今日の菓子折りはどら焼きの詰め合わせである。栗が入っていたり、餡が数種類あったりするやつだ。それに少しお高い。
最初は那須隊と同じでクッキーで良いかと思ったのだが、昨日はお金が足りなくて明日にしようと思い今日買ってきた。何故に和菓子にしたかと言えば、昨日帰ったらやってたテレビを見たからだ。テレビでやってたのは和菓子特集である。洋菓子と違いバターなどの油分を使っていない和菓子は実はヘルシーとか言う部分だけを見て和菓子に決めた。実際のところは知らない。その時その時で影響されやすいだけだ。でもオペレーターさんも木虎も女性なわけだしその辺気にするかも知れないという小さな配慮だ。
菓子折りの入っている紙袋を持ち俺はボーダー本部内にいた。今思えば嵐山隊の作戦室に行くのは初めてである。開発室の頃は開発室集合だったので仕方ないことだ。そして俺は迷っていた。また同じトイレ前に辿り着いた。トイレに行きたいんじゃない。このぐるぐる回る感じは好ましくない。何で同じような作りの場所ばかりで迷わせるのだ。
時間の余裕はまだあるが、迷い続けるのならそれは余裕ではなく活動限界のタイムリミットとなる。
そんなピンチに現れてこそヒーローと言うものだ。
「あれ? もしかして……ネコ君?」
後ろからの声に振り向けばヒロインだった。って誰だこの綺麗な人。どこかで見た覚えがあるけどこんな美人さんの知り合いはいない。知り合いにいたら覚えてる。そんなすんごい美人が俺のことを知ってるとはボーダー内で俺も有名になったということだろうか。
「あ、はい音無ネコです」
「合っててよかったー。はじめまして綾辻です……って分からないよね」
「嵐山隊のオペレーターさんだ!」
そう、綾辻さん。フルネームは綾辻遥さん。名前まで綺麗なこの人は、ボーダー内外問わず数多くのファンが居ると噂のマドンナ。見たことあると思ったら嵐山隊としてテレビで見たことあるんだ。テレビで見るのは嵐山さんと木虎がほとんどだったから気が付かなかった。
すると真横の自動ドアが開いて脇腹パンチマシーンが現れた。
「ネコ先輩でしたか。さっきからうるさいですよ」
「マジかー」
緩やかなくの字形に歪む俺の体。出会えばこの拳を貰わないといけないの? もういらないよこれー。毎回俺が悪いみたいじゃん。
「お、ネコ早いな」
「そうだね」
「おっ来たなネコ君」
佐鳥ととっきー、嵐山さんも既に作戦室にいたようだ。
「あ、どうも。今日からお世話になります。これつまらないものですが」
「ん? 何だいこれは……おいおいネコ君、こんな事しなくていいんだぞ?」
そうはいかん。俺のミスやマイナス要素を上手いこと帳消しにするように菓子折りに投資をしてるんだ。マイナス要素などが無かったとしてもただ単純にプラス評価に働く投資兵器だ。どこの隊に行っても続けるぞこれは。
「わー、いいとこのどら焼き? まだ時間あるし何か飲み物出しますね」
「ネコ先輩は何飲みますか?」
「え、木虎が優しい? そんな馬鹿な……」
咄嗟の一言に脇腹に拳のツッコミが飛んで来る。これがボーダーのアイドルの素顔です。オペレーターの綾辻さんも宥めてくれる。木虎も本気で殴って来るなら酷いけど、実際にそんなことはないし、この嵐山隊は悪い印象の人がいないなーとしみじみ思う。前から開発室でお世話になってたけど改めてそう思う。
「さて、話は聞いてると思うが、今日は俺達に防衛任務が無い」
「はい、聞いてます。雑誌の取材ですよね」
そう、嵐山隊での3日間の内、今日だけはメディア向けの仕事と聞いている。メディア向けのチームがあるのに関係ない俺を巻き込むとか根付さんも奇手を使ってくるものだ。
聞いて初めて知ったのだが、嵐山隊全員で取材を受けることは稀なことらしい。2名ぐらいで対応して、他のメンバーは防衛任務やC級の訓練に借り出されるらしいのだ。広報活動って大変だな。
「もう少ししたら取材の人が来て基本的には受け答えをするだけだ」
「今日のお仕事は何度か取材してもらってる情報誌なんだけどね。写真も撮るんだけど、今回はカラーかもしれないんだって」
綾辻さんもどら焼きを美味しそうに食べながら説明してくれる。
週刊誌らしいのだが雑誌の中で『噂のお仕事』というコーナーで毎週色々な職種を紹介しているとのこと。スカウトなどで県外に行ったりすることを除けば主に三門市限定の仕事だが、テレビでも知られている嵐山隊を何度か取材に来てるらしい。今では職種の紹介ではなくボーダーのコーナーになっているそうな。
嵐山隊の広報としての仕事はボーダーのイメージアップをすることだが、思ったままに受け答えをするだけで問題ないらしい。しかしそれは嵐山隊だからだろう。俺なんかが何も考えずに受け答えをしようものなら―――。
『何故、音無さんはボーダーに入ったんですか?』
『夢も希望も無く街をぶらぶらしてたらスカウトされました。今はお金を稼ぐことを考えてます。げっへっへ、あ、ギャラのお話を先にしてもらっていいですか?』
―――最低じゃないか! 完全にイメージダウンだよ!
