天稟のローズマリー   作:ビニール紐

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アガサ&ラキア……お前達が主人公だ。




急いで書きすぎて、かなり文が変だったんで色々と直しました(上手く直ったとは言ってない。

内容はほぼ変わりありませんのでもう読んだ方は安心です(白目


第36話

ーーそれは道中の事だ。

 

「ああ、全く予想通りって奴ね」

 

アガサが諦めたように呟く。達観しきった声だった。そんな彼女のすぐ後ろには異常に巨大な蛇と蜥蜴が居る。無論、覚醒者だ。

 

「「死ね、アガサッ!」」

 

血走った目で覚醒者達が叫ぶ。どうやら知り合いだったらしい。しかも、相当怒っている。戦士時代に仲が悪かったのだろうか?

 

「アガサさん、なんか凄い恨まれてるみたいですが……いったい何をしたんですか?」

 

走りながら、ラキアが胡乱な目でアガサに問う。それにアガサは悟りを開いたかのような顔でこう言った。

 

「親友に届けてくれって渡された黒の書をなくしました。ちなみに蛇が出した人で、蜥蜴が届く筈だった人です…………はい、すいません」

 

「…………」

 

こいつ面倒事しか呼ばねぇな、とラキアは思った。

 

アガサがやった事を簡単に言うと、限界が来て覚醒しそうだから親友に介錯して貰おうと、頑張って送った手紙を無くしてしまったという訳だ。来ない親友を必死に待った蛇に涙さえ出てきそうだ。

 

まあ、親友の方も覚醒してるところを見るに、覚醒した蛇が唆したか、或いはショックで覚醒してしまったのだろう。何にしてもタチが悪いにも程がある。

 

もちろんタチが悪いのはアガサの事だ。

 

「お前のせいで、お前のせいで私はなぁッ!」

 

正当っぽい呪言と共に、蛇の口から飛来物が放たれる。その正体は口内に無数に生える鋭い牙だ。それが十数本、散弾となってアガサに襲い掛かった。ラキアはガン無視である。相当アガサに拘りがあるらしい。

 

「危なッ!?」

 

アガサは大きく前に跳んで、散弾から逃れる。避けられた牙が多くの木々を爆散させる。かなりの威力だ。掠ろうものなら周囲の肉ごと持っていかれるだろう。

 

「死ねッ!」

 

更に攻撃は続く。牙を逃れたアガサに蜥蜴の尻尾が薙ぎ払われる。直撃コース。どうやら先の範囲攻撃は囮、こちらが本命のようだ。

 

「ちっ」

 

舌打ちしたアガサが回避に動く。だが、僅かばかりタイミングが遅い。それを悟ったアガサは回避から防御に切り替えた。身体の向きを入れ替えつつ左手を剣の腹に添え、強固な大剣を盾にする。

 

その直後、聞きなれた鋼の悲鳴が森に響き、アガサが前へと吹っ飛んだ。

 

「ぐっ」

 

宙に投げ出されたアガサが身体を捻って体勢を整える。そんなアガサに蛇が大口を開いた。また、牙を射出する気だ。

 

足場のない空中でコレを躱すのは不可能。防御にしてもあの威力と数の牙を大剣一本で弾き切るのは多分無理。

 

これは助けないとアガサがヤバイ。自業自得っぽいので自分で対処して欲しかったのだが……ラキアは妖気同調を行った。

 

同時に多数の牙が放たれる。その数は先の数倍に達した。しかし、その大半がアガサに当たらないコースだった。

 

「!?」

 

蛇が驚いた顔をする。彼女からすれば攻撃がアガサをスリ抜けたように見えたからだ。

 

「ちょっ、もうちょい真面目に助けてよ」

 

少数の牙を弾き飛ばし、無事に着地したアガサ。彼女は距離を置いていたラキアに近づくと、すぐに文句を言って来た。巻き込まれるのでコッチに来るなとラキアは思った。

 

「いや本当、あいつら結構強いから、私一人じゃ厳しいのよ」

 

