カッコ好いかもしれない雁夜おじさん   作:駆け出し始め

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拾伍続・カッコ好いかもしれない雁夜おじさん

 

 

 

―――――― Interlude In ――――――

  Side:遠坂時臣

 

 

 

 どうしてこうなった?

 璃正神父と内通して聖堂教会のバックアップを受け、綺礼を弟子にとってアサシンのマスターにし、世界最古の蛇の脱皮の抜け殻の化石を手に入れ、そして満を持した召喚で英雄王を召喚出来た。

 だが、最初はほぼ英霊状態で召喚出来て喜んだものの、単独行動EXというマスター不要のスキルを持ち、更に1画ならば令呪にすら耐え得る対魔力Aというスキルを持つという、殆ど制御不可能な状態で現界するという裏目が出た。

 しかも雁夜が乱入してからは、もう手に負えなくなった。

 

 雁夜が魔法に至っていたのも腹立たしいが、そんな雁夜と戯れて財宝を雨と降らせて真名のヒントを文字通りばら撒いただけでなく、乖離剣まで抜くとは……。

 挙句の果てには雁夜如きが乖離剣の一撃と同等の一撃を放ち、聖杯戦争の最終局面で行える筈の世界の外への逸脱を、高々サーヴァントとの戦闘で発生させ、剰え何方も根源の渦へと至るとは……っ。

 

 何故だ?何故だっ?何故だっ!?

 魔道に背を向けて凡愚な徒人に戻った落伍者風情が、何故ここまで私の計画を乱すのだ!?

 しかも高々考え無しの特攻をした程度で根源の渦へ至るだと!?

 巫山戯るなっ!死んだ程度で至れるなら、人類史上で一体どれだけ到達者が出ると思っているんだっ!!

 外側からでなく内側から至るのがどれだけの難易度だと思っているのだ!?駱駝が針の穴を通るよりも難しいのだぞ!遺体も残らない死に方をした挙句、自力で完全な死者蘇生を行うのと同義なのだぞ!?

 しかもソレに命を賭けろだと!?何を言っているんだっ!?

 

 至れるかどうかも判らない手段に何故命を掛けねばならんのだ!

 そんなものは富籤で当たった者の戯言だ!

 恐らく億分の一も無いだろう確率に、何故先祖から受け継いできた歴史を賭けねばならぬのだ!

 

 尊敬する先代より教えを受け、魔道の尊さと研鑽する喜びを知り、貴き一族の一員と誇りを持って根源の渦を目指す。

 先代が力が及ばぬと判断した時、先代を含めた知識と誇りと無念を刻印や遺産として継承し、一族の歴史を背負って当主と成った。

 当主の勤めとして次世代を設ける為に妻を娶った。母胎としての性能を少なからず重視はしたが、道具としてではなく妻として愛し、接してきた自負がある。

 子を設け、嘗ての自身がそうであった様に、魔道の教えを授け、伝えられる限りの魔道の尊さと研鑽の喜びを伝えてきた。

 しかも凡俗に切り捨てねばならなかった筈の二子の内の一子すら別の家でとはいえ魔道の尊さを知れるようにと手配したというのに、何故その尽くを否定されねばならない!

 あらゆる責任と期待から逃げ出し、凡愚へと自ら堕ちた落伍者が何故悪夢の如き幸運で奇跡に至っただけで、何故我が物顔で私を、いや、魔道の全てを否定する!!

 一体何様のつもりなのだ!!!

 

 

 と、その時、突如何かが壊れる音がし、それが何かを確認した時、テーブルの上に乗っていた物が落ちたのだと解り、何時の間にかテーブルを殴っていたのだと手に残る鈍い痛みで理解出来た。

 

 …………落ち着け。落ち着くのだ。

 〔常に余裕を持って優雅たれ〕。遠坂のこの家訓は、冷静さを保ち、常に物事を俯瞰し、その上で貴族たる振る舞いを行えるように研鑽せよという意味なのだ。

 怒りで冷静さを失い、物事を主観的にしか捉えられず、更に義憤ではなく醜い怒り故に物に当たるなど、断じて貴族とは言えんし家訓に悖る。

 

 ………………少し何かを飲んで落ち着くとしよう。

 酒……は会談を控えた前に飲むものではないな。紅茶にするとしよう。

 

 

 

 ・

 ・

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 普段は手間だと思っていた紅茶の煎れ方だが、案外無心になれて落ち着けるものだな。

