八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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四十八話:かつての英雄

 

 有史以前より黄金の光は人に希望を抱かせると共に満たされぬ欲望を与えてきた。人々はその光を求め、殺し合い、奪い合ってきた。蓄えられた財は争いの元となり数え切れぬ人間の血を啜ってきた。ただの財ですらそれだけの犠牲を強いるというのなら、万能の器となればどれだけの血が流れることになるだろう。

 

「君にはこの万能の願望機にてこの世全ての悪を根絶してもらいたい」

「……どういうことですか?」

 

 掲げられた黄金の器を前になのはは戸惑いの声を零す。男が提示した願いはどれをとっても理解できない。新たな英雄となれだの、この世全ての悪の根絶などまともなことを言っているようには思えない。しかし、相手が大真面目なことだけはその顔を見ればわかる。

 

「ああ、確かにまずは説明から入るべきだね。これは失念していたよ。この器は望む世界を創り上げることが出来る……君の出身世界でいえば聖杯」

「聖杯…? どんな願いでも叶えてくれる神の血を受け止めたあれですか?」

「その通り。もっとも神など存在しないし、これ単体では願いを叶える術もない」

 

 傷つけないように丁寧に聖杯を地面に置きながら男は説明を始める。この杯はただ魔力を吸収する能力を持った器に過ぎない。そこには願いもなければ、形をとる意思も存在しない。ただ、貪欲に全てを飲み込み最後にはそれを吐き出す杯。

 

「これは別々のロストロギアと組み合わせることで願望の器となる」

「別のロストロギア…?」

「まず、レリックにより無色で膨大な魔力をこの杯に注ぎ込む。そして、願望を叶える石、ジュエルシードの機能を発動させ願望を叶える魔力へと形を変質させる。そして杯からその魔力を放出し世界を塗り替える。これがスカリエッティ(・・・・・・・)に生み出させた計画だ」

 

 語られた目的になのはは思わず絶句する。余りにも壮大過ぎる計画に正気かと疑ってしまう。だが、こんなおとぎ話級のロストロギアを保持している姿を見れば相手が本気で願いを叶えようとしているのが分かる。一体この男はどんな人生を送ってこのような余りにも愚かな願いを抱くようになったのか。それが彼女には理解できなかった。

 

「そんなことが本当にできるんですか……」

「できるとも。君も知っているはずだ。ロストロギアはただの一つで複数の世界を破滅へと導く。ならばそのロストロギアを用いれば世界を救うこともできる」

「世界を救う…?」

「先程からも言っているが我々の望みは世界平和だよ。それは君にとっても好ましいことではないかね? いや、管理局員ならばそれを求めることは義務だ」

 

 先程から男は世界を救うことを前提にして話を行っている。言っていることは間違っていないのだろう。世界平和を実現するための方法を彼は丁寧になのはに伝えてくれているのだ。世界を救うという義務感は僅か数分しか彼と話していないなのはですら理解できる。何もなければ思わず全面的に信じてしまいそうになる。だが、彼女には彼を信じられない理由があった。

 

「……分かりました。確かにあなたの言っていることは本当なんだと思います」

「理解してくれるかね。ならば我々の手を―――」

「でも、その前に一つ。救おうとしているのならどうして―――人を苦しめているんですか?」

 

 なのはの鋭い眼が男を貫くが彼は微動だにしない。漂わせる気品を欠片たりとも揺らがせることなく男は整えられた髭を撫でる。まるで質問の意味が分からないとでも言うように。否、それ以前に何故空気がこの世に存在するのかと当たり前のことを問われたような表情をする。

 

「それは犠牲となっているミッドの人々のことかな? それとも―――後ろの聖王のことかね?」

「……どちらもです」

「わざわざ答えねばならないかね。平和の為に犠牲が不可欠なのは当然のことだろう」

 

 平和を愛する心は同じでも二人の間には決定的な考えの違いが存在する。どのような犠牲を払ってでも最終的に大勢が救われれば問題ないと考える最高評議会。犠牲を決して良しとせずに何度挫折しようとも足掻き続けるなのは。求めるものは同じでもそこまでに描くビジョンが違い過ぎる。

 

「この世全ての悪を根絶すれば世界は平和となる。争いはなくなる。しかし、新たな世界に人々は戸惑い混乱が彼らを苦しめるだろう。だからこそ、管理局が導いていく必要があるのだ。世界を未曽有の危機に晒した事件を解決した新たな英雄(・・)をシンボルとして」

「つまり、この事件はあなたが作った……やらせなんですね?」

「そう悪く言わないでくれたまえ。今の管理局には以前ほどカリスマが無い。混迷する世界を導くには弱いのだ。これはより大きな善を成すためには必要な犠牲なのだ」

 

