俺は娘と妹にどう接すれば良いんだ?出張版   作:赤谷 狼

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第10話 いつも通りの騒がしい学校生活 【4】

「除草作業……?」

「……ああ、そうだ」

「な~んだ、密会じゃなかったのね」

 

 腕を組んで気難しい顔を浮かべたまま首を傾げる白唯と、ほっと胸をなで下ろす藍菜を前に俺は深い溜息を吐いた。

 

「あのなぁ……教師の間でそんな変なことするはず無いだろうが……」

「何言ってるの兄さん! 世の中、そんなこといくらでもあるわよ!」

「……それは主に少女漫画の世界だけでは?」

「なっ!?」

 

 必死になる藍菜に俺が現実的な答えを返すと、藍菜は小さく肩を震わせてしまう。……しまった、教師である俺が子供達の夢を壊してどうするんだ。……いや、夢というか妄想というか……ともかく、理由はどうあれ子供達を落胆させるようなことはいかん。

 

「え~と、まあ……その、なんだ。世の中にはあるかもしれないが、少なくとも俺達はそういう関係では―」

「兄さん!」

「うおっ!?」

 

 妹を泣かせてしまったと思い、俺はついフォローに回ろうと言い訳を固めていたのだが……突然、そんな俺の手を藍菜が強引に掴んでいた。

 そして、真剣な表情で俺を見上げると―

 

「……世の中には少女漫画みたいな世界があっても良いと思わない?」

「あ、あぁ……まあ……」

 

 あまりにも真剣な表情を向けられ、ついその視線から逃れたくなり、曖昧な返事を返してしまう。……っていうか、これってそんなに壮大な話だったっけ?

 確か『俺と沙奈原が密会してるんじゃないか』って疑われた話だよね、これ? それなのに、何故か話が少女漫画的恋愛話になってるんだが……。

 

 そんな俺の心境など知らず、俺の手を掴んだまま藍菜はその顔をずいっと近付けてくる。

 

「そういう恋愛って素敵じゃない? 恋愛って障害があるほど燃え上がるんだから!」

「い、いや、まあ……そりゃあな……」

「うわぉ……藍菜ちゃん、大迫力……」

 

 鬼のような形相で俺に迫る藍菜に、柿村が乾いた笑いを浮かべていた。……妹がもはや鬼と化している。

 恐怖すら感じる我が妹はなおも俺に迫り続けると、その目に炎をたぎらせるように強く俺を睨んだまま話を続けてきた。

 

「例えば、身分違いとか、考え方が違うのに惹かれ合ったりとか、敵同士だったりとか―」

「ちょい待て、藍菜……近いから、普通に近いから離れてくれる?」

 

 しかし、藍菜は俺の言葉すら届いていないのか、その勢いを殺すことなく、徐々に俺の顔に近付いてくる。妹とはいえ、これは近過ぎるわ……。

 そして、俺が藍菜の肩を押さえつつ、距離をどうにか取ろうとした瞬間―藍菜はとんでもないことを言い出した。

 

「―兄妹とか!」

「いや、それは漫画のだけだよ!?」

 

 いつも以上に暴走し始めた妹に、俺は驚きと同時にそう返していた。だが、藍菜はそんな俺の言葉が不服だったのか、口を尖らせると必死に抗議の声を上げ始めたのだ。

 

「漫画の世界だろうと、恋愛は恋愛よ! 現実にそういう話があったって、何も不思議なことは無いわ!」

「不思議だよ!? そりゃあまあ、世の中を探し回ればあるかもしれんけど、普通は無いからね!?」

「普通の定義って何よ!?」

「世間一般の常識だよ!?」

「私の常識は兄さんが全てよ!」

「俺の常識は世の中と同じだよ!」

 

 あまりにも昔からかけ離れた妹に、俺は思わず空を見上げてしまう。……あぁ、どうしてこんな子に育ってしまったんだろう。

 ついでに、このやり取りを見ていたもう一人の家族である白唯は、呆れた様子で俺達を見ていた。……すまんな、これがお前の叔母さんらしい。

 

 俺と藍菜が全力で訳も分からない言い合いをして息を整えていると、見かねた白唯が俺の方まで歩いてくると、途端にその手を俺へと向けてきた。

 

「ん……」

「……え~と……手を繋いで欲しい、とか? 先生、さすがに堂々と学校で女子生徒の手を掴むのはちょっと……」

 

 いや、家なら大歓迎だけどね? というか、なんで手?

 俺が白唯の考えを図りあぐねていると、いつも気難しそうな表情を浮かべる白唯の顔が一変。耳まで真っ赤にすると、必死な様子で俺を睨んできた。

 

「ち、違いますよ! す、スコップを渡してって意味です!」

「スコップ?」

「……私達も手伝うので、スコップを貸して下さいってことです」

「あぁ、なるほど」

 

 学校での生徒としての顔を作っていた白唯は敬語であるものの、その顔を背けると、「それくらい気付いてよ……」と言わんばかりに俺を横目で睨んできていた。もちろん、耳まで真っ赤にしているのは変わらないが。

 

 っていうか、最初から素直にそう言えば良いじゃん……さすが我が娘、気の利く子に育って父は嬉しい。

 ぶっきらぼうというか、恥ずかしがって肝心なことは言わないんだよな。そういうところは母親である桃佳によく似てるわ、ホント。

 

「じゃあ、悪いが手伝ってくれるか?」

「え? 私は邪魔しに来ただけ―あ痛たたたたた!?」

 

 そんな立派な娘に対し、俺は近くで『何かぼやいていた』不良生徒の頭をガシッと掴み上げる。

 そして、俺はその頭を掴んでそのまま体を反転させると、校内にある『進路相談室』の方に足を向けながら事務的な声をもらした。

 

「さて……まずはこの不良に説教をしてやってから除草作業に入るとするか」

「いえ、この柿村、誠心誠意黒先生のお手伝いをさせて頂きます!」

 

 すると、俺に頭を掴まれたままの柿村は、『説教』という単語に恐れをなしたのか、急激に態度を変えてきやがった。……この天邪鬼め。

 

「さっきまでやる気が無かっただろうが、お前……」

「ごめん、私数分前のことを忘れる病気に罹ってて……」

「なるほど、とりあえず振れば治りそうな病気だと判断した」

「わ、私の頭があああああ!?」

 

 いつものように屁理屈ばかりのたまう柿村に制裁を下していると、再び背中からすごいプレッシャーを感じ、振り返ることも恐ろしくなった俺に、娘と妹の声が浴びせられた。

 

「すいません、早く作業を始めたいんですけど?」

「私も賛成……ね? 先生?」

「はっ、すぐに取り掛かります」

 

 本日二度目のお怒りを受け、ようやく放課後の除草作業が始まるのだった―。

 




本日、Amazon.co.jpのKindleにて書籍版4巻発売!
主役は暴走少女、柿村です!

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