 出来上がる頃にはある程度心を落ち着けられ、香りと味を楽しむ余裕が得られるとはな。

 確かにこれならば貴族の嗜みとして紅茶の煎れ方を知っておくべきではあるな。

 やはり古き伝統には何かしらの意味があるな。

 私もまだ未熟ということか。

 

 

 さて、落ち着いたところで何から考えるか……。

 これからの聖杯戦争について? 違うな。

 教会での会談での話しについて? ……これも違うな。

 ならば、間桐雁夜について? …………近いが違うな。

 ………………私が何故間桐雁夜に対して怒りを抱くのか? これだな。

 

 私が間桐雁夜に抱く怒り……いや、度し難い悪感情の源泉が解らぬ限り、たとえ会談に臨んでも醜態を晒すだけで終り、何一つ実りの無い会談になってしまう。

 精霊の域に昇格した魔法使いと、最上級の神霊と会えるだろう機会は決して無駄に出来ない。

 何としても実りある会談にするためにも、まずはその障害となる要因を知るところから始めぬとな。

 

 

 ……間桐雁夜。

 第一の魔法に至った魔法使いであり、間桐家の現当主を名乗っており、当主継承の唯一の候補者であろう桜が異を唱えていないことから、名実間桐の現当主。

 魔道知識の把持量は不明だが、アーチャーの弁では魔術に関しては何であれ暴発させてしまうが、代わりに空間爆砕という魔法の域の事象すらも可能とする特異体質者。

 

 アーチャーの弁を信じるならば、神代の時代に置いても並ぶ者が居ないほどに魔法を扱うことに長けた者。

 実際、自身の身体を異常強化するだけに留まらずに精霊の域へと昇格させ、更に特殊効果を持つだろうA++以上だろう宝具を容易く封印し、その上乖離剣に匹敵する宝具を作成でき、しかもその出力は乖離剣に引けを取らない。

 アーチャーが霊格と財の多寡で精霊の域に在る英霊ならば、雁夜は純粋に自身のみで精霊と同等の域に在る正真正銘今世の人外。

 

 しかも最上級の神霊を骨抜きにして傍に置いている。

 更に我が大師シュバインオーグとの交流もあり、一説には現魔導元帥のバルトメロイとも浅からぬ間柄であるらしい。

 但し、つい先日入手した情報では今代の蒼崎とは不仲とあるらしい。

 

 本人の思考は魔道に関わる者としては有るまじき唾棄すべき…………落ち着け、落ち着くのだ。何の為に紅茶を煎れて飲み、何の為に考えているのだ?

 ………………よし。やはり深呼吸をするだけでも落ち着くものだな。

 

 さて、間桐雁夜本人の思考は魔道に関わる者とは思えない程に一般人の思考。

 一応秘匿意識はあるようだが、それは魔術を碌でも無いモノと認識しているが故に関わらせないためだろう。

 魔道の尊さを知らず……いや、理解せず、現代の感性に毒されて子を自由に道を選ばせる事こそを是としている節がある。

 その感性の下に魔道から背を向けたらしく、数年前に間桐から逃げ出した。

 だが、吸血鬼と接触した際に自爆し(恐らく国外)、その際に根源へと至る。しかも内側から。

 そしてここからは推測が混じるが、恐らく魔法使いとなった直後辺りから我が大師手ずからの手解きを受け、数ヶ月前辺りに手解きが終り俗世での活動を再開したのだろう。

 

 聖杯戦争以前で掴めた足取りは(その時名前は判らなかったが)、2週間ほど前に栃木県の那須の山一帯の管理者になったということだけ。

 但し我が大師とバルトメロイが時計塔に強く働きかけて現地の退魔組織と交渉させ、態々仮想敵組織に土地をくれてやりたくない彼らから、[魔術協会から派遣した管理者ではなく、完全な間桐雁夜個人の管理地としてなら認めてやる]、という譲歩を引きずり出させ、しかも認めさせたため、極小規模ながら超一級の霊脈を持つ完全独立勢力。

 

 そして桜の義理の叔父に当たる人物であり、一瞬誰だか判らなくなる程に様変わりした桜から絶大な………………あぁ、なるほど。なんだ……そうだったのか。

 つまり………………恥ずべき事だが、嫉妬していたわけか。私は。

 

