八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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五十三話:敵は内にあり

 

 どこもかしこもガジェットの襲来で大騒ぎをしている街の隅を切嗣とアインスは歩いていく。緊急避難勧告が出されている現在、裏路地には猫の一匹もいない。そのはずだった。

 

「あら、こんなところで会うなんて奇遇ね」

「早いとこ避難しないとどうなってもしらないぞ?」

「……アリア、ロッテ」

 

 だが、どういうわけか二人の前には二匹の猫が立ち塞がっていた。挑発してくるような口ぶりに内心で顔をしかめながら切嗣はコンテンダーを握りしめる。なぜここにいるとバレたのかは定かではないが立ち塞がるのであれば始末するのみ。しかし、そう簡単にはいかない。

 

「悪いが君にはここで捕まってもらうよ―――切嗣君」

「…! グレアム、まさかあなたまでいるとは……」

 

 突如として背後から声を掛けられて驚愕する切嗣。グレアムの姿は昔に比べれば随分と老いていた。しかし、背後を取られていたことを気づかせない技量と瞳から感じる強い意志はまるで衰えていないことを知らしめていた。

 

「老いぼれにできることは子どもに未来を残してやることだけ。そのためなら少々の無茶もこなさなくてはね」

「……そうかい。やっぱりあなたも僕の望みを否定するのか」

「君の望みが何かを私は知らないが……はやて君の幸せとは相反するものであれば認められない」

 

 背中からかけられる声に対して切嗣は静かに目をつぶり息を吐きだす。一見すれば無防備に見えるがその実、一部の隙も相手に感じさせない。そして神経を刃を研ぐように少しずつ研ぎ澄まさせていく。

 

「ゆりかごを無視して地上本部に向かうのはただの役割分担なのか。それとも、あっちがあなたにとっての本命(・・)なのかしら?」

「そもそもどうして数で劣るにも関わらず攻めているのかねぇ。ゆりかごに引きこもっているのが一番効率的なのに」

「…………」

 

 アリアとロッテの問いかけにも切嗣は何も答えない。ゆりかごを軌道上に到着させればスカリエッティ側の勝ち、到着させられなければ持久戦で敗北する。仮にゆりかご内部にこもっていれば飛行魔法の適性を持つ魔導士しか来ることができないため相手の戦力はダウンする。

 

 そして攻める側は敵の戦力の三倍はなければ守る側を打ち破れないのは戦の定石だ。だが、スカリエッティは戦力の分散、逐次投入という兵法における最大の禁忌を平気で犯したのだ。ゆりかごを守ることに全力を費やせばいいだけの戦いなのにわざわざ戦線を広げた。

 

 一見すればただの戦略ミスかもしれない。しかし、これがもし計算の内であったらどうであろうか。例えば、攻めることで相手を地上本部から引き離すなどの目的があればどうであろうか?

 

「さて、何をしようとしているか。教えてもらえないかね?」

「……フン、話は終わりか? なら―――消えてもらうよ」

 

 だが、聞いたところでこの男が親切に答えるはずもない。三人の疑いの視線にも何事もなかったように平然と無視をし、切嗣は冷たく硬い引き金を引くのであった。

 

 

 

 

 

 ―――熱い。熱くてたまらない。小さく口から空気を吸い込むだけで喉が焼けただれそうになる。バリアジャケットには温度調節機能も備わっているというのに、張り巡らした防壁があるというのに、その炎は苛烈さを損なわない。

 

「どうしたのかね? 防いでいるばかりでは勝てはしないよ」

「くっ……アクセルシューター!」

 

 なのはは防御を固めながら二十個以上のシューターを同時に飛ばす。その全てが違う速度、異なる軌道を描いており全てを防ぐのは不可能に近い。だというのに男は一瞬でそれら全ての速度と軌道を計算し同じようにシューターを打ち出し相殺する。

 

「他愛ない」

「ショートバスターッ!」

 

 だが、なのはもそれだけでは終わらせない。威力を殺して速度を上げた砲撃で狙い撃つ。流石に正面から受け止めるのは不利だと判断した男は横に移動しそれを躱す。そこへ先端がまるで槍のようになったレイジングハートを構えたなのはが突進してくる。

 

『Excellion Buster Accelerate Charge System.』

「突撃とは……優雅ではないな」

 

 本来であればそれは相手の防御を突破しゼロ距離の砲撃を打ち込む捨て身の技である。それをなのははレイジングハートに行わせ自身がシールドを張ることで防御性を兼ね備えた近接魔法として扱っている。その速度はさながらロケット弾。気づいた時点で躱すことはできない。

 

「躱せないのであれば、受け流すのみ」

 

 男は湧き上がる炎を圧縮させ一つの上昇流を作り出す。そしてその強烈な上昇流をもってなのはの軌道を僅かに上方向へとずらし力のベクトル利用しステッキでレイジングハートの刺突を受け流す。あまりの常識外れの荒業に叫び声をあげたくなるなのはであったがそこで動きを止めるほど甘くはない。

