八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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二話:闇の書覚醒

 本格的に夏に近づき始めた季節に切嗣は真剣な顔つきで戦況を見つめていた。

 状況はまさに一進一退。下手な手を打てば敵は一気に自陣に食い込んでくるだろう。

 額を伝う汗を拭きとりながら切嗣は指先に力を籠め打ち込む。

 

「4、五に桂馬ですか……やりますね、お父上」

「ははは、シグナムに将棋を教えたのは僕だからね。まだまだ負けられないよ」

「ですが、ヴォルケンリッターの将としていつまでも負けるわけにはいきません」

 

 切嗣は現在、ピンク色のポニーテールに鋭い眼差しが特徴的な女性シグナムと将棋を行っていた。

 切嗣もそこまで将棋が得意というわけではないが、はやてと暮らし始めてから暇な時間を持て余していたので趣味として始めたのである。

 それをシグナムが興味を持ち今のように対戦する間柄になったのだ。

 

「ただいま!」

「お帰り、ヴィータちゃん。冷凍庫にアイスがあるから食べていいよ」

「本当か、切嗣!?」

「うん。でも食べ過ぎてお腹を壊さないようにね」

「分かってるって!」

 

 燃える様な赤髪のおさげが可愛らしい元気いっぱいの少女ヴィータが家に帰って来る。

 切嗣からアイスがあることを知らされると目を輝かせる姿に微笑みながら注意すると今度はほっぺたを膨らませながら冷蔵庫に走り去って行ってしまう。

 

「申し訳ございません。騎士の身でありながらあのような振る舞いで」

「いやいや、本来の自分を出してくれる方が僕も嬉しいよ」

「それはええけど、おとんはヴィータを甘やかしすぎやで」

 

 どこかヴィータに甘い切嗣を窘めるようにはやてが青い毛を持つ大柄の狼、ザフィーラの背に乗って現れる。

 ザフィーラは人型にもなれるが基本的に今の姿でいる。

 因みにはやてが言うには毛並みはモフモフモフらしい。

 

「そうかな? 僕としては普通に接しているつもりなんだけど」

「甘いって、ザフィーラもなんか言ってやってーや」

「……お父上の判断に任せます」

「ザフィーラぁ~」

「主はやて、耳を掴むのはお止めください」

 

 どちらに付くべきか迷った末に切嗣の判断に任せるという逃げの手を打ったザフィーラの耳をはやてが鷲掴みにする。

 少しこそばゆそうにしながらそう告げると渋々といった感じで頬を膨らませながら手を放すはやて。

 盾の守護獣と呼ばれる彼も家ではただのペット扱いである。

 

「お父さん、はやてちゃんは自分に構ってくれなくて拗ねてるんですよ」

「シャーマルー、ちょーとお話しよーか」

「お父さん、助けてください」

「はやてが怒ったら僕でも手が付けられないからね。自分で何とかしてね、シャマル」

「そんなー」

 

 はやてににじり寄られて助けを求めるシャマルを放置して盤上に目を戻す切嗣。

 そして、騎士たちとも随分距離を縮められたなと思い、闇の書覚醒の日を思い出す。

 それははやての誕生日になった直後のことだった。

 

 

 

 

 

「闇の書の起動を確認しました」

 

「我ら、闇の書の主を守る守護騎士でございます」

 

「夜天の主の元に集いし雲」

 

「ヴォルケンリッター、何なりと命令を」

 

 今日も今日とて本を読みながら夜を過ごしていたはやての目の前には今よりも固く、人間味を捨てたかのような顔の騎士たちがうやうやしく跪いていた。

 はやては訳が分からずポカンと口を開けたまま動けない。

 しかし、そこにさらに驚くべき光景が飛び込んでくる。

 ドアを蹴破るようにして切嗣が部屋に転がり込んできたのだ。そしてはやてを庇うように前に立ち拳銃を騎士達に突き付けるのだった。

 騎士達もすぐさま立ち上がり戦闘態勢に入ろうとするがそれを制するように切嗣が声を上げる。

 

「君達は何者だい。娘のはやてに手を出すというのなら父親として命を賭けて排除させてもらうよ」

 

 普段とは打って変わって冷たい声を出す切嗣にはやては若干の怯えと安堵を感じた。

 一方の騎士達は切嗣の言葉を聞き何やら顔を見合わせ始める。

 

(おい、シグナムどうすんだよ。戦うのか?)

