優しい世界に行きたいです。
玉狛第二の試合が始まろうとしていた。
風間隊の面々と共にネコ隊作戦室に入る前に俺は缶ココアを買い溜めした。紙パックがあるんだけどもうすぐなくなりそうなのだ。しょーがない。買っている後ろできくっちーが急かす様にブーブー文句を言っていたが気にしない。
しかし、俺は風間さん達に買ったココアの缶をそのまま渡したりしない。まぁ慌てるな。これはメーカーの陰謀により薄味になってしまっているココアである。これで満足が行くわけなかろうなのだ。
缶のココアをカップに移し、風間さんの事も考えて牛乳も入れるが、ガムシロップも多目に入れてやる。ふむ、完成だ。『ぼくがかんがえたさいきょうのココア』である。味見……うん、んまい。これは十分なココア
「悪いな」
「ありがとう」
「えーココアー?」
きくっちーがまだ文句を言っているが、
風間さん達は飲んだ瞬間に揃ってビクリと肩を震わす。
「こ、これはココアだよな……?」
うってぃーの声に「如何にも」と自信満々に返す。かなりの出来栄えだったようだ。
(こ、これ甘すぎませんか?)
(味見してすごく満足気だったな……)
(ってことは悪戯とかじゃないんですよね?)
ヒソヒソと会話してるが、そんなに衝撃的だったかね? 「お、俺達の知ってるココアじゃない!」とか「これがココアだとしたら、私達が今まで飲んでいたのはのは泥水ですね」とか多大なる評価をしているに違いない。ぬふふふふ。
(か、風間さんが一気に飲み干したー!)
(わ、私も頑張って飲みます)
「あ、お代わりいります?」
「っ! いや、大丈夫だ。こいつらの分も必要ない」
(か、風間さん……)
(流石は隊長!)
(これ飲み干さないといけないんですか……甘すぎるよ……)
そうこうしている内に試合はスタート。玉狛第二が選んだMAPは高低差ありまくりの『市街地C』だった。スナイパー断然有利のステージは対戦相手の荒船隊が主導権を握れる選択に思えた。
「意外な選択ですね」
「三雲は考え無しのヤツじゃないが……」
「そうですか? MAPの選択ミスですよ絶対」
きくっちーの毒が止まらないが、三雲君たちはまず合流を優先し、荒船隊はスナイパーらしく上へ上へと高台を取りに動く。ふむ、やばくないかい三雲君?
「音無、お前ならどうする?」
「このMAPで、この組み合わせですか?」
風間さんは頷きで続きを促してくるが、そうだなー……位置情報を騙すサイドエフェクト使って「私ネコさん、今あなたの後ろにいるの」と思わせつつ、別方向からの奇襲みたいな感じで―――! なんてのは論外だ。そうだねー……。
「上を取られてるから、スナイパー対策としては無理矢理レイガストで突撃っすかねー。他はどうとでも出来る気がしますし、スナイパーだけ苦労しそうです」
「お前はやはり一人で戦う人間だな」
風間さんが軽く笑みを浮かべながら意味深な事を言ってくるが、試合が一気に動く。千佳ちゃんの大砲狙撃で荒船隊のいる高台が崩壊していく。もちろん、荒船隊からしたら丸見えな玉狛第二なわけで反撃をもらうが、三雲君のレイガストとメンバーのシールドで動きながら耐えている。
「やはり三雲はかなり考えたようだな。なかなかいい諏訪の使い方だ」
風間さんの言うとおりに試合は玉狛が優勢になっていく。それは荒船隊の意識を一度自分達に集中させ、それを隠れ蓑に諏訪隊を荒船隊へと向かわせる作戦だったようだ。
見応えのある試合内容で、結果は玉狛が生存点を含めて7点、最後の方で千佳ちゃんが大砲で状況を崩した直後に荒船さんの狙撃でベイルアウトしてしまったが、三雲君と遊真は生き残っての勝利だ。三雲君の戦闘スタイルも少し変化があったな。
「お前が教えたのか?」
「へ? 何をっすか?」
「置き弾な。使われると意識を割かれるからなー」
別に教えては無いな。ログでも見て勝手に覚えたんだろう。今回の試合の作戦を練ったことも考えると勉強とか復習とかは得意そうだ。眼鏡だし。
「つか、知らなかったんですけど、荒船先輩って元々スナイパーじゃなかったんですね」
「ネコ君がボーダーに入る少し前だったと思うけど、アタッカーからスナイパーになったんだよ」
みかみかがそう教えてくれる。バッグワームを目くらましに弧月を突いたりする動作なども非常に勉強になった。マスタークラスに届かなかったからスナイパーになったんだろうか? そう口にすればうってぃーが否定してきた。弧月も8000ポイント越えらしい。ふーん。
まぁ見てて面白い試合だったな。作戦室での観戦だから解説の声は聞こえなかった。東さんの解説も気になるし今度にでも桜子ちゃんに借りに行こう。
作戦室を軽く掃除して後にする。さて、帰るか。
味濃い目のラーメン。油ギトギト~。にんにく~。
「お、ネコ君発見」
「お疲れ様です」
「あーどもどもお疲れっすー。玉狛勝利おめでとです」
曲がり角で現れたのはうさみん先輩と千佳ちゃんだった。
「千佳ちゃん大丈夫だった? 今度荒船さんにあったら個人戦でボコボコにしておくからね? 先ずは気持ちを落ち着けて気をしっかり持つんだよ? 大丈夫、もう荒船先輩にはトリガー握れないぐらいにお話ししておくから―――」
「ネコ君が落ち着きなさい」
困惑する千佳ちゃんを心配しているとうさみん先輩からのツッコミが飛んできた。冗談ですよー。返り討ちになる可能性もある。実際に戦った事ないから分からんけどね。
「ネコ君も帰る? レイジさんが来てくれてるから、車で送ってくれると思うよ」
「あ、いいっすか? 乗ります乗りまーす」
「―――音無もいたのか。玉狛支部でいいのか?」
「いや、お家に帰してください。直接ラーメン屋でも可」
「いつになったら玉狛支部に飼われるのかねー」
レイジさんとうさみん先輩の珍しい冗談を聞き流しながら車に乗り込む。落ち着いた筋に……レイジさんの隣、前の席に座らせてもらい、後ろにうさみん先輩と千佳ちゃんである。
玉狛支部に入ると千佳ちゃんはすぐにトレーニングルームへと入っていった。熱心な子である。レイジさんは今日のログを確認するらしくタブレットを操作し始めた。
……ってあれ? 何で玉狛に連れてこられたの?
