八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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十九話:Fake

 遮蔽物など何もない世界でクロノは慎重に闇の書の主の前へと歩を進めていた。

 相手とこちらの間に何もないために敵の動向はよく見える。

 だが、それは同時に自分たちの行動も筒抜けであるということである。

 ヴォルケンリッターが隠れ潜んでいないことを確認しながら進むにつれてやはり罠だったのではないかと嫌な予感が頭をよぎる。

 しかし、ここまで来て引き返すわけにもいかない。

 周りを取り囲むように武装局員に指示を出して主の前に立ちふさがる。

 

「闇の書の主、あなたを逮捕する」

「…………」

 

 静かにS2Uを構えすぐ傍で宣言をする。

 敵の武器は銃器である。ゆえに距離を詰めていれば先手はこちらが必ずとれる。

 銃器である以上は構えて引き金を引くという動作がどうしても必要なのだから。

 しかし、主の行動はクロノの予想に反するものであった。

 

「――シッ!」

「なにっ!?」

 

 放たれたのは想定外の鋭い拳。

 紙一重で躱すが、風圧が髪を揺らし何本かを切り取ってしまう。

 思わず背中に冷たい汗が流れるが、敵はこちらの事情など汲んではくれない。

 一瞬の隙すら与えずにクロノの腕を掴み投げ技に移行してくる。

 

「――ハッ!」

「つッ!」

 

 流れるような動作で地面に叩きつけられるクロノ。

 そのまま寝技をかけてこようとする主。

 だが、クロノもその程度で負けるような柔な訓練はしてきていない。

 わざと魔力を爆発させてダメージを負いながらも距離を離す。

 

 まさか、近接戦法まで極めていたのかと驚くクロノであったが敵は休む暇を与えない。

 条件反射が如き反応で離れた距離をあっという間にゼロにする。

 そして、移動による反動を利用して上段へ蹴りを放ってくる。

 クロノはそれをS2Uで防ぎ、わざと吹き飛ばされるように後退し、空へと浮かび上がる。

 

Stinger Snipe(スティンガースナイプ)

 

 青色の魔力光弾が彼の愛機から放たれる。

 本来は、一発の射撃で複数の対象を殲滅する誘導制御型射撃魔法であり。

 発射後に術者を中心に螺旋を描きながら複数の目標を貫通しながら攻撃する魔法である。

 しかし、今回の相手は単騎である。

 故に目的としては自身の周りの狭い範囲を旋回させ相手の接近を封じるのが目的だ。

 先程の僅かな攻防の間でクロノは近接戦では自分に分はないと理解した。

 それ程までに相手の技量は高かったのだ。

 

Stinger Blade(スティンガーブレイド)

 

 続けて魔力刃を主に向けて容赦なく飛ばしていく。

 以前のエクスキューションシフトよりも遥かに本数は少ないがその分、溜めにかかる時間が少ない。速度重視の射撃で追い詰めていこうという魂胆であるが相手もまたさるものである。

 最小限の動きと動物のような身のこなしで襲い来る刃の弾丸をすり抜けながらクロノの元へ一直線に向かってくる。

 

「スナイプショット!」

「――フッ!」

 

 手を伸ばしさえすれば届くという距離で旋回させていた弾丸を加速させ当てに行くクロノ。

 それに対して主は右手でバリアを張り、弾丸の動きを止める。

 そして、空いている左手で空気を切るようなストレートを繰り出してくる。

 間一髪のところで身を捻り避けるクロノであるがまるで鎌のように曲げられた手により引き戻しと同時に掴まれてしまう。

 

「――ハァッ!」

「ぐぁッ!?」

 

 そのまま大きく体を捻り遠心力を乗せた蹴りを叩き込まれ地上付近まで蹴り飛ばされてしまう。

 何とか、体勢を立て直し地上寸前で踏みとどまり主を睨みつけるクロノ。

 主はなおも距離を詰めるために近づいてくる。その行動がクロノの胸に引っ掛かりを与えた。

 

(おかしい、明らかに戦い方が違う。初めは今まで隠してきただけかと思ったが、それだと先程から一切、遠距離魔法を使わない説明がつかない。銃器があるなら近づいて殴る意味がない)

 

