八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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二十四話:訓練と会話

 

 先月の初めに動き出したはやての夢舞台である機動六課。

 その訓練場は海に浮いた人工島のような場所にホログラムを具現化させたものを作り出すことで街並み等を再現したものである。当然のようにそれにかかった費用は大きいが、長期的に使う以上は実物を用意するよりも安上がりになる。

 さらに言えば、様々な状況を容易に創り出すことができるので他世界への演習などに行く手間も省け最終的には得をする。

 そのような贅沢な環境の中でフォワード陣の新人達はみっちりと指導を受けていた。

 

「ほら、エリオ、足が乱れてるよ」

「は、はい!」

「キャロもその位置取りだと簡単に狙われちゃうよ」

「す、すみません」

 

 襲い来る魔力弾から回避を行う、足さばきや位置取りの訓練が行われている。

 そこでお揃いの訓練服を着た二人の子供が息を切らしながらフェイトの指示に従っていた。

 一人は赤い髪が特徴的な十歳の男の子、エリオ・モンディアル。

 もう一人は、ピンクの髪と従えた小竜のフリードリヒが特徴的な女の子、キャロ・ル・ルシエ。

 二人はどちらもフェイトが保護をした子供である。

 保護責任者はリンディとなっているが実質的にはフェイトが母親のようなものである。

 そのため、二人にはやや甘い部分もあるが訓練で手を抜くことはしない。

 優しくではあるが欠点は決して見落とさずに指摘していく。

 

「一ヶ所だけを見るんじゃなくて全体を見ないとすぐに追いつめられるよ。ほら、こんな風に」

「うわっ!?」

 

 前ばかり見ていたために横からの攻撃に反応できずに直撃するエリオ。

 思わず、大丈夫かと駆け寄りたくなるがそこはグッと我慢する。

 本音を言えば子ども達にはこんな危険な仕事には就かせたくなかった。

 学校にでも通って、子供らしく過ごして欲しいというのが親心だ。

 だが、かつて自分が執務官という道を選んだ時と同じように。

 子供が選んだのなら黙って背中を押そうとも決めていた。

 かつて、自分と同じように安全な道へ進んでほしいと願いながらも最終的には自分の意思を尊重してくれた義母と義兄のように。

 

「攻撃を受けたら、すぐに立て直して。一旦物陰に逃げ込んで時間を稼ぐか、それとも強引にでも攻め入るか。この状況で二人ならどうするかな?」

 

 その言葉を受けてエリオはすぐさま障害物の陰に入り敵から距離を取る。

 キャロもそれに続くように別の物陰に入り二人で息を整える。

 現状としては正解の部類に入る行動にフェイトも満足げに頷く。

 敵はスフィアで、攻撃手段は全て遠距離射撃。下手に詰めれば一斉射撃の餌食だろう。

 

 もしも、フェイトほどの速さがあれば一気に決めるのもありかもしれないが、その速さはまだどちらにもない。

 さらに言えば、攻撃を受けたのはそれが可能なエリオ。

 訓練の為にダメージはほぼないがこれが実戦であれば深刻なダメージを受けていてもおかしくはない。故に、この場面での逃避の選択は正しい。

 

「そう、正解だよ。でも……まだ訓練は終わってないからね」

「エリオ君、こっちに来たよ!」

「分かった。うまく隠れてやり過ごそう、キャロ」

 

 こちらを探すように近づいてきたスフィアの死角を見つけ出し、そこに移動して自分たちの姿を隠すエリオとキャロ。

 エリオが攻撃を受けた後なので妥当な判断だろう。

 フェイトは何よりも生き残ることを優先した戦い方にホッと胸を撫で下ろしながら、再び的確な指導を行っていくのだった。

 

 

 

 

 

「じゃあ、今日の訓練はここまで。みんなお疲れ様でした」

『ありがとうございました!』

 

