天稟のローズマリー   作:ビニール紐

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……イエローカード(ボソ)


第13話

アガサは運がないね。

 

かつて友人にそう言われた事があった。それを聞いた時、組織に拾われた時点で全員不運だよ。と笑ったものだが、実際運がないのかも知れない。

 

そう最近は思うのだ。

 

アガサはゆっくりと後ろを振り返る。すると、怪物と目が合った。

 

怪物はニコリとアガサに笑いかける。その姿は温和そうな普通の戦士に見える。だが、それは見えるだけだ。アガサは知っているソレがとんでものない化物だと。

 

アガサは数巡目を彷徨わせた後、サッと視線を前に戻す。後ろから小さな溜息が聞こえていたが、聞こえない振りでやり過ごす。

 

こんなやり取りがかれこれ30回、そろそろアガサの胃に穴が空きそうだった。

 

「(お、おのれダーエめぇ、適当に任務を振りやがってッ! なんで私がこんな化物と……ああもう、嫌になるわ、てかなんであんたが後ろを歩いてんのよ、あんたが死角にいると落ち着かないんだけど?)」

 

アガサは思い付きのように、覚醒者討伐を言い渡したダーエと自分に前を歩かせるローズマリーを内心で罵った。そんな彼女に背後から声が掛かる。

 

声の主は言うまでもなくローズマリーだ。

 

「あの、アガサさん、聞いても良いですか?」

 

「な、なにを?」

 

丁度内心で罵って為、若干上擦った声が口から出た。これはマズイ、アガサは自分を落ち着ける為に深呼吸、そしてわざとらしく咳をして言い直した。

 

「ーーコホン、な、なにかしら?」

 

全然落ち着いてなかった。

 

ローズマリーは挙動不審なアガサに首を傾げるも、問い詰める必要はないと考え、質問に移った。

 

「今の内に聞いておきたいんですが、アデライドさんてどんな戦い方をしてました?」

 

やや遠慮勝ちに聞いて来るローズマリーに今度はアガサは疑問を覚える。戦士の中でアデライドの戦い方は有名だからだ。

 

「あなた、アデライドに会ったことなかったかしら?」

 

今度はちゃんと言えた。アガサが小さくガッツポーズを取る。

 

それを、何してんだろう? と見つめながら、やはり突っ込まずにローズマリーはアガサに答えた。

 

「いえ、一度覚醒者討伐で組んだ事があるんですが、霊剣の異名が何処から来てるのか分からなくて」

 

「組んだ事があるならアデライドが霊剣を使ったところを見てるんじゃない? その時は聞かなかったの?」

 

「あ、いえ、その時が初めての覚醒者討伐で焦ってしまいまして……とにかく早く終わらせよう必死で見ている余裕がありませんでした」

 

「……もしかして、その討伐って短時間で終わった」

 

「はい…焦っていたんで正確には覚えてませんが」

 

「ああ〜、なるほどね」

 

アガサは思い出した。以前アデライドが引き攣った顔で成り立ての戦士が一人で覚醒者を秒殺したと話していた事を。

 

つまりアデライドの異名である霊剣を出す前に終わってしまったわけだ。

 

なら、知らないのも無理はない。アガサは霊剣について説明を始めた。

 

「霊剣って異名はね、アデライドが妖気同調を利用した知覚困難な斬撃の放つ事から来ているのよ」

 

「知覚困難な、斬撃?」

 

「そう、見えず、妖気も感じない、まるで幽霊に斬られたみたいだから霊剣って名付けられたのよ」

 

アガサの言葉にローズマリーの顔が驚きに染まる。無理もあるまい。どんな強者も攻撃を認識出来ねば避けれないし、防げない。そう、それは文字通りの “必殺技” なのだから。

 

「それって最強じゃないですか」

 

「まあね、繰り出されたらヒステリアでも勝てないと思うわ」

 

「……そんな人がなんでナンバー4に止まっていたんですか?」

 

「出すのにかなり時間が掛かるのよ、だから同格以上が相手の一対一じゃまともに使えなかった。そして霊剣なしの戦闘力は私よりも少し下、しかも、霊剣の準備中は身体能力が落ちる。だからナンバー3だったのよ」

