天稟のローズマリー   作:ビニール紐

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タグに『性格改変』をつけた方が良いかな?

アガサが原作の大物(気どり)の面影がない。


第15話

コール平原を一つの影が疾走する。

 

それは女性ーーそう、少女を抱えた戦士アガサだ。

 

「ああ、もうなんだってわたしがこんな目に………てっ、全部ダーエの奴のせいじゃねぇかああぁぁあッ!」

 

アガサはここ最近の不運の元凶に思い当たり、怨恨の叫びを張り上げた。

 

そんなアガサの行動に、彼女の腕に抱えられた少女がビクリと震える。

 

だが、アガサはローズマリーとは違う。彼女は少女の怯えなど一切気にしないし、そもそも気付きもしていない。ただただアガサは草原を走り続ける。

 

今はとにかく逃げねばならないのだ。

 

良いのか悪いのか……いや、この場合間違いなく悪いのだが、撤退を始めて直ぐに薬の効力が切れ、妖気がだだ漏れとなっている。

 

これにより封じられていた妖力解放が可能ととなり、先程よりも速い速度で走れるようになった。

 

それに加え、妖気を感じる能力も戻ったのだ、不意打ちの心配は薄い。

 

ここだけ聞けば良い事尽くめだ。しかし、妖気が戻ったせいでは相手にもこちらの居場所が知られてしまう。

 

これが最悪だった。

 

何故ならバカみたいに大きな妖気を街から感じるから。

 

これが一つなら良い、一つならローズマリーのモノと断言出来る、しかし、残念な事に妖気は二つ、それ即ち片方はローズマリーが相対した覚醒者のモノという事だ。

 

更に悪い事に、先の攻防に、ローズマリーの余裕のない態度から察するに相手の方が格上の可能性が高い。

 

でもって、ローズマリーより格上と来たら高確率で深淵の者。

 

つまり、下手すればローズマリーを撃破してこちらの妖気を辿り追って来る可能性があるのだ。

 

「(いやいやいや、なんで深淵!? 深淵って滅多に表立った行動を取らないから深淵なんでしょう? なのに遭遇するとか運悪過ぎでしょ!?)」

 

内心激しく動揺しながら、アガサはただ真っ直ぐ全力で駆ける。

 

妖気を消す薬はもうない。ならばローズマリーが戦っている間に深淵の知覚外まで逃げなければならない。

 

「………すぐには死なないでよね」

 

アガサは一瞬だけ振り返り、極めて打算的な言葉を呟く。

 

そんな打算的な考えがいけなかったのか前方から小さな妖気が迫って来た。

 

「ギシャャアア」

 

妖気の正体は妖魔だ。妖魔は正面からアガサ突進、高速で爪を伸ばし、攻撃して来る。

 

妖魔の出現に抱えていた少女が妖魔の出現に悲鳴を漏らした。

 

だが、その悲鳴は不要なものだ。

 

「ふん、邪魔よ」

 

鼻を鳴らし、速度を落とすことなく飛び上がったアガサ。彼女はその足裏で妖魔の顔面を蹴り砕くとそのまま勢いを殺さず着地、何事もなかったかのように逃走を継続する。

 

アガサは腐っても一桁上位、妖魔如きが相手になるはずもないのだ。

 

「ったく、なんで、こんな時に妖魔が現れるのよ、行きは影も形もなかったじゃない」

 

そして、アガサは草原を走りながら文句を垂れると、更に速度を上げて街から離れるのだった。

 

 

 

 

「……聞きたいことですか?」

 

自身の瞳を覗き込むルシエラ、そんな彼女の視線を真っ直ぐ受け止めローズマリーが聞き返す。

 

「ええ、あなたはラファエラって名前の戦士を知ってる?」

 

口調は穏やかだ。

 

しかし、嘘を吐けば今すぐ殺す。ルシエラの妖気の波長がそう語っている。

 

ここで嘘を吐くのは悪手だろう。

 

「……ラファエラ」

 

ローズマリーはしばしの間、ラファエラと言う名の戦士が居たか追想した後、嘘偽りのない答えを返した。

 

