黒白:11日目
日曜早朝。
昼過ぎまで寝ていたいのに、テレビから流れる軽快なアニソンで叩き起こされるのが、ここ一年の通例となっている。
誰の仕業かなど言うまでもなく。
『ゴルヒコのしわざか! んんん、ゆるざんっ!』
そう、ゴルゴム・ノブヒコのしわざ・・・・・・じゃない。
いかん、朝は頭が働かない。
「モッエルーワッ。モッエルーワッ!」
朝っぱらからご満悦だな、ポチ。
おはようさん。
でももう少しボリューム落とそうな。
「ルーワ!」
はいはい、解ったから。
一緒にテレビ見てやるから、ソファをばすばす叩くなって。
ここすわれここすわれ、ってやらんでもいい。ホコリが舞うだろ。
よっこらせーと。
なんだ、その顔は。
おっさん臭い? ほっとけ。
うるさい、とは言えない。
自覚はある。
『くやしい・・・・・・! でも・・・・・・っ!』
サンシャイン・ブラックRXになじられて涙目になるゴルゴム・ノブヒコ。略してゴルヒコ。
完全に冤罪だ。
吐けぇ、と襟首を締めあげられ目から光が消えている。
が、そこはかとなく恍惚とした表情を浮かべているのは、俺の見間違いなのだろうか。
このアニメは勧善懲悪をテーマにしていて、で、二人の少女が悪の秘密結社と戦うストーリーなわけだが、何か事件がある度にサンシャインがゴルヒコのせいだと決めつけるという、訳解らん展開が必ず挟まれるのだ。
ポチ曰く、王道的展開だとか何とか。
おまえこれ、子供向け番組なんだぞ。
ほら、サンシャインのせいでゴルヒコが給食費盗んだ犯人にさせられて、クラス中からハブられてるじゃないか。
ボディ狙えボディ、ってされとるがな。
いやだよ、こんな子供向けアニメ。
世知辛すぎる。
「モエルーワ!」
不憫モエ? なんだそりゃ。
これは常識、これぐらい押さえとけ、だと?
うるせえ。
ゴルヒコの机に花瓶まで飾られてるじゃないか。
『やったねサエちゃん。家族が増えるね』
嬉しそうにぬいぐるみに話しかけてるけど嫌な予感しかしねえ。
頼むからテレビの電源を切ってくれ。
おい、なんだその顔は。
お前今俺のこと、鼻で笑ったな。
チキンポケモン:クロイ、性格おくびょう――――――じゃねえよ!
テメェポチこの野郎・・・・・・。
犬のくせにいい度胸じゃねえか。
いいだろう、最後までみてやんよ!
吠え面かきやがれ!
「バーニンガー・・・・・・」
ちらりとこちらを見下ろす青い瞳が物語っている。
ついてこれるか――――――と。
ふざけるな。
お前なんかすぐに追い越してやる。
お前こそ俺について来やがれ――――――!
『本当の勇気というのは、腕力が強いとか、弱いとかじゃない! 心の底から許せないものに対して、イヤだ! と叫ぶ事なんだ!』
『子供の心が純粋だと思うのは、人間だけよ・・・・・・サンシャイン』
「モエルーワ!」
モエルーワ!
と二人していい感じにモエルーワしてるところで、ぴんぽん、と玄関の呼び鈴が鳴る。
いいよポチ、石に戻ろうとしなくても。
まだあと15分くらい尺が残ってるだろ。最後まで見ようぜ。
しかし今回は神回だな。ぬるぬる動いていやがる。
ああいいよ、客は無視してもいいって。ほっとけ。
こんな朝早くから来る客なんぞ、嫌みを言いたいばっかりの年寄り様達だけだからな。ジジ様たちは早起きなんだよ。
ことあるごとに朝っぱらから文句付けてきやがって、もううんざりだ。
「・・・・・・いちゃ・・・・・・けてぇ」
ぴんぽん、が扉をとんとんと叩くのに変わる。
とんとん、とととん、ととととん。
長いよ、しつこいなあ。
わかった出るようるせえよ。
はいはい、誰ですか・・・・・・っと!