「まぁ考え無しの発言が出ても問題ないよ」
「え、いいの?」
とっきーが言うにはテレビであっても取材であっても基本的には生放送・生原稿のまま出すことはないらしい。出していいかどうか根付さん率いるメディア対策室が確認してから発信許可を出すらしいのだ。だから失言があっても、取材をした記者さんからマイナス評価だったとしても表に出た時に読者層からはプラス方向に修正されてるらしい。すげーメディア対策室。それと同時に真実を握り潰す大人って汚い。
テレビでたまに「伝え切れないことがある」とか「真実を隠すのか」とか騒いでたりするのはメディア対策が出来ていないことの裏付けであり、一般人が目にしている情報には真実が載っていないことをも意味する。怖いな怖いなぁ。
「だから木虎もボーダーの顔出来るのか、ぁぅ」
「私はいつでもちゃんとしてます」
俺の背後で腕を組んで立っていたアイドルがチョップしてきた。
のんびりと雑談をしながらお茶を飲んでいると、何かの電子音が部屋に鳴り響いた。電話だったようだ。綾辻さんが出るとボーダー窓口の人らしい。取材の人が来たらしい。
一般の人や直接的にボーダーに関係の無い人は窓口側から入ってくる。窓口の人は取材してもらう部屋に案内中ということで俺たちもその部屋に向かうこととなった。
「ネコ緊張してるか」
「うりゃっ! 別に~俺関係ないし~」
佐鳥がニヤニヤと覗き込んでくるからロケット頭突きを繰り出してやったが片手で止められた。とっきーは相変わらずの無表情。綾辻さんと嵐山さんは他の事を話し合ってて余裕そうだ。木虎はエレベーターの中で鏡で自身を確認していた。やっぱプロだわ。ごまかしの天才だよ。あ、鏡越しに目が合った。
「何ですかその目は」
「騙されてる人多いだろうなーって思って」
真実を話しても殴られるだけだと判明した。だから世界の至る所で真実は隠されるのかとも理解したつもりだ。
「お久しぶりです。本日はよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
嵐山さんと記者さんの挨拶から始まり、入隊する隊員の減少やイレギュラーゲート等の対応の遅れなどの近況を真摯に答えていく嵐山さん達。まぁ対応の遅れによって家が壊されたりして不満もあるのが三門市民だが、記者さんはその辺も理解があり、ボーダーがいない場合の意識もちゃんと持っている人だった。
つまり、対応が遅れるのはボーダーの怠慢などで捉えるのではなく、原因の究明頑張って下さいという意見だ。勿論ボーダーに非があるなら怒られるべきだけど、ちゃんとした評価をしてもらいたい。これだよ俺が思う『良い大人』ってーのは、こういう人で世界が溢れかえればいいのに。
この間、俺に質問は一度も飛んできていない。だって俺は飲み物を用意して端っこでお盆を持って立っているだけなのだ。完全に補佐役として機能している。木虎の(ここに座ってなさい)という顔とジェスチャーは無視である。だって、動いて物音立てたらボイスレコーダーに雑音入って迷惑じゃないか。
「―――では、一旦休憩を挟ませていただきます。今の内に軽くまとめて他に質問が無いか確認しますね。後ほど集合写真もお願いします」
ふぅ、お茶出し担当でいるのも限界かもしれない。この後は部屋から出ていようかしら。あ、
「仮ニモ今日ハ嵐山隊デスヨネ? ネコセンパイ、サッキカラ無視シテタノハ何デデスカ? 仕事シテクダサイヨ」
oh……。目が怖いアイドルなんだな……。
「あ、やっぱりボーダー隊員の子ですよね? 今日は嵐山隊というのは――?」
ほら記者さんまでロックオンしてきた。記者さんが興味を持たないなら立ってるだけでいいって言われてたけど、持たれたら答えなきゃいけないじゃないですかーやだー。
「あー……どうも嵐山隊にレンタル中の音無です」
「レンタル中? 前は嵐山隊にはいなかったですし、レンタルってどういうことか聞いても良いですか?」
