天稟のローズマリー   作:ビニール紐

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お待たせしました。

難産でした。何度書き直し、なんとかあげられました……でも、もしかしたらまた書き直すかも。


第10話

 

 

まるで理由が分からなかった。

 

「(な、なんでこんな事に)」

 

ローズマリーは痛む頭を抱え、刺激しないように頭痛の原因を静かに見つめる。

 

彼女の視線の先には戦意に満ちた二人の剣士ーーヒステリアとテレサが大剣片手に向かい合っていた。

 

二人は鋭い視線を交わしながら、相手を伺っている。

 

よく訓練の時にテレサとローズマリーがする状況だ。しかし、緊張感が段違い。この雰囲気は尋常なものではい、訓練の筈が、これではもはや決闘だ。

 

「……本当、どうしてこうなった」

 

ローズマリーは儘ならぬこの世を嘆き天を仰ぐ。そして、彼女はほんの少し前、ヒステリアとテレサが出会いを回想した。

 

 

 

 

 

 

それはある日の事だった。

 

「あれ、この妖気」

 

休憩時間、テレサ、クルトとババ抜きをしていたローズマリーが不意に声を上げた。

 

「どうしたのお姉ちゃん?」

 

カードを引こうとしていたテレサが止まった。彼女は不思議そうにローズマリーを見ている。その隣ではクルトがテレサに引かれようとしているカードを苦い目で見ていた。どうやら惜しいカードらしい。

 

「あ、いきなり声を上げてごめんね、友達の妖気が本部に近づいてるから驚いてね」

 

「友達の妖気? ……ああ、このちょっと強い妖気の人?」

 

ヒステリアの妖気を探り当てたのだろう。テレサがそんな事を言ってくる。

 

それにローズマリーは苦笑した。

 

「はは、多分、その人だね」

 

ヒステリアの妖気は大半の戦士、覚醒者からしたら、とんでもなく強いのだが、テレサにとっては “ちょっと” なのだろう。

 

「……それにしても、お姉ちゃんにも友達がいたんだね」

 

「て、テレサちゃんが酷い!?」

 

予想外の言葉にローズマリーがショックを受ける。基本、テレサはローズマリー "には” そういう事は言わないのだが。

 

「いや、だって、お姉ちゃんって妖気の質が “アレ” でしょ?」

 

「…………ああ」

 

テレサの言葉にローズマリーは納得した。

 

「……うん、そうだね。テレサちゃんが気にしないから忘れてた」

 

「妖気の質、なんの話だ?」

 

友が居ない理由が妖気の質、そんなおかしな話にクルトが疑問を述べた。

 

妖気を感じれるなら一発でその理由が分かる。だが、半妖ではない彼はそれが出来ない、当然、ローズマリーがどんな質の妖気なのか判断出来ないのだ。

 

「ちょっと言い辛いんですが、私の妖気の質って覚醒者に近いんですよ」

 

「………それは、限界が近い、という事か?」

 

その言葉にクルトは若干緊張する。

 

さもありなん、もし、ローズマリーが覚醒間近ならここに彼が居るのは危険極まりない状況だ。

 

なにせ、成り立ての覚醒者は腹ペコだ。そして好物は人間のハラワタ……まあ、間違いなくクルトは美味しく頂かれてしまうだろう。

 

「いえ、そういう訳ではなく最初からそうなんです、二週間くらい妖気を押さえてれば戦士の妖気に近くなるんですが、一度解放してしまうとまた二週間は覚醒者みたいな質になっちゃうんですよ」

 

クルトと疑問に肩を落とすと、ローズマリーは首を横に振った。

 

「そんな事、あり得るのか?」

 

「普通はありませんが、私は少々特殊でして」

 

どこか自虐的に言うローズマリー。彼女の表情は暗かった。

 

「………そうか」

 

そんなローズマリーの表情を見て、クルトはそれ以上聞く事を止める。それから何を思ったのか彼は自分の手札をテーブルに置いた。

 

「どうしたの、負けそうだからやめるの?」

 

「いちいち突っ掛かるなクソガキ、仕事で少し外すだけだ」

 

「仕事、ですか?」

 

「ああ、報告書を上げねばならん、しばらく外すぞ。お前達はそのまま遊んでいろ、ただし……あまり遠くまでは出かけるなよ」

 

