機動戦士ガンダムSEED ザフトの名参謀? その名はキラ・ヤマト 作:幻龍
東部戦線からサンクトペテルブルク攻略が完了したことを受けて、派遣軍総司令部の面々は喝采を挙げた。しかし、総司令官のタリアは浮かれている者達の気を引き締める為に口を開く。
「戦略でいえば第2段階が終わったというところよ。ユーラシア連邦の臨時首都になっているモスクワを制圧しなければ勝ったとは言えないわ」
タリアはそう言って派遣軍総司令部の浮かれた空気を一気に排除する。浮かれていた者達も司令官の言葉を聞いて、表情を元に戻し職務に取り込み始める。
「守備軍はほとんど壊滅状態でモスクワ方面に脱出したのは僅かな数だそうです。これなら準備さえしっかりすればモスクワを落とすことは充分可能でしょう」
「モスクワは臨時政府の本拠地。付近に近づけば恐らく嘗てないほどの激戦が展開されるでしょうね。さすがに臨時とはいえ首都を落とされたら誰が見てもユーラシア連邦の負けと見られるでしょうから」
それでもモスクワを攻略するには自分達プラント軍の協力があっても、かなり骨が折れるだろうとタリアは考えていた。
「東部戦線担当者が無茶な作戦を実行されなければいいのですが……」
「派遣した増援の心配は無用よ。その様なことを見越して予め上が手を打っておいたから」
プラントは軍を派遣する際、派遣した軍に独自の指揮権と命令拒否権を持たせるよう条件に出したのである。ヨーロッパ連邦上層部は最初独自指揮権を持たせることに難色を示したが、プラントはそれがない場合は軍の派遣せず支援もしないと通達したので、結局ヨーロッパ連邦はプラント側の条件を全て呑んだのである。その結果、プラント義勇軍は現地で独自の指揮権を持つ独立遊撃部隊といった扱いになっている。
「サンクトペテルブルクは攻略され、モスクワ攻略が近いのに海峡を挟んで駐屯している大西洋連邦軍は静かです。ここまで何のアクションも起こさないとは……」
「こっちとしては助かるわ。東部戦線が終わるまではなるべく相手をしたくないもの」
一応タリアの率いる義勇軍が派遣軍の主力といえるが、それでも大西洋連邦軍の増援が大挙して侵攻してくれば、戦力集中が完了していないプラント軍にとって厳しい戦いになることは明らかだった。
だから、現状での再戦はプラント軍にとって避けたいのである。
「しかし、このまま大西洋連邦が援軍が来るまで何もしないというはあり得ません。先の敗退を払拭すべく敵指揮官が焦って攻撃を仕掛けて来る可能性もあります」
「充分ありえるわね。何せ極東の件と今回の件で地球連合の面子は丸つぶれになったから」
特に地球連合の主導的立場であった大西洋連邦の面子を大いに傷つけている。前大戦から約一年しか経ってないが、大西洋連邦が本格的な戦争を仕掛けて来ることもあり得るのだ。
「兎も角私達はこちらの守りを固めましょう。ヨーロッパ連邦からのお土産は本国に送ったのかしら?」
「はい。三日前にジブラルタルに搬送しました」
「そう。ご苦労様。上はあれを見たら喜んで調査するでしょうね」
タリアは上の連中が狂喜乱舞しながら送り物を調べる姿を想像してしまい、彼女は思わず苦笑してしまうがすぐに表情を引き締め、参謀達と大西洋連邦軍が侵攻してきた場合どう戦うか話し合いを続けることにした。
その頃プラント軍参謀本部内では、ヨーロッパ戦線についての作戦会議が連日行われていた。
「サンクトペテルブルクは陥落。ヨーロッパ連邦軍はモスクワ攻略に取り掛かっているそうです」
「大西洋連邦の援軍来訪が間近だという情報があるからな。ヨーロッパ連邦の政府高官が急いで攻略しろと背中をせっついているのだろう」
アウグスト参謀総長はこの場に集まっている出席者達にそう言いながら、画面に映し出されたヨーロッパの地図を眺める。
「そうですね。尤もヨーロッパ連邦はユーラシア連邦と大西洋連邦に挟撃されていますから、それを何とかすることは戦術的にも戦略的にも間違ってはいませんけど」
キラはヨーロッパ連邦の地理的劣勢を述べる。
ヨーロッパ連邦は東をユーラシア連邦、西を大西洋連邦に挟撃される形になっている。これは戦略上不利な陣形であり、ヨーロッパ連邦の国家が生き残る為には何としてでもこの包囲網を破る必要がある。
「我が軍の増援もあるし、ヨーロッパ連邦軍の士気も高い。本格的な攻勢が始まったらモスクワ陥落も時間の問題でしょう」
「しかし、ユーラシア連邦があの戦術を取ったら厄介なことになるだろうな」
アウグストはユーラシア連邦の中心となっている例の国の戦術を思い出し、難しい顔をして唸る。
「焦土作戦ですか……。確かにその可能性はありますね。尤もそれをやった場合、ユーラシア連邦は戦後の復興が大変なことになりますが……」
「恐らくその作戦をユーラシア連邦が取った場合、敗戦したヨーロッパ諸国から搾り取って何とかするつもりでしょう」
キラはそう言いながらユーラシア連邦政府高官達の捕らぬ狸の皮算用な思考に内心呆れる。
