天稟のローズマリー   作:ビニール紐

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死亡フラグが立ちました(誰にとは言わない)



第16話

「…ガ、こ、の」

 

血飛沫を撒き散らし、ローズマリーの手がナイフごとルシエラの首へ突き刺さる。

 

飛び散った返り血がローズマリーを濡らすが彼女は気にしない、気にしてはならない、この一瞬は千金より価値があるのだから。

 

「……フッ!」

 

そして、ローズマリーはトドメを刺す為、首を斬り落とそうと埋めたナイフを全力で薙ぎ払う。

 

すると、さらなる鮮血と共にローズマリーの手首から先が消失した。

 

「ーーえ?」

 

首からすっぽ抜け、再生を始めた己の手を見て、ローズマリーが放心する。それから直ぐにハッとなり動くが、もう遅い。

 

次の瞬間、ルシエラから放たれた強烈な蹴りがローズマリーに直撃した。

 

「……ガハッ」

 

バキボキと嫌な音を響かせて蹴鞠のように弾き飛ばされたローズマリーは、しかし、意識を失う事なく足から着地すると。

 

「コッ、ガホ…ゴフ」

 

血液混じりの咳を二、三度し、再生を果たした右手を加え、左手に保持していた大剣を両手持ちに戻した。

 

「(なにが起こったッ!?)」

 

ナイフを薙いだ瞬間、ルシエラの手足はなんの動きも取っていなかった。つまり行動を阻害する要素などなかったはず、なのに手首から先を失った。

 

「(……落ち着け)」

 

努めて冷静になるよう自分に言い聞かせると、ローズマリーは大剣を正眼に構えて、ルシエラを観察する。彼女は既に覚醒体となっていた。

 

悍ましほど強大な妖気に圧倒的強者の威風。

 

その第一印象は豹だ。

 

ローズマリーの四倍近い体躯に、先程より更に太く長くなった二股の尻尾。そのフォルムは人間の女性のようでありながらやはり全体で見ると猫科の猛獣のようなイメージを抱かせる。

 

そんなルシエラの覚醒体だった。

 

「(……ダメージは…)」

 

素早く全身に力を入れ身体の破損具合を確認する。

 

身体に問題はなかった。

 

失った右手は綺麗に再生し、蹴り砕かれた肋骨、破損した内臓、共に完璧に治っていた。いつも通り……いや、いつも以上の回復速度、むしろ早過ぎる再生に寒気を覚えるほどだ。

 

「(良し、大丈夫……ルシエラさんは?)」

 

次にローズマリーはルシエラを遠目に観察しながら覚醒体になる前に与えた傷を探す。

 

「(……斬り落とした尻尾も深く斬り込みを入れた両腕も、再生している、でも、ナイフを刺した首だけは、傷が残って………え?)」

 

ローズマリーはルシエラの首を見て驚いた。

 

ルシエラの首には穴がある。それが最初は傷口に見えた。だが違った、穴は開閉を繰り返していている、更によく見れば牙のようなものも生えている。

 

それは、まるで、口のようだ。

 

「ギニャギニャ」

 

ルシエラの首からーー新たに出来た第二の口から濁った猫のような声が聞こえる。

 

その口を見て悟った、自分の手は食い千切られた(・・・・・・・)のだと。

 

「(たまたま、第二の口がある位置に攻撃してしまった?………いや、そんなわけないか)」

 

おそらく、ごく一部を除き身体の何処にでも口を作り出せるのだろう、生成速度にもよるが面倒な能力だ。

 

そうやって観察しているとルシエラが動いた。

 

両手を地に着き身体を撓ませ力を溜め、獅子が獲物に狙いを定めるような動きをした直後、一直線に飛び込んで来た。

 

「(疾ッ!)」

 

爆発的な踏み込みだ。ルシエラに蹴り飛ばされて出来た両者の距離は50歩程、それをたった一歩で埋め、小細工抜きで抜手を放ってくる。

 