彼は報告書らしき紙をヒラヒラと示すと、そのまま席をを立ち訓練場から出て行った。

 

「………つまり、今のクルトさんの言葉を意訳すると、『休憩を伸ばしていいから友達に会いたかったら会いに行け』って事かな?」

 

「そうなんじゃないかな、あの人いつもここで報告書を書いてるし」

 

そう、クルトがいつも報告書を書いているのは今、ローズマリー達がいるテーブルだ。そして、休憩時間はそろそろ終わる。

 

つまり、クルトが移動する必要など全くなかったのだ。

 

「凄く、ありがたいんだけど……素直じゃないね」

 

「うん、それに会いに行くまでもないんだよね」

 

そう、テレサが言った。実は本部に向かうと思われたヒステリアが訓練場に向かっているのだ。今、彼女は相当な速度で接近している。それをテレサもローズマリーも感知していた。

 

それはさて置き。ローズマリーは顎に手を置き難しい顔で唸った。

 

「………う〜ん、でもなんて話そう」

 

接近するヒステリアを感じながら、ローズマリーは彼女に秘密を打ち明けるつもりだった事を思い出したのだ。

 

正直、時間が空いてしまい決意が鈍っている。

 

今、妖気の質が覚醒者な事もあり、問答無用で斬り掛かられたらどうしよう。いきなり縁切りされたらどうしよう、そんな、悪い想像ばかりがローズマリーの頭に浮かんだ来た。

 

「話す? ……もしかして、この妖気の人が、前言ってた話さなきゃいけない事があるって人なの?」

 

「うん、そうだよ、ヒステリアって名前の人なんだ」

 

「……へぇ、この人が」

 

目を細め、どこか含みがあるように言うテレサ。そんな彼女を見てローズマリーは小さな悪寒を感じた。

 

「どうかしたのテレサちゃん」

 

「うんうん、なんでもないよ」

 

そう言ってテレサは無邪気な顔で笑う。その姿は実に可愛らしい。

 

「(気のせいかな?)」

 

ローズマリーは先程感じた悪寒をとりあえず置いておくと、ヒステリアに何から話そうかと考え始めた。

 

それが間違いだと悟るのはもう少しだけ先の話である。

 

 

 

10分くらい経っただろうか?

 

「ローズマリー」

 

予想した通り、ヒステリアが訓練場へ現れた。久しぶりの再会、嬉しそうではあるが、イマイチ距離感がつめていないのか、ヒステリアは少し躊躇いがちにローズマリーに近づく。

 

だが、ヒステリアはローズマリーの妖気を嫌悪する様子はない。それを感じてローズマリーは一安心した。

 

「お久しぶりですヒステリアさん」

 

ローズマリーが笑顔で言う。すると、若干硬かったヒステリアの表情が和らいだ。

 

「本当よ、目が覚めてから何週間経ったと思ってるの? 起きたなら任務の合間に会いに来てくれても良かったんじゃない? 私はあなたが寝ている間にお見舞いに行ったのよ」

 

拗ねたようにヒステリアが告げる。その言葉にローズマリーは驚いた。

 

「え、そうだったんですか?」

 

「そうよ、なにダーエから聞いてないの?」

 

「す、すいません、ヒステリアさんが心配していたとしか……ああ〜でも、それって見舞いに来たって事を暗に言ってたんですかね」

 

「いや、暗に言う必要ないでしょ、まったく、あの研究狂いめ。一言見舞いに来たって言えば済むんだから言いなさいよね」

 

苦々しい表情で文句を言うヒステリア。そんな彼女にローズマリーは苦笑する。

 

「ダーエさんは研究以外はあんまり興味がないですから」

 

「まあ、そうね、あいつにそんなことを期待するだけ無駄…か、それでローズマリーは今何の任務を受けてるの? ずっと本部に居るようだけど」

 

「あれ、私の任務は聞いてないんですか?」

 

「訓練生を鍛えてるって聞いたけど訓練生を鍛えるなんて、あなたなら片手間で出来るでしょう、他にも何か受けてるんじゃないの?」

 

