ソードアート・オンラインってなんですか?   作:低音狂

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王は○○○に過ぎなかった。


王へと挑む兵達~後編~

 

 数瞬の間、目の前で起こった光景を理解することが出来なかった。

 黒を基調とした装備に身を包んだ小柄な女性、アルトリアさんは、何故ディアベルさんにぐったりともたれかかっているのか。

 いや、そもそも、どうして背中に傷を負ったことを示すライトエフェクトがかかっているのか。

 

 ―――そうだ、彼女の背中に直撃したんだ。

 

 いつまでも現実逃避している訳にはいかないと脳が勝手に判断したのか、私の気持ちなどお構いなしに、現実を直視させられた。

 戦いの前に彼女自身が言っていたことが、現実に起こったにすぎない。それがあくまで、言った本人の身に起こっただけに過ぎないのだ。

 ただ、こんな呆気無くやられてしまうだなんて、想像すらつかなかっただけ。私のことを、あんなに簡単に蹴散らした彼女が、誰かをかばって死ぬだなんて思っていなかっただけ。

 

「何をぼさっとしているのですか!さっさと敵を倒しなさい!」

 

 けれど、そんな私をいい意味で裏切るように、彼女の鈴のような声が耳を打つ。そう、彼女はまだ死んでは居なかった。

 やられても直ぐに立ち上がった彼女が、固まってしまい動けないでいたプレイヤー達を一喝する。

 その声に弾かれるように、皆が一斉にボスの方へ刃を向ける。そして女神の命に従い、王を討たんと駆け出す。

 

 ―――本当に良かった。

 

 彼女が生きていたことに、目の前で誰かが死ぬようなことが無かったことに安堵感を覚えるが、今は敵を倒す方が先だ。

 頭を切り替えると、女神の言葉に従う為、そして私自身の為にも、剣を握り直し、ボスの元へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――やはり、宴会費は全てディアベルに出させよう。

 

 減少していくHPバーが、残り2割程のところで停止したのを確認後、ディアベルから離れ、今とは全く関係のないことを考えていた。

 もともとは私も、いや参加者全員で出しあい宴を催そうと考えていたのだが、先程の行動で気が変わった。全部出させてやる、と。

 その上でお食事デート、もとい財布を食い尽くす儀も執行する。

 金を貸して欲しいと言われた場合、金利はどれくらいが良いだろうか、第三層には何か美味しいものは無いだろうか、と考えていると、どうやらボスが倒れている間にHPを削りきれなかったらしく、そのまま起き上がってしまった。

 だが、機を見てキリトが距離をとっていたらしく、その手からチャクラムが放たれた。

 

 ―――さて、どうするべきか。

 

 この一撃で、間違いなくボスのHPは尽きる。そして私達は、誰一人欠けること無く第三層へと進むことが出来る。

 だからこそ考えなければいけないのが、この後湧く歓声を、どのように壊すかだ。

 壊した後、どのように綺麗にまとめ、そしてディアベルに再び指導者をさせるか。ボス撃破が確定的な今、私の考えることはそのことだった。

 

「……勝った」

 

 名前も知らないプレイヤーが、呆然とし、呟くように言葉を発する。

 その声が周りに居る者達へと伝播し、人々は勝ったんだ、と口にする。

 その言葉はやがて歓声となり、この部屋を熱気が包む。

 だが、そんな歓声の中、一つの異質な乾いた音が鳴り響いた。そう、私がディアベルの頬を引っ叩いたのだ。

 その音を聞いたプレイヤー達は、先程の歓声が嘘であるかのように、一瞬で静まり返り、そして固唾を呑んでこちらを見守る。

 

「ディアベル、何故貴方は、あのような真似をしたのですか?」

 

 そして辺りが静かになったのを確認すると、皆に聞こえるように、一言一句丁寧に言葉を紡ぐ。

 あくまで怒っているような素振りは見せない。実際には怒り心頭に発する思いだが、今はそれより、彼の行動をいかにして利用するかを考える。

 

 ―――あれも、使えるかもしれません。

 

 初めてこのメンバーが集ったあの日、私がディアベルのことを元ベータテスターだと疑っていたことを思い出すと、これも今の状況に利用できるのではないかと考えた。

 仮にディアベルが元ベータテスターであった場合、余計にビギナーと元ベータテスターとの間にある溝が深くなる可能性だってある。

 だが、攻略組という一つの集団の結束力を高めることが出来るはずなのだ。

 これに関しては、最初にディアベルが私のことを女神だなどと言ってくれたことに感謝しなければなるまい。

 もっともこれは、前提条件のディアベルが元ベータテスターであるというのは、私の推測によるものでしかないため、本当に使えるかどうかは実際に確かめてみなければわからない。