とふん、と開いたドアから飛びこんで来る誰か。
反射で受けとめちゃったけど、誰よ。
「お、おに、おにいちゃああぁ・・・・・・」
胸の辺りに抱きつきながら、涙を一杯に浮かべて、こちらを見上げる少女。
美少女、と言い表しても過言ではない容姿の女の子だった。
簡素なノースリーブTシャツ、その上から羽織った黒のジャケット。
ジーンズを大胆にカットしたホットパンツから覗く、白い太股が眩しい。
すらりと伸びる長い足先は編み上げブーツが。
時間を追う毎にうるんでいく瞳は、抱き締めて欲しいと懇願しているかのよう。
でも露出している肩は華奢過ぎて、触れたら壊れてしまいそうで怖い。
勢いで、ふわり、と腕をくすぐる長い髪。
ウェーブが掛かったふわふわの長い髪は白いキャップに収められ、キャップの穴からポニーテールにして一まとめにされていた。
この髪の質感、シャンプーの香りは、まさかこの子は・・・・・・。
「ふっふっふー」
開いた玄関の隙間から聞こえる不敵な笑い声。
誰ぞーと目を向けると、忍び笑いを漏らすベルちゃんがいた。
口元を手で隠し、目を細めてニヤニヤしている。
「トウコちゃんファイトだよ! クロにいさん、優しくしてあげてね! じゃあ、私は先に帰ってるからー」
ぐっどらっく、と親指を立ててスキップしながら去っていくベルちゃん。
チェレンの眼鏡はダテ眼鏡ー、などと軽やかな歌も聞こえた。
チェレン・・・・・・お前の眼鏡、オシャレメガネだったのか。
しかし、やっぱりこの子、トウコちゃんなんだ。
そういやあの写真と同じ格好してるな。
実物で見ると全然違って解らなかったよ。
「やっぱり、変、なんだ・・・・・・」
くしゃ、と歪む顔。
いつもと違って表情が見えるものだから、胸が痛む。
いやさ、違うよトウコちゃん。
写真よりもずっと可愛くって、解らなかったんだよ。
似合ってる。
すごく、似合ってる。
エルフーンヘアーもいいけど、こうやって顔が出てるのもいいね。
「ほ、ほんと、う?」
もちろんだとも。
可愛いよ、トウコちゃん。
せっかく可愛いんだから、恥ずかしがらずにそうやって顔を出していればいいのに。
ははは、小顔美人さんだなあ。
ほーれ、ほっぺたぷにぷにー。
「ひ――――――」
ひ?
「ひゃあぁぁぁ・・・・・・」
熱っ!
ほっぺたあっつ!
「モエルーワー」
うるせえ。
小声だけどうるせえ。
まあ立ち話もなんだし、ほら、おいでトウコちゃん。
「ひゃあぁぁぁ・・・・・・」
抱きつかれたままでは動けないので、よいせと抱っこして移動。
目をまわしてこんらんしていたトウコちゃんを、ソファの上に座らせる。
ポチのやつは既に石ころ形態になっていた。
足の下においてころころと転がし、土ふまずを刺激することにする。
気持ちいいなー。
キャインキャインとポチエナが鳴くような非難の声が聞こえるが、無視である。
ポチが入っているこの石、良質の軽石に質感が似ているのだ。
風呂でかかとをごしごしとかするととても気持ちがいいので、色々と重宝していた。
もっぱら足つぼマッサージ器として役立ってくれている。
「はうっ! こ、ここは、おにいちゃんの、部屋?」
おかえり、トウコちゃん。
「う、うん。今ね、すごいことが、起きたの。わたし、テレポートした、みたい!」
うーん、テレポート覚えてるポケモンは手持ちにないなあ。
きょとん、と首を傾げているトウコちゃん。
室内で帽子をかぶっているのはよくないと思ったのか、白いキャップは握りしめられて胸元へ。これはママさんの教育の賜物だろう。
うん、いつものトウコちゃんだ。
力強いくせっ毛は、帽子に圧迫されていてもふわふわ感を失わず。
ちょっと髪が乱れてるね。ほらこっちおいで、トウコちゃん。
「はい、おにいちゃん」
ふっふっふ、まんまときおったわ。
シラカワ家のエルフーンがあらわれた!
クロイのなでまわす。
「ひゃー」
こうかはばつぐんだ!
