カッコ好いかもしれない雁夜おじさん   作:駆け出し始め

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拾參続・カッコ好いかもしれない雁夜おじさん

 

 

 

 激突する地獄そのものの風とソレを祓う風。

 激突した二つの風は、余波だけでも超一級の宝具の解放にも匹敵する規模であり、宛らそれは神話の再現であった。

 

 原初の地獄を再現する風と、地獄を祓って創世を告げる風。

 地獄の風が変革を拒み、創世の風が停滞を拒み、互いが互いを否定しあう。

 否定しあって周囲を荒れ狂う風は空間を切断するだけに留まらず、擬似的な時空断層すらをも引き起こし、激突点を中心に物理特性を無視し且つ規格外の神秘を纏った破壊の波が広がりだした。

 だが、ギルガメッシュと雁夜は互いに地獄の風と創世の風を放出しており、余波の影響など受けていなかった。

 が、今迄観戦していた周囲の者はそうはいかず、ライダーは二つの風が激突した瞬間即座に空へと避難して事無きを得たが、セイバーとランサーは最早自力での離脱が叶わないと判断した各マスターが、ケイネスは自身を、切嗣はアイリスフィールを連れて全速で避難する様に令呪を以って命じた。

 そして令呪の補佐が無い切嗣と舞弥は事前に望遠スコープで視認出来る限界迄離れていたので、辛うじて余波の圏内からの脱出が間に合ったが、監視していたアサシンは二人よりも近く且つ運も悪かった為、荒れ狂う余波の風を浴びて一瞬で消し飛んだ。

 

 荒れ狂う余波が今迄より更に強まり、遂に市街地迄及ぶかと思われた直後、突如市街地と倉庫街を遮る様に結界の壁が現れ、超一級宝具の解放に匹敵する余波の悉くを難無く受け止めた。

 更にその結界は一瞬で消えたりはせず、まるで激突が終わる迄は在り続けると言わんばかりに変わらず存在し続けた。

 だが、それは此の場の者が外に脱出するのを阻むことも意味していた。

 そしてそれに気付いたケイネスは即座にランサーのゲイ・ジャルクで結界を一時無効化して離脱する様に命じたが、破魔の赤薔薇と称えられた槍の穂先が結界に触れたにも拘らず、結界は破壊されること無く存在し続けていた。

 一応ゲイ・ジャルクは魔力の流れを断ちはしたのだが、張られた結界が単一の術式ではなく兆に届く数の術式の集合体であり、ランサーの行動とは滝に槍を差し入れて塞き止めようとするのと同義であり、まるで要を成すことが出来なかった。

 しかも滝の如く結界を降り注がせる兆に届く結界の基点はサーヴァントの視力を以ってしても視認不可能な上空に在り、飛び道具で中てるというのも極めて困難であり、ライダーが天を駆けて基点を破壊しようとしても間に合わぬ公算が圧倒的に高い程に桁外れな上空に基点は存在していた。

 その上これを行っているだろうアウトキャストはギルガメッシュと雁夜の勝負を邪魔しているのではなく、破壊が市街地に及べば聖堂教会からの介入があると判断しての対処である為、両者その結界に対して一切文句が無い為に説得による解除も望めず、又、神秘の秘匿という面に関しても魔術師達が神秘秘匿の為なら人命など塵にも劣ると豪語している為文句の無い対処であった。

 

 

 観戦者達が結界ギリギリ迄に避難しても激突は続いていた。

 本来なら既に放出が終わっている筈なのだが、ギルガメッシュは宝物を使い続けて回復したはしから魔力を籠め続けて地獄の風を放ち続けており、雁夜は生命力を消費し続けて根源に繋がる補給管を維持し続けて汲み上げた魔力を籠め続けて創世の風を放ち続けており、完全な膠着状態に陥っていた。

 この儘ではギルガメッシュの魔力とバックアップの宝物が尽きるか雁夜の生命力が尽きるかの勝負になってしまい、何方も此処迄全身全霊の全力を振り絞った結果にしては今一納得しかねる幕引きになってしまうと感じていた。

 故、ギルガメッシュも雁夜も、一瞬だけ今迄を遥かに超える魔力を注ぎ込み、その一瞬で相手の風を吹き散らして勝負を決めることにした。

 無論、一瞬とはいえ今迄を遥かに超える魔力を注ぎ込む以上、成否に拘らず甚大な反動を受けるのは必至であり、更に反動でその後は魔力を籠めることすら出来ない程消耗してしまう為、相手の風を吹き散らせなければ逆に自分が無防備に相手の風を受けることになるのだが、ギルガメッシュも雁夜も自分が競り負けるとは微塵も思っていなかった。