 あの髪を見ただけで約1年でどれだけ過酷な肉体改造があったのか容易に予想が付いた。

 しかも桜の生気の無い瞳と雁夜の発言、更に間桐の翁の性格と間桐の魔術が蟲を扱うことを考慮すれば、間違い無く次世代を産むだけの胎盤として扱われたのは想像に難くない。

 魔術師の尊厳を与えられるどころか人間の尊厳すら踏み躙られ、魔術の英知を与えられるどころか魔術の負の面の贄にされ続けたのだろう。

 しかも今思えば魔道を歩むかどうかすら決めていなかった我が子がそのような境遇なのにも拘らず、私は気付きもしなかった。それどころか幸福な道を歩んでいると信じてさえいた。

 だが、実際は正しく地獄に我が子を突き落として悦に浸っていただけで、助けようとするどころか桜の状態を知ろうとさえしなかった。

 その結果、気紛れに冬木に立ち寄った雁夜によって桜は地獄より救い上げられた。

 

 雁夜に救い上げられた桜は手厚く扱われたのだろう。

 少なくとも雁夜の全身全霊で以って護られ、更に癒され続けた筈だ。

 それは一般人の思考にも拘らず、単身でアーチャーに挑むことが証明している。

 当然その結果、桜は雁夜に絶大な信頼と信用を向けるに至った。

 そして何もしていないどころか地獄に叩き落した私は毛嫌いどころか遭いたくもない存在として固定されてしまったのだろう。

 しかも悪ければ葵や凜達すら見捨て続けた存在と見做しているのだろう。

 

 つまり………………私は我が子の危機に駆けつけるどころか気付くこともできず、更に私が凡愚に堕ちたと見下した男に我が子が私など眼中に無い信頼と信用を向けているのが悔しかったのか。

 いや…………もっと単純に、我が子を自分の手で救えなかったことが情けなく、それを隠すために悪感情を向けて目を逸らしていただけか。 

 …………何とも未練がましく愚かな意地だな。

 送り出したにも拘らず未だ父親を気取っており、にも拘らず父親の責務を放棄しているとは。

 しかも桜を助けてくれた感謝よりも、父親の責務を横取りされた嫉妬が先に立つ。

 ……間桐雁夜が魔道に背を向けて自らに課せられた責任を放棄した人で無しなら、私は浅薄さで我が子を地獄に叩き落して父親の責任を放棄した人で無しか。

 …………何と醜き事か。我が事ながら醜悪過ぎて目を背けたくなるな。

 

 

 気分転換に先程煎れた紅茶を飲むが、既に温くなっていた。

 一瞬魔術で温め直そうかと思ったが、何と無く今は魔術を使う気は起きず、香りが殆ど失せて苦味が格段に増した紅茶を飲み干した。

 苦味で舌が縮むように感じたが、今は美味な物を飲み食いする気が起きなかったため丁度良かった。

 

 さて……雁夜への悪感情の源泉が解って暴走することはないだろうことを思えば、次は会談をどのように運ぶかだな。

 まあ、実際は雁夜がサーヴァント二騎分を聖杯に焼べたらしいことを考えれば、特に雁夜の脱退を止める道理は無い。

 しかも令呪を1画付加されたならば文句の付け所も無いだろう。……綺礼の存在がバレていたのは今更だろうな。

 ただ、教会を通さず勝手に行ったことで一応罰則等を行えるかもしれないが、下手に藪を突けばあっさり令呪と焼べた魔力を回収して追及を捌かれた挙句に心象を悪くするだけであるならば、特に雁夜達の行動に罰則を適用したりせぬ方が良いだろう。

 

 だとすると話の焦点は聖杯戦争発足当初より生き長らえていた間桐の翁を殺害した件だな。

 まあ、表の条理に照らせば問題は有る……筈はないな。

 改竄された戸籍を遡れば確実に白骨化している年齢だ。

 雁夜が殺した証拠以前に、雁夜が生まれた時に生きていたと思う者は正気を疑われるだろう。

 そして裏の条理に照らしても当然問題は無い。

 神秘漏洩したわけでもなければ他者の家を襲撃したわけでもなく、単に身内でのイザコザだ。

 勘当されていたかどうかは雁夜と間桐の翁しか知らぬだろうし、唯一雁夜以外の後継候補である桜が異を唱えぬ以上、何処にも問題は無い。

 寧ろ聖堂教会から半吸血鬼と見做されて処断候補に挙がっていたのを考えれば、聖堂教会としては喜ばしい話だろう。

 

 令呪製作の業を継承できるかという問題があるが、10年以内に裏側に行くようなことを言っていたのを考えるに、桜には自衛の意味も籠めて魔術を教えるだろう以上、間桐の業は大分私の思惑をは外れたものの桜に問題無く受け継がれるのだろう。

