「流石です、店主。おかわりをください」
「あいよ~」
第二層にあるステーキやハンバーグといった現実にもある料理を扱った、プレイヤーが営むレストランにて獅子の食事を眺めながら、その食べっぷりに脱帽しているのだった。
ステーキ、ハンバーグ、ときてまたステーキを食べる。
もはや何人分食べたのかわからないし考えたくもないが、それだけの量を食べて未だに満足しない獅子について、今のうちに考えをまとめる。
プレイヤー名:アルトリア
性別:女性
メインアーム:曲刀
ステータス:AGI特化型
備考:私の隠蔽を見破る程の索敵スキルを有する。また、剣術の達人でもある。あとは大食い。
一先ず私の診た限りではこのくらいかと予想を立てる。
特にステータスに関しては確認したわけではないため、推測の域を出ない。
だが、AGI極振りの私をあれだけ振り回せるだけの速度が出ているのだから、あながち間違いでもないだろう。
「ところでアルゴ」
目の前の獅子について考え事をしていると、その獅子から声がかかった。
一体何ごとかと獅子の方へ視線を向けると、そこにはリスのように口いっぱいに肉を頬張る獅子がいた。
何を言っているのかわからないと思うが、思わずリスかと思ってしまうほど可愛らしい様子を見せる獅子がいたのだ。
だが、一瞬にして元の美しくも恐ろしい獅子の表情に戻っていた。
それはともかく、その獅子に返事をしなければ、またあの目で睨まれるだろう。
すっかり怯えてしまっている私は、しかし決してビビっていないと相手に思わせるため、あくまで余裕の表情を見せている。
「どうしたんだイ?」
そう問い返すと、アルトリアはとても驚きの一言を発した。
「第一層のボスを撃破したのは私です」
―――早速来たか。
まさに私が求めていた情報だ。
だが、アルトリアが強いのはわかったのだが、それでもボスを一人で撃破したというのを否定したい自分がいる。
そもそも、この言葉さえ本当かどうかわからない。
なので、私は直ぐに言葉を発さず、驚きもせず、続く言葉を待つ。
「と、言ったらどうしますか?」
やはりと言うべきか、彼女は私にカマをかけてきた。
現在、私がアルトリアを疑っているのは、彼女自身も勘付いていることだろう。
そんな私に、易易と情報を渡すわけがない。
逆に、少しでも情報を引き出そうとしているではないか。
しかし、その質問は私がやりましたと言っているようなものだ。
それに、彼女の纏う雰囲気が、嘘を付いているものとは思えないのだ。
ということは、それだけ規格外の能力を持っているのだろう。
「オレっちは情報屋だかネ、勿論皆に広めるヨ。そうしたら英雄の誕生、と言うわけダ。やったネ、ヒーローになれるヨ?」
これは本当のこと。
このアインクラッドにおいて、速くこの世界から脱出したいと考えるプレイヤーが大半を占めるだろう。
そんな世界だからこそ、人々は勇者を、英雄の存在を求める。
攻略不可能と言う者までいるこの世界で、第一層を突破したという事実はとても大きい。
しかもたった一人のプレイヤーが攻略したという噂つきだ。
その噂が真実だとしたならば、人々はそのプレイヤーに希望を見出し、現実に向き合うことの出来るプレイヤーが増えるはずだ。
このゲームはクリアできる、と。
そんな神輿として、噂のプレイヤーは格好の的なのだ。英雄として祭り上げやすい。
だが、おそらくアルトリアはそれを嫌がっている。
祭りの神輿になるのは嫌だ、と。
「そうですね、確かに英雄になれるでしょう。しかし、本当に一人で撃破したのならば、人々はこのゲームの攻略に積極的になりますか?今でさえ消極的なプレイヤーが多いでしょう」
だが、そんなアルトリアから否定することのできない反撃を受けることとなる。
事実、英雄視する者が現れるだろうが、それと同時に妬み、畏怖する者が現れてもおかしくはない。
そんなプレイヤーは、余計に攻略から遠のく可能性だってある。英雄様に任せてしまえばいい、と。
特にネットゲーマーの妬みは凄いという。
そしてアルトリアの指摘通り、現状攻略に消極的なプレイヤーが多いのも、また事実だ。
「そこで、貴女にお願いがあります。アルゴ」
続く言葉は、既に予想出来ている。
はじめに彼女が問いかけてきた時点で、こうなるだろうとは思っていた。
しかし、紡がれた言葉は私の予想していたものとは、大きく異なっていた。
「実力の高いプレイヤーを、最前線に立つことの出来るプレイヤーを集めてもらえませんか?」
全く予想していなかった言葉に、私は数瞬理解が追いつかなかった。