 確かに彼の言葉が真実であれば世界はほんの数百人程度の犠牲で平和になり、新世界で新たな繁栄を迎える。それはきっと正しいことなのだろう。犠牲に目を瞑り多くの者が幸福を享受する。賛同する者も多くいるはずだ。だが、しかし。高町なのははそれを認めたくない。

 

「そもそも、この世全ての悪を廃絶したらあなたも居なくなるんじゃないですか。誰かを傷つけることが悪じゃないわけがないもの」

「その通り、必要悪と言えど悪。元より、役目を果たせば悪を成す我らも世界から消えるつもりだ。だからこそ後継者が必要なのだ」

 

 自らが消えることも計画の内という破滅的なまでの願望になのはは一瞬言葉を失う。その次の瞬間には哀しみのような激しい怒りが彼女の胸の内に湧きおこっていた。

 

「そんな世界! 絶対に間違ってるよッ!」

「一体何が間違いなのかね?」

「自分も他人も犠牲にしないといけない世界なんて間違ってる!」

 

 あの日、どんなことがあっても決して見捨てないと誓った。救うことを諦めないと、自分のせいで死なせてしまった人々に約束した。どんなに愚かであっても夢を追い続けなければならない。それ故に彼の望むやり方は賛同できない。それは彼の為でもある。

 

「それを言うのなら今の世界こそが間違っているのではないかね? 他者を食らうことでしか生きていけない、自分を犠牲にしなければ何も救えない悲しい世界だ。我々は最小の犠牲でそれを終わらせようとしているのだよ」

「何にも変わってないよ! 数が少ないか多いかでしかない。そんなやり方じゃまた同じことを繰り返すに決まってる!!」

 

 人は愚かだ。誰かに与えられた幸せではすぐにありがたみを忘れ暴走する。誰かを犠牲にするやり方で平和な世界を手に入れても繰り返す。それ以外の方法を知らないのだから間違った選択をし続けるのは間違いない。今も人を殺し続ける愚かな道化のように。

 

「だからこそ、君達に正しい世界を導いて欲しいのだ」

「最初から自分も他人も救うことを諦めているような世界なんて私は―――いらないッ!!」

 

 男の考えを真正面から否定する。正義の為に切り捨てられる人々などいてはならない。苦しんで泣いている小さな少女が当たり前だなど認めない。例え永劫の苦しみを与えられるのだとしても、自らの力で全ての人が救われる世界を求める。それが自分の生きているうちに成し遂げられないのだとしても絶対に希望を捨てない。

 

「……それが君の答えか、残念だよ。我々と望むものは同じだと思っていたのだがね」

「いいえ、同じです。でも、やり方が間違っているんです。今からでも遅くありません、考え直してください。管理局は理解ある対応をします」

「随分と大きく出たものだ。未だに我々がいなければ一人で飛ぶことも出来ぬ雛鳥だというのに」

 

 男の纏う空気が変貌する。今まで感じたこともないような重々しい威圧感と冷たさ。自然と額から冷たい汗が流れ落ちる。男はいったい何者なのか。そもそも彼は管理局という言葉に対して敵意が欠片もない。寧ろ一種の親しみすら感じさせる。まるで自分達は身内だとでも言うように。

 

【はーい、良い啖呵でしたねー。流石はエースオブエースと言ったところですかー?】

「新手…!」

【心配しなくても大丈夫ですよー。私は補助しかしませんしー。それにこれも幻影ですし】

 

 張り詰めた空気をあざ笑うように現れたのはクアットロの幻影。聞いているだけで不思議と心が苛立つ独特の話声になのはも例に漏れず眉を顰める。しかし、そんなことなど知ったことではないとばかりにクアットロは嬉々として話を続ける。

 

【でもー、その人には絶対に勝てないと思いますよー。そもそも、管理局が命令できるような人じゃありませんし】

「……どういうこと?」

【あらら、意外とおバカさんなんですね。しょうがないから私が説明してあげましょうか。今から150年前に管理局を創り上げた3人はご存知ですか?】

「何をいきなり―――まさか…!」

 

 管理局員であれば勿論その存在は知っている。しかし、誰もその顔を見たことをなければ名前を知っている者もいない。不自然なまでに隠蔽された実態。三提督を目立たたせることで今の今まで正体を隠していた三人の伝説の一角。

 

【その通ーり。管理局の創設者にして次元世界の平定者、まさに伝説の英雄。それがあなたの敵】

「今まで管理局を見守ってきたが、後継の者達が情けないので私達自らが動くことにしたのだよ」

 

 英雄として崇められてもおかしくないというのにわざわざ名前や情報を規制して自らの存在を消して陰に徹してきた。それも全ては管理世界がより良い繁栄を迎える為に。最高評議会は普段は実権など握らずに静かに後継を見守ってきた。

