カッコ好いかもしれない雁夜おじさん   作:駆け出し始め

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拾漆続・カッコ好いかもしれない雁夜おじさん

 

 

 

 自分の足に抱き付く桜を優しく抱え上げ、そっと胸に抱く雁夜。

 そして最大の目的だけでなく、他の御三家と教会への義理も果たしたと判断した雁夜は軽くその場の者達へ会釈すると、静かにその場を後にする。

 

 特に呼び止めもされずに扉を開けて礼拝堂の外に出ると、冬の夜気が雁夜と桜に絡み付く。

 だが、薄手と雖も高性能なウィンドブレーカー(綿入り)の前を閉じた二人には程好い寒さだった(桜のは雁夜が閉じた)。

 特に会話を交わさず、桜は無言で雁夜の胸に顔を埋め、雁夜は無言の儘優しく桜を抱き締めながら玉藻が待つ教会の敷地外へと歩き続けた。

 

 

 急がずゆっくりと歩き続けた為、来た時の3倍以上の時間が掛かったが、当然と言うべきか特に異常も無く玉藻の待つ場所へと着いた。

 そして此処に戻る迄の間に落ち着いた桜は雁夜の腕からスルリと下りると、泣き腫らした赤い眼の儘、出迎えの挨拶もせずに報告を待ち続ける玉藻に報告をする。

 

「……がんばった。

 ……たくさん…………がんばった。

 これで…………一緒に……いられる」

 

 その報告を聞き終えた玉藻は、真剣な顔から優しい笑顔へと表情を変えて言葉を返す。

 

「お帰りなさい、桜ちゃん。

 凄く頑張りましたね」

 

 そう言うと玉藻は直ぐに屈み、飛び込んでくる桜を優しく抱き止める。

 そして桜は玉藻の胸に顔を埋めつつ、小さいが確りした声を返す。

 

「…………ただいま」

 

 そう言うと同時に抱き付く力を更に強める桜。

 そして強く抱き付く桜を優しく抱き返す玉藻。

 

 嗚咽こそ聞こえぬものの桜の肩は震えていた。

 だが、それが恐怖から発せられるものではなく、助けを借りたと雖も自分の力で幸福に繋がる未来を得られたことに対する喜びから発せられるものだった。

 

 程無くして胸元が温かい液体でゆっくりと濡れていく玉藻だったが、それに一切構う事無く、桜が落ち着く迄優しく抱き返し続けた。

 

 

 

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 数分も経つと精神的に凄まじい負荷から開放された安堵も手伝い、桜は玉藻の胸に顔を埋めながら眠ってしまった。

 直ぐにそれを察した玉藻は優しく抱き上げ、自分の尾で桜を優しく包み込んだ。

 そして玉藻の尾に包まれて安心して眠る桜を見た雁夜は、遅まきながら玉藻に告げた。

 

「目的は無事に果たした。

 此れで……完全にとはいかないが桜ちゃんは再び光の当たる場所を歩ける。

 まあ、今此の町でやってるイザコザ終わる迄は離れなければならないが、半月もせずに帰れるだろう」

「お疲れ様で御座います。主様。

 そして遅れてしまいましたが、御帰りなさいませ」

 

 本当は余所行きの顔ではなく素顔で返したかった玉藻だが、雁夜の背後で会話の機会を窺っているアイリスフフィール達が居る為、仕方無く余所行きの顔で接した。

 その為、本音で雁夜と語れなくなって些か不機嫌になった玉藻だったが、桜に不穏な気配を当てて起こすわけにもいかない為、桜の寝顔を見て心を落ち着けた。

 同時に、話し声で起きぬ様に音を一定以下に抑える効果以外に不穏な気配などといった精神干渉系も遮断する結界を桜の周囲に展開し、その後小規模の人払いと遮音の結界をアイリスフィール達に分かる様に玉藻は展開した。

 そして玉藻はアイリスフィール達へ振り返った雁夜の斜め後ろに控える様に移動し、それをを見たアイリスフィール達は自分達と話す意図があると判断した為雁夜に話し掛け始めた。セイバーが。

 

「歓談の時を邪魔するような容にも拘らず、話に付き合って下さることにまずは感謝を述べさせていただきます」

 

