退院して、母さんも実家に帰って、ボーダーに挨拶回りをして東さんには焼肉を奢ってもらうお話まで頂戴した。
家に帰れば『温めて食べなさい』という母さんの書置きとラップに包まれた料理が冷蔵庫に入っていて、とりあえずレンジでチンッ。
いつも一人の夜なのに、何故か久しぶりだと感じてしまう一人の夜で、意識を失うほどの頭痛があったことなど信じられないほどに安定した体調だった。
母さんの作ってくれたご飯を食べながらバラエティーの番組を見る。芸人さんが無茶をやらされて周りが笑い、俺もそれを笑って見ていた。
ふと、芸人さんがすべった。その直後に他のタレントさんが拾って笑いに繋げて再びテレビの中は笑いに包まれたが、俺はその瞬間に色々と思い出してしまいテレビに顔を向けていても目は虚ろになっていた。
―――あ、不味いよー。諏訪さんが
諏訪さんが捕まった。まぁ、結果は大丈夫だったしココアの匂いがするぐらい癒しキャラになったけど、捕獲されたって聞いた瞬間は正直少し怯えた。
―――回収が命令されたのは黒トリガーだけなの。
自分の味方を簡単に殺す敵がいた。角が付いているとはいえ、目の前で会話が出来る人型の生き物が死んだのは怖かった。戦闘行動中だったから冷静さが結構あったけど、今見せられたら混乱してしまうかもしれない。
―――来たな、
正直、周囲に味方がいなかったらあんなに強気でいられなかっただろう。一人であんなのと初見で戦えばすぐにトリオンキューブにされてしまっていただろう。
―――「やっば!
そして、俺は味方がいなければ拉致されていたのではないだろうか?
―――ボーダー、続けるの?
続けたい? 本当に? サイドエフェクトを使わずとも相手に嘘をついていないか? 俺は何がしたいんだ? 何もする事が無いからボーダーに来たはずだ。ならば、何故こんなに怖い思いをしてボーダーに残るんだ?
そう、俺は……今になって怖くなっていた。
テレビで先ほど芸人さんがすべった瞬間、『ミス』という言葉が頭に浮かんで離れなくなった。あの時、あーしていれば、こーしていればと後悔の念が浮かんでは消えずに俺を包んでいく。痛くもない頭を抱え、コテンと横に倒れる。
怒られるのは嫌いだ。怒られないように相手を不快にさせないようにしなくてはいけない。苦手な人でも顔に出してはいけない。怖いのは嫌いだ。怖い顔の人も、怖い事を言う人も、怖い出来事も嫌いだ。
突然、スマホが着信を告げる。いきなりの着信にビクリともせずに俺は固まっていた。そして、いつも通りに電話に出るために自分に言い聞かせる。
(―――俺を騙せサイドエフェクト。何も怖くない。いつも通りになったんだ。頭も痛くない。テレビもバラエティーで楽しげだ。大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫だ。俺は大丈夫だ)
「―――はい、もしも~し。沢村さん? ―――いえ、ご飯食べてテレビ見てただけですし―――あぁ、論功行賞ですか?」
―――いつもの俺だ。大丈夫だ。俺は大丈夫だ。
三雲君のところへお見舞いに行った。そこで三雲君のお姉さんっぽいお母さんと出会った。俺の事は俺の母さんから聞いているらしく、こっちは少し恐縮気味に挨拶をしたのだが、三雲君のお母さんはかなり若かった。
見舞いの品なのだが、三雲君がまだ目覚めていない事から、腐っては意味が無いし、食事制限があっては駄目だろうと思い、いつもの菓子折り作戦は控えて本を2冊用意した。メガネだけに読書好きだろうというナイスな(偏見の)考えだ。
そんな俺は、よねやん先輩といずみん先輩と緑川に病院のエントランスで見つかり……。
「あ、ネコ先輩だ」
「お、それメガネボーイへの見舞いの品か?」
「俺たち何も持って来てないから便乗させろ」
と言われ(マジかー……―――)とも思ったが、他にも俺には柚宇さんに取って貰った『リリエンタールのぬいぐるみ』があったので、(―――まぁいいか)と了承した。
ちなみに、柚宇さんと会ったのは病院に来る前のゲームセンターだった。
見舞いの品で悩んでいたところ、ゲーセンの入り口にあったクレーンゲームで良さ気なぬいぐるみ(『R』の文字のスカーフを巻いた犬)を取ろうと300円ほど飲まれたところで後ろから声が掛かった。柚宇さんは俺に100円を要求したと思いきや、そのクレーンゲームで俺が狙っていた犬のぬいぐるみをあっさりと一発ゲット。しかも俺の金だから俺の景品だと言って、ぬいぐるみを俺に渡して去って行ったのだ。
柚宇さんの背中に向けて「今度高めの菓子折りを持参します」と言ったら「その言葉を待っていた~」と緩やかに笑顔で返された。その台詞にはサイドエフェクトを通じて違和感が来たから嘘だと分かった。『ゲーム系とオペレートに関しては』と付け加えるのだが、本当に頼れるお姉さんである。
その後に、費用となった400円が使われて用意出来たぬいぐるみを見て、何と無しに少し申し訳なさを感じ、本屋に寄って三雲君に似合いそうな本を(勝手に想像して)探してみたのだ。
さてさて、そんなわけで三雲君への見舞いの品は『日野リリエンタール』という犬のぬいぐるみと本2冊である。その内1冊は青春的な恋愛小説で俺は絶対に読まないのだが、感想を聞かせて欲しくて用意した。合わないかもなーと思ったが、三雲君のお母さんからは喜ばれた。
「修には千佳ちゃんとの親密さが足りないからこういった本は必要かもしれないわね。ありがとうネコ君」だってさ。
聞けば三雲君は千佳ちゃんと幼馴染みらしい。なるほど、親として二人をくっ付けちまう気ですね? 恋愛的な知識はないから手伝う事は難しいかもしれませんが応援しますぜ?