 雁夜に桜を教え導けるのかという疑問はあるが、桜の為にアーチャーに挑んだ雁夜ならば、優れた魔術師に桜の教導をさせるくらいはするだろう。

 宝具すら創造可能な精霊の域の魔法使いに対価を要求できるとあれば選り取り見取りであろうし、桜に無体を働いて精霊の域の人外と亜細亜圏に置ける最高位の神霊を敵に回そうとする馬鹿もいまい。

 と言うか、間違い無く同伴するか呼び寄せるかの二択なのを考慮する限り、桜は最高の教育を受けて問題無く間桐の業を継承するだろう。

 寧ろそうでなければ周りが五月蝿いと理解している雁夜は確実にそうする。

 少なくても甘やかすだけの奴ならば桜を私に会わせようとはしないはずだ。

 それを考えれば桜は間桐の業を習得するだけでなく、自衛のために恐らく二十七祖すら殲滅可能な戦闘力を獲得させられるはずだ。

 話が逸れたが、間桐の業の継承に関しても問題は無いだろう。

 つまり御三家での話し合いは問題無いだろうということだな。少なくとも遠坂は。

 

 で、最後に残った桜との対話だが、これに関しては遠坂に戻すという選択肢は無い以上、その旨を告げれば即座に終わるな。

 最高の教導を受けられる環境から態々連れ戻し、それよりも遥かに劣るだろう上に安全すら不確かな別の家の養子に出す必要は微塵も無いからな。

 魔術師としては否を唱える理由が全く無い。

 ただ……鶴野と言ったか?まあそいつが桜の育児を放棄しているのが問題だが、その辺りは雁夜が容易く対処するだろう。

 問題は…………桜に何と声をかけるかだな。

 

 魔術師としてはかけるべき言葉など無いし、そもそも必要ですらない。

 だが、痴がましくも父親として話せる機会は、恐らくその時が最後だろう。

 そしてその時に何を話す?

 迂闊な言葉を発せば話を聞いてもらえなくなるだろう。

 かと言って頭に手を置いたり抱き締めたりしようものなら、それは桜の精神へ強烈な負担を強いるだけで、完全に私の自己満足で終わるだろう。

 ならばどうする?

 

 謝罪をしたところで、謝罪以前に私との会話すら望んでいない桜には届かぬだろう。

 雁夜が間桐を継がなかったのが原因と謗るなどは論外だ。

 責任の擦り付け合いなどという醜い真似をする気など微塵も涌かぬし、そもそも桜が望んでいたのは責任の所在ではなく、自らを救い上げてくれる存在だったはずだ。

 自身を救い上げた雁夜を貶める言葉など聞きたくもないだろうし、そんなことはとっくに雁夜自身が告げているだろう。

 と言うか……そもそも私が満足する言葉をかけるという前提が間違えているのだろう。

 私が掛けるべき言葉は桜の未来に残るであろう影を可能な限り取り除き、輝かしい未来を歩めるための言葉のはずだ。

 たとえ桜に更に蛇蝎の如く思われようと、桜の未来の為になる言葉をかけるのが、父親としての責務を果たせなかった私がするべき最後の責務のはずだ。

 なら……私がかけるべき言葉は決まっているな。

 …………他に気の利いた言葉もあるのかもしれないが、それは万が一桜が遠坂の門を叩いた時にかけるとしよう。

 

 後は雁夜に何を言うかだが、お互い言いたいことは山程あるだろうが、何かを言ったところで自傷行為にしかならないだろうし、全ては後の祭りだ。

 私は血の責任を投げ捨てた雁夜を許せないが、雁夜は父親の責任を投げ捨てた私を許せない。

 だが、何方も未練がましくそれを再び果たさんとしている。

 そして現状が何方も己の責任を果たせなかった結果である以上、相手への非難はそのまま己に還る醜い罵り合いにしかならない。

 そんな醜い罵り合いを桜の前で見せるのは、私も雁夜も良しとしない。

 故に雁夜に掛けるべき言葉など無い。

 雁夜に向けるのはせいぜい、魔法の片鱗を見ることができるかどうかの注視だけだろう。

 

 