 ドレスそのものと言える様な騎士服に甲冑を着込んだ姿ではなく、性倒錯気味だが現代の服装を身に纏ったセイバーが謝辞と共に軽く会釈した。

 そして礼を以って接されれば礼を以って返すのが筋と思っている雁夜は、厄介事の塊と言えるセイバーと対話することにした。

 

「何方もこれからの予定があるだろうから、前置き無しの話にしないか?」

 

 可也砕けた調子で返す雁夜だったが、会談の場でもなければ此れくらいが普通だろうと思い、話し掛けられる側として暗に、〔此れくらいの感じで話すが構わないか?〕、告げる雁夜。

 そして雁夜の言葉と言外の意味を理解したセイバーは軽く頷きながら返す。

 

「解りました。それでは前置き無しで話させてもらいます」

 

 硬い話し方は殆ど変わらなかったが、一国の王として振舞っていたならば性分なのだろうと思い、別に自分も付き合って硬い話し方をしなくても構わないだろうと雁夜は判断しつつ、セイバーの言葉に軽く頷いて先を進める。

 

「カリヤ。貴方はそこの少女の為にサーヴァントとすら戦ったにも拘らず、何故聖杯を求めないのですか?

 たとえ貴方にとって奇跡の出逢いを二度巡り合わせたといっても、聖杯は満たされれば問題無く奇跡を叶える万能願望器です。

 ましてや貴方は恐らく単独で聖杯を満たすことすら可能な筈です。

 

 にも拘らず何故聖杯を求めないのですか?

 聖杯ならばその少女の奪われたであろう幸福を、奪われていない状態にすることすら可能な筈にも拘らず、何故貴方は聖杯を求めない?」

 

 初めは落ち着いた口調だったが、話すに連れて何か想うところが在るのか、最後は詰問とも言える口調の強さになるセイバー。

 だが、それに対して雁夜は詰まらないことを聞いたと言う様な顔をし、一瞬無視して帰ろうかという思考が脳裏を掠めたが、礼節と義理に厚いことこそが日本人の美徳と思う雁夜はぐっと堪え、出来るだけ詰まらなさそうな感じを抑えながら答えを返す。

 

「俺は聖杯に叶えてもらう願いなんて無い。

 寧ろ穏やかな日日を過ごすには邪魔を通り越して災厄を呼び込む呪いの品にしか思えない。

 そして手に入れずとも関わるだけでも穏やかな日日は遠ざかる。

 ならば欲しがる奴等が勝手に聖杯に集って相争えばいい。

 俺は自分に火の粉が降り掛からない限り放置するから、虐殺だろうが鏖殺だろうが相殺(そうさつ)だろうが好き勝手にやっててくれ」

 

 宛ら世捨て人の様な発言をする雁夜。

 対して、自分が求める聖杯と聖杯に託す願いすら馬鹿にされた様にしか思えないセイバーは、顔を歪め且つ声を荒げながら言葉を返す。

 

「穏やかな日常ならば聖杯で叶えられる。いや、それ以前に聖杯ならばその少女が地獄に落とされたであろう前から幸福な日常に歩み直すことすら可能なはずだ。

 にも拘らず何故貴方はそれを成そうとしない?

 貴方はその少女の幸福を願っているのではないのか?」

 

 セイバーのその言葉を聞いた雁夜は、先程セイバーの剣を見てアーサー王と当たりを付け、更にアーサー王の伝説を考慮した結果、セイバーが聖杯に託すであろう願いが現在の否定及び過去の改変の類であろうと当たりを付けると、隠そうとしても隠しきれない不機嫌さを滲ませながら言葉を返す。

 

「人生遣り直しとか、一体どれだけ人生舐めてるんだ、お前?

 ゲーム感覚で気に食わないことが在る度にリセットボタンを聖杯に押してもらう気か?

 しかも他人様のリセットボタンを押せとか、何だ?斬新な自殺志願か?」

「っ!?」

 

 心底胸糞の悪い話を聞いたと言わんばかりの雁夜の主張に反論出来ず、セイバーは押し黙ってしまう。

 だが、そんなセイバーの心情など知らぬとばかりに雁夜は更に言葉を続ける。

 

「大体、自分で出来ないことを何だかよく解らないモノによく解らない方法で叶えてもらおうとか、頭大丈夫か?