「…………すみませんが分かりません、確か今の戦士でラファエラという人は居なかったと思います」

 

「……そう、やっぱり知らなかったか」

 

望まぬ答えだろうにルシエラは特に怒る様子もなく、頷くと小さく息を吐いた。

 

「はぁ、これは戦士に聞いても意味ないかな? さっきの子も知らないって言ってたし」

 

「さっきの子?」

 

「ええ、確か……ああ、名前は聞いてなかったわね、さっき平原で会った最近覚醒したって言ってた子に聞いたのよ」

 

「…………」

 

おそらくアデライドの事だ。ローズマリーは軽く周囲の妖気を探る。

 

ローズマリーの知覚範囲にアデライドの妖気はない、それは彼女がローズマリーの知覚範囲外に出たからーーという訳ではないのだろう。

 

「こちらも質問して良いですか?」

 

「なにかしら?」

 

「あなたはなんでラファエラという戦士を探しているんですか?」

 

「なんでそんな事を聞くの?」

 

「ただの興味です」

 

それは嘘ではない、もちろん時間を稼ぎたいという狙いもあったが。

 

「……そう、興味じゃ仕方ないわね」

 

ルシエラは肩を竦める。ローズマリーの意図などお見通しなのだろう。それでも彼女の問いに答えようしているのは、今逃げているアザサに興味がないからか、それとも逃がさない自信があるのか、その判別をローズマリーは出来なかった。

 

「ラファエラはね、私の妹なの」

 

「妹、ですか」

 

「ええ、だから覚醒させて仲間にしようと思ったのよ」

 

「……なるほど、それなら理解出来ます」

事例は少ないが戦士や人を同族と見なさない覚醒者でも、戦士時代に極めて親密だった者を未だに仲間と見なす者が居る。

 

ルシエラもこのパターン。

 

覚醒した後も味方に誘う程、姉妹仲が良かったのだ。おそらく半妖という境遇に置かれ、絆を深めたのだろう。

 

だが、これには疑問もある。

 

「しかし、なぜ、“今” なんです? あなたが覚醒したのは随分前と聞いているのですが」

 

この地に三体存在する『深淵の者』その中で南のルシエラは最も新しい深淵である。だが、新しいといってもそれは十年以上も前の話。

 

もし、覚醒当初から妹を探して居るならとっくに見つけて仲間にするか、諦めるかしている筈だ。

 

なのになぜ、今、妹を探すのか理由が分からなかった。

 

「……別に今まで放って置いたわけじゃないわよ? ただ積極的に探さなかっただけ、あの子は割と強情だから私が頼んでも覚醒してくれるか怪しかったからね」

 

若干バツ悪そう言うルシエラ。放置したという自覚があるのかも知れない。

 

「つまり今なら覚醒してくれると?」

 

「いいえ、妹の性格が変わってない限り、怪しいわね」

 

「………ではなぜ?」

 

「戦力が必要だからよ」

 

「…………」

 

深淵の者とは最強の覚醒者だ、そんな深淵の一体であるルシエラが戦力を求めている、それは深淵同士のパワーバランスが崩れた、或いは崩れようとしている以外は考えられない。

 

そして、高レベルの覚醒者同士の戦いは人々に甚大な被害を齎す。

 

それが深淵と呼ばれる最強の覚醒者ならば尚更に。

 

あまり良くない状況にローズマリーは顔を顰めた。

 

「……深淵同士の争いですか?」

 

「ええ、その通りよ、ここ最近、西のリフルが調子に乗ってこの地を奪おうとしてるのよ」

 

「……深淵の実力はだいたい同じ、ですよね?」

 

「そうイースレイとリフル、そして私はほぼ互角、だから三竦みとなって今まで小競り合いくらいしか起こらなかった……でも、今はリフルが一番強い、何処から調達したのか知らないけど、今、リフルの所には深淵に並びかねない力を持った奴が居るみたいだからね」

 

「深淵に、並びかねない?」

 

「そう、元々私達に近い力の持ち主はこの大陸に何体か居た。リフルはその内の一体でも手懐けたのかしらね?」

 

「…………」

 

