TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー 作:(╹◡╹)
巨大半魚人は、手にした釣り針が大きくなったような鉄塊を持ち上げる。
「ッ、緊急回避ー!」
そして勢い良く振り下ろした。勿論、事前にセレニィは回避している。
彼女には当たらぬまま、地面の石筍をまるで豆腐か何かのように粉々に砕いて見せた。
そこから伝わる一撃の破壊力の程に、セレニィは思わず青褪めながらつぶやいた。
「ひぇっ… あんなの当たったら、ミンチよりひでぇことになるじゃないですか」
「がんばってかわすですのー!」
「と、とーぜんっ! こんなところで、寂しく死んでたまるもんですかいっての!」
巨大半魚人はその言葉に、ニタリと笑ったような気がした。
……かわす、かわす、かわす。あれからどれだけの時間が過ぎたのか。
未だセレニィは、死ぬことなく立ち続けている。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「し、しっかりですのー… セレニィさん」
「てやんでい… まだまだぁ!」
しかし息も絶え絶え、身体はボロボロの満身創痍の状態にあるといえる。
彼女には三つの誤算があった。
一つは、走り続けていたために体力が底を尽きかけていること。
もう一つは、巨大半魚人が足場を壊す度に逃げ場が減っていくこと。
そして最後に、巨大半魚人が地面を破壊した礫が彼女に襲いかかってきたこと。
「(ぐ、ぐぬぬ… 持久戦なんて仕掛けるんじゃなかった…)」
「セレニィさん、前ですの!」
「っと、やばっ…」
足をもつれさせながらも、なんとか飛び退いて回避する。
ついには集中力まで切れてきたようだ。
汗塗れのフラフラになりながらも、なんとか棒を構えて立ち上がる。
巨大半魚人はニタニタと笑っている。間違いない、なぶっている。
怒りよりも先に安堵が生まれる。すぐに殺しにかかるというわけではなさそうだからだ。
これが「いっそもう殺してくれ」という気分になった時が最期なのだろうが。
全くゾッとしない… そう考えながら、セレニィはまっすぐ敵を見据える。
「セ、セレニィさん…」
「ぜぇ、はぁ…」
「セレニィさん!」
「なん、ですか… 聞いてますよ…」
「ボクが囮になるですの! その隙に…」
「却下で」
「みゅう…」
ミュウがいるから辛うじて乗りきれているようなものだ。
これが、いなくなってしまったらどうなるか?
脅威度の高いミュウがいなくなって、これ幸いと自分が潰される未来しか見えない。
というより、常識的に考えて多少なりとも肉の多い自分の方を狙うだろう。
仮に万が一逃げ切れたとして、ミュウなしで外の世界でやっていけるか?
答えはノーだ。
疲れ切った身体を抱えて、平原の魔物を倒したり逃げ切れるとは思えない。
ダアトに潜り込めればまだ運が良い方だが、そことて思い切り敵地のど真ん中だ。
マルクトかキムラスカまで脱出するか、六神将と合流するか…
どっちにしても極めて低い運任せの博打でしかない。宝くじを買った方がマシだろう。
だからミュウを手放すという選択肢はありえない。
「(ん… 待てよ? 『手放す』… ひょっとしたら、イケるかも!)」
「どうしたですの、セレニィさん? やっぱり疲れてるんじゃ」
「フッフッフッ… まぁ、待ってくださいよミュウさん」
「みゅ?」
「あのデカブツに一泡吹かせちゃいましょう」
「ひとあわ、ふかせるですの?」
「つまり、私たち二人でアレを『ぶちのめして』『勝っちゃいましょう』ってことですよ!」
果たしてそれは恐怖と緊張と疲労が生んだ幻であったのか?