トウコはたおれた。
クロイはレベル15にアップ。
「はう、はふ・・・・・・おにい、ちゃあぁ・・・・・・んぅ」
しまった、やりすぎた。
トウコちゃんトウコちゃん、起きてくれい。
「うう、たいへんな、ことに、なっちゃった・・・・・・」
ごめんごめん。
なんだか普段と違うから、つい構ってやりたくなっちゃって。
「んう・・・・・・あのね、おにいちゃん。本当に、似合って、る?」
似合ってるって。
本当だよ。
「でも、足とか、出ちゃってるもん。ベルちゃん、みたいに、柔らかくない、し・・・・・・」
そんなことないさ。
眩しいよ。
マシュマロみたいで、つついてみたくなっちゃうくらいに。
「・・・・・・いい、よ?」
何が?
「おにいちゃん、なら、触っても・・・・・・いい、よ?」
ぬう。
いやそれはだね、トウコちゃん。ちょっと問題が。
「お願い、おにいちゃん。さわって・・・・・・ください!」
目の前に立って、ホットパンツのただでさえ短い裾を持ち上げるトウコちゃん。
ひらひらの部分をぐっと掴み、ほとんど股の間接まで見せ、どうだとばかりに白い太股が眼前に突き付けられた。
ぎゅうっと目をつむってリアクション待ちをしている。
そんなに赤くなるくらい恥ずかしいなら、やらなきゃいいのに。
しかし、これはどうしたら・・・・・・。
「モエルーワ? ネェ、モエルーワ? ネェネェ、モエルーワ?」
うるせえ。
こいつ・・・・・・っ、俺を試していやがる・・・・・・っ!
やらないからな! 絶対にやらないからな!
勝手に伸びていく手を無理矢理下ろす。
危なかった。あと5ミリもなかった。
ささ、トウコちゃん、ソファにすわっておくれ。
触って確かめさせなくてもいいんだよ。
俺は十分、トウコちゃんが可愛いってことを知ってるから。
「んう・・・・・・いい、のに」
不満そうに口をとがらせない。
それで、どうしたの。
服を見せるためだけに、こんな朝から来たわけじゃないんだろう?
「うん、あのね、アララギ博士が、お昼にポケモンをくれるって!」
おお。
ということは、トウコちゃんたちも初ポケモンゲットだぜー、と。
「うん! だから、おにいちゃんにも、見に来てほしくって!」
よかったな、トウコちゃん。
よっぽど嬉しいんだなあ。
久しぶりにトウコちゃんの大きな声聞いたよ。
そうか、今日がトウコちゃんの旅立ちの日になるんだなあ。
「うん。お外は、怖いけど・・・・・・でも、がんばる、から! わたしも、おにいちゃんみたいに、なりたい、から!」
俺みたいに、か。
望みはもっと高く持った方がいいよ、トウコちゃん。
俺なんてその日暮らしのダメ男だぜ。
「違う、よ! おにいちゃんはすごい、よ! だからわたしも、旅をして、色んな事を見て、知って、感じて・・・・・・。
そうやって、おっきくならないと、おにいちゃんの隣にいる、資格なんて、ない、の!」
おいおい、過大評価し過ぎだよ。
俺はそんな凄い奴じゃないって。
「わたしは、おにいちゃんと、対等になりたい。あの人みたいに」
あの人・・・・・・ああ、同期のことか。
俺と対等に、ね。
君はもう、とっくに俺なんかよりもまっとうな人間だぜ。羨ましくなるくらいに。
でもそんな決意を込めた目を向けられちゃあ、これ以上否定は出来ないな。
頑張れ、トウコちゃん。
色々言いたいことはあるけども、旅することは素敵なことだっていうのは、間違いない。
きれいなものも、よくないものも、一杯見ることになる。
その全部が、君を育てる肥やしになるんだ。
人生の先輩としてアドバイスするなら、一言だけ。
楽しんでおいで。
「はい――――――」
真っ直ぐに顔を上げて、トウコちゃんは頷いた。
真っ白で、邪気の無い、純粋な瞳。
強制的にトレーナーの道を進まされることになる、それはきっと不幸だ――――――などと、何故思ったのだろう。
この子は大丈夫だと確信できる。
いや、そんなことはずっと前から解っていたことだ。
俺の勝手な嫌悪感で反対していたに過ぎない、ということか。
本当に、アララギさん、俺はどうしようもない男です。あなたは全部解っていたんですね。
まだ小さなつぼみが、きっと大輪の花を咲かせることを。
「ね、おにいちゃん、いこっ?」
ああ、わかったわかった。
引っ張らなくてもいいってば。
ほら、帽子かぶって。
火の用心と戸締りしてくるから、先に外で待っててね。
「バーニンガ」
おい、どうしたポチ。
トウコちゃんがいなくなったと思ったら、急に出て来て。
何だよその熱視線は。
「モエルーワ・・・・・・」
何だ。何故嬉しそうに頭をぐりぐり押し付けてくる。
はあ? 格好良かったって?