 主と思わしき(・・・・)人物と激しい近接戦を繰り広げながら並列思考で分析を行っていく。

 この人物は不自然なまでに以前と違いがある。質量兵器とデバイスを併用する狡猾な人間がいきなり真正面からの戦闘に特化した人物になっているのだ。

 おまけにヴォルケンリッターが出てくる気配もない。

 恐らくはこれはこちらの目を何かから逸らすための陽動だったのだろう。

 要するに相手の目的は捕まることも覚悟の足止め。

 

(二度も陽動で主が単独で残るのは余りにもリスクが高すぎる。そうなると……偽物(Fake)か)

 

 相手は以前まで主と考えていた人物とは別人であると見抜く、クロノ。

 同時に地面に向かい高火力の魔法を放ち爆煙と砂煙を巻き上げ、目くらましを行う。

 煙に紛れて距離を取りながらエイミィに連絡を入れる。

 

(エイミィ、なのはとフェイトと連絡はとれるか?)

(さっきからやってるけど、妨害されているみたいで無理。今は解析中だよ)

(やっぱりそっちが本命か。……すぐにでも向かいたいが、一筋縄じゃいかなそうだ)

(まさか、協力者がいたなんてね。なのはちゃん達の方も無事だといいんだけど)

 

 魔力が回復したスティンガースナイプに煙の中を回らせ牽制を行いながら考える。

 どこかで自分はあの戦い方を経験していると。ひどく身近な人物と戦い方が酷似していると。

 だが、そんなはずはないと心が否定する。彼女が自分達に敵対する理由などないはずだ。

 

 ―――エミヤは父様が管理局にスカウトしたんだよ。

 

(……確かに関わりはある。だが、グレアム提督は後悔していた。第一、エミヤかどうかは確証されていない)

 

 嫌な予感に首を振って切り替えようとするが、忘れるに忘れられないあの猫姉妹の片割れの戦い方が頭から離れない。

 毎日毎日、体で覚えこむまで叩きのめされたのだ。

 何よりも自分は彼女の弟子なのだ。

 他の誰が間違えようとも自分だけは間違えるはずがない。

 

(……エイミィ、ロッテに救援に来れないか通信してみてくれ)

(え? そっか、ロッテはフィジカルのエキスパートだもんね。ちょっと待ってて、すぐに連絡を取ってみる)

 

 エイミィに伏せたまま確証を取るための行動を行う。

 その間に煙も晴れ敵が再び襲い掛かってくる。

 嵐のようなラッシュをしのぎながらクロノは念話を送ってみせる。

 

(ロッテ!)

「………っ」

 

 鋭い者でなければ分からないほど微細ではあるが声をかけられた瞬間に攻撃の手が緩む主。

 今の念話はあらかじめ特定の人間を指定して送ったいわばプライベートラインの様なものだ。

 つまり、別人であれば聞こえるはずなどない念話なのだ。

 

(クロノ君、ごめん。連絡をしたけどつながらなかったよ)

(……いや、大丈夫だ)

 

 お互いに一度距離を取り呼吸を整える。

 当たって欲しくない考えだが、当たらなければ自分の不利は確定的だ。

 世の中は本当にままならないものだと表情には出さずに零し、言葉を続ける。

 

 

(勝利への道筋は―――見えた)

 

 

 言葉とは裏腹に重い声でクロノはエイミィに伝える。

 それと同時にS2Uを構え砲撃の構えを見せる。

 

Blaze Cannon(ブレイズキャノン)

 

 大量の熱量による大威力の魔法。しかも、発射速度はディバインバスターよりも早い。

 巨大な青白い砲撃を放つ直前にクロノは設置型のバインドの詠唱を整えておく。

 敵は放たれる砲撃を気にすることなく真っすぐに突き進み、直前で躱してみせる。

 そして、側面から鋭い蹴りを放とうとする。

 

Delayed Bind(ディレイドバインド)

「―――フッ」

 

 そこに仕掛けられていたバインドが発動するがこの程度の罠を看破できない敵ではない。

 身を翻してクロノの頭上に移動しそこから脳天をかち割る一撃をお見舞いする。

 だが、クロノもここまでは想定内である。

 

Delayed Bind(ディレイドバインド)

「もう一つ!?」

 

 もう、罠はないだろうと相手を安心させたところで二段構えの罠を発動させる。

 近接戦では分が悪いクロノではあったが読み合いでは引けを取ることなどない。

 しかし、敵もさるもの。動物的な反射で無理やり体を動かしてバインドの範囲外へと逃げる。

 だが、クロノの策はここまでも予想していたのだった。

 クロノはブレイズキャノンを打ち終えた瞬間から相手に目もくれることなくもう一つの魔法の詠唱を行っていた。

 