他の会話に関しては「三雲先輩はよくやってくれてます(後輩の癖に上から目線かよ)」とか「ボーダーに無くてはならない存在です(上司か)」とか「貴重なメガネ人口だと従姉弟から聞いています(うさみん先輩じゃねーか)」とかリップサービスを含めたものがあったが、ほとんどは『三雲君のお母さんは若い!』だった。
「三雲先輩はやく起きるといいね」
「そうだなー。にしてもメガネくんのお母さんは若かったなー」
「つかネコのお母さんも若かったろ?」
「え? 会ったんですか? 若いか……んー……」
まぁそうだな。うちの母親も結構若いと言われる気がする。家族だから気にすることはあまり無いのだが、周囲からの反応を見るとそうなのかもしれない。
「まぁ3バカさん達が三雲君のお母さんを若い若いってうるさく騒いでたのを宥めるぐらいには冷静でいられたかなー。若いとは思っても、見慣れてる若さだったかも?」
「「「誰が3バカだ」」」
あんたらだ。
ボーダー本部基地の少し広めの部屋には論功行賞を受ける人や部隊の代表者が集まっていた。城戸司令自らが隊員を前に呼んでは賛辞や激励の言葉と共にA4ぐらいの封筒を渡していく。
「―――音無音鼓君」
「はい」
太刀川さんの次に呼ばれた俺は事前情報通りに特級戦功という枠組みで城戸司令の前に行く。いつもは怖いと感じているはずの城戸司令の御尊顔ではあるのだが、一昨日にサイドエフェクトで自分自身に願いまくったおかげなのか、恐怖心なんてものは消えていて、冷静に封筒を受け取る事が出来た。
「―――ボーダーに入って1年も満たないが、素晴らしい戦果を生み出してくれた。今後も期待する」
「ありがとうございます」
「今後は本部と玉狛支部の橋渡し役としても動いてもらう事があるかもしれないが、構えずに勤めてもらいたい」
「了解です」
忍田さんと林藤支部長に聞いたところ、今回の大規模侵攻でアフトクラトルに攫われた隊員もいるのだが、逆に捕虜を1名玉狛支部で管理しているらしい。迅さんが『ヒュース』って名前のネイバーを捕縛したと聞いてはいたけど、なるほど玉狛にいるのか。
しかし、城戸司令の言った通りに、今のところは別に構える必要は何もなく、何かあったら行ったり来たりするだけで、その辺も忍田さんや林藤支部長からその都度連絡が来る事になっている。
まぁ今はそんな事よりもこの封筒の中身である。
論功行賞の発表は終わり、解散して俺はネコ隊とは名ばかりの作戦室(現在は広い一人部屋)にて、紙の重さしか感じさせない封筒をペーパーナイフで開いていき、ゆーっくりと中の紙を取り出していく。まず見えたのは1500P加算を意味する文字。あ、上下逆か。封筒を上下逆に持ち直して書類を更に下に取り出すと、メイントリガーに設定してあったライトニングの文字が書いてあった。これはあれか、ライトニングにポイントが加算されたって事かな。
んー確かライトニングって……6500ポイント超えてたよな? スナイパーマスタークラスになったのか? 来たか? 狙撃界に新しい波が。でもなーマスターした気がしないなー。ゲームみたいに新しい必殺技とか覚えれば分かりやすいんだけどなー。まぁいいかー。と、そこでノックと共に入ってきた人物がいた。
「や、A級の作戦室の居心地はどうかなネコ君?」
「あ、迅さん」
迅さんは封筒を片手に部屋に入ってくると、食堂に行こうと誘ってきた。俺は封筒を引き出しにしまって付いて行く事にした。
「今回はお疲れ様。病院は大丈夫だったかい?」
「医者が言うにはストレスなんですけど、ボーダーの検査だとサイドエフェクトによるモノだって言うんですよねー。まぁどっちにしても大丈夫です」
「ネコ君のサイドエフェクトは対象を騙す系統のものだろ?」
「あ、やっぱ迅さんにはバレてますよねー」
そりゃそうだ。迅さんの予想から発覚されたサイドエフェクトなのだし、少しだけ考えれば分かる事だ。
「この前、太刀川さんとネコ君が模擬戦やっただろ? あの時に確信したんだけどね」
先ずは迅さんの予知が効かない事。これは全て視えないのではなく、ほとんどは虚偽の未来が視えているとのこと。サイドエフェクトを周囲の人間に確信させないために『視えない』と言っていたことが多いらしい。
