何も無い。
色が無い。
圧が無い。
音が無い。
匂が無い。
味が無い。
此処は何処なんだ?
此処とは何処だ?
何処から此処だ?
俺は何処なんだ?
俺以外は何処だ?
何処が俺なんだ?
今が何時か解らない。
自分が何時居たのか解らない。
何時からが今なのか解らない。
今より前が在るのか解らない。
今より後が在るのか解らない。
今でも今が在るのか解らない。
何も解らない。
自分が解らない。
言葉が解らない。
世界が解らない。
常識が解らない。
奇跡が解らない。
解らない事が解らない。
何故五感以外が解らない?
何故此の場所が解らない?
何故今此の時が解らない?
何故解れぬのが解らない?
………何故解っていることが解らない?
そうだ。
無いことが解るのならば、それは無を知るのと同じだ。
自分すら無い此処で何かを求めるなら、それは自分が此処に成ったことと同じだ。
今すらない此処で自問自答出来るなら、それは自分が時間の全てに在るのと同じだ。
何も解らないのに解らないことが解っているなら、それは何もかもを理解したの同じだ。
………解っていることを解ってしまったなら、此処はもう何処でもない所じゃなくて俺の世界だ。
此処は俺の世界だ。
だけど俺はこんな世界に耐えられない。
俺の世界は此れ程のモノは取り込めない。
だから要らないモノは吐き出そう。
だけど少しくらいは残せるから残しておこう。
幸い誰かが残し易いカタチにしてくれてたみたいだから此れを基に残そう。
俺の世界が縮みだす。
要らないモノを吐き出したら世界が生まれた。
吐き出したモノが多過ぎて俺よりも大きくなった。
そして吐き出したことに怒ったのか俺に戻ろうと襲い掛かり始めた。
だけど怒られても俺では取り込めない。
だから逃げよう。
追い出される。
逃げようとしたらもっと怒ったのか追い出された。
道は在るから戻ることは出来ても取り込めないなら戻っても意味が無い。
だけど追い出されても行く所が無い。
だって俺は中身だけで入れ物は壊れてるんだから。
だからどうにかしよう。
不思議と
入れ物に還らなければ直ぐに消えてしまう。
ならば入れ物を直す。
ついでに吐き出さずに残したモノを詰め込める様に。
だから直すだけじゃなくて今迄より強くしよう。
それなら吐き出さずに残したモノでも出来るから。
完全に追い出された。
当たり前と思えることを当たり前に出来なくなった。
全能が奇跡と常識に分かれた。
全知が始点と極点に分かれた。
世界が自分と他者に分かれた。
俺が意識と無意識に分かれた。
そして入れ物が在った場所へと
・
・
・
草の香りがした。
土の香りもした。
夜の薫りもした。
そして………血の香りもした。
血の香りに気付いた瞬間、特攻したことを鮮明に思い出して跳ね起きた。
そして跳ね起きて直ぐに全身を触ったり見たりしたが、怪我どころか疲労すら無い。
欠損した腕は事実を否定する様に無傷で存在した。
大量失血した血は事実を否定する様に血色の良さと思考の冴えを見せていた。
粉砕寸前だった骨は事実を否定する様に自重を支えていた。
断裂寸前だった肉は事実を否定する様に滑らかな動きを実現していた。
そして、過剰魔力供給で異常励起させ続けた魔術回路は…………………………冗談の様に見違えていた。
は?
ナニコレ?
ワケガワカラナイ?
何で傷ひとつ無いんだ?
いやそれよりも何で100倍くらいに成ってんだ?