 

ああ、最後はナンバー4だったわね、とアガサは続けた。

 

「なるほど……しかし、妖気同調ですか」

 

嫌な事に気付いてしまった。そんな顔をローズマリーがする。それを見てアガサは強い不安に襲われた。

 

「ど、どうかしたの?」

 

「いえ、その時間が掛かるってのは覚醒したら緩和された、なんて事はありませんよね」

 

「…………」

 

「…………」

 

嫌な予感しかしない。

 

「……私は、妖気操作系はそんなに詳しくないんだけど、妖気が強くなった方がそういうのってやり易いの?」

 

「妖気感知とかはむしろ自分の妖気が小さい方が精度が良いと思います。でも、妖気同調はやり方によりますね、相手の妖気に合わせて自分の妖気を変化させて同調するなら弱い方が有利で、自分の妖気を相手に浸透させて相手に同調させるタイプだと、妖気が強い方が有利です」

 

それを聞いてアガサは顔を引き攣らせた。

 

「………うわ、それ、多分後者ね、一度興味本位で霊剣を使ってもらった事が有るんだけど、確かその時は自分の中に相手の妖気が入ってきたみたいな不快な感じがしたわ」

 

「それは、マズイですね、霊剣は発動までどれくらい掛かりました? あと、一度発動したらどれくらい効果時間が続くんです?」

 

「さすがにそこまでは覚えてないわ、何度か霊剣を見たことあるけど発動までの時間はバラバラだった気がする。持続時間についても発動したら直ぐに相手を仕留めてたし、私に使った時も直ぐに解除してたから分からない……ああ、でも消耗が激しそうだったから、多分、それほど長い時間は使えない筈」

 

「そうですか……もう一度確認しますが、霊剣を使うには妖気同調が必要なんですね?」

 

「そうよ」

 

「なら、一度に複数の対象に使うのは難しいですね……でも、万が一があり得るか」

 

ローズマリーはしばし悩んだ後。一つ頷く。

 

「じゃあ、アガサさん、役割分担しましょうか」

 

そう言ってローズマリーはアデライド討伐の作戦を提案した。

 

 

 

 

 

 

その街はコール平原を越えた先にある。

 

軽い気持で旅行に出れないこの時代、あまり有名ではないが、その街は数少ない旅人や商人の間で美しい街として知られていた。

 

だからこそ、ローズマリーはいつも以上に街に入る時、顔を顰めた。

 

「……毎回理性的な覚醒者ばかりじゃないよね」

 

ローズマリーは疲れた声で “一人” 呟く。前回の任務で倒した覚醒者は無意味に暴れなかった。だが、今回の相手は違うらしい。

 

建物が幾つも壊され美しい街は見る影もなくなっていた。覚醒者がーーアデライドがやったのだろう。

 

おそらく組織に依頼した事が暴れた原因である。良くあるパターンだ。組織に依頼を出されてムカついたから街を滅ぼすというのは。

 

依頼するのも考えものだ。

 

ただの妖魔の場合なら良い。ヤケになって暴れれば擬態が解けて正体が露見する。そうすれば街の者達で協力して倒す事も不可能ではないのだから。

 

だが、覚醒者の場合は無理だ。どんなに弱い覚醒者も人間では勝ち目がない。つまり機嫌を損ねた時点でその街は終わりなのだ。

 

この現状を正すには、もっと密かに相手にバレないような依頼方法が必要だ。個人で勝手に依頼すれば今でもそれが可能だが、クレイモアに払う依頼金があまりに高く個人で出すの難しい。

 

「(もう少し、安値で依頼を受けたいな)」

 

そう、思うもローズマリーに値段を決める権限はない。彼女は溜息を吐き、街の中に入って行った。

 

 

 

………のだが。そんな事を考えている場合ではなかった。

 

状況はローズマリーの予想以上に悪かった。

 

「あ〜……これはマズイなぁ」

 

ローズマリーが、小さく言葉を漏らす。街の様子から街民は全滅していると思っていた。だが、違った。僅かだが生存者がいた。そして彼等は集められていた街の広場に。

 