 一日の訓練が終わりヘトヘトになりながら隊舎に戻っていく新人達四人を見送りながらなのはは大きく伸びをする。

 体力的な疲れは新人達に比べれば軽い方だがそれでも楽なものではない。

 しかし、彼女の仕事はまだ終わらない。

 今回の訓練のデータを纏め、デバイスの調整や次の訓練につなげなければならない。

 そう考えていた時に丁度訓練の見学に来ていた機動六課の通信とデバイスの制作・整備の主任であるシャーリーことシャリオ・フィニーノが声をかけてくる。

 

「お疲れ様です。今日もみんな良いデータが取れましたね。新しいデバイスにもしっかりと生かさないと」

「そうだね。シャーリー、あの子達の新しいデバイスは後どれぐらいで完成しそうなの?」

「もう、ほとんど完成してますから……明日明後日にでも頑張れば可能ですよ」

「あ、そんなに急がなくてもいいからね。今は個人スキルの基礎向上とチームワークの下地作りをやっているから、それが終わるまではデバイスの機能を上げなくても大丈夫だから」

 

 現在、なのはが新人達に行っている訓練は個人の技量を高めるために必要な体力や体さばき、これからチームとしてやっていくための実践的なチームワーク作りである。

 午前に個人スキルをインプットし、午後のチーム演習においてアウトプットを行う。

 こうすることで詰め込みに似た形にはなるが覚えが早くなる。

 

 本音を言えば一つ一つじっくり教えたいのだが、いつ出動がかかった場合でも対処できる力を短期でつけさせるためにはこの方法が最も適している。

 幸運なことに今はまだ出動がないのでじっくりと育てられているがいつまでも続くわけがない。

 直にガジェットが出現するはずだ。それまでに死なないように鍛えなければならない。

 もう二度と、助けようとして救えぬということがないように。

 

「そうですか……。でも、何かあってからじゃ遅いので早めに進めておきますね」

「そっか、ありがとうね、シャーリー」

「いいえ、素敵なデバイスを作ることほど楽しいこともありませんから。あの子達を思い出したら、なんだかやる気がわいてきました。よし、今日のフォワード陣のデータは私が纏めておきます! なのはさんには後で送っておきますので」

 

 デバイスマイスターとしての血が騒いだのかグッとガッツポーズをするシャーリー。

 しかし、なのはの方は自分の仕事なので悪いと思い、すぐに止めに入る。

 だが、やる気スイッチが入ってしまったのかシャーリーは止まらない。

 実際問題として自分でデータを纏めた方がよりデバイスの調整に反映させやすいのだ。

 

「そ、そんな悪いよ、シャーリー」

「大丈夫です。なのはさんは今日はゆっくりしてください」

「うーん……しょうがないか」

「はい、それでは私は早速作業に取り掛かりますので失礼しますね」

 

 言っても聞かなさそうな目と自分を思いやる気持ちに気づき、溜息とともに折れるなのは。

 その様子に少し恥ずかしそうに笑いながらシャーリーも隊舎に消えていく。

 残されたなのはは急に時間が空いてしまったのでこれからどうしようかと悩む。

 しばし夕日が落ちていく中で悩んだ末に彼女はある名案を思い付く。

 

「せっかくだし、フォワードの子達と食事でもしようかな」

 

 まだプライベートでの会話はなく、相手もこちらに遠慮をしている部分がある。

 そう考えるやいなや、フォワード陣を追うために早足で歩きだすなのは。

 どこか、その後ろ姿が楽しそうに見えたが、その姿を見たものは誰もいなかったという。

 隊舎に入ったなのはがまっすぐに食堂に向かうと丁度料理を取り終えた四人が座っていた。

 テーブルの上にはカロリー消費の激しい前衛のエリオと主にスバルの為にこれでもかとばかりに大量の料理が置かれていた。

 その様子に特に驚くこともなく、なのはは自身の料理を取り四人の元に向かう。

 

「みんな、一緒にご飯を食べてもいいかな?」

「なのはさん! は、はい、勿論です。みんなもいいよね?」

『はい』

 