変な奴だな、お前は。美意識がぶっとんでるんじゃねえのか。
ほら、さっさと石に戻れよ。
電気よし、ガスよし、窓のカギよしっと。
お待たせ、トウコちゃん。
うん、その格好にも慣れたようでよかったよ。
外に出ても堂々と出来ていて、ってどうしたの、うずくまっちゃって。
「ひ――――――」
ひ?
「ひゃあぁぁぁ・・・・・・」
・・・・・・忘れてたのか。
おいポチ、初めに言っておくぞ。
何も言うなよ。
「モ・・・・・・ルーワッ!?」
甘い。
さてそんなこんなで、トウコちゃんが人目に触れないよう抱き上げながら、シラカワ家到着。
ポケモンとの対面はギャラリーが居ない方がいいとのことで、階下にてトウコママに淹れてもらったお茶を飲みつつ、待っているのであった。
「ふふ、うちの子ももうポケモンを持つ歳になったのね。時が経つのって早いわよねえ。クロイ君が旅に出たのがついこの前に感じるもの」
はは、俺が旅に出たのはトウコちゃんが産まれる前じゃないですか。
「もう10年以上も前になるのよね。あの子が産まれて、クロイ君がこの町に帰ってきて、それで」
またすぐに俺がこの町を出た、と。
それから今まではシンオウやホウエンとイッシュとを行ったり来たり、ですからね。
顔を合わせる機会が少なくなったものだから、余計に時間の流れが早く感じるのかも。
「クロイ君たら、会うたびにかっこよくなっちゃって困っちゃうわ。トウコも大きくなってるけれど、引っ込み思案はいつまで経っても治らないんだから。
服も地味なのしか着ないし、もう、女の子を産んだかいがないったら」
それで形から入って引っ込み思案を治そうとあんな服を着せたんですね。
トウコちゃんがかぶってた帽子って、俺の帽子の色違いですか?
あれってシンオウ地方のフレンドリショップ限定の帽子だったはずじゃあ。
「パパに送ってもらったのよー。あ、クロイ君、いかりまんじゅうのおかわりいかが? いっぱいあるから、持って帰ってもいいからね」
ありがとうございます。
頂きます。
「でも効果はあったみたいね。髪をアップにするだけで外じゃ一歩も歩けなくなるような子があんなに変わるなんて、びっくりしたわ。本当、時が経つのって早いわよね。
それとも君のおかげなのかな?」
トウコちゃんが成長したんですよ、それは。
・・・・・・それに、あの子が人の目を嫌うようになったのは、俺のせいですから。
そんなに長い間一緒にいたわけでもないのに、俺に懐いちゃって。
俺が帰って来る度にいつも後ろをくっついて歩いてたもんだから、一緒に敵意の視線に晒されることになって・・・・・・。
本当に、申し訳ないと思っています。
「あらあら、頭なんか下げなくてもいいのよ。あの子は賢い子だから、本当に怖かったら自分から離れていくわ。それでもあなたと一緒にいたってことは、ね?
あなたの事を心から信頼していたからよ」
だといいんですが。
「あの子はもう、あなたの後ろをついて行くだけじゃ満足出来なくなったのよ。掛け足で走って横に並びたいって、そう言ってたわ。それが旅をする理由なんだって。
母親として妬けちゃうわよ、もう」
あの子もママさんも俺のこと勘違いしてますってば。
しかし上、騒がしいですねえ。
注意しなくてもいいんですか?