「ネコ君、地下の捕虜君にコレ持ってってもらえる? 陽太郎もいると思うから」
「あ、ヒュースがいたんだっけ」
まぁいいか、帰ってもやる事ないし。陽太郎とヒュースの分のイチゴと練乳を持って俺は地下へと向かう。ノックして入ると聞いていた通りにヒュースと陽太郎がいた。陽太郎にパソコンで何かを見せてもらっているようだ。
「よっす元気?」
「ヌコか」
「ネコだよ。微妙に間違えてんじゃないよ。ほいコレ。陽太郎の分もな」
「うむ、感謝する」
「このねっとりとした白い液体は甘すぎるな」
「練乳だけ舐めるな、イチゴにつけて食べんだよ」
ヒュースの声にふと練乳を指に取り一舐めする。練乳ですら甘さ控えめか? ココアは分かるけど練乳はおかしいだろ。何だこれ。……俺がおかしいのか? ヒュースに教えつつもヒュースの練乳の甘さの反応に再認識する。やっぱそうか。前回の中華料理で何も言わなかったのに、今回の練乳はあまり好きではなさそうだし、ヒュースの味覚が特別変というわけではなさそうだ。ならばおかしいのは俺の味覚の方だろう。
「―――んで、何を見せてもらってんの?」
「チームランク戦が始まったからな! 色々仕込んでいるのだ!」
ヒュースは下位ランクの戦闘ログを見ているようだ。何を仕込んでいるのか知らんけど、パソコンの画面端にはトリガー情報も載っていて陽太郎が「あーだこーだ」いってヒュースに教えている。まるで新しく入った後輩に教える先輩気取りである。
「そうか、陽太郎先輩だな」
「ふむ、確かに! おれはセンパイだな!」
「もたれかかるな」
ヒュースの部屋を後にして俺自身の身体の問題に頭を働かせる。最近の問題点を挙げるとすれば、『頭が痛い』『小夜との会話中に数秒から数分ぐらいの意識が無かった(かと思われる)』『味覚障害の可能性あり』―――うん、普通に考えればサイドエフェクトが影響してる気がする。大規模侵攻直後からだけど、病院の世話になったのも頭が痛いと気付かされたのもサイドエフェクトを使い始めてからだ。
記憶がないのか意識を失ってたのかも俺自身が理解してないけど、小夜も「いきなり黙り込んだ」と言ってたし、あの時、何で作戦室にいたのかが最初は理解できていなかった。ランク戦だと気付けばすぐに頭は追いついたけど……うん、これは怖いな。若年性アルツハイマーなんて事もありえる。
やばいなー。そんなことになったら本当に迷惑かけちゃうなー。親にもボーダーにもなー。大丈夫だと思うけど明日にでも鬼怒田さんのところに行ってみようかなー。
地下室を後にしてうさみん先輩のところに戻ると、千佳ちゃんの扱いに関してレイジさんと話しているところだった。どうやら三雲隊としては千佳ちゃんを過保護に扱っているようだ。何か出て行き辛い雰囲気で、そのまま隠れて聞くことにした。
どうやら三雲隊の考えとしては、『三雲君と遊真がやられた場合は千佳ちゃんは
「―――アタシも千佳ちゃんはがっつり甘やかすって決めたもんね! 今回は荒船さんにやられたけど。もし千佳ちゃんが無理してホントに傷ついたり死んじゃったりしたらアタシたちはすごく悲しい。まずはそういうのを隠さずに伝えていくつもり。千佳ちゃんはレイジさんの弟子だから悪い気もするけど、大目に見てくれるとうれしいな」
無言でトレーニングルームに向かうレイジさんを確認して、俺はうさみん先輩のところに出てきた。自然体に自然体にー。あ、うさみん先輩と目が合った。
―録音を開始します―
ん? 何か音がした? うさみん先輩のパソコンかな? まぁいいや、自然体に自然体に。
「ネコ君おかえりー」
「ち、千佳ちゃん大丈夫なんですか?」
「あ、聞いてたの?」
「へ、あ、いや、なにがー? 何も聞いてないのです」
「下手くそか。ふふふ、騙しのサイドエフェクト持ってるのに嘘吐くのは下手なんだねネコ君。まぁ大丈夫だよ。修くんたちもちゃんと見てるし。それよりもネコ君の方が心配かなー」
「はい?」
「メール確認したんだけど、次の試合、B級の上位グループが相手でしょ?」
「いやいや、そんなまさか。だってまだ10点ですよ? 中位に入ったばかりですよ」
「でもほら」と、そう言われて見せられたパソコン画面に映るのはB級の2桁も無い数字の隊ばかりである。なんじゃこりゃー!
