れようと必死にあがくがもはやどうしようもない。

 

「……し…に…たく……な……」

「ああ……はたから見るとこうして生にしがみつくのは控えめに言っても好ましくないな」

 

 最後の希望にすがるように手を伸ばし、そのまま息絶えたクアットロを見ながら男は自分達最高評議会について思いをはせる。今考えればこうして死ぬのは悪いことばかりではないとすら思えてくる。自分達は少々長く生き過ぎた。それは誰から見ても優雅ではない行為だったのだろう。しかし、己が歩んだ道に恥はない。あるとすれば、悲願の一歩前で届かなかったことだけ。

 

 

 

「―――だが無念だ。ああ……後一歩だったのだがな」

 

 

 

 最後に小さくそう呟き翡翠の鳥(・・・・)をある場所に飛ばす。恐らくは地獄で友が待っていることだろう。その時はまた世界平和について語り合おう。そんなことを考えながら男は瞳を閉じる。最後の最後まで膝を折ることなく―――どこまでも優雅に。

 

 

 

 

 

 ディエチはスコープ越しに母娘の戦いを見つめる。容赦なく母と慕っていた人物を攻撃するヴィヴィオ。その攻撃を必死に防ぐものの情ゆえか反撃に転じることができないなのは。ハッキリと自分の意見を言うのであればその光景は見ていたくなかった。

 

 元来、彼女は優しい性格をしており本来であればテロなど起こそうとも思わない。しかし戦闘機人として生まれ、スカリエッティの元にいる以上は戦う以外に道はない。どれだけ心が否定しても義務としてやるのだと自身を騙し続ける。

 

「ママを…ヴィヴィオのママを返してーッ!!」

「ここに…ここに居るんだよ! だから…! お願いだから止まって!!」

 

 自身の命を平然と奪いに来る娘を凌ぎながらなのはは戦う。自分自身の命を削りながら。

 彼女に残された道は大威力の魔法でヴィヴィオの体内にあるレリックを破壊することだけである。だが、聖王の鎧を身に着け力の限りに暴れまわるヴィヴィオを止めることは不可能に近い。せめて足を止めることができればと思うのだが止まるはずもない。―――そう思っていた時であった。

 

「マ…マ……なのはママ」

「ヴィヴィオ?」

 

 まるで自身を縛っていた拘束具から逃れたように意識を回復させるヴィヴィオ。二人は知る故もないことであるがそれはヴィヴィオを操っていたクアットロが命の危機に瀕したがためである。その事実に思い至ったディエチはこれ以上は見過ごせないと標準をなのはに合わせて引き金に指をかける。

 

 相手は動きを止めている。撃つならば今しかない。だというのにディエチの覚悟は決まらなかった。本当に撃っていいのだろうかと悩んでいた。スコープ越しに相手の表情を、生き様を見せつけられた。その上で相手の人生を終わらせるために引き金を引く。それができなかった。スナイパーとしての腕は一流以上のものがある彼女であるがスナイパーとしての覚悟を得るには至っていなかった。彼女が機械よりも人間に近い存在であったために。

 

(撃たなきゃ……でないとみんなに迷惑をかける。……撃つしかない)

 

 何とか自分の心を騙し奮い立たせる。彼女の狙撃は成功するだろう。心に一生残る不快感を残しながら、一抹の後悔を残しながら。彼女は家族のためだと偽り指先に力を籠める。一瞬後には打ち抜かれた死体が出来上がるだろう。しかしながら、彼女は悩みすぎた。

 

「…イタッ!? ……翡翠の鳥?」

「誰!?」

「しまっ―――」

 

 まさに引き金を引き抜こうとした瞬間に頭部に鋭い痛みを感じ思わず声を上げてしまう。それはどこからきたのか翡翠の鳥(・・・・)からの攻撃であった。世界を救おうとした古の英雄の最後の置き土産。悪しき者には決して世界を明け渡さないという最後の執念。

 

「ディバイン・バスター!」

 

 その執念がなのはにディエチの存在を教え窮地を救ってみせた。抵抗する間もなく砲撃で撃ち抜かれディエチは意識を失う。自身のうかつさを悔いると共に、傷つけなくて良かったとどこか安堵したような表情を浮かべて。