セレニィは唇を震わせて、しかし、瞳に邪悪な輝きを秘めながらそう言った。
――
「さーて… まずは逃げ回りつつまるっと分析しますか」
でも体力が残り少ないので、分析も程々にしなければならない。
とはいえ、すぐにどうこうという問題でもないようだ。
幸いにして、相手はこちらが反撃するとは思ってないはず。油断はある。
きっとある。多分ある。なかったら困るからあるといいなぁ。
「(さて、今回の戦いで鍵になるのは両者の足… そしてミュウさん)」
相手は足が短い。それ自体には利点も欠点もあるのだが。
まず第一に足が短いことで、地面への安定性が増す。
あの巨体を支えるのだ。太く短い足でなければ動くことすらままならないだろう。
しかし、だからこそちっとやそっと揺さぶったところで転びはしない。
問題ばかりだが、移動が遅くなるという欠点もある。
それによって『逃げられなくなる』という、デメリットを相殺できるほど強いのだ。
ヒエラルキーの頂点ならば逃げる必要もないのだろう。羨ましい。
逃げられなくなるまで追い回すか、逃げられない場所まで追い込めばいいのだ。
だから移動そのものは決して早くない。鈍重と言っても差し支え無いだろう。
そしてそれは、セレニィが生きられている要因そのままにもなっている。
「(ただ、やはり人間様から見るとそれは弱点に繋がる…)」
この程度の生態ならば、本来は獲物に普通に逃げられて終わりだろう。
そして、敏捷性に特化した肉食獣に群れで襲いかかられれば危うい。
洞窟内という閉鎖空間かつ足が取られる場所だからこそ、それが生きるのだろう。
どんな場所でも、ある程度は適応力を望める人間のそれとは比較にならない。
しかし経験則による知恵があるのかはたまた本能か… 相手も出口には近寄らせない。
広い空間で獲物に逃げられれば終わりということを理解しているのだ。厄介だ。
「(だけど、だからこそ手が制限されてある程度は予測できるというもの…)」
続けてセレニィは分析する。相手の第二の弱点を。
それは細く短すぎる手だ。
進化の途上かそれとも進化の限界なのか。
二足歩行の生物にしては些か以上に短すぎる手である。
あの小ささは、昔どこかで見た気がするティラノサウルスの骨格標本を思い出させる。
アレのティラノサウルスの手も小さかったがそれに近いのではなかろうか。
しかしその手にはしっかりと実用に足る指が備わっているようだ。
道具の取り扱いに問題がないことは、相手が振り回す巨大な鉄塊を見れば分かる。
「(二足歩行と手の小ささによるリーチの短さ… それを道具で補う知恵もある、と)」
オマケに余程使い慣れているのか、鉄塊を器用に扱いバランスを取っている。
振り回す際の遠心力を、移動の補助に使っている様子すら見受けられる。
小憎たらしいほどに知恵の回る生物である。
獲物をなぶる性質があるなら、きっと本能ではなくある程度知恵が回るのだろう。
けれどこちとら全生物で最大版図を誇る人間様だ。
たかだか半魚人もどき、叡智によって制圧してくれる! セレニィはそう意気込む。
「やりますよ、ミュウさん!」
「ですの!」
「さて、まずはロープを…」
さっきの燃やしたロープではなくもう一つのロープを取り出し、逃げ回りながら結ぶ。
当然、結ぶ型はお馴染みわな結びである。
「っし、できた!」
今度は手馴れていたのか極限による集中力かただの幸運か、手早く結び終えた。
これの輪っかはかなり大きめに設定する。自分が二、三人分はすっぽり収まるほどに。
そしてもう片方の先端をミュウのソーサラーリングに結びつけて完成だ。
あとは輪っかの中に立ったままじっと待つ。怖いけど待つ。
さて、動かなくなったセレニィを諦めたと見たのか。
巨大半魚人はニタニタと笑いながら近付いてくる。まだだ… まだ動くな。
「はぁー… はぁー…(ヤバい、怖すぎる…)」
「大丈夫ですの! セレニィさんならきっとやれるですの!」
「そ、そっすね…」
ミュウにはそう返したものの、セレニィ的にはこの世に自分ほど信用ならんものはない。
とはいえ賽は投げられた。あとは開き直るしかない。
ていうか、このまま普通に体当りされたりしたら死ぬんじゃないかな…。
ヤバい、どうしよう… ゴーサイン出した後に、策の致命的な欠陥に気付いたが。
それでも表向きはパニックにならずにその時を待つ。
そして、ついに巨大半魚人は得物を振りかぶると… 全力で叩き付けてきた。
「よしっ! ミュウさん!」
「はいですの!」
そのままミュウを抱えて飛びつつ、相手の鉄塊が着弾したところを見計らって…
「そのまま転がってください!」
セレニィは、ミュウを放り投げた。
「はいですの!」
「いけぇ!」
「ミュウ… アターック! ですのー!」
そのまま第三音素である土の力がソーサラーリングに沸き起こる。
それはミュウに不思議な力を与え、回転させて突進力を与える。
岩をも砕くミュウアタックの発動である。
それはわな結びとなったロープの輪を狭め、相手の得物である鉄塊を絡めとる。
「よし、そのままごー!」
「ですのー!」
しかし、相手も只者ではない。即座に得物を持つ手に力を込める。
岩をも砕くミュウアタックであるが、その力は単純な突進力によるものではない。
ソーサラーリングによって増幅された音素の力という側面が大きい。
無論、突進力もないわけではないが純粋に力のある相手を振りきれるほどではない。
結果として、一進一退の綱引きのような攻防になる。
「がんばれ、ミュウさん!」
「ぐぬぬ… ですのー!」
「って、ヤバい… このままじゃロープが!」
ロープが悲鳴を上げて千切れようとしている。このままじゃ失敗だ。
なぶり殺しにされてしまう。どうする、どうする… テンパった頭でセレニィは考える。
そして…
「こ、こんにゃろー!」
ディストから与えられた棒で、巨大半魚人の得物を持った方の腕を思い切り叩く。
かような暴挙に出るにまで至った。
「(や、やってしまった… こんなの通じるわけないし)」
こうなったら拮抗している今のうちにミュウを見捨てて逃げるか?