暫く何が俺自身に起こったのか考えていたが、俺の勘違いかもしれないから、試しに強化擬きを使って地面を殴ることにした。
が、魔術回路を励起させた段階で体から漏れ出た魔力が突風の如く吹き荒れ、驚いて尻餅を付いたから地面を殴ることは無かった。
暫く呆けていたが、次にコレが夢かと疑いだしたが、生憎夢の証明方法や否定方法何て俺は知らない。
夢でも痛みは感じるだろうし、夢で知らないことを知っても今迄の知識の組み合わせの可能性も在るし、夢で死んでも現実では昏睡で寝っぱなしの可能性も在るし、何より現実の証明方法自体が解らないから意味無い。
……………うん、哲学的なのは俺には似合わないな。
夢か現実かなんてどうでもいいな。
夢か現実か解らなければ現実として行動するだけだ。
そして夢なら経験が積めたと割り切って流せばいいだけだ。
……………明晰夢ならハッチャケるけどな。
……………結局夢か現実かは解らなかったが、とりあえずそのことはもういい。
で、結局俺に何が起こったのかに戻るわけだが…………………………さっぱり解らないな。
………………………………………大切じゃないけど大事で、貴重じゃないけど希少なナニかが俺に起こった筈なんだが……………………………………………………ちっとも思い出せない。
…………………………いっそ何が起こったかじゃなくて、前と何が変わったかを比較しよう。
ええと………医者じゃないから詳しくは解らないけど、骨や肉は頗る健康。寧ろ大幅にレベルアップした感じがする。
血や内臓も医者じゃないから詳しく解らないが、頗る健康。寧ろ忍者並みに強靭な気がする。
魔力や魔術回路はもう出鱈目な性能上昇。多分全力で単純な魔力放射をするだけで間桐の家の地上部分は吹き飛ばせそうだ。
使える魔術は強化擬きと魔力放射とお粗末さは変わらない。だけど無から有を発生させる魔法は使える。
………………………………………………………………………………あ、魔法が使えるんだ。
………………………………………いや、なんか実感は在るけど喜ぶ程のモノとは思えないな。
何せ特攻の末、ワケも解らない間に「」に至って持ち帰ってたんだから、感慨が微塵も沸かない。
おまけに俺は別に魔法なんて爺を消滅させる便利で陳腐な奇跡としてしか求めたことがないから、間桐を飛び出た今頃に手に入れても今更感が拭えない。
止めに魔法使いは裏から注目浴び捲って普通に生活出来ないだろうから、寧ろ厄介な代物にしか感じられない。
……………多分、時臣の野郎が俺の心情を知ったら憤死しそうだな。
…………………………野郎が泡吹きながら引っ繰り返って死ぬのは見てみたいが、葵さん達が悲しむから止めとこう。………ってそうだ!葵さんだ!!!
そうだそうだそうだ!!!何を悠長にしてるんだ!生きてたら告白するって決めたんだ!!告白して気持ちにケリを着けるって決めたじゃないか!!!
こうしちゃいられない。とっととチーフにクビ覚悟で休暇申請して日本に行こう。
自分のヘタレ具合を痛感した今じゃあ、時間が経てば適当に理由付けて現状維持を図るのは目に見えてるしな。
だから行動は速い方が良いだろう。
幸い、手足の延長上の感覚で魔法が使える(と思う)から、大抵の困難は何とか成るだろう。
それじゃあ先ずは会社に戻って、それから謝罪と開き直りの休暇申請から始めるとしよう。
………いや、先ずは詫びの品としてシャトーの1973でも買いに行こう。
……………ついでに部屋に常備してる栄養ドリンクを10ダースも持って行こう。
・
・
・
……………まぁ、どんなに高性能な乗り物を使えても、現在地と目的地の位置情報が解らなければ大して役に立たないよな………。
ったく、一体此処は何なんだ?
何処かじゃなくて何なんだよ?
一面に広がる草原。しかも異常に魔力というか命が溢れている。
そしてソレに溶け込んでるかの様に存在する城。しかも出入り口の類が見つからないのに、中に居る奴の気配が大魔王かと思える程にヤバいと理性と本能が叫び散らしている。
おまけに空に浮かぶ月が距離とは無関係に矢鱈近くに感じる。しかも時間経過で動いている気配が一切無い。
…………………………うん。改めて普通の場所じゃないと断言出来るな。
おまけに地球上かどうかもかなり怪しい(最悪、御伽噺の妖精郷とかの可能性も在るかもな)。
しかも現状を構成している要素に想定外のモノを生み出して崩壊させたらどうなるかも解らないから、迂闊に魔法を使うことも出来ない(無茶して現実世界に戻った瞬間、重なって出現した挙句融合じゃなくて核融合で消滅とかは断固御免だ)。
………………………………………魔法が使えても状況分析力が伴わないから、実際は前の俺と余り変わらないな………。
……………自分の体内に効果を留めるなら外に影響は漏れないだろうけど、練習無しで自分を変革したら暴走しそうだから、俺の魔法なんて現状ではレアな特攻手段程度のモノだな。
魔法使いになっても俺はショボイな
しかし……………一体此れからどうする?