“訓練生を鍛えるなんて” ……その言葉にローズマリーの後ろでテレサがピクリと反応した。だが、話に夢中な二人ははその様子に気付かない。

 

「いや、人にモノを教えるのって片手間で出来るほど楽じゃありませんよ、私は教え方が下手なんでちゃんと出来てるか不安になっちゃいますよ」

 

「あなたなら大丈夫でしょ」

 

信頼してます。そんな視線と言葉をヒステリアが投げ掛ける。

 

「き、期待が重いです……でも、まあ、私が受け持ってる子は凄く優秀なんで未熟な私でもなんとかなってます、むしろ私が教えられる事も多いですよ」

 

「訓練生に教えられる事なんてあるの?」

 

その言葉にテレサの口が怪しく弧を描く。だが、やはり二人は気付かない。

 

「いっぱいありますよ、例えば…」

 

「お姉ちゃん」

 

ローズマリーが具体的に言おうとしたその時、テレサがローズマリーに声を掛けた。

 

「あ、ごめんテレサちゃん、話に夢中になっちゃって……紹介します。ヒステリアさん、この子が私が受け持ってる訓練生のテレサちゃんです。まあ、受け持つと言っても私は大したことはしてあげられてないんですが」

 

実際、ローズマリーは模擬戦くらいしかしていない。とは言え、模擬戦 “出来る” 時点でテレサに取って十分プラスになるのだが。

 

「こんにちは、テレサと言います」

 

ローズマリーに紹介され、テレサはペコリと頭を下げる。実に可愛らしいのだが、その姿にローズマリーは僅かな違和感を感じた。

 

「(あれ、なんかいつもと違う?)」

 

違和感の正体を掴もうとローズマリーはテレサを観察する。

 

だが、答えが出る前にテレサの挨拶にヒステリアが言葉を返した。

 

「はじめまして、ヒステリアよ。よろしくテレサ……それにしてもあなた、妖気が凄く小さいのね」

 

若干、哀れみの篭った目でヒステリアがテレサを見た。

 

「え?」

 

そんな馬鹿な、そう思いローズマリーがテレサの妖気を探る。すると確かテレサの妖気は小さかった。

 

違和感の正体はこれだった。

 

ヒステリアなどと違い、無解放状態では、その身に宿る絶大な妖気を感じさせないテレサではあるが、この小ささはあり得ない。

 

「(妖気を抑えてる、無解放状態から更に? でも何故?)」

 

理由が思い浮かばない。テレサは殊更自身の力を誇りはしないが、他人から侮られるのは嫌いだ。

 

ならば何故、あえて侮られるような行動を取る? ローズマリーはその理由が分からなかった。

 

「ねえ、お姉ちゃんそろそろ訓練に戻らないとクルトさんに怒られちゃうよ」

 

ローズマリーが疑問に思っていると、テレサがそんな事を言ってきた。

 

「…………」

 

いや、どちらさまですか? ローズマリーは一瞬テレサが本物か疑った。

 

まず、クルトに怒られる。そんな事をテレサは気にしない。第一、さっき休んでて良いと彼に言われたばかりだ。

 

そして、テレサがクルトに “さん” をつけているのを初めて聞いた。いつも『あいつ』とか『元指導員』とか呼び捨てがデフォルトなのに。

 

そんなテレサの言動にローズマリーは悪寒を感じた。

 

「どうしたのお姉ちゃん、調子悪いの?」

 

「ごめん、テレサちゃんが訓練熱心で感心しただけ、だよ……でも、もう少し休んでも良いんじゃないかな?」

 

「あら、ローズマリー。甘やかし過ぎは良くないわ。危険が少ない今の内にしっかり強くなっておかないと戦士になってから苦労するわよ」

 

ヒステリアがローズマリーの甘さを指摘する。

 

正論だ。

 

まあ。それはあくまでテレサが普通の訓練生ならの話だが。

 

「いや、まあ、そうですがテレサちゃんはまだ身体が出来上がってませんので無理に長時間訓練するのは良くないです。それに強さだけなら今すぐ戦士になっても全く問題ないですから焦らなくても良いかな、と」

 

それは本音であり事実である。

 

多少の粗はあれど、既にテレサの実力は一桁上位勢に引けを取らない。それどころか妖力解放すればローズマリーすら上回る。

 