 

「正直に答えなさい。ディアベル、貴方は元ベータテスターではありませんか?」

 

 回りくどいことを言う必要なんてない。率直に、是か非かを問いかける。

 これで是と答えるのであれば、私としても上手くこの状況を利用することが出来る。

 それにあながち、この推測も間違いであるとは言い切れない。

 最初の会議の際はあくまで私の直感と、観察した結果に過ぎなかったが、今回のこの行動は、元ベータテスター、若しくはボス攻略戦に参加したことのある人間でなければ出来ないこと。

 つまり、ラストアタックボーナス――以下、LAボーナスとする――の存在を知っているかどうかで、今回のこの行動が出来るか出来ないかが変わってくるのだ。

 今回、ディアベルがわざわざプレイヤーを下がらせ、確実にLAボーナスを取りに行ったことからも、彼が元ベータテスターであると推測することが出来るのだ。

 確かに、ゲームに精通している人にとって、ボスに最後の一撃を与えたプレイヤーに報酬がある、ということを推測してもおかしくはない。

 だが、このゲームで、それも初めてのボス戦でそれを試しに行ける肝の座ったプレイヤーなど、ここには居ないだろう。

 

「……あぁ」

 

 少し間合いを置いた後、ディアベルは是と答えた。

 これで彼を利用することにより、この攻略メンバーの結束力を高める方法を試すことに決める。

 勿論、上手く行かない可能性だって高いが、それでもこれをしないわけにはいかないのだ。

 

 ―――これじゃあ本末転倒な気がしなくもないのですが。

 

 もともと、私はリーダーになるのが嫌で、ディアベルをリーダーとして指名した。神輿になどなりたくなかったのだ。

 だが、今から私がしようとしていることは、その神輿になりにいくようなもの。

 

 ――ーどのみち、もう手遅れかも知れないですしね。

 

 このボス攻略戦前、彼に「女神からも言葉が欲しい」と言われた際、私は特に否定せずに、そのまま言葉を紡いだ。

 これでは、私が女神として祀られることを認めているようなものなのだ。

 

 さて、話を戻そう。

 どうして彼が元ベータテスターであるということが重要なのか、それは先程も言ったようにLAボーナスというのが関係してくる。

 このLAボーナスというのは非常に強力な武器防具の類で、そこらに売っている様な、NPCから購入できる様なものとは比較することさえ烏滸がましい。

 優秀な装備品だからこそ、より強くなりたいプレヤーはこれを求める。

 今回ディアベルがどうしてこのような危険を犯してまで求めたのか、あくまで予想でしかないが、より皆からの信頼を集めるために、自分を強化することを望んだのだろう。

 指導者として皆を引っ張っていく存在が、とてもではないが戦えないプレイヤーでは、誰も付いていこうとはしないだろう。そんな者がリーダーと名乗るのであれば、私が力尽くで引き摺り下ろしかねない。

 それがわかっているからこそ、彼はより強い装備を求めた。現状では私に勝てないとわかっているから、装備をもっと充実させようと考えた。このように考えるには、元ベータテスターでなければ出来ないはずだからだ。

 

「改めて問います。ディアベル、何故貴方は、あのような真似をしたのですか?」

 

 ここまで考えていれば、先程の怒りも凡そ鎮まり、今は冷静に物事をすすめることが出来る。そう思い、改めてディアベルに問いかけた。

 するとディアベルの口から語られたのは、私の予想通りの事だった。

 決闘騒ぎの際に見た私の強さ、あれを目の当たりにしては、自分の力などちっぽけに感じてしまった。だから、皆をまとめるために、自分への信頼を集めるために、強さを求めた。

 

「その結果、君に、ここにいる皆に迷惑をかけてしまった。煮るなり焼くなり、好きにしてくれて構わない」

 

 すっかり覚悟を決めたディアベルは、目を瞑り、静かに私の裁定を待つ。

 煮るなり焼くなり蒸すなり干すなり好きにして良いと言った以上、その通りにさせてもらうことにする。

 だが、今から行うことは賭けの要素が強い。

 ディアベルをこのままリーダーにしておくなど、本来であれば認められないことだ。

 強くなりたい、信頼を集めたいが為にあの様な危険な真似をしでかしたからだ。

 それでも、私は彼に指導者を任せたいと思っている。具体的な理由などない、私の勘でしかないが。

 だから、彼が道を踏み外しそうになったときは、今回みたいに修正してやればいい。彼を指導者として据える以上、私も責任を負えばいいのだから。

 そう結論付けると、私は考えたことを実行すべく、手元に目をやるが、そういえば先程武器を落としてしまったことを思いだす。

 幸いというべきか、ディアベルの用いる剣は一般的な西洋の剣だ。私の容姿と相まって、今回の儀式にはうってつけであるといえる。

 