 何だ?聖杯戦争って言うのは楽天家の集まりなのか?

 藁にも縋る思いってのは在るが、失敗した時の負債は自分だけで返せると思ってるのか?

 いや、魔術師連中は負債を死という容で周囲の一般人に押し付けるんだったな。

 ああ、それなら失敗した時のことを考えずに存分に無謀な賭けを出来るな。

 

 まあ、何度も言うが俺達に関係が無い限りは放置するから好き勝手やってろ。

 俺は正義にも大義にも興味は無いから、好きに耳障りのいいことを叫んで死を振り撒いてろよ」

 

 そう言って踵を返そうとした雁夜だったが、正義や大義を興味無いと言った雁夜の言葉にセイバーは咄嗟に言い返す。

 

「カリヤ!貴方はその少女を想って自らの命すら賭すことができるというのに、何故視野を広めようとしないのです!?

 少なくとも貴方がこの時代の魔術師達の頂点に立てば非道な事をする輩は間違いなく減らせるはずだ!

 それなのに何故行動しないのです!?」

「悩み解決の援助ならカウンセラーに、懺悔なら其処の教会の神父に、そして愚痴なら居酒屋の店主にでも話してくれ、……と言いたいところだが、後を追ってこられた挙句に自滅されると面倒だから答えるが、〔自分を能力の下に置く気は無い〕、此れに尽きる。

 寧ろやる気も無い奴を能力だけ見て何かしらの役目を負わせようとか、頭イカれてるか民衆を舐めてるかのどっちかだと思うが、お前はどっちなんだ?

 やる気も無い奴に無理矢理役目を背負わせて上手くいくと思っている馬鹿か?

 それとも民衆を何とも思っていない奴が敷く治世でも、結果さえ出せればその治世だけでなく民衆や治世を敷く者も含めて素晴らしいと思う、唾を吐き掛けたくなる馬鹿か?

 

 生憎と俺の思考は一般人だからな。

 過程を無視した結果偏重主義とか全く受け入れられない。

 寧ろ過程を経ずして結果が出ぬ以上、結果だけ論ずるのは馬鹿とすら思っている。

 解り易い例が、仇である戦争中毒者を精神崩壊させる程に苦しめる為だけに屍山血河の果てに世界平和を成し遂げたとして、その世界平和は尊いと言えるか?

 それに、興味の無い奴等の人生を背負っても破滅するだけだと先人達が教えてくれてるんでな、身内以外は精精募金やその場限りの安い協力程度にしているんだよ、俺は。

 大体、適正の無い奴を上に据えたところで最後は碌な事にならないのは馬鹿でも解るだろが?」

 

 雁夜がそう告げるとセイバーは押し黙ってしまった。

 何故なら、雁夜が今し方告げた言葉は、間違い無く一つの真理だったからである。

 ただ、雁夜の発言は凄まじく精神レベルが高い者達の真理であり、普通の者ならば死の恐怖の前に剥がれ落ちてしまう綺麗ごとでもあった。

 だが、その綺麗事を至上と信じて戦うのが騎士であり、セイバーはそんな騎士達の頂点と謳われる存在でもある為、雁夜の発言を否定することが出来ず悔しそうに俯いてしまう。

 しかし悔しそうに俯いていしまうセイバーを見て少しばかり良心が傷んだ雁夜は、最後に少しばかりフォローを入れることにした。

 

「別に俺はお前の考えを否定しているわけじゃない。

 所詮俺とお前は他人だし、互いに理解を深めたいとも思わない程度の関係だし、そんな奴の言葉なんて無責任極まりない言葉だ。

 真に受けても馬鹿を見るだけだろうから、適当に聞き流しておけ」

 

 そう告げると雁夜はウィンドブレーカーの左ポケットから携帯電話を取り出して玉藻へと渡した。

 携帯電話を渡された玉藻は、特に示し合わせたわけでないにも拘らずタクシー会社へと連絡を入れ始めた。

 それを見た雁夜は恐らく1~2分で到着するだろうと当たりを付け、最後とばかりに言い忘れていたことをセイバーに告げる。

 

