「―で、お前ら何しに来たわけ?」
俺は結局理由も分からないまま家に上げることになってしまった問題児達(元教え子含む)を正座させると、それぞれの顔を睨み付けながらそう告げてやった。……せっかくの休日を台無しにしやがって。
そして、それに真っ先に反応したのは、教え子の一人である不良生徒の柿村だったのだが―
「……なんだっけ?」
「……お前の頭は三歩歩くと忘れるように出来てるのか?」
「失礼な! 私はニワトリなんかじゃありません~! 二、三分前くらいのことくらいなら覚えてるよ!」
「まだうちに入って一分も経って無いからな?」
まったく、こいつを相手にしていも埒が明かん……。
学校でもこいつを受け持ってからというもの……俺の威厳が台無しになってるしな。
俺は仕方なく一緒に同行してきた『優等生B』こと、見梨の方に視線を向ける。
「見梨もこいつらに呼ばれたんだろ? 理由とか聞いて無いのか?」
「あ、えっと―」
「酷いですよ、黒センセ!? どうして仮にも教師である私に聞いてくれないんですか!? 引率ですよ、引率!」
俺が見梨の方へと視線を向けた瞬間、俺と見梨の間に急いで入って来る元教え子兼教育実習生。……おい、生徒の発言を邪魔するなど、それでも貴様は教師か。
まあ、とはいえ、割といつものことなので、俺は割とおざなりな対応で返してやることにする。
「うん、仮にもな。仮にも」
「どうしてそこを強調するんですか!? 教育実習生って言っても、生徒から見れば教師と同じですよ!?」
「しかし、残念なことに俺から見れば生徒と変わらん」
「いや、そう―あ、いや、それはそれで良いんですけど!」
それで良いのかよ。
「こ、ここは普通、年長者である私に聞くのが通りってものじゃないんですか!? ……あ、年長者って……自分で言っててちょっと傷付きそう……」
「相変わらず忙しいな、お前って……」
今度は涙目で震え始めていた……本当に見ていて飽きない奴だ。……若干面倒だけど。
しかし、この状態の沙奈原に聞くと色々と話がややこしくなりそうなので、俺は常識人である見梨に尋ねることにした。
「それで? 結局のところ、お前達は何しに来たんだ? 分かってるとは思うが、生徒だからこそ教師の家にはそうそう来ちゃいかんぞ? まあ、緊急時とかは全然良いけどさ」
「あ、えっと……わ、私は止めたんですけど……あ、綾ちゃんが『黒先生に勉強を教えてもらうって名目で遊びに行こう』って誘ってきて―」
「え、ちょ―マリ! 友達を売らないでよ!?」
どう考えても見梨が休日に教師の家に突撃するわけないし、お前か沙奈原が原因だとしか最初から思ってないぞ。……っていうか、さっき家に来た時に自分で罪を認めただろ、お前。
「柿村……貴様はことごとくうちのクラスの大事な優等生達を駄目にしていくなあ? ん~?」
「そ、そんな大事だなんて……」
「何、黒先生に懐柔されてるの!? マリは友達よりも男を選ぶの!?」
「ちょ、ちょっと綾ちゃん!? 言い方! ……だ、だって、私が止めたら『行かないなら私一人でもシロに会いに行くけど~』って言うから……」
「あ、ズル!? そこでその話は酷くない!? わ~ん、シロ聞いてよ~! マリったら、親友の私よりも男を優先したんだよ!? シロはそんなことしないよね!?」
「ちょっと綾ちゃああああああん!? へ、変なこと言わないでよ~!?」
そう言って、見梨は顔を真っ赤にして柿村の肩を必死に叩いていた。こいつら、本当に仲良いよなぁ。
しかし、柿村も俺をわざわざ『男』って例えるとは……相変わらず、見梨へのいじり方がオジサンくさいというか……。
「で? 結局、お前達は教師である俺に勉強を教わりに来た……と。そういう解釈で良いんだな?」
「ううん、遊びに来たんだよ? 私が勉強とか、黒先生面白w」
「……ほ~う? 俺はお前ほど面白いことが言える自信は無かったが、笑えてもらえて何よりだよ。……なあ、柿村ぁ?」
「あだだだだだ!? 頭がああああああ!?」
俺は柿村の頭を鷲掴みにしてやると、笑顔で軽く撫でてやった。……そう、あくまで俺の感覚で。軽く……な。
「大変! 黒センセ! このままじゃ、柿村さんの頭が余計に悪くなっちゃいますよ!?」
「沙奈原先生!? 何気に私をディスらないでよ!?」
「生徒を守るのも教師である私の務め……こうなったら、柿村さんの代わりに黒センセに掴まれます! さ、さあ! ど、どうぞ! 一息に!」
「って、沙奈原先生!? 私のこと無視しないでよ~!?」
「……俺の教え子共はどうしてこう不良になってしまうんだ」
白唯や見梨はこんなに良い子なのに……。
「白唯、見梨……お前達が俺の生徒で良かったよ……。お前達みたいな優秀な生徒のおかげで、俺、教師として自信を無くさずに済んでるんだからな……」
俺は感動のあまり、つい涙ながらに白唯と見梨の頭を撫でてしまう。
すると、そんな俺の行動が恥ずかしかったのか、白唯は顔を横に背け、見梨は慌てた様子で手をブンブンと横に振り、それぞれ反応は違うものの顔を赤くしていた。
「いや、別に……わ、私はただ迷惑を掛けたく無かっただけだし……」
「わ、私はシロちゃんほど優秀じゃないですよ!? で、でも、褒められるのは、う、嬉しいって言うか……」
「あ、悪い。高校生にもなって頭を撫でるもんじゃないよな」
子供扱いされても嫌だろうし、もうこいつらも子供じゃない。
教師とはいえ、他人は他人だ。そんなに親しくない他人に撫でられて嫌な気分になるかもしれないよな。
白唯にしたって、父親に頭を撫でられても嫌な気分になるかもしれな―
「……」
「え……あ、そ、そうですよね……」
え、何この空気?