「いいのいいの! にぎやかなのはいいことだわ。思い出しちゃうなー、初めてのポケモン勝負」
ですねえ。
俺の時は粛々と終ってしまいましたが。
トゲキッス強すぎでしたもん。
昔はポケモンを貰える制度なんてありませんでしたから、家付きのポケモンか自力で捕まえたのを連れていくしかなかったですし。
親父から貰ったたまごを自分で温めて孵して、育てて、で気が付いたら進化しまくっちゃってましたからね。
初バトルが鍛えまくったトゲキッスでとかもうね。
トレーナー経験の無さとかもう関係ありませんでしたし。
いやー、当時のむしとり少年達には随分お世話になりました。
おこづかい的な意味で。
「そういえばあなたのトゲキッス、最近見ないわね。どうしたの?」
ああ、ちょっと前まで同期に貸してたんですよ。今は返してもらってますが。
あっちこっち地方を巡りたいから、そらをとぶを覚えたポケモンを貸してほしいって言うんで。
どうもチャンピオン防衛戦で使ったとか何とか、噂で聞きましたけど。
しかも相手はトウコちゃんくらいの子供だとか。大人気ないったら。
まあでもトゲキッスには全力をださないように厳命してましたから、さっくりやられた振りをしたみたいです。
俺のトゲキッスがあんな弱いわけないでしょ、って恨み事を延々電話口で聞かされましたよ。
ぐすぐす泣きながら話すもんだから何言ってるかわけわかんないし。
どうせ挑戦者の前じゃあ格好つけて、クールな出来る女を装ってたんでしょね。
負けず嫌いですからね、あいつ。
俺のポケモンを切り札にするとか。チャンピオン様のくせに、初めから他力本願かよっての。
相手は伝説級のポケモンを持ってたんだから、それぐらいしないと勝てる訳ないとか、何とか。
やっぱりよく解らなかったです。
「ああ、あの綺麗な娘さんね。確か、旅先で出会って、そのまま同じ大学に入ったっていう。強敵よね・・・・・・」
いや、あんまり強くはないですよ。
「あなたにとってはそうでしょうね。ほら、よく言うじゃないの。先にそうなっちゃった方が負けなんだって。
ふふ、でも懐かしいわ、私も旅の途中にパパと出会ったのよね」
いや、お二人のロマンスは何度も聞きましたので、もういいです。
「あらそう、残念。ねえ、クロイ君。あなたのことだから、トウコが旅立ってすぐにここを離れるつもりなんでしょうけれど、もしも何処かでトウコと会うことがあったなら」
ええ、その時はもちろん連絡しますよ。
やっぱり、心配ですものね。
しかしまんじゅう美味いっすねえ。
お茶がこわくなってしかたないです。
あれ、反対でしたっけ?
「いやいや、そうじゃなくって。もしトウコと会うことがあったら、その時にちょっとでもあの子が魅力的に見えたなら、家の娘を貰ってくれないかしら?」
ぶふーっ!
げほっ、げぇっほ、ごふほ!
ちょ、ちょっとママさん、何を言って!
「私は本気よ? 言っておきますけれど、あの子にもそういう知識はちゃんとありますからね?」
そ、そういう、とは?
「あの子はまだ子供だ、なんてことは言わないでちょうだいね。
大事な一人娘を旅させるんですもの。性教育とか、ちゃんと学ばせてるに決まっているでしょう。一人でふらふらと危ない場所に行って、泣く羽目になったら遅いのよ」
あー、小六大人法・・・・・・そっか、トウコちゃんももう小学校卒業かあ。
この国に限った話しではないが、義務教育は10歳までと法律で定められている。
中学校は希望者のみが受験し、進学するというのが学業の枠組みである。
そこから先の高校、大学となれば、もうエリートコース。将来は大企業への就職か、研究職へ進むことが約束されたようなものだ。
大半の子ども達は、小学校卒業と同時に、つまりは10歳になるとポケモンの所持免許およびその『わざ』の公道での行使資格を取得し、旅に出る。
そうして成長し、地元に戻るというのが一般的な『こども』の成長過程なのだ。
かくいう自分もまた、広く一般的な子どもの成長を辿っている。
異なるのは、地元には帰らなかったというだけ。
さて、この小六大人法・・・・・・正式名称はやたら小難しい感じが並べ立てられているので略するが、憲法の前文にこう書いてある。
小学校卒業をもって、成人として扱う。
これが曲者である。
酒やタバコは身体への害が、などと医学的観点から規制はかけられるが、それ以外の、本人の意思に任せる部分は全て成人と等しい権利を有することとなるのだ。
たとえば、就職、たとえば、専門分野での研究活動。