 何方も正真正銘全身全霊の全力であり、誇りや矜持や信念や想いの全てを籠めた一撃であり、その結果を疑うなどという思考は全く存在しなかった。

 そして、両者同時に耐久限界を遥かに越えた魔力供給を行い、地獄の風と創世の風の出力が一瞬だけ跳ね上がった。

 

 互いの耐久限界を超えた魔力供給が成され、二つの風の出力が爆発的に跳ね上がったが、奇しくもその出力は先程と変わらず同等であった。

 だが、それは先程と同じ拮抗になど成りはしなかった。

 

 究極の一とも称される全く同威力同規模の激突は、擬似時空断層ではなく、正真正銘の時空断層を発生させた。

 そして発生した時空断層は両者を呑み込む規模で世界に孔を穿ち、ギルガメッシュと雁夜は同時に根源の渦へと呑み込まれた。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 引き分けと言うよりも相打ちと呼べる様な有様になった激戦だったが、戦いを観戦していた誰もが予想外の結果に呆然と世界の外側への孔が穿たれた箇所を見つめていた。

 魔術師達は何故あの場に飛び込まなかったのかという後悔から、サーヴァント達は尋常ならざる武の激突に敬意を表すかの如く、雁夜とギルガメッシュが消えた辺りを見ていた。

 だが、其処には最早根源の渦など存在せず、又、雁夜とギルガメッシュの両者も存在していなかった。

 ただ、神話を再現する戦いが在ったことを示すかの如く、たった二者で作り上げたとは思えない程の破壊の爪跡を残していた。

 しかし、勝者も敗者も居らず、夜風と潮騒とが静寂を否定するだけになったにも拘らず、天より降り注ぐかの如く展開される結界の群は未だに健在であった。

 

 直ぐに全員が何故未だに結界が解除されていないのかを疑問に思った。

 一瞬この儘此処に自分達を隔離して干上がらせるつもりなのかと思ったが、直ぐ傍に海が在る以上は魔術を用いて食料と真水の確保は容易である為、恐らく年単位での自給自足が可能である為その線は非常に薄かった。

 ならば残ったサーヴァントが同士討ちをする様に仕向けているのかとも思ったが、此れ程強大な結界を展開する魔術関連の能力を有する者に利させるくらいならば、寧ろ同盟を促すだけになるのは自明の理の為、その線も非常に薄かった。

 それならば一定時間自立展開型なのかとも思ったが、戦闘が激化した際に急遽張られた様な代物が事前準備を必要としたり、万が一の事態に素早く結界を補強出来ない術者から切り離された類の術式を使用するとも思えない為、この線も非常に薄かった。

 そして、これらの理由でないとするならば、残された可能性は、未だ勝負は続いているか、この結界内の者を鏖殺する為の準備を整えているか、であった。

 

 直ぐにその考えへ至った結界内の全員に緊張が走り、一時的な同盟を組むべきかどうか皆が僅かに逡巡した。

 だが、その答えを誰もが出す前に、世界の外へと通じる孔が穿たれた辺りに異変が起きた。

 

 傍目には何も変化が無い様に見えるが凄まじい神秘が漏れ出す様に現出しており、此方側ではなく彼方側からの干渉が行われていると即座に誰もが理解した瞬間――――――

 

「あああああああああああああああっっっ!!!」「おおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」

 

――――――凄まじい雄叫びと共に、世界に孔を穿ちながら雁夜とギルガメッシュが現れた。

 突如弾かれる様に現れた両者は、着地も出来ずに無様に地面に激突して転がった。

 暫く転がり続けた両者だったが、推力が無い為程無く同じ位置辺りで止まった。

 そして両者が転がった際に巻き起こった砂塵が完全に晴れる程の間、完全な沈黙が周囲を支配していたが、唐突に起き上がった二人は互いを見――――――

 

「はははっ」

「くくくっ」

 

――――――僅かに笑い零し――――――

 

「はははははははははははははははははははははははははははははっっっ!!!」

「あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっっっ!!!」

 

――――――後に白雉の如き笑い声を上げた。

 

「まさか我の総身と財の全てを費やした渾身の一撃で勝てぬとはなっ!

 だが、互いが渾身の一撃を放った結果が是ならば悪い気は微塵もせん!」

「俺も勝ち負けに興味は無いが、アレで勝てないとは思わなかった!