そう考えた時、巨大半魚人が苦しそうな悲鳴を上げて手を離す。
そのまま鉄塊は地面に落とされ、ミュウアタックの突進力に引き摺られていく。
ここにきてセレニィはようやく理解した。
「あ、そうか… 腕が細いから弱点でもあったのか」
得物は体躯の力で持ち上げていたに過ぎなかったのだ。
そう言われてみれば、その手は華奢で小さかった。
何度も情報は出ていたはずであった。これは迂闊の一言であった。
「つ、つかれましたですのー!」
「……っと、いけない」
ミュウアタックの発動が終わり、ミュウも疲れから熱蒸気を出しつつ目を回している。
その一方で巨大半魚人は腫れ上がった手を庇いつつ、得物を手に取ろうとしていた。
「そうはさせるかぁ! その背中、隙だらけだぜぇ!」
セレニィは邪悪な笑みを浮かべて、巨大半魚人のその無防備な背中に迫る。
ディストから与えられた棒… その赤いボタンを強く押しながら、大きく振りかぶる。
棒に力が宿っていくのが分かる。なるほど、これが岩をも砕く破壊力か。
「必殺、
それは第三音素の力を纏い、ミュウアタックの力を込めたまま振り抜かれた。
勿論狙うはお辞儀をするように下げた後頭部… ではない。
巨体を支えて負担がかかっている足… その片方を正確に払い上げた。
バランスを失った巨大半魚人は、天井を見上げるような姿勢のまま…
ズシンと、洞窟内にその巨体を横たえた。
「フフン、なんてね」
策がまんまと嵌まり、ドヤ顔を見せるセレニィ。
一方半魚人は起き上がれないのか、ジタバタとしている。
それに対してセレニィは、聞かれもしないのに解説を始めた。
「あなたの弱点はその短い手足。確かに立っている時の安定感は抜群でしょう」
「ですの?」
「ですが一度転んでしまえば、壁なしでは立ち上がることも難しい!」
「おおー、ですのー!」
「まして(偶然だけど)広間中央に誘い込まれ、腕と足を負傷した今では絶対不可能!」
なお、聞かれもしないのにペラペラ解説しだすのは死亡フラグである。
それを危惧したわけではなかろうが、ミュウが声を掛ける。
「セレニィさん、出口、いかないですのー?」
「おっと、そうでしたね」
ミュウを回収し、互いに満身創痍ながらも笑顔で出口に向かう。
そんなセレニィの前に…
ズシンと、新たな音が響いた。出口の光が塞がれる。
「グワォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!」
「………」
「………」
巨大半魚人さん、おかわりである。先ほど相手にしたものより少し大きい。
旦那さんか奥さんだったのだろうか? 滅茶苦茶怒っていらっしゃる。
「ど、どうするですのー!?」
「あ、慌てない! 絶対保身するマンは慌てない。ひとまずロープを… もうない!」
「す、すっごく怒ってますですのー!?」
それまでの疲労が一気にきたのか、ガクリと膝をつく。
コンディションは最悪。道具もない。そして相手は本気。
「(あはは… もう、死ぬしかないのかー…)」
流石のセレニィも諦めた。その時、奇跡は起こった。
「よくもセレニィに… 本気、出しちゃうんだから」
その声は、忘れようはずもなかった。
巨大半魚人は出口から聞こえてきたその声に振り返り、得物を振り上げる。
「あ、危ない! 逃げてください!」
最悪の光景を予想してセレニィは叫ぶ。しかし、それは杞憂に過ぎなかった。
「これで終わり… イービルライト!」
旋風が巻き起こり、巨大半魚人がその肉を切り刻まれる。
それだけでも致命傷であったが、直後に極太のビームが相手を襲う。
巨大半魚人は跡形もなく消し飛び、再び出口の光が目に入ってくる。
ただし、今回は小柄な影を浮かび上がらせながら。
そして『彼女』はセレニィに近付くと、笑顔を浮かべてこう言った。
「セレニィ、久し振りです。アリエッタ… 来ちゃったです。えへへ」
萌えの化身・大天使アリエッタの降臨であった。
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