「ええ〜嫌ですよ、だって聞いてる限りアガサさんが悪いじゃないですか」

 

木々を利用し、覚醒者達から逃げながらそんな会話をする二人。その間も覚醒者は追って来るが幸いアガサ達の方が少しだけ速いので距離は縮まらないので安心だ。

 

「確かに無くした私が悪かったけど、わざとじゃないのよ!」

 

「わざとじゃなくても、許されない事ってありますよね?」

 

「ゔっ、いや、でも、仕方なかったの! 丁度覚醒者狩りの任務の途中で、無くしたというか戦いで破れちゃったのよッ!」

 

「…………まあ、それなら仕方ない、かな?」

 

歯切れが悪いが、一応ラキアは納得した。実際、自分が同じ立場で責められたら嫌だ。蛇さんには間が悪かったと諦めて貰おう。まあ、覚醒しても自殺していないので、案外死なないで良かったのかも知れないし。

 

「じゃあ、あの覚醒者達はどうしましょうか、倒します?」

 

「……いや、なんかちょっと」

 

負い目からか、躊躇いを見せるアガサ。まあ、そりゃそうだろう。不可抗力かも知れないが、自分のせいで覚醒させてしまったようなものなのだから。むしろ、ここであっさり殺しましょうと言われたらドン引きである。

 

「そうですね、強そうですし逃げましょうか。まあ、この森ならなんとかなるでしょうし」

 

ここではあの巨体は活かせない。覚醒者達の動きはかなり速いが、乱立する木々に邪魔され攻撃も移動もし辛そうに見えた。だからこそアガサとラキアはこんな余裕で会話が出来るのだ。

 

「もう結構近いわよね、そろそろ薬を飲んだ方が良いんじゃない?」

 

「はい、そうですね、隠れ家まで丁度良い距離ですし、あの覚醒者達の視界から逃れたら……」

 

ーー薬を飲みましょうか。

 

そう、ラキアは続けようとした。しかし、その言葉は直前で止まる。突如、後方に大きな妖気が現れたから。

 

「…………」

 

「…………」

 

アガサとラキアは黙り込んだ。何故ならこの発生した妖気に覚えがあるからだ。それから数秒後、アガサとラキアが頷き合う。

 

同時に禁じていた妖力を解放し、逃げる速度を一気に上げた。

 

「……私達ってそんなに匂うんですかね?」

 

「冗談じゃないわ、毎日水浴びしてるってのに!」

 

強張った顔で言うラキアにアガサがヤケクソ気味に叫んだ。覚醒者の後方。そこに突如現れた妖気、それはプリシラのものだった。

 

 

 

 

「お前を粛清の任務から下ろす」

 

黒服からの命令が、どうしても納得がいかなかった。

 

「安心しろ、粛清者には十分な戦力を当てている」

 

自分の代わりにアガサ達を追うのはイレーネとノエルとソフィア、後は会った事のない一桁ナンバーが一人の計四人らしい。ああ、確かにそれなら安心だ。戦力的にイレーネ一人で問題はないとさえプリシラは思った。

 

プリシラはイレーネの事を良く知っていた。戦士になった最初期の一カ月、最初から一桁ナンバーを与えられ戸惑っていた自分を何かと気遣ってくれたのが彼女なのだ。

 

強くて冷静で組織の教えを違えない。正に戦士の模範と言えるイレーネはすぐにプリシラの目標となった。まだまだ未熟にも関わらず自分がナンバー2に選ばれた時はとても気不味かったが、イレーネは気にした様子もなく真面目に任務に当たっていた。そんなイレーネをプリシラは尊敬している。

 

 

ーーだが、それとこれとは話が別だ。

 

自分の尻は自分で拭う。失敗したくせ文句を言うなんて図々しいとは思うが、自分の不手際で逃した相手を他の人に任せるのは抵抗があった。だからプリシラは任務とは別に動き出したのだ。

 

 

 

「……やっと追いついた」

 

長かった。微かな匂い、それだけを頼りに進んだ正しいか分からぬ不安な道。途中で感知した妖魔、覚醒者を秒殺し、その分のロスを不眠不休で補って走り続けた。それから数日。ようやく見つけた。二つの妖気。もう、絶対に逃がさない。