 

ーーそう、アデライドの直ぐ近くに。

 

「いらっしゃい、ローズマリー」

 

生存者達を盾にしながら、アデライドが言った。

 

最初から自分を知る覚醒者と戦うのは初めてだ。なにより最初から人質を使う覚醒者とは出会った事がない。ローズマリーは気を引き締めてアデライドを観察する。

 

アデライドの顔は覚醒したにも関わらず戦士時代と変わりない。

 

長い銀髪も銀の瞳もお嬢様のような美しい顔立ちも、何一つ変わりなかった。

 

ただし、変わらない顔周辺のみ。それ以外は全く別物に変化していた。

 

その腕は大樹の如く巨大な触腕と化し、足は完全に消え去っている。その代わりとでも言いたいのか赤黒い球体となった胴体から数百本の触手が生えておりその触手がアデライドの身体を支えている。

 

そして、美しい顔が触手に塗れた胴体に直接着いている。

 

なまじ身体が完全に異形故に全く変わらない顔が逆に悍ましい、そんなアデライドの覚醒体だった。

 

 

「……こんにちわ、アデライドさん」

 

少しだけ迷ったのち、ローズマリーはアデライドの名前を呼んだ。本来、覚醒者という存在は秘匿されている。クレイモアが妖魔に堕ちるという情報は人々に不安を齎すだけだし、なにより組織が信用を失う。

 

故にローズマリーの発言は危ないものだ。ただ、まあ、誤魔化す手段は幾つもある。

 

なにせ、元々妖魔は喰らった者の記憶と姿を奪う能力が有ると言われているので、クレイモアを喰らった妖魔という事にすれば多少の不信感を抱かれるだろうが説明は出来るのだ。

 

「さて、じゃあ、挨拶も終わったことだから早速だけど、月並みの要求をするわね……人質を殺されたくなければ動くな」

 

数人の生き残りを触手で締め上げながら、アデライドが要求する。拘束された人々から命乞いと呻き声が聞こえてくる……心情的には呑んでやりたいが、こういう時の対応は決まっている。

 

「お断りします」

 

ローズマリーは顔を顰めながらも、その要求を即座に拒否した。

 

「あら、この人達を見捨てるの?」

 

「ええ、残念ながら」

 

要求を呑んだ所で死体が一つ増えるだけ、それに望みは薄いが上手く行けば何人かは生き残らせられるかもしれない。ならば戦うまでだ。

 

ローズマリーが地を蹴り、疾風と化す。

 

その速度を持って彼女はアデライドへ踏み込んだ。

 

並の覚醒者では目視すら叶わぬ速度ーーだが、アデライドは並ではない。彼女は疾風と化したローズマリーをしっかりと視認し、その行く手を遮るように触手を放つ。

 

多数の触手が鞭のようにしなり、高速の鞭打となってローズマリーの襲い掛かった。

 

「ーーふっ!」

 

その触手の群れをローズマリーは一刀の元に斬り捨て、更に加速。瞬く間もなく大剣の射程まで接近すると、アデライドの顔面目掛け大剣を走らせ……途中で軌道を変える。

 

人質を盾にされたのだ。

 

「やっぱり準備って大切ね」

 

アデライドが実感のこもった声で言った。彼女は大剣の軌道を無理やり変えて大きな隙を晒したローズマリーに再び触手を放つ。ローズマリーはそれを横っ飛びに回避、追撃で放たれた触手を斬り払い、地面に降り立った。

 

「…………」

 

ローズマリーは一旦触手の射程外まで距離を取ると、隙を探すようにアデライドを睨む。

 

「探したって隙なんてないわよ」

 

ローズマリーの狙いを看破したアデライドが無駄だと笑う。

 

確かにそうだった。ローズマリーを笑うくせにアデライドは全く油断していない。彼女はローズマリーを格上と考え最善の行動を取ろうとしている。まったくもってやり辛い相手だ。

 

「……それ、止めません?」

 

ローズマリーが人質を指してそう言った。

 

クレイモアの掟の一つに、いかなる理由があろうとも人間を殺してはならない、というモノがある。この禁を犯せばそのクレイモアはそのナンバーに関係なく粛清されてしまう。

 