 

「ディバインシューター!」

 

 すぐさま防御を解き、動きながらでも放てるシューターを振り向きざまに放つ。だが、相手もさるもの。ステッキを一振りし炎の障壁を作り出しシューターを塞ぎ止める。そして間髪をおかずに巨大な火球を連射してくる。

 

「レイジングハート、お願い!」

『Straight Buster.』

 

 エクセリオンバスターの応用である直射砲を連なるか急に向け放つレイジングハート。ストレイトバスターの特性は反応炸裂効果である。敵密集地において敵対象を伝播して連鎖爆発を引き起こす。そして今回も例に漏れずに吐き出された火球すべてを連鎖爆発させた。

 

「つ…強い……!」

「そちらも中々の腕の持ち主だ。やはり失うには惜しい人材だ。どうだね、今からでも心変わりはしないかね?」

「誰が!」

 

 息を切らしながら反論するなのは。その額には運動と炎熱変換の魔力による膨大な熱量による大粒の汗が光っていた。反対に男の方はこの程度の熱で汗をかくなど優雅ではないと言わんばかりに涼しげな笑みを浮かべている。現時点での戦況は五分五分といったところであろうが長引けば長引くほど体力を奪われていきなのはが不利になるだろう。故に短期決戦で決めなければならない。

 

「ディバインバスターッ!!」

「頑固なものだ。いや、だからこその強さか」

 

 しかしながら簡単にやられてくれる相手でもない。今度は宙に魔方陣を描き出しそこから噴火のように炎を放射させなのはの十八番の砲撃を正面から受け止める。先程からの戦いで分かったことといえば相手は恐らく自分よりも魔力量は少ないということぐらいだ。しかし、それが弱点になっているかといえば全くそういったことはない。

 

 足りない魔力を極限にまで効率的に運用し10の威力に対して1のエネルギーで賄っている。それは凡庸でありながらも10の結果を求められれば20の修練を積んできたが故になせる技だ。徹底した自律と克己の意志。その強さにより混迷を極める次元世界で戦い続けた彼だからこそ人々は畏敬の念を込めて“エースオブエース”と呼んだのだ。

 

「本来であれば後衛でなければ真価を発揮できない砲撃魔導士でありながら私と互角の戦いを演じるとは驚嘆に値する」

「それは…どーも!」

 

 自分の方が圧倒的高みにいると理解したうえでの称賛に対して皮肉気に返しながらなのはは砲撃を撃ちながら飛ばしていたシューターを背後から強襲させる。いくら英雄といえども背後に目はついていない。後ろから刺されてしまえば何が起きたかも分からずに倒れ伏すだけだろう。だが、次の瞬間にはその考えが甘すぎたという事実が突き付けられた。

 

「残念だが―――英雄に死角はない」

 

 近づいていたシューターが全て撃ち落される。しかし男が動いた形跡はない。驚くなのはの目に突如として翡翠の鳥が数羽、彼の周りを飛び回っている光景が映る。

 

「まさかビット…?」

「ご名答。翡翠を原料にして私が作り上げた自動で動く傀儡を幻術で隠し潜ませておいたのだよ。私の背後に死角は存在しない」

 

 その宣言になのはは苦虫をかみつぶしたような顔をして砲撃を止めさらに距離をとる。不意をつくことで隙を生み出させようとしたのだが威力の低い攻撃ではあれを抜くことはできないと判断したからだ。

 

 男は最初にわざわざビットを使わずに自らの手でシューターを落とすことでその存在を隠蔽しなのはの策を潰したのだ。彼は計算高く、その反面自ら宣言するような自信も持ち合わせている。なんとも嫌な相手だと改めて実感しながらなのはは汗を拭う。

 

「このままでは君に勝ち目はない。それは分かっているだろう?」

「…………」

 

 このまま小手先の勝負では勝ち目はない。男の言うとおりだ。それはなのはもよく理解しているために何も答えない。前衛のいない砲撃魔導士が最大威力の一撃を撃ち込むには相手動きを自力で止めなければならない。だが、相手はフェイトやシグナム以上に隙がない。バインドで動きを止める戦法も通じる相手ではないだろう。ならば、自分が相手よりも勝っている部分で勝つ以外にない。

 

 

「―――命をかけなさい。あるいはこの身に届くやもしれん」

 

 

 その言葉になのはの覚悟は決まる。自身にかけていたリミッターを完全に解除する。それは本来の力を抑える類のものではない。本来であれば体が壊れるために決して使われることのないリンカーコアのリミッターの解除。俗にいう火事場の馬鹿力を強制的に引き出す諸刃の剣。この戦いが終わった後に体がどうなるかはわからない。しかし、ここで使わなければ後などもとよりない。

 

「技術ではあなたには勝てない。なら私は力であなたを上回るしかない」

 