 ……ふむ。会談の基本方針はこれで十分だろう。

 後は聖杯戦争の今後だが、……驚くべきことにアーチャーとのラインが完全に断絶していない以上、まだ聖杯戦争は継続可能だ。

 恐らく、神霊玉藻の前の超級の結界が、アーチャーが根源の渦に呑み込まれて一度断絶したラインを霧散させず保持し続け、アーチャーが帰還した直後接続し直したのだろう。

 無論、アーチャーは気付いてはいるのだろうが、ラインを切っていないことを考えると、魔力供給係程度には思われているのだろう。

 甚だ不満な認識だが、扱い難さに拍車がかかってしまったが最強のサーヴァントが戦力になっているのだから致し方あるまい。

 見所を示せば聖杯をくれてやるといっていたのを考えるに、私がマスターの相手に戦う時の立会人としてなら協力を取り付けられるだろう。

 そしてアーチャーが立会人となればサーヴァントが介入することなどできぬ以上、純粋に己の格を競って示せる。

 ただ、どう考えても戦闘向けでは無いだろうセイバーとライダーのマスターに関しては、勝負を挑もうとしても白けさせてしまうだけだろうが、何方のサーヴァントも王を名乗っている以上、放置していても勝手にアーチャーが駆逐するだろう。

 となると、私が己を示せる機会は下手すればランサーのマスター、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトのみか。

 これはアーチャーが戻り次第、急ぎその旨を告げて立会人になってもらわぬとな。

 セイバー達は可能な限り槍の呪いを早急に解除したいところであろうからな。

 まあ、セイバーのマスターが本当にアインツベルンのホムンクルスと断定できぬ以上、衛宮切嗣にマスターとしての勝負を申し込める可能性はあるが、可能性の域を出ぬ以上は綺礼に入念に調べてもらうしかないだろう。

 そして衛宮切嗣がマスターであった時に備え、衛宮切嗣の情報をもう一度洗い直すとしよう。

 特に魔術師を暗殺した時の状況と魔術師の死因については徹底的に洗おう。

 如何に下衆な戦法ばかり行う輩と雖も、魔術師を数十人も殺害し続けている以上、何かしら必殺の手段を保有しているはずだ。

 それを知らずに挑めば、私も敗北しかねないだろう。

 

 ふむ。…………今後の展開に関してはこんなところか。

 大分当初の思惑を外れるが、純粋にマスターと技量を競って遠坂の悲願に手が届くというなら、この展開も悪いものではないだろう。

 己の知識と研鑽で掴み取る勝利と栄光は、間違い無く価値のあるものだからな。

 

 

 さて、考えも纏まり心も落ち着いたところで璃正神父や綺礼に連絡するとしよう。

 大分躓いた出出しになったが、そう悪い状況でないことを伝えれば不安を拭い去れるだろう。

 

 

 

―――――― Interlude Out ――――――

  Side:遠坂時臣

 

 

 

 

 

 

Side In:間桐邸

 

 

 

 相当に機嫌が悪い儘間桐邸に転移した玉藻だったが、雁夜が裸足である上可也汚れていた為、いきなり部屋の中に転移するということを避ける程度には理性が働いていた。

 ただ、汚れても構わない場所として玄関ではなく、浴場に転移したことから、雁夜は相当怒っていると見当を付けた。

 だが、玉藻は雁夜の予想と異なり、余所行きの仮面を脱ぎ捨てて怒り出すのではなく、不安な瞳で雁夜に話し掛けてきた。

 

「ご主人様……。若しかしてご主人様も…………私が……軽い女だって………………思ってますか?」

 

 どういう思考を経ていきなりそういう発言が飛び出したのかさっぱり解らない雁夜だったが、本気で尋ねられている以上は本気で答えるのが玉藻への礼儀だと思い、雁夜は答えを返した。

 

「まあ、陽気やお気楽と言うよりは、軽いと言う方が合ってるだろうな」

 

 宛ら、何時の間にか親と逸れてしまった子供の様に愕然とする玉藻。

 が、そんな玉藻を無視する様に雁夜は言葉を続ける。

 

「神霊というのが信じられない程に現代的な知識や言葉を披露するし、しかもゲームのネタやスラングもやたらと炸裂させるから、今時の女子学生並の軽さに思えるな」

 

 親を探しているうちに日が暮れ始めてしまった子供の様に、焦燥と不安を募らせ始める玉藻。

 だが、特に気にした風もなく言葉を続ける雁夜。

 

「おまけに腹黒く相当な毒舌。

 偶に気軽に向けられる舌鋒は俺の精神をズタボロに切り裂くから堪ったもんじゃない」

 

 気が付けば真夜中に一人になってしまった子供の様に、不安と絶望に染まる玉藻。

 しかし雁夜相変わらず気にした風もなく言葉を続ける。

 非難と言うよりは白い目をした桜に見られながら。

 