 だけど……死なず殺さず済んで終わったのは嬉しい限りだ」

「何だ?殺さぬつもりで戦っていたのか?」

「まさか。そんな余裕は無かったさ。

 ただ、俺が挑んだのは一騎打ちでも殺し合いでもなく、勝負だったんだ。

 殺さず済むならそれに越したことは無いだろ?」

 

 雁夜の言葉を聞き、ギルガメッシュは一瞬呆気に取られたが、直ぐに笑みを濃くしながら言葉を返す。

 

「はははははっ。そうであったな。

 余りに楽し過ぎてそんなことすら忘れてしまっていたな」

「俺も……ほんの少しは楽しかった」

「ほう?戦いの楽しさを理解出来たか?」

 

 意外なものを見る眼でギルガメッシュは雁夜に告げる。

 だが雁夜はそれに苦笑しながら言葉を返す。

 

「そうじゃないさ。

 ただ……生まれて初めて全力で何かをするのが楽しいと思った。

 誰かの為だろうが自分の為だろうがそんなのは関係無く、自身が空っぽになる程全力を振り絞った上で尚力を振り絞ろうとするのが、ほんの少しだけ楽しいと思えた」

 

 自嘲とも苦笑と違う笑みを浮かべながらそう言う雁夜。

 そしてそれにギルガメッシュは笑いながら告げた。

 

「はははははっ。そんなことを今になって気付くとは、正しく先程と生まれたばかりの赤子の様ではないか?」

「ははっ。否定出来ないところが情けないな。

 だけど、俺が生れたばかりと言うならそっちも生まれたばかりと言えるだろ?

 なにせ完全な転生を果たしたんだから」

 

 雁夜がその言葉を発した瞬間、雁夜とギルガメッシュの会話を聞いていた者達は驚愕の声を上げた。

 だが、マスター達は雁夜とギルガメッシュの話に割り込んだ祭に不興を買って即殺されるのを恐れ、サーヴァント達は全力勝負の後の語らいが一段落する迄話に割り込むのは無粋と思い、誰も雁夜の発言を問い質したりはしなかった。

 が、当然そんなことなど気にも留めない雁夜とギルガメッシュの語らいは続く。

 

「未来の記録は捨て去ったから完全とはいかんがな」

「そんな人生を馬鹿にしてる預言書なんて捨てて当然だと思うぞ?」

「ほう?未来への不安が無いとでも言うつもりか?」

「そんなワケないにきまってるだろが。

 ただ、知ってようと知らぬ儘でも結果が同じなら、そんなの塵と同じだろ?」

「正しく真理だな」

「そんな大層なもんじゃないさ。

 所詮こんなのはちょっとした思考ゲームだ」

 

 そう言って雁夜は思い出した様に虚空へと手を伸ばし、現れた時に転がってしまった先程創造した規格外の概念武装を喚んだ。

 すると主に喚ばれた概念武装は宙を駆けて主の手へと収まった。

 そして雁夜は手に収まった球体を労わる様に暫し見つめた後、ギルガメッシュへ手渡した。

 

「一方的に勝負を吹っ掛けた侘び……と言うより、まあ、色色諸諸に対する俺の感謝と感動の(しるし)だ。

 要らんかもしれんが受け取ってほしい」

「侘びなら要らんと言うところだが、感謝と感動の証だと言うなら、受け取ろう。

 それは至宝と呼ぶに相応しき物だからな」

「感謝する。

 ああ、一応言っとくが、ソレ、根源に触れて変質した一品物だから、崩壊したらもう創れないぞ」

「だろうな。

 もう一度創造したところでコレの変質前のが出来るだけだろうな」

「だな。

 まあ、気合を入れ捲ればソレと同等のコトをソレ無しで出来ると思うから、使い捨てのやつなら創れるかもしれんが、感謝や感動の証とそっくりの使い捨ての物なんて気分が悪くなるから創るつもりは微塵も無いけどな」

 

 その言葉を聞き、ギルガメッシュは上機嫌に頷いた。

 そして貰ったばかりのモノの名を知らぬのを思い出してたので尋ねた。

 

「ところでコレの名はなんというのだ?」

「そうだな……特に名は決めていないが、あの一撃の名前は決めてある」

「ほう、なんだ?」

「〔神である九へと至る八と一〕、だ」

「なるほどな。

 神成らぬ身で神へと挑むという意味か」

「詳しくは恥ずかしいから秘密だ。

 あ、ただ、それ自体の名前は無いから好きに決めてくれ。

 名付け親に成ればソレは俺の手から離れるしな」

 