「あ、それと簡単に魔力を注いだように見えたとしたらそれは盛大な勘違いだ。

 時間を掛ければ然して問題無いが、短時間で魔力を調達しようとすれば相当消耗する。

 少なくてもさっきやったのは、〔千切れ掛けた首の傷を抉ってもう一度血を絞った〕、くらいのことだ。

 実際はそれ以上の精神的負担が掛かるがな」

 

 そう雁夜は告ると、深夜に長距離運転出来る者を回すのに5~10分程掛かるので少し待っていてほしいと言う旨を告げられた玉藻に構わないと軽く頷いた(異常に良くなった聴覚で雁夜は普通に捕らえていた)。

 

 少し時間が余ってしまった為、雁夜はタクシーが到着する迄の時間をセイバーの気分が悪くなる話に付き合わなければならないのかと思い、内心で溜息を吐いた。

 だが、雁夜のその予想は別の人物が話し掛けることで否定される。

 

「玉藻の前よ。

 異教徒の神ではあるが、お前に聞きたいことがある」

「っ!?あ――――――」

「神前で争って不況を買いたくなければ大人しくしているがいい」

「――――――なたは言み…………」

 

 隠行術と教会の結界でアイリスフィール達にその存在を悟らせずにアサシンのマスターは現れた。

 そして驚愕するアイリスフィール達を素早く一言で黙らせると、アイリスフィール達だけでなく雁夜も無視する様に玉藻の前に立ち、問い詰める様な言葉を発する。

 

「私はお前の信徒ではない。

 だが、神なる者に一度問うてみたかったことがある」

 

 話の邪魔も許さなければ沈黙することも許さんとばかりに、拒絶と不退転の雰囲気を放つアサシンのマスター。

 セイバーの話よりも厄介な話が転がってきたと雁夜は思いつつも、話の対象が神である玉藻であるらしく、しかも何やら凄まじい気魄を放っている為、此れは軽い気持ちで邪魔しない方が良いだろうと思い、雁夜は玉藻に場所を譲るように一歩横に退いた。

 そしてそれを見た玉藻は静かに僅かばかり前に出、視線でアサシンのマスターに話を促し、その意を受けてアサシンのマスターは話を続ける。

 

「私は異教の神には明るくないが、お前が万物の慈母と謳われる存在であることは知っている。

 故に問う。

 この国に居るお前の信徒で苦しみに喘ぐ者は五万といるはずだ。にも拘らず救いの手を差し伸べないのは何故だ?

 神が慈悲と愛を説きつつも蔓延る悪を罰さず、更に救いも齎さぬならば、神に祈りを捧げるのは無駄ではないのか?

 ならば……神とは何のために存在するのだ?苦難に喘ぎ道に迷う者は野垂れ死ぬしかないのか?」

 

 声こそ荒げていないものの、魂の奥底からの叫びかの如き想いが籠められたか声を叩き付けられる玉藻。

 宛ら、神であろうと問い殺すと言わんばかりのアサシンのマスターの問い。

 そしてその気魄に少なからず飲まれてしまうアイリスフィールとセイバーだったが、玉藻は微塵も気圧される事すら無く答えを返す。

 

「異教の徒よ。西洋の神、特に汝等が唯一神と仰ぐエホバ神とは交流など無いので、汝が神に対して抱く疑念には完全には答えられぬ。

 だが、自らの存在意義と道に迷う者達や苦難に喘ぐ者達をどの様に思っているのかは答えよう」

 

 そう言うと同時に周囲の結界を強化した後に神の気配を解放する玉藻。

 圧倒的神気が場に満ち溢れるが、既に慣れきっている桜は全く気にした様子も無く安眠し続けていた。

 だが、慣れるどころかセイバーですら消耗してしまう程の神気を近距離で浴びせられたアサシンのマスターは思わず一歩後ずさった。

 が、この先二度と無いだろう好機を棒に振ることなど出来ないと言わんばかりに、此れ以上は退かぬと言わんばかりにその場に踏み止まり続けながら玉藻の声を聞き続ける。

 

「我、【天照=大日=ダキニ=玉藻の前】の存在意義を一言で表すならば、【人と関わること】。

 天を司ることも、万物を総該することも、徳の具現として現れることも、人に尽くすことも、全て人と関わるという、我の表情の一つに過ぎない。

 そして我は人を愛してはいるが、其の愛は人と言う種全体に及ぶ愛であり、個個人に対して向けられる類ではない。

 