 

匂いを経て妖気感知に、そして今、視界に映る程、アガサ達に接近したプリシラ。彼女はその心が赴くまま一気に突撃……する事なく左手の開閉を繰り返した。身体の調子を確かめているのだ。

 

数日前、二人の男覚醒者相手に妖力解放してから左手が痺れてまともに動かなかった。反動だろう、これは訓練生時代にも起こった事がある。

 

「よし!」

 

しかし、その痺れは今では大分引いている。アガサ達を追っている間にある程度回復したのだろう。これなら十分いける。プリシラは妖気を解放した。

 

解放率は5%、それでも身体能力は大きくアップした。上がった筋力を活かして地を蹴りつける。それがプリシラの身体を前へと跳ばした。

 

同時に多数の牙が飛んで来る。蛇の覚醒者が放ったモノだ。プリシラはそれを一気に加速する事で回避。

 

「ハッ!」

 

大きく加速したプリシラが大剣を振り被る。狙いは蛇より近くに居た蜥蜴に似た覚醒者だ。その時、蜥蜴が迎撃に出る。走行を止めた蜥蜴が真後ろ目掛けて蹴りを放ったのだ。

 

馬がする蹴りに似た動きだが、覚醒者のそれは威力の面で比較にならない。

 

当たれば身体が砕け散る。猛烈な勢いで迫る足裏。プリシラは体勢を倒れるギリギリまで低くしてこれを回避。それと同時に走った斬撃が蜥蜴の軸脚へと放たれた。

 

「ギィャ!?」

 

硬い鱗を引き裂いて、大剣が覚醒者の脚を斬り裂く。しかし、深い傷を与えつつも斬り落とすには至らない。鱗が硬過ぎたせいか? それもある。だが、最も大きな要因は狙いを外されたからだ。

 

「…………」

 

ギロリッとプリシラは覚醒者より更に前にいるアガサとラキアを睨んだ。攻撃が直撃しなかったのは例の間合いを誤認させる技のせいだ。まさか、覚醒者を倒す事すら邪魔するとは。

 

あまりの怒りにプリシラは二人を今すぐ斬り殺したくなる。だが、人々を守るという大前提を忘れてはならない。先に始末するのは覚醒者だ。

 

プリシラは反撃で振るわれた尾を大きく跳んで躱し、再び蜥蜴に突撃した。次の攻撃は刺突、狙いは胴体、これなら多少のズレは関係ない。

 

「ギヒャァアッ!!」

 

そんなプリシラにカウンターで十数の槍が突き出される。その鋭い穂先の正体は伸ばされた鱗だ。これを数倍に伸ばして攻撃したのだ。

 

「…………」

 

刹那の間に、プリシラは迫る槍の軌道を見切った。咄嗟に放った為か? 見たところ、槍はプリシラに当たらない場所を貫く。まあ、それはおそらく間合い誤認による間違いだ。この攻撃は自分に当たる。しかし、どう避ければ回避出来るか判断出来ない。ならばどうする? 簡単だ。

 

「ガハッ」

 

次の瞬間、プリシラの胸と腹を数本の槍が貫いた。プリシラの口から多量の血が吐き出される。

 

ーーしかし。それだけだ。

 

「ギャハッ!?」

 

ダメージを受けた。だが、それがどうした?

 

プリシラは自身に刺さる槍を無視して前進、頭を守っていた大剣を動かし、蜥蜴の腹に突き立てた。大剣の刃が根元まで肉に埋没する。だが、この程度では終わらない。プリシラは刺さった大剣を即座に捻り傷口を抉りながら引き抜く。

 

同時に夥しい血が腹から漏れ、プリシラを濡らす。それを汚らわしそうに見たプリシラは至近距離から蜥蜴を蹴り上げた。

 

着弾点を中心に、覚醒者の腹が陥没、その衝撃で大剣で出来た穴から噴水のように血が吹き出て、巨体が大きく浮き上がる。プリシラの身体から槍が抜け、血が溢れた。

 