 なのはが声をかけるとまさか来るとは思っていなかったのか四人はが慌てて料理を飲み込み立ち上がろうとする。

 なのははそれを大丈夫だと手で制して彼女達のすぐ横に座る。

 しかし、四人の方は上司が来たということもあって堅苦しく構えてしまう。

 そんな雰囲気を変えるためになのはは微笑みながら告げる。

 

「今は上下関係とか気にしないで食事をしようよ。私はみんなとお話をしたくて来ただけだから」

「は、はい。分かりました」

 

 コクリと頷くエリオの様子にすぐには硬さが消えないかと内心で呟く。

 そして、なにか話題が広がるものはないかとテーブルの上を見渡すと誰かが取っておいたデザートのシュークリームが目に入った。それを見て実家を思い出し、まずは自分のことから話すべきだろうと思い立ち、なのはは口を開く。

 

「スバルのご先祖様は第97管理外世界の出身なんだよね?」

「え? はい。私もお父さんも行ったことはないですけどそうです。でも、急にどうしたんですか?」

「実はね、私はその世界の出身なんだ。ほら、私やはやてちゃんの苗字となんとなくイントネーションが似ているでしょう?」

「え、そうだったんですか。それで、どんな世界なんですか? やっぱり魔法技術とかが進んでいるんですか?」

 

 管理局のエースオブエースに六課の部隊長であるはやての出身世界と聞いてキャロは管理外世界でありながらも魔法が盛んな世界を思い浮かべる。

 しかし、実情としては真逆であるのでなのはは笑って首を振る。

 よく、キャロのように勘違いする人が多いのでこの手の話には慣れっこなのだ。

 

「ううん。私の故郷はそもそもリンカーコアを持った生物がほとんどいないの。私やはやてちゃんみたいな人は本当に例外。普通は持っていたとしても気づかずに一生を終えることが多いの。私の両親は普通に喫茶店を営んでるしね」

「でも、それだったらなのはさんはどうやって魔法を使えるようになったんですか?」

 

 魔法のない世界でまるで選ばれたかのように才能を持って生まれたなのはやはやてに、少し劣等感のようなものを感じてしまうティアナ。

 しかし、そんなことを考える暇があればもっと特訓をしようと考え、質問を投げかける。

 

「詳しく話すと長くなるから手短にするけど、漂流してきた魔導士の子を助けたのが全部の始まりかな。その子と友達になって、それから魔法を学んで、管理局に入って、こうしてみんなと一緒に居られるんだ」

「八神部隊長も同じ理由なんですか?」

「うーん……はやてちゃんはちょっと複雑かな。魔法を習い始めたのが私やフェイトちゃんと出会ってからだから」

 

 流れとしてはやてについても尋ねられてしまい、若干答えに詰まるが何とか答える。

 はやての家庭環境、さらには魔法との関わり合いは複雑な上に重いために一言では語れない。

 もし、話す機会があるのならば彼女自身の口から話すのが理想的だろう。

 質問をしたティアナもそれを感じ取ってかそれ以上は何も言ってこなかった。

 そのせいか、場に沈黙が流れようとするがエリオの質問がそれを食いとどめる。

 

「あの、以前から聞きたいと思っていたんですけどなのはさんとフェイトさんの出会いはどんな感じだったんですか?」

「私とフェイトちゃん……え、えーと」

 

 エリオとて二人が親友であることは知ってはいる。

 それに付き合いが長い幼馴染みであることもフェイト本人から聞いている。

 しかし、具体的な出会いに関しては今までに聞いたことはないので興味がある。

 同じく、フェイトが大好きなキャロもキラキラとした目を向けてくる。

 

 対するなのははやての時以上にどう言えばいいのだろうかと困ってしまう。

 正直に話せば、最初は訳も分からぬうちに攻撃を受けてしまった。

 そもそも、名前を聞くためだけにどれほどの血と汗と涙を必要としたことか。

 思い出せば出すほどに説明していいものかと迷いが生じてくる。

 だが、逃げるわけにもいかない。そこで、なのはは決断した。

 