鋭い爪がついた大木のような腕、そこから繰り出された攻撃は突進の勢いも相まって、まともに喰らえば上半身が吹き飛ぶ。

 

当然黙って見ている訳にはいかない。ローズマリーはその攻撃に合わせ大剣を振り上げた。正確に爪の裏を捉えた斬撃が腕の軌道を逸らす。

 

「ぐぅ…ッ!」

 

だが、逸らしただけにも関わらず、ローズマリーに凄まじい重圧が掛かった。

 

あまりの重さにたたらを踏みそうになる身体、それを全身に力を込めて耐え、ローズマリーはそのまま、巨碗に大剣を滑らせながらルシエラの懐へ飛び込み。

 

「ハッ!」

 

地を蹴り攻撃で低い位置へと来たルシエラの頭に大剣を走らせた。

 

次の瞬間、放たれた斬閃がルシエラと接触、肉を裂く音が。

 

 

ーー響かなかった。

 

響いたのは金属音。

 

斬撃は側頭部に出来た新たに口、そこに生える肉食獣のような牙にガッチリ挟まれ止まってしまったのだ。

「くっ!?」

 

会心の……とまではいかないが、妖力解放した本気の斬撃、それが口周りを少し傷付ける程度に終わってしまった。

 

それはつまり。

 

「(攻撃力が、足りないッ!?)」

 

これには流石に焦らざるを得ない。ローズマリーは今まで攻撃力不足なんて事態に陥った事がない、そもそも攻撃力だけでなく彼女は実戦で能力不足に陥った事が殆どないのだ。

 

ローズマリーは半妖となった当初から筋力、速度、体力、その他全ての能力が極めて高い水準だった、尚且つ鍛えれば鍛えるだけ強くなる、伸び代に恵まれた身体も持っていた。

 

その上で彼女は鍛錬を怠らない性格だ。これで能力不足に陥る方がおかしい。

 

実際、ローズマリーの実力は歴代ナンバー1の殆どを超えている。総合的な身体スペックならば過去から現在に至る全て戦士の中で最高だろう。

 

スペックで彼女を超えるのは史上最強の戦士となるのが半ば確定している訓練生のテレサ以外まずあり得ない。それほどの能力なのだ。

 

しかし、それでも。

 

それでも、深淵には少しばかり届かないのだ。

 

「ふふ、残念、ちょっと威力が足りないわね」

 

ルシエラがローズマリーへと手を伸ばす。その仕草は緩やかで、まるで顔についた埃を取ろうとするかのような優しい動きだ。

 

しかし、これに捕まったが最後、きっと安物の人形のようにバラバラにされてしまう。

 

ローズマリーは慌てて大剣を口から外そうとする。

 

だが、力を入れても殆ど大剣が動かない、このままでは大剣を外す前に捕まる。

 

故に、ローズマリーは大剣を諦め、後方へと飛び退いた。

 

「あら、良いの? 剣を捨てて」

 

「…………」

 

良い訳がない。だが、それしか選択がなかった。

 

それを分かっていながら聞いてくるのは少々性格が悪い。

 

「お困りの様子ね、返して欲しい?」

 

ルシエラは口から手に持ち替えた大剣を弄びながら聞いてくる。それにローズマリーが頷いた。

 

「……もちろんです」

 

「ふふ、そう、なら……」

 

ルシエラは右手を大きく引くと。

 

「返してあげるわ」

 

大剣を投擲した。

 

銀の彗星と化した大剣がローズマリーに迫る。こんなもの受け取れるわけがない。

 

「くっ」

 

衝撃波を纏い飛来する大剣、それを上昇した身体能力と妖気感知による先読みで辛うじて躱す。

 

しかし、ローズマリーが躱した先にルシエラが先回り。

 

「いらっしゃい」

 

歓迎の言葉と共に巨腕を振るって来た。

 

それは今まで戦ったどんな覚醒者よりも速く強い凶悪極まりない一撃。

 

これは当たれば死ぬ。防御も不可能。

 

「ああああああっ!!」

 