 それを聞いたギルガメッシュは笑みに不敵さを混ぜながら手の中のソレの名前を告げる。

 

「ならば、コレの名はカリヤ以外に在るまい。

 あの勝負の末に感謝と感動の証に我へと渡されたならば、此れより相応しき名は在るまい?」

 

 雁夜が恥ずかしがる様を楽しむ様にそう言うギルガメッシュ。

 だが、同時に言っている事に嘘が無いと容易に解る笑みを浮かべていた為、雁夜は何とも困った顔で言葉を返した。

 

「俺としちゃ恥ずかしいから勘弁してほしいが、俺が貰う立場でもそう付けるだろうから止めろと言い難いな」

「む?ならば我も何かやるべきか?」

「いや、身の丈を越える物は貰わない主義だから、丁重に断らせてもらうとする。

 それに、俺が本当に欲しいモノは祈りと行動の果てに手に入るのばかりだから、貰える様なモノじゃないしな」

「我の宝物を拒否するとは、何とも欲の無い奴だな」

「欲が無いわけじゃないが、根が小市民だからな。

 穏やかで慎ましやかな生活が壊れる様な高価過ぎる物は二の足を踏むんだよ」

 

 そう言いながら雁夜は立ち上がり、ギルガメッシュもそれに続く様に立ち上がった。

 暫し雁夜とギルガメッシュは黙って視線を交わし合い、それでこの語らいももう直ぐ終りだと両者悟った。

 そしてもうこの語らいが終わると思ったギルガメッシュは思い出した様に告げた。

 

「しばらくは散策で時間を潰す。

 時臣と会うなら早い内にするといい」

「それは在り難いが、いいのか?

 一応召喚者だろう?」

「ふっ。折角最高の気分なのを時臣なんぞに会って潰すのは惜しいからな。

 暫くは夜空を肴に酒を飲み、陽が昇れば有象無象が溢れ返った街を散策し、そして暮れれば雑種達の戦いでも見て過ごすとする」

「聖杯を奪い取られるかもしれないがいいのか?」

 

 何と無く物品収集癖が在りそうなギルガメッシュが聖杯に頓着して無さそうな発言をした為、気になった雁夜は問い掛けてみた。

 するとギルガメッシュは清清しい笑みを浮かべながら答えた。

 

「聖杯戦争などと言う戯けた催しの最中、得難き邂逅を成し、至高の勝負を繰り広げ、その果てに至宝を渡されたのだ。

 巡り合わせの鍵になった聖杯に労いぐらいは掛けてやるが、奇跡の出涸らしは要らん。

 そんな物は欲しい者共が勝手に奪い合えばいい。

 まあ、見所も無い奴がその手に掴もうとするなら消し飛ばし、召喚者への義理立てとして時臣にくれてやるがな」

「奇跡の出涸らしとは言いえて妙だな。

 特に俺にとっちゃ二度も奇跡の巡り合せが…………いや、一度目は悪夢か?が起きただけに、正しく出涸らしだな」

「ほう。奇跡だけでなく悪夢と称する一度目とは何なのだ?」

 

 雁夜は興味深げに尋ねるギルガメッシュに如何答えたものかと暫し悩んだ。

 はっきり言って、コレだけ大暴れしたならばどう足掻いても裏から大注目されるのは必至であり、しかも聖杯戦争中の戦闘の結果とはいえ根源の渦への道を開いたのだから魔術協会からの干渉も必至であった。

 幸いと言うべきか、ほぼ英霊状態の英雄王ギルガメッシュと引き分けるという快挙を成し遂げた以上、気安く雁夜にちょっかいを掛ける馬鹿は沸かないだろうが、最高位階の神霊と共に居ると知られればどうなるだろうか?

 

 予想される魔術協会側の反応は、恐らく手を出す輩が更に減るだろう代わりに、より一層監視の強さや御機嫌取りに来る輩の数が跳ね上がるというものだろう。

 そして聖堂教会に関しては極東という布教範囲外に神霊が涌いて出た程度の認識か、自分達以外の教義の神が現れたと執拗に襲撃を掛け続けるかの何方かだろう。

 だが、雁夜は少しだけ楽観的に、[基本的に布教範囲外且つ一神教に喧嘩を売る程節操無く何でも気軽に信仰する日本で、祖の10位以内を放置している教会の奴等が勝てない相手へ執拗に挑むとは思えない]、と判断した。