「うーん。自分でも良く分かってないんですけど、ちょっと前にB級に上がりましてボーダーの
「どうしてそんなことに……?」
良く分かってないと前置きをしたことから、記者さんは個人で考え始めたようだ。これで話は終わりだろうか。……そうは問屋が卸さない。動いたのは木虎ではなく俺が用意したお茶を飲んで一息ついていた嵐山さんと綾辻さんだった。
「彼は少し特殊でして、C級に入ると同時にB級確定の力を持っていたんです。でも開発室に通う必要があって、最近B級に上がってきたんですよ」
「それは凄いですね!」
「え?」
「下の名前はネコ君って言うんですよ。小さいし可愛いですよね。今日から嵐山隊に3日間来てくれるんですけど、差し入れを持ってきてくれたんですよー」
「確かに飲み物とかも出して頂いて気が利く良い子ですよね!」
「え?」
「ポジションは
え、何この人。凄く詳しいのか? トラッパーなんてポジションの人はほとんどいないのに知ってるなんて。とっきーが耳打ちで教えてくれたが、ボーダーの取材をして長い人らしい。気が利くという情報だけでポジションを考える人も凄いが、別に気が利くわけではなく全て打算的な行動だ。
「そういえばネコ先輩ってメインはスコーピオンですけど、
ディスるの止めて下さい。会話も広げないで下さい。
「開発室長が言うにはどのトリガーも適性があると聞いたことがあるな。一番長くネコと模擬戦やってるのは充だったな」
「ネコは中距離が好きみたいですね。スナイパーとしても良い感じでしたけど」
げぇっ! とっきーまでそっちに回っただとぉっ!?
「戻りましたー。何かあったんですか?」
「あ、僕らのツインスナイパーが帰ってきた! ほら、ツインスナイパーの方が凄くないですか? 唯一無二のツインスナイパーですよ?」
「佐鳥君は以前お話しを聞きましたし、今はネコ君のお話しを―――」
使えねーなツインスナイプ野朗!!
「じゃあカメラを睨む様にお願いしまーす。はいもっと睨んでー、いいですよー。少し向き変えてみましょうかー。はいOK。今度は―――」
ボーダー本部のエントランスでの集合写真や個人撮影である。もちろん俺は参加してない。俺はただのレンタル人員であって、今回の取材の雑誌が世に出た時には嵐山隊ではないのだから当然だ。俺はそんな撮影風景を見ているだけだ。
「あ、デスクですか? ボーダーで面白い子見つけたんですよ。今回は小さく使えればと思うんですけど、機会があれば大きめに取り上げられるように責任者の方と交渉をお願いしたいんですよ。勿論デスクに判断してもらってからですけど、きっとデスクも気に入ると―――」
そんな撮影と関係ないのが取材記者である。あのお姉さんは質問をしてその答えを纏め上げて文章を書くのが仕事だ。だからカメラを構えることもないのだ。気にはなるが後ろの方で携帯で話している内容は無視するしかないし、俺の嫌いな汚い大人が話の内容が実現した時に断ってくれるのを願うしかないのである。今回の巻き込まれ型の俺に関する取材もカットして欲しい。
「じゃあ次は君だね」
「マジかー……」
俺の取材は俺が答えることは無く、全て嵐山隊の偏った意見で構成されており、俺に出来る必死の抵抗といえば、ムキムキのカメラマンによる最後の撮影に、出来るだけ表情を作らないようにすることだけだった。
撮影を含めた取材全般が終わり「疲れたー」と伸びをしつつ嵐山隊の作戦室に戻る。嵐山隊の俺への評価は高すぎると愚痴りながら俺が持ってきたどら焼きをもう一つ食べ始める。嵐山隊の為に買ってきたものを買ってきた本人が自ら食べるとか普通は駄目だと思うのだが勝手に手が動いて取っていたのだから仕方ない。とっきーが「お疲れ」と言ってお茶を用意してくれた。
(疲れないのかこの人達は)と思うが、嵐山隊にとっては先ほどの取材と言うものは日常とまでは言わないが、普通の仕事なのだ。疲れはしてもメディア向けと言う『顔』が出来ているのか表情には出ない。