しかし、それはほんの瞬く間の事だ。流血は即座に止まり、傷口もすぐに塞がった。プリシラを倒すには頭を潰す他ないのだ。

 

「カァアアアッ!!」

 

そんなプリシラに巨大な尾が襲い掛かる。蛇形の覚醒者のモノだ。真上から頭を潰すコースで放たれた攻撃。プリシラはコレを大剣の腹で受け止める。直後、地に足が埋まり重い衝撃が全身を打った。

 

だが、やはり、それだけだ。この程度でプリシラは揺るがない。力を込めて尾っぽを真上に弾き飛ばす。

 

「き、貴様、化…」「うるさい」

 

何か言おうした蛇の腹を反撃の刃で断ち切る。上手く決まった。どうやら間合いの誤認は消えているらしい。

 

「…………」

 

プリシラは先程までアガサ達が居た場所を見る。そこにはもう彼女達は居ない。こちらから遠ざかる二つの妖気を感じる。また、覚醒者を囮に逃げたのだろう。

 

「……ふふ」

 

思わず、笑い声が口から漏れた。本当に人を怒らせるのが上手い人達だ。プリシラは綺麗な笑みを作ったまま額に青筋を浮かべると、早く二人を追う為に覚醒者への攻勢を強めるのだった。

 

 

 

 

「アガサとラキアの妖気に変化がありました。これは……妖力解放です!」

 

二人の妖気を追っていたエルダがそう声をあげた。

 

「なに?」

 

エルダの言葉にイレーネが疑問に思う。アガサとラキアは組織に悟られぬように妖気を抑えて移動していたのにだ。それなのにここに来ての妖気解放。何故それをしたのかイレーネには分からなかった。

 

「なんでここまで来て?」

 

「気付かれたんじゃねぇか?」

 

「……可能性はあるか」

 

イレーネはまだアガサ達の妖気を感じない。しかし、目的地が近くなり、必然的にアガサ達との距離は縮まっている。相手のどちらかがエルダのように妖気感知に優れていれば悟られているかも知れない。

 

「エルダ、もうお前の通常の妖気感知でも探れる距離か?」

 

普通のものでもエルダ妖気感知はこの中で最も広い。その彼女が気付ける範囲なら可能性はある。故にイレーネはエルダにそう問い掛けた。

 

「もう少し…………こ、ここからならギリギリいけます!」

 

イレーネの質問にエルダは肯定を返す。やはり、やってやれない距離ではないらしい。イレーネは自分達の存在が悟られたかもと考え、もっと情報を得る為にエルダに指示を飛ばした。

 

「分かった、では、通常の妖気感知に切り替え、アガサ達の状況を報告しろ」

 

「は、はい!」

 

イレーネの言葉にエルダが妖気感知を切り替える。それから数秒、エルダはアガサ達周辺の情報を探った。

 

「 …………これは、アガサとラキアの他に妖気が三あります。内二つは覚醒者の妖気です」

 

「……なるほど、そういう事か」

 

イレーネはその言葉に納得した。自分達に気が付いたのかと思ったが有事の為、仕方がなく解放したようだ。

 

「それで、アガサ達と覚醒者以外のもう一つはなんなんだ」

 

「……ひょ、表現に困る妖気です。覚醒しかかった戦士? ですかね、とても不安定に感じます。でもこの妖気が一番大きいです」

 

「…………」

 

そのエルダの答えにイレーネが難しい顔をした。その表現が似合う妖気を彼女は知っていたのだ。

 

「……プリシラか」

 

「はぁ!? なんでプリシラがここに居んだよ、しかも覚醒しかかってるってどういう事だ!?」

 

ノエルが驚愕の顔付きでイレーネに噛み付く。それも無理はない。プリシラが覚醒したら大惨事だ。混乱を避ける為、イレーネは努めて冷静な声で、ノエルを落ち着かせるように説明した。

 

「プリシラがなぜ居るかは知らん。だが覚醒については問題ない。奴の妖気は元々そういう感じのものなんだ……ソフィア、ノエルお前達はもうアガサ達かプリシラの妖気を感じ取れるか?」