つまり、シルヴィのような覚醒者を仲間に引き入れたということか? ローズマリーはシルヴィが二体で組んだ姿を想像し寒気を覚えた。

 

「だから戦力を求めているの、ラファエラなら覚醒すれば間違いなく深淵に近い力を持つからね、なにせ私の妹だから」

 

どこか自慢気に言うルシエラ。相当妹の事が好きらしい。

 

「しかし、断られる可能性もあるのでしょう?」

 

「……まあ、断られたら、ラファエラには悪いけど無理矢理覚醒させるわ」

 

「……なるほど、では先程あなたが会ったという覚醒者も仲間に引き入れたのですか?」

 

「いいえ、殺したわ。それなりに力を持った子だったけど、あれはどうにも誠実さに欠けるわね、仲間に引き入れても裏切りそう」

 

「(まあ、正しい判断ですね)」

 

ローズマリーは人質を取るアデライドの姿を思い出して納得する。肝心な時に裏切る力を持った仲間とか最悪だからだ。

 

「さて、聞きたいことはまだあるかしら?」

 

そう、ルシエラが言った瞬間、彼女の雰囲気が変化し、ゆっくりと強大な妖力が解放されようとしている……時間稼ぎもそろそろ限界のようだ。

 

「ええ、じゃあ最後に一つ……見逃してくれませんよね?」

 

そのローズマリーの言葉にルシエラは魅力的な微笑みを浮かべた。

 

「そうねぇ、身を呈して味方を逃した友達思いのあなたなんて、覚醒させて仲間にしたら頼り甲斐がありそうね」

 

「はは、お褒めに預かり光栄です……例えお世辞でもね」

 

「ふふ、嘘ではないわよ。でも残念、貴女を仲間に出来たら良かったのだけど、貴女の場合下手に覚醒させたら危なそう、だから悪いんだけどここで死んでくれるかしら?」

 

そう言ってルシエラが動き出した。

 

戦闘開始だ。

 

「…………」

 

ゆっくりと、散歩でもするような速度でこちらに接近して来るルシエラに、ローズマリーは大剣を構える。

 

そして、妖気感知でルシエラの狙いを読んでいく。

 

「(妖気の集中箇所右腕、そしては腿……いや、これは腿ではなく…)」

 

だが、ローズマリーが狙いを読み切る前に、絶妙なタイミングでルシエラが加速する。

 

トンッ、と軽いステップ。その一歩でルシエラはローズマリーの剣の間合いへと侵入すると爪を硬化させ抜手を放ってくる。

 

その一撃をローズマリーは大剣で受け止めた。

 

しかし、その攻撃はあまりにも軽い。

 

「(フェイントか!)」

 

ローズマリーはルシエラの腕で出来た死角から猛烈な勢いで迫る攻撃を感知。バックステップでそれを躱した。

 

「あら、やっぱりかなりやるわね」

 

ルシエラが感心したように呟く。

 

そんな、彼女のスカートから二本の触手ーー否、二股の尾が現れていた。これが今の攻撃の正体だ。

 

「(なるほど、それであの位置に妖気が)」

 

人体ではあり得ない位置に妖気が集中してると思ったら、一部を覚醒させていた訳だ。

 

しかし、絶対強者故の奢りか? それとも別の狙いがあるのか? 直ぐに完全な覚醒体になる気はないらしい。

 

「(……ならば勝機はある!)」

 

ローズマリーはそこに希望を見出すと、尾の存在に注意しながらルシエラへと踏み込んだ。

 

大きな一歩で距離を詰め、そこから小さな一歩で攻撃態勢を整えると、即座にローズマリーは斬撃を放つ。

 

走る大剣は閃光の如く。

 

視認すら困難な剣撃がルシエラ目掛けて放たれる。並の……いや、高位の覚醒者だろうと防御も回避も許さない凶悪な一撃、速度威力共におよそ戦士が放ち得る最高レベルの攻撃だ。

 

しかし、相手は最強の覚醒者。

 

「ふふ」

 

当然のように、その攻撃はルシエラの尾によって弾かれた。

 