そして、模擬戦などをモニターしている画面だと普通の戦闘行動なのだが、直に戦闘を見ていると、俺の創り出すトリオンキューブの大きさや、弾道が明らかに違う事で確信したらしい。
トリオンを計測する側面もあるモニタリングだと、例えば俺がアステロイドを放つと真っ直ぐに飛んでいき、そのトリオンキューブの大きさも平均より少し大きいレベルなのだが、実際に模擬戦の室外で見ると、ネコ拳8000を作り出す際のトリオンキューブが馬鹿デカイ代物であり、更にはそれがアステロイドに関わらずハウンドのようにカーブを描くように曲がったり、バイパーのように多角的に飛んでいくことから、後からモニタリングと比較して確信したとの事だ。
だから、俺と模擬戦や個人戦で直に戦った人は「
モニターなどの情報を騙すのは俺の無意識というか制御できない面だったのだが、大規模侵攻が終わった今なら何となく出来る気がする。『モニターは騙さない、でも対戦者は騙す』という風に区切りが付けられる気がするのだ。これはサイドエフェクトを使いこなせ始めているという事なのだろう。
「あ、そうだ。試しになんですけど、迅さん。今の俺ってどう視えます?」
「ん? ……これから行く食堂で酒を飲んで寝てるよ。やっぱまともに視えないなーいやー困ったサイドエフェクトだよ」
俺は少し意識して、迅さんを信じつつ、境界を狭めていくイメージでサイドエフェクトを感覚で弄る。
「もう一度、コレならどうです?」
「お、変わった。ネコ君がさっきの作戦室で倒れてるな」
何でさ!? あっれーまだ弄れないのだろうか? いや、迅さんのサイドエフェクトが正しい可能性もある。……え、でもその場合は俺ってばまた倒れるの? 体調は何ともないんだけどな……。
「あ、また酒飲んでやさぐれてるのが視えた。いや、酒じゃなくてサイダーか?」
炭酸で酔うかよ。それに未成年だし酒は飲まないですよー。しかし、まだまだ使いこなせてないって事か……。詐欺師の本とか買って勉強しようかな? でもなー、人を騙す事に本気になるのも人としてどうなんだって気もするしなー。
俺達は食堂につくとそれぞれ定食を頼み向かい合って食事を始めた。
「そうそう、さっき論功行賞の後に忍田さんたちと話しててね、ネコ隊の始動なんだけど、次のランク戦から参加できる事に決まったよ」
「はぁ、あ、餃子取らないでくださいよー」
「そんで、前に話があった通りに参加したい戦いに参加して構わないんだけど、B級からの参加ってことになってるから」
「え、A級なのに? ……給料は!?」
「んー、やっぱランク戦も出てないのにA級って問題があるなーっていう周囲の反発を抑える意味合いと、B級からの方がネコ君が育ちやすいって点があるなー」
俺が意識を失っていた時、つまり俺のサイドエフェクトも切れていた時、迅さんは俺の未来が普通に予知出来ていたらしい。その時に視えたのがこの未来らしいのだが、俺はサイドエフェクトの酷使で倒れた。ランク戦もB級から参加の方が俺のためになるらしい未来が視えたのだとか。
A級への参加はどのタイミングでもいいのでB級のトップグループとのランク戦で生き残ること。そしたらいつでもA級に参加していいらしいし、またB級で戦っててもいいらしい。給料はA級で維持されるが、B級で負けが2連続で起こるようなら降格するようだ。
ふむ、サイドエフェクトも使いこなせてきてるし、何とかなるだろうか? 月見さんが言ってたように1人ずつ相手にする戦い方に持ち込めれば負けはしない……かな? いや、それが慢心か。慢心したらサイドエフェクトのない俺なんてすぐに負けるわけだし、常に本気で掛かる必要があるだろう。那須先輩との個人戦の時のような『仕留めた』と思ってもいけないぐらいに本気で掛かる必要が。
迅さんと別れて俺は作戦室に戻る。
「あ、そうだ。忘れちゃいかんボーナス確認だ」
―――戦功。それは君が見た光。僕が見た希望。
―――戦功。それは触れ合いの心。幸せのボーナス。
俺はワクワクしながら封筒の中身を確認すると150万と書かれていた。いやいやこれは違う書類だよー。あるぇー? 封筒どこやっただろう? あ、この書類だライトニングに1500ポイントって書かれてるから間違いないや。……あれれぇ? やっぱり150万って書いてあるよぉー?