 

ちょうど、話している途中、イレーネの知覚範囲にプリシラの妖気の入った。もしかしたら二人も感知したかも知れない。そう思ったのでイレーネは問い掛けた。

 

「私はまだ何も感じません」

 

「不安定でデカイ妖気と覚醒者のなら見つけたぜ。この不安定なのがプリシラなのか? …………あ、ちょっと待て、今、戦士の妖気ぽいのも感知した。数はニ、かなり強い妖気だからまず間違いねぇ」

 

それは僥倖だ。故にイレーネはすぐに指示を出す。

 

「分かった。ではお前は先行してアガサ達を足止めしろ」

 

「おいおい、まだかなり距離があるし、こいつら結構速いぜ?」

 

「もう妖力解放しても良い。それなら追いつけるだろ?」

 

『疾風』の二つ名は飾りか? そう言ってイレーネはノエルを焚きつけた。

 

「……ハッ、舐めんなよ、解放有りなら余裕だぜ」

 

挑発染みた焚きつけにノエルはやる気に満ちた笑みを浮かべた。それにイレーネは少しだけ笑って頷いた。

 

「では、行け」

 

「りょうかいッ!」

 

そう答えると同時にノエルが妖力解放。一気にその速度を高め、アガサ達に向かって行った。

 

 

 

 

「……どれくらい、保つと思う?」

 

「十分……稼げれば御の字じゃないですか?」

 

これまで抑えていた妖気を解放し、正真正銘本気で走りながらアガサが聞いて来る。それに同じく全力疾走するラキアが答えた。

 

「クソッ、本当、冗談じゃないわよ、せっかくここまで妖気を抑えて来たってのに」

 

そう、アガサが毒付く。この六日、組織に悟られぬように覚醒者と遭遇しても無開放で凌いでいたのだ。なのにその努力が水の泡である。

 

「はは、これだけ解放してますからね、プリシラ以外にも絶対に位置を気付かれましたね」

 

今のルートは妖気を最大限抑えて初めて見つからずに移動出来ると踏んだ道だ。ギリギリまで抑えるどころか、限界近くまで解放してしまったのだから発見されない筈がない。

 

実際、ラキアの妖気感知が効く範囲に一人戦士がいる。妖気が小さく動きもない様子から追手ではないだろうが、高確率で組織に情報が伝わるだろう。

 

「こうなったら時間との勝負です。もう薬は使わず、一気に隠れ家まで行って薬を持ったら即座に逃げます」

 

「……今、薬は使わなくて良いの?」

 

「妖力解放なしの速度ではすぐにプリシラに追いつかれます。それに薬で妖気を抑えても匂いで勘付かれる」

 

ここまで正確に匂いでこちらを辿れるならば薬の摂取は戦闘力下げるだけの愚策だ。

 

「このペースならどれくらいで着くかしらね」

 

「……二時間って所ですかね?」

 

「…………」

 

「…………」

 

逃げ切れる気がしない。アガサとラキアは同時に思った。

 

「……最悪、二手に分かれた方が良いかも知れません」

 

隠れ家に行く事を諦め、ここで別方向に逃げれば少なくとも一人はプリシラから逃げられる。しかし。

 

「いや、どうしたって大量に薬がなきゃアウトでしょ」

 

アガサはラキアの言葉を即座に否定した。敵は組織、プリシラはその組織の一部に過ぎない、プリシラだけから逃げられてもダメなのだ。

 

「……まあ、そうなんですけどね。でも、奇跡的な偶然が重なれば上手く逃げられるかも……知れませんよ?」

 

「そこはちゃん断言してよ。奇跡的な偶然が重なっても “かも” レベルの可能性なんて0と同じだわ」

 

「はは、そうですね……あ、ヤバイです。まだかなり遠いですけど、プリシラとは別方向から妖気が来てます。数は四」

 

こちらに接近している所を見ると追手ですね、とラキアは嫌そうに続けた。

 