訓練期間には個人差があるが、ヒステリア、ローズマリーという強力な戦士が二人も居る現状、あと1年くらいテレサは訓練生でいる筈だ。

 

そして、1年も訓練すれば最早テレサに敵はない。

 

つまり、焦って訓練する必要は全くないのだ……しかし、

 

「……はぁ、あなた本当に他人に甘いのね、ダメよ、優しさと甘さは別よ? しっかり現実を見なさい。この子の妖気、こんなに小さいのよ? 絶対とは言えないけど基本妖気の強さと実際の強さは比例する。つまり、この子は妖気相応の実力しかないの」

 

ヒステリアはそうは思わなかったようだ。

 

やれやれ、甘いわねぇと彼女は首を振る。それにローズマリーは嘘じゃないと首を振り返す。

 

「違います! ヒステリアさん、テレサちゃん本当に強いですから、嘘でもお世辞でもないですからね!」

 

「はいはい、分かりました、訓練生の中では強い方なのね」

 

「分かってないッ!? 」

 

自身の言動をテレサを気遣っていると思われいる。それにローズマリーは頭を抱えた。

 

「お姉ちゃん、もしかして私と訓練したくないの?」

 

テレサが悲し気な表情でローズマリーを見上げる。

 

多分演技だ。しかし、それでも人が良いローズマリーはたじろいた。

 

「そ、そういうわけじゃないよ」

 

「なるほど…今、あなたはこの子に訓練をつけたくないのね、はぁ、仕方ないわね、じゃあ、私が相手してあげるわよ。そもそも、あなたは模擬戦でも仲間に大剣で攻撃するのを躊躇うものね……そうか、難易度はともかく、あなたにはキツイ任務だったのね」

 

うんうんと頷いて一人納得するヒステリア。

 

「いや、そういうわけじゃないんですが、確かに訓練をつけるのは苦手ですが、そうじゃなくてですねぇ」

 

勘違いしているヒステリアにローズマリーが訂正を入れようとする。

 

だが、ローズマリーが上手い言葉を考えつく前に……

 

「わーい、ナンバー1のヒステリアさんに訓練をつけてもらえるなんて幸せだなぁ」

 

テレサが口を開いた。

 

「テレサちゃんッ!?」

 

「あら、嬉しいわね、あなた私を知ってるの?」

 

「もちろん、有名だもん、聞いた事くらいあるよ。歴代ナンバー1で、最も華麗な技を持っているんでしょ?」

 

「へぇ、そういうのちゃんと教えてるんだ」

 

少し嬉しそうにヒステリアが呟く。

 

それはさて置き、マズイ状況だ。

 

「(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ! いくらヒステリアさんでも侮ってテレサちゃんと戦ったら瞬殺されかねない、どうにかヒステリアさんにテレサちゃんが強いって気付かせないと)」

 

そう、ローズマリーが焦るも、コレといった答えが見つからない。何を言ってもローズマリーの過大評価と取られそうなのだ。

 

「(ああ、やっぱり私が素直に訓練に戻ってれば良かった? いやでも、どちらにしても)」

 

そんな風にアレコレ彼女が悩んでいる間に、テレサとヒステリアは訓練場の中央で大剣を構えて向かい合っていた。

 

もう、時間切だった。

 

「さて、じゃあ、どのくらいやるか知りたいからあなたから攻めて来なさい」

 

左半身を引き、片手で大剣を構えるヒステリア。いつも通りの構えだ。

 

違うのはいつもより重心が低い事、つまり、避けずに受ける気なのだ。

 

「うん、分かった」

 

テレサはそんなヒステリアの構えに笑みを浮かべる。

 

そして、彼女はヒステリアに踏み込んだ。一歩目の緩やかな動きから一転、二歩目は全力で地を蹴り急加速、一瞬にして間合いを潰すと、驚きに目を見開くヒステリアに大剣を振り上げた。

 

甲高い金属音が訓練場に木霊する。そして、大剣が宙を舞った。

 

「「え?」」

 

驚きの声が重なる。

 

一人はローズマリー、そしてもう一人はテレサだ。

 

何故なら舞ったのはテレサの大剣だったからだ。

 

「……まったく、甘く見られたものね」

 