ローズマリーは無理を強いて身体を捻ると、転がるようにこれを回避。無様だが命には変えられなかった。

 

「チィッ」

 

渾身の攻撃だったからか? 回避されたルシエラが舌打する。苛立った彼女は追撃の為に長い尻尾を振るった。

 

二股の尾が蛇のようにうねりながら、高速でローズマリーに迫る。

 

体制不十分のローズマリーは一本目の尾に左手を叩きつけ軌道を逸らし、その反動を利用し二本目もなんとか回避、だが、あまりの威力に逸らすのに使った腕がへし折れ、白い骨が空気に触れる。

 

直後、激痛が走った。

「ぎぐぅ」

 

腕の痛みに思わず呻き、だが、そんなものを漏らしている場合ではないと意識する。何故なら回避した尾が弧を描き、再び襲い掛かって来ているのだから。

 

「くぅぅ」

 

ローズマリーは身を逸らし、辛くもその一撃を躱す。しかし、避けた直後には次の攻撃が放たれていた。

 

「(攻撃と攻撃の間が無さ過ぎる!)」

 

今度は左ストレート、大人の頭より大きな拳が信じたくない速度でローズマリーに接近、やはりこれも当たれば死ぬ。

 

その一撃を前にローズマリーは高速でバックステップ、そんな彼女に拳が近付く。拳の方が速いのだ。

 

けれどそれは想定済み、ローズマリーは相対的に遅くなった拳に足裏を乗せる。そして拳を足場に、その勢いを利用し後方へ加速。一気に街の外まで飛ぶと脇目を振らずに駆け出した。

 

逃げる気なのだ。

 

「逃がさないわ」

 

しかし、そう上手く逃げられないのがこの相手だ。

 

ルシエラの動きは疾風の如きローズマリーよりなお速い。稼いだ距離もほんの十数秒で詰められてしまった。

 

「ああ、もう!」

 

ローズマリーは後方から放たれる攻撃を妖気感知で躱しながら走るが、逃げ切れる気が全くしない。

 

そもそも状況が悪い。

 

せめてこの地が木の乱立する森林地帯ならなんとかなった。しかし、こんな見晴らしが良い平原で、しかも武器を失った状態で逃げ切れる訳がない。

 

「(遮蔽物の多い森林地帯まで最も近い場所で十数Km……うぁ、1、2回死にそう)」

 

ローズマリーが森までの逃走時間を計算して嘆く、すると。

 

「あら、余裕ね、考え事? 」

 

後方から連続攻撃が放たれた。

 

二股の尾が左右から襲い掛かる、それも微妙にタイミングを外し極めて避け辛くするオマケ付きで。

 

これは妖気感知だけでは躱せない。ローズマリーは攻撃を目視する為、身を削られながら振り返りバック走に切り替える。

 

当然、逃げる速度が落ちた。

 

向き合う事でルシエラと目が合う。ルシエラは獲物を前にした肉食獣のような笑みを浮かべると、一歩、強く踏み込んで拳を突き出した。

 

ローズマリーはこれに先程と同じように乗ろうとする。

 

「ギニャギニャ」

 

しかし、拳に出来た巨大な口を見て行動をキャンセル。後方に倒れるように拳の下に潜り込むと、口がない手首をブリッジしながら蹴り上げた。

 

左腕が跳ね上がり僅かに体制を崩すルシエラ、その隙にローズマリーはバク転で起き上がり逃走を再開。

 

「ちっ」

 

舌打ちしルシエラが右手を振るう。それもギリギリの所で回避、ルシエラが捕らえたのは飛び散ったローズマリーの冷や汗だけだった。

 

「……上手く避けるわね」

 

「当たったら……一発、ですから」

 

なにが一発なのかは言うまでもないだろう。頭に攻撃を許せばローズマリーとて死ぬ。そして、ルシエラの攻撃力では直撃すれば万に一つも生き残れない。

 

「大丈夫よ、一発くらいなら!」

 

そう言いながらルシエラが拳によるラッシュを放つ。

 