 莫大な魔力をもって技術をねじ伏せる。なのはがとった作戦は言わば力押し。作戦も何もない単純な思考である。だが、それはある意味では真理だ。総合格闘技のチャンピオンであってもゾウの何気ない足蹴一つで命を絶たれる。あまりにも隔絶したパワーは技術という人の営みを容易く葬る。

 

「面白い。ならばその力を私に示して見せよ!」

「いきます…!」

 

 短い言葉と共に先程とは比べものにもならない極太の砲撃を放つなのは。その大きさは狭い一室ではとてもではないが避けられるものではない。だが、元より男に避ける気などない。相手の全力を自らの技巧をもって組み伏せてこその英雄。杖の一振りで何十層もの防壁を重ねて生み出し威力を殺し、その上から自らも炎の砲撃を放ちなのはの砲撃を相殺する。

 

「それが本気かね? 私を失望させないでくれたまえ」

「なんの…! まだまだ上げていくよ!!」

 

 なのはの攻撃は一撃打つたびに自身の命を削りとる呪いの装備のようなものだ。だが、攻めの手を緩めることは決してない。攻撃が通らずとも、全てを技巧により組み伏せられようとも諦めることはしない。撃ち落されることが負けなのではない。足を止めることこそが敗北なのだ。

 

「ふ、ははは! そうだ。その不屈の意志こそがエースオブエースだ! 君を見ていると昔を思い出すよ」

「馬鹿にして!」

「いや、私個人は君を高く評価しているよ。だからこそ惜しい。君ならば誰に何を言われようとも理想を追える強さを持っているというのに」

 

 煉獄の業火と桃色の光線が激しくぶつかり世界の終焉のような光景を生み出す。戦略の切り札同士がぶつかり合う。戦場に出せば必ず勝つ札が同時に存在する矛盾。その矛盾に世界が耐えられないかのように壁が割れ床は抜け落ち天井は崩れ落ちる。それでもなおヴィヴィオのいる玉座だけは無傷なのはゆりかごの意思なのか、はたまた母の愛なのか。それは誰にもわからない。

 

「初めは誰もが私達を嘲った。愚弄した。できるはずがないとね」

 

 何が面白いのか男は昔を思い出しながら笑い続ける。誰もが彼らの言葉を綺麗ごとだと言った。力なく何度も挫折する様を見てそれみたことかと嘲笑した。だが、彼らは決して歩みを止めなかった。こければまた立ち上がり歩いた。足を撃たれれば地面を這って進んだ。四肢を砕かれれば噛みついて敵を倒した。その姿に少しずつ続く者達が現れた。彼らの理想を共に夢描くようになった。

 

 

「我々は空想家だと言われた。救いがたい理想主義者だと言われた。できもしないことを考えていると言われた。その度に私は何千回もこう答えてきた―――“その通りだ”とね」

 

 

 その強い意志に、揺るがぬ信念になのはは敵だというのに尊敬の念を抱かずにはいられなかった。憧れを抱いてしまった。いかに歪んでいようとも、世界を救いたいという願いに嘘偽りなどない。超絶的な技量も、築き上げた地位も彼を飾り立てるには余りにも力不足だ。

 

 

「私は世界の救済を諦めることはしない。何故なら―――諦めなければ夢は必ず叶うからだ!」

 

 

 決して諦めることをしない精神性こそが―――彼を英雄たらしめるのだ。

 

 その夢がどれだけの犠牲を伴うものであったとしても、誰もが彼に反対しようとも彼は諦めない。例え世界が滅んだとしても彼は歩みを止めることはしないだろう。何故なら彼は救いようのないほどに自分を信じているから。

 

「さあ、雌雄を決めよう。その力をもって私を超えてみせなさい。もっとも、私の夢を打ち破れるのならだがね」

「……私は、あなたのやり方を否定する。いつの日にか本当に犠牲なんてない世界にみんなで辿り着けるように」

 

 激しいぶつかり合いを繰り広げながら両者共に魔力収束を始める。両方の魔力が混ざり合い不思議な色をした魔力が徐々に渦を巻いていく。共に己の最高の一撃に信念を込める。それらを打ち破られるということは思想、理念、諸々を壊されると同義だ。故にこの一撃で全てが決まる。

 

Intensive Einascherung―――(我が敵の火葬は苛烈なるべし―――)

「スターライトブレイカー―――」

 

 収束され圧縮された魔力が術者すら押し潰さんとする。だが、二人共が微動だにせず相手を睨み続ける。古き時代の英雄と新しい時代を作る英雄。その思いの丈を乗せた砲撃が今、放たれる―――

 

 

 

 

【自害せよ、■■■■】

 

 

 

 

 だというのに、それは呆気なく終わりを告げる。どちらかが相手を倒すまでもなく幕は閉じられた。―――男が自らの心臓を貫くという形で。

 

「………あ?」

【くっ、はは……くははははははっ!!】

 

 呆然とした顔で自らの心臓を刺したステッキを握りしめながら男は立ち尽くす。

 どこまでも狂喜に満ちた笑い声を聞きながら。

 

 





優雅さんが死んだ!

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