俺は娘と妹にどう接すれば良いんだ?出張版   作:赤谷 狼

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第16話 割と普段通りの破天荒人生 【4】

 

「では、まずカレーのルーを用意しま―あ、大変! 買い忘れてました……」

「もうレトルトでも良い気がしてきたよ、俺……」

 

 堂々と台所に立つ沙奈原だったが、持参した買い物袋の中を覗き込んで大きく口を開いていた。ルーを忘れたのにチョコレートは買ったって……

 

「……沙奈原。お前、まさかとは思うが、本当にカレーのルーとチョコレート間違えて買って来たのか?」

「ち、違いますよ? そ、そんなわけ無いじゃないですか?」

 

 明らかに視線を俺から逸らしてるけど、それって肯定してるのと同じなんだよなぁ……。というか、今日はカレーなのにチョコレートが入ってるのはおかしだろ。

 

 とはいえ、せっかくエプロンを付けた女性陣に買い物に行かせるのもしのびない。俺は台所に置いてあった普段使っている買い物袋を肩に掛けると、成り行きを見守っていた女性陣に振り返る。

 

「……仕方あるまい。ただ待ってるのも暇だし、俺が買ってきてやるよ。その間に材料を切るなり、皮を剥くなり準備しておけば良いだろ」

「分かったわ。じゃあ、兄さん行きましょ?」

「……藍菜様? あなたも料理対決のリベンジを果たす予定だったのでは?」

 

 気付けば、買い物袋を持つ俺の隣に妹がニコニコと笑みを浮かべて立っていた。いや、君も料理担当だよね? 俺と出掛けたら本末転倒じゃね?

 俺が呆れた顔で妹を見返すと、妹はいつものように自信に満ち溢れた表情で持論を語りだした。

 

「ねえ、兄さん? 料理をするには材料が必要よね?」

「そりゃな……」

「でも、材料が足りないなら買い出しに行く必要があるわよね?」

「まあ……だからこそ、俺が代わりに買い出しに行ってやろうと思ったわけだしな」

 

 わざわざ遠回しな質問をしてくる妹に付き合いつつも、藍菜の瞳がどこかメラメラと燃え上がっているように感じるが……気のせいか?

 だが、俺は甘かった……藍菜という妹は、常識で図れる人間では無かったことを忘れていたのだ。

 

 藍菜は堂々と俺の前に立つと、自分の胸に手を当てて自分の存在をアピールするように声を上げた。

 

「それなら、兄さんが居ない家に私が居るのはおかしいわ! 材料が足りないのと同じで、私も兄さんが足りないの! だから、一緒に買い出しに行くのは当然よ!」

「いや、何が当然なの!? 今の流れおかしくない!?」

「え? 何言ってるの兄さん? 私、何もおかしなこと言ってないわよ?」

 

 矢田部 黒乃、二十七歳。

 あまりにもおかしい妹に心配されるという稀有な体験をするのだった。

 

「……育て方、どこで間違えたんだろうな」

 

 俺は遠くを見るように天井を眺めながらクォーター妹の成長ぶりに涙した。……もちろん、マイナスに成長した意味で。

 そんな妹の暴走ぶりに真っ先に反応したのはそんな藍菜と共に俺と一緒に住んでいる娘、白唯だった。

 

「藍菜さん、買い出しにはお父さ―この人が行ってくれるって言うんだし、任せておこうよ」

「今、お父さんって言おうとしてなかった?」

 

 珍しく白唯が俺を父と呼ぼうとしていたことに気付いてテンションを上げる俺だったが、白唯は恥ずかしそうに頬を染めて軽く咳をしながら返してくる。

 

「……気のせいじゃない?」

「いや、別に隠すようなことじゃ―」

「聞き間違いだよ、きっと」

 

 そう言って、白唯は恥ずかしそう俺に背を向けて藍菜の方に向き直っていた。……相変わらず、素直じゃない娘だ。

 

「ともかく、藍菜さんが行く必要は無いでしょ?」

「ふ~ん……それなら、白唯さんが兄さんと買い出しに行きたいのかしら?」

「え?」

 

 どこか探るような目で白唯を見ていた藍菜が突然そんなことを言い出した。いや、そういう流れなの?

 いきなりの質問に白唯が驚いていると、台所に居たはずの柿村が俺の隣に現れ、何やらニヤニヤとした表情で呟き始めていた。

 

「ほほう……これはこれは、面白いことになりましたな?」

「……柿村、その笑い方はどこかオッサンくさいぞ」

「いひひ、良いじゃん、なんか修羅場って感じでさ~。あ、じゃあ、私も黒先生と買い出し行きたいで~す!」

「俺一人で行くから良いっての!」

 

 いつものごとく暴走し始めた柿村に説教すると、台所にいた沙奈原、見梨までもが話に加わってきてしまう。

 

「く、黒センセ! わ、私も黒センセと一緒に買い出しに行きたいです!」

「あ、あの~……沙奈原先生、もしかして、その為にわざと忘れた……とかじゃないんですよね?」

「ち、違いますよ、もちろん! でも、それも良い考えだったかもしれないわ……」

「おいそこ、物騒な私語は慎むように」

 台所で用意していたのは何だったのか、気付けば家に居た女性陣が俺の周囲に集まり、かたや睨み合い、かたや面白そうに騒ぎ始めいた。すでに料理を始める前からすごいことになってるんだが……。

 

 そんな中、真剣な表情で藍菜が俺へと視線を向けたかと思うと―次の瞬間、拳を強く握った妹が大きな声で宣言した。

 

「誰が兄さんの隣に立つ資格があるのか―じゃんけんで勝負よ」


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