Struggle Bind(ストラグルバインド)

「―――ツッ!?」

 

 逃げようともがく敵の体を縛り上げるバインド。

 これはただのバインドではない。

 魔法による一時強化が施された対象や魔法生物に対して高い効果を持つバインド。

 普段は副効果にリソースを振っている分、射程・発動速度・拘束力に劣るのだが、相手が変身魔法を使っており、尚且つ―――魔法生物であれば効果は抜群である。

 変身魔法が解かれ、その素顔が明らかになる敵。

 

「チェックメイトだ―――ロッテ」

「……こんな魔法覚えてたなんて聞いてないよ、クロスケ」

「少しでも研鑽するように言ったのは君達だろ?」

「あはは、こりゃ一本取られたね」

 

 変身魔法が解け、見慣れた姿になる闇の書の主の偽物、ロッテ。

 当たって欲しくなかった予想が当たり少し悲しそうな表情をするクロノ。

 しかし、捕らえられたというにも関わらずケラケラと明るく振る舞うロッテに警戒を抱く。

 ロッテの方もクロノのそんな様子に気づき話を続ける。

 

「それにしても、よく気づけたね。今まで少しも疑われてないのに」

「……あんたの攻撃は体が覚えこんでいるからね」

「あー。やっぱり、弟子相手じゃ変装も形無しかぁー」

 

 まだ、起死回生の手を残してあるのかと注意深く窺っていたクロノであったがどうもそういうことではないらしいことに気づく。

 益々、訳が分からなくなり少し苛立ち交じりに睨みつける。

 だが、いつものようにロッテは飄々とした態度を崩さない。

 

「悪戯じゃすまないことぐらいは分かっているな?」

「……勿論ね。こっちだってそれ相応の覚悟は持っているよ。じゃなきゃ、全てを捨てるあいつ(・・・)に申し訳が立たない」

「……何が目的だ? 闇の書の主に加担してまで何がしたいんだ」

「―――闇の書の永久封印だよ」

 

 強い覚悟の籠った瞳に思わず怯みそうになるクロノ。

 だが、有益な情報を引き出せたこともあり、気を取り直しさらに尋ねようとする。

 しかし、そこで相手が余りにも簡単に口を割っていることに違和感を覚える。

 同時に自分が相手の策に嵌ってしまったことを悟り、内心で舌打ちをする。

 

 相手の目的は足止めであると看破していたはずだ。

 それにもかかわらず情報に目がくらみ長居してしまった。

 ロッテの目的は少しでも長く自分をここに引き留めること。

 そのためにわざと情報を提供していただけに過ぎないのだ。

 

「気づいた? 残念だけど今回はあたし達(・・・・)の勝ちだよ」

 

 それを聞いた瞬間にクロノはロッテを武装局員に任せ、すぐさま転移の準備を始める。

 一刻も早くなのは達の元に行かなければ全てが終わってしまうと直感が告げる。

 ロッテはそんなクロノの背中にある言葉を投げかける。

 

 

「気をつけなよ、クロスケ。生半可な覚悟じゃ―――“正義の味方”は止められないよ」

 

 

 

 

 

 寒空の広がる病院の屋上。身も心も凍りつかすような冷たい風が吹き付ける。

 そこで騎士達と魔法少女達は譲ることのできない激しい戦いを繰り広げていた。

 

「あなた達が闇の書の完成を目指す理由は……はやての病気を治すためなんですね」

「そうだ。それ以外に方法などないのだ!」

 

 夜空に煌めく炎と閃光。シグナムとフェイトのぶつかり合いだ。

 フェイトはその姿を普段よりもさらに装甲を薄くした形態『ソニックフォーム』で何者にも視認させることない高速軌道を行い。

 シグナムは卓越した剣技でそれを迎え撃つ。

 

「どうしてこんな方法で…ッ。話し合えば他にも方法があったかもしれないのに!」

「他に方法などありはしない。何故なら闇の書そのものが主はやてを蝕んでいるからだ」

「え? はやてが……主?」

 

 衝撃の事実に一瞬動きが止まってしまうフェイト。

 そこに連結刃が襲い掛かってくるが間一髪で躱し体制を整える。

 自分達は今の今まで切嗣が主であり、娘を救うために蒐集を行っているのだと思っていた。

 しかし、真実としては、はやての代わりとして主のまねごとをしていただけだったのだ。

 