本来は高等教育を受けた者しか潜れない狭き門であるが、一芸入試ならぬ、秀でた才があると認められれば、その時点で社会的地位を獲得できてしまえるのだ。
これがこの国、この世界の普通であり当然であるのだから、何とも言うことはないが、『大人初心者』が急にポンと権利を投げ渡されて、挫折や周囲を巻き込んだ失敗、よくない拗れ方をしないとも誰が言えよう。
それが、自らの力が認められてのものであればなお、である。
特に顕著な問題がある。
恋愛、である。
自由意志による恋愛は、誰にも止められることができない。
その後にくる、性行為も。
法律としては、やはり二十台近くでなければ性行為を行うことは犯罪とするとは定められている。
だが、誰が止められよう。
彼女達の、彼等の、大人初心者達の恋心を。
『かれら』は子どもの純粋な心のまま、大人の恋愛をしてしまう。それが許されてしまう基礎がある。
自分が選んだ道だから、という免罪符が、かれらの罪悪感を取り払ってしまう。
その結果が、十台前半の妊娠率の爆発的増加、である。
社会問題である。だが、それに誰も触れようとはしない。
公然の、暗黙の了解となっているのだ。
トウコの母が若く見えるのは、実際に若いからである。この女性もまた、十台前半で妊娠出産を経験した数多くの大人初心者の一人だった。
そして、選んだ男もポケモンブリーダー。半ば捨てられたような、半母子家庭である。別段珍しくもない、よくある普通の家庭環境だった。
だが、思うところはあるのだろう。
こうしてこちらを見る目には、親心と共に、どこか必死さも含まれている。
「だったらちゃんとした人に貰ってもらうのが、親としては安心できるのだけれど」
そ、そういうのはチェレンに・・・・・・。
「うーん、チェレン君も悪い子じゃあないんだけどね。あの子はトウコを好いていてくれるし。
知ってる? チェレン君が強くなりたい理由って、あなたを超えてトウコを振り向かせるためなのよ。
でもチェレン君をプッシュしたら、ベルちゃんがかわいそうだわ。あの三人の中ではベルちゃんが一番大人かもね。少しも顔に出そうとしないもの。いじらしいわあ」
まあ、それは俺も知っていますけれども。
でもやっぱりトウコちゃんの意思がですね。
「それは当然よ。最終的に決めるのはあの子。だから、無理矢理は駄目よ? ただちょっとだけ、積極的になってもらいたいなあって」
積極的て、どんなですか・・・・・・。
一緒にライモンの観覧車に乗るとか?
「いいわねえ、ロマンチック! きらめく夜景、近付く二人の距離、重なる影・・・・・・ひゃー!」
わー、やっぱりトウコちゃんのママだー。
「今までみたいに妹としてじゃなく、女の子として扱ってあげて欲しいってこと。
トウコはね、クロイ君のことが大好きなのよ。これがあの子の初恋なんだから、終るにしても、成就するにしても、綺麗な思い出にしてあげたいの」
そう、ですか。
あの子が俺に向ける感情が恋だか何だかは解りませんが、憧れを抱いているってことくらいは解ります。
でも、トウコちゃんが旅先で俺と会うってことは、俺の色んな面を見ることになるってことで、そうなったら直に愛想を尽かしてしまうと思いますよ。
俺のあんまりな駄目さ加減に。
「それもあの子が決めること。まあ、あの子があなたを想っているっていうのも、あなたの言う通りに私の思い込みかもしれないしね。親でも子の心は全部読めないもの。
でもね、クロイ君、そういうこともあるかもしれないって、心に留めておいて、ね?」
そうまで言われたら頷くしかありませんよ。
解りました。
何をして上げられるかは、俺自身さっぱり解りませんが。
でもトウコちゃんの成長を認めて、変わっていくトウコちゃんをちゃんと受けとめてやるっていうのは、約束します。
「ありがとう、クロイ君。それでこそあの人たちの息子さんだわ」
ありがとうございます。
そう言ってくださると、助かります。
上も静かになったようですね。
あ、下りて来ますよ。
「んう、おかあさん、ごめんなさい・・・・・・お部屋、よごしちゃった」
「いいのいいの、元気が一番! 片付けは私がやっておくから、気にしないでいいのよ」
トウコちゃんに続いて、ベルちゃんとチェレンの姿も。
アララギ博士が送ってくれたプレゼントボックス。
その中におさめられた三匹のポケモンを、三人で分け合っていたのだ。
旅に出るために、パートナーを選んでいたのである。
それで皆、どのポケモンを選んだんだ?