1.蠅男化や核融合の危険を承知で此処の構成を破壊して脱出を試みる。
2.1程危険じゃないが、此処の一要素に干渉して城に穴を開けて大魔王に接触してみる。
3.安全にレベルアップしてから問題解決に当たる。
4.住めば都とばかりにここで暮らす。
5.なんか目の前に現れた爺さんに尋ねる。
6.目の前の爺さんは爺と似た人外の臭いがするから逃げる(城の中の大魔王には劣るけど、魔王を名乗っても納得出来そうな存在感だし)。
…………………………熟考せずとも6で決まりだな。
戦闘能力ほぼゼロの鴨が葱を背負ってる状態が今の俺だもんな(自爆覚悟なら相打ちは出来るだろうけど)。
何より、目の前の無駄に豪快な笑みを浮かべた爺さんの全身から漂う超級の余計なお世話オーラと、傍迷惑な事態に巻き込まれると俺の理性と本能が全力で警報を鳴らしているから、関わらない以外の選択肢が思い浮かばない。
よし、それじゃ逃げよう。
しかも強化擬きじゃなくて、足が速くなる感じのモノを俺の体内に生み出しながら。
ぶっつけ本番だが、あの爺さんに捕まったらもっとやばい事になると未来が透けて見えるようだし。
そして、何処かの零零九すら置いてけぼりに出来る程の速度で目的地も無く俺は逃走した。
一瞬、超速度で行動出来るなら戦闘も出来る気がしたが、何と無く全方位遮断型結界に直撃して潰れる自分の未来が見えたから止めた。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
あれから地獄を見た。
と言うか地獄の責め苦を味合わされた。
まさかあの爺さんが吸血種27祖の4位の魔法爺だったとは………真面目に驚いた。
何せ幼児向けのステッキを使ってたんだからな。しかも二杖流。
そしてその姿を見た時、俺は腹筋が痙攣する程笑った。
貴族風の厳つい爺さんがファンシーステッキを両手で振り回す姿の破壊力は、個人が持ち得る視覚兵器としては間違い無く現代屈指のモノだと確信した。
おまけにステッキの片方が俺の前方の天空に、爺さんが魔法少女の格好をした姿を投影したから、俺は笑い過ぎて上手く走れなくなって捕まった。
当然捕まった俺はぶっ飛ばされた。
拳で殴殺するとばかりに何度もぶっ飛ばされた。
しかも、爺さんがステッキを脅して俺を、大事な所だけが露出している変態魔法少女の格好にさせた(幸い、画像データの一切を爺さんは残させなかったが)。
おまけに爆笑したことを余程腹に据えかねたのか、その格好の儘で戦闘訓練をさせられた(2日で見苦しいからと言う理由で普段の格好に戻れたが、その時一瞬でも解放感が足りないと思った時、俺は本気で死にたくなった)。
訓練は魔王ばりの爺さんの感覚で行われてるから、格好以前に純粋に死の訓練だった。
しかも俺の魔法が都合の良いモノを生み出して体の欠損を治せなきゃ(直す?)、今頃俺は確実に死んでいた。
何せ両手足や胴や顔の一部が、爆散したり千切れたり灰になったり氷ったり潰れたり裏返ったり自壊したりetcetc………、と、魔術の制御失敗時の反動は殆ど網羅したからだ。
だがその甲斐在って、俺の魔術の腕は爺さんに驚かれる程に成った。
無論自分でも驚いた。
何せ、全く変化が無いんだからな。
そう。
俺の魔術の腕は全然全く微塵も上達しなかった。
強化を試せば自壊させた。
変化を試せば自壊させた。
付与を試せば暴走させた。
投影を試せば爆発させた。
結界を試せば爆発(内外に向けて爆発)させた。
暗示を試せば崩壊(廃人化)させた。
治癒を試せば壊死させた。