「マジかー……」
―録音を終了しました―
「ん? 何か言いました?」
「ううん。急いでオペ仲間にメール送らなきゃっていう独り言」
はーうさみん先輩も忙しそうだし、誰に頼もうかなーオペレーター。次は3日後だっけ? そんな思考を巡らせていると、レイジさんと千佳ちゃんがやって来た。
「音無、飯に行くか? 宇佐美も」
「味の濃~ぃラーメンが食べたいです」
「あ、レイジさん。私はちょっと録音データの編集と連絡網があるからパス~」
やってきたのは牛丼チェーン店の吉松屋の隣にある『味自慢らーめん』だ。入ったことは無かったけど、脂とか味の濃さを決めれるのだろうか。そんな店に入り味噌ラーメンを頼んで味を濃い目で頼むとすんなりOKと言ってくれる店長らしき人。
数分後、薄味のみそラーメンが来た。マジかー……と思って仕方なく食べていると、味が段々と濃くなっていく。ま、マジかー! 下げてから上げるとは、やるな店長! と思って厨房の方に目をやると、こちらの視線に気付いてドヤ顔してる店長さんがいた。俺は無言で頷いておいた。少しして替え玉が来た。頼んでねーよ!
俺はレイジさんに車で家まで送ってもらった。風呂に入ってレイジさんの話を思い出す。
レイジさんのお父さんはレスキュー隊員だったらしい。お父さんに倣って身体を鍛えているらしいが、レイジさんのお父さんはもしかするとネイバーに殺されているかもしれない。胸に傷を負っていたのが、その可能性を高めている。トリオン器官は目に見えない臓器だけど胸の辺りにある。子供を庇って死んでしまったらしいけど、そんな場所を傷つける奴がいるだろうか? レイジさんは特に復讐に囚われずに、生きて帰るために鍛えてるって言ってたけど……。
「お? のぼせたかな?」
湯船にぽたりぽたりと赤い滴が落ちていく。俺は考えすぎたのか、久しぶりの鼻血を拭い浴槽を出た。鏡で見ると少し赤黒く見える血を洗い流し、風呂を出た。
「血が少し黒く見えるのはココアの所為~♪ 身体はココアで出来ている~♪」
ヘンテコな歌を歌いながら冷蔵庫からココアを取り出し飲んで気付く。
「味覚が戻ってる……」
念の為に買い置きの缶のココアも飲んでみるが、異常を感じない。
「お、鼻血も止まった! 完全復活! 流石ココアだ、なんとも無かったぜ!」
次の日、俺はオペレーターさん探しをしに本部に行ったものの、開発室に行く事はなかった。
◆『ぼくがかんがえたさいきょうのココア』
別にチートとかではない。ただ、普通ではない。
◇ココア力
『ちから』と読む。『りょく』と読んではいけない。
飲みなれるとココアロードが開かれますが、ハイパー化の恐れもあるので用法用量を守って正しく飲みましょう。
◆『結果は玉狛が生存点を含めて7点』
原作より少し得点アップしてます。置き弾もこの頃から使い始めたという設定。恐らく無駄に終わる設定ですけどね。
◇『作戦室での観戦だから解説の声は聞こえなかった』
実際はどうか分からないけど、そういう事にしておいてください。違うって分かれば手直しします。(尚、直す時間は掛かる模様)
◆―録音を開始します― ―録音を終了しました―
この数日後、メール着信音などに
<マジかー……>が使われるのが流行ったそうな。
◇頭痛・意識を失う・味覚障害・鼻血……治った? ←今ココ
◆身体はココアで出来ている。
「別に飲んでしまっても構わないのだろう?」でも「ネコの血はココア
《更新が遅れた理由》
1.評価の一言というのを見れることを最近知りまして、2連続で心貫かれるコメントを頂戴し、小説から逃げました。マイナス面を書かれると立ち直るのに時間が掛かります。豆腐以下のメンタルかも知れません。
2.ぺろ、これは頭痛薬! 頭痛薬おいしい(おかしい)
3.休みが潰される事件が頻発しております。
ってな感じです。今後はもう少しマシに……なってほしいと自分で思ってますです。