「本当に良かったのかい?」
「いいよ。君には色々と大事な事を教わった恩もあるし、それを差し引けば対価として十分に事足りる」
「大事な事.....ヴィヴィオ君か?」
「さて、ね。それにハコも色々と世話になっているよ」
「寧ろこちらの方が彼には色々と教わっているさ」
「ん?ああ、そう言えばいい忘れてたね」
「何をだい?」
「ハコは機械だけど性別で区切るとしたら女の子なんだよ?」
「それは本当かね。初めて聞いたよ」
二人は森を進む。遠くから戦いの音が聞こえて来るがそれに気を向ける事もなく目的地へと向かっていく。
白衣を纏い手につけたデバイスで目の前の草木を刈り取りながら先導するスカリエッティは共に行く者、上月典矢へと語りかけている。
彼を呼んだのは他でもない。スカリエッティがある目的の為に連絡したのだ。
本来であれば......いや、管理局が攻めてこなければスカリエッティは一人で目的を完遂していただろう。だが、間に合わなかった。後一月あれば事足りただろうが、今となってはもうそれらも意味をなさなかった。
その目的はなんとしても完遂しなければならなかった。だからこそ、苦渋を舐める思いで彼に協力を仰いだ。
彼ならば何も言わずに引き受けてくれることは解っている。だからこそ、本当は巻き込みたくは無かった。彼には気ままにあの店で平穏な暮らしをして欲しかった。
スカリエッティは己の事を人間擬きと評価している。最高評議会がアルハザードの技術を使って生み出された存在。何のクローンでもない。生命体から生まれたわけでもない彼は永遠と続く欲望の飢えを感じていた。何を達成しようが少し経てば物足りなくなる感情。最高評議会に操られていると理解していた。彼らの命令を忠実に守っていた。
あの日、ある人物に再会するまでは......
プレシア・テスタロッサ。娘であるアリシア・テスタロッサを実験中の事故により失った彼女はスカリエッティの研究していたクローン体実験に執着とも言えるほどの意思で協力してきた。
実験は見事に成功し、アリシア・テスタロッサのクローン、フェイト・テスタロッサは誕生した。だがそれは彼女が望んだ結果では無かった。
当時のスカリエッティにとってクローン体もオリジナルも違いがわからなかった。同じ遺伝子情報を持っているのだから同一な存在であると定義した。
だが、プレシアにはフェイトがアリシアとは別人に見えていたようであった。だからこそ、彼女は本当にアリシアを蘇生させようと研究し、スカリエッティと同じ所まで堕ちた。
そんな彼女は変わっていた。アリシアの蘇生は叶わなかったが、フェイトを本物の娘であると自覚し、愛情を向けていた。
それがスカリエッティには不思議であった。研究に没頭していた彼女を知っている。何かの手掛かりを得て喜んでいた彼女を知っている。娘を思う気持ちで自身が壊れていくことも厭わなかった彼女を知っている。
でも、あんな風に笑う彼女を知らなかった。
だから興味が湧いた。人間擬きの自分に近かった彼女が人間らしく見えて......自分も人間になれるのではないのかと感じた。
それからは最高評議会への復讐心も薄れ、他人へ興味を持つようになった。
創作物などを見ては自分の感じた事と他人が感じた事を見比べたりもした。ネット上で顔も見えない相手と喧嘩もしたりした。よくわからない大会に挑んだりもした。
他人に触れる事が多くなってからだろうか......人道的に、倫理的に悪と言われる行為に嫌気がさしたのは。
最高評議会の指示にはしたがっている風に見せかけ抗った。
ヴィヴィオを作ったのも独断の事だ。管理局に潜入してくれている娘、ドゥーエから報告された。聖王のクローンを作り、ゆりかごを動かすという作戦があると。
そんなものは溜まったものではない。自分がクローンを作るのを拒否しようと、既に基盤は出来ており、成功させた研究者プレシアもいるのだ。いつかは作られゆりかごが復活してしまうだろう。
だからこそ、スカリエッティはゆりかごを破壊する為、秘密裏にヴィヴィオを作りあげた。ゆりかごはヴィヴィオがいなければ干渉すら出来ないものだ。仕方ない事であったがスカリエッティはまた自分は罪を重ねたと感じた。
でも、せめてもの罪滅ぼしとして、ヴィヴィオには幸せになって欲しかった。
そんな時だ、上月典矢と出会ったのは。
自分が犯罪者であると知っていても変わらず接し、本質を見極めている。人の感情を読み取り精一杯のもてなしを行う。あれだけの知識を持ち合わせているのに、自分達のような欲望に飢えた存在ではない。誰をも寄せ付けない絶対的な力を持っている。
スカリエッティは上月典矢という存在を見てある事を感じた。完璧なように見える彼が酷く歪で自分と同じような人間擬きに......チグハグな彼は他人には思えなかった。孤高に生きる彼だからこそ、スカリエッティはヴィヴィオを託した。
彼らが幸せになるというのであれば惜しみない助力はする。だが、あまり自分が関わると迷惑をかけてしまう。
ヴィヴィオの幸せを、上月典矢の平穏を。そして、娘達に立派な生活を送って欲しいと願い。彼は最後の仕事に取り掛かる。
「ついたよ、ここがゆりかごだ」
「これを壊せばいいんだね?」
「ああ。ある程度防御機能は低下させれているけど、それでも十分に硬い。でも、君ならば関係無いだろう?」
「さあ。わからないね。ああ、後さ。どれくらい壊せばいい?」
「ふっ......やるならば粉砕くらいしようか」
「じゃあ、やりますか」
典矢はゆりかごを見上げ、一度息を吐くと小さな声でバイキルトと唱えた。
それから少しずつ深呼吸をして息を整えていく。
風が彼を纏い紫色のオーラが漏れ出して来る。段々とそれは濃くなり、典矢の身体自身が光を放ち始める。
「スカさんは離れててね」
「あ、ああ。頼んだよ」
典矢はゆりかごへ近付くとおもむろに腕を振りかぶった。
「マ ジ 殴 り」
周囲から音が消えた。