 但し、玉藻の存在を知らしめた場合、少なくても桜を独り立ちさせる際は人質に扱われぬ様に雁夜達は異世界にでも旅立つ必要が在り、更に桜には確りと自衛の術を教え込む必要が在るのだが、最早桜に魔術関連の知識と技術を修得してもらうのは必須な為、然して変わらないと言えた。

 

 因って、雁夜は玉藻に聖杯戦争の偽装リタイヤをさせて時臣やアサシンのマスターに疑われ続けるくらいなら、此処で全てを晒して確り聖杯戦争に関わる気が無いことを宣言しようと思った。

 幸い、最高位階の神霊が聖杯を欲しがるとは常識的には考えられず、更にギルガメッシュの宝物を拒否したり創造した規格外の概念武装を簡単にギルガメッシュへ渡したのを考えれば雁夜が今更聖杯を狙うとは思われないだろう為、手札を全て晒して聖杯に魔力でも適当に流し込めば始まりの御三家の当主としての最低限の勤めは果たせ、その後は聖杯戦争が終わる迄安全な那須の山にでも篭っていても文句は言われないだろうとも雁夜は思った。

 

 そして結論を出した雁夜はギルガメッシュへと答えを返した

 

「これから呼ぶから少し待ってくれ。

 ……と、言うわけで来てくれ。但し、死にかねない奴には配慮してくれ」

「死にかねないだと?」

 

 何を言っているのか今一解らなかったギルガメッシュだったが、直ぐにそんな疑問が吹き飛ぶ異変が未だ張られていた結界内に起こった。

 

 

 突如結界内に凄まじ過ぎる神秘が充満し、更に次の瞬間には恐らく結界内だけだろうが、空に燦然と輝く太陽が現れた。

 影の発生角度や肌に当たる光の暖かさだけでなく、天空に存在する太陽に何の違和感も感じないことからアレが偽りや虚構ではなく、正真正銘の太陽なのだと、理屈も無くこの場の誰もが理解した。

 

 天空に太陽が出現し、この場の誰もが正真正銘の太陽なのだと理解した次の瞬間、太陽の欠片の様な光の粒が一箇所に集まりだして一つの形を作り上げた。

 そして形を成し終えると光は直ぐに収まり、光の中から、太陽神とも万物の慈母とも白狐に乗る天女とも謳われる、亜細亜圏内の神に置いて最高位に位置する女性神が具現した。

 更にその後僅かに遅れて虚空に現れた少女を彼女は優しく抱き抱えると、静かに地へと降り始めた。

 

 地へ降りる最中、彼女は九つ在る尾の一つを振った。

 すると見るも無残な状態成り果てていた倉庫街が、瞬時に破壊される前の状態へと戻った。

 

 

 修復が成された有り触れたアスファルトの地面に降り立った彼女は、露出が激しい格好をしているにも拘らず、人が決して侵せぬ神聖さを湛えながら雁夜の元へ静かに歩を進めた。

 10mも離れていない為直ぐに雁夜の傍に辿り着いた彼女は、胸に抱いていた少女を静かに地面へ下ろした。

 

 地に下ろされた少女は他の一切を見向きもせず、迷わず雁夜に駆け寄り、その脚に抱きついた。

 

「!?」

 

 雁夜は自分の足に抱きついた桜が何故玉藻に抱えられて此処に居るのか解らなかったが、桜が此れ程能動的且つ積極的行動を示したのは再開した時から一度として見たことが無く驚いた。

 だがその驚愕も――――――

 

「良かった………………生きてて…………………………本当に良かった」

 

――――――震えながら抱き縋る桜から聞こえる小さな声を聞き、驚愕は一瞬にして消え去った。

 

 自分の足に抱き縋る桜を見、玉藻が何を想って桜を此の場に連れて来たのか察した雁夜は、桜を安心させようとそっと抱え上げ、優しく抱き締めた。

 そして少しでも安心してほしいと思い、精一杯の優しさと配慮を籠めて囁いた。

 

「大丈夫だよ。叔父さんは此処に居るよ」

「……うん」

「凄く無茶しちゃったけど、此処に居るよ」

「…………うん」

 

 雁夜が怪我を負ったり人外へ至ってしまったことに負い目を感じているのか、桜の声はとても小さかった。

 だが、雁夜は強大な相手に挑む姿にほんの少しだけでも頼り甲斐を感じ、そして自身の姿に喚起されてもう少しだけ勇気を振り絞ってほしくて勝負を挑んだのであり、桜に負い目を感じてほしくて勝負を挑んだのではない為、桜に負い目を感じさせないよう、少しだけ会話を誘導することにした。

 

「勝負には勝てなかったけど、少しは勇気を振り絞れたかな?」

「……………………わからない。

 だけど……雁夜おじさんが消えちゃった時………………頼まなきゃよかったっていっぱい……いっぱい後悔した」

 

 わからないと言われた瞬間、流石に脱力しそうになった雁夜だったが、直ぐに続く桜の言葉を聞き――――――

 

(馬鹿か俺は。戦ってる姿を見ている時(・・・・・)に勇気なんて涌く筈ないだろが!