(いや、待て。あの男の言葉が正しいなら戦うべきではない。主の父親に剣を向けるなど不忠だ)

(あの男の言葉が嘘という可能性はないのか?)

(それはないでしょう。豪邸ならともかくここは民家だもの。親以外の人間がいるとも思えないし。何より主の顔を見れば私達とあの男、どちらが信用されているのか分かるわ)

(……ならば主の為にもここは話合いだな。頼むぞ、将)

 

 このような話が騎士たちの間では交わされているがこれは切嗣の狙った通りの結果だ。

 最初から彼等が何者かというのは知っている。

 だが、突然現れた彼等を自分が知っているのはおかしい。

 故に怪しまれないようにそ知らぬふりをして敵意を向ける。

 それと同時に自分がはやての父親であると宣言して主の味方であると認識させる。

 そうすることで今後の騎士達の監視もそれとなく行える。

 

「先ほども言った通り我らは闇の書の主を守る守護騎士です。主に危害を与えることは騎士の誇りにかけてあり得ません」

 

 シグナムが前に進み出て真っ直ぐな目を向け切嗣とはやてに宣言する。

 その宣言に僅かばかりに顔が歪む切嗣だったがすぐに無表情になり口を開く。

 

「……そもそもその守護騎士というのはなんなんだい? 突然現れてこっちも何が起こっているか分からない」

「簡単に言わせていただきますとこの闇の書の所有者、ご息女様をお守りし闇の書の完成を目指すのが我らの役目です」

「完成? 本なのに何も書かれていないのか」

「はい。リンカーコアの蒐集を行うことで本のページを埋めていきます。完成すれば闇の書の真の主となり絶対たる力を得ることになります」

「……大体わかったよ、ありがとう」

 

 切嗣は銃を降ろしながら知らないふりをして得た情報と事前の情報を照らし合わせていく。

 まず、闇の書の主を守るというプログラムと書の完成を目指すという目的は事前情報通りだ。

 そしてリンカーコアの蒐集でページを埋めることも情報通りだ。

 ただ一つ完成すれば絶対たる力を得るという点だけ、主が死ぬことを意図的に伏せているのか、それとも騎士達は知らないのかが分からない。

 これに関しては今後調べる必要があるだろう。

 

「ということだけどはやては分かったかい?」

「うーん、なんとなくやけど、私がこの子達の主なのが確かなのは分かるんよ。やからこの子達のお世話をしてやらんといけんのや」

「……お言葉ですが主、私達が主をお守りするのであって―――」

「とにかくや、私が主なんやから大人しく主の願い通りに家でお世話されてもらうで。おとんもそれでいいやろ?」

 

 自分がヴォルケンリッター達の世話をすると言ってはばからないはやてに騎士達は言葉が出ない。

 恐らくは長きにわたる旅路の中でもこうした主はいなかったのだろう。

 切嗣もこうした反応をするとは思っていなかったのか驚きの表情を浮かべている。

 

「……ああ、はやてがしたいようにしていいよ」

「おおきにな。あ、食費とか服代とか色々かかるけどお金大丈夫かいな?」

「私達は食べる必要がないのでご負担になるようでしたら何もなくて結構です」

「いや、その心配はないよ。これでも結構稼いでいてね。お金の心配はいらないよ」

 

 すぐさまお金の心配をするしっかりとしすぎた娘に苦笑しながら貯蓄額を頭に思い浮かべる。

 殺し屋として稼いでいた時期の金とギル・グレアムによる資金援助で八神家の財政事情は非常に潤っているのだ。

 もっとも、元々守護騎士の生活費が必要になってもいいように考えて金を入れていたので足りないわけがないのだが。

 