「ディアベル、武器を渡しなさい」

 

 一体何をするんだ、と周りのプレイヤーがざわめき始めるが、当のディアベルは静かなもので、それで首を斬られても文句は言わないだろう。

 特に何かを言うこともせず、ただ黙って、私に剣を渡した。

 私はそれを両の手で受け取ると、鞘から剣を抜き出す。本来であれば抜身のままで渡して欲しかったのだが、意図を知るはずのないディアベルは、鞘に入れたまま渡したのだ。

 だが、私自身特にそれに文句などない。鞘から剣を抜き出すと、その刃をディアベルの方へと突きつける。

 ざわめきはより一層大きくなるが、私はそれに構わず、剣先を移動させ、ディアベルの肩へと剣を乗せた。

 何をしようとしているのか理解したディアベルは、その場に跪き、頭を垂れる。

 

「これより、貴方の命は私が預かります。貴方は私のために戦い、我々を勝利へと導き、そして死になさい」

 

 そこには人権など無いかのような誓いの言葉。

 何も、この城を制覇した暁には自害せよ、等と言っているわけではない。

 命を最後まで使ってこそ生き様、悔いなしと笑って死に様。それを見せろと言っているのだ。

 その上で、今ここにいるメンバーも、そして居ないプレイヤー達も率いて、この城の頂を制圧しろと、そう言っているのだ。

 

「死ぬはずだったオレを助けてくれたのは、貴女だ。ならばこの命、貴女のために使い、皆を導き、そして死ぬことを、ここに誓いましょう」

 

 今ここに、騎士の誓約は相成った。これから彼の命は私の預りとし、このアインクラッドが攻略されるまでの間、彼は私の為に戦い、そしてその屍を晒すことが決まった。

 後は皆を導いていく為にも、ディアベルを再びリーダーの座に置く為にも、もう一つ大事なことが残っている。

 

「皆も、彼の言葉を聞いたはず。ならばどうか、再び彼に付いて行って欲しい」

 

 そう言って頭を下げる。

 彼の命を預かると言った以上、そして彼をまた指導者として推薦する以上、私が頭を下げるというのが筋というもの。

 

「で、でも、また今回みたいなことがあったら……」

 

 しかし、やはりと言うべきか、不満を漏らす声が聞こえてくる。

 これに対する解答は、既に用意してある。

 

「その時は、私が彼を殺します」

 

 この言葉には、この場で傍観していることなど出来るはずがなく、全員が反応を示した。勿論ヒースクリフも含む全員がだ。

 紛れも無い私自身の本心であり、決して嘘をつくつもりではない。

 もしもこれから先、彼が今回のようなことをしでかした場合には、私の手で彼を殺す。

 

「そして私の身を、好きなようにしてくださって構いません」

 

 これもまた、既に覚悟していること。

 その結果、殺されようが犯されようが、私はそれを黙って受け入れる覚悟はある。

 勿論、私だって殺されるのも犯されるのも嫌だ。しかし、今ここで手っ取り早く信頼を得るにはこれぐらい言っておかなければならない。

 それほどまでに、先のディアベルの行動と言うのは許されないことなのだ。

 

「どうして」

 

 しかし、この言葉に口を挟んできたのは、今なお跪くディアベルであった。

 どうしてそこまでして、自分をリーダーにしておきたいのか。どうしてそこまで信用できるのか、ということだった。

 

「ディアベル、私は、貴方自身を信用しているわけではありません」

 

 確かに、もともとは多少なりとも信用のようなものはあった。

 だが、此度の件でその信用も無くなったと言える。

 

「それでもなお、貴方にリーダーとして皆を率いてもらいたいのは、私が、私の勘を信じているからです」

 

 そう、なにも、私が信じているのはディアベル本人ではない。

 初めてディアベルに会い、そしてリーダーを任せると言ったときもそうだったが、私は私の勘を信じているからに他ならない。

 だからこそ、私の身を好きにしていい、等ということが言えるのだ。

 

「だからディアベル、私から信用を勝ち取ってみなさい」

 

 この発言や態度が、後にこっ恥ずかしい二つ名を授かる原因となるのだが、今の私は知る由もないことだった。

 