「偶々、私とフェイトちゃんが探しているものが同じでそれを探している時に出会って競い合ったのが私達の出会いかなー」

 

 取りあえず、嘘をつくことはせずに核心部分をごまかしながら説明をする。

 PT事件の詳細に関しては話すのならばフェイトの許可は必須。

 さらに言えば、子ども達には出会い頭に勝負などマネはしてほしくない。

 また、正直に恥ずかしいという思いもある。

 それ故に泥臭い戦いではなく、爽やかな青春を思い描くような説明にしたのだ。

 

「小さい頃のフェイトさんになのはさん……会ってみたいです」

「あはは、そんなにありがたいものでもないんだけどなー」

「でも、僕も会ってみたいです」

 

 幼い子ども達二人が楽しそうに笑い、それにつられて他の三人も笑う。

 最初の頃とは比べ物にならないほどに空気もほぐされてきて穏やかな雰囲気が流れる。

 スバルも上司の手前なので抑えていた食事の手を解放し、勢い良く食べるのを再開する。

 ティアナの方も紅茶を飲み、デザートのシュークリームを口にする。

 それを目聡(めざと)く見つけたなのはが自身の実家の宣伝を始める。

 

「さっきも言ったけど、私の実家は喫茶店をやっていて、お母さんの作るシュークリームは絶品なんだよ」

「そんなに美味しいんですか?」

「うん。雑誌にも紹介されたことがあるんだから、味は私が保証するよ。もし、みんなが地球に来ることがあったら紹介するね」

 

 そこまで食に拘りがある方ではないティアナであるが、ここまで押されれば興味がわく。

 何よりも、今まで遥か遠くに感じていたなのはが年頃の女性らしい顔で進めてきたのが効いた。

 先ほどまでよりもずっとなのはを身近に感じられるようになり、尊敬とは違った親しみの感情が知らず知らずのうちに芽生えていたのだった。

 

「そんなに美味しいならお姉ちゃんとお父さんに食べさせてあげたいな」

「ぜひ、そうしてくれると嬉しいな。しっかりサービスするからね」

「何だか今のなのはさんは店員さんみたいですね」

「これでも実家で手伝いをするときは看板娘ですから」

 

 少し威張ったように胸を張って見せるなのはの姿にフォワード陣は自然な笑みを見せる。

 その笑みを見てなのはは心の中で安堵の息を吐く。

 以前、教導隊に入る前にリーゼ姉妹に教わった内容の中に、長期で教導を受け持つ際にはちゃんと話して相手を知ることが重要だとあった。

 彼女はそれを実践するためにまずは素の自分から知ってもらおうと計画を立てたのである。

 

 フォワード陣の子は暗い過去を持つ者がほとんどだ。

 そういった子達に本音で話してもらうようになるためには、ありのままの自分をさらけ出すことから始めるべきだと考えた結果でもある。

 そして、計画は無事に成功したと言える。

 恐らくはこれでもっと近い位置から指導することができるようになり、不安や悩みなどを打ち明けてくれやすくなるはずである。

 

「みんなもこんな風に何でも聞いてもいいからね。勿論、訓練中は厳しくするけど、それでも訓練で尋ねたいことがあるならどんどん言っていってね」

『はい!』

 

 元気に声を揃えて答えるフォワード陣に満足気に頷き、なのはは笑う。

 全員がダイヤの原石であり、磨けば光るものだ。

 だからこそ、教導官である自分はそれぞれの原石がより美しく輝ける最高のカットを行わなければならない。

 その一筋縄ではいかない現実にも一切怖気づくことなく彼女は心に決める。

 

 ―――この子達を必ず、誰よりも美しく輝かせてみせると。

 




さて、次回は久しぶりにケリィが書けそうです。
後、おまけを次回書きます。

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