一体何のために強いプレイヤーを集めるのだろうか、と。
「アルゴ、貴女も察しているとは思いますが、私は祭りの神輿になる気はありません」
これはアルトリアの言うとおりだ。
言葉を交しているうちに、彼女が神輿になりたくないというのは感じていた。
「なので、別の神輿を作ろうと思います」
「……なぁアルトリア、自分が何を言っているかわかってんのカ?」
「えぇ、勿論。無責任な発言をしていることは認めます」
自分がやりたくないことを、人に押し付けようとしている。
確かに、現状攻略に消極的なプレイヤーも同じことをしていると言っていいだろう。
だが、彼女の場合はゲームバランスが崩壊しかねないほどの実力を持っており、皆が納得するだけの美貌がある。
人は見た目ではないというが、先頭に立つ者として、祭り上げられる人間はやはり容姿が整っている方がいい。
その点で言えば、アルトリア程うってつけな存在はいないのだ。
そんな彼女が、自分の好き嫌いで人の前に立つことを嫌がっている。
「アルゴ、私は王や指導者にはなりえません。あくまで私は剣士なのです」
「……そうカ」
「この世界をなんとしても攻略してやる、そういった気概を持ったプレイヤーこそ、神輿に据えるべきなのではないでしょうか。勿論実力も必要ですが」
―――確かにそうだ。
「それじゃあまるで、アルトリアはやる気が無いみたいに聞こえるゾ?」
そう、その言い方ではやる気が無い様にしか聞こえないのだ。
きっとやる気が無いわけではないのだろうが。
「えぇ、確かに他のプレイヤーに比べればやる気が無いといってもいいでしょう」
思わず目をむいて驚き、そして目の前の彼女を睨みつける。
この世界は常に死と隣り合わせと言ってもいい。
そんな世界からさっさとおさらばしたいがために、私は今まで私なりに戦ってきた。
だが、目の前のプレイヤーはそんな私の今までを否定するかのような事を言う。
「すみません、アルゴ。訂正しましょう。やる気が無いわけではありません。ただ、焦っていないだけです」
「……どういうことダ?」
一度自分を落ち着かせ、彼女の言葉の続きを待つ。
「確かに、私も速くこの世界から脱出したいという気持ちはあります。しかし、最終的に生きて脱出することが出来るのであれば、一年かかろうが二年かかろうが構わないのです」
しかしその言葉は、やはり無責任なものだった。
自分さえ生きていればそれでいいというもの。
確かに、この世界では綺麗事より生き残ることを考えなければならない。
しかし、考えなければならないのはこの世界のことだけではないのだ。
「なぁ、アルトリア。オレっちはタイムリミットを、約3年だと見ていル」
個々人のタイムリミットに差はあれど、それでも大凡のプレイヤーは3年程がこの世界に居続けられる限界だろう。
そうでなければ、先に現実の身体が死を迎えてしまう。
今の私達、約8400人のプレイヤーは、例外なく寝たきりの状態だ。
そんな状態が長く続けば、間違いなく身体が持たない。
「えぇ、恐らくそれくらいでしょう」
彼女は決して馬鹿ではない。
しっかりと現実を見ている。
その上での発言なのだろう。
「私が第一層を攻略するのに、約2週間かかりました。これは第一層のボスを撃破するうえで、万全の態勢を整えるのにそれだけかかったからです。しかし、これから先、階層が上がるにつれて、レベル上げ等の難易度も下がるでしょう」
確かに、彼女の言っていることは間違いではない。
大抵のゲームで見られるのだが、序盤より中盤や終盤のほうが、レベル上げが楽なのだ。
「それに、本来このゲームのボスは大人数での攻略を想定しているはずです。そのためのメソッドさえ得てしまえば、攻略ペースだって上がるでしょう」
そのボスを一人で倒したやつが何を言うか、と思ったが、話を腰を折る訳にも行かず、心のなかに留めておく。
確かに、このゲームを一人でプレイするのは愚者のすることか、余程自信のある者か、実力のある者、若しくはボッチだけだろう。
例えソロプレイヤーだとしても、ボス戦だけは多くのプレイヤーと協力して行わなければならない。
その為の方法、ボスとの戦い方が確立されていない今、まずはその体制を作ることが重要だろう。
「ですが、残念ながら私は多人数で戦う、ということをしたことがありません。指揮など出来るはずがないのです」
それも確かなことだろう。
今日漸く見つけたのが迷宮区からの帰り際。
この目でちゃんと戦闘を見たのは一度のみ。