 自分の大切な人が一瞬後には死ぬかもしれない姿を見て勇気が涌く奴なんて、互いが戦士の相棒か精神異常者に決まってるだろうが!

 俺がやったことなんてただ桜ちゃんを不安に追い込んだだけじゃないか!)

 

――――――雁夜は胸中で自分を罵倒した。

 だが、更に続く――――――

 

「でも…………雁夜おじさんが戻ってきた時、いっぱい……いっぱい……いっぱい安心した。

 そして……雁夜おじさんがいっぱいいっぱいいっぱいいっぱい頑張ったんだから、私も…………あの人に会うぐらいは頑張らなきゃって思った」

 

――――――桜の今迄よりも更に勇気を振り絞ってくれた言葉を聞き、不安にさせてしまったが決して無駄ではなかったと思えた雁夜は、涙が出そうになるのを誤魔化す為に少しおどけて尋ねてみた。

 

「叔父さん、少しはカッコ好くて頼り甲斐が在りそうに見えたかい?」

 

 尋ねられた桜は埋めていた雁夜の胸から静かに顔を離し、ほんの少しだけとはいえ確かに涙が滲む瞳を雁夜に向けて答えた。

 

「カッコ好かった。一所懸命頑張っている雁夜おじさん、凄くカッコ好かった。

 それに……私の無茶なわがままを叶えてくれて…………凄く凄く凄い人だって思う」

「っっっ」

 

 此れ以上無い言葉を桜から掛けられ、涙が溢れだした目を急いで腕で擦って拭う雁夜。

 そしてそんな雁夜を凄まじく珍しいことに空気を読んで此れ迄静観していたギルガメッシュが、人を食った様な笑みを浮かべながら雁夜に声を掛ける。

 

「なんだなんだ?この我と引き分けた男がこんな幼き女如きに泣かされてどうする?」

「っぅ!な、泣いてな――――――」

「泣いてるの、雁夜おじさん?」

「――――――んかいな……って、ちょっ、ちょっと!?」

 

 慌てて否定しようとした雁夜だったが、突如抱えられた桜が精一杯腕を伸ばして雁夜の頭を撫でだした。

 恥ずかしさの余り振り払おうかとも思った雁夜だったが、桜の気遣いを無碍に出来ない雁夜は何とも言えない顔でなすが儘になってしまった。

 そしてそんな雁夜を愉快気に眺めていたギルガメッシュはふと桜に違和感を感じ、暫し確りと見据えた。

 

 数秒桜を注視したギルガメッシュは、桜を見る目を興味深い視線に変えながら独りごち始めた。

 

「ただの雑種の小娘かと思ったが、その身を壊す事無く最上の加護を宿しきり、更にあの域の神と触れ合っても精神と魂に異常を来さぬとは、神代でも数える程の存在だな。

 

 ふむ、小娘。名は何と言う?」

 

 桜の顔を晒して置いて今更な感じもするが、雁夜は名前迄バラすのはどうかと思ったが、桜が自分と玉藻以外と話さそうとしようとするなら止めずに見守ろうと思い、黙って見守った。

 そして桜は優しく微笑む雁夜と玉藻を暫く交互に見た後、少し怯えて雁夜の胸に身を寄せながら、しかし小声ながらもはっきりと答えた。

 

「……桜。……間桐…………桜。

 初めまして…………キラキラの王様」

「ほう?我が尊名を知っているのか?」

 

 桜の王様という言葉に興味を引かれたのか、更に問いを掛けるギルガメッシュ。

 そしてその問いに先と然して変わらない感じで桜は答える。

 

「……知らない」

 

 その瞬間ギルガメッシュの顔が歪んだが――――――

 

「だけど……凄い王様なのは解る。

 キラキラで……強くて……カッコ好い…………凄い王様」

 

――――――続く桜の言葉を聞き――――――

 

「ふははははっ!我が尊名を知らぬのは不敬だが、我が尊名を知らずに我を正しく評価したのは見事だ!

