天使の飲食店   作:茶ゴス

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第35話

 とんでもないことになってしまった。私達が夏季休暇でミッドチルダを離れている間に典矢の店が無くなってしまっていた。狼狽するなのはちゃんから連絡を受けて向かってみたけど、まるで最初から何も無かったかのように空き地になっていた。

 フェイトちゃんはその光景に何も言えずに涙を流して座り込んでしまった。あれほど典矢を好いとったんや。仕方ないだろう。私も物凄いショックを受けている。流石に典矢が私たちに何も言わずに消えるとは思わなかった。ヴィヴィオの事で私たちのことは特別な存在になっていると思っていたのに……

 

 プレシアさんにも何も連絡はないらしい。いくら店のことを考えてもハコからのメールもない。音沙汰なく消えたのは一体何故なのだろうか……

 

 

 それからはなのはちゃん達は暫く仕事に身が入っていなかった。私も仕事なんかしたくなかったけど、流石に3人とも仕事をしないのはまずいからと必死に言い聞かせて頑張った。

 まあ、1週間経ったらなのはちゃん達も立ち直ったのだけど……いや、どちらかと言えば典矢君を探すようになった。

 教導はしっかりしてるけど、情報収集は怠っていない。ミッドチルダ中の情報をくまなく探して典矢の行方を追っている。でも成果はない。多分なのはちゃん達も気づいているだろう。典矢はもうミッドチルダにおらんって。

 

 私も仕事の合間を見て情報を集めたりクロノ君に頼んだりしてミッドチルダ以外の情報も集めている。

 でも、それでも成果は得られなくて……

 

 フェイトちゃんは目に見えて落ち込んでいた。自分に悪いところがあったのかと考えこんだり、ため息の数も多くなった。

 本当に典矢とヴィヴィオの事が好きやったのがわかる。

 

 プレシアさんやヴィータ、ヴァイスもお酒を飲む店が無くなって暗い顔をしているようだ。

 そんな理由で暗くなってたらフェイトちゃんに怒られそうやけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 典矢が失踪してからもう1ヶ月が経った。相変わらず情報は入ってこない。フェイトちゃんは日に日に元気が無くなっているようだった。エリオ達にそんな姿は見せないように空元気ではおるけど、誰が見ても無理してることは解った。

 

 本当にどうにかしないといけないだろう。せめて少しでも情報が得られれば元気になるかも知れやん……

 

 

 

 

 

「で、今日はどうしたんですか?」

 

 

 

 私はそんな問題を抱えながら過ごしていたけど、突然ミゼットさんに呼び出された。

 地上本部にいるミゼットさんは私を見てにこやかな笑みを浮かべている。一体何の用があるのだろうか……

 

 

 

「今日来てもらったのは運営費の増加についてです。今年度は管理局全部隊の予算が増えました。しかし、機動六課は申し訳ないのですが増加量は少ないです」

 

「そうですか……まあ、増える分には文句は言いません。私達は戦力が偏っているのは十分解ってますし」

 

「それならいいのです。すみませんね。最高評議会からの指令なので私にはどうしようもありません」

 

「他の部隊の戦力の底上げってことですかね」

 

「おそらく。まあ、彼が最高評議会に加わったことで色々と指針が変更されたのですね。以前までの指令は研究に関することばかりでしたから」

 

「はぁ……誰か最高評議会に入ったのですか?」

 

 

 一体誰やろ……と言っても元々の最高評議会の人の名前すら知らんのよな。

 あそこは基本的に謎に包まれているし……

 

 

「えっと、恐らくは次世代ということで新たに入ったのでしょうね。名前までは教えてもらってませんが、今の時間だと食堂でご飯を食べてると思いますよ。あの子は最高評議会に所属しながらメッセンジャーの役割を持ってますから」

 

「そんな食堂なんて公の場所におっていいんですか?」

 

「まあ、本人は気にかけていないからいいと思いますよ。一度あってみてもいいかもしれませんね。独特な感性を持っていますが面白い子ですよ」

 

「へぇ、まあ見てみます。特徴なんかは有りますか?」

 

「黒髪でボーっとしながらご飯を食べている子ですよ」

 

 