 我から見れば人とは砂粒の様な存在。

 人の営みとは砂で造形するかの如き行程。

 即ち、道に迷う者達は乾き落ちる砂粒の如き存在であり、苦難に喘ぐ者は負荷の掛かる部位の砂粒の如き存在。

 故に逐一救いや導きなどを齎したりせぬ。

 何故なら、嘆きや苦悶や葛藤、更に死すらも人の営み、生まれては死するという連続性の一部。

 ならばそれは人自身が乗り越えるべき事柄。

 しかし、その連続性が壊れかねない事態に発展すると判断した時、我は救いや導きを齎す」

「………………」

 

 その言葉を聞いたアサシンのマスターは暫し瞑目して考え込む。

 信徒が聞けば愕然としかねない言葉だったが、アサシンのマスターはそのような気配を一切見せず思案し続ける。

 

 そして数十秒程が経過した頃、アサシンのマスターは改めて玉藻に問う。

 

「つまり、神とは人間個々人に救いを齎すものではないと?」

「概ね違わない。

 神と人が同じ場所に居た時代は人の数が少なく、神と人の関係は密接だった。

 しかし、仮令20億の人が死のうとも自力で苦難を乗り越えるだろう今の時代、最早神の手助けなど人は要らぬだろう。

 

 故、現代に於ける神とは、人の心の拠り所として姿見せぬことこそが主な役割と言えるだろう。

 ならばこそ、救いや導きを行うなどまずありえない」

「…………………………そうか」

 

 落胆でも失望でもなく、諦観した様な声で呟く様に返すアサシンのマスター。

 だが、そんなアサシンのマスターに玉藻は僅かに微笑みながら言葉を掛ける。

 

「だが、それは人が神の庇護より抜け出た一つの証。

 多くの人が嘆きや苦しみの果てに死そうとも、それを糧に人は更に歩み続ける。

 だからこそ我は人が嘆きや苦しみに喘ぐ様すら愛して眺め続けることが出来る。

 仮令嘆きや苦しみを晴らす事無く力尽きようと、その想いや過程を残った者が汲み取り、次に繋げることで繁栄の糧にする。

 

 神による救いが無いことを嘆くことはない。 

 何故ならばそれは、人に神の手助けは必要無いと認められた証。

 道に迷い、己の業に苦しむ者も存在するだろうが、神はそれすらも人が前に進む為の糧と見ている。

 人を殺すことに悦を覚える者も存在しようが、それは法と自衛の向上を齎す要因となる。

 人の苦悩に悦を覚える者も存在しようが、それは人が苦悩と対面して深みか高みに至る機会を齎す要因となる

 人を拒絶することに悦を覚える者も存在しようが、それは人が自らの道程を省みる要因となる。

 

 己が業より目を逸らし続ける故に道に迷う者よ。

 汝は己を朧気に理解しているが故に己の業から目を逸らしているが、世の殆どの者が倫理や道徳を剥ぎ取れば畜生と変わらぬ業を持っている。

 だが、殆どの者はそれを認めることが出来ず、自らが理想とする皮を被って生きている。

 それが偽りであろうと、何時の日か理想の自分と成らんが為に己を偽り、律し続ける。

 故、覚えておくといい。己の本性が善悪を決するのではないと。

 何故ならば人は己が意思一つで死すらも乗り越え、変わることが出来るのだから」

「!!!???」

 

 その言葉に何かしら凄まじい感銘を受けたアサシンのマスターは、静かに頭を下げて告げた。

 

「異教の神よ…………感謝する」

 

 社交辞令ではなく本心から告げるアサシンのマスター。

 そしてその謝辞を僅かに頷いて玉藻は受けると、急に神気を抑え、更に結界も解除した。

 すると程無くして遠くから車のヘッドライトの明かりが見え始め、玉藻が連絡を入れたタクシーが此の場に向かっていることを此の場の者達に知らせていた。

 

 間も無くタクシーが到着するという時、話が終わったと判断した雁夜は、特に誰にともなく告げる。

 