左、右、左、右、左、もう一度左……と見せ掛けて拳の後ろに隠した尾っぽ。

 

瞬く間に放たれたフェイント入りのコンビネーション。

 

吹き出る膨大な妖気のせいで細かい妖気の流れが見え辛い、しかも、あまりに攻撃と攻撃の間がなくそのせいで先読みが間に合わない。

 

仕方なく、ローズマリーは連撃を勘と身体能力を駆使して躱す。尋常ならざる回避能力だ。

 

しかし、流石に全てを完璧に躱す事は出来ず、最後の一発は治った左腕をまた犠牲に回避。

 

これにより左腕は皮と僅かな肉だけで繋がっている状態になってしまう。

 

とても邪魔だ。

 

「(なんで私の腕はこんなに脆い!)」

 

一発でお釈迦になった左腕に内心毒づく。

 

ローズマリーは痛みに顔を顰めながら、左腕をもぎ取ると右手に保持、捥げた左腕は即座に再生された。

 

「……その再生能力は厄介ね」

 

面倒くさそうに告げながら、ルシエラが尻尾を地面に叩き付けた。

 

土の散弾がローズマリーを襲う。

 

小石が混じった高速の散弾は致命打にならずともダメージを与える威力はある、そして数が多く妖気も発しないのでローズマリーでもこれは回避出来ない。

 

飛来した土塊が顔以外ノーガードのローズマリーに打ち付けられた。

 

「くっ」

 

ローズマリーが衝撃で小さく呻くもこの攻撃で受けたダメージは小さい、すぐに治る。

 

だが、真の狙いダメージではなく、行動阻害と目眩ましだ。

 

同時に巻き起こった土煙、それを裂いてルシエラの抜手がローズマリーに迫る。

 

危機一髪、その攻撃を倒れそうになるくらい身体を傾け回避、続けて唸りを上げ襲い掛かって来た尻尾には右手に持った左腕を叩き付け、更にタイミングを外して放たれた左拳には再生した左手を打つけて弾く。

 

バラバラとなった腕が肉片を辺りに撒き散らした。

 

「(痛い……けどこれで良い)」

 

傷は数秒で治る。だから腕がいくら砕かれようと構わない。逃亡に必要な足、そして致命傷となる頭を除けばダメージなんて気にしない。

 

ローズマリーは巧みな動きと腕を犠牲にルシエラの苛烈な攻撃を躱し続けた。

 

 

「……ちょこまかと良く動く、まるでウサギね」

 

戦士にここまで攻撃を避けられたのは初めてなのだろう、感心と呆れが混じった声でルシエラが言った。

 

「…………」

 

だが、ローズマリーはそれに答えない、今は言葉を返す余裕がない。

 

ルシエラの全身から吹き出る大量の妖気に四苦八苦しながら次の動きを読もうとしているからだ。

 

「……ふふ」

 

そんなローズマリーの様子を見てルシエラは苦笑し、すぐに攻撃を再開した。

 

ローズマリーがウサギならば差し詰めルシエラは獅子か? どうやら彼女は手心を加える事もなくローズマリー(ウサギ)相手に全力を出すらしい。

 

ルシエラの尻尾がまた地面を打った。

 

ローズマリーを再び散弾が襲う、彼女は顔面だけを腕で庇い、残りをその身で受け耐える。同時に舞う土煙、それを切り裂き、尻尾が振るわれた。これをローズマリーは紙一重で回避。

 

ここまでは今まで通りだ。

 

しかし、ローズマリーが避けた瞬間、尻尾に出来た口、彼女の顔の近い位置にあるそれが口内から石を飛ばして来た。

 

「ーーッ!?」

 

至近距離からの予想外の攻撃に反応出来ず、ローズマリーは石を右目に受けてしまった。

 

小石が右目に突き刺さる。

 

「ガッ」

 

耐え難い痛みと不快感に反射的に目を閉じるローズマリー。

 

彼女の動きが目に見えて鈍った。

 