 

 そもそも後を継いだ者達が世界を平和にしていれば、大きな変革を生み出して入れば安心して三人共寿命を迎えていただろう。だが、彼らの基準からすれば後を継いだ者達はどれも満足のいく者達ではなかった。だからこそ、再び表舞台に立つことを決めたのだ。

 

「世界を平和にするなんてそんな簡単にできるものじゃないです! 私達を信じてください!」

「150年待った、しかし結果はこの様だ。未だに世界に平和が訪れる兆しはない」

 

 もはやそこには失望もなければ諦めの念もない。一つの方法がダメだったならば別の方法で試すだけというどこまでも合理的で実利的な思考。怒り狂うよりもよほど恐ろしい。そんな相手を説得するためになのはは反論の声を上げる。だが、しかし。

 

「もっと時間をかければ―――」

「―――私達は30年程で次元世界を平定し、質量兵器を禁止にしてみせたが?」

 

 男の言葉になのはは何も言い返せなかった。目の前にいるのは嘘偽りなどない本物の英雄だ。前人未到のことを成し遂げた。不可能を可能にしてみせた。その人間と同じようにできる人間はそう簡単には現れない。だから、彼らも待った。時間をかければ才無き者達であっても平和を成し遂げられるだろうと信じて待った。しかし、幾ら待てども何も変わらなかった。五倍に等しい時間を待ったにもかかわらずにだ。

 

「他の者にできないのであればできる者が成し遂げる。これはそれだけの話だよ」

【これだと、あなたの方が悪役に見えちゃうかもしれませんねえ】

「クアットロ、そのように相手を乏しめるのは優雅ではない」

【これはこれは、失礼しました。では、私は遠くから観戦しておきますね】

 

 厭味ったらしい笑いを一つ残して消え去るクアットロ。残されたのは睨み合う二人と玉座の上にいるヴィヴィオのみ。知りたくもなかった事実に心が揺らぎ今ここに自分が立っている意味を問いたくなる。どちらが正義で悪なのか、そんなことはもう分からない。だとしてもだ。

 

 

「あなたは正しいかもしれません。でも、あなたが誰であっても私は―――あなたを否定します」

 

 

 絶対に認めない。強い意志が揺らいでいた彼女の瞳を一点に集中させる。その先に居るのは男ではなく愛する少女の姿。ママと呼んでくれた愛おしい宝物。ただ一つ純粋に分かる事実。

 

「理由はなにかね?」

「私がその子の―――母親だからです」

 

 今のなのはに分かることはただ一つヴィヴィオを愛しているということだけ。戦う理由はそれだけあれば十分だった。母だから娘を守る。その選択は美しく尊い。だから男にもそれを否定することはできなかった。

 

「……そうかね。では、無粋な話し合いはここまでにしよう。エースオブエースの名に恥じぬ実力か見極めてあげよう」

 

 どこまでも自信に溢れ、自らが負けるなどとは欠片たりとも考えていない。しかし、それは慢心ではなく積み上げてきた修練の賜物だということをなのはは肌で感じた。彼は強い。それが分かったからこそ彼女はある意味でいつものように、昔のように尋ねた。

 

「最後に一つ、お聞きしていいですか?」

「何かね?」

「あなたの名前を聞かせてください」

 

 今から殺し合いを始める者の言葉とは思えないなのはの問いかけに驚いたような表情を見せる男。しかし、それも一瞬ですぐに気品のある笑みを浮かべ答える。

 

 

「名前などとうの昔に捨てたよ。私は、いや我々は―――“正義”という装置の歯車に過ぎない」

 

 

 その余りにも悲しすぎる返答になのはは顔を歪める。平和を求めて全てを奉げ名前も、人間性も、全てを失うなど悲しすぎるではないか。思わず同情で手が緩みそうになる。

 

 そんな気持ちを察したのか否か男は杖をクルリと回し、辺り一帯を火炎地獄に変えてみせる。シグナムの炎がマッチの炎に見えるような凄まじい光景に様々な意味で汗を流すなのは。そこに男は少し趣返しのように笑いながら話しかけてくる。

 

 

「では、私の方からも最後に一つ。私もかつては―――エースオブエースと呼ばれていてね。

 古き時代と新しき時代、どちらの切り札が上か試してみようではないか」

 

 

 燃え盛る業火の中、涼し気な笑みを浮かべ男は杖をなのはに突き付けるのだった。

 






???「優雅なること風の如く!」
???「優雅なること林の如く!」
???「優雅なること火の如く!」
???「優雅なること山の如し!」
???「リミッターを外させてもらおう。優雅フルドライブ!!」

切嗣「風林火山…だと…?」

優雅さんの技一覧(大嘘)

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