「トドメに寂しがり屋なのが起因しているのか、誰でもいいから尽したいという考えが偶に透けて見える」

 

 漸く探し当てた親が解体されていた場面に出くわした子供の様に、絶望に押し潰されて呆然とする玉藻。

 そして益益呆れが混じった白い目を桜から向けられながらも言葉を続ける雁夜。

 

「まあ、だけど、……今一理解出来ないが、…………どういうわけかお前が俺を好きだと言う気持ちは、本気だと思っている」

 

 その言葉を聞き、衝撃波が発生する速度で顔を上げる玉藻。

 対して純白と言うよりは漂白された様な白い視線を雁夜に向ける桜。

 だが、それらの視線を振り切って雁夜は言葉を続ける。

 

「以前言ったが、俺は一目惚れを否定する気は無いし、意図的に相手を好きになろうとするのもありだと思ってる。

 だから、俺じゃ応えきれない嬉しいけれど戸惑うお前の想いは、軽いどころか俺が押し潰される程に重いと思っている。

 

 まあ、普段の態度は別にして、お前の想いだけ(・・)はな」

 

 素直になれず、最後に余計な一言を付け足す雁夜。

 そしてそんな雁夜に桜は漂白し過ぎて擦り切れた様な視線を送り、対して玉藻は――――――

 

「ご主人様!今の発言は私の想いが重過ぎて今は応えきれないと受け取って構いませんね!?」

 

――――――一気に全快して雁夜に確認を迫った。

 

 最後に憎まれ口を叩いた筈なのに、何故玉藻がこんな反応をするのか理解出来ない雁夜だったが、玉藻に抱えられていた桜が雁夜の代わりの様に呟いた。

 

「私も……そう聞こえた」

「ですよねですよね!?

 これはもうウェディングロードを疾走していると思っていいですよね!?

 丁度教会に行くんですから、そこで結婚式を挙げましょう!!」

「いや、ちょっと待て!

 何処をどう受け取ればそうなるんだ!?」

 

 慌てて待ったを掛ける雁夜。

 だが、待ったを掛けた雁夜に、桜の凄まじい一言が浴びせられる。

 

「……往生際が悪い」

「はいぃっ!?!?」

「何時もラブラブなのに……気持ちに応えないなんて……ズルイ」

「いやいやいやいやいや!ちょっと待ってくれ桜ちゃん!

 一体俺と玉藻の何処辺りが普段ラブラブに見えるんだい!?」

「?」

 

 雁夜の質問に対し、心底意味が解らないという瞳で雁夜を見返した桜は、思っていることをその儘告げる。

 

「……どこがラブラブじゃないの?」

「い、いや、別に俺と玉藻は結婚してるわけじゃないし」

「じゃあ……恋人?」

「いやいやいや!デートの一回もしてないのにそれは段階飛ばし過ぎだよ!?」

「じゃあ……事実婚?」

「何でそんな単語知ってるの!?」

「漫画に載ってた」

 

 そう言いながら少女漫画を指差す桜。

 

 桜に指差された漫画は、一応規制の無い少女漫画だが、ターゲットが大人の女性である少女漫画であった。

 そしてそれを見た雁夜は、最近の少女漫画はモザイクが掛かりそうな部分を身体で隠したりコマの外にしたりしつつ、場面を一切飛ばさず描写しきるという、青少年健全育成条例に正面から喧嘩を売っている物が結構あって問題になっているのを思い出し、碌に内容を確認せず絵柄だけで買ってしまったことを後悔しながら頭を抱えた。

 だが、そんな雁夜に桜は容赦無く追撃の言葉を浴びせ続ける。

 

「事実婚でも……好きって言ってやらないと……可愛そう」

「いや、桜ちゃん。おじさんと玉藻は事実婚でもないから。

 と言うか、どうしてそう思ったんだい?」

 

 優しく問い掛ける雁夜だったが、桜は、[何を言っているの?]、と言わんばかりの目でで答えを返す。

 

「だって……一緒に暮らしてる」

「あ゛」

「それに……一緒に眠ってる」

「…………」

「後……一緒にご飯作ってる」

「……………………」

「一緒に暮らして……一緒に眠って……一緒にご飯作って……楽しそうに笑ってるなら…………夫婦じゃないの?」

「……………………………………」

 

 言い逃れが不可能な程に証拠を告げられ、燃え尽きた様に崩れ落ちる雁夜。

 だが、そんな雁夜に桜は更に容赦無い言葉を浴びせる。

 