 良いぞ。ただの物珍しい器かと思ったが、本質を見定める侮れぬ眼力を持っているではないか。

 矢張り神と人を超越する者の傍に居ると引き上げられるようだな」

 

――――――機嫌良く笑って桜の言葉を受け入れた。

 そしてそれで会話が一段落したと見たのか、玉藻が音も無く雁夜の傍に移動し、静かに雁夜に話し掛けた。

 

「主様。宜しければ紹介をして下さいませんか?」

「……解った」

 

 身振りや雰囲気だけでなく、言葉遣いに迄人では届かぬ神としての品格を感じさせる玉藻に雁夜は、[狐って猫っぽい習性だけどイヌ科なんだよな]、と一瞬益体も無いことを考えていたが、直ぐに了解の言葉を返した。

 そしてギルガメッシュへ紹介する。

 

「こいつの名は【玉藻の前】。通称玉藻。

 この国の平安時代末期に人の姿を模して転生し、幼名を【藻女】と名乗って人界に降り立った、正真正銘の神だ」

 

 紹介されたギルガメッシュは然して驚いていなかったが、それを聞いていた周囲の者は矢張りと思いつつも驚愕した。

 だが、玉藻はそれを気にせず、品と格を感じさせる振る舞いで言葉を紡ぐ。

 

「唯今主様より紹介されました玉藻の前です。

 僭越ながら補足致しますと、私は玉藻の前という神ではなく、私は本体の一側面が形を得て行動している存在であり、私自身に寄せられる信仰は神としてではなく化生としての類が殆どです」

「……神格から察するにさぞや名の知れた神なのだろうが、名は何というのだ?」

 

 ギルガメッシュのその問いに玉藻は一度雁夜に確認を籠めた視線を向ける。

 すると雁夜は、[今更隠すようなことでも無いだろ?]、と視線に乗せて了承の意を返した。

 そしてその意を受け取った玉藻は厳かに告げ始める。

 

「古くから此の日の本の国の民に太陽を司る【天照坐皇大御神(あまてらしますすすめおおみかみ)】と謳われ、真言密教に於いては万物を総該した無限宇宙の全一の【大日如来】と崇められ、更に大日如来の徳の現れでもある【ダキニ天】でもあり、人の信仰が薄れた現代で尚、崇め謳われる存在が私です」

 

 神霊という規格外の中でも更に規格外の神だと知り、流石にギルガメッシュも驚きで目を見開いた。

 だが玉藻はそんなギルガメッシュへ微笑みながら更に言葉を掛ける。

 

「長くなりましたので改めて名乗りましょう。

 私は神霊である天照の一側面である、玉藻の前。

 主様への報恩と思慕を叶える為本来の召喚に割って入り、更に此の総身を聖杯の補助を交えず主様の魔力のみで完全な状態として具現化して頂いた存在です。

 聖杯戦争に置けるクラスは本来存在しませんが、主様より、〔聖杯戦争より外れた者〕を意味する〔アウト・キャスト〕という、仮初のクラスと名を賜りました。

 

 以後見知り置きを」

 

 聖杯戦争を勝ち抜かんと意気込む全てのサーバントとマスターを絶望に染め上げるようなことを、玉藻は微笑みを讃えながら告げた。

 

 

 







  幾つかの補足


【冬木市が無事な件について】

 コレは単に玉藻が事前に結界を張っていたからです。
 明確に認識されたのは規格外の一撃の激突時ですが、実際は雁夜が令呪を使った時には既に展開されていました。
 尚、ランサーが間桐邸の結界に同様のことを行えば、間桐邸の魔力が鉄砲水の如くランサーに襲い掛かり、下手したら瞬間的に消し飛びます。


【根源に呑み込まれて雁夜とギルガメッシュはどうなったのか?(正確には根源の渦へと至る孔に呑み込まれたですが)】

 一言で言うと、ギルガメッシュは受肉した英霊になりました、です。

 根源で自分を見失う事無く確りと保ち、更に駄賃代わりに英霊の座にある自分の未来情報以外を全て自身に移し、正真正銘の完全体として転生を果たして常世に帰還しました。
 対して雁夜は自身の理解が深まった程度です。
 因みに孔が開いて直ぐだった為塞がれた孔周辺が不安定であり、更に高次元から低次元への干渉であった為、消耗していた雁夜とギルガメッシュでも辛うじて完全に根源に呑み込まれる前に脱出が叶っています。
 