「わたしは、この子。おいで、ポカブ」
「ポカブー!」
「わたしはこの子だよ。来て、ツタージャ!」
「ツタージャー!」
「僕はこいつを。来いっ、ミジュマル!」
「ミジュミージュー!」
うん、三人のイメージにぴったりのパートナーだ。
三人とも、いい子を選んだな。
大事にしてやれよ。
「はいっ!」
と、三人の元気な返事。
うんうん、良い門出になりそうだ。
それで、旅に出るのはいつにするんだ?
とりあえず今日は休んで、明日にするか?
「今日!」
これも三人の返事。
やっぱり待ち切れないよな。
「でもわたしはパパとママの説得があるから、ちょっと遅くなるかも」
ベルちゃんのご両親か。
パパさんの方がちょっと手ごわそうだな。
俺も口添えしようか?
「ううん、ありがとうクロにいさん。でもいいの。これは私の旅なんだから、私が自分でやらないと、ね!」
そうかい。
君はおっとりとした所があるけれど、それでも大事なことはちゃんと解っている子だ。
大丈夫。
きっと色んな夢を見つけられるさ。
「はい! ありがとうクロにいさん!」
じゃあ行ってきます、とさっそく両親の説得に向けて出て行くベルちゃん。
「さて、次は僕かな。それじゃあお先に失礼するよ。早さとは強さだからね。この町を出るのは僕が一番になるのかな。
これも運命、ということかな。ああ、声が聞こえるよ。大地が僕に強くなれとささやいている」
カルマ(運命)って、ガイア(大地)って、お前な。
まあいいや。
お前にゃ何も言わんでも、何とでもやっていけるだろ。
「クロイさん・・・・・・いや、あえて言おう! 強敵と! 笑っていられるのも今の内だけだ。誓おう、今ここに!
僕は最強の称号を手にし、あなたを打ち滅ぼしてみせんと! その時まで・・・・・・さらばだ! せいぜい腕が落ちないよう、磨いておくがいい!」
駄目だこいつ。
こじらせてやがる。
おーい誰か、なんでもなおし持ってないかー。
「おにい、ちゃん・・・・・・」
最後はトウコちゃんか。
うん、お別れはもう済ませちゃったようなものだよな。
はは、この手触りともしばらくお別れか。
ちっとも帰ってこなかった俺がいうのも何だけど、ちょっぴり寂しいよ。
「うん・・・・・・うん!」
ぎゅう、と飛び込んで来るトウコちゃん。
ほいキャッチ。
あのね、と胸に顔を埋めたまま、言葉は続く。
「がんばる、から。すぐに追いつく、から。だから・・・・・・!」
ああ、待ってる。
「うんっ! じゃあ、いってきます! おにいちゃん! おかあさん!」
行ってらっしゃい、トウコちゃん。
少しだけ赤くなった目を隠すように帽子をかぶり、手を振って駆けだしていく。
今日もいい天気だ。
三人の旅路も、きっとこんな天気のように、明るい光が差しているに違いない。
「ふふふ、私母親なのに、娘から別れの言葉ももらえないとか、どう思うクロイ君? ねえ、どう思う?
小さくっても女ってことなのね・・・・・・まったく、親の顔が見たいわ。私か! ううう、クロイくーん、とーこがぐれたー」
迫ってくるトウコママ。
あわわわわ、じゃ、じゃあ俺もこれで!
失礼しましたー。
あ、いかりまんじゅうありがとうございましたー。
またおじゃましますー。
と捨て台詞を残し、ダッシュで帰宅。
流石に人妻は抱き締められん。
「ンバーニンガガッ!」
おう、ポチ。
お前も気分が良いか。俺もさ。
今日はオールでDVD見ようぜ。
『ピカチュウカイリュウヤドランピジョンコダックコラッタズバットギャロップ』
あ、わるい。
携帯に着信入った。
誰だ・・・・・・・うげ。
出たくないけど、無視しちゃだめだよなあ。
もしもし、クロイです。
『私だ、ジャガだ。すまないな、クロイ君。急に電話を掛けて』
いえ、大丈夫です。
それで市長、今回はどんな御用件でしょうか?
『話が早くて助かる。君も知っての通り、リーグが建っている土地はソウリュウシティ預かりとなっている。便宜上は同じ市内、ということだ。
運営はポケモン公式リーグが行うのだが、土地の管理責任は私の管轄でね。実は建物の改修工事の際に、リーグの周囲に巨大な空洞が見つかってしまってな。
君に調査を依頼したいのだ』
ええっと、お請けするのはやぶさかではないのですが。
俺でなくとも、適任者は大勢いるのでは?