ルシエラの尾は蛇のように蠢く尾は生物特有のしなやかさと、ローズマリーの大剣と撃ち合う頑強さを備えているのだ。

 

「くっ」

 

横合いから弾かれた事でローズマリーの態勢が泳ぐ。

 

その隙を逃さずルシエラが二本目の尾を振った。

 

彼女の尾は速く、そして強い。まともに受けてならない脅威の攻撃だ。

 

故にローズマリーは回避を選択。

 

身を屈めながら弾かれた方向に回転、攻撃を避けると同時にその伸びきった尾を後ろ回し蹴りで撥ね上げた。

 

「むっ?」

 

尾を中心に、走った衝撃がルシエラの身体を浮かす。これで回避行動は取れない。

 

「ーーハァッ!」

 

ローズマリーは蹴り足を地に叩きつけて加速、渾身の力を込め大剣を薙ぎ払った。

 

唸りを上げりた剛剣と防御に動いた鋼の尾が激突、一瞬の拮抗の後。

 

 

ルシエラの尾が斬り飛ばされた。

 

「なっ!?」

 

まさか、完璧に斬られるとは思っていなかったのだろう、出会ってから初めて、本当の意味で驚愕するルシエラ。

 

ーーその、驚く彼女の姿は。

 

「隙だらけですッ!!」

 

勝機はここ、この一瞬にある!

 

動きを鈍らせたルシエラを見てローズマリーは勝負に出た。

 

流れるように大剣を翻し、頭上へと動かしすとその柄を両手で握り。制御出来る限界まで妖力解放。

 

「ーーッ!!」

 

そして、必殺の意を込めて刃を振り下ろした。

 

それは正真正銘、今のローズマリーに出来る最強の一撃。先の攻撃すら凌駕する神速の剣撃だ。

 

「ちっ」

 

舌打ちし、ルシエラが防御に移る。激烈な攻撃だが対処は可能、深淵と恐れられる最強の覚醒者はこの神速にすら反応する。

 

ルシエラは剣撃に負けない速度で残った尾と両手を頭上で交差、防御の体勢を整える。

 

次の瞬間、ルシエラの身体を激震が打ち抜いた。

 

拮抗を許さず尾が両断され、交差した両手の中心に白刃が減り込む。時を同じくしてルシエラの足元が轟音と共に陥没、小規模なクレーターが発生した。

 

凄まじい威力だ。

 

しかし、クレーターが出来るというのは身体が地に押された事を意味する。

 

ーーそれはつまり。

 

「ふふ」

 

大剣は腕の半ばで止まっていた。

 

止まった理由はその腕だ。

 

ルシエラの両腕は、人間大のそれから巨大な怪物のモノに変化している。

 

先に腕だけ覚醒体にしたのだ。

 

ニャリ、と邪悪な…勝利を確信した笑みルシエラが浮かべる。

 

しかし、それを前にしてもローズマリーは狼狽えない、動きを止めない。

 

ここまでは想定通り(・・・・)なのだから。

 

深淵と呼ばれる者があっさり倒せる筈がない。ローズマリーは格上を……そう相手を妖力解放したテレサ並と想定し作戦を立てていた。

 

テレサなら例え自分の渾身でも対応する、ならばそこで終わっては負けだ。

 

ローズマリーは右手を柄から離し、滑るように半歩踏み込む、その動きと連動させ懐からナイフを抜刀した。

 

なにもクレイモアの武器は大剣だけではない。大剣が使えない任務では別の武器を使いもする。

 

そして、このナイフもそんな任務を想定されて持たされている武器の一つだ。

 

「ーーフッ!」

 

鋭い呼気を発し、ローズマリーはナイフを最速て突き放つ。

 

狙いは首。

 

小さなナイフは大剣に比べ頑強さも斬れ味も劣る、だが、壊す事を前提にローズマリーの全力を込めれば覚醒体となっていない深淵の身体を斬り裂くくらいわけはない。

 

「なっ!?」

 

喫驚したルシエラの瞳とローズマリーの鋭い瞳が交差。

 

そして、次の瞬間、ナイフがルシエラの身体に突き立った。

 

 

 




やったか!?(白目)

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