「マジで!? ………私はまだ感じないんだけど?」

 

「私の妖気感知がギリギリ届くレベルですからね、向こうも妖気感知に優れたのが居るみたいです。あ〜〜マズイマズイマズイ! これは全員一桁……というか三人は一桁上位クラスほっい妖気ですよ」

 

強張った顔をするラキア。その情報にはアガサも顔が引き攣りそうだった。

 

「……その四人も隠れ家まで保たない?」

 

「ギリギリって所ですね、全員速いですが、かなり遠いので隠れ家までは保ちます。でも、薬を持って出る前に、先行している一人に追いつかれそうです。コイツが突出して速い。多分、足止めするつもりですよ……あ、蜥蜴の方の妖気が消えた」

 

そんな事をしている間に、プリシラの方に動きがあった。タッグ覚醒者の一方が堕ちたのだ。

 

「クソッ、まだ五分も経ってないわよ!? もう少し頑張りなさいよ……って蛇の方も死にそうじゃない!?」

 

「あ、本当だ。蛇の妖気が弱まって……消えましたねぇ、あ〜プリシラ追って来た。はは、速い速い」

 

笑いながらラキアが言った。笑うしかなかったのだろう。蛇の妖気が消えた途端、プリシラの妖気が大きく動く。動く方向はもちろんアガサとラキアに向かってだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

アガサにもラキアにもプリシラの接近が良く分かる。これは尋常じゃない速度だ。前回接触した時よりも確実に疾い。この感じではどれだけ甘く見積もっても隠れ家の遥か手前で捕まる。

 

出来れば近くに(覚醒者)が欲しいが。

 

「…………くっ、居ない!」

 

見つからない。ラキアの妖気感知に使えそうな相手が居ない。感知出来る範囲には覚醒者どころか妖魔すら存在しなかった。感知出来る範囲に居なければ囮には使えない。

 

誰か居ないのか? せめて妖魔でもいいから居て欲しい。程よい距離に居ればもっと嬉しい。ラキアは必死で妖気を探る。だが、やはり見つからない。そうしている間にもプリシラはこちらを追い上げている。

 

「……これは仕方ないわね」

 

ーーその時、アガサが覚悟を決めた顔で口を開いた。

 

「戦いましょう」

 

「…………本気ですか?」

 

アガサの言葉にラキアが真顔で聞き返した。到底勝てるとは思えないからだ。

 

「ええ、本気よ」

 

「殺されますよ」

 

「このまま逃げても殺されるわよ。なら勝つ為に動こうじゃない」

 

そう言ってアガサは左斜め前方を指差す。反射的にラキアがその方向の妖気を探るがなんの反応も帰って来なかった。しかし、当然だ。アガサが指したのは妖気ではないのだから。

 

「向こうに街があったわよね? 覚えがあるわ、そこでやりましょう。人に溢れた場所ならプリシラは本気を出せない」

 

アガサの言葉にラキアはようやく納得がいった。

 

「……なるほど、積極的に人を盾にするんですね」

 

「人聞き悪いわね……まあ、そうなんだけどね」

 

戦士は人を殺せない。それが組織の掟。そしてどんな理由であれ掟を破った者は粛清される。それに、あれだけ組織の正義を謳っていたプリシラだ。人を盾にされれば動揺もするだろう。

 

そして、最悪、自分達は人を殺しても問題はない。この差は果てしなく大きい。

 

「…………背に腹は変えられませんね。分かりました。でも、戦うならあんまり時間は掛けられませんよ。四人の追手に追いつかれます」

 

「どっちにしたってあんなの相手に長時間なんて戦えないわよ、街に行って速攻で()を捕まえて……殺るわよ」

 

「……はぁ、仕方ないですね。追加で、私達のせいで人が死んでも、お前が殺したって言って責めれば効果があると思いますよ」

 

「ははっ、それ良いわね、アイツになら効きそう」

 

「ふふ、そうでしょう?」

 

そうやって二人は少しだけ笑い合い、外道な作戦を立てると決死の覚悟で街へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作ラスボスを倒せ(白目

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