「では、此れから何処にも寄らずに冬木を離れる。

 最早会うことも無いだろう」

 

 そう言うとタクシーに乗り込み易い位置に移動する雁夜。

 そして玉藻も雁夜の斜め後ろに移動しながら告げる。

 

「それでは失礼します」

 

 特に激励するでもなく、極簡単に別れの挨拶を済ませる雁夜と玉藻。

 

 他の者達が何かの言葉を掛ける前に雁夜は到着したタクシーの前部座席に乗り込み、次いで玉藻が後部座席の奥に乗り込み、更に桜の靴を脱がせて膝枕をする。

 そして改めて行き先を告げられたタクシーは那須の山へと走り出した。

 

 

 後に残ったのは、自らの生に一筋の光明を見出して生気が満ちるアサシンのマスターと、少なからず己を根元から揺さぶられ動揺しているセイバーと、セイバーの様子を見て会わなければ良かったかもしれないと思いつつもアサシンのマスターをどうしたものかと悩むアイリスフィールだけだった。

 

 

 

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―――――― Interlude In ――――――

  Side:言峰綺礼

 

 

 

 アーチャーと間桐雁夜の激突時にアサシンの一人を失った私が事の顛末を聞いた時、何より先に胸に抱いた想いは、〔異教の神といえども、神と対話する機会が在る〕、ただこれだけだだった。

 アーチャーが受肉したことも、間桐雁夜が精霊の域に昇格したことも、それにより師の計画が狂ったことも、全てがどうでもよかった。

 本来ならば異教の神が具現したことに怒りを覚えるべきなのだろうが、そんな怒りは微塵も沸かなかった。

 

 生まれてより今に至るまで何一つ喜びを見出せず、執着するどころか心を燃やすことすら叶わなかった。

 ひたすらに生まれた意味……見失っている自分を見つけるために苛烈な道を歩み続け、その全てが意味を成さなかった。

 そんな折、何の感慨も沸かぬ聖杯戦争で衛宮切嗣という、何かしらの答えを得たであろう私と同類の人物を見つけ、初めて執着と言うモノを知った。

 だが、今し方知った神霊玉藻の前はその比ではなかった。

 

 異教とは言え神が、人どころか英霊であってすら及ばない精霊の更に先に位置する神霊が、今、冬木に現界している。

 しかも完全な状態で現界している。

 常に祈りの向こう側から現れることのなかった神が、人に救いと導きを齎す神が、確かに現界している。

 それを知った時、何を置いても問わねばならないことができた。

 

 

 父や師が会談している最中に問おうとしたが、詰まらぬ間者と判断されて消されては堪らぬため、間桐雁夜達と合流するまで待ち続けた。

 気が逸り過ぎたためか、迂闊にも機を僅かに逸したためセイバーに邪魔されてしまった。

 話に割って入るのは不興を招き危険と判断した為、止む無く話が終わるまで機を窺った。

 

 そして機が到来し、逸る心を抑えて異教の神へと問いかけた。

 〔神とは人を救うものではないのか? 神が人を救わぬならば、人が祈りを捧げることは無駄ではないか?〕、と。

 しかし、その答えは何処までも残酷だが、納得のいく、[人とは砂粒の様な存在]、というものだった。

 

 人間を全体的に見、そして文化や営みを愛す。

 人の死や苦しみすら営みの内と見、人が乗り越えるべきものだと言った。

 遥かな昔と違い、現在神の助けがないのは、既に人が神の助けなく存在している証とも言った。

 しかも、[現代に於ける神とは、人の心の拠り所として姿見せぬことこそが主な役割と言えるだろう]、と言った。

 祝福するように。苦難に喘ぐ者を見捨てるように。堂々と言い放った。

 

 異教の神とは言え、その言葉の全てが神の在り方を代弁しているとしか思えず、最早答えは得られぬと諦観した。

 だがその時、奴は私の心を見透かしたかの如く、私の生に光明を射した。

 

 [故、覚えておくといい。己の本性が善悪を決するのではないと。

 何故ならば人は己が意思一つで死すらも乗り越え、変わることが出来るのだから]

 

