12/5:誤字訂正
ぷろろーぐ
眼前に迫る避けようのない死、急には停止することのできないそれは、無残にも私の命を奪い去る。
全身がバラバラに引き裂かれるような激痛、体の中身が滅茶苦茶にされるような感覚から逃げるためか、急激に意識がブラックアウトする。
今回のこの鉄道事故を起こした下手人、つまり、私を線路に突き落とした犯人の面を拝むことすらできず、ただなんの意味もなく死んでいく。
そもこちらの方へ引っ越してきたばかりの私には、生憎と殺されるような恨みを買った人間もいなければ、地元でも基本的にぼっちだった。つまり憎まれるような相手など、生まれてこの方できた覚えがない。なんせ生まれつき音が聞こえないのだから。
本当にただ無意味に死んでしまう。どこぞの狂人の快楽の為に、この身を穢され、潰される。
あぁ、せめて、人並みでいいから生きて行きたかった。
普通でいいから、幸せになりたかった。
―――ならばその願い、叶えてあげよう。
死んでいくはずのこの生命、いや、とうに失ったはずの意識が覚醒する。
聞こえてくるのは男とも女とも取れる中性的な声。それでいて子供のような、成人のような、老人のような。
―――これが”聞こえる”ということ。
死んでしまったショックがあまりにも大きくそのままスルーしてしまいそうになっていたが、私は今音というものを聞いている。
死んだことで、今まで望んでいた音が聞こえるようになるとは、なんという皮肉だろうか。
今なら地獄の亡者の気持ちがわかる気がすると、己の中に湧き上がる生への渇望を自覚すると共に、先程聞こえてきた声の内容を思い出す。
あまりにも不思議なその声の内容をそのまま受け取るならば、つまり自分は何らかの形で普通の幸せを手に入れることができるという。つまりはどういうことだろうか。
死者蘇生、輪廻転生?
宗教に興味のない私にとって、思いつくのはこの2つのみ。しかしながら、蘇生したところで、耳が聞こえないままであればきっと同じ道を辿るだろう。
ということは転生、というやつだろうか。
……なんで音が聞こえるようになっているのかは、死んだから、ということで片付けてしまおう。ついでにどうやって声がどんなのか表現できたのも、同じく死んだから、ということにしておこう。
―――ではこの3つの箱から、それぞれ一つだけくじを引きたもれ。
……この神様っぽい人物?は口調が不安定でなければ生きていけないのだろうか。それともそういうキャラ作り?
この際それはおいておくとしよう。変に突っ込んで藪から蛇が出てはこちらとしても困る。
さて、3つの箱からそれぞれくじを引く、ということだったが、その箱には、
「世界」
「容姿」
「特典」
と書かれている。
つまり、Go to 選んだ容姿で、選んだ特典を貰って選んだ世界へ、ということなのだろう。正直自分でも何を言っているのかがよくわからなくなってきた。
こんなアニメや漫画の世界でもあるかどうか、ということが自分の身に降りかかっている。これならもしかしたら火の粉のほうがまだいいかもしれない。
しかし、物は考えようで、せっかく普通になれるかもしれないのだから、これは寧ろ歓迎すべきことではなかろうか。
普通になれたのならば友人だってできるだろうし、音楽を聞くことだってできるかもしれない。
うん、ならば転生してもいいのではないだろうか。
私はまず、特典から選ぶことにした。これといって意味も意図もない。
「Fate/Stay Night アサシン(偽)の能力」
早速わからないのがきた。というより、アニメやゲームなど全く手を出していなかったので、知る由もない。
選んだくじには備考欄があり、そこには、
※この場合の能力は、秘剣・燕返しをはじめとした、アサシンの剣術、ないし戦闘能力、運動能力を指す。
と書いてある。
つまりよくわからない。
アサシン、つまり暗殺者の事のはずだが、暗殺者なのに剣術?秘剣・燕返し?それではまるで佐々木小次郎ではないか。
まぁあまり良くわからないということだけがわかった。
気を取り直して次のくじを引くことにしよう。
ある意味一番怖いと思えるのが、この容姿という要素だ。
先程電車に轢かれるまで、一応女と言うものをやっていたわけだが、この容姿しだいで男になる可能性もある。
そうなっては流石の私も受け入れられるか、受け止められるかがわからない。
えぇいままよ。とは口に出さずに心のなかで唱えつつ、容姿、と書かれた箱からくじを引く。
「Fate/Stay Night セイバー・オルタの容姿(味覚は含まない)」
※味覚は成長していくにつれて変化する。決してジャンクフードを好むような味覚は、初めからは備わっていない。ただし大食い。
わーいこれまたFateとかいうやつだー。
きっと神様っぽい人(以下Aさん)はFateとかいう作品が大好きなのだろう、そうに違いない。ところでセイバー、剣士というくらいなのだから、男なのだろう……はぁ。