「なら、安心やね。本当は家の案内とか色々したいんやけど……寝むなってもーて」

「多分闇の書の起動で魔力を使ったせいだと思うわ」

「はやては大丈夫なんだね?」

「はい、一晩寝れば回復します」

 

 眠たそうに瞼を閉じるはやてを心配するふりをしてシャマルに尋ねる切嗣。

 勿論大丈夫なことぐらい分かっている。だが自分は騎士達の信頼を得るために演じなければならない、娘を愛する父親を。

 内心情けなさで吐き気を催しながら切嗣ははやてに布団をかけ直してやる。

 そして、はやてが寝入ったのを見届けると騎士達の方に振り返る。

 

「さて、僕達は話し合わなければならないと思うんだけど、どうかな?」

「私達もそのつもりです」

「なら、一度リビングに行こう。ここだとはやてが起きてしまう」

 

 それだけ告げて切嗣は部屋から出て行く。

 背中を向けるという行為は本来であればやりたくないが信用されるためには仕方がない。

 騎士達も一度顔を見合わせて頷いてから切嗣について行く。

 

「まずはそっちが聞きたいことから聞こうか」

「じゃあ、単刀直入に言うぞ。あんた魔導士か?」

「そうだよ」

 

 ヴィータの警戒心を隠さない問いかけにも顔色一つ変えずに答える切嗣。

 ヴィータの方はあまりにもあっさりと答えられたために面を食らっている。

 実際のところ切嗣は魔導士であることを隠し通すのは不可能だと考えていた。

 魔法見た際の反応や単語の知識などでどうしても隠せないのだ。

 そのため聞いてくれば答え、聞いて来なければ隠す程度の考えでいた。

 真に隠すべき真実は別にあるのだから。

 

「ではあなたは管理局とつながりはあるか?」

「それを聞くという事は何かやましいことがあるのかい」

「……私達は何人かの主に仕えた際に蒐集の過程で管理局と争っているのだ」

 

 切嗣に痛い所をツッコまれて口を噤むシグナムの代わりに今まで黙っていたザフィーラが答える。

 その答えに切嗣は、ヴォルケンリッター達は毎回ゼロから作られる存在ではないことを知る。

 記憶を持っているという事は同じヴォルケンリッターが何度も使いまわされているか、データを常にアップデートしている存在だということだ。

 

「とにかくあなたが管理局側かどうかを教えてもらいたい。……主の父親である以上、そちらから危害を加えないなら傷つける事がないことは保障する」

「そいつはありがたいね。簡潔に言えば答えはNOだ。僕も少し後ろめたいことがあってね」

「なにしたんだよ」

「いやね、昔管理局のデータベースにハッキングをかけたことがあってね。大体的じゃないけど目をつけられてね。今はこうして故郷で魔法捨ててのんびり暮らしているのさ。あ、はやてには内緒にしておいてね」

 

 そう言って切嗣は頬をポリポリと掻く。

 後ろめたいことがあるのもデータベースにハッキングをかけたこともあるのも事実だが、それは本当に隠したいことを隠すためのカモフラージュに過ぎない。

 切嗣は管理局側と言っていいかは分からないがギル・グレアムと結託しているので繋がりを持っている。

 

 しかし、騎士達もまさか犯罪者が管理局と繋がっているとは思わない。

 怪訝な表情はするもののどこか安堵した空気を漂わせているのが良い証拠だ。

 そう簡単に気づくことはできない。

 何せこれははやての親になったときから練られていた嘘なのだから。

 切嗣は内心でそう自嘲する。

 

「今度は僕の方から質問だ。蒐集は主の意志で行うものか、それとも君達が自主的に行うものなのかを聞きたい」

「私達は蒐集を行うための存在ですが主の(めい)を何よりも尊重します。ですので、あなたが止めても主はやてが望めば私達は動きます」

 

 シャマルは切嗣がはやてに蒐集をさせないように言いつけることを危惧して先回りして主以外の命は受けないと暗に告げる。

 だが切嗣としてはそんなことなど考えていないのでただ騎士達が主の命令であれば蒐集をしない行動をとることもあるのだと知る。

 それほどまでに主という存在はヴォルケンリッターにとっては大きいのだ。

 恐らくはプログラムにそう組み込まれているのだろうとあたりをつけ切嗣は目を瞑る。

 道具は所詮道具でしかない。手足を生やし喋っていても彼等は道具なのだと結論付け立ち上がる。

 