【雁夜がギルガメッシュに渡した宝具】

名   :カリヤ(ギルガメッシュ命名)
ランク :EX
種別  :対人宝具 ~ 対界宝具
レンジ :0~99
最大補足:1000人


 間桐雁夜が創造し、根源に呑み込まれた際に神秘や其の他諸諸が跳ね上がった代物。
 雁夜的には概念武装だが、根源に触れる前から既に規格外の域の宝具なのだが、雁夜自身に自覚は全く無い。

 エアが地獄(死)を具現するのに対し、カリヤは地獄を祓う創世(誕生)の効果を持つ。
 地獄を祓うだけあって浄化の概念を持っており、不浄とされる対象や概念に対して特に強い効果を発揮する。
 装備中はEX未満のバッドステータスを問答無用で祓い且つオートリジェネの効果が在り、更にスキルも含めた全ステータスの値を50%上昇させ、しかも装備者の意志で宙を駆け巡らせ且つ小出しで攻撃を放つことも可能な超高性能な多機能宝具。
 ダメージ算出は、【(MGI×40)+(STR×10)】、で限界出力12000だが、宝物や魔法のバックアップで更に数値は上昇する。
 尚、対界宝具にも拘らず地獄や不浄の世界しか崩壊させられないが、地獄や不浄と成り果てた世界(星)で振るえば再び生命が芽吹きだすという、星(世界)の寿命を伸ばす至宝(故に規格外な力を持った雁夜が抑止力から排斥されない)。

 エルキドゥが拘束・牽制・移動、エアが攻撃・破壊・殲滅をするスタイルに、カリヤの支援・迎撃・殲滅の要素が組み込める為、ギルガメッシュの無双振りに拍車を掛ける要因と成った。
 更に、エルキドゥでエアとカリヤを厳重に拘束し続けた状態で、エアとカリヤの双方の出力をダメージ数値1万2千の域迄励起させれば世界へ孔を穿つことが可能。
 尚、根源に触れたエアとエルキドゥの神秘や性能も上昇しており、格的に3つとも同格の域に在る(因みに孔へ呑まれた前後にゲートオブバビロン(以降GOB)を展開している為GOBも強化されており、EX級の神秘若しくは直死の魔眼並の特殊干渉で破壊されない限りGOB及び内部の物(消費された物も含む)は完全に復元される)。
 因みに星の延命が可能な為対星宝具でもあるが、星を内包する宇宙や四次元以上の世界レベルでの延命が可能為対界宝具となっている。
 実はアヴァロンすら突破可能な代物だが、高位次元となる程に攻性干渉とは程遠くなるので、三次元付近での干渉でなければ極めて攻撃として成立し難いという重度の欠点を抱えている(極端な話、八次元存在には浄化と延命と回復効果しか及ぼさなかったりする)。


【玉藻の振る舞いが可笑しい件について】

 一世一代の見せ場とばかりに気合を入れての参上です。
 軽く見られては、馬鹿が涌いて出てくるので、雁夜と桜に迷惑を掛けない為にも気合を漲らせています。内心で。
 因みに、外堀を埋めるつもりは無くても、純粋にお似合いだと言われたいという乙女心もあります。

 余談ですが、軽く見られない様にするなら矢鱈と露出の強い格好を控えるべきかもしれませんが、ダキニ天(稲荷神)は古い伝承では半裸(と言うか伝承地次第では全裸)である為、このSSの玉藻的には十分威厳の出る格好と思っていたりします(若し自身の伝承に準えて全裸で服を着た少女を抱えて降臨とかしてたらただの痴女ですからね)。


【王様達とそのマスター達の心境】

・ギルガメッシュ
 まさか神霊を侍らすとはな。
 やはり我と互角に渡り合った者は器が違う。

・イスカンダル
 むぅ……まさか神霊だったとはな。
 こりゃ流石に交渉の余地は無いか?

・セイバー
 ……まだです。
 このままでは終わりません!

・ウェイバー
 聖杯に興味が全然無さそうな奴等なのが救いだよな。
 もし聖杯を狙われたらあんな化け物三名絶対倒せないけどな。

・切嗣
 まだだ!
 まだ終われない!

・時臣
 オノレ何処まで聖杯戦争を逸脱させれば気が済むのだ!
 だが……む?精霊の域の化け物が、神霊を伴って、敵意を漲らせて、明日と言うか今日にも話し合いに来るのか?ギルガメッシュも居ないのにか?



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