無論ユーラシア連邦軍が焦土戦術を取る可能性は現状では低い。しかし、ここまで連戦連敗で厭戦気分が漂っているユーラシア連邦が自棄になって実行する可能性も否定できない。
「……焦土作戦を敵が取り始めたら、戦線をポーランド付近まで後退させましょう。流石に冬将軍を相手にはできません。それと後退したら以後は守りに徹底させた方がいいでしょう。次いでに万が一ユーラシア連邦軍が遠征に来た場合、余裕があったら叩き潰してしまうのもいいでしょうね。援軍としてきた大西洋連邦軍と呼応されたら厄介ですし」
「理に適っているな。東部戦線に派遣している連中に命令を下しておくとしよう」
キラの案が採用されることになり、東部戦線で万が一敵軍に焦土作戦が取られた場合、プラント軍は戦線を後退させることになった。
次に話し合われたのはユーラシア連邦を助ける為、援軍としてやって来る大西洋連邦軍についてだった。
「派遣軍からはブリテン島にいる大西洋連邦軍は今のところ動く気配はないそうです」
「情報通りだな。やはり、緒戦に敗れたことが士気を低下させているようだ」
「だが、相手はあの大西洋連邦軍だ。どんな手を使ってくるかわからんぞ」
出席者達はアラスカでのサイクロプスを思い出したのか顔を強張らせる。しかし、すぐに気を取り直して表情を元に戻し話し合いを続ける。
「ブリテン島に展開する大西洋連邦軍は現在こちらに侵攻する準備を整えている可能性が高いだろう」
「増援が来たら一気に蹴りをつける為にか?」
「恐らくそうかと……。長期戦は唯でさえ復興が始まった大西洋連邦各国に打撃を与えます。そうなれば最悪革命が起こるでしょう。それ故に大西洋連邦は短期決戦で勝利を掴み、有利に講和しなければいけません」
キラの言葉に出席者達は「確かにそうだな」と言いながら、こちら有利に変わりないことを再確認する。
「ところで派遣軍の連中から送られてきた物はどうするのだ? 我が軍はすでに量産型水中MSの開発を開始しているのだぞ?」
「それについては現在グラム社の工廠で解析を行っています。何せ連合の水中用MSの性能はこちらのMSを凌駕していますし、その秘密は知りたい所ですから。……いっそのこと計画を見直しますか?」
キラはここぞとばかりに水中用MSの開発計画修正を提案する。原作知識で連合の水中用MSの性能を知っているが故に、ここで計画変更を提案するも悪くないと考えたからだ。
キラの提案に一部の出席者達は頷いたものの、その他の者達は疑問を呈する。
「ちょっと待て。今更計画変更は難しい。技術解析で得たデータを反映した水中用MSは次世代機して生産すべきではないのか?」
「今から計画変更をしていては戦力再編に問題も出る。キラ参謀長。君の意見も分かるがここはやはりすでに開発が進んでいるアッシュを優先すべきではないかね?」
「……確かに今から計画の変更は現場の負担が大きいですね。わかりました。アッシュの開発と生産を優先します」
キラは水中用MSはアッシュの生産を優先すべきだという意見に道理があると判断し、自案を引っ込めることにした。
「兎も角だ。此度の戦争の鍵はユーラシア連邦が降伏するか否かだ。それが為されれば大西洋連邦は大義名分を失い撤退するしかない。派遣軍には一層の奮闘を祈るしかないだろう」
「そうですね。ユーラシア連邦が降伏すれば大西洋連邦は引き下がるでしょう。派遣軍とヨーロッパ連邦軍の働きに期待しましょう」
参謀本部は新たな情報が入ってくるのを待ちながら、この紛争に勝利すべく話し合いを続けることにした。
サンクトペテルブルク。嘗てロシア帝国の首都であったこの大都市は、先日までユーラシア連邦の一大拠点であり、ロシアの外海への玄関口でもあった。
しかし、数日前の戦闘により現在はヨーロッパ連邦の支配下に入り、ここで現在ヨーロッパ連邦軍はユーラシア連邦の首都であるモスクワを攻めるべく、準備を整えている真っ最中だった。
その準備が終わるまで久しぶりに休暇を貰ったアスラン、イザーク、ディアッカの3人は復興が進む街に繰り出していた。
「次はユーラシア連邦の臨時首都モスクワか……。そこを落とせば、活躍した者にネビュラ勲章を与られるっていう噂があるぜ」
「あくまで噂だ。あんまり期待しない方がいい」
ディアッカは店舗に並べられている地元土産を確認しながらそう言い、アスランは少し浮かれているディアッカを嗜める。
「モスクワ攻略戦は嘗てないほどの激戦になるかもしれん。気を引き締めろディアッカ!」
イザークは少しマイペースなディアッカを叱責する。
ディアッカはイザークの堅物ぶりにやれやれと思いながら、彼をリラックスさせるために言葉をかける。
「イザークは気を張りすぎなんだよ。もうちょっと気楽にいこうぜ」
「わかっている。久しぶりの休暇だからな。精々楽しむつもりだ!」
イザークはそう言って自分達が昼食を取るべく探していた目的の店に入っていき、アスランとディアッカは顔を見合わせて苦笑しながらイザークの後を追うのであった。