 此の言葉に私は自らの裡を見つめ直す決心を得た。

 たとえどの様な醜悪な本性が私の裡に渦巻いていようと、それが不服ならば変わればいいと悟った。

 実際に死すらも乗り越えた存在がいるのだろう。

 そしてそれは恐らく奴の隣にいる間桐雁夜だろう。

 事前情報と父や師から得られた事後情報を統合する限り、間桐雁夜は死を乗り越えて己の在り方を変えたのだろう。

 何も行動せずに逃げ続けて流されるだけの在り方を、誰かを想って自らの命すら賭せる在り方へと。

 

 いいだろう。前例があるならば踏破して見せよう。

 どれだけ困難な道であろうと、出来るかどうかも判らぬ先駆者に比べれば遥かに易い道程だ。

 ならばそのような困難など臆するに値しない。

 何より、果てより光明の射す道を歩むことを臆する理由など存在しない。

 

 

 ……さて、己を知ることへの忌避感が晴らされた今、優先すべきは己の在り方を見据えることだな。

 その後己の在り方次第で受け入れるか否かを決めよう。

 その為にも、やはり衛宮切嗣との邂逅は必須だ。

 何としてでも奴と邂逅せねばな。

 

 ふむ。さしあたってはランサーのマスターを張るとしよう。

 セイバー陣営としては一刻も早く槍の呪いを解除したいだろう以上、直ぐにでも動き出すだろう。

 ならば何時までここで思慮に耽らず動かねばな。

 そしてその為にも未だ礼拝堂に居るだろう師との会談を素早く終わらせねばなるまい。

 

 待っていろ、衛宮切嗣。

 私の在り方を知る為にも、まずはお前の在り方を……遍歴を知り尽くしてくれよう。

 

 

 

―――――― Interlude Out ――――――

  Side:言峰綺礼

 

 

 







   若しも雁夜がヘラクレスを召喚していたら?(中二要素が御嫌いな方は見られないことを強く強く御勧め致します)


【クラス】

・シューター(射手(長距離~超長距離射撃手))


【真名】

・ヘラクレス


【パラメーター】

・筋力:A++++ ・魔力:EX
・耐久:A++++ ・幸運:EX
・俊敏:A++++ ・宝具:A++


【クラススキル】

・千里眼:A
 透視や遠視だけでなく数秒先の結果を事前に視ることすら可能。
 更にランクA以下の幻惑等を無効化し、A+でも判定次第では無効化する。


【スキル】


・戦闘続行:A
 原作準拠

・心眼(偽):A
 五次偽アサシン準拠

・神性:A
 原作準拠

・騎乗:A
 四次セイバー準拠

・是・射殺す百頭:A
 超高速の九連撃

・格闘:A
 格闘戦を行う場合、筋力と耐久と敏捷の数値を30%UP。

・勇猛:A+
 原作準拠

・気配遮断:A+
 五次真アサシン準拠

・撲殺:A++
 徒手格闘、若しくは鈍器等で戦う場合、筋力と耐久と敏捷の数値が50%UPし、更に選択した一つのスキルに+判定が付加され、その上ST判定の失敗確立が0.25倍される(失敗確立100%だと適応されない)。

・狩猟:A++
 魔獣、幻獣、聖獣、神獣、竜種等、完全な非人間の者と相対した際、筋力と耐久と敏捷が30%UPし、更に通常攻撃以外に対する耐性が70%UPする。

・狂化:EX
 任意で狂化し、ある程度任意で狂化を解く事が可能な、人が葛藤する事に喧嘩を売るスキル。
 狂化の幅はB~A+++で、A+++の場合は宝具を含めた全てのステータスをAランクに上昇させ、元からAランク以上ならば+判定が付加され、更に狂化によるスキル封印が存在しなくなる(暴走に近い)。


【宝具】

・十二の試練:A
 Aランク以下無効以外は原作準拠。
 但し、雁夜の超絶魔力供給により1秒で1回の蘇生ストックが回復する為、一度に殺しきらない限りはまず打倒しきれない。
 事実上エヌマ・エリシュ以外では殺害しきれない。

・射殺す百頭:A++
 9つの首を持つ水蛇ヒュドラを殲滅した弓を用いて成される技(9連撃は別の武具を用いて再現する劣化版)。
 9つのドラゴン型ホーミングレーザーが相手を襲い、その威力は神造兵器にすら劣らない。



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