『うむ、それがだな、クロイ君。このイッシュ地方は他地方に比べ、埋没した遺跡の数が多いことで有名だ。
現リーグも遺跡の上に建っているようなもの、というのも釈迦に説法か。
5年前のリーグ開催地の移動の際、地下調査と発掘によって埋没遺跡の価値が低いため移動させても問題なし、と判断した君には。
調査団のリーダーであった君には。責任者であった君には』
いや待て。
待ってください。
リーダーとか、何の話です?
俺は一調査員としてしか関わってなかったはずですけれど。
それにゴーサインは出してないですよ。
最後まで反対してました。
『当時のソウリュウシティはカノコタウンと同じ憂き目にあっていてな。何としても人を呼び込みたかったのだよ』
いや、それって・・・・・・まさか。
『書類上では初めから君が責任者だな』
い、いやいやいや!
それはないですって!
なんだよそれ、何か問題が見つかったら、俺が全部責任取らないといけないってことじゃないか!
『全部ではなく、7割程度だ。後の3割は私の任命責任ということで、市長を辞することになるだろうが、それでもよかろう。
あれだけ大掛かりな施設を今更動かせんよ。ソウリュウシティを守っただけで私は満足だ。
無所属だった君は、我々にとってとても都合のよい人材だったのだ。わっはっは』
わっはっは、じゃねえよ!
なんだそりゃ、ヤドンの尻尾切りじゃないか!
さらっと何しくさってくれとんじゃい、このしゃくれが!
何だよその下顎は!
ウカムルバスか!
砕くぞ!
『ダブルラリアットで迎撃してくれる。ソウリュウシティを救うには私と、そしてもう一人の犠牲が必要だったのだ。そしてその者は有能であればある程いい。
君しかいなかったのだよ。諦めてくれ』
この・・・・・・っ!
汚いなさすが政治家きたない!
『そう怒るな。君が10代の時から色々ともみ消してきてやっただろうに。共犯者となるのは今更のことだ。
それに、我々の生き残る道もある。発見された空洞のことだが、これが少しずつ広がっているらしくてな。それを調べるのが今回の依頼、という訳だ。理解したかね』
もう、いいですよ・・・・・・。
やりますよやらせてくださいよ。
解りましたよ。
空洞が広がっている原因が地質的な問題であるのか、ポケモン被害なのか、あるいは人為的なもであるのかを調べろ、ってことですね。
それでジャガさんは、その空洞が人為的なものであると踏んだと。
人為的なものなら、リーグの周りにそんなものを掘るなんて、穏やかじゃないですね。
国に喧嘩を売っているようなもんだ。
集団戦のバトルを視野に入れたとしたら、イッシュで使える調査員は、確かに俺だけだ。
『うむ、頼んだぞ』
何だろう。
すごく納得いかない。
『かけひきというものはそんなものだ。私の持論だが、かけひきとは相手を負かすためのものではなく、双方の落とし所を探すためのものだと思っているがね。
政治家に限ってのことかもしれんが』
俺は政治家じゃないんで、解らないですよそんなもの。
『今から学んでおいたほうが将来役に立つぞ。私の後を継いで、市長になった時にな。アイリスが君が来るのを心待ちにしている』
あー、俺のガブリアスはあの子のお気にでしたからね。
じゃあ、今直に飛んでいくんで、よろしくお願いします。
『ああ、頼んだ。リーグの方に直接行ってくれ。すまんが私は職務があるので、市長室から離れることは出来んのだ。詳しい話はアデクに聞くように。それではな』
ピッ、と通話終了。
あああ、なんて厄介なことを・・・・・・。
今までのあの人の依頼とか、100%荒事だったじゃないか。
ええい、ちくしょうめ、行くしかないじゃないか。
ポチ、支度しろ。
少し遠出をするぞ。
「ニンガー?」
どこに行くのかって?
ソウリュウシティが北、イッシュ地方の最北部。
最強を目指すトレーナー達が集う場所。
トウコちゃん達の旅の終着点。
チャンピオンリーグさ――――――。
GE:リザレクション発売!
MH:X発売!
新作大型タイトル発売! 発売! 発売ッッ!
うおあああああああ!
時間がないのおおおおおおっおっおっ!
ナルメアお姉ちゃあああああああん!
ガチャガチャガチャガチャガチャ
私はもう
ダメ
だ