 

「よし、後はヴィヴィオを助ければ。ヴィヴィオ、ちょっと痛いの我慢できる?」

「我慢……する。ママと一緒にいたいから我慢する…!」

 

 一方のなのははディエチの中でそのような葛藤があったことなど露知らずにヴィヴィオとの対話に戻る。正気を取り戻したヴィヴィオではあるがゆりかごの聖王となった彼女には自分で呪縛から逃れるすべはない。だからこそ、なのはは尋ねる。今から砲撃で撃ち抜くことになるが耐えられるかと。

 

 言葉にすると限りなく物騒ではあるが魔力ダメージのため特に問題はない。もしかすればトラウマが残るかもしれないがその後元気に生きていけることはフェイトが証明している。ならば何も問題はない。双方が納得しなのはが全ての魔力の収束を始める。

 

「いくよ! スターライト―――」

『Starlight Breaker ex fb.』

「―――ブレイカーッ!!」

 

 レイジングハート本体のみならずブラスタービット4基を併用した全方位からのスターライトブレイカーが放たれる。その力はなのはの限界をはるかに超える大出力ゆえに術者とデバイスにかかる負担も大きい。レイジングハートに罅が入り支えるなのはの手が切れ血が流れる。

 

 一見すれば過剰なまでの攻撃に思えるが聖王の鎧はヴィヴィオの意思とは関係なくレリックを守り続ける。聖王の血筋にのみ許された最強の盾。それを砕くためには自傷覚悟のの威力を出さなければならない。

 

「ヴィヴィオーッ!」

「ママーッ!」

 

 最後の力を振り絞りなのはは出力を上げる。目が眩みまともに前が見えない。しかし、それでも娘の声に応えるために絶望を撃ち抜く。そして、打ち破ることは不可能と言われ伝説にまでなった王の鎧を―――砕き去った。

 

 

 

 

 

 戦いを終えた切嗣は荒れる呼吸を整える。彼の前には傷つき倒れ伏す老人と女性が二人。彼は自らの回復力を生かし不可能に近い勝利をもぎ取って見せたのだ。

 

「……邪魔をされても面倒だ、始末するか」

 

 未だに死んではいない彼らに向かい切嗣は虚ろな目で呟く。そして、彼らに向けて銃口を向け引き金を引こうとする。しかし、突如としてアインスがユニゾンを解除したことで手を止める。

 

「アインス?」

「……切嗣、どうやら時間が足りなかったようだ」

 

 上空を見つめるアインスの視線の先にあるものを見て切嗣は思わず瞳を震わせる。成長した姿をこうして見るのは初めてではない。しかし、以前よりも激しい動揺が彼を襲う。そんな養父を見つめながら彼女はツヴァイを従え静かに地上に降り立つ。

 

 

 

「久しぶりやな、おとん。今まで何しとったん?」

 

 

 

 十年ぶりに会う家族に対し、はやては静かに問いかけるのだった。

 

 





もしもはやてが切嗣じゃなくてアインスに問いかけていたら。


「久しぶりやな、アインス。今まで何しとったん?」
「ナ、ナニですか? そ、その主にはまだ早いと思われます。それにとてもこのような場所では……」

 何を想像したのか頬を赤らめてもじもじと内股になるアインスを見てはやては激昂する。

「どういうことや、おとん! 娘をほっぽからして自分はこないなわがままボディを手籠めにしとったんか!? 羨ま―――けしからん!!」
「ご、誤解だよ、はやて! アインスを傷つけるようなことは誓ってしていない!」
「どのみち私が知らん間に『こんばんわ、お姉ちゃん』的な銀髪ロリが出てくるようなことやっとったんやろー!」
「ハッ! 今リインすっごく良いこと思いつきました。リインが初代リインフォースの子どもになればはやてちゃんのおばちゃんになるフラグをへし折れるです!」

 シリアスの欠片もなくカオスになる場を見てリーゼ姉妹は顔を見合わせて小さくぼやく。


『なんでさ』


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