ーーーーそこに。

 

「終わりよ!」

 

ルシエラ渾身の右ストレートが放たれた。

 

「しまっ!?」

 

回避に動くがもう遅い。

 

直後、肉を撃つ轟音が平原に響き渡った。

 

反射的に受けようと動いた両手、それを肩口から粉砕し、ルシエラの拳がローズマリーの胴体を捕らえたのだ。

 

突風に吹き飛ばされた羽のように、天高く空を舞うローズマリー、両手を失い、胸から下が消し飛んだ姿は正に死に体。

 

普通の戦士なら完全に致命傷だ。

 

しかし、ローズマリーに取ってはこれも怪我の一つに過ぎない。彼女は宙を舞いながら高速で身体を再生させていく。

 

「凄いわね、これでも死なないなんて……」

 

ルシエラがローズマリーの再生能力に賞賛の声を漏らし、同時に上空の彼女目掛けて跳躍した。

 

恐るべき瞬発力、ルシエラは一瞬で上空のローズマリーに追いついた。

 

「でも、終わりよ、一片残らず喰らってあげる」

 

そう言って大人を丸呑みに出来る程の大口を開けた。

 

再生途中で手足がない芋虫のローズマリーにこれはどうする事も出来ない。

 

「………ッ!?」

 

走馬灯のようにゆっくりと流れる視界、そこに映る鋭い牙が並んだルシエラの口内。

 

このままでは喰い殺される。

 

その危機感がローズマリーに更なる妖力解放を選択させた。

 

無理な妖力解放、今まで制御出来ないと諦めていた領域にローズマリーは自ら足を踏み入れた。

 

瞬間、意識が混濁し、飛びそうになる意識、それをローズマリーは気合で保つ。

 

刹那の間に自身の内で起こった激しい攻防。それにローズマリーは打ち勝った。

 

この報酬は大きい。

 

妖力の高まり呼応し再生能力が跳ね上がる……それこそ今までがスローに思えるほどに。

 

ルシエラの眼前で、あと十秒掛かると思われた下半身が二秒で再生を終える。

 

「なっ!?」

 

今まで以上の、あまりに早過ぎる再生速度にルシエラが驚きの声を漏らす。

 

「うあああああああッ!!」

 

そんなルシエラにローズマリーは悲鳴に近い叫びを上げてたった今、再生した右足を振り上げた。

 

「ガッ!?」

 

恐ろしく重い衝撃音、遅れて鮮血が飛び散った。

 

高まった妖力、それにより大幅に上昇した筋力から繰り出された強烈な蹴撃がルシエラ顎を砕き、その巨体を蹴り飛ばしたのだ。

 

「ぐッ…と」

 

ローズマリーは蹴りの反動を利用し、半ば墜落するように地に降りると、ルシエラが空中に居る隙に逃亡を再開する。

 

「ぐぅ……チィ、逃さないと、言ったはずよ!」

 

ローズマリーに数秒遅れてルシエラが着地、目にも留まらぬ速さでローズマリーを追い掛ける。

 

ーーしかし。

 

「(バカな、追いつけないだとッ!?)」

 

二人の距離は一向に縮まらなかった。

 

今、ローズマリーはルシエラと殆ど変わらない速度で走っている。

 

未だかって自らの意思で出した事のない解放率、それがローズマリーの運動速度をルシエラ近くまで押し上げたのだ。

 

「く、くそ!」

 

ルシエラが呻く、彼女は地に足を打ちつけるよう疾駆する。それでも双方の距離は変わらない。

 

そして、ローズマリーは一足先に平原を抜けると、森の中へ突入。

 

同時にローズマリーの妖気が消失した。

 

 

 

 

 

 

「……くそ、隠れたか」

 

苛立ち紛れにルシエラが大木を根元から蹴り砕く。

 

蹴り飛ばされた大木が軽々と宙を舞い、数十メートル吹き飛び地面に落ちる。

 

「…………」

 