そんな現実逃避はすぐに切り上げるとして、もうさっさと転生する世界も決めてしまおう。
そも転生する世界とは一体なんぞや、と思い、Aさんに問いかけてみたところ、アニメや漫画の世界だ、とのこと。
うん、そろそろ理解の追いついていない頭がオーバーヒートしてパーンと弾けてしまいそうだ。南無三。
どうでもいいが、セイバー・オルタという人物はジャンクフードが好きなのか。私も嫌いではないが、あまり量は摂りたくないものだ。
「ソードアート・オンライン」
そうこう考えている間に、さっさと世界についてのくじを引く。
この流れはFateだろう。などと思わなくもないが、そもそもFateがどういう作品なのかがわからない、というより、なにか恐ろしい世界のような気がするから、ある意味良かったかもしれないが。
なんせアサシンなんてものが登場する世界だ、普通に生きていける自信などない。名前からして普通じゃないこのソードアート・オンラインのほうが、まだ生きていける気がする。
オンライン、という言葉が使われている以上、インターネットが普及している、つまりは私が暮らしていた世界とあまりに大きな変化はないと考えても良い。楽観的かも知れないが。
ソードアートの部分は一体何を指すのかは具体的にはわからない。しかし、剣の芸術、なんて題名をつけられるくらいだから、剣に関する世界であることも考えられるだろう。
オンラインと、ソードという部分から察するに、きっとオンラインゲームの類だろう、それもかなり悪質な。
いつぞや漫画で読んだ、名探偵コ○ンの中に出てきた様な、ゲームの中に入ってプレイする、という事も考えられる。そしてゲームオーバーになれば……。
つまり、どっちみち普通に生きていける世界ではないのかもしれない。
いや、そもそもまだそのようなゲームだと決まったわけでもないし、そもそもゲームだと決まったわけでもない。
―――そろそろ良いアルか?
その言葉とともに薄れていく意識の中、せめて口調は安定させて欲しかった、なんて見当違いなことを考えていたのはここだけの話だ。
前世が過ぎ去り気がつけば16年もの月日が流れ、私は金髪美少女へと生まれ変わっていた。そう、自分で美少女といえる程の美少女に生まれ変わっていた。素晴らしい。男じゃなくてよかった。
さて、今世での私の自己紹介をしよう。
私の名前は佐々木アリサ、16歳。耳もちゃんと聞こえる普通の女子高生だ。
父は日本人、母はイギリス人と、所謂ハーフというものをやっており、金砂の髪に金色の瞳が特徴的な色白美少女だ。
普通に会話することがどれほど素晴らしいかを認識しつつも、残念ながら避けられる所為でやはり友達はいない。これは新手のいじめだろうか。
「買ってしまった……」
そろそろ現実を見よう、もとい現状を受け入れよう。
私が今現在手にするのは、ナーヴギアというヘッドギア型のデバイスで、そして机の上には今からプレイするゲームソフト、『ソードアート・オンライン』が置かれている。
転生する前にあれほど摩訶不思議アドベンチャーな考察していたくせに、結局買ってしまったのだ。
なんせ、転生特典のせいか、私の身体能力はまさしく異常も異常であった。
足の速さ、跳躍力、など、おおよそ人間のものではなく、さらに筋力はまだ常識の範囲内?とはいえ、それでも私のような
しかしながらそれを全力で発揮するわけにも行かず、また一度でいいから燕返しをしてみたいと考えているから、私にとってこのソードアート・オンラインはまさにうってつけの存在だった。
……さて、いい加減美少女云々はおいておこう。もう遅いかもしれないが。
「えっと……」
購入した際にちゃんとついてきてくれた説明書を手にとり、そして放り投げようとする手を抑えて必要なことだけを読み込む。
このナーヴギアという代物、ゲームの中で体を動かすためか、キャリブレーションなるものをして体のあちこちをまさぐり、身体情報を読みこませなければならないらしい。
この時点ですでに小型のコクーンのような気がしてならないのは、きっと気のせいだろう。
現在時刻は午後12時58分。あと2分ほどでゲームが開始される。
ソードアート・オンラインの世界へ転生するということになってからはや16年、自分がいた世界より少し先の未来の、普通の世界に来たと思っていたが、漸くそのソードアート・オンラインの世界とやらへ入ることができる。
確かに嫌な予感はしないでもないが、正直一度死んでいる身だ、いきなりこのナーヴギアがギロチンに変わったところで、無慈悲に、唐突にその刃を降ろされない限りは、大して変わりはしない。もっとも、今の両親には悪いとは思うが。
まあ気楽に行こう。これはあくまでもゲームであってギロチンでも電気椅子でもファラリスの雄牛でも炮烙でもないのだから。
「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」
そう思っていた時期が私にもありました。
感想にてご指摘いただいたため、書き加えて見ました。