その時も一人で戦っていたのだ。
「なら、指揮の出来る者を神輿に据えればいいと言うのカ?」
「えぇ、指揮者に一騎当千の力は絶対必要、というわけではありません。皆が認めるだけの指揮能力、なにより信頼が必要です。それに、私のような小娘に指示されるなど、反発が起こりかねません」
確かに、アルトリアのいうことは正しいだろう。こんな奴に指示されてたまるか、と。
しかし、本人は気づいていないだけで、アルトリアは私のような凡人には持たないカリスマ性を持っている。
今こうして相対しているだけで、跪いててしまいそうになるほどの魅力。
これが王者の風格なのかと、本気で思ってしまう雰囲気をまとった不思議な少女。
「アルゴ、一度この話は置いておき、一先ずボスのことについて話し合いませんか。これ以上この話をしても、直ぐには決着がつかないでしょう」
「……そうだナ」
そんな彼女から、突然話を切り替えるという提案。
私としても埒が明かずに少々疲れてきていたので、ありがたいと思い、乗っかることにした。
「アルゴ、貴女はボスの情報についてどれ程掴んでいますか?」
「そんな言い方をするってことは、何か大事な事知ってんのカ?」
さも何かありますといういいかに、質問で返してしまう。
しかし、私の情報屋としての直感が、次に彼女の言うことが重大なことだと告げている。
「えぇ、この層のボスは、バラン将軍、そして取り巻きのナト大佐です」
一度言葉を切る。
ここまではβテストの時と変わらない。
しかし、このデスゲームがβテスト時と全く変わらない、なんてことは無いはずだ。
「それと、バラン将軍のHPを残り1本のところまで削ると、トーラス族の王が登場します」
やっぱりだ。
そんな甘いはずがなかったんだ。
それもよりによって、攻略難易度がかなり上がっている。
仮にこの情報を知らずに攻略に行った場合、気の緩んだところに王の登場で全滅だってあり得る。
―――と、言うか
「もしかして、戦ってきたのカ?」
「えぇ。貴女に会う前に」
改めて、目の前の少女が規格外だと思い知らされる。
バラン将軍、ナト大佐だけでもそれなりの難易度だというのに、殆ど撃破するにまで至ったとか。
更に最悪な情報を持って帰ってくるのだから、こちらとしては堪ったものではない。
「流石のアルトリアでも、王まで撃破するのは無理だったのカ」
「えぇ、武器の耐久値と私のSAN値が持ちません」
―――アルトリアでもSAN値って知ってるんだな。
余計なことが思考を擡げるが、それよりどの道高い実力を持ったプレイヤーを集めなければならないらしい。
先ほど彼女が言っていたのは、なにも神輿のことだけではなく、このことを踏まえての事だったようだ。
「とにかく、人集めのことは了解しタ。何人か心当たりがあるから、そいつらを当たってみるヨ」
「頼みます」
そしてその後も、まだ食事を続ける彼女を見て唖然とするのはまた別の話だ。
―――気持ち悪い、か。
やはり女性には堪えるデザインだったかと、目の前に映るモニターを見ながら一人落ち込む。
どんなモンスターであれ、自分のデザインしたものを気持ち悪いと言われるのは、やはり気分がいいとはいえない。
『気持ち悪い!』
などと叫びながら戦う彼女の様子を見ていると気が滅入ってくるが、だからと言って見ないわけにもいかない。
『気持ち悪い!!』
グサグサと突き刺さる彼女の言葉は、どんな鋭利な刃物より鋭く、私の心を穿って行く。
しかし、ナト大佐、バラン将軍だけであれば、彼女なら突破も出来たのかと気づくと、やはり油断ならないプレイヤーだと再認識する。
バラン将軍のHPバーが4本削られ、いよいよアステリオス・ザ・トーラスキングの登場だ。
戦闘ログでは、この後彼女が逃走したとなっている。
『気持ち悪い!!!』
この戦闘中最大の声量での「気持ち悪い」。
一度町に出て彼女を見かけた時の印象とは全く異なる叫び声に、そこまで気持ち悪かったのかと、やはり一人落ち込む。
だからと言って、今更デザインを変えるわけにも行かないのが現実というものだ。
難易度の変更も、現状では考えていない。
もっとも、この先も彼女が一騎当千の力を見せつけるようであれば、考えを変えなければならないかもしれないが。
それにしても、
―――やはり、気持ち悪いのか。
彼女の魂の叫び声が耳から離れず、私は一人、膝を抱えるのであった。
やばい、いろいろとやばい。
キャラ崩壊とか考え方とか話し方とか、とにかくいろいろやばい。
なのでご指摘お待ちしております。