「私達家族は主はやてを助けるために全てを捨ててきた。今更―――止まれんッ!」

「いえ、私達が―――止めます!」

 

 お互いに悲痛な想いを籠めて己の獲物をぶつけ合わせる。

 そのすぐ横では同じようにヴィータとなのはが激しくぶつかり合っていた。

 

「もう少しではやてが元気になれるんだ! だから、邪魔すんじゃねーッ!」

「それは、本当なの!? 本当に完成したらはやてちゃんは助かるの!?」

 

 燃え盛る業火の上空を砲撃と鉄球が飛び交う。

 騎士の少女と魔導士の少女は涙ながらに叫び合う。

 それは踏みとどまるのならばここが最後とどちらも知るが故に。

 ヴィータは後戻りできぬ旅路へと踏み出す覚悟を。

 なのはは彼女を必ず悲しみの連鎖から解き放つ覚悟を。

 己の言葉に乗せあらん限りの声で叫ぶのだった。

 

「本当に…? や、闇の書が完成すればはやての病気は治んだよ!」

「じゃあ、どうして闇の書なんて言うの。本当の名前があるはずだよ」

「本当の……名前?」

 

 その言葉にどこか引っかかるところがあったのか手を止めるヴィータ。

 頭のどこかで、いつの日かの記憶で警鐘が鳴り響く。

 ―――思い出さなければならない。

 ―――思い出してはならない。

 相反する感情が、理性が彼女の心を少しずつ蝕んでいく。

 

「そう、本当の、もっと素敵な名前があるはずだよ」

 

 なのはは知っている。

 闇の書は仮の名前であり、真の名前は夜天の書という素敵な名であることを。

 悪意ある改変を受ける前の姿こそが本来の望まれるべき姿であることを。

 ヴィータ達が忘却の彼方へと追いやってしまった摩耗した記憶を知っている。

 

「思いだせない……でも、どうして…?」

 

 このままでは取り返しのつかないことになるのではないかと不安が押し寄せる。

 だが、ここで引くわけにもいかないのも事実。

 何かを恐れるように震える腕を気持ちで抑えて、グラーフアイゼンを握りしめるのだった。

 

「シャマル、状況はどうだい?」

「お父さん!? 危ないから隠れていてって言ったじゃないですか!」

「どうしても、気になってね」

 

 二組が争い合っている所から離れた場所で、一人通信妨害を行っていたシャマルのもとに切嗣が現れる。

 シャマルが危険だから隠れていろと告げるが欠片も動じることはない。

 寧ろ、さらに近づいてくるばかりである。

 

「もう、それなら私の後ろに隠れていてください」

「いや―――その必要はない」

「―――え?」

 

 戦場の中でも、一際大きく轟渡る一発の銃声。

 この場にいる者達の誰もが思わず手を止め、音の出所に目を向ける。

 そこにいたのは煙草を銜えながら銃を手にする切嗣の姿。

 そして―――手を撃ち抜かれて血を流すシャマルの姿だった。

 

「お、お父さん?」

「君達には今から最後の役目を果たしてもらうよ」

「あああッ!?」

 

 何が起きたかわからずに呆然と尋ねてくるシャマル。

 切嗣はその姿にも眉一つ動かさずにもう片方の手も貫き、クラールヴィントの使用を封じる。

 さらに立てないように念入りに足を撃ち抜いて床に倒れこませ、上から踏みにじる。

 そのあまりにも容赦のない姿に、今まで硬直していたシグナムが動き出す。

 

「お父上、何を!?」

「バインド」

 

 食って掛かるように駆け寄るシグナムを、それが当然という自然な仕草で拘束する切嗣。

 シグナムの表情はただひたすらに困惑の色を浮かべたままで未だに何が起きているのかを理解できていない。だが、それは何も彼女だけに限ったことではなくなのはもフェイトもヴィータも全く状況を理解できていなかった。

 ただ一人、切嗣だけは何も映していない能面のような表情で紫煙を吐き出すのであった。

 

 

「さて、最後の役目を果たしてもらおうか―――かわいい騎士さん」

 

 




次回、切嗣が精神的に死にます。
まあ、シャマル撃った時点でゴリゴリ削り取られていますけど。
後、残酷なやり方をするのはあくまでも覚醒の為と踏ん切りをつけるため。

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