 話を戻そう。

 私は今、彼に信用を勝ち取れと命じた。

 その言葉と同時に、手に持った片手剣で彼の喉元へと切っ先を突きつける。

 触れるか触れないかという距離は、このまま腕を伸ばせば彼の喉に剣を突き刺すことも出来る。つまり、いつでもお前を殺すことが出来る、という意志の現れでもある。

 いついかなる時であっても、彼が今回のようなことをしでかした時は、その時は私が責任をもって彼を殺す。

 けれど、そうならないと、彼は今後このような真似など決してせず、私の信用を勝ち取ってくれると信じている。勿論これも、私の勘だ。

 その言葉の後に、今度は地面に剣を突き刺した。

 

「ディアベル、この剣を抜きなさい。そして、再びリーダーとなる意志を、皆に示しなさい」

 

 私の言葉に一つ頷くと、彼は立ち上がり、柄の部分に手をかける。

 しかし、直ぐに抜くような真似はしない。

 

「皆、頼む。もう一度オレについてきて欲しい。今度はもう、間違いなんて起こさないから」

 

 迷いなんてものは無い、真っ直ぐな瞳で皆を見つめる。

 覚悟を見せたディアベルの言葉、そして意志の宿った瞳は、どうやら皆に伝わったようで、皆口々に賛成の声を上げる。

 中には口笛を吹く者、拍手をして意思を表すものもいる。

 

「ありがとう、―――ありがとう!」

 

 礼と共に、彼は柄を掴む手に力を加え、勢い良く剣を抜き、そして、この剣は聖剣だと言わんばかりに掲げてみせた。これには拍手の音も大きくなる。

 一悶着はあったが、これでもうしばらくは、この攻略組は安泰であるといえるだろう。

 もっとも、今後はあのキバオウさん達をどうすべきか、また新たに攻略組に参加したいというプレイヤー達をどうすべきか、という課題が残っているが。

 まぁ今は、この戦いの余韻に浸らせてもらうことにしよう。

 流石に今回の戦闘は、今までで一番肝を冷やされたのだから。

 

 余談だが、後にこの、剣を地面に突き刺し抜かせる、という行動が、私にこっ恥ずかしい二つ名を、通名を付ける原因となるのだが、それはまた後日ということにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――なるほど。

 

 今回の戦闘において一つ不可解な件があった。

 それは、彼女、アルトリアの背中にボスのソードスキルが直撃したのにも関わらず、その一撃でHPが全損しなかったことだ。

 彼女のステータス――正確な数値は確認していない――、装備などから、あの攻撃でHPが吹き飛んでいても可笑しくはない。

 だが、それでも彼女は生き残った。

 そのことが気にかかっていた私は、此度の戦闘ログから、彼女がどのようにして生き残ったのかを調べてみることにした。

 するとどうだろうか、彼女は第一層のボス撃破に続き、またもや離れ業を見せてくれたのだ。

 

 ―――攻撃に合わせて、自ら飛んだか。

 

 言葉にすれば容易いが、実際に行うのはとんでもなく難易度の高いこと。

 飛ぶのが早すぎれば、威力を殺すことは叶わない。逆に遅ければ、飛ぶ前にHPを飛ばされる。

 そもそも彼女は、この時ディアベルの方へと視線を向けていた為に、ボスの動きなど視界に入っていなかった。

 にも関わらず、彼女はきっちりと攻撃に合わせ、飛んでいるではないか。

 これを理解した瞬間、心臓を鷲掴みにされた様な感じがした。

 勿論疑いもした、否定しようともした。だが、現実はそれをさせてはくれなかった。

 彼女は確かに、攻撃に合わせて飛ぶことで、その威力をある程度殺したのだ。

 

 ―――天才、か。

 

 こと戦闘において、彼女の右に出る者は、この世界には居ないだろう。そう思わされるほどの実力が、そして才能がある。

 仮に私が戦い、システムのオーバーアシストを使用しても、確実に勝てるというイメージが湧かない。

 これは今後、ボロを出さないためにも彼女との戦闘は避けなければなるまい。そう決めた私は、一人窓から見える星を眺めるのだった。

 

 




王は踏み台に過ぎなかった。

というわけで、第二層は年内に終わらせることが出来ました。
次回、後日談や攻略戦の前にあった話などになります。
王は踏み台に過ぎなかったとあるように、第二層ではボスを倒すことよりも、攻略組という一つの集団の結束力を高めることが目的でした。
決して後付けの理由などではありません……ありませんとも。
今後、初期から参加しているメンバーと、そうでないメンバーとの間に生まれるものがあります。
その辺りはまたいずれということで。




P.S.
今回は、とあるカジキマグロから台詞をお借り致しました。

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