だから、先程の斬撃を止めざるを得なかった。もちろん掟以前にローズマリーが甘いからという理由も大いにあったが。

 

「もちろん止めないわ……ああ、それと気付いてると思うけど、組織の人間が今もあなたの事を遠くから見ているわ」

 

当然のようにローズマリーの願いを一刀両断すると、補足するようにアデライドが告げる。本当かどうかは分からない。少なくともローズマリーの知覚範囲に組織の人間は居ない、だが、その言葉は十分牽制になる。

 

戦況は非常に悪かった。

 

「…………」

 

ローズマリーは思う、一度退くべきだと。

 

ローズマリーの身体にアデライドの妖気が侵入してきている。おそらくこれがアガサが言ったて嫌な感覚、そう、アデライドは人質で時間を稼ぎ、霊剣の発動条件を満たそうとしているのだ。

 

「(……マズイな)」

 

覚醒したアデライドが霊剣発動にどれほど時間を要するのかは知らないが、自身を侵食する妖気の強さから、そう長い時間ではないだろう。このまま戦うならば短時間で仕留める必要がある、だが、人質に加えアデライド自身も強いのでそれは難しく思えた。

 

だからこそ、撤退が現状最も良い答えだ。5日も経てば人質は全員死ぬだろう、そして、人質が使えなくなった状況ならばアデライドを倒すのもそこまで難しくはない。

 

アデライドは強大な覚醒者だが、ローズマリーの手に負えないレベルではないのだから。

 

「(…….撤退しよう)」

 

人質の命を諦め、断腸の想いでローズマリーはその選択を取る。

 

だが、その判断は少しばかり遅かった。

 

退く決断をしたローズマリーにアデライドが人質の一人を投げつける。

 

投げられたのはまだ10にも届かなそうな少女だった。

 

「なっ!?」

 

上手く受け止めれば女の子は助かり、避ければ確実に死ぬ、それは絶妙な速さの投擲だった

 

「きゃああああ!」

 

砲弾と化した少女が悲鳴を上げ、ローズマリーの優れた目が恐怖に引き攣る少女の顔を正確に捉える。

 

咄嗟に動いてしまった。

 

 

「くっ」

 

ローズマリーは少女を優しく受け止める。その行動にアデライドが嗤う。

 

「お馬鹿さん」

 

アデライドが大樹のような触腕を振るう。細い触手とは違う本命の一撃だ。

 

避けられない! ローズマリーは女の子を抱えたまま、片手で大剣を掲げる。

 

直後、激震がローズマリーに走り、押し負けた両刃の大剣が彼女の肩にめり込んだ。

 

「あ、ぐぅ」

 

苦悶の呻きが漏れる。触腕の圧力に膝をつきそうになるローズマリー、そんな彼女の視界の隅に二本目の触腕が映る。触腕は横薙ぎにこちらに迫っていた。

 

「こ…のおおおおッ!!」

 

ローズマリーは裂帛の気合いを込めて右手に力を入れる。そして彼女は渾身の力で一瞬だけ頭上の触腕を押しのけると、大剣を手放し少女を抱えて転がるように横薙ぎの二撃目を避けた。

 

そのローズマリーに触手の群れが襲い掛かる。

 

「ちぃ!」

 

ローズマリーは舌打ちし、起き上がりざま触手を蹴りで弾き飛ばしアデライドに背を向け街から離れようとする。

 

「逃がさない」

 

距離を取ろうとするローズマリーにアデライドが追い縋る。見た目に反した素早い動き、少女を気遣った速度では引き離せない。

 

ローズマリーは胸の内の少女に目を向ける。少女は既に気絶していた。

 

捨てる?