発火を試せば爆発させた。
氷結を試せば砕氷させた。
加重を試せば圧壊させた。
送風を試せば発雷(高電離気体化)させた。
発雷を試せば蒸発(X線からラジオ波迄が超高出力で放射された)させた。
降霊を試せば蘇生(大規模バイオハザード状態化)させた。
飛行を試せば爆散させた。
転移を試せば爆砕(空間を)させた。
そう、何故か俺は魔力行使は兎も角、魔術行使の適正は頗る低かった。
正確には発動失敗(想定外の発動)迄は漕ぎ着けるから、そこそこ適正は在るみたいだが、どれだけやっても超暴走以外の結果が出なかった。
逆に強化擬きは魔力放出と言うスキルに迄昇華出来た。
他にも単純な魔力放射はAランク越えが可能な程に成った。
つまり、俺は魔力操作の適正は高いが、魔術行使の適正は塵と結論が出た。
無論、特攻魔術として系統付ければA++は堅いと爺さんは言っていたが、全然嬉しくない。
だが、魔術行使はサッパリでも魔法行使は非常識だと爺さんから太鼓判を押された。
何でも爺さんが言うには、外側からでなく内側から「」に至った俺は可也毛色の違う魔法使いらしい。
そして俺の本質が「」と不完全ながらも同化して限定的な全能状態な間に体を再構成したのが拍車を掛けているらしく、俺の体はその時俺が魔法を使う為に再構成したモノだから、魔法を十全に使う事に特化したモノらしい。
だから俺は魔法行使技術に限っては歴代最高と言ってもいいらしい。
ついでに第一魔法を先代を遥かに超えるレベルで行使しているとも言っていた。
何でも俺の先代は都合の良い性質を持ったモノを生み出すことは出来なかったらしいし、俺の非常識レベルでの汎用性も無かったらしい。
結局、最終的に俺は殆どの魔術を魔法で代行することで修行をクリアした。
何でも、祖の5位以内と戦っても10%以上で勝てると言うか相打ちに持ち込めるらしい(城の中の大魔王とならもう少し勝率が上がるらしい)。
まぁ、長かったが此れで漸く葵さんに告白しに行ける。
……………挫けそうに成る度、爺さんが俺の変態魔法少女の格好を記録した宝石(一品物)を弟子に会いに行くついでに渡すというので、俺が葵さんへの想いを忘れることは無かった(外に出て何をするかと言われた時、不覚にも言ってしまったことが悔やまれる)。
後、修行が終わってもたついてても渡すと言ってたので躊躇うことも不可能だ(告白すればあの時の画像が在る物は全て破壊するし作らないと言っていたのが救いだな)。
まあ、仕事場への報告は代わりに済ませてくれたり(謝罪品も自腹で渡してくれた)、面白そうだという理由ながらも修行浸けにしてくれたりもしたので、悪じゃないとは思う。が、善や正義とも程遠いと思う。
多分、基本的に愉快犯と確信犯を足した感じなんだろうな。
………恩を少なからず感じるが、向こうの娯楽に付き合ったからチャラだとしか思えない。
第一、俺と爺さんの関係に恩なんて綺麗なモノが存在するとも思えないし。
さて………と、慌ただしかった毎日が終わると思うと少し名残惜しいが、それでもやりたいことが残ってるからスパッと此処を発とう。
軽く言葉を交わすだけの淡白な挨拶だが、爺さんとの関係は此れくらいで丁度良いと思う。
そして呆気無く俺は普通の夜の草原に出た。
………さて、と。
それじゃあさっさと冬木に帰るとするか。
・
・
・
そして、無事冬木に着いた俺は葵さんに告白し、見事に振られた。
だけど、後腐れなく綺麗に振られたから、葵さんだけでなく凛ちゃんや桜ちゃんとの関係が悪化することは無かった。