そう言って、ヒステリアが振り上げた足を地に下ろす。

 

ヒステリアは斬撃を受け流すと、伸びきったテレサの腕を蹴り上げ大剣を弾き飛ばしたのだ。

 

「まさか、不意を打てば勝てると思ったの?」

 

驚くテレサを嗤い、ヒステリアが蹴りを放つ。

 

テレサは蹴撃を左手でブロック、威力を殺す為に踏ん張らずに後ろに飛ぶ。そのまま彼女は宙を舞う自身の大剣をキャッチし綺麗に着地した。

 

「……油断してなかったんだ」

 

先程までの無邪気さが消え去り、少しだけ警戒した顔をするテレサ。彼女を見てヒステリアは鼻を鳴らす。

 

「ふん、不意を打とうなんて十年早いのよ、そもそもね、友達の警告を無視するわけないでしょ、私はね、無視するのもされるのも嫌いなの」

 

まあ、あなたが本当に強いかは半信半疑だったのだけど、そう、ヒステリアは続ける。

 

「ふぅん、友達、ね」

 

含みある呟きを漏らし、テレサが妖気を無解放まで戻すと鋭い視線をヒステリアに投げ掛けた。

 

 

 

そして、時は冒頭に戻る。

 

 

 

「さて、どれくらい手加減したら良いかしら?」

 

ヒステリアは笑みを強めると挑発的な口調でテレサに問いかけた。

 

それを見てテレサが目を細める。

 

「手加減? おかしなことを言うんだね、手加減っていうのは強い人が弱い人にしてあげるものだよ?」

 

私はお前より強い。暗にそう告げながらテレサが微笑、どこで覚えたのかさっさと来いとでも言うように左手をヒョイヒョイ動かした。

 

それにヒステリアは青筋を浮かべる。

 

「あら、当たり前でしょ、あなた何言ってる? もしかして自分が私より強いとか思ってる?」

 

「あれ、私の買い被りかな、実力差くらい分かると思ったんだけど?」

 

「こっちのセリフね、まさか、さっきの攻防をもう忘れちゃったのかしら? ローズマリーが受け持つ訓練生がこんなに未熟とは、あの子も苦労してるのね」

 

「さっきのは脅かすつもりで加減したからだよ」

 

「あら、子供らしい可愛い言い訳ね」

 

ふふふ、と寒気のする笑みを交わしながら互いを嘲るテレサとヒステリア。

 

状況は非常に悪かった。

 

「(な、なんでそんか喧嘩腰なんですか?)」

 

ヒステリアが怒ってるのは分かる。こんな不意打ちをされれば態度が悪くなるのは当然だ。

 

だが、テレサが挑発的な理由は分からない。初対面なはずが何故か喧嘩腰のテレサ。普段の彼女ならわざわざ妖気を押さえて不意を打とうなんてしない。

 

本来のテレサは優しい子である。

 

相手によっては挑発的な態度を取るが、基本的に初対面の相手にそんな事はしないし、不可抗力以外で怪我に繋がるような事はまずしない。

 

ローズマリーと初めて模擬戦をした時は、ローズマリーを気遣って徐々に力を上げていくなんて事をしたくらいなのだ。

 

 

「ふ、二人とも落ち着いて」

 

このまま放置しても状況は好転しない、そう思いローズマリーは意を決して二人を止めようと声を上げた。

 

しかし……

 

「あなたは黙ってて」

 

「お姉ちゃんは休んでてね」

 

「…………」

 

こんな時だけ息を合わせて言う二人。その眼つき、態度、そして漏れ出る妖気の波長から、もはや止められないとローズマリーは悟ってしまった。

 

「……大きな怪我だけはしないで下さいね、もちろん妖力解放もなしですよ」

 

そう、言って二人に背を向けるローズマリー。答えの代わりに彼女の後ろから激しい剣戟音が二重三重と聞こえてきた。

 

ローズマリーの動聞きが合図となったのだ。

 

「…………」

 

金属音に混じって聞こえてくる罵声に耳を塞ぎながら、ローズマリーはトボトボと壁際まで歩く。

 

そして彼女は溜息と共にテーブルの下にある救急箱の蓋を開ける。

 

箱の中身は貧弱だった。

 

 


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