「雁夜おじさん……なんとも思って無いなら……思わせぶりなことしちゃ駄目」

「……はい」

「甘えるなら……ちゃんと好きって言ってからにしないと……駄目」

「……その通りです」

「だから……雁夜おじさんは女心が解ってないって言われる」

「……反論のしようもありません」

「誑しって言われても……しょうがない」

「……仰る通りです」

 

 圧倒的正論を容赦無く浴びせられ、人生の敗北者の様に消沈してしまう雁夜。

 しかし桜はまだ言い足りないとばかりに、輝きに満ちた玉藻に目を向けられながら言葉を浴びせ続ける。

 

「雁夜おじさん」

「はい……」

「今のまま過ごすなら……待っててくらい言わないと……駄目。

 弄んじゃ……絶対駄目」

「はい…………」

「ん。なら……直ぐに言う」

 

 そう言うと、するりと玉藻の腕から抜け下りる桜。

 

 何時かと違い、玉藻が外堀を埋めた結果ではなく、雁夜が墓穴を掘り捲った結果の為、しかも正論に因って墓穴に埋められてしまった為反論の余地など無く、雁夜は何と言ったものかと頭を悩ませた。

 少なくても桜に女性の敵と認識されるのは命の限り回避したい雁夜としては、桜の正論も相俟って逃げ出すという選択肢が完全に封じられてしまった。

 しかも雁夜が向き合うべき玉藻は、好きな男子に放課後に人気の無い所へ呼び出された女子の様に期待と緊張に満ちた目で雁夜を見つめており、最早人生の墓場一直線と言わんばかりの状況に、雁夜は酷い眩暈を感じた。

 だが、今や人外と成った為酷く頑丈な雁夜は簡単に気絶など出来る筈もなく、気絶という御茶濁しも出来なくなった我が身を呪いつつも、今がケリを付ける時だろうと悟った雁夜は雁夜は、意を決して玉藻に話し掛ける。

 

「あー……玉藻」

「は、はいっ」

 

 頭を掻きながら立ち上がった雁夜の言葉に対し、玉藻は背筋を伸ばしつつ、明らかに緊張している表情と声で返事をした。

 そしてそんな玉藻の緊張が伝播したのか、雁夜も若干緊張しながら言葉を掛ける。

 

「…………俺としちゃこのまま穏やかに、変化も無い日常を何時迄も過ごしたかったんだが、流石にそれは不誠実だと諭されたから、今此の場で色色とハッキリさせる」

「………………」

 

 固唾を飲んで雁夜の言葉を待つ玉藻。

 対して雁夜は此れから自分が言う事を思って暫し片手で顔を押さえていたが、やがて落ち着いたのか顔から手を離しながら顔を上げ、玉藻を見詰めながら告げる。

 

「短い間だが、お前と一緒に暮らしてた時間はとても楽しかった。

 そしてお前の信頼はギルガメッシュとの勝負の最中、桜ちゃんの為に戦うのと同じ程に俺の背中を押してくれた。

 …………呆気無く篭絡された様で癪だが、お前は俺の中で間違い無く大切な存在だ」

 

 真剣な表情の儘雁夜の言葉に聞き入り続ける玉藻。

 そして雁夜が話しやすい姿勢を維持してくれていることに雁夜は内心で感謝しつつ、更に言葉を続ける。

 

「愛しているかと問われると、情け無いことに答えられないが、好きだとは間違い無く断言出来る。

 少なくても傍に居ると楽しいし安らぐし変に緊張もしない。

 出来ればずっとこんな時間が続いてほしいが、さっきも言ったがあまりに不誠実だから結論を言う」

 

 雁夜のその言葉を聞き、緊張で身体を強張らせる玉藻。

 そして雁夜も緊張で身体を強張らせていたが、それを解す様に数度深呼吸をした後に、意を決した表情で告げる。

 

「俺はお前と一緒に居続けたい。

 そして愛してはいないのかもしれないが、お前を愛したいと思っている。

 だから、………………交際を申し込む」

「っっっぅぅぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」

 

 迂遠な言い回しを一切含まない素直な告白を受け、玉藻は顔を真っ赤に染めながら挙動不審に暫く辺りを見回す。

 そして優しい瞳をした桜と視線が合い、暫し無言の儘視線で会話をする玉藻と桜。

 僅かな遣り取りだったが互いに意思の疎通は図れたらしく、小さく頷く桜に背を押される様に玉藻は雁夜を確りと見据えて返事を告げる。

 

「喜んで御受けします。ご主人様♥」

 