 黒髪でボーッとしてるんか。なんか典矢みたいやけど、まさかこんなところにはいないやろ。なのはちゃんがミッドチルダ中を探しまわってたし、流石に地上本部を探していないとは思えない。

 

 

「じゃあ、私は戻ります」

 

「ええ。また今度一緒にお茶でもしましょうね?」

 

 

 私は地上本部食堂へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「って、何でおんねん!!」

 

 

 食堂に入って黒髪の男の子を探した。まあ、ミッドチルダにはあんまり黒い髪はおらへんからポツポツと目立ってたんやけど、その中に普通にラーメンを食べている典矢の姿があった。まさかと思ったけど本当におるなんて思いも知らへんよ!

 叩いてしまったのは仕方ないだろう。避けられたから当たってないけど……

 

 

「ん、はやてちゃんか。どうしたの?」

 

「どうしたって、こっちのセリフや!何で勝手に居なくなったんよ!」

 

「あー……まあ、ちょっとね」

 

「私達がどれだけ心配したと……!!」

 

「そこは謝るよ。でもちょっと事情があるんだよ」

 

 

 事情ってなんや、事情って。

 

 まあ、取り敢えずフェイトちゃんとなのはちゃんにも連絡しておこう。あの二人に黙ってたら何されるかわからんし、これであの二人が元気になってくれたら問題もないし……

 

 

 

「事情ってのは?」

 

「それは言えないかな。本当は君達にも色々と伝える予定だったけど、ちょっと問題が発生してね」

 

「……本当に、バカやわ……何で何も教えてくれやんのよ……」

 

「……悪かったよ。事情に関しては話せないけど、それ以外は言えるよ」

 

「……店はどうなったん?」

 

「移店したよ。場所はまだ教えられないけど、経営は続けてる」

 

「そうか……ヴィヴィオは元気?」

 

「うん。元気だよ」

 

「そうか……」

 

 

 何故か言葉が浮かばへん。会ったら色々と文句を言ってやろうと思ってたのに思ったように口が動かへん。

 そんな事よりも何だか涙が浮かんできた。

 

 居なくなったらどうしようかと思っていた。ヴィヴィオのこともあるけど、典矢の事も心配やった。家族がいなくなったら心配するやろ……

 

 考えないようにしていたもう会えなくなるという事を今更思い出した。フェイトちゃん達が悲しんでるから私がそんな姿を見せられるはずがなかった。精一杯強がっていたのはフェイトちゃんだけやない。

 

 だからこそ、無事に会えて、心の底から安心している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「典矢!!」

 

 

 食堂の入り口からフェイトちゃんの声が聞こえた。

 振り返り確認すると視界の端に映る黄色い線が見えた。入り口にはフェイトちゃんの姿はない。

 

 

 ボフンという音が後ろから聞こえ確認すれば唖然としているフェイトちゃんの姿が有る。

 

 

「ど、どうしようはやて」

 

 

 フェイトちゃんは今にも泣きそうな顔をして両手を見つめながら口を開く。

 声も震えている。けど、それよりも気になるのは典矢の姿が見えないこと……

 

 

「典矢、抱きしめたら消えちゃった……」

 

「……」

 

 

 うん、少しだけ冷静になれた。やっぱり誰か混乱しているというかおかしい人がいると人間は冷静に慣れるんやね。

 

 

 

 

「いきなりどうしたの?フェイトちゃん」

 

 

 

 背後から声が聞こえる。振り返るとそこには典矢の姿が。一体いつの間に移動したのだろう。

 っと、そんな事よりもフェイトちゃんがまた満面の笑みを浮かべて典矢に抱きつく。今度は消えないようだけど、顔が胸に埋もれて羨ましいことになっている。

 あのフェイトちゃんの豊満でけしからんおっぱいに埋もれるなんて、他の管理局員が見たら発狂ものなんじゃ……

 

 

 

 

 

 

 

「おい、あれテスタロッサ執務官じゃないか?」

 

「あの抱きしめられている奴はなにもんだ!?」

 

「オレ知ってるぞ!最近食堂に現れる妖精って噂がある!」

 

「妖精か。なら問題ないな」

 

 

 

 

 

 

 

 ……勘違いしている間に引き剥がさないといけないということだけは解った。


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