「なら今日の所は話は終わりだ。詳しくははやてが起きてから話そう」

 

 無言で頷く騎士達を見届けてその日は終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

「……どうやら僕は間違っていたみたいだ」

「? 待ったはなしですよ、お父上」

 

 あの日のことを思い出し盤上に視線を戻しながら切嗣はポツリと呟く。

 シグナムは不思議そうな顔をするが打ち間違えたのだろうと検討をつけて視線を戻す。

 その姿にこれのどこが道具だと以前の自分を嘲笑する。

 道具は自らの意思で戦えない。

 ならばこんなにも感情豊かなヴォルケンリッター達が道具のはずがない。

 

 その事実がさらに切嗣の心をナイフで切りつけてくる。

 ヴォルケンリッターを人間と認めることは―――犠牲が増えるということなのだから。

 道具であれば犠牲と考えるまでもなかった。一発の銃弾を失う程度の気持ちですんだ。

 だが、道具だとは思えなかった。人間だと認めてしまった。家族だと認識してしまった。

 

 仮に自分が主であれば徹底して道具として扱う事もできただろう。

 しかし、主であるはやては彼等を家族として認め、愛した。

 そんな彼女とずっと暮らしていていつまでも道具扱いできるはずなどない。

 彼は演技でも何でもなく彼女を愛する父親なのだから。

 

「でも、本当によかったの、はやてちゃん? 蒐集を行えば歩けるようになるのかもしれないのよ」

 

 ふいにシャマルがそんなことを口にする。

 それは切嗣にとっても大いに問題なことでもあった。

 はやては闇の書の蒐集をヴォルケンリッターに禁じたのである。

 これが普通の親であれば娘の心の綺麗さに喜ぶところだろうが切嗣は計画に支障を及ぼす結果だと苦い思いをしていた。

 

「だから人様に迷惑をかけるような行為はやったらあかんって。な、おとん?」

「……うん、そうだね」

「一気に人が増えて毎日が楽しいんや。これ以上望んだら罰が当たるわ」

 

 だというのに……同時にはやてがまだ生きられることに喜ぶ自分が居る。

 それがどれだけ自分勝手で偽善的な想いかを知りながら彼の心は血を流し続ける。

 娘の幸せを祈りながら娘の心臓を抉るナイフを研ぐ。

 切嗣の行為とはそういうものなのだ。

 

「そう言えば、みんなに言っておかないといけないことがあったんだ」

「なんや、おとん?」

「イギリスにいる僕の知り合いの葬式があってね。僕は一週間ほど家を空けるよ」

 

 

 

 

 

「この国も久しぶりですね、父様」

「ああ、しかし帰ってくるたびに私がこの国の出身なのだと実感するよ」

「それが故郷なのだと思いますよ」

「そうだね。でも変わった所もある」

 

 豊かなひげを蓄えた一人の老紳士と若い女性がイギリスの街並みを歩いている。

 老人はどこかもの寂しげな目をして変わった所もあるが変わらぬ物もある故郷を眺める。

 

「それで、彼は来るんだね?」

「はい、最終調整は顔を合わせてしたいというのは彼の方からですしね」

「思えば私が全ての元凶でもあるのだな。……彼の―――『魔導士殺しのエミヤ』の」

 

 

 老紳士、ギル・グレアムは思い出す。

 正義に絶望した青年に新たな希望を持たせてしまった己の罪深さを。

 




次回『魔導士殺しのエミヤ』

「魔法があったところで人の本質が変わらない限り殺し合いは終わらない」

「僕は勘違いをしていたよ。非殺傷設定は人の殺意すら抑えられるんだとね」

「世界が変わっても戦争がなくならないのなら僕のやる事はあの頃と変わらない」

「より多くの人間の平和の為に小数を殺していくだけさ」

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