 雁夜が見惚れる満面の笑顔で玉藻はそう告げた。

 

 

 

Side Out:間桐邸

 

 

 







【雰囲気が打ち壊される其の後】


「……おめでとう」

 今迄静かに見守っていた桜が、そっと祝いの言葉を告げる。
 そしてそれに雁夜と玉藻が言葉を返す。

「あ、ありがとう。
 …………随分気を使わせちゃったね」
「ありがとう桜ちゃん!
 可愛いだけでなくて優しくて強いなんて素敵に無敵です!」

 照れた顔で告げる雁夜に対し、玉藻は黄色満面で桜を胸に掻き抱き、桜が苦しく無い程度の強さで強く抱き締めた。
 そして抱き締められている桜は何と無く嬉しそうな表情で雁夜に言葉を返す。

「大丈夫……まだ……これからだから」
「これから?」

 桜が何を言っているのか解らなかった雁夜は、不思議な顔をして桜に聞き返した。
 すると桜は雁夜の疑問にあっさり答える。

「今日は……朝まで確り寝るから……何しても平気」
「ぶっ!!??」「ふぇっ!?!?」
「明るいのがいいなら……明るいまま寝る」
「いやいや!幾らなんでも告白して直ぐにそんなことはしないって!?」

 余りの桜の発言に待ったを掛ける雁夜。
 だが、桜は雁夜が何を慌てているのか解らない目で雁夜を見返しながら告げる。

「じゃあ……する時は……言って。
 ……きちんと……眠るから」
「いやいやいや!幾らなんでも桜ちゃんが寝てる横でするなんてありえないって!!」
「……そうなの?」
「そうだよ!
 幾らな――――――」

 一瞬理解してくれたと安堵した雁夜だったが、次の瞬間信じられない発言を受ける。

「見てた方が……良いの?」
「――――――んでもそんな……って!そんなわけないからね!?
 と言うかそれは絶対に止めて!
 若し桜ちゃんに見られたら生きていけないから!!!」

 半泣きで桜に懇願する雁夜。
 だが、桜は不思議そうな瞳で告げる。

「でも……男の人は……見せ付けるのが好きって……載ってたよ?」
「そういう人も居るかもしれないけど、少なくてもその人達も家族に見られたいとか思ってない筈だから!
 少なくても家族に見られるのは一番ダメージが大きいから、本当に勘弁してね桜ちゃん!?」
「…………解った。
 なら……する時は教えて。……見ないように……するから」
「ち、違うんだ桜ちゃん!知られるのも洒落にならないダメージを負うんだって!

 おい玉藻!黙ってないで助けてくれ!」

 最早援護無しでは打開出来ないと思った雁夜は玉藻に援護を求める。
 だが――――――

「ご、ご主人様。
 好きな香とか香油って何ですか?
 出来る限り御要望にはお応えします」

――――――場を乱す発言が飛び出すだけだった。

「正気に戻れ!ガキじゃないんだから告白して直ぐにするわけないだろが!?」
「じゃ、じゃあ、何かサインでも決めといた方がいいですかね?
 こういうのは最初が肝心ですし……」
「…………勉強になる」
「桜ちゃん!こんな奴の言う事を真に受けちゃ駄目だからね!?

 と言うか風呂に入ってさっぱりして一休みしようとしてたのに、何でこんな混沌に成ってるんだよ!?」

 誰に言うでもなく八つ当たり気味に言った雁夜だったが、それに対して桜が妙案を思い付いたとばかりに告げる。

「なら……みんなでお風呂に入る」
「え゛?」
「仲良く……お風呂」

 純粋な瞳で告げられ、雁夜は硬直する。
 だがそんな雁夜を無視する様に、悪乗りしているのか真面目なのかさっぱり解らない程に幸せで緩みきった表情の玉藻が追随する。

「いいですね♪みんな仲良くお風呂って、絵に描いたような幸せですよね♥」
「いや、ちょ、ちょっと待ってくれ。
 確かに絵に描いた様な幸せだろうけど、三人で一緒に入ると、……ナンと言うかイロイロと問題が……」

 桜と玉藻を交互に見ながら尻窄みにそう言う雁夜。
 だが、それに桜が安心してほしいと言わんばかりに妥協案を出してきた。

「大丈夫……雁夜おじさんがドキドキしても……見ないようにするから」
「もう止めて桜ちゃん!
 おじさんの心をそれ以上傷付けないで!!!」



 その後、間桐邸の浴室から暫く雁夜の悲鳴が響き続けていた。



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