……そんなバハマ! そぉれっ!! はいここ嵐山隊作戦室!! というわけで俺は全力疾走で嵐山隊の作戦室に向かい、ノックをして木虎を召喚した。
「木虎ー! ハードパンチャー木虎ー!」
「うるさいですよネコ先輩!!」
嵐山隊の作戦室にはたまたま木虎しかいなかったようで、木虎は部屋を出て来て、俺がトリオン体だと目視確認すると、腰を捻り割といい音のするパンチマシーンへと変身した。久しぶりにズドンと一発腹にもらうがトリオン体だった俺は心が痛むだけで身体的ダメージは皆無だった。しかし、心とは言っても痛みは痛みである。触れ合いの心はボロボロとなったが、その痛みのままに書類をもう一度見る。やっぱり150万円である。
「というか、ネコ先輩退院してたんですか」
論功行賞の場には代表者として嵐山さんしか来ておらず、確かに退院後に木虎と会ったのは初めてである。退院したての人間を全力で殴るなよ! トリオン体だってことを確認してたからまぁ良いけど……って、今はそんな事はおいといてだな!
「ボーナス150万貰った!!」
「え、退院早々に嫌味ですか?」
「違うよ! でもおかしくない!? 街も壊れたとこ多いし、復興費の事考えたら隊員がこんなに貰っていいの!?」
「それじゃあ寄付すれば良いじゃないですか」
「ばっかそれは違うだろー!」
「……ネコ先輩は何しに来たんですか?」
あ、止めて! 冷静にキレて拳握らないで!
感想・ご意見・質問・誤字脱字の報告・評価・お気に入りをお待ちしております。
◆ネコ、一人になって思い出して怖くなる夜
サイドエフェクトで自分を騙します。怖くない怖くない。大丈夫大丈夫ー。……書いてて、まるで自分に言い聞かせてる気がして来てました。
◇三雲君へのお見舞い
3バカと一緒に行ったってことにしておきます。リリエンタールも柚宇さんに取って貰い差し上げた事にした。明かされてないもう一冊の本はなんでしょうかね?
◆論功行賞とスナイパーマスタークラス?
普通は全員集めての表彰式みたいな感じだと思うけど描写がないしなーと思いつつテキトーに。
スナイパーに関しては次回とかで触れたいですが、大規模侵攻時にネコはライトニング使ってましたっけ? 多分来てないです。狙撃界に新しい波は。
◇トリオンキューブの大きさ。
オフィシャルデータブック読んで気付いた。確かにそうだ。凄くよく読んでる人いるなーと関心と尊敬と納得をした作者です。
修がいつも小さいアステロイドキューブなのに対し、いつも馬鹿でかい出水のキューブ。確かに個人差がある。アレは常に個々人の最大値の大きさで出るらしいのだ。修も「僕の何倍あるんだ」的な事言ってたし、もっとよく読まないといけませんね。騙しのサイドエフェクトじゃなかったら結構書き直してたかも。過去話を修正ではなく今回で補完ということで書きました。
◆サイドエフェクトの成長?
原作では大規模侵攻を経験して変わったといわれている隊員さんが何名かいらっしゃいますね。この作品ではネコもその一人。サイドエフェクトが更に使いやすくなりました。今後のランク戦へ向けてモニタリングを騙さないように、また迅さんからの予知を視れる様に徐々に成長していきます(アップデートver.1.2ぐらいです)
◇今回のサブタイ
『幸せの青い雲』
◆久しぶりの木虎パンチ
何故に木虎のとこに来たかと言うと、『夢かな?』『頬つねってやるよ』『