 

頭にそんな考えるが過ぎり、直ぐに却下する。助けようと思えばこの子だけでも助けられる状況、しかもここで捨てたら何の為に受け止めたのか分からない。

 

「……ごめん、ちょっとだけ我慢してね」

 

気絶した少女に聞こえるはずない言葉を投げるとローズマリーは速度を上げる。

 

アデライドと距離が徐々に離れ、同時に少女の顔が苦悶に歪む、ローズマリーの速度は普通の少女には辛すぎるのだ。

 

少女の身体をおもえば長時間、この速度を維持は出来ない。

 

街から出たローズマリーは若干空いたアデライドとの距離を利用し減速、柔らかな草原に少女を転がすとこちらに向かうアデライドに向き直り、逆に踏み込んだ。

 

一気に両者の距離がゼロになる。

 

攻撃の間合いに入ったローズマリーをアデライドが触手で牽制、更に隙を突いて本命の触腕を当てようとする。だが、ローズマリーは多数の触手を手で払い、巨大な触腕を屈んで躱す。

 

「………ッ」

 

右手を動かす度に先程負った肩の傷が痛むが、我慢出来ない程ではない。そのままローズマリーはアデライドの攻撃を捌き切り、滑るようにその懐へ。

 

そして、人質で作った盾の隙間を縫うように強烈な拳打を叩き込んだ。

 

「がっ!?」

 

拳の威力にアデライドが宙を舞う。民家程の巨体が飛ぶのは圧巻の一言だ。

 

しかし、アデライドもタダで攻撃を喰らったわけではない。

 

ズリッとローズマリーの足が引き摺られ、体制が崩れた。

 

「なっ?」

 

ローズマリーの口から驚きの声が漏れる。見れば触手の一本が片足に絡んでいた。

 

アデライドはローズマリーの攻撃を避けれないと判断するや否や相手の攻撃に紛れさせて、ローズマリーの妖気感知を掻い潜り、密かにローズマリーの足に触手を絡めたのだ。

 

「くっ」

 

触手に気付いたローズマリーが足に絡んだそれを素手で捻じ切る。これで拘束は解除された。

 

しかし、もう遅い。ローズマリーが触手を外す直前にアデライドが体制を立て直し二本の触腕を大きく振るう。それはまるで蚊を両手で叩き潰す動きに似ていた。

 

ローズマリーは左右から迫る触腕に覚悟を決めると、腰を落とし両手を突き出す。このタイミングでは避け切れない。そして下手に喰らうくらいなら受け止めた方がマシ……そう判断したのだ。

 

 

 

直後、肉を打つ嫌な轟音が鳴り響き、衝突により発生した衝撃波が草原の草を大きく揺らした。

 

 

「……化物め」

 

小さく、だが、戦慄したような声が漏れた。

 

アデライドの声だ。

 

「化物ですか……まぁ、自覚はありますよ」

 

ローズマリーが溜息交じりにそう返す。

 

巨木の如き触腕をローズマリーの細腕が完璧に防いでいた。何時の間にかローズマリーの目が金色に染まっている。妖力解放だ。

 

ローズマリーは先の攻防からこの攻撃を解放なしでは受け止められないと判断し、暴走しないと自信を持って言える限界……その二歩手前まで妖力を解放したのだ。

 

「ちぃ!」

 

アデライドが舌打ちし、触手の先を槍状に変化させる。そして触腕でローズマリーを押さえたまま数十の触手の刺突を彼女に放った。

 

だが、ローズマリーは両手に力を込めて左右の触腕を弾き飛ばすと、大きく後ろに飛んだ。その動きは触手の攻撃速度より遥かに速い。妖力解放によりスピードも大幅に上昇しているのだ。

 

ならばと、アデライドは人質の一人を投擲する。それはやはり絶妙な速度で、受け止めればもしかしたら生き残れるかも知れない、そんなギリギリのラインを狙ったモノだった。

 

「ああ、もう!」

 

また咄嗟にローズマリーは人質を受け止める為に動いてしまう。性分だからだろうが、一桁上位ナンバーとしては状況判断能力に欠けると言わざるを得ない行動だ。

 

「ガァァァァァッ!」

 

隙を晒したローズマリーに、アデライドが叫びを上げて触腕を振るう。

 

人質を受け止めれば攻撃を避けられない。それを分かっていながらローズマリーは受ける事を選択する。

 

ローズマリーは飛んできた人質を回転しながら受けると、勢いを殺し草原に転がす。そして、転がした動きをそのままにローズマリーは遠心力を加えた回し蹴りを触腕目掛けて打ち込んだ。