「俺たちのネコ君への評価が高いと言うが、俺はそうは思わない。確かに君は俺達との模擬戦を除いては個人戦などの対人戦は1回もやったことが無い」
その通りだ。その模擬戦だって嵐山隊が本気になったことは1度もないだろう。基本的にアドバイスを貰いながらの戦闘なんて余裕があってこそのものだ。個人戦闘訓練もやったことが無い。友達感覚でやってる俺にしてみればあの個人ブースに入って、番号と何のトリガーをメインで使っているのかしか分からない対戦形式は怖い。まだ「お前が音無か、個人戦やろうぜ」なんて辻斬り紛いなことを言われた方が戦いやすい。
「―――ネコ君の攻撃は確率が低いとは言え掠り傷でも一発
「トリオン体は生身じゃないからある程度の被弾は当たり前だけど、ネコとやる場合はそうも行かないからね。一対一だと危ない場面も増えたし」
とっきーも嵐山さんに続いて言った。木虎はどこか威圧的な顔で俺を見ているが、多分「自惚れるな」とか「調子乗るな」とか考えているんだろうけど今は無視だ。
つまり俺はあの
「……じゃあ俺って強いんですか?」
「少なくともネコ君の同期、つまり今のC級隊員がB級に上がって来たとして君に勝てる子はいないだろう。今期のトップと言えるな。後は一発退場を除いて考えた場合だが、経験の差やポジションによって今のB級以上とどこまで戦えるかってところだが、初見の相手や情報の入ってない相手ならある程度勝てる見込みはあるだろう」
経験か……。つまりだよ? 経験値を上げるにはランク戦だけど、やればやるほど対策が取られる俺の情報が出て行くって事だよな。掠り傷一発で倒せる可能性は非常に低い。倒されるの嫌なんだよなー……。
「ネコ先輩、もしかして倒されずに倒す事だけ考えてませんか? そんなことで強くなれるわけないじゃないですか」
鋭いけど長い溜息吐きながら馬鹿にするのは止めて欲しい。そっか、近道はないか……ん?どこかでそんな話を聞いたような気がする―――。
「えー何で俺こんなにピンボケなんですかー……」
「仕方ないよー」
奥の休憩室でなにやら聞こえてきた。佐鳥と綾辻さんの声だ。俺は近道を考えるのを止めてそちらに視線を向ける。
「どうかしたのか、賢」
「見てくださいよこれー。前回の雑誌のサンプルが届いてたらしくて見たんですけど、嵐山さんと木虎にピントが合ってて、奥に居る俺が少しボケてるんですよー」
佐鳥は俺たちの居るテーブルまでその雑誌を持ってきて広げた。そこには嵐山さん、木虎、とっきー、佐鳥が手前から順に奥に並んでいるかのような写真があった。確かに佐鳥は少しボケているように見える。しかし、そんな事は気にならないほどにメインとも言える嵐山さんと木虎が目に入る写真だ。
「……やっぱ木虎可愛いなー」
「なっ!?」
「はははっ言うじゃないかネコ君」
あ、また殴られた。真実を語ればやはり殴られるようだ。これは実体験に基づく真実だ。主に木虎に限るが……。
その後は明日の防衛任務の事や雑談モードに切り替わり、俺は今日の取材の話も近道の話も頭の片隅に追いやった。
◆木虎ぱんち
最初は嫉妬から自然と手が出ていたが、最近では少しイラついただけでもネコを叩くようにしている。周りからは見え辛い様に位置取りも意識してネコボディに拳を突き入れている。※他の先輩には決してやらないし、原作どおり烏丸が好き。
◇ネコは個人戦をやったことが無い。
正式入隊日に4200ptあって、C級の訓練だけでスコーピオンを4400ptまで伸ばし、後は模擬戦ばかりのボーダー生活。今のネコがアタッカー装備でB級以上の隊員と個人戦闘訓練をやった場合、スナイパーからはカモ状態。中距離戦は勝ち目が薄い、アタッカーなら良い勝負と言ったところ。
ちなみに同期とやった場合、ほぼ確実に勝てるだろうけどネコはB級に上がっているので、個人戦という形式は同期のC級の隊員とは組めない。