「……朝か」
翌朝、目を覚ました俺はそう呟くと、疲れた顔のまま光が差し込むカーテンを睨みつけた。
昨日の『勉強会』という名のお祭り騒ぎを終え、俺は平日の頭だというのにとてつもない疲労感を覚えていたりする。これがブルーマンデーというやつか……。
「……こういう時は二度寝をするに限る。早起きは三文の損だからな」
「三文の徳、の間違いでしょ? ほら起きて」
そんな声が聞こえたかと思うと、あわや俺の掛け布団が宙を舞っていた。
「ま、待ってくれ! 俺のボブを返してくれ!」
「いや、ボブって……そろそろ起きないといけない時間だし、布団は仕舞わないと」
俺のボブ(布団とも言う)は、我が娘によって綺麗に畳まれてしまう。……ああ、俺の幸せなひと時が。
「……白唯、父さんもう駄目みたいだ。……月曜は動きたくないと思う病気に罹ってしまったみたいなんだよ」
「誰だって月曜日は嫌だと思うよ? ……でも、本当につらいなら休む?」
そう言って、白唯は俺の顔を心配そうに眺めてくる。いや、真剣に心配されるとこう罪悪感が……。
俺は娘のそんな表情を変えるべく、元気な様子で立ち上がると目の前でグルグルと腕を回して自分の無事をアピールした。
「冗談だって。ちょっと昨日の『勉強会』とやらで疲れただけだよ」
「本当に大丈夫……? 日頃、頑張ってるし、本当に無理なら休んでも―」
「大丈夫だ。自分から言っておいてなんだけど、気にすんな」
「それなら良いけど……体調悪かったら言ってね? 生徒のことも大切にしてくれるのは嬉しいけど、先生の体だって大事なんだからさ」
こんな悪ふざけにもそんな風に真剣に返してくれる白唯。……お父さん、こんな娘を持って幸せだよ。
とはいえ、せっかく起こしてくれたのに寝坊なんてしたら意味が無くなっちまう。
俺は白唯が畳んでくれた掛け布団の隣に敷いていた布団を畳んで置くと、大きく伸びをする。
「よし、今日も生徒達の為に頑張ってやるとしますか」
「頑張るのは良いけど……本当に無理だけはしないでね?」
「白唯は心配性だなぁ~。ま、俺が体を壊したところなんてあんまり見たこと無いだろ? だからそんなに心配すんなって」
「まあ、それはそうなんだけど……」
なおも納得のいっていない様子で俺に心配そうな表情を見せる白唯。まったく……そういうところは母親に似たよな。
俺の恋人だった桃佳もかなりの心配性で、白唯が少しでも体調が悪そうにしていたら仕事を休んででも病院に付き添って最後まで面倒見る奴だった。
そんな桃佳に似ている白唯を見て、俺は懐かしさから少し笑みがこぼれてしまい、俺の様子に気付いた白唯が不思議そうな表情で首を傾げていた。
「……何か面白いことでもあった?」
「まあ、面白いって言うか……単純にお前も桃佳に似て心配性だよな、って思っただけだよ」
「何かあってからじゃ遅いでしょ? 心配するのは当たり前だよ」
そう言って、呆れたように溜息を吐く白唯は母親である桃佳と瓜二つだ。
多分、生きていた頃に桃佳に「心配性だな」と言ったら、恐らく同じような答えが返ってくるだろう。
それだけ、間近で桃佳を見てきた白唯には桃佳と似た部分が受け継がれているのだ。
「いやはや、子供の成長は喜ばしいことだな、うん」
「……突然そんなこと言われると、ちょっと身構えるんだけど」
「何故……?」
俺の発言に対して、自分の体を庇うようにして顔を真っ赤にする白唯。……俺、そんな変なこと言った?
「……思春期の子供の考えることは俺には分からんようだ」
「あんまりデリカシーの無い発言ばかりするのは感心しないよ?」
「えぇ……俺、今そんなデリカシー無い発言してた?」
「さあね?」
そう言って、今度は俺をからかうかのように笑い始める白唯。……桃佳、やっぱり思春期の娘とのコミュニケーションは難しいよ。
俺は心の中で元恋人に毒づくと、部屋の中を見回す。
この部屋は、かつて俺の恋人だった桃佳が私室として利用していたもので、俺は少し前にこの家に住むことになった妹の藍菜の為に自分の部屋を明け渡し、急遽使われていなかったこの部屋を使うことになったのだが……実は恥ずかしくて元恋人のベッドは使わず、床に客用の布団を敷いて寝ていたりする。
いや、だって女性の寝てた布団で寝るって落ち着かないじゃん?
俺はそんな恋人の部屋の一角に置いた布団をまとめ、白唯と一緒に部屋を出て行こうとしたのだが―
「兄さん、起きてる? 起きてないなら、一緒にちょっとだけ寝ても良いかしら?」
「良くないよ!? 今日は平日だからね!?」
少し大人っぽいエプロンを着用した藍菜が部屋の外から顔を出し、そんなことをのたまっていた。……日に日に、この妹の言動が過激になっているような。
そんな藍菜の言葉に、白唯は大きく溜息を吐くと、俺の方を睨みつけてきた。
「……朝から変なことは言わないようにしてね?」
「言ったのは俺じゃないんだけど!?」
「あら? 変なこととは失礼ね。別によくある兄妹のコミュニケーションの一つじゃない」
「多分、こんなコミュニケーションを取る兄妹は世界でも俺達くらいじゃないかな……」
「そんな……兄さんも私を世界で唯一の存在だって認めてくれるのね……」
「いや、確かに唯一の存在には違いないけど!? なんか言い方がおかしくない!?」
しれっと濃厚な兄妹コミュニケーションを取ろうとする藍菜に全力で突っ込みを入れ、もはや月曜日の気力は尽きかけていた。……こんなんで今週大丈夫かな。
俺が大きく溜息を吐くと、白唯もそれにつられて大きく溜息を吐く。こんなところばかり似られると、父さん、白唯の将来が心配だよ……。
しかし、白唯は呆れた様子を見せながらも、俺へと視線を向けた後、部屋の入り口へと戻っていく。
「……ともかく、そろそろ着替えて準備しないと。あんまり遅いと遅れるよ? ほら、藍菜さんも」
「う~ん……まだ少しくらい時間がありそうだけど……兄さんが遅刻することになっても嫌だし、ここは我慢するわ……。続きは土日にしましょ?」
「いや、しないよ!? 何さらっととんでもないことを言ってるの、この妹は!?」
「そういうのはやめて。兄妹だからって、もう子供じゃ無いんだし、あまり過剰な接触は避けて欲しい」
「大丈夫、別に子供の頃と何も変わらないわ。……ちょっと添い寝するだけだし」
「何その貯め!? 本当にただ添い寝するだけだよね!?」
こんな風にして、慌ただしい平日が始まった。
家の中でさえ、このあり様だと言うのに……学校には教育実習生である沙奈原や問題児である柿村も居る。見梨は……あいつは真面目だし、問題無いけど。
「……とりあえず、着替えたいから君達出て行ってくれる?」
俺の発言の後、藍菜が一瞬暴走しかかったが、白唯の機転で部屋の外に連れ出してくれ、ようやく着替えることが出来たのだった―。