 

蹴りと触腕が激突する。打ち勝ったのはローズマリーの蹴だった。

 

「ぐうぅ」

 

轟音と共に打ち負けたアデライドが大きく体制を崩す、その好機にローズマリーは一気に踏み込んだ。

 

力強い踏み込みが大地を揺らし、ローズマリーの身体を一瞬でアデライドの元へと到達させる。

 

この間合いから放つのは全力の右ストレートだ。大剣がない今、人質を避けて当てるならばその選択がベスト。

 

当然、武器なしでは殺傷力が大きく落ちるがローズマリーの拳は覚醒者相手にも十分な攻撃力を誇る。何より妖力解放によりスピード、パワー共に大きく上昇している、肩の傷も妖力解放により完治している。

 

そう、これは正真正銘渾身の一撃。

 

「ーーはッ!!」

 

ローズマリーの剛拳が、再びアデライドに撃ち込まれた。

 

「ガハァッ!」

 

その凄まじい威力に硬い覚醒者の外殻が耐え切れず砕け散り、その破片ごとローズマリーの拳が肘の当たりまで胴体に突き刺さる。

 

そして、体内で止まった拳に押され、先の倍の速度で吹き飛ぶアデライド。それにより勢いよく傷口から拳が引き抜かれ真っ赤に濡れた拳が顔を出す。

 

ローズマリーは鮮血滴る手をひと舐めし、口の中に広がる豊潤な旨味に笑みを浮かべるとトドメを刺すべく、足に力を入れ、

 

 

そこで凍りついたように動きを止めた。

 

「あ、あれ?」

 

おかしい、今、自分はナニをした?

 

 

暴走したわけではない、意識はちゃんとあった。それなのに当たり前のようにアデライドの血を口に運び、そして美味い思った。

 

その事に思い当たった瞬間、ローズマリーの身体に変化が起きる。

 

妖気が爆発的に高まったのだ。

 

「なあっ!?」

 

恐怖に駆られローズマリーは全力で妖気を抑え込む。

 

血を撒き散らし転げ回るアデライドが視界に映ったがそれにかまう余裕はない。

 

「う、そ」

 

だが、妖気が収まらない、それどころか不必要に増大し続けている。解放率は既に50%に達し、そのあまりの妖気の強さに突風が巻き起こっていた。

 

「止まれ…止まれ、止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれッ!」

 

止まらない、妖気の増大が止まらない。意識はしっかりしているし、筋肉が膨れ上がる等の身体の変化もないのに妖気は既に危険域(70%)に差し掛かっていた。

 

そこでアデライド(ごはん)の姿が消えた。今更霊剣が発動したのだ。

 

マズイ…完全にマズイ、いつの間にかアデライドを食料と認識しかけている。その思考を変化に恐怖しながら、同時にローズマリーは思い出した。

 

今回、自身がアガサに言った霊剣回避の方法を。

 

「そ…うだッ!」

 

焦ったようにローズマリーが懐を探る。出てきたのは黒く丸い小さな薬、特殊任務の際に支給される妖気を消す薬だ。

 

ローズマリーは急いで薬を口に入れて噛み砕く、すると妖気の上昇が収まった。

 

今だッ!

 

ローズマリーは未だかつてない程、集中すると、全霊を持って妖気を抑えつけた。

 

 

 

 

 

 

「はあ、はぁ、はぁ……ふはぁ」

 

妖気はなんとか収まった。

 

全身が痺れ、座った体制すら維持出来ない。ローズマリーは地面に力なく倒れ込んだ。

 

妖気が消えた事で妖気同調が切れたのだろう、消えていたアデライドの姿が浮かび上がる。彼女はフラフラとだが、一目散に逃げていた。

 

「…………」

 

当然、追えるはずがない。しかし、相応のダメージは与えた。申し訳ないが、後はアガサに任せよう。

 

ローズマリーは強い恐怖に震えながらただただ妖気を抑え続けた。

 

 




一桁上位の覚醒者を素手で圧倒するのはやり過ぎ? 大丈夫大丈夫、アガサより弱い覚醒者だから(白目)

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