その大木が着弾したすぐ近くの木陰、そこでローズマリーは荒くなった息と激しい心音を無理やり潜め座り込んでいた。

 

今、彼女は妖気を発していない。妖気を消す薬の効力だ。これでルシエラに妖気を感知される恐れはない、だが、ローズマリーもまたルシエラの妖気は読めない。

 

それが薬の副作用だ。

 

「(早く、どっかに行って下さい)」

 

出来る限り気配を消しながらローズマリーはただルシエラが去るのを祈る。

 

しかし、中々ルシエラはこの場を後にしない、どうやら勘かなにかでローズマリーがまだ近くに居ると気付いているらしい。

 

「(はぁ、もう、勘弁して)」

 

薬は妖力解放も封じる。つまり、身体能力……そして再生能力が一気に落ちる。それ故、先ほどのように身体の一部を犠牲に攻撃を回避するのが難しくなったのだ。

 

「(薬を飲んだのは早計だったか……いや、あれ以上は意識が持たなかったし、妖気を消すならあのタイミングがベストだったはず)」

 

ローズマリーはルシエラの様子を身を低くして観察しながら、ふと視線を感じて彼女から目を離した。

 

「(……え?)」

 

視線の送り主はすぐに見つかった。

 

その正体は少女だった。

 

年の頃は十代半ば、非常に可愛らしい顔立ちに艶やかな黒髪が印象的な小柄の少女だった。

 

少女はローズマリーから二十歩も離れていない位置に居る、咄嗟にローズマリーは危ないから隠れて、と伝えそうになり……すぐにおかしな事に気付いた。

 

「(あれ? ……私がこの距離まで気付かなかった?)」

 

いくらルシエラに意識を集中していたと言えど、それはおかしいのではないだろうか?

 

そもそも町から遠い森の中にただの少女が一人で居るのが不自然だ。

 

……嫌な予感がする。

 

なにかヤバイと直感したローズマリーがいつでも動けるように、音を立てずに立ち上がる。そんな彼女に少女は微笑むと、その艶やかな長い黒髪を鋼の帯に変化させ………。

 

「ーーッ!!」

 

瞬間、ローズマリーの周辺の木が纏めて切り倒された。

 

同時に、今のローズマリーには感知出来ないが、極めて強大な妖気が現れる、それに気付きルシエラが驚きの声を上げた。

 

「なっ、リフル!?」

 

ルシエラが少女の名を呼ぶ。

 

その名前には聞き覚えがあった。ルシエラと同じ深淵、初代ナンバー1の女戦士、西のリフルだ。

 

「(深淵……二人目?)」

 

なんとまあ嫌な遭遇率だ。

 

リフルの攻撃を避けたローズマリーが顔を引き攣らせる。現在彼女は深淵二体に挟まれている。非常に不味い状況だ。

 

「………」

 

黒い帯の集合体ーーローズマリーはそんな印象的のリフルから抱いた。

 

上半身は人型だが、下半身は巨大な籠のような網の目状。触手の長さを含めれば体長はルシエラの十倍以上、リフルの覚醒体はローズマリーが知る中でも最大の大きさだった。

 

「こんにちはルシエラ」

 

リフルはその長大な帯状の触手でルシエラとローズマリーを籠のように囲いながら不敵な笑顔で挨拶する。

 

「ふふ、この距離まで気付かないなんて、よっぽどその子に集中してたのね」

 

「……何の用かしら?」

 

ルシエラは一度、ローズマリーを睨んだ後に、その視線をリフルに戻し目的を聞く。

 

「あら、頭の良いあなたならとっくに分かってるでしょう?」

 

そんなルシエラにリフルはやはり笑みを浮かべ。

 

「この地をもらいに来たのよ」

 

と、告げた。

 

 

ーー勝利を確信したように。

 




お願い、死なないでルシエラ! あなたが今ここで倒れたらラファエラとの融合はどうなっちゃうの? 妖力はまだ残ってる。ここで耐えればリフルに一泡吹かせるんだから!

次回「ルシエラ死す」デュエルスタンバイ!

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