普通は撫でられるのを嫌がったりするもんじゃないの? 俺、選択間違った?
明らかに落ち込む見梨と、表情は変わらないものの、途端に無口になる白唯。……えぇ、ここは俺、頭を撫で続けた方が良かったの?
しかし、俺がそんな風に年頃の娘達の様子に疑問を抱いていた時だった。
「兄さん」
「はっ!?」
俺は咄嗟に体を横に交わした。
その刹那、何か鋭い物が横をかすめる……人それを『妹の腕』という。
「ちょっと!? なんで私の手を避けるのよ!?」
「いや、反射的に―というか、今のめっちゃ早かったぞ!? なんかこう、殺気があった!」
「殺気だなんて……私が兄さんにそんなものを抱くわけないじゃない? 私が兄さんに抱く感情は『愛情』以外に存在しないに決まってるでしょ?」
今この瞬間、矢田部 黒乃は悟った。
『愛情』というものは、時には人を殺しかねないものなのだ……と。
「というわけで……私も撫でて?」
「いや……何故?」
俺が白唯達の頭を撫でたのは模範的な優等生に育ったからで……君、沙奈原や柿村側の生徒だよね?
しかし、俺が拒否すると、藍菜はズズイッと俺の方に顔を近付けて抗議の声を上げてきた。近い近い。
「白唯さんや見梨さんを撫でて、妹は撫でられないって言うの!?」
「俺さっき生徒の頭を撫でたことを後悔したばっかりなんだけど!?」
「それなら妹の頭を撫でれば良いでしょ!? ほら、私の頭は兄さん用にいつも空いてるから!」
「何この妹怖い! 待ってくれ! この歳の兄妹は普通なら距離を保つはずなんだ!」
「他所は他所! うちはうちじゃない! 私と兄さんの関係を世間の評価と一緒になんてしないで!」
「いや、そこは一緒にしようよ!? 距離感は大事だから!」
ここは上手く藍菜の機嫌を取って、なんとか状況を改善しないと……そう思っていた俺だが、この場に居る厄介な人間は何も藍菜だけではないことを失念していた。
俺の隣に少し顔を真っ赤にした沙奈原が顔を出していたのだ。
「く、黒センセ! こ、ここにも居ますよ! 優等生!」
しかし、そんな沙奈原を見たおかげで、何故だか俺は妙に平静を取り戻すことができた。こいつの前で慌てるのはなんか嫌だし。
冷静になった俺は、目の前の沙奈原から視線を外し、わざと見当たらないフリをしてとぼけてやる。
「……ん? 優等生?」
「ほ、ほら! 黒センセと長い時間を共にした生徒が!」
「おかしいな……俺の目には白唯と見梨の二人くらいしか見当たらないんだが? ……気のせいか」
「た、確かに、白唯さんと見梨さんが優等生なのは認めますけど! ほ、ほら! ここに居ますよ!?」
「……残念だが、教師の家に生徒が突撃するのを容認するような教育実習生を俺は優等生とは言わん。……次に期待してますよ、沙奈原先生?」
「柿村さあああああん! 私、あなたを一生恨むからああああああ!」
「えええええええ!? なんで私いいいいいい!?」
柿村が涙目になった沙奈原にユサユサと揺すられていた。……自業自得だ。
そんなやり取りをしていると、我が娘であり、優等生の鏡である白唯が柿村の下へとやってくる。
そして、柿村の鞄から出して来たのであろうノートを、「ん」と柿村へと差し出していた。……相変わらず、動作がいちいち可愛いな、うちの天使は。
「え~、ノート~?」
「勉強を教えてもらうつもりで来たんでしょ? あまり遅くなっても困るだろうし、そろそろ勉強しないと」
「シロってば真面目過ぎ~。勉強なんて後にして、ちょっとは息抜きしようよ~」
「……頼むから、お前はもう少しうちの優等生を見習え」
「私がシロみたいになったら黒先生が困ると思うけど~?」
相変わらずこいつは……。
俺が自由奔放な柿村に呆れていると、当の本人は「にしし」と笑顔で俺の顔を覗き込んでくる。
「ほらほら、黒先生も正直に言っちゃいなよ~? 手の掛かる子ほど可愛いって奴でしょ?」
「はあ……お前らは本当に手の掛かる生徒だよな、ホント……」
「そんな……黒センセの教育の賜物ですよ……」
「いや、全然褒めて無いからね?」
―こうして、よく分からないうちに勉強会が始まった。
せっかく娘と一緒にゆったりとした休日を味わえると思ったのに……頼むから、俺の大事な休日を返してくれ。